上 下
311 / 385
15章 祈り(前)

◆美少女ルカは励ましたい(1)

しおりを挟む
「ルカ、俺達は出かけるから」
「ん……行って、らっしゃい」
 
 木曜日のお昼、砦の隊長室。今日はグレンとベルが「きょうこうげいか」に会いに行く日。
 グレンとベルはいつもとちがう装いだ。
 セルジュ様はグレンから借りたシャツとズボンを身につけている。お屋敷に戻ったらまた着替えるらしい。
 
「戻るのは夜になるかな」
「そう」
「じゃあ……」
「グレン」
「ん?」
「わたし、かわいい?」
「え? ……ああ、うん。美少女だな。最近、髪型にもこだわってるみたいだし」
「ふふ、ほんと。編み込みにおさげ、とっても似合ってるわよ、ルカ」
 
 美女のベルに褒めてもらえると、さらに一段レベルが上がったような気がして誇らしい。
 最近ずっと、伸びた髪を編み込みにして2つ結びにしている。編み込みは、本を見ながら研究した。
 本当はレイチェルみたいな1つ結びにしたいけど今の長さではちょっと難しいし、あれはレイチェルの"専売特許"。
 だからわたしは、2つ結び。これだってとびきりにかわいい。素材の良さを引き出している。
 
(……褒められたら、褒め返さなきゃ)
 
「……今日のベルも、とびきりに美女。グレンも……まあ、かっこいい」
「ふふ、ありがと!」
「ベルナデッタは『とびきり』なのに、俺は『まあ』なのか……」
「わたしは……いつもの方が、グレンだと思う」
 
 そう言うとグレンはちょっとだけ目を見開いて、すぐに「そうか」と笑った。
 その後3人はずっと使われていなかった「作戦室」に入っていき、魔法でどこかに呼び寄せられていった。
 
 
 ◇
 
 
「……ジャミル?」
「わっ……!?」
 
 昼食を食べるために食堂に行くと、厨房にジャミルがいた。
 急に声をかけられて驚いたのか、持っていた調理器具を落としてしまった。
 
「……ベルは、お出かけしたわ」
「……知ってるよ。教皇猊下げいかに呼ばれたんだよな……」
 
 落としたお玉やフライ返しを拾いながらジャミルが力なくつぶやく。
 彼の肩に止まっていたウィルがこちらにパタパタと飛んできた。
 手を差し出すとわたしの手のひらにちょこんと座るように止まり「ピピッ」と鳴く。かわいい。
 
「……ジャミルは」
「うん?」
「どうして最近、コソコソしているの」
「う……」
 
 落としたものを全部拾ってキッチンの調理台に置いたあと、ジャミルは調理台に手をついたまま黙り込んでしまう。
 
「……色々、あって」
「色々」
「……グレンと、セルジュ様に、ひでえ言葉投げちまって」
「また怒鳴ったの」
「う……うん」
「闇の剣をまた拾った?」
「ひ……拾ってない」
 
「3ヶ月くらい前、セルジュ様が光の塾の事実を話した時……わたしはあの人を攻撃した。また、ここに来て攻撃されたということ?」
「……うん……」
「かわいそう。体調が悪いのに、弱いものいじめ」
「お、おっしゃる、通り……」
 
「……あの時、ジャミルはわたしに『自分が何やってるか分かってるのか』って言って怒ったわ」
「言っ……た。うん……」
「それなのに、どうして」
「…………」
 
 ジャミルからの返事はない。
 眉間にしわを寄せて唸りながら、服の胸の辺りをギュッとつかむ。
 
「グレンにもひどいこと言ったの」
「えっ!? ……ま、まあ……」
「どうして。何を言ったの」
「…………は、話さねえと、ダメか?」
 
 言いながらジャミルは冷蔵庫から冷えたコップを取り出す。ごまかす気だろうか。
 
「……喉が渇いたの? わたしがたくさんお水を飲ませてあげるわ」
 
 左手の水の紋章を光らせ、ジャミルの頭上に水の塊を出現させた。
 
「ひっ!? や……やめろよ! 話す、話すから……」
「よろしい」
 
 紋章と水の塊をスッと消すと、ジャミルは大きくため息をついて胸を撫で下ろした。
 
 その後食堂のテーブルに移動して、ジャミルの話を聞いた。
 話してくれたのはいいけれど、全部、全然良くない話。
 カイルさんがああなったのは、セルジュ様のせい……そう考えたジャミルはセルジュ様を罵倒して、攻撃しようとした。
 それをグレンが止めた。グレンに怒られたジャミルは、冷静なグレンに腹を立てて「友達なのに冷たい」と言ったらしい。
 何か、頭がカーッとしてくる。やっぱりお水をかけたくなってくる。
 
「……グレンは、冷たくない。カイルさんの頼みを聞いただけ。友達だから」
「う……うん」
 
 ジャミルは髪をわしゃわしゃとしたり手で顔を覆い隠したり、テーブルに肘をついて首の後ろを掻いたりして、ずっと落ち着かない。
 
「……グレンにとって、カイルさんは大事な友達。グレンの闇の中で見た。ジャミルも、見た?」
「……うん……見た」
 
「グレンにとってカイルさんはきっと、わたしにとってのレイチェルと同じ。カイルさんがいなかったら、グレンはきっと、色んなことを見つけられない。必要な人だわ」
「……ルカにとっての、レイチェル……そうか……うん」
「そう。ジャミルは闇の剣をもう持ってないし、グレンのことも分かっているのに怒鳴った。……だめ。全然だめ。0点」
「れ、れいてん……。うう……、そ、だな……。お前の……言う通りだ」
「……謝ったら、グレンもきっと許してくれる」
 
 そう言ったらジャミルは困ったような顔で「そうだな」と笑った。
 グレンの帰りは夜。でも、ジャミルは夕方から仕事があるらしい。
「日を改める」と言って、カイルさんのために作ってきた料理を置いて去って行った。
 
(……むずかしい)
 
 大切な人のために、怒る。大切な人のために、怒らない。
 人の感情も、人と人の関係も、やっぱりわたしにはまだ難しい。 
 もっとレイチェルみたいに、相手の心を軽くできたらいいのに。
 
 
 ◇
 
 
「…………」 
 
 人のいなくなった食堂で1人パンケーキを頬張りながら、ここ数日あった色々なことに思考を巡らせる。
 仲間のこと、光の塾のこと。そして司教ロゴス――イリアスのこと。
 みんなあの人に怒っているから、今考えていることは誰にも言えない。
 
 グレンにとっての、レイチェル、カイルさん。
 わたしにとっての、レイチェル、お兄ちゃん、フランツ、それにみんな。
 わたしもグレンも、光の塾を出てたくさんのことを、たくさんのものを見つけた。心を知った。
 それじゃあ、あの人は、イリアスは……?
 
 彼には大切なものはなかったのだろうか。大切な人は、いなかったのだろうか。
 彼も"天使"だったなら、わたしと同じに外界に出て学ぶ機会があったはず。
 どうして、光の塾に戻ったのだろう。
 
 あの人には心の自由は、救いは、ひとつもなかったのだろうか……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。

梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。 あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。 その時までは。 どうか、幸せになってね。 愛しい人。 さようなら。

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

貴方といると、お茶が不味い

わらびもち
恋愛
貴方の婚約者は私。 なのに貴方は私との逢瀬に別の女性を同伴する。 王太子殿下の婚約者である令嬢を―――。

浮気中の婚約者が私には塩対応なので塩対応返しすることにした

今川幸乃
恋愛
スターリッジ王国の貴族学園に通うリアナにはクリフというスポーツ万能の婚約者がいた。 リアナはクリフのことが好きで彼のために料理を作ったり勉強を教えたりと様々な親切をするが、クリフは当然の顔をしているだけで、まともに感謝もしない。 しかも彼はエルマという他の女子と仲良くしている。 もやもやが募るもののリアナはその気持ちをどうしていいか分からなかった。 そんな時、クリフが放課後もエルマとこっそり二人で会っていたことが分かる。 それを知ったリアナはこれまでクリフが自分にしていたように塩対応しようと決意した。 少しの間クリフはリアナと楽しく過ごそうとするが、やがて試験や宿題など様々な問題が起こる。 そこでようやくクリフは自分がいかにリアナに助けられていたかを実感するが、その時にはすでに遅かった。 ※4/15日分の更新は抜けていた8話目「浮気」の更新にします。話の流れに差し障りが出てしまい申し訳ありません。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

冤罪から逃れるために全てを捨てた。

四折 柊
恋愛
王太子の婚約者だったオリビアは冤罪をかけられ捕縛されそうになり全てを捨てて家族と逃げた。そして以前留学していた国の恩師を頼り、新しい名前と身分を手に入れ幸せに過ごす。1年が過ぎ今が幸せだからこそ思い出してしまう。捨ててきた国や自分を陥れた人達が今どうしているのかを。(視点が何度も変わります)

あなたが望んだ、ただそれだけ

cyaru
恋愛
いつものように王城に妃教育に行ったカーメリアは王太子が侯爵令嬢と茶会をしているのを目にする。日に日に大きくなる次の教育が始まらない事に対する焦り。 国王夫妻に呼ばれ両親と共に登城すると婚約の解消を言い渡される。 カーメリアの両親はそれまでの所業が腹に据えかねていた事もあり、領地も売り払い夫人の実家のある隣国へ移住を決めた。 王太子イデオットの悪意なき本音はカーメリアの心を粉々に打ち砕いてしまった。 失意から寝込みがちになったカーメリアに追い打ちをかけるように見舞いに来た王太子イデオットとエンヴィー侯爵令嬢は更に悪意のない本音をカーメリアに浴びせた。 公爵はイデオットの態度に激昂し、処刑を覚悟で2人を叩きだしてしまった。 逃げるように移り住んだリアーノ国で静かに静養をしていたが、そこに1人の男性が現れた。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※胸糞展開ありますが、クールダウンお願いします。  心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。イラっとしたら現実に戻ってください。 ※リアルで似たようなものが出てくると思いますが気のせいです。 ※爵位や言葉使いなど現実世界、他の作者さんの作品とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

処理中です...