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【第1部】1章 花と少女
プロローグ なんでもない日常(挿絵あり)
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この世界にはいつも二通りの人間がいる。
魔法が使える人、使えない人。冒険をする人、しない人。
悩み抜いて、がむしゃらに生きる人。これといった難もなく生きる人。
ドラマチックな恋をする人。特にドラマもない恋を経て、そのうち結婚する人。
わたしはいつも後者の平凡な人間。
今までも、これからもきっと――。
◇
「えー、ノルデンの大災害は、1543年。今から20年前ですね。1538年頃に革命が起きて、その最中の出来事でした。最初に地震が起きて……それから4日間、雪や雨が降ったり、気温が上がったり下がったりを繰り返して、人が大勢死にました。ノルデンは大国でしたから、経済ルートは大混乱して……最近になってようやく落ち着いてきたという感じですねぇ。先生もねえ、10年前くらいまでは――」
「……おい、また始まったぜ。ハゲの昔話」
「これ始まったらなげぇんだよなぁ……」
現代社会の授業。先生の"昔語りモード"に、周りの席の男子生徒がうんざりした様子でヒソヒソと言い合う。
話は10分くらい続き、先生が「自分が若かった頃の話」を始めたところで「カラン、コロン」と終業の鐘が鳴った。
「おーっとっと。それでは、今日はここまで」
「レイチェル~、一緒に帰ろ~っ」
放課後、友達のメイちゃんが声をかけてくる。
「ごめーん、今日は図書館に本返しに行く日なの」
「あー! これは失礼。王子様に会いに行く日だったんだぁ」
メイちゃんが口元に手を当ててニヤニヤと笑う。
「王子様って、やだもー!」
「しゃーない、邪魔しちゃいけないし、1人で帰りますかぁ。んじゃ、また明日ね~」
「うん。バイバーイ」
メイちゃんと別れ、わたしはメイちゃんと反対方向の道へ。
目指すは、図書館。
(今日はいるかな? "あの人"……)
――胸が、そわそわする。
周りに人がいないのを確認してから、カバンから手鏡を取り出し身なりを確認する。
きっちりと三つ編みにまとめた青髪。ほつれや毛の飛び出しはなし。
白目に充血なし。 瞳はサファイア――とまではいかないけど、今日も綺麗な青色。……別に日によって色変わったりしないけど……いえいえ、気分の問題だから!
うん、異常なし。かわいい。わたしなりの百点満点!
こんなに身なりを気にしているのには、ある理由があった。
(いた……!)
行きつけの図書館で、司書のお兄さんに会うこと!
司書のカウンターに座っているお兄さんを、本棚の影からこっそりと覗くの。
「あの、すみません。これ、お願いします」
遠目から一通り眺めたあと、適当な本を取ってカウンターへ。
わたしの呼びかけに、お兄さんは「はい」と言って持っている本を閉じ、顔を上げた。
わたしの手から本を受け取ると、カウンターに置いてあるリストに本とわたしの名前を書き、また返してくれる。
「返却日は月曜日ですので」
「はいっ」
緊張して、声が1オクターブ高くなってしまう。
(う~、やっぱり、ステキ……!)
低い声。サラサラの黒髪に、白い肌。眼鏡越しに見える眼は灰色。
これは、今日授業でも習った"ノルデン"という国の人の特徴だ。
わたしが暮らしているロレーヌ王国からはかなり離れた位置にあるため、この近辺で見かけることは少ない。
それがまた、神秘性があって、非現実的でドキドキするというか、なんというか……。
このお兄さんとの出会いは2ヶ月ほど前。
高いところの本を取ろうとジタバタしてて――実はすぐそこに踏み台があったんだけど取るの面倒で、めちゃくちゃ背伸びして頑張って取ろうと唸ってたところ……。
「これですか?」
ってスッと取ってくれたの。
「あっあっ……はい! あ、ありがとう、ございますっ!」
あの時は声がうわずっちゃって、恥ずかしかったなぁ~。
でもでも、かっこよかったな。背がすっごく高くて……わたしより、頭1つ分くらい大きかった。
年はいくつくらいなんだろう? 外国の人だから年齢分かりづらいけど、25歳くらいかな?
あの図書館には小さい頃から通っている。おじいさんが1人でやっていたんだけど、あんな素敵な人と出会えるなんて。
いつからいたのかな? これから先もずっといるかな?
「今日もかっこよかったぁ……」
わたし、レイチェル・クライン、18歳。
薬師の養成学校に通う、どこにでもいるごくごく普通の学生。
目下の楽しみは、図書館のかっこいいお兄さんに会うこと。
会えるだけでいい。見ているだけでいいの。彼女になりたいわけじゃないし、話しかけるなんてとてもとても……。
「来週も会えたらいいなあ……」
きっと来週も再来週も数ヶ月先も、こんな風なこと言いながらなんでもない日常を繰り返しているだろう。
――かつて世界は魔王によって闇に包まれ、それを勇者が討伐して世界には再び光がおとずれた……そんな伝説がある。
魔法使い、戦士、僧侶……様々な能力を持った冒険者がいる。
お城には王様や王子様にお姫様、それを守る騎士。街の外には魔物もいる。
20年前に、大災害が起こって滅びた国がある。
これはそういう世界で生きている、平凡なわたしの、きっと平凡なはずの人生のお話……。
魔法が使える人、使えない人。冒険をする人、しない人。
悩み抜いて、がむしゃらに生きる人。これといった難もなく生きる人。
ドラマチックな恋をする人。特にドラマもない恋を経て、そのうち結婚する人。
わたしはいつも後者の平凡な人間。
今までも、これからもきっと――。
◇
「えー、ノルデンの大災害は、1543年。今から20年前ですね。1538年頃に革命が起きて、その最中の出来事でした。最初に地震が起きて……それから4日間、雪や雨が降ったり、気温が上がったり下がったりを繰り返して、人が大勢死にました。ノルデンは大国でしたから、経済ルートは大混乱して……最近になってようやく落ち着いてきたという感じですねぇ。先生もねえ、10年前くらいまでは――」
「……おい、また始まったぜ。ハゲの昔話」
「これ始まったらなげぇんだよなぁ……」
現代社会の授業。先生の"昔語りモード"に、周りの席の男子生徒がうんざりした様子でヒソヒソと言い合う。
話は10分くらい続き、先生が「自分が若かった頃の話」を始めたところで「カラン、コロン」と終業の鐘が鳴った。
「おーっとっと。それでは、今日はここまで」
「レイチェル~、一緒に帰ろ~っ」
放課後、友達のメイちゃんが声をかけてくる。
「ごめーん、今日は図書館に本返しに行く日なの」
「あー! これは失礼。王子様に会いに行く日だったんだぁ」
メイちゃんが口元に手を当ててニヤニヤと笑う。
「王子様って、やだもー!」
「しゃーない、邪魔しちゃいけないし、1人で帰りますかぁ。んじゃ、また明日ね~」
「うん。バイバーイ」
メイちゃんと別れ、わたしはメイちゃんと反対方向の道へ。
目指すは、図書館。
(今日はいるかな? "あの人"……)
――胸が、そわそわする。
周りに人がいないのを確認してから、カバンから手鏡を取り出し身なりを確認する。
きっちりと三つ編みにまとめた青髪。ほつれや毛の飛び出しはなし。
白目に充血なし。 瞳はサファイア――とまではいかないけど、今日も綺麗な青色。……別に日によって色変わったりしないけど……いえいえ、気分の問題だから!
うん、異常なし。かわいい。わたしなりの百点満点!
こんなに身なりを気にしているのには、ある理由があった。
(いた……!)
行きつけの図書館で、司書のお兄さんに会うこと!
司書のカウンターに座っているお兄さんを、本棚の影からこっそりと覗くの。
「あの、すみません。これ、お願いします」
遠目から一通り眺めたあと、適当な本を取ってカウンターへ。
わたしの呼びかけに、お兄さんは「はい」と言って持っている本を閉じ、顔を上げた。
わたしの手から本を受け取ると、カウンターに置いてあるリストに本とわたしの名前を書き、また返してくれる。
「返却日は月曜日ですので」
「はいっ」
緊張して、声が1オクターブ高くなってしまう。
(う~、やっぱり、ステキ……!)
低い声。サラサラの黒髪に、白い肌。眼鏡越しに見える眼は灰色。
これは、今日授業でも習った"ノルデン"という国の人の特徴だ。
わたしが暮らしているロレーヌ王国からはかなり離れた位置にあるため、この近辺で見かけることは少ない。
それがまた、神秘性があって、非現実的でドキドキするというか、なんというか……。
このお兄さんとの出会いは2ヶ月ほど前。
高いところの本を取ろうとジタバタしてて――実はすぐそこに踏み台があったんだけど取るの面倒で、めちゃくちゃ背伸びして頑張って取ろうと唸ってたところ……。
「これですか?」
ってスッと取ってくれたの。
「あっあっ……はい! あ、ありがとう、ございますっ!」
あの時は声がうわずっちゃって、恥ずかしかったなぁ~。
でもでも、かっこよかったな。背がすっごく高くて……わたしより、頭1つ分くらい大きかった。
年はいくつくらいなんだろう? 外国の人だから年齢分かりづらいけど、25歳くらいかな?
あの図書館には小さい頃から通っている。おじいさんが1人でやっていたんだけど、あんな素敵な人と出会えるなんて。
いつからいたのかな? これから先もずっといるかな?
「今日もかっこよかったぁ……」
わたし、レイチェル・クライン、18歳。
薬師の養成学校に通う、どこにでもいるごくごく普通の学生。
目下の楽しみは、図書館のかっこいいお兄さんに会うこと。
会えるだけでいい。見ているだけでいいの。彼女になりたいわけじゃないし、話しかけるなんてとてもとても……。
「来週も会えたらいいなあ……」
きっと来週も再来週も数ヶ月先も、こんな風なこと言いながらなんでもない日常を繰り返しているだろう。
――かつて世界は魔王によって闇に包まれ、それを勇者が討伐して世界には再び光がおとずれた……そんな伝説がある。
魔法使い、戦士、僧侶……様々な能力を持った冒険者がいる。
お城には王様や王子様にお姫様、それを守る騎士。街の外には魔物もいる。
20年前に、大災害が起こって滅びた国がある。
これはそういう世界で生きている、平凡なわたしの、きっと平凡なはずの人生のお話……。
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