307 / 385
15章 祈り(前)
5話 激情の矛先
しおりを挟む
ミランダ教の聖女の魔法によって砦に返された直後、カイルは倒れた。
俺とジャミルで部屋に運び込んでから、身体を拭いて服を着替えさせてベッドに寝かせ……あとをジャミルに任せて部屋を立ち去ろうとしたその時、カイルが俺の手をつかんだ。
「カイル? どうした――」
「……グレン、兄貴……。頼む……セルジュを、責めないでやってほしい……」
「セルジュ……?」
「……彼は、被害者なんだ。術で操られて、その縛りから逃れるために自分で腹刺して……。彼は、やるだけのことを……やってくれた……、彼がいなかったら、俺はここへ戻って来られなかった……。俺は彼を……恨んでいないから、だから……」
「…………」
いきさつを知らないから「分かった」とも「無理だ」とも言えず、俺とジャミルはただ顔を見合わせることしかできなかった。
「悪いのはイリアスだから」とまで言ったあと、カイルは意識を手放した……。
◇
「あ……!」
「ジャ、ジャミルく……」
「…………!」
セルジュの話の途中で、医務室の引き戸が勢いよく開け放たれた。
ジャミルだ――壁に紫色の小さな渦状の穴が開いている。使い魔を使って一連の話を聞いていたのだろう。
――迂闊だった。
気づいたところでまさか炎で灼くわけにもいかないから、どうしようもなかっただろうが……。
「……ジャミル」
「…………」
ジャミルはこちらの呼びかけには応えない。
ただ一点、セルジュだけに鋭い視線を向けている。
「…………」
――火が視える。
行き場のない怒りと、悲しみの火が……。
セルジュは悪くない。
彼は被害者だ。
悪いのはイリアスだ。
……そうだろう。分かる。
少し接した程度でも、彼は清廉潔白な人間だと感じる。
だからこそ疑惑を持ちながらもイリアスを信じ、しかし騙され、操られてしまったのだろう。
だが腹を刺してまで術を解いて、カイルに何らかの手助けをした。
カイルの言う通り、彼はできることをしたのだろう。
死に瀕しながらも俺達を気遣い、治療を拒んだ。善意ばかりの人間だ。
カイルの心身を痛めつけ壊したのは、彼ではない。彼を責めるのは筋違いだ。
だが、理解はできても納得はできない。
――お前だってそうだっただろう、カイル。
お前は「兄を恨むのは間違いだ」と十分に理解しながらも、兄と兄弟として対峙した途端、全てから目を背けようとしたじゃないか。
人間の感情は、そんな簡単に片付くものじゃない。
全ての計画の首謀者であったイリアスは今いない。
激情の矛先はどうしても、図らずも「傍観者」となってしまったセルジュに向かう――。
大きく靴音を響かせながら、ジャミルがセルジュの元へ一直線に向かってくる。
そのまま掴みかからんばかりに駆けてきたので、立ち上がってから両手を広げ、セルジュを隠すようにして進路を妨害した。
「っ、どけよ……!!」
「断る。病人相手に何をするつもりだ? ……騒ぐなら、出ろ」
「だって、カイルが……!」
「…………」
「あいつは……いつでも明るく笑ってて、すげぇ強いし頼りになるんだよ。オレは兄貴なのに、アイツの方が年上だから頼ってばっかでさ……アイツは、オレにとっちゃヒーローみてえなんだ。それが、それが……、あんな……っ! ……どうやったら!! 1人の人間があんなボロボロになる!?」
「やめろ! 彼は関係ないだろう!」
「関係あんだろうがっ!!」
「ジャミル! 嫌だよ、やめて……っ!」
羽交い締めにして引き留めてもなお、ジャミルはセルジュに向かっていこうとする。
「操られてたって何だよ!! 聖銀騎士って、すげえんじゃねえのかよ!? ……立派な服着て、立派な剣ぶら下げて……そいつらが雁首揃えて、一体何やってやがった!!」
「ジャミル君、ジャミル君……っ」
「なんで! なんでアイツがあんな目に遭わないといけない!? 返せよ、カイルを!! 弟を今すぐ元の状態に戻せ!!」
「ジャミル! やめろ!!」
「放せっ! ふざけんなよ!!」
「ふざけてるのはお前だ!!」
「ぐっ……!!」
「きゃっ……!」
羽交い締めにしたジャミルを、壁に叩き付けるようにして放した。
近くに置いてある薬の棚がガシャンと音を立て、医療器具がいくつか床に落ちる。
ジャミルは壁に背をつけたまま、床にズルズルとへたり込んだ。
叩き付けられた衝撃で唸っていたが、すぐに俺の顔を睨みあげてきた。
「……なんで……かばう」
「殴っても何にもならない。後悔するぞ。……周りを見ろ。お前が、一方的な感情をぶちまけた結果を」
「…………」
ジャミルが俺以外の人間を見てから顔をしかめて首を振り、うつむく。
先ほどのカイルの話に加え、今の状況……レイチェルとベルナデッタが、それぞれ顔や口を手で覆いながらすすり泣いている。
ベッドでは真っ青な顔をしたセルジュが、浴びせられる罵倒の言葉にただ打ち震えている。
だがそれを見てもなお、ジャミルの炎は消えない……。
「……間違ったことをしていると自分で分かっているんだろう? 使い魔を……ウィルを見ろ」
「え……?」
――現れた時には紫色のオーラを放っていた使い魔のウィル。
今は主人の感情に追随することなく、悲しみや悔恨それぞれの感情に打ち震える3人の人間を気遣うように、静かに飛び回っている。
「っ……なん、で……」
「頭を冷やせ。カイルの言葉を忘れたのか。悪いのは……」
「イリアスが悪いってんだろ!? 分かってんだよそんなこと!!」
ジャミルが声を張り上げながら立ち上がり、俺を睨み付けて歯噛みをする。
「……何だ」
「あんた……ずいぶん、冷静だよな。……『お前の存在は救いだった』とか言ってたのに、冷てえ……ぐっ!」
「グ、グレン……!」
言葉の途中でジャミルの口を顔をつかむようにしてふさいで黙らせた。
「『セルジュを責めるな』――俺は友人としてあいつの意思を尊重しているだけだ」
「…………!」
「俺だって今のあいつの姿に思うところくらいある。……お前の尺度で俺の情を計るな、クソが」
そこまで言って、押し出すようにジャミルを解放した。
「出て行け。……話の邪魔だ!!」
「…………っ」
ジャミルは俺を一睨みしてから医務室を出て、そのまま走り去っていく。
「ジャミル君っ……!」
「…………ベルナデッタ。ジャミルを頼む」
「っ……はい……」
涙を拭いながらベルナデッタが医務室を出て行こうとする。
そんな彼女の肩にウィルが静かに降り立った。
「……小鳥ちゃん?」
ピピピと鳴き声を発しながら、ウィルがゆっくりと飛んでいく。
主人の元に彼女を連れて行きたいのだろうか。
意図を汲んだらしいベルナデッタは「お願いね」と言って、ウィルを追いかけていった。
◇
その後、俺とレイチェルで引き続きセルジュの話を聞いた。
先ほどのやりとりのせいで顔が真っ青になっていた――「日を改めようか」と提案したが、話させてくれと言うのでそのまま聞かせてもらうことに。
その後、2人で隊長室へ移動した。
時刻は午後4時。だが外は夕暮れを通り越し、空にはすでに月が浮かんでいる。
「イリアスが禁呪を使い時間を進めたのではないか」というのがセルジュの推測だが、真相は誰も分からない。
セルジュの話の続き――操られたカイルが聖女の真名を唱えたことで聖女の封印が解け、抑えていた闇の魔力が噴き上がった。
闇の魔力は禁呪の力の源。それを解き放ったことでイリアスは時渡りの術を成功させた。
だが、カイルが「向こう側」で魂が溶け消える前に何らかの方法で時間を渡り、再びこちらへ帰ってきた。
時代は元の流れに戻ったが、解き放たれた聖女と闇の封印はそのまま。闇の魔力を活動源としている魔物は強大化していくだろう――ということだった。
どのくらいの強さの魔物がどのくらいの規模で湧くのかは分からない。
ロレーヌにも騎士がいるから魔物討伐は彼らが主に行うはず。だが、ディオールでもそうだったように、すぐに軍を出せない場合も多い。
そういう場合はやはり自由に動き回れる冒険者や傭兵の出番だろう。
今後、魔物討伐の依頼が個人的に来ることが増えるかもしれない。
セルジュが「イリアスと光の塾について出来うる限りの情報提供をする」と言ってくれたから、そちらに注力したいのだが……。
「グレンさん……ココア、入れてきました」
「ああ……ありがとう」
レイチェルがテーブルにココアとコーヒーを置いて、俺の隣に腰掛けた。
「これ飲んだら、送っていくから」
「……はい。グレンさんは、帰らない?」
「そうだな。伏せっているカイルとセルジュ卿を放っておくことはできない」
「そう、ですね……」
コーヒーを1口飲んだあと、レイチェルが肩にもたれかかってきた。
肩に腕を回して髪を撫でると、もぞもぞとこちらに身体を寄せ、胸に頭を預けてくる。
「……色々、ありすぎたな」
「うん。……頭の中、ぐちゃぐちゃで。セルジュ様の話を聞いても、全然飲み込めない」
「そうだな」
「……空気が重いの。魔物が強くなるって本当なんだなって」
「ああ。俺も魔物討伐の依頼が増えるかもしれない」
「やだな……こわい」
「……大丈夫だ。俺が守るから」
「グレンさん……でも、怖いよ。戦ってほしくない。いくら強くたって、人間なんだもん。……誰も、危険な目に遭ってほしくない。……もう誰も、辛い思い、してほしくないよ……」
「……レイチェル」
「ごめんなさい……。なんなんだろう、なんでこんな……やだよこんなの、もう……、う、う……」
「…………」
レイチェルはそのまま俺に縋り付いて、子供のように泣きじゃくる。
仕方がない。正直言って、俺だって飲み込めないことばかりだ――。
◇
翌日から、新聞が『聖女が目覚め魔物が強大化した』というニュースを次々に報じ始めた。
異なる新聞社のものをいくつか読んだが、いずれも『聖女が目覚めた』ことは記されていても、どのようにして目覚めたか、また誰が首謀者であるか、ということは記されていなかった。
まさか、ミランダ教会は不祥事を隠蔽するつもりだろうか……そう思っていた矢先のこと。
なぜか俺はベルナデッタとともにシルベストル侯爵の屋敷に招かれた。
聖銀騎士団長セルジュの屋敷――そこでミランダ教の聖女と教皇に謁見するのだという。
――聖女はともかくとして、教皇?
なぜ俺がそんな奴に引き合わされるんだ。全く意味が分からない。
嫌な想像ばかりしてしまう。これからどうなっていくというのだろう……。
俺とジャミルで部屋に運び込んでから、身体を拭いて服を着替えさせてベッドに寝かせ……あとをジャミルに任せて部屋を立ち去ろうとしたその時、カイルが俺の手をつかんだ。
「カイル? どうした――」
「……グレン、兄貴……。頼む……セルジュを、責めないでやってほしい……」
「セルジュ……?」
「……彼は、被害者なんだ。術で操られて、その縛りから逃れるために自分で腹刺して……。彼は、やるだけのことを……やってくれた……、彼がいなかったら、俺はここへ戻って来られなかった……。俺は彼を……恨んでいないから、だから……」
「…………」
いきさつを知らないから「分かった」とも「無理だ」とも言えず、俺とジャミルはただ顔を見合わせることしかできなかった。
「悪いのはイリアスだから」とまで言ったあと、カイルは意識を手放した……。
◇
「あ……!」
「ジャ、ジャミルく……」
「…………!」
セルジュの話の途中で、医務室の引き戸が勢いよく開け放たれた。
ジャミルだ――壁に紫色の小さな渦状の穴が開いている。使い魔を使って一連の話を聞いていたのだろう。
――迂闊だった。
気づいたところでまさか炎で灼くわけにもいかないから、どうしようもなかっただろうが……。
「……ジャミル」
「…………」
ジャミルはこちらの呼びかけには応えない。
ただ一点、セルジュだけに鋭い視線を向けている。
「…………」
――火が視える。
行き場のない怒りと、悲しみの火が……。
セルジュは悪くない。
彼は被害者だ。
悪いのはイリアスだ。
……そうだろう。分かる。
少し接した程度でも、彼は清廉潔白な人間だと感じる。
だからこそ疑惑を持ちながらもイリアスを信じ、しかし騙され、操られてしまったのだろう。
だが腹を刺してまで術を解いて、カイルに何らかの手助けをした。
カイルの言う通り、彼はできることをしたのだろう。
死に瀕しながらも俺達を気遣い、治療を拒んだ。善意ばかりの人間だ。
カイルの心身を痛めつけ壊したのは、彼ではない。彼を責めるのは筋違いだ。
だが、理解はできても納得はできない。
――お前だってそうだっただろう、カイル。
お前は「兄を恨むのは間違いだ」と十分に理解しながらも、兄と兄弟として対峙した途端、全てから目を背けようとしたじゃないか。
人間の感情は、そんな簡単に片付くものじゃない。
全ての計画の首謀者であったイリアスは今いない。
激情の矛先はどうしても、図らずも「傍観者」となってしまったセルジュに向かう――。
大きく靴音を響かせながら、ジャミルがセルジュの元へ一直線に向かってくる。
そのまま掴みかからんばかりに駆けてきたので、立ち上がってから両手を広げ、セルジュを隠すようにして進路を妨害した。
「っ、どけよ……!!」
「断る。病人相手に何をするつもりだ? ……騒ぐなら、出ろ」
「だって、カイルが……!」
「…………」
「あいつは……いつでも明るく笑ってて、すげぇ強いし頼りになるんだよ。オレは兄貴なのに、アイツの方が年上だから頼ってばっかでさ……アイツは、オレにとっちゃヒーローみてえなんだ。それが、それが……、あんな……っ! ……どうやったら!! 1人の人間があんなボロボロになる!?」
「やめろ! 彼は関係ないだろう!」
「関係あんだろうがっ!!」
「ジャミル! 嫌だよ、やめて……っ!」
羽交い締めにして引き留めてもなお、ジャミルはセルジュに向かっていこうとする。
「操られてたって何だよ!! 聖銀騎士って、すげえんじゃねえのかよ!? ……立派な服着て、立派な剣ぶら下げて……そいつらが雁首揃えて、一体何やってやがった!!」
「ジャミル君、ジャミル君……っ」
「なんで! なんでアイツがあんな目に遭わないといけない!? 返せよ、カイルを!! 弟を今すぐ元の状態に戻せ!!」
「ジャミル! やめろ!!」
「放せっ! ふざけんなよ!!」
「ふざけてるのはお前だ!!」
「ぐっ……!!」
「きゃっ……!」
羽交い締めにしたジャミルを、壁に叩き付けるようにして放した。
近くに置いてある薬の棚がガシャンと音を立て、医療器具がいくつか床に落ちる。
ジャミルは壁に背をつけたまま、床にズルズルとへたり込んだ。
叩き付けられた衝撃で唸っていたが、すぐに俺の顔を睨みあげてきた。
「……なんで……かばう」
「殴っても何にもならない。後悔するぞ。……周りを見ろ。お前が、一方的な感情をぶちまけた結果を」
「…………」
ジャミルが俺以外の人間を見てから顔をしかめて首を振り、うつむく。
先ほどのカイルの話に加え、今の状況……レイチェルとベルナデッタが、それぞれ顔や口を手で覆いながらすすり泣いている。
ベッドでは真っ青な顔をしたセルジュが、浴びせられる罵倒の言葉にただ打ち震えている。
だがそれを見てもなお、ジャミルの炎は消えない……。
「……間違ったことをしていると自分で分かっているんだろう? 使い魔を……ウィルを見ろ」
「え……?」
――現れた時には紫色のオーラを放っていた使い魔のウィル。
今は主人の感情に追随することなく、悲しみや悔恨それぞれの感情に打ち震える3人の人間を気遣うように、静かに飛び回っている。
「っ……なん、で……」
「頭を冷やせ。カイルの言葉を忘れたのか。悪いのは……」
「イリアスが悪いってんだろ!? 分かってんだよそんなこと!!」
ジャミルが声を張り上げながら立ち上がり、俺を睨み付けて歯噛みをする。
「……何だ」
「あんた……ずいぶん、冷静だよな。……『お前の存在は救いだった』とか言ってたのに、冷てえ……ぐっ!」
「グ、グレン……!」
言葉の途中でジャミルの口を顔をつかむようにしてふさいで黙らせた。
「『セルジュを責めるな』――俺は友人としてあいつの意思を尊重しているだけだ」
「…………!」
「俺だって今のあいつの姿に思うところくらいある。……お前の尺度で俺の情を計るな、クソが」
そこまで言って、押し出すようにジャミルを解放した。
「出て行け。……話の邪魔だ!!」
「…………っ」
ジャミルは俺を一睨みしてから医務室を出て、そのまま走り去っていく。
「ジャミル君っ……!」
「…………ベルナデッタ。ジャミルを頼む」
「っ……はい……」
涙を拭いながらベルナデッタが医務室を出て行こうとする。
そんな彼女の肩にウィルが静かに降り立った。
「……小鳥ちゃん?」
ピピピと鳴き声を発しながら、ウィルがゆっくりと飛んでいく。
主人の元に彼女を連れて行きたいのだろうか。
意図を汲んだらしいベルナデッタは「お願いね」と言って、ウィルを追いかけていった。
◇
その後、俺とレイチェルで引き続きセルジュの話を聞いた。
先ほどのやりとりのせいで顔が真っ青になっていた――「日を改めようか」と提案したが、話させてくれと言うのでそのまま聞かせてもらうことに。
その後、2人で隊長室へ移動した。
時刻は午後4時。だが外は夕暮れを通り越し、空にはすでに月が浮かんでいる。
「イリアスが禁呪を使い時間を進めたのではないか」というのがセルジュの推測だが、真相は誰も分からない。
セルジュの話の続き――操られたカイルが聖女の真名を唱えたことで聖女の封印が解け、抑えていた闇の魔力が噴き上がった。
闇の魔力は禁呪の力の源。それを解き放ったことでイリアスは時渡りの術を成功させた。
だが、カイルが「向こう側」で魂が溶け消える前に何らかの方法で時間を渡り、再びこちらへ帰ってきた。
時代は元の流れに戻ったが、解き放たれた聖女と闇の封印はそのまま。闇の魔力を活動源としている魔物は強大化していくだろう――ということだった。
どのくらいの強さの魔物がどのくらいの規模で湧くのかは分からない。
ロレーヌにも騎士がいるから魔物討伐は彼らが主に行うはず。だが、ディオールでもそうだったように、すぐに軍を出せない場合も多い。
そういう場合はやはり自由に動き回れる冒険者や傭兵の出番だろう。
今後、魔物討伐の依頼が個人的に来ることが増えるかもしれない。
セルジュが「イリアスと光の塾について出来うる限りの情報提供をする」と言ってくれたから、そちらに注力したいのだが……。
「グレンさん……ココア、入れてきました」
「ああ……ありがとう」
レイチェルがテーブルにココアとコーヒーを置いて、俺の隣に腰掛けた。
「これ飲んだら、送っていくから」
「……はい。グレンさんは、帰らない?」
「そうだな。伏せっているカイルとセルジュ卿を放っておくことはできない」
「そう、ですね……」
コーヒーを1口飲んだあと、レイチェルが肩にもたれかかってきた。
肩に腕を回して髪を撫でると、もぞもぞとこちらに身体を寄せ、胸に頭を預けてくる。
「……色々、ありすぎたな」
「うん。……頭の中、ぐちゃぐちゃで。セルジュ様の話を聞いても、全然飲み込めない」
「そうだな」
「……空気が重いの。魔物が強くなるって本当なんだなって」
「ああ。俺も魔物討伐の依頼が増えるかもしれない」
「やだな……こわい」
「……大丈夫だ。俺が守るから」
「グレンさん……でも、怖いよ。戦ってほしくない。いくら強くたって、人間なんだもん。……誰も、危険な目に遭ってほしくない。……もう誰も、辛い思い、してほしくないよ……」
「……レイチェル」
「ごめんなさい……。なんなんだろう、なんでこんな……やだよこんなの、もう……、う、う……」
「…………」
レイチェルはそのまま俺に縋り付いて、子供のように泣きじゃくる。
仕方がない。正直言って、俺だって飲み込めないことばかりだ――。
◇
翌日から、新聞が『聖女が目覚め魔物が強大化した』というニュースを次々に報じ始めた。
異なる新聞社のものをいくつか読んだが、いずれも『聖女が目覚めた』ことは記されていても、どのようにして目覚めたか、また誰が首謀者であるか、ということは記されていなかった。
まさか、ミランダ教会は不祥事を隠蔽するつもりだろうか……そう思っていた矢先のこと。
なぜか俺はベルナデッタとともにシルベストル侯爵の屋敷に招かれた。
聖銀騎士団長セルジュの屋敷――そこでミランダ教の聖女と教皇に謁見するのだという。
――聖女はともかくとして、教皇?
なぜ俺がそんな奴に引き合わされるんだ。全く意味が分からない。
嫌な想像ばかりしてしまう。これからどうなっていくというのだろう……。
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
誰からも愛されない悪役令嬢に転生したので、自由気ままに生きていきたいと思います。
木山楽斗
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢であるエルファリナに転生した私は、彼女のその境遇に対して深い悲しみを覚えていた。
彼女は、家族からも婚約者からも愛されていない。それどころか、その存在を疎まれているのだ。
こんな環境なら歪んでも仕方ない。そう思う程に、彼女の境遇は悲惨だったのである。
だが、彼女のように歪んでしまえば、ゲームと同じように罪を暴かれて牢屋に行くだけだ。
そのため、私は心を強く持つしかなかった。悲惨な結末を迎えないためにも、どんなに不当な扱いをされても、耐え抜くしかなかったのである。
そんな私に、解放される日がやって来た。
それは、ゲームの始まりである魔法学園入学の日だ。
全寮制の学園には、歪な家族は存在しない。
私は、自由を得たのである。
その自由を謳歌しながら、私は思っていた。
悲惨な境遇から必ず抜け出し、自由気ままに生きるのだと。
【後日談完結】10日間の異世界旅行~帰れなくなった二人の異世界冒険譚~
ばいむ
ファンタジー
剣と魔法の世界であるライハンドリア・・・。魔獣と言われるモンスターがおり、剣と魔法でそれを倒す冒険者と言われる人達がいる世界。
高校の休み時間に突然その世界に行くことになってしまった。この世界での生活は10日間と言われ、混乱しながらも楽しむことにしたが、なぜか戻ることができなかった。
特殊な能力を授かるわけでもなく、生きるための力をつけるには自ら鍛錬しなければならなかった。魔獣を狩り、いろいろな遺跡を訪ね、いろいろな人と出会った。何度か死にそうになったこともあったが、多くの人に助けられながらも少しずつ成長していった。
冒険をともにするのは同じく異世界に転移してきた女性・ジェニファー。彼女と出会い、そして・・・。
初投稿というか、初作品というか、まともな初執筆品です。
今までこういうものをまともに書いたこともなかったのでいろいろと変なところがあるかもしれませんがご了承ください。
誤字脱字等あれば連絡をお願いします。
感想やレビューをいただけるととてもうれしいです。書くときの参考にさせていただきます。
おもしろかっただけでも励みになります。
2021/6/27 無事に完結しました。
2021/9/10 後日談の追加開始
2022/2/18 後日談完結
婚約解消して次期辺境伯に嫁いでみた
cyaru
恋愛
一目惚れで婚約を申し込まれたキュレット伯爵家のソシャリー。
お相手はボラツク侯爵家の次期当主ケイン。眉目秀麗でこれまで数多くの縁談が女性側から持ち込まれてきたがケインは女性には興味がないようで18歳になっても婚約者は今までいなかった。
婚約をした時は良かったのだが、問題は1か月に起きた。
過去にボラツク侯爵家から放逐された侯爵の妹が亡くなった。放っておけばいいのに侯爵は簡素な葬儀も行ったのだが、亡くなった妹の娘が牧師と共にやってきた。若い頃の妹にそっくりな娘はロザリア。
ボラツク侯爵家はロザリアを引き取り面倒を見ることを決定した。
婚約の時にはなかったがロザリアが独り立ちできる状態までが期間。
明らかにソシャリーが嫁げば、ロザリアがもれなくついてくる。
「マジか…」ソシャリーは心から遠慮したいと願う。
そして婚約者同士の距離を縮め、お互いの考えを語り合う場が月に数回設けられるようになったが、全てにもれなくロザリアがついてくる。
茶会に観劇、誕生日の贈り物もロザリアに買ったものを譲ってあげると謎の善意を押し売り。夜会もケインがエスコートしダンスを踊るのはロザリア。
幾度となく抗議を受け、ケインは考えを改めると誓ってくれたが本当に考えを改めたのか。改めていれば婚約は継続、そうでなければ解消だがソシャリーも年齢的に次を決めておかないと家のお荷物になってしまう。
「こちらは嫁いでくれるならそれに越したことはない」と父が用意をしてくれたのは「自分の責任なので面倒を見ている子の数は35」という次期辺境伯だった?!
★↑例の如く恐ろしく省略してます。
★9月14日投稿開始、完結は9月16日です。
★コメントの返信は遅いです。
★タグが勝手すぎる!と思う方。ごめんなさい。検索してもヒットしないよう工夫してます。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。【妄想史であり世界史ではない】事をご理解ください。登場人物、場所全て架空です。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義なのでリアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません
異世界に転生したら、義妹が乙女ゲーの悪役令嬢でした。~今世は義妹をハッピーエンドに導きたいと思います~
蜂乃巣
ファンタジー
俺の名前はロベルト・フィンセント。フィンセント公爵家の嫡男だ。
そんな俺の天使の様な可愛さを誇る義妹の名はセシリア・フィンセント。
彼女は俺の前世で流行っていた乙女ゲーム「世界が君を拒んでも」略して「セカコバ」の悪役令嬢として登場する。
全ルートバッドエンドのヒロインをいじめた悪役令嬢として...。
ちなみに、俺の義妹がバッドエンドルートに進むと一家全員没落という末路を辿る。
一家全員、呪われているんだろうか?
とりあえず、俺含めた←大事。
フィンセント公爵家一家全員没落する要因になる『セシリア』を正しい道『ハッピーエンド』に辿り着かせることが今世の俺の目標だ。
どこかで見たような異世界物語
PIAS
ファンタジー
現代日本で暮らす特に共通点を持たない者達が、突如として異世界「ティルリンティ」へと飛ばされてしまう。
飛ばされた先はダンジョン内と思しき部屋の一室。
互いの思惑も分からぬまま協力体制を取ることになった彼らは、一先ずダンジョンからの脱出を目指す。
これは、右も左も分からない異世界に飛ばされ「異邦人」となってしまった彼らの織り成す物語。
【完結】身売りした妖精姫は氷血公爵に溺愛される
鈴木かなえ
恋愛
第17回恋愛小説大賞にエントリーしています。
レティシア・マークスは、『妖精姫』と呼ばれる社交界随一の美少女だが、実際は亡くなった前妻の子として家族からは虐げられていて、過去に起きたある出来事により男嫌いになってしまっていた。
社交界デビューしたレティシアは、家族から逃げるために条件にあう男を必死で探していた。
そんな時に目についたのが、女嫌いで有名な『氷血公爵』ことテオドール・エデルマン公爵だった。
レティシアは、自分自身と生まれた時から一緒にいるメイドと護衛を救うため、テオドールに決死の覚悟で取引をもちかける。
R18シーンがある場合、サブタイトルに※がつけてあります。
ムーンライトで公開してあるものを、少しずつ改稿しながら投稿していきます。
【完結】私が貴方の元を去ったわけ
なか
恋愛
「貴方を……愛しておりました」
国の英雄であるレイクス。
彼の妻––リディアは、そんな言葉を残して去っていく。
離婚届けと、別れを告げる書置きを残された中。
妻であった彼女が突然去っていった理由を……
レイクスは、大きな後悔と、恥ずべき自らの行為を知っていく事となる。
◇◇◇
プロローグ、エピローグを入れて全13話
完結まで執筆済みです。
久しぶりのショートショート。
懺悔をテーマに書いた作品です。
もしよろしければ、読んでくださると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる