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9章 壊れていく日常

5話 冬の風

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「おはようございます、みなさん。今日はみなさんに大事なお知らせがあります」
 
 月曜日、学校で緊急の全校集会が開かれた。
 学校は何か朝から慌ただしく、校門や中庭など至るところに武器を下げた人が立っていた。
 教室も朝礼のため全校生徒が集められたこの校庭も同様。
 朝礼台で話す校長先生の顔も心なしか険しい。
 何か、事件でもあったんだろうか……?
 
「大事なお知らせってなんだろねー?」
「うん……」
 
 後ろに並んでいるメイちゃんが話しかけてくる。
 物々しい雰囲気に彼女も落ち着かないようで、武装した傭兵らしき人をチラチラ見ている。
 
「――数日前から、賞金首の男がこの界隈に現れたという情報が入ってきています。みなさんが襲われることはないかもしれませんが、重々気をつけて、授業が終わったら速やかに帰るようにしましょう。寄り道などはしないように、それから単独で行動することがないよう……」
 
 校長先生の言葉に、周囲がざわつく。
「賞金首だって?」「ウソだろ?」「それって赤眼ってやつ?」「なんでこんな所に?」「やだ、怖い」――皆それぞれに不安な思いを口にする。
 
「静かに! ……手配書を各教室、学内の掲示板等に貼っておきますから、特徴など覚えておくようにしてください」
 
 
 後で教室に貼り出されたその手配書には、男の顔写真と賞金額、それと罪状などが書き連ねてあった。
 50歳くらいの黒髪の男性――ノルデン人。赤い眼をしていた。
 数ヶ月前、ジャミルもこうなりかけた。闇堕ちで一番最悪の、赤眼。
 この人も闇の剣を拾って……でも、ジャミルと違って自分の意思を乗っ取られてしまった人。
「分かっているだけで20人殺害している」と書いてある。
 
「20人……」 
「……さすがにおっそろしいわね」

 メイちゃんが手配書を見ながらボソリとつぶやく。

「うん。まさかこんな学校なんかには来ないと思うけど……」
「だよねぇ。ここには葉っぱしかありませ~ん って言ったら帰ってくんないかなぁ」
「あはは……」
「……冬休みの間とかに解決して欲しいよね」
「うん……」
 
 さすがのメイちゃんも軽口が聞けず神妙な面持ちになってしまった。
 胸騒ぎがする。急に、何の現実なんだろう。頭が追いつかない。
 ――赤い眼の男。凶悪事件や大量殺戮犯なんて別世界の出来事、対岸の火事だ。
 仮にそんな人が出現していても、知らない間に騎士様や傭兵なんかが捕まえてくれて、それで「捕まって良かったね」なんて笑いながら言い合う。
 今までずっとそうだった。だから今回も大丈夫。大丈夫よ――。
 
 
 ◇
 
 
 その日は木曜日。

 寒波が来たとかで今年冬に入ってから一番の冷え込み――風が強い日だった。
 学校終わり、情け容赦なく吹いてくる冷たい風に両手を抱え震えながらポテポテと歩く。
 
「ひゃ~~~っ、寒~~~い! このコート買っといてよかった~っ」
 
 お給料でちょっと高いコートを買ったの。水色のかわいいコート。さっそく着る機会に恵まれたのはいいけど……。
 
「温かいけど……やっぱりさむ~~い!」
 
 ぐるぐるに巻いた白いマフラーに鼻まで顔を埋める。
 実はこれ、手編みなの。単純で凝った模様もない、白一色のマフラー。
 編み目がいびつでちょっと毛糸がビョンビョン出てる。
 お母さんは「初めてにしては上出来よ」ってフォロー入れてくれたけど……。
 
(ホントはグレンさんにあげたかったんだよねぇ……)
 
 あまり服の種類は多くないけど、グレンさんはシンプルだけどいつもいい素材の高そうな服を着ている。
 そんな彼にこんなビョンビョンのマフラー……巻いてはくれるだろうけど絶対に似合わない。
 想像しただけでいたたまれない。うう、もっと精進してオシャレなマフラーを今冬中に――。
 
「……あれ?」
 
 いつも通る道の、ある場所に見慣れた人影。
 図書館の跡地――9月末で閉館して、10月中旬には取り壊しが済んで更地になっている――そこに、グレンさんが立っていた。
 
「グレンさん?」
 
 駆け寄って声を掛けると、彼は少し驚いたように肩をピクリと震わせこちらを振り返る。
 
「……レイチェルか」
「どうしたんですか? こんな所で。今日はお休みの日ですよね」
「ああ……ちょっと、カイルと話があって砦に行っていた」
「そうなんですね……うひゃっ」
 
 また、強い風が吹いた。
 図書館の跡地は吹きさらしになってしまったためダイレクトに風が当たる。
 
「ひ~~、寒い~~~っ」
 
 思わず情けない声を上げると、グレンさんはフッと笑った。
 
「な、なんでしょう」
「いや……レイチェルは、いつも通りに元気だな」
「ん? そうですね、元気ですよぉ。ていうかグレンさん、そんな格好で寒くないんですか?」
 
 寒い寒い冬の日。
 天気が悪ければ、雪になっているであろう気温。
 そんな日だというのに、彼は白い薄手の長袖シャツと赤いズボンのみといういでたちだ。
 寒いのは嫌いだって、そう言っていたのに。
 
「……そうだな。寒い」
「やっぱりー。どうしたんですか? 上着持ってないわけじゃないですよね? あの赤いジャケットとか……あれも、今日は寒いかもですけど」
「……大丈夫だ。ちゃんと、持ってる。分厚いやつ」
「持ってるんだったらちゃんと着ないと駄目ですよぉ、もったいない」
「そうだな……」
「……? どうかしましたか?」
 
 何か力のない返事が、とても気になってしまう。
 わたしが問うと、彼は空を見上げてぽつりとつぶやいた。
 
「……何も、なくなったんだな。ここ」
「そうですね……10月半ばくらいにはもう」
「そうか。俺は、閉館してからこの辺には来ていなかったから」
「そうだったんですね……寂しくなっちゃいました」
「そうだな」
 
 話している間も、風がわたし達二人を打ち付けている。
 
「ううっ、寒い……さすがにこれは『いい風』じゃないですねぇ」
「…………そうだな」
 
 わたしの軽口に、少し遅れて彼が目を伏せて微笑を浮かべ返事をする。
 ちょっとスベっちゃったかな……? 話をごまかしちゃおうかしら。
 
「グレンさん、グレンさん。寒いなら、これ貸してあげますよ」

 わたしは、巻いていた白いマフラーを外して彼の首に巻いた。
 ビョンビョンで不格好だけど、この寒さでこの薄着は緊急事態だし許され……ああっ、でもやっぱり似合わないなぁ。オシャレのイケメンが台無しだ。
 あまりに不釣り合いすぎて申し訳なくなってしまう。

「ご、ごめんなさい。これわたしの手編みなんですけど失敗作で……でも、温かさは保証しますから――」

 彼を見上げると口を真一文字に引き結んだまま、目を細めてわたしを見つめていた。
 灰色の瞳が揺れる。少し潤んでいるように見えて……まるで泣きだしそうな顔。
 こんな顔初めて見る。
 
「グレンさん……? どうし――」
 
 彼の腕の中に引き寄せられ、抱きしめられる。
 数日前と同じ、痛いくらいの抱擁。
 
「グレン……どう、したの。何か、あった……?」
 
 彼は何も答えない――ああ、何かあったんだ。
 こういう時にわたしの取れる行動は少ない。ただ彼を抱きしめて、頭を撫でるくらいしか。
 そうすると彼はわたしを更に強く抱く。
 
「い、いたい、です」
 
 息が苦しいくらいに抱きしめられ、さすがに音を上げるとグレンさんは腕の力を弱め「すまない」と耳元でポソッとつぶやいた。
 そして身を離して、唇を何度も重ねられる。
 ――何度目かで彼の親指が唇に添えられ、深いキスをされた。
 
「……!」
 
 初めてのことじゃない。何度か交わしたことがある。
 でも慣れない――毎回心がとろけそうで、足がふらつく。
 どれくらいの間そうしていたのか……顔が離れると彼はよろめくわたしの腰を左手で支えながらおでこをコツンと突き合わせた。
 
「このまま……帰したくない」
「え!? え……」

 まさかのセリフに思考が停止してしまう。
 何も言えないでいると、彼が口の端を上げて少し笑った。

「冗談だ……送っていくから」
「あ……、」
 
 わたしの返事を待たずして、彼はわたしの肩に手を置き目を閉じる。
 転移魔法だ――一瞬にして視界から図書館が消え、自宅が現れる。
 
「あの、ありがとうございます」
「ああ。試験、がんばって」
「はい……」
 
 今度は軽くキスをした。
 正直、さっきのキスと「このまま帰したくない」というセリフでまだ胸の鼓動はうるさいし、呼吸もまだ整っていない。
 上乗せでさらに胸が高鳴る。
 
「それじゃあ」
 
 ビシュッと音がして、彼の姿が消えた。マフラー巻いたまま行っちゃったな……。
 それにしても、また転移魔法――ルカみたいだ。前家に来た時は徒歩で帰ってたし「疲れるからあまりやらない」とも言っていたけど、連発できるようになったのかな?
 それに、この数日の間で彼に何があったのかな。また嫌なことがあったのかな。
 
「グレンさん……」
 
 風が強く吹きすさぶ。冷たい、不安を煽る冬の風。
 なんだか彼の心を表しているようで、胸がしめつけられる。
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