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4章 少年と竜騎士

3話 謎の宗教・謎の泥棒

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「なあに?『光の塾』って。学習塾?」
「なんか宗教施設って話だぜ」
「えー。知らないなぁ……。新興宗教かな?」
 ベルとジャミルがヒソヒソと話している。
 
「ひどいんだよ。魔法を使うのに心はいらないって言って。怒ったり泣いたり笑ったりしちゃダメなんだ」

 ルカから聞いた話と同じだ。だけど、子供の口から聞くと更に酷いものに思える……。

「モノ作り禁止って言ってさ、工作とか折り紙だってやっちゃダメなんだよ。それで、食べ物おいしいって思うのもダメで、毎日紫のヘンなだんご食べさせられるんだ」
「紫のだんご……」
「……アレかよ」

 前、半ば無理やり食べさせられた謎のだんご。めっちゃまずかった怪しいだんご。
 あんなの毎日食べてるんだ……。
 それにモノ作り禁止だからって、折り紙とかまでダメなんて。
 
「それに! それにさ! おれにはちゃんと『フランツ』って名前があるのに『2005番』とか、番号で呼ぶんだよ!」

 フランツが一段と憤慨した様子で叫ぶ。

「番号……?」
「お前らはゴミだから名前なんかいらない、番号だけでもありがたく思えとかってさ……いやだって言ったらなぐられるんだ!」
「何だ、そこ。監獄みてーじゃねぇか。オイ、ルカ。オマエのいたとことんでもねーな」
「……でもルカは『ルカ』だよね。番号じゃなくて名前じゃないの? それは」

 ベルが疑問を投げかけるも、ルカは無言だ。

「お姉さんは、名前があるの? じゃあ、上のクラスなんだ」
「上の……クラス」
「そうだよ。行いが良かったら名前がもらえて上のクラスに上がれるんだって」
「……知らない。わたしは最初からそこにいたから。わたしは最初から、ルカ」
「そうなんだ。お姉さんはすごい魔法使いだから最初から上のクラスなのかな?」
「ね、ね、フランツ君。……お姉さんがちょっと困ってるから、あまり聞かないであげてくれないかな?」

 胸の前で拳を握りしめて黙りこくってしまったルカを見て、わたしは慌ててフランツに声をかけた。

「あ、ごめんなさい。……だから、おれあそこに連れ戻されたら……おねがい! ここに置いてください! なんでもします!」
「こら、やめろ」

 土下座をしようとしたのか再び座り込んだフランツをグレンさんが止める。
 
「……気の毒なのは分かるけどよ。『なんでもする』っつったってなぁ……」
「ああ……」
「い、いいじゃないですか! グレンさん、お金持ってるんでしょ?」
「いや、金の問題じゃなくて……」
「お金が足りないなら、わたしのお給料削ってもいいですから」
「そうね、あたし達のお手伝いさせたらいいわよ。……ちょっとの間くらいいいじゃない、隊長の甲斐性なし。」
「いやいや、犬猫じゃないんだから……って、甲斐性なしとかロクデナシとかひどくないか?」
「お兄ちゃまの魔法は、ノーコン……」

 お祈りのポーズでわたしとベルがグレンさんに詰め寄ると、ルカも同じポーズでどさくさに紛れて文句を言う。

「おい、それは関係ないだろ……。――ああもう、分かった、分かったから」
「じゃ、じゃあ、いいんですかっ!?」

 フランツが顔をぱあっと明るくさせる。

「名目上は手伝いということにしといてやるが、ずっとここには置けないぞ」
「あ、ありがとう! ありがとうございますっ!」

 前髪をかきあげながらそう言うグレンさんに、フランツがまたしてもがばっと頭を下げようとするが――。

「――やめろと言ってるだろ。二度とそういうことするな、土下座はこの世で一番みっともない行為だぞ」
「ご、ごめんなさい。あの、ありがとうございますっ!」

 グレンさんにたしなめられて、フランツは立ち上がって90度の礼をした。
 なんか、割と本気の怒りっぽかったな……? ――まあ子供に土下座はされたくないよね。
 
「やれやれ――まあ、ここに置いとくのはいいとして。オマエさ、昨日ここの錠前開けた?」

 ジャミルが冷蔵庫の鍵を片手に首をかしげる。
 昨日開けられていた錠前は、今日は締まったまま。
 フランツが今日盗ろうとしたのはソーセージや缶詰とかで、鍵付き冷蔵庫の物じゃなかった。
 
「――え? おれ、開けてないよ。昨日は開いてたからそこから盗ったけど」
「え? じゃあ……」
 ――もしかして、まだ他に泥棒が……?
「あ、それは俺が」
「……え?」
「……は?」

 まさかの、隊長が挙手。

「グレンさんが?」
「ああ、開けた」
「えっ、どうやって??」
「ああ、これで」

 と言って、使い込んでいそうな湾曲した針金をポケットから取り出す。
 これ、泥棒のアイテム――!
 
「……中のヤツ盗ったのか?」
「いや、盗ってない」
「盗ってないけど、開けた?」
「ああ」
「なんで……」
「……鍵があったから」
「は?」
「え? え?」
「な、なにそれ? どういうこと? あったから開けた??」

 隊長の意味分からなすぎる行動に隊員一同目が点になり問い詰める。
 
「いやー、そこに鍵があると開けたくなって、出来心で」
「登山家みてーなこと言うな、まごうことなき泥棒じゃねーか!! このロクデナシが――」
「すげ――――っ!!」
「えっ」

 フランツがキラキラの目をしてまた両手で握り拳を作り、これまたジャミルにお玉で殴られそうになってるグレンさんにかけよった。

「隊長さん、針金でカギを開けられるの!? すごい! 盗賊!?」
「え……、いやー、ははは、それほどでも」

『盗賊』って言われたら普通は不名誉なのに、なぜか照れ笑いしているグレンさん。
(照れるとこじゃないような……)
 盗みを働くノルデン人の子供を『カラス』と呼ぶらしい。――彼も昔そういうことしてたっていうから、鍵を開けられるのはその名残なのかな?
 
「ねえ、このカギ開けてみせてよ!」

 と言ってフランツは冷蔵庫の錠前を手にとって、期待の眼差しでグレンさんを見る。

「ん? ああ、これな」

 グレンさんが針金を錠前に差し込み、中をチョチョイと突く。

「え、ちょっとちょっと……」

 何を実演して見せてるのか、この人は。
 そして数秒も待たずに、いとも簡単にピーンと鍵が開け放たれた。

「な?」

 ……お分かりいただけただろうか、とばかりにフランツに向かって両手を広げて得意げにするグレンさん。

「すげ――――っ!!」

 キラッキラの目をしたフランツのボルテージは上がりっぱなしで、握った両手の拳を上下に激しく動かす。

「『な?』じゃねぇよ……」
「まあ、冒険者の中でも、鍵開けのスキルはけっこう需要あるから。……盗賊であることは、割とお咎めなしだったりするわね」

 と言いつつもベルも呆れ顔だ。

「そ、そうなんだ……」

 奥が深い、冒険者……。
 
「おれそういうの憧れるなー! ね、教えてください!」
「ああ……まあいいけど」
「え、ダメですよそんな――」
「わっ! やった!!『アニキ』って呼ばせてください!」
「いや、それはやめてくれ」
「――ダメ。この人はわたしのお兄ちゃま」

 ルカがグレンさんの右腕に巻き付く。

「やめろ、お兄ちゃまでもないから……」
「お姉さんはアニキの妹なの? じゃあ、おれは弟分だね」

 と言ってフランツがグレンさんの左腕に巻き付く。

「アニキでもお兄ちゃまでもないって……」
 
 呼び名以前に、鍵の開け方を教える方がダメなんだけど……。

「なんか、またヘンなのが入ってきたな」
「うん……」
 
 こうして、また新しく小さな仲間が加わった。
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