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15章 祈り(前)
5話 激情の矛先
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ミランダ教の聖女の魔法によって砦に返された直後、カイルは倒れた。
俺とジャミルで部屋に運び込んでから、身体を拭いて服を着替えさせてベッドに寝かせ……あとをジャミルに任せて部屋を立ち去ろうとしたその時、カイルが俺の手をつかんだ。
「カイル? どうした――」
「……グレン、兄貴……。頼む……セルジュを、責めないでやってほしい……」
「セルジュ……?」
「……彼は、被害者なんだ。術で操られて、その縛りから逃れるために自分で腹刺して……。彼は、やるだけのことを……やってくれた……、彼がいなかったら、俺はここへ戻って来られなかった……。俺は彼を……恨んでいないから、だから……」
「…………」
いきさつを知らないから「分かった」とも「無理だ」とも言えず、俺とジャミルはただ顔を見合わせることしかできなかった。
「悪いのはイリアスだから」とまで言ったあと、カイルは意識を手放した……。
◇
「あ……!」
「ジャ、ジャミルく……」
「…………!」
セルジュの話の途中で、医務室の引き戸が勢いよく開け放たれた。
ジャミルだ――壁に紫色の小さな渦状の穴が開いている。使い魔を使って一連の話を聞いていたのだろう。
――迂闊だった。
気づいたところでまさか炎で灼くわけにもいかないから、どうしようもなかっただろうが……。
「……ジャミル」
「…………」
ジャミルはこちらの呼びかけには応えない。
ただ一点、セルジュだけに鋭い視線を向けている。
「…………」
――火が視える。
行き場のない怒りと、悲しみの火が……。
セルジュは悪くない。
彼は被害者だ。
悪いのはイリアスだ。
……そうだろう。分かる。
少し接した程度でも、彼は清廉潔白な人間だと感じる。
だからこそ疑惑を持ちながらもイリアスを信じ、しかし騙され、操られてしまったのだろう。
だが腹を刺してまで術を解いて、カイルに何らかの手助けをした。
カイルの言う通り、彼はできることをしたのだろう。
死に瀕しながらも俺達を気遣い、治療を拒んだ。善意ばかりの人間だ。
カイルの心身を痛めつけ壊したのは、彼ではない。彼を責めるのは筋違いだ。
だが、理解はできても納得はできない。
――お前だってそうだっただろう、カイル。
お前は「兄を恨むのは間違いだ」と十分に理解しながらも、兄と兄弟として対峙した途端、全てから目を背けようとしたじゃないか。
人間の感情は、そんな簡単に片付くものじゃない。
全ての計画の首謀者であったイリアスは今いない。
激情の矛先はどうしても、図らずも「傍観者」となってしまったセルジュに向かう――。
大きく靴音を響かせながら、ジャミルがセルジュの元へ一直線に向かってくる。
そのまま掴みかからんばかりに駆けてきたので、立ち上がってから両手を広げ、セルジュを隠すようにして進路を妨害した。
「っ、どけよ……!!」
「断る。病人相手に何をするつもりだ? ……騒ぐなら、出ろ」
「だって、カイルが……!」
「…………」
「あいつは……いつでも明るく笑ってて、すげぇ強いし頼りになるんだよ。オレは兄貴なのに、アイツの方が年上だから頼ってばっかでさ……アイツは、オレにとっちゃヒーローみてえなんだ。それが、それが……、あんな……っ! ……どうやったら!! 1人の人間があんなボロボロになる!?」
「やめろ! 彼は関係ないだろう!」
「関係あんだろうがっ!!」
「ジャミル! 嫌だよ、やめて……っ!」
羽交い締めにして引き留めてもなお、ジャミルはセルジュに向かっていこうとする。
「操られてたって何だよ!! 聖銀騎士って、すげえんじゃねえのかよ!? ……立派な服着て、立派な剣ぶら下げて……そいつらが雁首揃えて、一体何やってやがった!!」
「ジャミル君、ジャミル君……っ」
「なんで! なんでアイツがあんな目に遭わないといけない!? 返せよ、カイルを!! 弟を今すぐ元の状態に戻せ!!」
「ジャミル! やめろ!!」
「放せっ! ふざけんなよ!!」
「ふざけてるのはお前だ!!」
「ぐっ……!!」
「きゃっ……!」
羽交い締めにしたジャミルを、壁に叩き付けるようにして放した。
近くに置いてある薬の棚がガシャンと音を立て、医療器具がいくつか床に落ちる。
ジャミルは壁に背をつけたまま、床にズルズルとへたり込んだ。
叩き付けられた衝撃で唸っていたが、すぐに俺の顔を睨みあげてきた。
「……なんで……かばう」
「殴っても何にもならない。後悔するぞ。……周りを見ろ。お前が、一方的な感情をぶちまけた結果を」
「…………」
ジャミルが俺以外の人間を見てから顔をしかめて首を振り、うつむく。
先ほどのカイルの話に加え、今の状況……レイチェルとベルナデッタが、それぞれ顔や口を手で覆いながらすすり泣いている。
ベッドでは真っ青な顔をしたセルジュが、浴びせられる罵倒の言葉にただ打ち震えている。
だがそれを見てもなお、ジャミルの炎は消えない……。
「……間違ったことをしていると自分で分かっているんだろう? 使い魔を……ウィルを見ろ」
「え……?」
――現れた時には紫色のオーラを放っていた使い魔のウィル。
今は主人の感情に追随することなく、悲しみや悔恨それぞれの感情に打ち震える3人の人間を気遣うように、静かに飛び回っている。
「っ……なん、で……」
「頭を冷やせ。カイルの言葉を忘れたのか。悪いのは……」
「イリアスが悪いってんだろ!? 分かってんだよそんなこと!!」
ジャミルが声を張り上げながら立ち上がり、俺を睨み付けて歯噛みをする。
「……何だ」
「あんた……ずいぶん、冷静だよな。……『お前の存在は救いだった』とか言ってたのに、冷てえ……ぐっ!」
「グ、グレン……!」
言葉の途中でジャミルの口を顔をつかむようにしてふさいで黙らせた。
「『セルジュを責めるな』――俺は友人としてあいつの意思を尊重しているだけだ」
「…………!」
「俺だって今のあいつの姿に思うところくらいある。……お前の尺度で俺の情を計るな、クソが」
そこまで言って、押し出すようにジャミルを解放した。
「出て行け。……話の邪魔だ!!」
「…………っ」
ジャミルは俺を一睨みしてから医務室を出て、そのまま走り去っていく。
「ジャミル君っ……!」
「…………ベルナデッタ。ジャミルを頼む」
「っ……はい……」
涙を拭いながらベルナデッタが医務室を出て行こうとする。
そんな彼女の肩にウィルが静かに降り立った。
「……小鳥ちゃん?」
ピピピと鳴き声を発しながら、ウィルがゆっくりと飛んでいく。
主人の元に彼女を連れて行きたいのだろうか。
意図を汲んだらしいベルナデッタは「お願いね」と言って、ウィルを追いかけていった。
◇
その後、俺とレイチェルで引き続きセルジュの話を聞いた。
先ほどのやりとりのせいで顔が真っ青になっていた――「日を改めようか」と提案したが、話させてくれと言うのでそのまま聞かせてもらうことに。
その後、2人で隊長室へ移動した。
時刻は午後4時。だが外は夕暮れを通り越し、空にはすでに月が浮かんでいる。
「イリアスが禁呪を使い時間を進めたのではないか」というのがセルジュの推測だが、真相は誰も分からない。
セルジュの話の続き――操られたカイルが聖女の真名を唱えたことで聖女の封印が解け、抑えていた闇の魔力が噴き上がった。
闇の魔力は禁呪の力の源。それを解き放ったことでイリアスは時渡りの術を成功させた。
だが、カイルが「向こう側」で魂が溶け消える前に何らかの方法で時間を渡り、再びこちらへ帰ってきた。
時代は元の流れに戻ったが、解き放たれた聖女と闇の封印はそのまま。闇の魔力を活動源としている魔物は強大化していくだろう――ということだった。
どのくらいの強さの魔物がどのくらいの規模で湧くのかは分からない。
ロレーヌにも騎士がいるから魔物討伐は彼らが主に行うはず。だが、ディオールでもそうだったように、すぐに軍を出せない場合も多い。
そういう場合はやはり自由に動き回れる冒険者や傭兵の出番だろう。
今後、魔物討伐の依頼が個人的に来ることが増えるかもしれない。
セルジュが「イリアスと光の塾について出来うる限りの情報提供をする」と言ってくれたから、そちらに注力したいのだが……。
「グレンさん……ココア、入れてきました」
「ああ……ありがとう」
レイチェルがテーブルにココアとコーヒーを置いて、俺の隣に腰掛けた。
「これ飲んだら、送っていくから」
「……はい。グレンさんは、帰らない?」
「そうだな。伏せっているカイルとセルジュ卿を放っておくことはできない」
「そう、ですね……」
コーヒーを1口飲んだあと、レイチェルが肩にもたれかかってきた。
肩に腕を回して髪を撫でると、もぞもぞとこちらに身体を寄せ、胸に頭を預けてくる。
「……色々、ありすぎたな」
「うん。……頭の中、ぐちゃぐちゃで。セルジュ様の話を聞いても、全然飲み込めない」
「そうだな」
「……空気が重いの。魔物が強くなるって本当なんだなって」
「ああ。俺も魔物討伐の依頼が増えるかもしれない」
「やだな……こわい」
「……大丈夫だ。俺が守るから」
「グレンさん……でも、怖いよ。戦ってほしくない。いくら強くたって、人間なんだもん。……誰も、危険な目に遭ってほしくない。……もう誰も、辛い思い、してほしくないよ……」
「……レイチェル」
「ごめんなさい……。なんなんだろう、なんでこんな……やだよこんなの、もう……、う、う……」
「…………」
レイチェルはそのまま俺に縋り付いて、子供のように泣きじゃくる。
仕方がない。正直言って、俺だって飲み込めないことばかりだ――。
◇
翌日から、新聞が『聖女が目覚め魔物が強大化した』というニュースを次々に報じ始めた。
異なる新聞社のものをいくつか読んだが、いずれも『聖女が目覚めた』ことは記されていても、どのようにして目覚めたか、また誰が首謀者であるか、ということは記されていなかった。
まさか、ミランダ教会は不祥事を隠蔽するつもりだろうか……そう思っていた矢先のこと。
なぜか俺はベルナデッタとともにシルベストル侯爵の屋敷に招かれた。
聖銀騎士団長セルジュの屋敷――そこでミランダ教の聖女と教皇に謁見するのだという。
――聖女はともかくとして、教皇?
なぜ俺がそんな奴に引き合わされるんだ。全く意味が分からない。
嫌な想像ばかりしてしまう。これからどうなっていくというのだろう……。
俺とジャミルで部屋に運び込んでから、身体を拭いて服を着替えさせてベッドに寝かせ……あとをジャミルに任せて部屋を立ち去ろうとしたその時、カイルが俺の手をつかんだ。
「カイル? どうした――」
「……グレン、兄貴……。頼む……セルジュを、責めないでやってほしい……」
「セルジュ……?」
「……彼は、被害者なんだ。術で操られて、その縛りから逃れるために自分で腹刺して……。彼は、やるだけのことを……やってくれた……、彼がいなかったら、俺はここへ戻って来られなかった……。俺は彼を……恨んでいないから、だから……」
「…………」
いきさつを知らないから「分かった」とも「無理だ」とも言えず、俺とジャミルはただ顔を見合わせることしかできなかった。
「悪いのはイリアスだから」とまで言ったあと、カイルは意識を手放した……。
◇
「あ……!」
「ジャ、ジャミルく……」
「…………!」
セルジュの話の途中で、医務室の引き戸が勢いよく開け放たれた。
ジャミルだ――壁に紫色の小さな渦状の穴が開いている。使い魔を使って一連の話を聞いていたのだろう。
――迂闊だった。
気づいたところでまさか炎で灼くわけにもいかないから、どうしようもなかっただろうが……。
「……ジャミル」
「…………」
ジャミルはこちらの呼びかけには応えない。
ただ一点、セルジュだけに鋭い視線を向けている。
「…………」
――火が視える。
行き場のない怒りと、悲しみの火が……。
セルジュは悪くない。
彼は被害者だ。
悪いのはイリアスだ。
……そうだろう。分かる。
少し接した程度でも、彼は清廉潔白な人間だと感じる。
だからこそ疑惑を持ちながらもイリアスを信じ、しかし騙され、操られてしまったのだろう。
だが腹を刺してまで術を解いて、カイルに何らかの手助けをした。
カイルの言う通り、彼はできることをしたのだろう。
死に瀕しながらも俺達を気遣い、治療を拒んだ。善意ばかりの人間だ。
カイルの心身を痛めつけ壊したのは、彼ではない。彼を責めるのは筋違いだ。
だが、理解はできても納得はできない。
――お前だってそうだっただろう、カイル。
お前は「兄を恨むのは間違いだ」と十分に理解しながらも、兄と兄弟として対峙した途端、全てから目を背けようとしたじゃないか。
人間の感情は、そんな簡単に片付くものじゃない。
全ての計画の首謀者であったイリアスは今いない。
激情の矛先はどうしても、図らずも「傍観者」となってしまったセルジュに向かう――。
大きく靴音を響かせながら、ジャミルがセルジュの元へ一直線に向かってくる。
そのまま掴みかからんばかりに駆けてきたので、立ち上がってから両手を広げ、セルジュを隠すようにして進路を妨害した。
「っ、どけよ……!!」
「断る。病人相手に何をするつもりだ? ……騒ぐなら、出ろ」
「だって、カイルが……!」
「…………」
「あいつは……いつでも明るく笑ってて、すげぇ強いし頼りになるんだよ。オレは兄貴なのに、アイツの方が年上だから頼ってばっかでさ……アイツは、オレにとっちゃヒーローみてえなんだ。それが、それが……、あんな……っ! ……どうやったら!! 1人の人間があんなボロボロになる!?」
「やめろ! 彼は関係ないだろう!」
「関係あんだろうがっ!!」
「ジャミル! 嫌だよ、やめて……っ!」
羽交い締めにして引き留めてもなお、ジャミルはセルジュに向かっていこうとする。
「操られてたって何だよ!! 聖銀騎士って、すげえんじゃねえのかよ!? ……立派な服着て、立派な剣ぶら下げて……そいつらが雁首揃えて、一体何やってやがった!!」
「ジャミル君、ジャミル君……っ」
「なんで! なんでアイツがあんな目に遭わないといけない!? 返せよ、カイルを!! 弟を今すぐ元の状態に戻せ!!」
「ジャミル! やめろ!!」
「放せっ! ふざけんなよ!!」
「ふざけてるのはお前だ!!」
「ぐっ……!!」
「きゃっ……!」
羽交い締めにしたジャミルを、壁に叩き付けるようにして放した。
近くに置いてある薬の棚がガシャンと音を立て、医療器具がいくつか床に落ちる。
ジャミルは壁に背をつけたまま、床にズルズルとへたり込んだ。
叩き付けられた衝撃で唸っていたが、すぐに俺の顔を睨みあげてきた。
「……なんで……かばう」
「殴っても何にもならない。後悔するぞ。……周りを見ろ。お前が、一方的な感情をぶちまけた結果を」
「…………」
ジャミルが俺以外の人間を見てから顔をしかめて首を振り、うつむく。
先ほどのカイルの話に加え、今の状況……レイチェルとベルナデッタが、それぞれ顔や口を手で覆いながらすすり泣いている。
ベッドでは真っ青な顔をしたセルジュが、浴びせられる罵倒の言葉にただ打ち震えている。
だがそれを見てもなお、ジャミルの炎は消えない……。
「……間違ったことをしていると自分で分かっているんだろう? 使い魔を……ウィルを見ろ」
「え……?」
――現れた時には紫色のオーラを放っていた使い魔のウィル。
今は主人の感情に追随することなく、悲しみや悔恨それぞれの感情に打ち震える3人の人間を気遣うように、静かに飛び回っている。
「っ……なん、で……」
「頭を冷やせ。カイルの言葉を忘れたのか。悪いのは……」
「イリアスが悪いってんだろ!? 分かってんだよそんなこと!!」
ジャミルが声を張り上げながら立ち上がり、俺を睨み付けて歯噛みをする。
「……何だ」
「あんた……ずいぶん、冷静だよな。……『お前の存在は救いだった』とか言ってたのに、冷てえ……ぐっ!」
「グ、グレン……!」
言葉の途中でジャミルの口を顔をつかむようにしてふさいで黙らせた。
「『セルジュを責めるな』――俺は友人としてあいつの意思を尊重しているだけだ」
「…………!」
「俺だって今のあいつの姿に思うところくらいある。……お前の尺度で俺の情を計るな、クソが」
そこまで言って、押し出すようにジャミルを解放した。
「出て行け。……話の邪魔だ!!」
「…………っ」
ジャミルは俺を一睨みしてから医務室を出て、そのまま走り去っていく。
「ジャミル君っ……!」
「…………ベルナデッタ。ジャミルを頼む」
「っ……はい……」
涙を拭いながらベルナデッタが医務室を出て行こうとする。
そんな彼女の肩にウィルが静かに降り立った。
「……小鳥ちゃん?」
ピピピと鳴き声を発しながら、ウィルがゆっくりと飛んでいく。
主人の元に彼女を連れて行きたいのだろうか。
意図を汲んだらしいベルナデッタは「お願いね」と言って、ウィルを追いかけていった。
◇
その後、俺とレイチェルで引き続きセルジュの話を聞いた。
先ほどのやりとりのせいで顔が真っ青になっていた――「日を改めようか」と提案したが、話させてくれと言うのでそのまま聞かせてもらうことに。
その後、2人で隊長室へ移動した。
時刻は午後4時。だが外は夕暮れを通り越し、空にはすでに月が浮かんでいる。
「イリアスが禁呪を使い時間を進めたのではないか」というのがセルジュの推測だが、真相は誰も分からない。
セルジュの話の続き――操られたカイルが聖女の真名を唱えたことで聖女の封印が解け、抑えていた闇の魔力が噴き上がった。
闇の魔力は禁呪の力の源。それを解き放ったことでイリアスは時渡りの術を成功させた。
だが、カイルが「向こう側」で魂が溶け消える前に何らかの方法で時間を渡り、再びこちらへ帰ってきた。
時代は元の流れに戻ったが、解き放たれた聖女と闇の封印はそのまま。闇の魔力を活動源としている魔物は強大化していくだろう――ということだった。
どのくらいの強さの魔物がどのくらいの規模で湧くのかは分からない。
ロレーヌにも騎士がいるから魔物討伐は彼らが主に行うはず。だが、ディオールでもそうだったように、すぐに軍を出せない場合も多い。
そういう場合はやはり自由に動き回れる冒険者や傭兵の出番だろう。
今後、魔物討伐の依頼が個人的に来ることが増えるかもしれない。
セルジュが「イリアスと光の塾について出来うる限りの情報提供をする」と言ってくれたから、そちらに注力したいのだが……。
「グレンさん……ココア、入れてきました」
「ああ……ありがとう」
レイチェルがテーブルにココアとコーヒーを置いて、俺の隣に腰掛けた。
「これ飲んだら、送っていくから」
「……はい。グレンさんは、帰らない?」
「そうだな。伏せっているカイルとセルジュ卿を放っておくことはできない」
「そう、ですね……」
コーヒーを1口飲んだあと、レイチェルが肩にもたれかかってきた。
肩に腕を回して髪を撫でると、もぞもぞとこちらに身体を寄せ、胸に頭を預けてくる。
「……色々、ありすぎたな」
「うん。……頭の中、ぐちゃぐちゃで。セルジュ様の話を聞いても、全然飲み込めない」
「そうだな」
「……空気が重いの。魔物が強くなるって本当なんだなって」
「ああ。俺も魔物討伐の依頼が増えるかもしれない」
「やだな……こわい」
「……大丈夫だ。俺が守るから」
「グレンさん……でも、怖いよ。戦ってほしくない。いくら強くたって、人間なんだもん。……誰も、危険な目に遭ってほしくない。……もう誰も、辛い思い、してほしくないよ……」
「……レイチェル」
「ごめんなさい……。なんなんだろう、なんでこんな……やだよこんなの、もう……、う、う……」
「…………」
レイチェルはそのまま俺に縋り付いて、子供のように泣きじゃくる。
仕方がない。正直言って、俺だって飲み込めないことばかりだ――。
◇
翌日から、新聞が『聖女が目覚め魔物が強大化した』というニュースを次々に報じ始めた。
異なる新聞社のものをいくつか読んだが、いずれも『聖女が目覚めた』ことは記されていても、どのようにして目覚めたか、また誰が首謀者であるか、ということは記されていなかった。
まさか、ミランダ教会は不祥事を隠蔽するつもりだろうか……そう思っていた矢先のこと。
なぜか俺はベルナデッタとともにシルベストル侯爵の屋敷に招かれた。
聖銀騎士団長セルジュの屋敷――そこでミランダ教の聖女と教皇に謁見するのだという。
――聖女はともかくとして、教皇?
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