ケーキ屋の彼

みー

文字の大きさ
上 下
22 / 82
4話

6

しおりを挟む

 柑菜は、ふと自分の右手を見つめた。

 そして、1つのことを思い出した。

「そういえば私、今弟と喧嘩してるんです。ケーキ屋に行くなって言われちゃって」

 柑菜は、春樹を一瞥した。

 ーーきっと、私を転ばせて手を突かせてしまったことを、ひどく後悔しているはず。多分、あのことを思い出させちゃっただろうな……。

「そんな時は、とりあえずこれ食べてみてください」

 秋斗は、テーブルにあるマカロンを1つ柑菜に渡した。

 柑菜は、それをゆっくりと口に含む。味わうために、噛み締める。

 甘くて優しい味がした。

「きっと、仲直りできますよ」

 不思議だな、好きな人に言われると、今までムキになっていた心がすうっと軽くなる。

 春樹を見ると、目が合った。

 だけど柑菜は、思わず視線を逸らしてしまう。

 すると、秋斗が柑菜の手を掴んで、春樹の元へと歩き始めた。

 柑菜は、握られた手をじっと見つめる。

 暖かい秋斗の手の体温が、柑菜に直に伝わってくる。

 ーー心臓、破裂しそう……!

 春樹の前に来ると、秋斗は柑菜の手を離した。

 柑菜は気まずそうに春樹の顔を見る。
 
「私と秋斗さんは、美味しい料理でもいただいていましょうか」

「そうだね」

 櫻子と秋斗は、2人を残してその場を去る。

 すると、春樹が先に柑菜に話しかけた。

「ごめん」

「いいよ、春樹も何か考えてたんでしょ、私こそ無視したりしてごめん」

「頑張れよ……恋」

 それが春樹の本心なのかどうなのかは、本人にしかわからないが、柑菜はそれを素直に受け止めた。

「ありがとう」

 柑菜は、仲直りしたついでに春樹に1つ確認したいことがあった。

「ねえ、春樹ってもしかして、美鈴さんのこと……」

「はあ!?」

 分かり易すぎるほど態度に出る涼に、柑菜は笑いを堪える。

「やっぱりそうなんだ~」

 そして同時に、櫻子のことが頭に浮かんだ。

 直接聞いたわけでは無い、でも、櫻子の春樹に対する態度は、他の男子と関わる時とは全く違う。

 しかし、櫻子は以前にこう言っていた。

『私はどうせ大学卒業したら親が決めた人と結婚するから、恋愛はしないの。もし、好きな人ができてもその人に告白したりはしないわ』

 その時は、ただ自由がないことが不便で窮屈そうで大変だとしか思わなかった。

 けれど、櫻子の春樹に対する態度を見ると、柑菜はその言葉を思い出し、やるせない気持ちになる。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛していないと離婚を告げられました。

杉本凪咲
恋愛
公爵令息の夫と結婚して三年。 森の中で、私は夫の不倫現場を目撃した。

くだらない結婚はもう終わりにしましょう

杉本凪咲
恋愛
夫の隣には私ではない女性。 妻である私を除け者にして、彼は違う女性を選んだ。 くだらない結婚に終わりを告げるべく、私は行動を起こす。

【R18】エリートビジネスマンの裏の顔

白波瀬 綾音
恋愛
御社のエース、危険人物すぎます​─​──​。 私、高瀬緋莉(27)は、思いを寄せていた業界最大手の同業他社勤務のエリート営業マン檜垣瑤太(30)に執着され、軟禁されてしまう。 同じチームの後輩、石橋蓮(25)が異変に気付くが…… この生活に果たして救いはあるのか。 ※完結済み、手直ししながら随時upしていきます ※サムネにAI生成画像を使用しています

愛されていないのですね、ではさようなら。

杉本凪咲
恋愛
夫から告げられた冷徹な言葉。 「お前へ愛は存在しない。さっさと消えろ」 私はその言葉を受け入れると夫の元を去り……

男爵夫人となった私に夫は贅沢を矯正してやると言い、いびられる日々が始まりました。

Mayoi
恋愛
結婚を機に領主を継いだブレントンは妻のマーガレットへの態度を一変させた。 伯爵家で染みついた贅沢を矯正させると言い、マーガレットの言い分に耳を貸さずに新入りメイドとして扱うと決めてしまった。 あまりの惨状にマーガレットはブレントンに気付かれないよう親に助けを求めた。 この状況から助けてと、一縷の望みを託して。

【完結】愛することはないと告げられ、最悪の新婚生活が始まりました

紫崎 藍華
恋愛
結婚式で誓われた愛は嘘だった。 初夜を迎える前に夫は別の女性の事が好きだと打ち明けた。

側室は…私に子ができない場合のみだったのでは?

ヘロディア
恋愛
王子の妻である主人公。夫を誰よりも深く愛していた。子供もできて円満な家庭だったが、ある日王子は側室を持ちたいと言い出し…

愛されていないはずの婚約者に「貴方に愛されることなど望んでいませんわ」と申し上げたら溺愛されました

海咲雪
恋愛
「セレア、もう一度言う。私はセレアを愛している」 「どうやら、私の愛は伝わっていなかったらしい。これからは思う存分セレアを愛でることにしよう」 「他の男を愛することは婚約者の私が一切認めない。君が愛を注いでいいのも愛を注がれていいのも私だけだ」 貴方が愛しているのはあの男爵令嬢でしょう・・・? 何故、私を愛するふりをするのですか? [登場人物] セレア・シャルロット・・・伯爵令嬢。ノア・ヴィアーズの婚約者。ノアのことを建前ではなく本当に愛している。  × ノア・ヴィアーズ・・・王族。セレア・シャルロットの婚約者。 リア・セルナード・・・男爵令嬢。ノア・ヴィアーズと恋仲であると噂が立っている。 アレン・シールベルト・・・伯爵家の一人息子。セレアとは幼い頃から仲が良い友達。実はセレアのことを・・・?

処理中です...