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3章 おしゃべり貴族令嬢

4話 レイチェルとベルナデッタ

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「……ところで君にも言っておきたいんだけど、給料を少し高く設定しすぎてしまって。申し訳ないんだが15万になるんだ」

 ラーメンを食べ終わったあと。
 グレンさんがベルナデッタさんと向かい合って座り、お給料の話を始める。

「あらー いいですよー」

 ベルナデッタさんが髪を整えながら軽い調子で返す。
 ラーメンとお菓子に情熱を燃やしていたベルナデッタさんだけど、給料については特にこだわりがないようだ。

「軽いな……本当にいいのか?」
「ええ。そのかわりここに住まわしていただけます? あたし、泊まるところがなくて」
「……まあ、部屋は余っているからいいけど。ここはルカしか住んでいないぞ」
「えっ? そうなんですか?」

 そういえばここのお花に水をあげに来ている時もルカしかいなかったような気がする。
 グレンさん達は冒険に行ってるからいないのかと思ってた……。
 
「ああ。俺とジャミルは普段は別の所に住んでいて、ギルドで仕事を取ってきたらここを拠点にして行っているんだ。ジャミルは酒場主体で働いてるし俺も……いや、まあ、いいか」

 おそらく図書館のことを言いかけてグレンさんは口をつむぐ。図書館のことは知られたくないのかな?
 
「あらー! 隊長はどこで働いてらっしゃるの?」
「……教えない」
「どうしてよー! お仕事ぶり見たいわー!」
「隊長のプライベートを探ることは禁止します」
「えー。どうして~」
「……風紀が、乱れる」

「風紀?」
「風紀……」
「風紀ぃ?」
「ふうき」

 全員同時に「風紀」という単語を復唱してしまう――ルカは、「なんとなく言ってみた」って感じかもしれないけど……。
 
「な……なんだみんなして」
「だってグレンさん、そんなこと言ったことなかったし。……規則とかありましたっけ?」
「いや……今決めたけど」
「隊長さんて真面目なのねー」
「つーか、そんなマジメな集まりかコレ? そもそもやたらとある大金も『競馬で手に入れた』とか言ってたじゃねーか」
「ジャミル! それは……」

 グレンさんはルカに『お兄ちゃま』と呼ばれた時くらい焦っている。
 矢継ぎ早にみんなに突っ込まれた上、サラリと重大な事実を暴露されたのだから無理もない。
 ……っていうか……。

「競馬――……」

 別に大人だから何してようと勝手なんだけど、思わず引いてしまう。

「3連単? で死ぬほど当たってめちゃくちゃ金持ってるっつってたよな」
「死ぬほどのお金……」
「じゃ、ジャミル……」
「しょっぱい依頼で小金稼ぎしかしなくてもここ維持できてんのはその金のお陰なんだよな」
「……そのお金からお給料が? えぇぇ……。えええぇ……」
「い、いいだろ別に、やましい金じゃないんだから……。ていうかジャミル君、俺に何の恨みが……?」
「……あ? 言っちゃダメなやつかコレ?」

 一通りジャミルに暴露されたグレンさんが両手で顔を覆い隠す。
 ……大人だから競馬くらいすると思うけど。わたしはアルバイトだからお金の出どころにとやかく言う権利なんてないし、そもそも悪いことして手に入れたお金じゃないし……でも。

(グレンさん……すっごい丁寧にガッカリさせてくれるなぁ……)

 無口でかっこいい司書のお兄さんのイメージがどんどん崩れていくのを感じる。
 顔がかっこいいだけで幻想を抱きすぎていたのかも……?


 ◇


「ねえねえ、何かやっておくことある? パンケーキはたくさん焼いとくけど」

 ――お昼過ぎ。
 みんな冒険に出かけたので、砦はわたしとベルナデッタさん2人になった。

「えっと、キャベツをたくさん千切りにしておいて、ハンバーグを作って冷凍します」
「ハンバーグってあのやたら大きいやつ?」
「はい」
「うへぇ……キャベツはどれくらい切るのかな」
「5玉くらい切れば大丈夫かな……」
「ご、5玉……」
「キャベツをいっぱい切ってお皿に盛っておくとご飯のかわりにそっちを食べてくれるから、ちょっと経済的だってジャミルが」 
「なるほど……。それにしても、ホントによく食べるわねあの2人。あたしも傭兵団とか冒険者パーティーにいくつか同行したけど、あそこまで食べる人はいなかったな~。ラーメンもあっという間になくなっちゃってビックリしたわ」

 ベルナデッタさんが、パンケーキのボウルをカシャカシャ混ぜながら「また作らなきゃね」と嬉しそうに笑う。
 出かける前にグレンさんとルカがラーメンを大量に食べたので、寸胴鍋いっぱいにあったラーメンスープは空っぽ寸前くらいになってしまったのだった。
 
「傭兵団、冒険者……やっぱり回復術師としてついていったんですか?」
「ええ。魔物討伐の依頼とかあると、それと同時に募集がかかるの」
「へえ……」

 ――わたしの知らない世界だ。
 冒険者ギルドにはメンバー募集用の掲示板があって、「回復術師募集」の紙がいつも貼ってある。
 回復術師を雇うにはそれ相応の給金が必要となるうえ、彼らは大抵攻撃手段を持っていないため、戦う力がない。そのため、守る役が必要となる。
 なので、お金と力を持っている、ランクが高い冒険者しか回復術師を連れていくことができない。

 そこで回復術師の代わりを果たすのが、わたしが今目指している「薬師」だ。
 ギルドの仲間募集の掲示板には「回復術師募集」の紙と同時に「薬師募集」の紙も必ず貼ってある。
 冒険者ギルドに登録している薬師は、攻撃魔法や武器の心得がある。
 前線に出られて、仲間が負傷したときは自分が調合した薬で回復――という風にいろんな役をこなせるから、回復術師とはまた違った需要があるのだ。
 わたしは魔法を使えないし、冒険に興味がないから武術を覚えようと思ったこともない。学校を卒業後はどこかの薬局で働くつもりだ。
 もし魔法が使えたら「冒険してみたい!」っていう気持ちになったのかなぁ……。

「……すごいですねぇ。冒険って楽しいですか?」
「未知の発見があって楽しいわね。まあ、危険な冒険についてったことないからそう思うのかもね。……ね、あなたは普段何をしてるの? 学生さん?」
「あ、はい。ヒルデガルド薬学院ってところに――」
「えっ……?」

 それまでニコニコと話していたベルナデッタさんの顔が急に曇る。

「ど、どうかしましたか……?」
「あ……いえ、なんでもないわ。……ごめんね」

 そう言ってベルナデッタさんはまた笑顔に戻り、パンケーキを焼き始めた。

「……?」

「なんでもない」と言ったものの、ベルナデッタさんはその後最低限の言葉しか発さなくなってしまった。気のせいか、目もあまり合わない。

 ――わたし、何か気に障ること言っちゃったかな……?
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