ケーキ屋の彼

みー

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3話

3

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「それより!  私にばかり好きな人のこと聞いてきたけど、春樹くんはいるの?もしいるなら私が恋の先輩として話聞いてあげるわよ~」

 美鈴は、少し酔ってきたのか声が先ほどよりも大きくなり、西洋人のように陽気な雰囲気になっていた。

 それとは逆に、春樹はそれを聞いた瞬間、『自分の気持ちは1ミリも伝わっていないのか』と肩を落とす。

 そして、目の前にあるお酒を一気に飲み、「教えません!」と、大きな声で言った。

 空になった瓶を高々に持ち、通りかかった店員に新しいお酒を注文する。

 お酒を飲むことで、自分の気持ちを心の奥底に追いやる。

「なんだそれ~~?  ずるい!」

「先輩が知らない人ですから」

 春樹は美鈴から視線を逸らす。

「ふうん、そうなんだ」

 口を尖らせて、春樹の目の前にある野菜コロッケを奪う美鈴。

 春樹が残しているのを知っていて、美鈴はわざとそれを取った。

「ああ!  先輩酷いですよ。これは本当、ダメですって」

 幼い頃から好きだった野菜コロッケを奪われた春樹は、本気で悔しがる。好きなものは最後に残す派で残していたものだったのに。

「春樹くんが意地悪だからよ。自分のことは何一つ話してくれないんだもん」
 
 もぐもぐと、悪ビラもせずに美鈴はその野菜コロッケを食べ進める。

 春樹は恨めしそうに美鈴を見た。

 ーーこうやって過ごすなかで、こんな風に仲良くしていられるなら、俺は気持ちを伝えることなんてしない。わざわざ、この関係を壊す必要性を、見出せない。もし、それがあるなら、それは自分が美鈴を嫌いになった時だ。

「柑菜さんに伝えて、今週の金曜日は、秋斗いるって」

 そう思う反面、やはり好きな人の口から好きな人の名前を聞くことは、心が痛む。

 自分が恋人になることを望まなくても、好きな人の恋愛には敏感になる。

 人には諦めろと言うくせに、自分は諦めようとしないなんてなんて我儘なんだ、と春樹は自分を嘲笑う。

「分かりました、伝えておきます」

「うん……よろしく」

 春樹も美鈴も、好きな人を思うと同時に、その自分の気持ちに自分で苦しめられる。

 春樹の見た美鈴の横顔は、どこか哀愁を帯びていて、それは1つのものに区切りをつけているように見えた。

 しかし、それはもしかしたら自分の願望ではないかとも、春樹は思うのだった。

 2人は、この賑やかな居酒屋の中で、これと完全に同化してしまえれば楽なのにと感じていた。

 心の奥底にある恋心なんてなくなって仕舞えばいいのにと。




 食もお酒も進み、最後の締めとして、2人はミニラーメンを注文する。

「ここのラーメン、海鮮系ですごく美味しいのよ」

「そうなんですか」

 先ほどの横顔とは打って変わって笑顔を咲かせる美鈴の姿を見て、春樹は少しホッとする。

 やっぱり、伏し目がちな目よりも、目力の強くまん丸な目の方が春樹は好きだった。

 それに、伏したその目は、どこか妖艶な雰囲気を漂わせ、心を乱す。
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