神様ごっこ

木芙蓉

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3:青春と呼ばれる時

空白の記憶

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ージリジリジリ
 目覚まし代わりのアラームが大音量で部屋中に鳴り響いた。

「んんー。」

 力のない言葉にもならない声をあげて秀太が目を覚ました。ベッドの中で一度大きく全身で伸びをした後、携帯電話に手を伸ばしアラーム音を止めた。上半身を起こし携帯電話の画面で日付を確認すると、6月15日月曜日AM6:05と記されていた。この時期は陽が昇る時刻がとても早く目が覚ました頃には夜明けを通り越してすっかり明るくなっていた。
 学校へ行く準備をしようとベッドから立ち上がり歯を磨いたり顔を洗ったりするうちに、寝ぼけ眼から意識がしっかり起き上がってきた。それと同時に秀太は「その日」違和感を感じた。

「あれ?今日はいつもと同じ夢を見なかったな。ていうかいつも見ていた夢ってどんなだったっけ。」

 いつも見ている夢を今日は見なかった。だがそれがどんな内容の夢だったかわからない。違和感を自覚し頭の中で考えるうち、違和感そのものに違和感を感じる様になり、考え事が迷路に迷い込んだ様にまとまらなくなり秀太は困惑した。こうなると秀太は考えることをやめ、まるで最初からそんな事は自覚してなかった様にそれから目を背けた。どうせどんなに考えたとしてもわからないこと、最初から考えても意味のないこと、困惑した時点でそう言ったものから目を背けてそれに蓋をしてしまうことが秀太の癖になっていた。

「あ、急がないと遅れる!」

 洗面台を前に考え事をしていて秀太は動きを完全に止めてしまっていた。気が付けば時刻は7時を過ぎていた。自宅から最寄り駅まで普通に歩いて15分ほどだ。7時20分の電車に乗らないと学校の登校時間には間に合わなかった。秀太はハンガーにかけられたシャツや制服のジャケットに手に取り素早く着替え慌てて家を出た。扉を閉めて時刻を確認すると7:10、走れば間に合うはずだ。1分1秒を争う中では家の門までかなり距離があるなと感じ、秀太は無駄に広いと感じる自宅に嫌気がさした。そんなこと考えることさえ時間の無駄だとハッとし秀太は走って家の敷地の外へ出て駅へ向かって走った。

「おいっ!秀太!」

 駅までの道のりで信号を待っている秀太を後ろから呼ぶ声がした。秀太が後ろを振り返るとそこには秀太と同じ制服を着た男が立っていた。秀太は一瞬その男が誰かわからず混乱したがすぐに思い出して落ち着き、


「お、おう。」

と素っ気ない返事をした。男の名は斎藤和毅、クラスメイトで入学式の時仲良くなって行動を共にすることが多くなった4人組のうちの1人だ。和毅は素っ気無い秀太の返事に不満顔の様だった。それを察した秀太は和毅が言葉を発する前に言葉を付け足した。

「おはよう。和毅も遅刻しそうなのか?俺と同じ駅だったんだな。」

 秀太の言葉に和毅は顔をしかめて、秀太の眼を見てしばらく凝視した。

「お前、何を言ってるんだ?当たり前だろう!俺とお前は同じ中学から来たんだから駅が同じだったのは当然だろう!」

 和毅の言葉にハッとした、秀太は同時に全く記憶になかったはずの和毅とのそれまでの思い出が頭の中に溢れて出てきた。困惑している秀太を睨む様な観察する様な眼で見ながら和毅は秀太の言葉をまたずに再び言葉を投げ付けた。

「っていうかなんでお前制服なんだよ。お前は独り暮らし同然だから着替える必要ないから私服で行くよって行ってたじゃんか。」

 和毅の言葉の圧に押されながらも秀太は疑問を和毅に投げかけた。

「え?何のこと?和毅だって制服じゃないか。」

和毅は秀太の本当に何も知らないと言った顔に呆れながらも怒気を鎮めて一から説明した。昨日2人で学校をサボって遊びに行こうと約束していたこと、和毅は親の眼があるから制服で出た後、秀太と2人の自宅の最寄駅で集合した後着替えて駅のロッカーに制服を置いて行くこと、秀太は独り暮らしみたいなものだから私服で来ると話していたこと、だから制服で来た秀太を見て疑問を持ったこと、すべての説明を聞き終えたところで秀太は今まで全く頭の中に残っていなかったはずの記憶があふれ出てきて、違和感を感じながらもそうだったはずだと自分自身を納得させた。

「あ、そうだったね。ごめん寝惚けて田みたいだよ。」

 秀太の言葉に和毅はようやく強張った表情をゆるめしょうがないなと言いながら笑った。その後駅についた2人は話合った結果、やはり秀太が制服のままでいるのはまずいということになり、駅前の朝早くから開いている衣服も扱うスーパーで格安のデニムとTシャツを和毅に購入してもらい秀太はそれに着替えて2人は街の方へと出かけて行った。

 秀太には抜け落ちた記憶や、それを突然思い出したりすることが日常茶飯事だった。彼自身何が抜け落ちてるかも自覚出来ていなかったし、思い出した時点でそれを全て受け入れることにしていた。考えたところで答えは絶対見つからない。だから目を背けて最初から考える必要などないと思っていた。

神様・・・。秀太は無意識に祈っているのか願っているのか頭の中で気づけば呟いていることがあった。秀太はその言葉が頭のない思い浮かんだ瞬間ハッとし、神様なんていない神様なんていないと必死に頭の中で無意識に出た言葉を打ち消した。なぜそこまで否定するのか、自分自身でもわからなかったがそれを考えることはしなかった。答えの出るはずがないことを考えるだけ無駄だ。いつもと同じく秀太は目を背けた。
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