159 / 385
8章 不穏の足音
24話 "人生の脚本"
しおりを挟む
「ごきげんよう、ベルナデッタ。今日も話し合いを――あら?」
アーテ様が、あたしを捕らえた男二人とともに扉を開けて入ってきた。
またあのエリスという人の所に連行するためだろう。
彼女は、いるはずのない人間――ジャミル君の姿を認めると不快を露わにした。
「何なの、お前は? どこからどうやって入って……ああ、そうなのね。ふふふ……」
アーテ様はおかしそうに顔を歪めて、拳をあごに当ててクスクスと笑う。
「どうやったのか知らないけれど、寝室に男を連れ込んで慰めてもらっているだなんて……伯爵令嬢が聞いて呆れるわ。こんな時に男に縋るしかできないのね……ひっ!」
「あ……」
ジャミル君の腕に止まっていた鷹の姿をしたウィルがアーテ様の周りを飛んで威嚇する――さすがに恐ろしいのか、顔を覆い隠して悲鳴を上げている。
「……アイツがアーテ・デュスノミアか」
「え、ええ……あの、名前を呼んじゃ――」
「分かってる。呪いの名前だってんだろ?」
「……」
ジャミル君が、アーテ様の周りを飛び回るウィルを腕組みしながら見ている。
(何かしら……)
何か底知れないプレッシャーを感じる。
――心がザワザワする。
彼が怒れば、ウィルも怒る。
ウィルが鷹の姿を取っていることからも、ジャミル君の怒りが見て取れる。さっきとはまた違う怒りだ。
ウィルは闇の紋章の眷属――今、闇の魔力が高まっているんだ。
「――ウィル。やめろ、戻れ」
彼が命じるとウィルは主人の拳の上に戻る。
「『寝室に男を連れ込んで』『男に縋るしかできない』……下品だな。男二人侍らしてニヤニヤニヤニヤ気持ちわりい……自分がそういうことしてるからそんな想像しかできねえんだろ?」
「なんですって? 全くこれだから無能の下民は……口の聞き方も知らない」
「オレの兄弟にやべえ術で呪いかけて魅了して、やべえ薬盛って手篭めにしようとしてたろ? おまけに効かねえと分かったら怒鳴り散らして殴って……ああ、みっともねえ。オレはそんなヤツが一番嫌いだぜ」
(ジャミル君……)
かつての自分のことを言っているのかもしれない。
でも彼は、怒鳴り散らした後みんなに注意されたら後悔して、自らを省みる心があった。
一方、この人は――。
「そう、兄弟……でも、それがどうしたというの?」
「それだけじゃねえ、随分あの砦を荒らし回ってくれたそうじゃねえか。ルカの花枯らして虫の死骸ばらまいて……レイチェルとベルナデッタを二発殴ったのもてめえだろ」
「話を聞くこともできないの? 私の人生の脚本にお前のセリフはないのよ黙りなさい」
「人生の脚本? バカか? だったらオレの脚本にもお前のセリフはねえよ。なんでオレの話を聞かないのにオレはお前の話を聞いてやらなきゃならねえ」
「……っ! フン、砦を荒らした? あんな仲良しごっこのおままごとが何だというの」
「おままごとか……まあ、見る奴が見りゃあ、そうかもしれねえ」
「フフフ、そうよ。くだらない友情ごっこ……」
お互いのボールを受け取らない煽り合い――でも彼のセリフを聞いて、アーテ様はまた口を歪めて笑った。隙を見つけたと思ったようだ。
両手を広げて調子よくまた何か嘲る用意をしている――彼女の芝居のような大仰な振る舞いは、全て頭に”脚本”があるからそうしているのだろうか。
「花が枯れたくらいで泣いて喚いて……それに『花はあの子の喜び、心』ですって……お涙頂戴の寒気のする三文芝居。……花が枯れたって、頭にお花が咲いているのだから構わないでしょうに、フフフ……」
「おままごとに混ぜてもらえなかったから怒ってんのか?」
「!」
ジャミル君がメガネを上げながらおかしそうに笑った。
後ろ姿だから表情は見えない……けど、いつもの彼らしくない嘲るような笑い。
「レイチェルが弱くてフニャフニャに見えたからぶっ叩いたんだろうけど、アイツあれでけっこう凶暴だから……どんくらい怒らせたか知らねえけど、もう二度と仲間に入れてもらえねえぜ、かわいそうにな」
「さっきから何も話が通じていないようね……頭がおかしいのかしら?」
「オレはオレの人生の脚本のセリフを喋ってるだけだから。アンタもそこでぶつぶつお芝居してりゃあいいんだよ。どうか、お気になさらず」
「下郎! この私を誰だと思っているの!」
「――アーテ・デュスノミアだろ、知ってる。アンタにピッタリの名前だよな」
「……なんですって……」
「"アーテ"は愚か。"デュスノミア"は不法。そんな名前だからバカな振る舞いをするのか、バカな振る舞いだからそんな名前なのか……どっちにしろ、そんな名前つけられてかわいそうにな?」
――アーテ様の顔から笑みがサッと消え、歯噛みをしはじめた。
「愚かですって……違うわ……これはお姫様の名前よ、よくも……」
「何だよ、知らなかったのか? 誰も教えてくれなかったのかよ、かわいそうに」
「何を、何を……」
「それにしても、下郎かぁ……まあ否定しねえけど。でもアンタもいわゆる"下民"ってやつだろ?」
「ジャ、ジャミル君」
「何を言うの、私は貴族よ! 侮辱はやめなさい」
「……そんな名前を冠する貴族の家なんか存在しねえ。黒髪のノルデン貴族がいりゃあ、銀髪の平民だっている。……お前は平民だ。偽物の貴族だ」
アーテ様はうつむいて肩を震わせる。
仲間を傷つけられて怒っているジャミル君は口撃をやめない。
――でもこれ以上刺激するのは絶対に良くない。
「ジャミル君、これ以上は……」
「私は貴族よ!! 銀の髪は月の民の証……そこのウスノロの色混じりの田舎貴族とは違うのよ!!」
地団駄を踏んで金切り声を上げるアーテ様に構うことなく、ジャミル君は両手を大仰に広げる。
「違う。お前は平民だ。お姫様ごっこしてる下民だ」
「お姫様、ごっこ……ですって……」
「色混じりってアレだろ? 銀以外の髪色のことだよな。月の民とやらじゃねえうえに、田舎貴族――かどうかは知らねえけど、とにかく自分より格下の存在なのにベルナデッタは本物の貴族だ、それが羨ましくてたまんねえんだ。だからウスノロだの色混じりだの男に縋るしかできねえだの、色んな言葉で罵倒して叩きのめしてどうにか上に立ちたい。……けどどんだけ罵倒した所で本物の貴族にはなれない。"愚か"って意味の名前を堂々と名乗ってお姫様ごっこ――惨めで滑稽だ。全くかわいそうだな?」
アーテ様は目玉をギョロリとさせ鼻で思い切り息をする。
しかし、やがて何か思いついたのかスッと背筋を伸ばし髪をかきあげ口角を上げた。
「……ホホホ、お前こそ……その使い魔。それは闇の紋章の眷属でしょう」
「へえ、よくご存知だ。天才じゃねえか?」
「やはりそうなのね。闇の武器を拾うのは心の隙がある弱い人間の証拠……闇堕ちをしなかったとはいえ人生の落伍者ね」
「や、やめて……、か、彼を、侮辱しないで」
「私は本当のことを教えてあげてるだけ……きゃっ!」
言葉の途中でジャミル君の腕からウィルが飛び立ちアーテ様の頭頂部へ急降下する。彼女の髪の毛をつかんですぐ離し、ぐるりと旋回して主人の元へ戻った。
「……弱い人間とか心の隙があるとかってのは否定しねえけどさ。タカの姿したのを連れてるヤツにそんなん言って攻撃されちゃうかもとか考えねえの?」
「くっ……」
乱された髪を整え、アーテ様はジャミル君を睨みつける。
彼はやはり意に介さず、手元に戻ったウィルの鳴き声に耳を傾けている。
「フフッ……闇サイドさんもアンタみたいな女なんかゴメンだとよ……"闇堕ち"なんていうけど、闇は汚い人間の掃き溜めじゃねえんだよな。動物殺しまくって人間は罵倒して踏みつけにして嫌われまくって……闇すらアンタを受け入れない。かわいそうだよな」
「っ、よくも、よくもよくもよくもよくも、この私を侮辱して哀れんで……許さない……っ」
「気が合うな、オレもお前を許さない。……ってか、さっきから主人? が侮辱されまくってんのに取り巻きの男二人は全然助けてくれねえな……かわいそうに、人望がねえんだな」
「黙りなさい!! 私はかわいそうなんかじゃないわ!! ……お前達!!」
アーテ様が傍らで微動だにしない男二人に何か命じようとする……が。
「……ウィル!」
主人の命を受けたウィルが、口から紫色の渦のようなものを吐き出し男にぶつける。
渦は男の足元でぐるぐると回り、男二人は渦に飲まれて落ちていってしまった。
「な……」
おそらく攻撃をさせるはずだった下僕二人が一瞬で消えてしまい、アーテ様は血走った目を見開いて立ち尽くす。
「ペラペラ喋ってる間に魔力が回復した。ご協力どーも。……ウィル!」
ウィルが素早く旋回して扉の姿になり、ジャミル君は扉を開けながらあたしの手を取った。
「あの男どもは下の階に落ちただけだから安心しな。――オレは丸腰だしさっさとあいつらに攻撃させてりゃあ良かったのに……どうしても罵倒がしたかったんだな。じゃあ、ごきげんよう」
「きゃ……」
握られた手をたぐり寄せられる。
さんざん嘲られたアーテ様の、人間とは思えない怒りの絶叫を背にしながら、あたしは扉の中へ導かれた――。
◇
「ここは……」
ウィルが変化した扉を通ると、一瞬で別の場所に出た。
どこかおかしな空間を通るのかと思いきや……普通の転移魔法とあまり変わらないみたいだ。
ここはどこかの公園のようだ。目の前には川が流れている――朝日を帯びてキラキラと輝いて眩しい。
「ウィル! ……オマエなんでこんなとこに連れて来やがった!」
「え? ……あっ」
川べりの公園。
数日前、ここでジャミル君とぶどうパイを食べながら話した。
時間帯が違うから一瞬分からなかった……お互いに思い入れがあるのかなぁ……ちょっと気恥ずかしい。
ジャミル君は顔を赤くして、ウィルを手で捕まえようとしている。ウィルはまた小鳥の姿に戻り、主人を冷やかすように頭の上を飛び回る。
――ああ、すごくホッとする。
「ジャミル君、助けてくれてありがとう」
「ん? ああ。……助けたっつっても、単にあそこから出ただけだけどさ」
「あの……それで、助けてもらっておいてなんだけど……あ、ああいうこと、あんまり言っちゃ嫌……」
脳裏に浮かぶのは、彼がアーテ様を煽り嘲る姿。
最初に仕掛けてきたのは彼女だったけど、彼に都度都度『かわいそう』と連発され、アーテ様は発狂しそうになっていた。
逆恨みをされて危険な目に遭いそう、というのもあるけど、何より彼のああいう姿はあまり見たくなかった。
「そっか……闇には闇でお返ししただけなんだけど。……引いた?」
「う……、砦を荒らされて、すごく怒っていたのは分かるけど……」
「――やっぱ冷めたので、あの告白は無かったことに?」
「え? いえ、それはあの……だ、だいじょうぶ」
「そりゃ、良かった」
「!」
彼の手のひらが顔を包んだかと思うと唇が合わさる。
そのまま、あたしのおでこにおでこをひっつけて彼はいたずらっぽく笑い、そのまま抱きしめられる。
うう……キュンキュンしちゃう。
「ジャミル君……」
「……離さないから」
「うん……離さないで」
「……オレ、久々にラーメン食いてえな」
「ふふ、いいわね。……あっ」
「ん?」
「鶏肉置いて来ちゃったわ」
「ハハッ、取りに行く?」
「い、行くわけないでしょー」
そのまま手をつないで教会に行き、顔を治療してもらった。
最初、彼があたしをビンタしたかのように思われて少し気の毒だった……その後、新しい鶏肉を買って砦へ。
今夜こそ楽しいラーメン夜会ができる……かも!
アーテ様が、あたしを捕らえた男二人とともに扉を開けて入ってきた。
またあのエリスという人の所に連行するためだろう。
彼女は、いるはずのない人間――ジャミル君の姿を認めると不快を露わにした。
「何なの、お前は? どこからどうやって入って……ああ、そうなのね。ふふふ……」
アーテ様はおかしそうに顔を歪めて、拳をあごに当ててクスクスと笑う。
「どうやったのか知らないけれど、寝室に男を連れ込んで慰めてもらっているだなんて……伯爵令嬢が聞いて呆れるわ。こんな時に男に縋るしかできないのね……ひっ!」
「あ……」
ジャミル君の腕に止まっていた鷹の姿をしたウィルがアーテ様の周りを飛んで威嚇する――さすがに恐ろしいのか、顔を覆い隠して悲鳴を上げている。
「……アイツがアーテ・デュスノミアか」
「え、ええ……あの、名前を呼んじゃ――」
「分かってる。呪いの名前だってんだろ?」
「……」
ジャミル君が、アーテ様の周りを飛び回るウィルを腕組みしながら見ている。
(何かしら……)
何か底知れないプレッシャーを感じる。
――心がザワザワする。
彼が怒れば、ウィルも怒る。
ウィルが鷹の姿を取っていることからも、ジャミル君の怒りが見て取れる。さっきとはまた違う怒りだ。
ウィルは闇の紋章の眷属――今、闇の魔力が高まっているんだ。
「――ウィル。やめろ、戻れ」
彼が命じるとウィルは主人の拳の上に戻る。
「『寝室に男を連れ込んで』『男に縋るしかできない』……下品だな。男二人侍らしてニヤニヤニヤニヤ気持ちわりい……自分がそういうことしてるからそんな想像しかできねえんだろ?」
「なんですって? 全くこれだから無能の下民は……口の聞き方も知らない」
「オレの兄弟にやべえ術で呪いかけて魅了して、やべえ薬盛って手篭めにしようとしてたろ? おまけに効かねえと分かったら怒鳴り散らして殴って……ああ、みっともねえ。オレはそんなヤツが一番嫌いだぜ」
(ジャミル君……)
かつての自分のことを言っているのかもしれない。
でも彼は、怒鳴り散らした後みんなに注意されたら後悔して、自らを省みる心があった。
一方、この人は――。
「そう、兄弟……でも、それがどうしたというの?」
「それだけじゃねえ、随分あの砦を荒らし回ってくれたそうじゃねえか。ルカの花枯らして虫の死骸ばらまいて……レイチェルとベルナデッタを二発殴ったのもてめえだろ」
「話を聞くこともできないの? 私の人生の脚本にお前のセリフはないのよ黙りなさい」
「人生の脚本? バカか? だったらオレの脚本にもお前のセリフはねえよ。なんでオレの話を聞かないのにオレはお前の話を聞いてやらなきゃならねえ」
「……っ! フン、砦を荒らした? あんな仲良しごっこのおままごとが何だというの」
「おままごとか……まあ、見る奴が見りゃあ、そうかもしれねえ」
「フフフ、そうよ。くだらない友情ごっこ……」
お互いのボールを受け取らない煽り合い――でも彼のセリフを聞いて、アーテ様はまた口を歪めて笑った。隙を見つけたと思ったようだ。
両手を広げて調子よくまた何か嘲る用意をしている――彼女の芝居のような大仰な振る舞いは、全て頭に”脚本”があるからそうしているのだろうか。
「花が枯れたくらいで泣いて喚いて……それに『花はあの子の喜び、心』ですって……お涙頂戴の寒気のする三文芝居。……花が枯れたって、頭にお花が咲いているのだから構わないでしょうに、フフフ……」
「おままごとに混ぜてもらえなかったから怒ってんのか?」
「!」
ジャミル君がメガネを上げながらおかしそうに笑った。
後ろ姿だから表情は見えない……けど、いつもの彼らしくない嘲るような笑い。
「レイチェルが弱くてフニャフニャに見えたからぶっ叩いたんだろうけど、アイツあれでけっこう凶暴だから……どんくらい怒らせたか知らねえけど、もう二度と仲間に入れてもらえねえぜ、かわいそうにな」
「さっきから何も話が通じていないようね……頭がおかしいのかしら?」
「オレはオレの人生の脚本のセリフを喋ってるだけだから。アンタもそこでぶつぶつお芝居してりゃあいいんだよ。どうか、お気になさらず」
「下郎! この私を誰だと思っているの!」
「――アーテ・デュスノミアだろ、知ってる。アンタにピッタリの名前だよな」
「……なんですって……」
「"アーテ"は愚か。"デュスノミア"は不法。そんな名前だからバカな振る舞いをするのか、バカな振る舞いだからそんな名前なのか……どっちにしろ、そんな名前つけられてかわいそうにな?」
――アーテ様の顔から笑みがサッと消え、歯噛みをしはじめた。
「愚かですって……違うわ……これはお姫様の名前よ、よくも……」
「何だよ、知らなかったのか? 誰も教えてくれなかったのかよ、かわいそうに」
「何を、何を……」
「それにしても、下郎かぁ……まあ否定しねえけど。でもアンタもいわゆる"下民"ってやつだろ?」
「ジャ、ジャミル君」
「何を言うの、私は貴族よ! 侮辱はやめなさい」
「……そんな名前を冠する貴族の家なんか存在しねえ。黒髪のノルデン貴族がいりゃあ、銀髪の平民だっている。……お前は平民だ。偽物の貴族だ」
アーテ様はうつむいて肩を震わせる。
仲間を傷つけられて怒っているジャミル君は口撃をやめない。
――でもこれ以上刺激するのは絶対に良くない。
「ジャミル君、これ以上は……」
「私は貴族よ!! 銀の髪は月の民の証……そこのウスノロの色混じりの田舎貴族とは違うのよ!!」
地団駄を踏んで金切り声を上げるアーテ様に構うことなく、ジャミル君は両手を大仰に広げる。
「違う。お前は平民だ。お姫様ごっこしてる下民だ」
「お姫様、ごっこ……ですって……」
「色混じりってアレだろ? 銀以外の髪色のことだよな。月の民とやらじゃねえうえに、田舎貴族――かどうかは知らねえけど、とにかく自分より格下の存在なのにベルナデッタは本物の貴族だ、それが羨ましくてたまんねえんだ。だからウスノロだの色混じりだの男に縋るしかできねえだの、色んな言葉で罵倒して叩きのめしてどうにか上に立ちたい。……けどどんだけ罵倒した所で本物の貴族にはなれない。"愚か"って意味の名前を堂々と名乗ってお姫様ごっこ――惨めで滑稽だ。全くかわいそうだな?」
アーテ様は目玉をギョロリとさせ鼻で思い切り息をする。
しかし、やがて何か思いついたのかスッと背筋を伸ばし髪をかきあげ口角を上げた。
「……ホホホ、お前こそ……その使い魔。それは闇の紋章の眷属でしょう」
「へえ、よくご存知だ。天才じゃねえか?」
「やはりそうなのね。闇の武器を拾うのは心の隙がある弱い人間の証拠……闇堕ちをしなかったとはいえ人生の落伍者ね」
「や、やめて……、か、彼を、侮辱しないで」
「私は本当のことを教えてあげてるだけ……きゃっ!」
言葉の途中でジャミル君の腕からウィルが飛び立ちアーテ様の頭頂部へ急降下する。彼女の髪の毛をつかんですぐ離し、ぐるりと旋回して主人の元へ戻った。
「……弱い人間とか心の隙があるとかってのは否定しねえけどさ。タカの姿したのを連れてるヤツにそんなん言って攻撃されちゃうかもとか考えねえの?」
「くっ……」
乱された髪を整え、アーテ様はジャミル君を睨みつける。
彼はやはり意に介さず、手元に戻ったウィルの鳴き声に耳を傾けている。
「フフッ……闇サイドさんもアンタみたいな女なんかゴメンだとよ……"闇堕ち"なんていうけど、闇は汚い人間の掃き溜めじゃねえんだよな。動物殺しまくって人間は罵倒して踏みつけにして嫌われまくって……闇すらアンタを受け入れない。かわいそうだよな」
「っ、よくも、よくもよくもよくもよくも、この私を侮辱して哀れんで……許さない……っ」
「気が合うな、オレもお前を許さない。……ってか、さっきから主人? が侮辱されまくってんのに取り巻きの男二人は全然助けてくれねえな……かわいそうに、人望がねえんだな」
「黙りなさい!! 私はかわいそうなんかじゃないわ!! ……お前達!!」
アーテ様が傍らで微動だにしない男二人に何か命じようとする……が。
「……ウィル!」
主人の命を受けたウィルが、口から紫色の渦のようなものを吐き出し男にぶつける。
渦は男の足元でぐるぐると回り、男二人は渦に飲まれて落ちていってしまった。
「な……」
おそらく攻撃をさせるはずだった下僕二人が一瞬で消えてしまい、アーテ様は血走った目を見開いて立ち尽くす。
「ペラペラ喋ってる間に魔力が回復した。ご協力どーも。……ウィル!」
ウィルが素早く旋回して扉の姿になり、ジャミル君は扉を開けながらあたしの手を取った。
「あの男どもは下の階に落ちただけだから安心しな。――オレは丸腰だしさっさとあいつらに攻撃させてりゃあ良かったのに……どうしても罵倒がしたかったんだな。じゃあ、ごきげんよう」
「きゃ……」
握られた手をたぐり寄せられる。
さんざん嘲られたアーテ様の、人間とは思えない怒りの絶叫を背にしながら、あたしは扉の中へ導かれた――。
◇
「ここは……」
ウィルが変化した扉を通ると、一瞬で別の場所に出た。
どこかおかしな空間を通るのかと思いきや……普通の転移魔法とあまり変わらないみたいだ。
ここはどこかの公園のようだ。目の前には川が流れている――朝日を帯びてキラキラと輝いて眩しい。
「ウィル! ……オマエなんでこんなとこに連れて来やがった!」
「え? ……あっ」
川べりの公園。
数日前、ここでジャミル君とぶどうパイを食べながら話した。
時間帯が違うから一瞬分からなかった……お互いに思い入れがあるのかなぁ……ちょっと気恥ずかしい。
ジャミル君は顔を赤くして、ウィルを手で捕まえようとしている。ウィルはまた小鳥の姿に戻り、主人を冷やかすように頭の上を飛び回る。
――ああ、すごくホッとする。
「ジャミル君、助けてくれてありがとう」
「ん? ああ。……助けたっつっても、単にあそこから出ただけだけどさ」
「あの……それで、助けてもらっておいてなんだけど……あ、ああいうこと、あんまり言っちゃ嫌……」
脳裏に浮かぶのは、彼がアーテ様を煽り嘲る姿。
最初に仕掛けてきたのは彼女だったけど、彼に都度都度『かわいそう』と連発され、アーテ様は発狂しそうになっていた。
逆恨みをされて危険な目に遭いそう、というのもあるけど、何より彼のああいう姿はあまり見たくなかった。
「そっか……闇には闇でお返ししただけなんだけど。……引いた?」
「う……、砦を荒らされて、すごく怒っていたのは分かるけど……」
「――やっぱ冷めたので、あの告白は無かったことに?」
「え? いえ、それはあの……だ、だいじょうぶ」
「そりゃ、良かった」
「!」
彼の手のひらが顔を包んだかと思うと唇が合わさる。
そのまま、あたしのおでこにおでこをひっつけて彼はいたずらっぽく笑い、そのまま抱きしめられる。
うう……キュンキュンしちゃう。
「ジャミル君……」
「……離さないから」
「うん……離さないで」
「……オレ、久々にラーメン食いてえな」
「ふふ、いいわね。……あっ」
「ん?」
「鶏肉置いて来ちゃったわ」
「ハハッ、取りに行く?」
「い、行くわけないでしょー」
そのまま手をつないで教会に行き、顔を治療してもらった。
最初、彼があたしをビンタしたかのように思われて少し気の毒だった……その後、新しい鶏肉を買って砦へ。
今夜こそ楽しいラーメン夜会ができる……かも!
0
お気に入りに追加
61
あなたにおすすめの小説
懐妊を告げずに家を出ます。最愛のあなた、どうかお幸せに。
梅雨の人
恋愛
最愛の夫、ブラッド。
あなたと共に、人生が終わるその時まで互いに慈しみ、愛情に溢れる時を過ごしていけると信じていた。
その時までは。
どうか、幸せになってね。
愛しい人。
さようなら。
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
あなたなんて大嫌い
みおな
恋愛
私の婚約者の侯爵子息は、義妹のことばかり優先して、私はいつも我慢ばかり強いられていました。
そんなある日、彼が幼馴染だと言い張る伯爵令嬢を抱きしめて愛を囁いているのを聞いてしまいます。
そうですか。
私の婚約者は、私以外の人ばかりが大切なのですね。
私はあなたのお財布ではありません。
あなたなんて大嫌い。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
浮気くらいで騒ぐなとおっしゃるなら、そのとおり従ってあげましょう。
Hibah
恋愛
私の夫エルキュールは、王位継承権がある王子ではないものの、その勇敢さと知性で知られた高貴な男性でした。貴族社会では珍しいことに、私たちは婚約の段階で互いに恋に落ち、幸せな結婚生活へと進みました。しかし、ある日を境に、夫は私以外の女性を部屋に連れ込むようになります。そして「男なら誰でもやっている」と、浮気を肯定し、開き直ってしまいます。私は夫のその態度に心から苦しみました。夫を愛していないわけではなく、愛し続けているからこそ、辛いのです。しかし、夫は変わってしまいました。もうどうしようもないので、私も変わることにします。
余命宣告を受けたので私を顧みない家族と婚約者に執着するのをやめることにしました
結城芙由奈
恋愛
【余命半年―未練を残さず生きようと決めた。】
私には血の繋がらない父と母に妹、そして婚約者がいる。しかしあの人達は私の存在を無視し、空気の様に扱う。唯一の希望であるはずの婚約者も愛らしい妹と恋愛関係にあった。皆に気に入られる為に努力し続けたが、誰も私を気に掛けてはくれない。そんな時、突然下された余命宣告。全てを諦めた私は穏やかな死を迎える為に、家族と婚約者に執着するのをやめる事にした―。
2021年9月26日:小説部門、HOTランキング部門1位になりました。ありがとうございます
*「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
※2023年8月 書籍化
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる