嫌いなあいつの婚約者

みー

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10話

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「涼……くん?」

 休みの日の朝、朝食を食べようと広間に来ると涼くんの姿がある。

 そういえば、涼くんは隣に住んでいて、元婚約者と同時に幼馴染みでもあるんだっけ。

 涼くんは私の顔を見て口角を上げると、耳障りのいい声で挨拶をしてきた。

「おはよう」

 その声がなんだか懐かしく感じて、胸がきゅんとする。

「お、おはようございます」

「桜は覚えていないかもしれないけど、婚約者の時はこうしていつも桜に会いに来ていたんだよ。だから、同じようにしたらもしかしたら何か記憶を思い出す手伝いになるかもしれないと思って」

「そうなんですね」

「うん、あと、敬語はいいよ。同い年なんだし」

「あ、…………はい」

「うん、でいいよ」

 ふふっと笑う涼くんの顔は、春の日の日差しのように、木漏れ日のように、優しかった。

「う、うん」

 そんな表情に見惚れてしまい、私の頬はきっとほんのりと赤く染まっている。

 気を紛らわせようと涼くんの服装に目を向けた。

 学校の制服ではなくて、ラフな格好をした涼くんも目を奪われるほどの王子さまオーラを放っていて、彼の周りの空気が輝いて見える。

 こんな人の婚約者だったなんて、今でも信じられない。
 
 見た目だけなら、どう考えたって鈴華さんの方がお似合いだし…………。

 ほら、ここから見えるお庭のバラ。2人はバラで、私はマーガレット。

「ね、ねえ」

「うん?」

「涼くんって、私のどんなところが好きなの?」

 だから、聞いてみたくなった。

 美しい人があんなに近くにいるのに、その人には目もくれずに今も私のことが好きな理由を。

「そうだな……。友人を大切にするところ。屈託のない笑顔。なんでも一生懸命なところ。たくさんあるよ」

「そうなんだ……」

「その……こんな話信じてもらえるか分からないけど、私実は違う世界から来たの。それは覚えてる。だから、本当の桜じゃないっていうか。それでも、私のことを好きなの?」

「当たり前だよ。僕はむしろ……今の桜の方が面白くて好きだな」

「お、面白い?」

「思ったことを口に出しちゃうところとか。いきなり走り出すこととか。少し意地っ張りなところとか」

「そ、それって褒めるところなの?」

「うん、そういう桜を見ると可愛いなって思う」

 涼くんの言葉はとても純粋で、聞いているこちらが恥ずかしくなってくる。でも、本当に私のことを思ってくれているんだなって気持ちは伝わってくる。

「でも、私、他の人の恋人なんだよね?」

「うん、そうだね」

「辛くないの?」

「そうだな…………辛いって言ったら辛いよ。でも、奏多さんといる時の桜は幸せそうだから。笑ってる桜の顔が、1番好きなんだ」

 涼くんは心が相当強いのか、それとも器が大きいのか、とにかく分かるのは、涼くんが私のことをとても好きでいてくれているということ。

 それが分かると、とても暖かい気持ちになる。

 人にこんなにも好きになってもらえるなんて、しかもこんな素敵な人に、もはやそれは好きというよりも愛という言葉の方が似合う。

 私だったら、好きな人が他の男の人と笑顔で過ごしているなんて事実を知ったら、3日くらいは寝込むかもしれないのに。
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