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15章 祈り(中)
◆イリアス―逃亡
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――赤い雨が降る。
ヒュッ、ヒュッという音とともに激しく降り注ぎ、身体が赤く染まる。
熱い、熱い、熱い。
身体が、灼けるように、熱い――……。
◇
「……兄さん、お兄さーん! ちょっと! ねえ!!」
「………う………っ」
目を薄く開けると、倒れている自分の身体を男が激しく揺すっていた。
「ああっ、起きた。だーめだよ、こんなとこで寝ちゃあ。まだ寒いんだからさあ」
「…………?」
男と、男の後ろにある建物に見覚えがある。ポルト市街の酒場……そこの店主だ。
「……申し訳ありません、このようなところで」
立ち上がり「大丈夫です」と笑顔を作ってみせると、店主は「そりゃよかった」と笑う。
(…………)
店主の足下に、小さな芽が出ている。
――安堵の"芽"だ。
聖女が目覚めたこともその首謀者のこともすでに世に知れ渡っているはずだが、男がこちらに敵意や疑いを向けている様子はない。
「その身なり……お兄さん、神父様か何かかい?」
「ええ。魔物に襲われ負傷している方を助けておりましたら、魔力欠乏症に陥ってしまいまして」
「魔力欠乏症」
「……お恥ずかしい。魔法を使い始めて長いのに、自らの限界を失念しておりました」
「ああ……こんなことになっちまってなぁ。神父様も仕事が増えて大変だろう」
「そうですね……しかし、傷つき弱った人々を救うことは私の使命であり、喜びでもありますから」
そう言うと、店主は目を丸くして「ほう……」とため息をついた。
足元の芽が少し伸び、新しい葉が生え色づく――。
("感嘆"……)
「……では、私はこれで」
店主の「気をつけてね」という言葉を背に受けながら、その場を立ち去った。
◇
――街を歩いていると聞こえてくる噂話、そして道端に落ちた新聞を拾い読みしたところによると、どうやら自分のことは世間に公表されていないようだ。
当然だ。
聖銀騎士団に属する司祭がテロとも言える事件を起こし、それを教会も聖銀騎士も王宮騎士も一切把握できず、止めることもできなかったのだ。
不祥事中の不祥事だ。どのような手を使っても隠蔽したいだろう。
今日の昼、そのことについてリュシアン王太子が演説を行ったらしい。
夕刊にその内容が記されていた――ざっと読んだが、事実が3割、そして嘘と脚色が7割といったところだった。
その脚色も「友人セルジュが私に助けを乞うメッセージを送ってきた」など、自分をよく見せるものが多く散見された。
王子は支持が高い上に、非常に口がうまいと聞く。
適当な脚本を書き「友を思う男」「民を思い守る王族」を演じて民の支持を勝ち取り、矛盾はその顔と演技力と勢いで押し切るつもりのようだ。
(気持ち悪い……)
――やり口が偽神とそっくりだ。
あの男と違って身分、実力、容姿全てを兼ね備えている分、なお質が悪い。
王子はセルジュの友人だ。事の顛末も当然知っているだろう。
王子自身がこちらに手を下すことはないだろうが、厄介な人間が敵に回っているということは認識しておいた方がいい。
しかしそれよりも警戒せねばならないのは、グレン・マクロード率いる一団の方だろう。
グレン・マクロードは相棒のカイル・レッドフォードよりも感情の抑制が利き、頭も回る。
さらに、冷徹で執拗だ。
自身を陥れ利用しようとした人間を徹底的に調べ上げ、物理的社会的な制裁を加え、叩きのめしたと聞く。
仲間意識、縄張り意識が強く、自分や仲間をいじめた人間を決して忘れず、許さない――まさしく、カラスを体現したかのような男だ。
どのような手を使ってもこちらを捜し出し、殺しに来るだろう。
グレン・マクロードはもちろんのこと、その仲間達も全員曲者だ。
カイル・レッドフォードは"無能者"だが、精神力・戦闘力がとにかく高い。術を使わない戦いならばグレン・マクロードより上かもしれない。
その兄のジャミル・レッドフォードは闇の使い魔を従えている。アーテの記憶によれば、その力で複数人の人間を"意識の闇の世界"へ導いたらしい。精神は弱いようだが侮れない。
そして聖女候補のベルナデッタ・サンチェス、水の紋章を持つルカ。
例えばここにセルジュも加わり、全員結託して本気で殺しにかかってきたとしたら?
……結果は、火を見るよりも明らかだ。
――"逃げる"一択だ。
北上してディオールへ行くのがいいが、国境の警備兵には自分の顔が知れ渡っているかもしれない。
この非常事態であれば、国境の門に設置してある影の魔石が作動している可能性もある。
あれに術師が力を込めると転移魔法の魔力はそこに吸い込まれ、術で飛び越えることはできなくなる。
つまり、門を歩いて通過しなければ国境を越えられない。
だが血の宝玉の杖と紋章の力があれば容易に飛び越えられる、はず――……。
「………………?」
目を閉じて念じても、血の宝玉の杖が出てこない。
(……なぜ……)
――どこかで使い切ってしまったのだろうか。思い出せない。記憶が、ひどくあやふやだ。
それに、この汚い左手は何だ?
黒と茶色と灰色が混じりあって、表面は土壁のようにザラザラだ。
いつもなら、もっとうまく作れるはず……。
そもそも、なぜ酒場の前で倒れていた?
なぜポルト市街になどいる?
分からない。
わ、から、な…………。
――――――………………
――――…………
――……
……
「っ…………」
「……ああ、気づかれましたか」
「え………?」
――何が起こったのか分からない。
なぜか今ベッドに寝かされている。
身体を起こし辺りを見回す……見覚えのある造りの部屋だ。
「教会……?」
そうだ。ポルト市街にあるミランダ教会の医務室だ。
なぜこんな所にいる?
さっきまで、何をしていた……?
「……私は、一体……」
「街の入り口で倒れておられたんですよ。覚えてらっしゃいませんか?」
「…………」
声のする方を見上げると、柔和な笑みを浮かべた茶髪青眼の男が立っていた。
白い法衣を身につけている。この教会を担当する司祭だ。
この男を知っている。聖銀騎士団の司祭として、何度も面会したことがある。
……その、はずだが……。
「……その身なり、ミランダ教の司祭様でいらっしゃいますね」
「………、………はい」
「ノルデンの方でミランダ教とはお珍しい。ディオール中北部からノルデンにかけては聖光神団を信仰されている方が多いと聞きましたが……」
「……昔からロレーヌに住んでおりまして……家族もミランダ教でしたので、私も自然に」
「さようでございましたか。……申し遅れました、私はシリルと申します。お会いできて光栄です、今後ともよろしくお願い致します」
言いながら、シリルがこちらに右手を差し出した。
足元から友好を示す"芽"がぴょこりと顔を出す。
「………………」
この男と会ったのは10年ほど前。その時、全く同じ会話を交わした。
この"芽"が生えるところも見た。何度も会ううちに芽は伸びて葉がつき色づいていき……それが今、全く新しいものに生え替わっている。
つまり、司祭シリルの頭の中から"司祭イリアス"は消え去っているということだ。
「……よろしく、お願いします。……私の名は……"ヨハン"、です」
そう言ってシリルの右手を握ると、足元の芽が少し伸び、新たな葉がつく。
「ヨハン殿。良いお名前ですね」
「…………ありがとう、ございます」
それは"光の塾"で与えられた名。「ロゴス」になる前に強制的に名乗らされていた、くだらぬ名前。
違う名を名乗っても、シリルがそれに違和感を覚えている様子はない。
シリルに助けてもらった礼を言って立ち去ろうとすると、「ヨハン殿」と呼び止められた。
「……はい?」
「今日出会えたこと、嬉しく思います。……どうか貴方に、女神の加護のあらんことを」
「…………ありがとうございます」
その会話も、言葉も、10年前に交わしたはずだ――……。
◇
外は雲ひとつない快晴。
教会の時計塔を見上げると、時計の針は8時を指していた。
『街の入り口で倒れておられたんですよ。覚えてらっしゃいませんか?』
――全く記憶にない。
一体いつ頃街を出ようとしたのか、そしていつ頃倒れたのか。
……シリルにもう少し話を聞いておけばよかった。
考えが何ひとつまとまらないまま歩いていると、酒場に行き着いた。昨日倒れていたあの酒場だ。
店の前で、店主が掃除をしている。
「……おはようございます、マスター」
「ん? あー 神父様! おはようさ~ん」
「昨日はどうも、ありがとうございました」
そう言って店主に頭を下げた。
が……。
「きのう?」
「ええ、店の前で倒れてしまっ……て……?」
見れば、店主の足元には昨日と違う"芽"が生えていた。
「……そっかぁ、昨日の。もう、身体は大丈夫なの?」
「…………」
"芽"が伸び、妙な色合いの"葉"がつく。
嘘の"葉"だ……この男は嘘をついている。
初対面なのに、知っているふりをしている……。
「……ええ……魔力欠乏症ですから、身体はどこも悪くありません。上級魔力回復薬を飲みましたし――」
「魔力欠乏症!」
「………………、はい」
「なるほどぉ。いやあ、こんなことになっちまって、神父様も仕事が増えて大変だねえ」
「……そう、……ですね……」
昨日と全く同じやりとり。
この台詞に、昨日自分が返した言葉は……。
「……しかし、傷つき弱った人々を救うことは、私の使命であり喜びでもありますから」
店主がまた目を丸くして「ほう……」とため息をついた。
足元の芽が少し伸び、新しい葉が、"感嘆"を示す葉が生え、色づく――。
「……では、私はこれで」
「うん、気を付けてね~!」
「………………」
◇
ロレーヌはノルデン人の割合が少ない。
ノルデン人の大多数は聖光神団もしくは祖国の宗教を信じているため、ミランダ教を国教とするロレーヌは住みにくいのだ。
そんな中、"ノルデン人の司祭イリアス"は異質の存在と言える。
この長い黒髪もノルデン人の少ないこの土地では目立つ。会話せずとも、一度見たなら記憶に残るはず。
酒場の店主、司祭シリルはどちらも愛想が良く、人柄も良いと評判の人物だ。
関わったことのある人間の顔は大体覚えていて、会えば「調子はどうだ」「景気はどうだ」とにこやかに問うてくる――部下の聖銀騎士がそう言っていた。
その2人が、自分を全く記憶していない。
町中にも顔見知りがいるが、誰も司祭イリアスを知らない。
誰の頭にも自分の存在がない。
(……なるほど……)
――理解した。
どうやら僕は、もうすぐ"消える"らしい。
ヒュッ、ヒュッという音とともに激しく降り注ぎ、身体が赤く染まる。
熱い、熱い、熱い。
身体が、灼けるように、熱い――……。
◇
「……兄さん、お兄さーん! ちょっと! ねえ!!」
「………う………っ」
目を薄く開けると、倒れている自分の身体を男が激しく揺すっていた。
「ああっ、起きた。だーめだよ、こんなとこで寝ちゃあ。まだ寒いんだからさあ」
「…………?」
男と、男の後ろにある建物に見覚えがある。ポルト市街の酒場……そこの店主だ。
「……申し訳ありません、このようなところで」
立ち上がり「大丈夫です」と笑顔を作ってみせると、店主は「そりゃよかった」と笑う。
(…………)
店主の足下に、小さな芽が出ている。
――安堵の"芽"だ。
聖女が目覚めたこともその首謀者のこともすでに世に知れ渡っているはずだが、男がこちらに敵意や疑いを向けている様子はない。
「その身なり……お兄さん、神父様か何かかい?」
「ええ。魔物に襲われ負傷している方を助けておりましたら、魔力欠乏症に陥ってしまいまして」
「魔力欠乏症」
「……お恥ずかしい。魔法を使い始めて長いのに、自らの限界を失念しておりました」
「ああ……こんなことになっちまってなぁ。神父様も仕事が増えて大変だろう」
「そうですね……しかし、傷つき弱った人々を救うことは私の使命であり、喜びでもありますから」
そう言うと、店主は目を丸くして「ほう……」とため息をついた。
足元の芽が少し伸び、新しい葉が生え色づく――。
("感嘆"……)
「……では、私はこれで」
店主の「気をつけてね」という言葉を背に受けながら、その場を立ち去った。
◇
――街を歩いていると聞こえてくる噂話、そして道端に落ちた新聞を拾い読みしたところによると、どうやら自分のことは世間に公表されていないようだ。
当然だ。
聖銀騎士団に属する司祭がテロとも言える事件を起こし、それを教会も聖銀騎士も王宮騎士も一切把握できず、止めることもできなかったのだ。
不祥事中の不祥事だ。どのような手を使っても隠蔽したいだろう。
今日の昼、そのことについてリュシアン王太子が演説を行ったらしい。
夕刊にその内容が記されていた――ざっと読んだが、事実が3割、そして嘘と脚色が7割といったところだった。
その脚色も「友人セルジュが私に助けを乞うメッセージを送ってきた」など、自分をよく見せるものが多く散見された。
王子は支持が高い上に、非常に口がうまいと聞く。
適当な脚本を書き「友を思う男」「民を思い守る王族」を演じて民の支持を勝ち取り、矛盾はその顔と演技力と勢いで押し切るつもりのようだ。
(気持ち悪い……)
――やり口が偽神とそっくりだ。
あの男と違って身分、実力、容姿全てを兼ね備えている分、なお質が悪い。
王子はセルジュの友人だ。事の顛末も当然知っているだろう。
王子自身がこちらに手を下すことはないだろうが、厄介な人間が敵に回っているということは認識しておいた方がいい。
しかしそれよりも警戒せねばならないのは、グレン・マクロード率いる一団の方だろう。
グレン・マクロードは相棒のカイル・レッドフォードよりも感情の抑制が利き、頭も回る。
さらに、冷徹で執拗だ。
自身を陥れ利用しようとした人間を徹底的に調べ上げ、物理的社会的な制裁を加え、叩きのめしたと聞く。
仲間意識、縄張り意識が強く、自分や仲間をいじめた人間を決して忘れず、許さない――まさしく、カラスを体現したかのような男だ。
どのような手を使ってもこちらを捜し出し、殺しに来るだろう。
グレン・マクロードはもちろんのこと、その仲間達も全員曲者だ。
カイル・レッドフォードは"無能者"だが、精神力・戦闘力がとにかく高い。術を使わない戦いならばグレン・マクロードより上かもしれない。
その兄のジャミル・レッドフォードは闇の使い魔を従えている。アーテの記憶によれば、その力で複数人の人間を"意識の闇の世界"へ導いたらしい。精神は弱いようだが侮れない。
そして聖女候補のベルナデッタ・サンチェス、水の紋章を持つルカ。
例えばここにセルジュも加わり、全員結託して本気で殺しにかかってきたとしたら?
……結果は、火を見るよりも明らかだ。
――"逃げる"一択だ。
北上してディオールへ行くのがいいが、国境の警備兵には自分の顔が知れ渡っているかもしれない。
この非常事態であれば、国境の門に設置してある影の魔石が作動している可能性もある。
あれに術師が力を込めると転移魔法の魔力はそこに吸い込まれ、術で飛び越えることはできなくなる。
つまり、門を歩いて通過しなければ国境を越えられない。
だが血の宝玉の杖と紋章の力があれば容易に飛び越えられる、はず――……。
「………………?」
目を閉じて念じても、血の宝玉の杖が出てこない。
(……なぜ……)
――どこかで使い切ってしまったのだろうか。思い出せない。記憶が、ひどくあやふやだ。
それに、この汚い左手は何だ?
黒と茶色と灰色が混じりあって、表面は土壁のようにザラザラだ。
いつもなら、もっとうまく作れるはず……。
そもそも、なぜ酒場の前で倒れていた?
なぜポルト市街になどいる?
分からない。
わ、から、な…………。
――――――………………
――――…………
――……
……
「っ…………」
「……ああ、気づかれましたか」
「え………?」
――何が起こったのか分からない。
なぜか今ベッドに寝かされている。
身体を起こし辺りを見回す……見覚えのある造りの部屋だ。
「教会……?」
そうだ。ポルト市街にあるミランダ教会の医務室だ。
なぜこんな所にいる?
さっきまで、何をしていた……?
「……私は、一体……」
「街の入り口で倒れておられたんですよ。覚えてらっしゃいませんか?」
「…………」
声のする方を見上げると、柔和な笑みを浮かべた茶髪青眼の男が立っていた。
白い法衣を身につけている。この教会を担当する司祭だ。
この男を知っている。聖銀騎士団の司祭として、何度も面会したことがある。
……その、はずだが……。
「……その身なり、ミランダ教の司祭様でいらっしゃいますね」
「………、………はい」
「ノルデンの方でミランダ教とはお珍しい。ディオール中北部からノルデンにかけては聖光神団を信仰されている方が多いと聞きましたが……」
「……昔からロレーヌに住んでおりまして……家族もミランダ教でしたので、私も自然に」
「さようでございましたか。……申し遅れました、私はシリルと申します。お会いできて光栄です、今後ともよろしくお願い致します」
言いながら、シリルがこちらに右手を差し出した。
足元から友好を示す"芽"がぴょこりと顔を出す。
「………………」
この男と会ったのは10年ほど前。その時、全く同じ会話を交わした。
この"芽"が生えるところも見た。何度も会ううちに芽は伸びて葉がつき色づいていき……それが今、全く新しいものに生え替わっている。
つまり、司祭シリルの頭の中から"司祭イリアス"は消え去っているということだ。
「……よろしく、お願いします。……私の名は……"ヨハン"、です」
そう言ってシリルの右手を握ると、足元の芽が少し伸び、新たな葉がつく。
「ヨハン殿。良いお名前ですね」
「…………ありがとう、ございます」
それは"光の塾"で与えられた名。「ロゴス」になる前に強制的に名乗らされていた、くだらぬ名前。
違う名を名乗っても、シリルがそれに違和感を覚えている様子はない。
シリルに助けてもらった礼を言って立ち去ろうとすると、「ヨハン殿」と呼び止められた。
「……はい?」
「今日出会えたこと、嬉しく思います。……どうか貴方に、女神の加護のあらんことを」
「…………ありがとうございます」
その会話も、言葉も、10年前に交わしたはずだ――……。
◇
外は雲ひとつない快晴。
教会の時計塔を見上げると、時計の針は8時を指していた。
『街の入り口で倒れておられたんですよ。覚えてらっしゃいませんか?』
――全く記憶にない。
一体いつ頃街を出ようとしたのか、そしていつ頃倒れたのか。
……シリルにもう少し話を聞いておけばよかった。
考えが何ひとつまとまらないまま歩いていると、酒場に行き着いた。昨日倒れていたあの酒場だ。
店の前で、店主が掃除をしている。
「……おはようございます、マスター」
「ん? あー 神父様! おはようさ~ん」
「昨日はどうも、ありがとうございました」
そう言って店主に頭を下げた。
が……。
「きのう?」
「ええ、店の前で倒れてしまっ……て……?」
見れば、店主の足元には昨日と違う"芽"が生えていた。
「……そっかぁ、昨日の。もう、身体は大丈夫なの?」
「…………」
"芽"が伸び、妙な色合いの"葉"がつく。
嘘の"葉"だ……この男は嘘をついている。
初対面なのに、知っているふりをしている……。
「……ええ……魔力欠乏症ですから、身体はどこも悪くありません。上級魔力回復薬を飲みましたし――」
「魔力欠乏症!」
「………………、はい」
「なるほどぉ。いやあ、こんなことになっちまって、神父様も仕事が増えて大変だねえ」
「……そう、……ですね……」
昨日と全く同じやりとり。
この台詞に、昨日自分が返した言葉は……。
「……しかし、傷つき弱った人々を救うことは、私の使命であり喜びでもありますから」
店主がまた目を丸くして「ほう……」とため息をついた。
足元の芽が少し伸び、新しい葉が、"感嘆"を示す葉が生え、色づく――。
「……では、私はこれで」
「うん、気を付けてね~!」
「………………」
◇
ロレーヌはノルデン人の割合が少ない。
ノルデン人の大多数は聖光神団もしくは祖国の宗教を信じているため、ミランダ教を国教とするロレーヌは住みにくいのだ。
そんな中、"ノルデン人の司祭イリアス"は異質の存在と言える。
この長い黒髪もノルデン人の少ないこの土地では目立つ。会話せずとも、一度見たなら記憶に残るはず。
酒場の店主、司祭シリルはどちらも愛想が良く、人柄も良いと評判の人物だ。
関わったことのある人間の顔は大体覚えていて、会えば「調子はどうだ」「景気はどうだ」とにこやかに問うてくる――部下の聖銀騎士がそう言っていた。
その2人が、自分を全く記憶していない。
町中にも顔見知りがいるが、誰も司祭イリアスを知らない。
誰の頭にも自分の存在がない。
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――理解した。
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