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【第2部】7章 風と鳥の図書館
19話 副隊長は気苦労が多い
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「カイル、これ届け物だってー」
「ああ、ありがとう」
配達の仕事から帰ってきたあと夕飯を食べていると、レイチェルが小さな包みを持ってきた。
「『クライブ・ディクソンさん宛てです』っていうから一瞬分からなかったよー」
「ああ~~、ごめんごめん」
「"カイル"とは名乗らないの?」
「冒険者としても竜騎士としてもクライブ・ディクソンで通ってるし、こっちはこっちでそれなりに愛着もあるしな。ぶっちゃけ説明も面倒だし」
「そっか……色々あるんだね。明日も魔物退治? 朝から出かけるの?」
「うん。三カ所くらい回って宿に泊まって、その次の日も別の討伐依頼があって……帰ってくるのは夕方かな。レイチェルが帰った後になると思うよ」
「……そっか」
「今日は、体調悪いの?」
「えっ?」
「なんか、元気ないように見えるからさ」
「そ、そう? 別に普通だよぉ」
そう言いながらレイチェルは手をパタパタさせる。
普通と言うが、いつもの彼女を考えると明らかに笑顔に翳りがある。
「そっか。……ならいいけど」
学生だし、学校であれこれあるのかもしれない。
人それぞれ色んな事情があるし、開示してこない限り踏み込まないのがいいだろう。おせっかいの説教くさいおっさんと思われるのもたまらないしな……。
◇
「おい……お前なんなんだよこれ」
「何が」
土日の魔物退治を終えて、砦の隊長室にて来週の打ち合わせ。
少し遅くなったので、やはりレイチェルは帰った後だ。
「どれだけ依頼取ってるんだよ。気合い入れる仕事は遠慮したいとか言ってたの誰だよ」
グレンが書いた依頼リストを見て俺は目を剥いた。
俺が取ってきた依頼とグレンが取った依頼は、合計で週に8件くらいになるようにしている。
なのにグレンが一人で魔物討伐だの危険地帯への採集依頼を10件くらい取ってきていた。
俺の取ってきたのと合わせると14件。
「お前月・水・金と別の仕事で、木曜休みだろ? 残り3日でこれだけ片付けようと思ったら相当時間詰めないといけない。疲れるじゃないか」
「木曜も出てくるから」
「そういうこと言ってんじゃないんだよなぁ。誰がこんなに仕事しろって言ってるんだよ」
「ちょっと……」
「え?」
「……すごい働きたい気分で」
「何言ってんだお前、バーカ。……貸せ!」
「あっ」
グレンの手から鉛筆をひったくる。
「バカってお前……」
「依頼を半分に減らすぞ。『ランドタートル退治』……カメ退治とか勘弁しろよ。カッタイんだよ、槍で突いたらビイィ~~ンってなって手が痺れるし、武器が痛むんだよめんどくさい」
「術使えばいいし、頭や関節部分を突けば――」
「あいつの弱点は氷で火には強い。それに頭や関節突くみたいなまどろっこしいのは俺は嫌いだ、却下だ却下」
依頼文を鉛筆でビャーっと消してやった。
「えぇ……」
――その後も「めんどくさい」「実入りが悪い」「遠い」「依頼文がムカつく」みたいな理由で5個くらいの依頼を却下した。
「……こんなもんでいいだろう。はいこれ」
訂正線だらけの依頼リストを乱暴に突き返すと、グレンは不服そうに舌打ちして思い切りため息をついた。
「何舌打ちしてるんだよ。もう一回言うけど『気合い入れる仕事は遠慮したい』って言ってたの誰だよ。気が変わったにしてもあんなにギチギチに詰める奴があるか。ワークライフバランスってやつがあるだろ」
「ワークライフ、バランス……」
グレンはボソリと表情なく俺の言葉を復唱する。
「――何かあったのか?」
「別に」
「嘘だな」
「…………。”あった”とだけ言っておく」
「なるほど、分かった。でも受ける依頼は程々にしろ。めちゃくちゃ働いたからって、大体何も忘れられないしな」
「……」
「じゃあ、今日はこれで解散。ちゃんとそれ断ってこいよ」
「ああ」
◇
(『”あった”とだけ言っておく』……か)
グレンは軽口を叩いたりはするものの、自分のことについてはほとんど全く話さない。
感情がないことはないが、その表現は希薄だ。ルカの方がまだあるように思う。
奴と組んで魔物退治するにあたり、2つばかり奴から提示された事がある。
ノルデン方面の魔物退治は引き受けない。ディオール国――特に北部へは立ち入らない。
俺は『分かった』とだけ応えた。その条件は、奴の数少ない感情の現れだからだ。
ノルデンは奴の出身国だ。だが20年程前に滅亡している。
内乱の最中に大地震が起き、その後猛吹雪が数日吹き荒れた。寒い地方とはいえ、7月にはさすがに雪は降らない。
その後は規格外の猛暑。猛吹雪で凍りついた様々なモノを溶かして腐らせた。
国土は異臭が漂い、作物も育たない程に大地が枯れ果てたという。人が大勢死んだ。
天罰であるとか、また何者か――おそらく国王が禁呪を使ってそれを巻き起こしたのでは などとまことしやかに囁かれている。
年齢から考えると、奴は5歳だか6歳でおそらくそれを体験した。
そいつがノルデンには行かないと言うのなら、首を縦に振るしかなかった。
ディオールに行かないというのも、仕方のないことだと思った。
グレンはディオールで騎士をやっていた。
実力主義のディオールは出身国や身分は問わない。
奴の剣の腕は高く、紋章の視える力によって規格外に強かったので、騎士になるのにはそう時間がかからなかった。
生きている奴の火が視えるらしい――ある程度の範囲にいる魔物なら、その火にめがけて術を放つ。外れることはない。
あまりにも強く、そして無口であるのが災いして「冷徹な殺戮狂」というイメージがついて一人歩きし、数々の異名をつけられていた。
「死神」「炎の化身」とか……他にも色々あった気がするが馬鹿らしくていちいち憶えていない。
本人は「”カラス”とか”神”とか忙しい奴らだ」とか笑っていたが。
俺も魔物討伐の際、奴の魔法を何度か目にしたことがある。
バラバラに床に転がった刃物があるとして、それらが浮き上がって切っ先を全てこちらに向けてくるような……奴が術の為に意識を集中させると、そういった緊迫感が漂う。
どこにいるかも分からない”敵”に向けて火の矢が放たれ、そこへ行ってみると既に事切れている。
火の術であるのに近辺が一切焼けることなく、その魔物の急所だけを火の矢が貫き綺麗に命だけが刈り取られているのだ。
威力はさほどではないが、ただただ敵を殺すことに特化した術。
率直に言って、最初見た時は恐ろしかった。
付き合いの長い自分ですらそう思うのだから、恐れられるのもやむを得ないような気がした。
ある日、奴は騎士を辞して忽然と姿を消してしまった。
その頃に立ち寄った酒場で「辞めるなんて無責任だ」「税金泥棒」「やはりこれだからカラスは」「闇堕ちしてるっぽくて不気味だった」などと身勝手な悪口を言っている者を目にした。
全く馬鹿らしい噂話だったが「闇堕ちしてるっぽくて不気味」という言葉だけはひっかかった。
闇に堕ちる条件は大きく分けて3つ。
術師が精神が不安定な時に術を使う、呪いの武器を手にする、そして「悲しみ、憎しみや絶望が心を満たした時」。
守られておきながら勝手に恐怖して期待して失望して、いない所で陰口を叩く――こんな連中に絶望したんじゃないだろうか。まさか、どこかで死んでいるんじゃないだろうか。
あちこちの冒険者ギルドや酒場で情報を聞いて回ったが行方は分からなかった。
そんな中で、数ヶ月前ようやく再会した。
予想に反して何やら牧歌的な環境にいた。
厄介な依頼を抱えていると言っていた。まさかそれが兄のこととは思わなかったが。
死を考えたり闇堕ちをしたりといった様子はなく安心したが、その目には覇気がなかった。
確かに軽口は叩く奴だったが以前にも増して軽い口ぶりになり、軽薄な人間を演じているようにすら見える。
何もないように見えて、やはり少し壊れてしまっているのかもしれない――そう思った。
それも会うたびに元に戻っていっているような気がしていたが、今日は再会した頃みたいな感じになっていた。
「何かあった」らしいが、引き出すのは難しい……。
「ああ、ありがとう」
配達の仕事から帰ってきたあと夕飯を食べていると、レイチェルが小さな包みを持ってきた。
「『クライブ・ディクソンさん宛てです』っていうから一瞬分からなかったよー」
「ああ~~、ごめんごめん」
「"カイル"とは名乗らないの?」
「冒険者としても竜騎士としてもクライブ・ディクソンで通ってるし、こっちはこっちでそれなりに愛着もあるしな。ぶっちゃけ説明も面倒だし」
「そっか……色々あるんだね。明日も魔物退治? 朝から出かけるの?」
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「……そっか」
「今日は、体調悪いの?」
「えっ?」
「なんか、元気ないように見えるからさ」
「そ、そう? 別に普通だよぉ」
そう言いながらレイチェルは手をパタパタさせる。
普通と言うが、いつもの彼女を考えると明らかに笑顔に翳りがある。
「そっか。……ならいいけど」
学生だし、学校であれこれあるのかもしれない。
人それぞれ色んな事情があるし、開示してこない限り踏み込まないのがいいだろう。おせっかいの説教くさいおっさんと思われるのもたまらないしな……。
◇
「おい……お前なんなんだよこれ」
「何が」
土日の魔物退治を終えて、砦の隊長室にて来週の打ち合わせ。
少し遅くなったので、やはりレイチェルは帰った後だ。
「どれだけ依頼取ってるんだよ。気合い入れる仕事は遠慮したいとか言ってたの誰だよ」
グレンが書いた依頼リストを見て俺は目を剥いた。
俺が取ってきた依頼とグレンが取った依頼は、合計で週に8件くらいになるようにしている。
なのにグレンが一人で魔物討伐だの危険地帯への採集依頼を10件くらい取ってきていた。
俺の取ってきたのと合わせると14件。
「お前月・水・金と別の仕事で、木曜休みだろ? 残り3日でこれだけ片付けようと思ったら相当時間詰めないといけない。疲れるじゃないか」
「木曜も出てくるから」
「そういうこと言ってんじゃないんだよなぁ。誰がこんなに仕事しろって言ってるんだよ」
「ちょっと……」
「え?」
「……すごい働きたい気分で」
「何言ってんだお前、バーカ。……貸せ!」
「あっ」
グレンの手から鉛筆をひったくる。
「バカってお前……」
「依頼を半分に減らすぞ。『ランドタートル退治』……カメ退治とか勘弁しろよ。カッタイんだよ、槍で突いたらビイィ~~ンってなって手が痺れるし、武器が痛むんだよめんどくさい」
「術使えばいいし、頭や関節部分を突けば――」
「あいつの弱点は氷で火には強い。それに頭や関節突くみたいなまどろっこしいのは俺は嫌いだ、却下だ却下」
依頼文を鉛筆でビャーっと消してやった。
「えぇ……」
――その後も「めんどくさい」「実入りが悪い」「遠い」「依頼文がムカつく」みたいな理由で5個くらいの依頼を却下した。
「……こんなもんでいいだろう。はいこれ」
訂正線だらけの依頼リストを乱暴に突き返すと、グレンは不服そうに舌打ちして思い切りため息をついた。
「何舌打ちしてるんだよ。もう一回言うけど『気合い入れる仕事は遠慮したい』って言ってたの誰だよ。気が変わったにしてもあんなにギチギチに詰める奴があるか。ワークライフバランスってやつがあるだろ」
「ワークライフ、バランス……」
グレンはボソリと表情なく俺の言葉を復唱する。
「――何かあったのか?」
「別に」
「嘘だな」
「…………。”あった”とだけ言っておく」
「なるほど、分かった。でも受ける依頼は程々にしろ。めちゃくちゃ働いたからって、大体何も忘れられないしな」
「……」
「じゃあ、今日はこれで解散。ちゃんとそれ断ってこいよ」
「ああ」
◇
(『”あった”とだけ言っておく』……か)
グレンは軽口を叩いたりはするものの、自分のことについてはほとんど全く話さない。
感情がないことはないが、その表現は希薄だ。ルカの方がまだあるように思う。
奴と組んで魔物退治するにあたり、2つばかり奴から提示された事がある。
ノルデン方面の魔物退治は引き受けない。ディオール国――特に北部へは立ち入らない。
俺は『分かった』とだけ応えた。その条件は、奴の数少ない感情の現れだからだ。
ノルデンは奴の出身国だ。だが20年程前に滅亡している。
内乱の最中に大地震が起き、その後猛吹雪が数日吹き荒れた。寒い地方とはいえ、7月にはさすがに雪は降らない。
その後は規格外の猛暑。猛吹雪で凍りついた様々なモノを溶かして腐らせた。
国土は異臭が漂い、作物も育たない程に大地が枯れ果てたという。人が大勢死んだ。
天罰であるとか、また何者か――おそらく国王が禁呪を使ってそれを巻き起こしたのでは などとまことしやかに囁かれている。
年齢から考えると、奴は5歳だか6歳でおそらくそれを体験した。
そいつがノルデンには行かないと言うのなら、首を縦に振るしかなかった。
ディオールに行かないというのも、仕方のないことだと思った。
グレンはディオールで騎士をやっていた。
実力主義のディオールは出身国や身分は問わない。
奴の剣の腕は高く、紋章の視える力によって規格外に強かったので、騎士になるのにはそう時間がかからなかった。
生きている奴の火が視えるらしい――ある程度の範囲にいる魔物なら、その火にめがけて術を放つ。外れることはない。
あまりにも強く、そして無口であるのが災いして「冷徹な殺戮狂」というイメージがついて一人歩きし、数々の異名をつけられていた。
「死神」「炎の化身」とか……他にも色々あった気がするが馬鹿らしくていちいち憶えていない。
本人は「”カラス”とか”神”とか忙しい奴らだ」とか笑っていたが。
俺も魔物討伐の際、奴の魔法を何度か目にしたことがある。
バラバラに床に転がった刃物があるとして、それらが浮き上がって切っ先を全てこちらに向けてくるような……奴が術の為に意識を集中させると、そういった緊迫感が漂う。
どこにいるかも分からない”敵”に向けて火の矢が放たれ、そこへ行ってみると既に事切れている。
火の術であるのに近辺が一切焼けることなく、その魔物の急所だけを火の矢が貫き綺麗に命だけが刈り取られているのだ。
威力はさほどではないが、ただただ敵を殺すことに特化した術。
率直に言って、最初見た時は恐ろしかった。
付き合いの長い自分ですらそう思うのだから、恐れられるのもやむを得ないような気がした。
ある日、奴は騎士を辞して忽然と姿を消してしまった。
その頃に立ち寄った酒場で「辞めるなんて無責任だ」「税金泥棒」「やはりこれだからカラスは」「闇堕ちしてるっぽくて不気味だった」などと身勝手な悪口を言っている者を目にした。
全く馬鹿らしい噂話だったが「闇堕ちしてるっぽくて不気味」という言葉だけはひっかかった。
闇に堕ちる条件は大きく分けて3つ。
術師が精神が不安定な時に術を使う、呪いの武器を手にする、そして「悲しみ、憎しみや絶望が心を満たした時」。
守られておきながら勝手に恐怖して期待して失望して、いない所で陰口を叩く――こんな連中に絶望したんじゃないだろうか。まさか、どこかで死んでいるんじゃないだろうか。
あちこちの冒険者ギルドや酒場で情報を聞いて回ったが行方は分からなかった。
そんな中で、数ヶ月前ようやく再会した。
予想に反して何やら牧歌的な環境にいた。
厄介な依頼を抱えていると言っていた。まさかそれが兄のこととは思わなかったが。
死を考えたり闇堕ちをしたりといった様子はなく安心したが、その目には覇気がなかった。
確かに軽口は叩く奴だったが以前にも増して軽い口ぶりになり、軽薄な人間を演じているようにすら見える。
何もないように見えて、やはり少し壊れてしまっているのかもしれない――そう思った。
それも会うたびに元に戻っていっているような気がしていたが、今日は再会した頃みたいな感じになっていた。
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