上 下
100 / 385
【第2部】7章 風と鳥の図書館

9話 心残り

しおりを挟む
「あ、おはよーレイチェルお姉ちゃん」
「おはよう、フランツ。ベルも」
「おはよ。……でも、さすがに遅くない? もうお昼よ」
「あ、はは……うん」
 
 グレンさんとカイルは魔物退治に行った。
 わたしは二度寝宣言を大声でしたあとグレンさんの言葉を思い出してひとしきり悶えに悶え、『こんなの眠れるわけないよ~~』と思いつつ結局お昼の12時までしっかり寝てしまった。
 そして起きて食堂に来たらベル、ルカ、フランツの誰もいなかったので探し歩いて、訓練場に辿り着いたのだった。
 
「レイチェルは、朝早かった。……二度寝をしたの」
「ちょ、ルカ……バラさないで」
「二度寝って何?」
「えーと、起きたけどまたすぐに寝ちゃうこと……よね?」
「う、うん……えへへ」
 ルカに二度寝の事実をバラされ、ベルには二度寝の定義を説明されて恥ずかしいったら……。
「起きてすぐに寝ても何も言われないの? 朝食は食べないの? 用意されてるでしょ」
 曇りのない目でフランツが質問攻めにしてくる。や、やめて。
「う……あの、うちは朝食は各自で作るスタイルでして……そしてわたしは起きるのいつも遅いから休みの日に朝食はほとんど食べてなくて……」

 さらにフランツの前で自分のだらしなさを説明するハメになるなんて恥の上塗り……。
 
「そっかあ。おれ、朝はメイドが起こしに来てくれてたからそういうの分かんなくて」
「メ、メイド」
「そうねえ、あたしもよ。冒険者についていく時とか一人で起きられるか不安だったわ~」

 そうだ。二人共くだけた話し方するし親しみやすいからついつい忘れがちだけど、フランツもベルもやんごとなきお家の人。
 こういうちょっとした所で育ちの違いを感じるなぁ……ああ恥ずかしい。
 
「……ところで、みんなここで何してるの?」
「うん。魔法の勉強なんだー」
「魔法? フランツは魔法が使えるんだ」
「資質を調べてもらっただけで、まだ魔法自体は使えないんだ。だから、魔力の練り方とか教えてもらうの。ほらこれ! ジャーン!」

 フランツはキラキラの目で、腕にはめた赤い魔石のブレスレットをヒーローのようなポーズで見せてくる。

「赤い魔石ってことは”火”だね。フランツは火の魔法の資質があるってことかな?」
「そーだよ、アニキとおそろい! でもアニキは魔法教えてくれないんだよねー」
「あらら、そうなんだ」
「『子供はそんなこと覚えなくていい、どうしても使えるようになりたいならルカかベルナデッタに頼め』ってさー」
「ふうん……」

『子供はそんなこと覚えなくていい』か――その割には、鍵の開け方っていうか泥棒のテクを乗り気で教えようとしてたけど……。
 
「……グレンは、魔法が下手。だから人に教えるのは無理」
「ええっ」

 唐突に、ルカの辛辣な一言。
 最初の頃と違って、ルカはなんだかグレンさんを雑に扱うようになったような。……は、反抗期かな?

「うーん、確かに……隊長って魔法はあまりお得意じゃないみたいよね。あそこのオーブに魔法当てられないし」

 ベルが言うオーブというのは、魔法の練習用のもの。
 魔力を吸収する魔石が台座の上にプカプカ浮かんでいて、そこに魔法を撃つ。魔石は確か風の魔石と影の魔石の複合のものだったような……。

「あたし、紋章があるってことはすごい大魔法使いの資質があるのかと思ってたけど、隊長を見る限りそうじゃないっぽいわよね」
「アニキはさ、オーブは生きてないから当てにくいって言ってたよ」
「生きてないから当てにくい? 生き物なら当てられるってことかな……」
「グレンは魔力の練り上げも集中もなっていない。だから当てられない」
「き、厳しいね、ルカ……」

 ルカにとって魔法が下手なことはガッカリポイントなんだろうか、ほんとにすごく厳しい……。
 
「ジャミルの方がよっぽど上手。魔法の使い方を知っている」
「ジャミル? 魔法って、あの小鳥のことだよね」
「そう。あの鳥――ウィルを介して上手に魔法を使っている。短期間で自分の物にして……魔法使いと言ってもいい」
「確かに、本棚と本棚の間から急に出てきたって話だしね……」
「ジャミル君、あの子は荷物運びや自転車にして使うって言ってたけど違うのかしら……?」
「どうだろ、使い方を模索してるらしいってグレンさんが言ってたよ」
「そう……危ないこと、しなければいいけど……」
「だね……」
 
 ――そう言いながらわたしはよそ事を考えてしまっていた。
 ルカやベルにグレンさん、フランツも魔法が使える。
 ジャミルもなんだか魔法に近いことができるって話だし……カイルは魔法使えないけど竜騎士だし、剣と、他に槍が使えるらしいし。
 なんだかわたしだけがその辺の一般人って感じだな……。
 
(『無能力者』かぁ……)
 
 あの魔術学院の男子生徒の言葉を思い出してしまう。
 魔法なんか使えなくてもいい――そう言えば嘘になるけど、別にそんなの気にしたことなかったのに。
 できる人に囲まれると、なんだか自分が何もできない人の気分がしてくる。
 魔法が使えない分みんなの心の支えになるような事が言えるかと言えばそうでもないし。
 
 無能力者――きっと魔法が使えない人間を蔑んで言う言葉。腹が立ったから発しただけの言葉。
『忘れろ、そんなもの。馬鹿馬鹿しい』――。
 グレンさんの言葉の通り、こんなのさっさと忘れるべきだ。
 だけど今確実に、指先に刺さった小さいトゲのように心の中に残って取り払えないでいる……。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

仲の良かったはずの婚約者に一年無視され続け、婚約解消を決意しましたが

ゆらゆらぎ
恋愛
エルヴィラ・ランヴァルドは第二王子アランの幼い頃からの婚約者である。仲睦まじいと評判だったふたりは、今では社交界でも有名な冷えきった仲となっていた。 定例であるはずの茶会もなく、婚約者の義務であるはずのファーストダンスも踊らない そんな日々が一年と続いたエルヴィラは遂に解消を決意するが──

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

婚約者の心の声が聞こえるようになったけど、私より妹の方がいいらしい

今川幸乃
恋愛
父の再婚で新しい母や妹が出来た公爵令嬢のエレナは継母オードリーや義妹マリーに苛められていた。 父もオードリーに情が移っており、家の中は敵ばかり。 そんなエレナが唯一気を許せるのは婚約相手のオリバーだけだった。 しかしある日、優しい婚約者だと思っていたオリバーの心の声が聞こえてしまう。 ”またエレナと話すのか、面倒だな。早くマリーと会いたいけど隠すの面倒くさいな” 失意のうちに街を駆けまわったエレナは街で少し不思議な青年と出会い、親しくなる。 実は彼はお忍びで街をうろうろしていた王子ルインであった。 オリバーはマリーと結ばれるため、エレナに婚約破棄を宣言する。 その後ルインと正式に結ばれたエレナとは裏腹に、オリバーとマリーは浮気やエレナへのいじめが露見し、貴族社会で孤立していくのであった。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-

猫まんじゅう
恋愛
 そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。  無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。  筈だったのです······が? ◆◇◆  「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」  拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?  「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」  溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない? ◆◇◆ 安心保障のR15設定。 描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。 ゆるゆる設定のコメディ要素あり。 つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。 ※妊娠に関する内容を含みます。 【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】 こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)

大嫌いな幼馴染の皇太子殿下と婚姻させられたので、白い結婚をお願いいたしました

柴野
恋愛
「これは白い結婚ということにいたしましょう」  結婚初夜、そうお願いしたジェシカに、夫となる人は眉を顰めて答えた。 「……ああ、お前の好きにしろ」  婚約者だった隣国の王弟に別れを切り出され嫁ぎ先を失った公爵令嬢ジェシカ・スタンナードは、幼馴染でありながら、たいへん仲の悪かった皇太子ヒューパートと王命で婚姻させられた。  ヒューパート皇太子には陰ながら想っていた令嬢がいたのに、彼女は第二王子の婚約者になってしまったので長年婚約者を作っていなかったという噂がある。それだというのに王命で大嫌いなジェシカを娶ることになったのだ。  いくら政略結婚とはいえ、ヒューパートに抱かれるのは嫌だ。子供ができないという理由があれば離縁できると考えたジェシカは白い結婚を望み、ヒューパートもそれを受け入れた。  そのはず、だったのだが……?  離縁を望みながらも徐々に絆されていく公爵令嬢と、実は彼女のことが大好きで仕方ないツンデレ皇太子によるじれじれラブストーリー。 ※こちらの作品は小説家になろうにも重複投稿しています。

冷徹御曹司と極上の一夜に溺れたら愛を孕みました

せいとも
恋愛
旧題:運命の一夜と愛の結晶〜裏切られた絶望がもたらす奇跡〜 神楽坂グループ傘下『田崎ホールディングス』の創業50周年パーティーが開催された。 舞台で挨拶するのは、専務の田崎悠太だ。 専務の秘書で彼女の月島さくらは、会場で挨拶を聞いていた。 そこで、今の瞬間まで彼氏だと思っていた悠太の口から、別の女性との婚約が発表された。 さくらは、訳が分からずショックを受け会場を後にする。 その様子を見ていたのが、神楽坂グループの御曹司で、社長の怜だった。 海外出張から一時帰国して、パーティーに出席していたのだ。 会場から出たさくらを追いかけ、忘れさせてやると一夜の関係をもつ。 一生をさくらと共にしようと考えていた怜と、怜とは一夜の関係だと割り切り前に進むさくらとの、長い長いすれ違いが始まる。 再会の日は……。

処理中です...