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6章 ことのはじまり

15話 ラーメン味の魔法

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「ん? 何かうまそうな匂いがする……」
「ああ。ラーメンだな、これ」
「ラーメン?」
「あのお嬢さんが作ってんだよ」
「ええっ……」

 食堂にやってくると、香ばしい匂い。
 厨房で、ベルナデッタお嬢さんがラーメンを仕込んでいる。
 以前カイルはラーメン屋で出くわしたらしいが、まさか作るとまでは思っていなかったらしく目を丸くしている。
 
「あらー、ごきげんよう。昼食かしら?」
「ああ。……何ラーメン?」
「シンプルに味噌ラーメンよー。……食べる?」
「そーだな。もらうか」
「あら、素直。……カイルさんはどうです?」
「え……ああ、じゃあ、もらおうかな……」
「じゃあ、少々お待ち下さいな」
 
 カイルは戸惑いを隠せないみたいだ。
 ……確かに、チョココロネみたいな金髪グルグル巻毛を肩から垂らした令嬢が厨房に立って、ラーメンの寸胴鍋をかき混ぜる様はなかなか異様だ。
 貴族は自分でメシなんか作らないヤツの方が多いだろうし。しかもラーメンなんて大衆食だ。
 麺をバッサーと湯切りする姿は、何度見てもウソじゃないかと思ってしまう。

「お待たせいたしましたー! 味噌ラーメンでございまーす!」

 お嬢さんが満面の笑みでカウンターにラーメンを3つ、ゴトリと置く。

「さ、召し上がれ! カイルさんも。美味しいですよ」
「あ、ああ……」

 カイルは『ホントにラーメン出てきたよ』みたいな顔をしている。そりゃそうだよな。
 
 
 ◇
 
 
「うめえな」
「でっしょー!? ね、ね、カイルさんは? どうです?」
「ああ……ええと、美味しいよ、うん」

 ニコニコ笑顔で頬を赤くしながら質問してくるお嬢さんに対し、カイルは怪訝な顔でラーメンをすすっている。

「『貴族令嬢がラーメンなんて』っておっしゃらないでね。ラーメンにかける情熱は本物なんですから! ねっ リーダー!」
「……そうだな。アンタのラーメンうまいからな」
「おっ……? そ、そうでしょうそうでしょう! ホホホ」
「ラーメンと言えばさ……アンタ、回復魔法かけてる時よそ事考えてるよな」
「えっ……え?」
「オレの場合だけどさ。魔法受ける時目を閉じるといっつも汚い黒いぬかるみの中にいて、そこに緑とか赤とか青の光が見えてさ。強めだったりあったかかったり、柔らかかったりいろいろすんだよ」
「へえ……初耳だ。黒いぬかるみか……呪いの剣が見せてたのかな」
「多分な。……そんでさ、アンタに魔法かけてもらうとラーメンとか甘いモン食いたくなるんだよな」
「えっえっえっ……何それウソでしょ??」
「ラーメン食べたくなる回復魔法? ……ハハ、斬新だな」

 ラーメンを食い終わったカイルが立ち上がり、ラーメンどんぶりを厨房のシンクに置いたあとヤンキー座りして冷蔵庫を開けた。

「何か飲み物ないかな?」
「その左の扉開けたらレモネード入ってんぞ」
「レモネードか……酒はないの?」
「オマエ酒飲むの? 酒は誰も飲まないからねえぞ。……てか、昼から酒かよ。やめとけよ」
「まあそれもそうか。……で、ラーメン食べたくなる回復魔法がなんだって?」
「ちょ、ちょっと待って、あたしそんなこと言われたことない……!」
「マジだよ。だからオレはいつもアンタの魔法のあとはラーメンスナックとかちっさいドーナツとか食ってた」
「えええ~~~? ウソ、ウソォ……」

 お嬢さんは顔を赤くして頬杖をついていたがやがて立ち上がり、食べ終わったラーメンどんぶりを厨房に運んでいく。 
 
「まあでも、ラーメンはさておきそれでオレはめちゃくちゃ助かったから。世話になった……ベルナデッタさん」
「えっ!? あ、うん」
「……何か?」
「えっと……キミに名前を呼ばれたの初めてな気がして」
「そういや、そうだっけか」
「……別に『さん』付けはしなくてもいいわ」
「でも年上だし、貴族令嬢だしなぁ、一応」
「一応って失礼ね。……レイチェルやルカも『ベル』って呼んでるし、気にしなくてもいいわ」
「そっか。じゃあ……ベルナデッタ、世話になった、ありがとう」
「ふふ。……カイルさんもそのように呼んでくださってかまいませんわ」
「そ……そう? じゃあそうするけど……竜騎士団領ではそのへん厳しかったから戸惑うな」
「そうなんですの?」
「騎士自体は実力主義だから平民でもなれるけど、貴族との壁は厚かったかなぁ。貴族も料理とか身の回りのことをしたりとかしないし……君みたいに街に繰り出してラーメン食べて……ましてやラーメン仕込んでるなんて、まずないな」
「そうですの……ラーメンおいしいのに」

 人差し指を口に当ててしょぼんとするベルナデッタを見て、カイルは苦笑いしながらレモネードが入った瓶の蓋を開けた。

「二人も飲む?」
「そうだな……」
「いただくわ」
 
 
 ◇
 
 
 
「……ごちそーさん。うまかった」
「そういえば兄貴はラーメンは作らないのか」
「え、オレ? いや作らねえな……って、オマエやたらと冷蔵庫を漁るなよな……」
「いや、何か一品ないかと思って」

 気づいたらカイルはまたヤンキー座りで冷蔵庫を覗き込んでいた。そういえばこいつ昔から冷蔵庫をやたらと物色してたな……。

「ハンバーグとかシュウマイとかありますけど。……パンケーキ以外ならなんでも食べていいですよ」
「ピクルスもあるぞ」
「ピクルスはいらない」
「なんで」
「嫌いだから」
「ガキかよ」
「大人になっても無理なものは無理だよ。……で、なんでラーメンは作らないの?」
「そうよそうよ、ラーメンおいしいでしょうが!」

 洗い物をしているオレに向かって、ベルナデッタが腰に手を当ててプンスカ怒りながらこっちを見上げてきた。大憤慨している。

「いや、単純に……アンタの作るラーメンのほうがうまいから」
「えっ!? あ……そ、そう。お褒めに預かり、光栄……ホホホ」

 ベルナデッタに向き直ってそう言うと、顔を赤くしたあと小声で笑いながら顔をそらされた。

「なんつーかさ、アンタのラーメンにかける情熱? っていうか……回復魔法にも現れちまうくらいラーメン好きでさー、オレはそういうヤツの作るラーメンには勝てないと思うんだよな」
「そ、そんな……そんなこと、ちょっと、やだなー……ふふ」
「……うん」
 
 ベルナデッタは顔を赤くしてうつむいてしまう。

(……うーん)

 なんというか、言葉の座りが悪い。何言ってるかわかんねえな?

「……だから、大好きなラーメン作ってる時のアンタって、いつもニコニコ楽しそうでさ。そういうのってオレは」
(……ああ、そっか。つまり)
 
「――オレは、アンタのことが好きだな」
 
「なっ……、え、え、え……!?」

 ベルナデッタはリンゴみたいに顔がさらに赤くなって、緑の目を最大限に見開いてオレを見上げてきた。

「えっ、えっ、えっ……、そ、そんな、急に……あの、あのっ」

 あたふたと上ずった声で言葉を絞り出そうとするベルナデッタ。
 ――カイルがいることを忘れていた。ヤンキー座りで冷蔵庫を開けたまま固まっている。
 
「お、お気持ちは嬉しいですけれど……、あたしあの、こここ婚約者がっ、いますので! その、あの……」
「そっか。……そうだよな。いきなりヘンなこと言って、悪かった」
「いえ……あの、あの……あたし、ししし失礼しますっ!」

 ガバっとオレに90度の礼をしたあと、ベルナデッタは小走りで去っていった。
 
 
 ◇
 
 
「……兄貴……俺は恐ろしいよ」
「何がだよ」
「俺がいるのになんで急に告白するんだよ」
「ああ、悪かった。つい」
「信じられないな、ほんと……」

 レモネードをガブガブ飲みながら、シンクにもたれかかったカイルが恨みがましい目で見てくる。
 
「フラれたぞ」
「ああそうだな。……なんで兄が告白してフラれるシーンに立ち会わないといけないんだよ。俺の気持ちを考えろよ」
「悪かったって……まああの、言うべきことは言っとかないと」
「それにしてもだよ。いくら彼女がフランクで親しみやすいからっていって貴族令嬢に、しかもこんな雰囲気もへったくれもない厨房でラーメンどんぶり洗いながらとかさ……考えられないよちょっと……」
「圧倒的ダメ出しだ」
「他人事かよ」
「婚約者いるって」
「だろうな」
「残念だなー」
「いやいやいやいや、いなくても駄目だから」
「そっか」
「平民は平民同士が一番なんだよ」
「保守的~……つまんねー大人だな」
「おい……なんてこと言うんだよ失礼な。一般論を言ってるんだよ俺は」
「平民は平民同士、ねぇ……。なんだよオマエ、経験者は語るってやつか? ハハッ」
「………………」
(……あれっ?)
 
 カイルは無言になって、冷蔵庫からピクルスを取り出してボリボリと貪り食う。
 ピクルス嫌いなためか機嫌を損ねたためか、目は座ってて眉間にシワがよりまくって、まさしくヤンキーみたいだ。
 
「……兄貴」
「……お、おう」
「……言動には、重々気をつけたほうがいいと思う」
「そ、そう、だな……ハハ」
 
 弟の怒りを感じ取ったのか、肩にいる小鳥のウィルはピチュピチュ鳴きまくりながらバサバサと天井を飛び回っていた……。
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