ケーキ屋の彼

みー

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 誕生日用のケーキが決まった後、2人はお互いに今日のお菓子用に、自分の好きなものを購入した。

 柑菜が買ったものは、緑色と黄色のマカロン。

 ピスタチオとシトロンの風味が広がる、小さな宝石のようなお菓子で、特にピスタチオはマカロンの中で1番人気のものだ。

 そして、もう1つは、ビターなチョコのタルト。

 これは、柑菜の弟に買ったもの、今まで一度も買ったことがなかったけれど、今日はなんとなくそんな気分になった柑菜だった。

 たまには弟に美味しいものを、なんて考えている。

 一方、櫻子が買ったものは、フランスの南にあるボルドーのお菓子であるカヌレ。

 家族にもと、5つセットのものを買った。

 2人は、夕日に染められオレンジ色になった住宅街を歩く。

 白い家の壁はその色に染まる。

 途中すれ違う高校生カップルや、部活帰りの野球少年の団体に、2人は青春を感じ取った。

 そしてなんだか、懐かしさを感じる。

 青春とは、柑奈の大好きな甘酸っぱいケーキのよう。

 「家に帰ったら、紅茶を淹れて食べたいわ」

 高校生のような若々しさはないが、その代わり落ち着いた雰囲気を漂わせる2人。

 その2人に、紅茶やケーキという言葉はぴったりであった。

「私も、弟にコーヒーセットで出そうかな」

「いいわね。きっと喜ぶはずよ」

 2人はお菓子の話で盛り上がる。

 甘いお菓子は、人をなぜこんなにも幸せにするのだろう。

 「そういえば柑菜ちゃん、あの方に惚れてるの?」

 櫻子は、柑菜の目を見てそう言った。

 確信はないけれど、半分くらいは自信を持っている櫻子の目。

「え?!」

 思いも寄らぬ櫻子の言葉に、柑菜はまるで幽霊でも見たかのような声をあげる。

 それは、柑菜にとって、全く予期せぬことだったから。まさか、あんな短時間で自分の気持ちを読み取られてしまうとは。

 目をまん丸くして、口を半開きにした柑菜の顔は、櫻子に笑いを誘う。

「柑菜ちゃん、驚きすぎ」

 ふふっと口元を隠して上品に笑う櫻子は、その家柄をよく表していた。

「だって……私、分かりやすかった?」

 顔を赤くした柑菜は、櫻子に不安げに聞いた。

 ーーもしかしたら、本人にもバレているんじゃないのかな。

 柑菜の心は、ばれた、というよりもそればかりで埋め尽くされる。

「恋する顔の柑菜ちゃん、可愛かったわ」

 その言葉に、恥ずかしさを覚える柑菜は、顔を両手で覆った。

 そんな柑菜を、子供を見るような暖かい眼差しで見る櫻子。

 いつもの柑菜と、ケーキ屋での柑菜。

 でもきっと、ケーキ屋での柑菜しかみたことのないあの人からすれば、柑菜のいつもは恋する柑菜。

 ほんのりと顔を赤く染めて、潤いのある瞳で彼を見つめている。

 柑菜の秘めた恋心は、こうして徐々に広まっていく。

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