嫌いなあいつの婚約者

みー

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 休日が来た。

 初めてここに来た時からもう5日が経つけれど、元の世界に戻れる気配はなく、だけど案外ここの生活を楽しんでいる自分がいて、まあいいかと思っていた。

 遅めの朝食を食べるために、今ではもう慣れてしまったあの広い部屋へと足を運ぶと、休日なのにやっぱり涼の姿がある。

 私の姿を確認すると、いつも通りに声を掛けてくる。

「おはよう、桜」

「お、おはよう」

 優しげな涼に、まだ違和感を覚えてしまう。

 同じ顔なのに、表情ひとつでこうも違うものなのかと感心してしまうほど。

「今日は、街に行かないかい?」

「街?」

「そう、散歩のついでに」

「ええ、いいわね」

 涼と休日に2人で出掛けるなんて、いつぶりだろうか。

 記憶を辿ってみるけれど、それは幼い日の自分たちの姿であり、小学生以降の思い出はなかった。

「あ、あの」

 好きな子のことについては、本人に聞くのが一番手っ取り早い。

「ん? あ、ついてるよ、ジャム」

 ここ、と自分の右側の口元を指差す涼。

 その表情があまりにも柔らかくて優しくて、心臓が早く動く。

 まるで、春風が吹いているときのような暖かさを感じて、魂が涼に惹きつけられそうになる。

 涼にドキドキするなんて、こんな感情を抱いてしまうなんて、私らしくない。

「ありがとう……」

「どういたしまして」

「ね、ねえ」

「ん?」

「涼って、好きな子、いるんじゃないの?」

「うん、いるよ」

 どくんと、心臓が大きく跳ねる。

「私との婚約、無理しなくていいんだよ?」

「大人の事情、があるんだ。仕方ない」

 視線を落とす涼。哀愁を帯びた横顔。

 影を帯びた涼の表情を、今までに一度も見たことがなかった。

 私の知らない涼がここにはいて、彼は一体誰なのだろうと不思議な感覚に陥る。

 きっと世界はひとつではなくて、もしかしたら神様が誰かが間違えて私を入れ替えてしまったのかもしれない。

「本当にいいの?」

「こうしなきゃいけない理由があるんだ。受け入れるしかないんだよ」

「分かったわ……」

 もともと涼のことは好きじゃないし、涼の顔を見るといくら性格が違うとはいえ今までにされてきた数々のことが時々頭をよぎるし、私が好きな人を見つけてその人と晴れて付き合うことができれば、お父さまだって分かってくれるはず。

「それにしても、大人の事情って、何かしら? 想像はつくけれど……」

「うちと桜の家の産業が~って話だと思うよ。盗み聞きしただけだけどね」

「うん」

 とりあえず運ばれてきたものを食べて出掛ける用意をして家を出る。

 まあ、少しの時間くらいこの優しさ溢れる涼と付き合うのもいいかもしれない。


 
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