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第244話 潜水艇お披露目

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東大陸からロロシュ邸へ帰還後。

起き抜けのシュルツと感動の再会ハグ。

お供で付いてたプリタに問うのは。
「プリタ!桜は」
「六部咲きでっす!」
「「間に合ったー」」
今度は嫁と思い切りハグ。

本棟の水竜様像に俺たちと従者だけで無事の帰宅をご報告。

桜は後のお楽しみ。

朝食を遠征組皆で頂き。

「シュルツの試作時計は」
「良いのが出来ました。永久機関はまだ無理ですがそれでも十年以上は動かせる計算です。何時でも行けます!」

「おっけありがと。それは時差ボケが治ってからじっくりと見ます」
「はい!」

フィーネも張り切る。
「遠征組皆で冒険者ギルド行って所属を確定させよ。うっかりしてると依頼が殺到しちゃう」
「お!お嬢良いとこ気付いた。俺ら全員上級だ」
「それは一大事です」
「参りましょう」
「まだまだ休めませんね」

問答無用でギルド直行。

俄に騒がしいギルド前。押し合い圧し合い。
それを押し留めるのはモヘッド、ムルシュ、ギークとリリスの4人。

モヘッドがこちらを見付け。
「やっとですね!早く!もう抑えられません」
「静まれい!」
「落ち着くんだお前ら!」
「猾しちゃ駄目ですよー」

ギリギリやった。

文句を垂れる群衆を掻き分けギルドIN。

ギークとリリスが玄関を抑えている間にモヘッドとムルシュで受け付け対応。

俺のプラチナを見せた時。両者が固まる。
「プラ…」
「チナ…」
「感想は後でいいから早く」

「あ、あぁそうですね。スターレン様とフィーネ様は陛下の直下。ソプランさんとアローマさんはお二人の専属。
ロディカルフィナ様はスターレン隊の専属。
プレマーレ様はレイルダール様の専属で更新します!
皆様それで宜しいですね」
「はい!」否も無し。

それぞれ必要書類に署名。カウンターの2人が書類とカードを持って奥の更新器へダッシュ。

セーフ。

確定後にムルシュが玄関前に。
「更新は確定された!更新の隙を突こうなどと卑怯者や詐欺師のする事だ。元貴族なら貴族らしく。陛下に直談判でもして見せろ!恥を知れ」
ションボリ解散するギルド前の群衆。

「フィーネナイス。俺城の後にしようと思ってた」
「偶には役に立つでしょ」
「何時もです」

カウンターのモヘッドに。
「それより何でこんなに情報回るの早いの?最宮踏破したの3日前だぞ。以前なら1週以上掛かってたのに」
「あぁそれですね。世界各地の鳩の性能が爆発的に上昇しているんです。クワンティの所為で」

「クワンが?」
「家の子だよ?なんで?」
「鳥類限定の逸話です。突出した異常個体が世界各地を飛び回り、挨拶を交わして行くと。上位だと認識して崇拝を始めるんです。
要は憧憬への渇望で性能が引き上がる。
カースト三角の頂点にクワンティが立った証拠です。今なら上空を散歩しただけで子分が増えているでしょう」
「し…知らんかった…」
「私たち…雛から育ててないもんね…。勉強不足」
「あ…」

「ここへの号外は昨日の朝には届いています。当然ここまでの町はもっと早い。そこから拡散して町中へ。木版工房に持ち込まれれば一時間で判が出来。紙さえ有れば更に拡散。
後二日も有れば西以外の世界へ回り切るかと」
「「うっそーん」」
だから東の残党が慌てて来たのか…。

玄関に出ていた3人が戻ってムルシュが。
「昇級御目出度う、と普通に祝う積もりだったが。済まないがもう一度見せてくれないか。この目に焼き付けたい」
隣のギーク。
「何の事だ?」
「見れば解る」

「んな大袈裟だって。色違い色違い」
プラチナカードをもう一度カウンターへ置いた。

ギークは目を剥いて唖然。

リリスは普通に。
「豪華ですねぇ」
その反応で良いと思います。個人的には。

「リリスも目に焼き付けると良いよ。もう一生お目に掛かる事は無いから」
「それ程貴重なんですね。ではしっかりと」

「また仲間内で見せるって」
「そうそう。私たちまだ40年以上は生きる積もりよ?
カルとプレマーレはお疲れ様。私たち4人お城に報告上げて来るから後はご自由に」
「ではお先に」
「仮眠しようか。買い物しようか…」
2人は先行帰宅。

プレマーレがすっかり人間に戻りつつある。

まだ固まるギークの肩を叩いて。
「魂口から出てるぞ」
「あ!あぁ済まん。いったい何をしたんだ。一人だけ白金なんて」
「最果て町の近くの上空で大型飛竜2体単独撃破しただけなのに何で皆そんなに驚くんだ。
普通に特大バリスタで迎撃するのと変わらないじゃん」
「だけ…」モヘッド
「じゃ…」ムルシュ
「ない!」ギーク激オコ

「怒鳴るなよ。もう行くよ。報告して早く自宅帰りたい」
「その話はまた今度で」
「あ、あぁ。…俺の常識が可笑しいのかな…」
「そんな事は無い。まあ早く行ってくれ。また見たくなってしまう」

「「じゃーねー」」
「又のお越しをー」リリスはギルドの癒しだわ。

後ろのソプランがモヘッドたちに。
「あの二人に常識を求めるのは間違いだ」
「間違いです。では」




--------------

その余波は当然お城にも。

偶々帰って来ていたライザー含めた王族、他役職の面々も俺たちの報告とプラチナカードを見て呆然自失。

女性陣はまあ綺麗と触らせて~、だったが。

ヘルメンち。
「先ずは出張と長期遠征ご苦労。…私も後で触らせろ」
「どうぞ。囓る以外なら幾らでも」

フィーネが。
「東は国が無いので治政レベルは低め。ですが聖剣の教えを忠実に守り仲間意識も高い。他を受け入れられる柔軟性も有ります。
身内、大陸内外者の蛮行は許さず。自浄作用は一大国と比べても遙かに高いです。
私たちが何もしなくても時間を置けば東大陸内の敵教団組織は消えていたと思われます。
今回の最宮前での出来事も踏まえ。一旦東は視界から外せそうです」

「ふむ…。後は聖剣を抜いた後。東以外でどう動き始めるかだな。して何時頃を考える」
「聖剣を抜かないと南東の表玄関が開きませんので来月内迄にはと」

「うむ。ライザー、ギルマート。各地の防備に抜かりは無いな」
「はい。ウィンザートの仕上がりは万事順調。住民一人残らず記録は押さえました。外部からの流入が有れば直ぐに解ります」
「こちらも。北から西は万全。未だ王都調整中のロルーゼ側がやや不安要素は残りますが。国内町までは距離が有りフラジミゼールに異常が発生しない限りは安全です」

「少し邪魔だが仕方が無いな。
剣を抜く時節はお前たちに任せる。我らも一度ご挨拶せねば為らぬ。抜いて南東に直行だけはするな」
「流石にしませんよ。行くのは南東からの招待状が出揃ってからです。
聖剣を抜く前にミラン様をお連れしてギリングスへの訪問を考えているのですが。ご都合の程は」

「私は何時でも。ヘルメンが駄駄を捏ねなければ」
「駄駄とは何だ。…まあ十年以上も会っていないのだから行くなとは言わん。アーネセルの隊と近衛を護衛に付けるのとメイザーとメルシャンはどうする」
「私も同行します。転移を逃すと船で往復二月も時間が奪われます故」
「私もご挨拶に。行きか帰りにサンタギーナ王都へも」

「うむ。この後丁度谷間だから案内を寄越せと打診の書を送ろう。今月下旬か来月初週辺りの調整で問題無いか」
「問題有りません。では今月中旬までにモーランゼアの用件を片付けます」

「外遊期間中。ライザーは城へ戻るように」
「ハッ」

「所で今年の晩餐会は」
「今年は小さく参拝と品評会だけに済ます。案内を出すとロルーゼの馬鹿共が来るし。
アッテンハイム、マッハリア、帝国の要人まで挨拶を済ませているのに金を掛ける意味が全く無い」
「ご尤も」

「マリーシャの劇団は外遊後へ引き延ばそう。一組だけだし衣装屋と楽団が増え。準備と練習時間が欲しいと言って来ているのでな」
「丁度良かったです。僕らも見たいので」

フィーネが挙手をして。
「ライザー殿下の王都滞在予定は」
「十日予定だ。何か有るのか」

「いえいえ大した物では。…スタン、間に合うかな」
「見せるだけだし。余裕でしょ」
小声でヒソヒソ。

「…何か有るな。下旬の外遊始りまでにウィンザートの様子を見るだけだ。多少は調整する」
「では後日近々に」

「私も気になる。…ミラン。何時まで握っておるのだ。早く寄越さぬか」
「まあ短気。スターレンが王都に居れば何時でも見られますのに」
「ですよねぇ」

ヘルメンちがプレートを掲げてほぉ~と繰り返した。




--------------

やっと漸く焦がれ続けた自宅に到着。

レイルとロイドが居るがそれ以外変わった様子も無く安心した。

「づがれだぁ~」
「づがれだねぇ~」
リビングテーブルに2人揃って突っ伏した。

「人ん家だけどやっぱ広い家はいいなぁ」
「あぁ…済みません。物凄い安心感が…」
従者2人も撃沈。

ファーナが紅茶を運び。
「まあ珍しい。アローマ先輩のこの様な姿」
「きょ、今日だけはお許しを~」
「「許すb」」

淹れ立ての紅茶と侍女衆が焼いてくれたクッキーを食べて心もホッコリ。

「明日か明後日ロロシュさんたち連れてラフドッグでお披露目会するけどレイルはどうする?
泊まりはここかホテル?」
「ホテルかのぉ。プレマーレに色々と説教せねば為らぬし」

「こわっ。じゃあ適当に迎え送るよ」
「うむ」

「別件の花見に合わせてモメットも呼ぶから。ジョゼの様子見て来て」
「おぅ。明日アローマと行くわ」
「はい」

フィーネが立ち上がり。
「ではでは念願の足を伸ばせる大浴場に入りますかー」
「男は本棟風呂借りるかね」
「だな。昼食食ったら爆睡しそうだしよ」
「申し訳有りません…」
アローマちょい泣き。
「いいっていいって。ロイドも待ってるし」
「時に正直に成るのも大切ですよ。兎角アローマはストレスを抱えがち」
「…言葉も無いです」


男女に分かれて男風呂。

湯船に肩まで浸かり。
「やべぇ~」
「ここで寝そう~」
いかんいかん。
「新作料理のリクエストは。辛い系?甘酸っぱい系?何か有る?」
「そうだなぁ…。疲れてる時は、甘酸っぱくでもいいな」
「おーけー。甘酸っぱいかぁ」
何にしようかのぉ。

「しっかしモメット…。何が起きるんだ」
「さあ。さっぱり予測不能」
こればっかりは全く。




--------------

時差ボケ解消に無理矢理起き続ける午後。

レイルは自分でホテルを取りに行った。
何か有ったのか?

向かいのロイドに。
「申し訳無いけど明日明後日に図書館行ってくれる?
俺たち行くと騒ぎに成るし」
「行ってみたいけどねぇ…」
「解りました。と言うより私が取った仕事ですから」

「売り切れてないといいけどなぁ」
「タイラントの人も船好きそうだしねぇ」
「売り切れでしたらラフドッグの造船工房で基礎的な解説書か何か複数有れば頂くと言うのは?」

「俺たちがお願いしたら…」
「出しちゃいけない物まで出しちゃう」
「あぁ…。ですね。一般販売品に期待しましょう。散歩がてら遠目から見に行きませんか?」

「そだね」
「じっとしてると眠くなるし」
「では」

裏庭作業中のファーナとプリタに声を掛けてから出発。

クワンは元気にお散歩。グーニャはリビングで昼寝。
従者2人は宿舎。なので3人だけ。

「「あちゃ~」」
「よ、弱りましたね…」

敷地予定地だった場所には大変立派な建物。
そこから続く行列は通りの角まで連なっていた。
順番待ちで…。

玄関エントランスでは兵士と係数名が人員整理で忙しなく動いていた。

接近すると道を空けられてしまうので来た道を引き返し。
「どうする」
「何か別の方法…」
「と、取り敢えず普通に並んでみます。お披露目会の船を置いたら引き返して」

「ま、一度は中見ないとな」
「最悪メルに頼んで。閉館後に入れるようにして貰うとかも出来るし」
「在庫を見るだけならそれでも良いですね」

「一般客の迷惑考えたらそれも有りやね」
「取り敢えず」
「一度は普通に…」

「それか潜水艇の中に置いてないかな。一般用基礎本」
「流石にそれは…」
「少し期待し…うーん」

淡い期待を胸に直ぐに帰宅。

眠気覚ましとリフレッシュの為。珈琲や紅茶を飲みながら料理を3人で考案。

「迷宮で大金星を上げてくれたソプランとアローマの為に。何か甘酸っぱい新作料理を考えたいと思います。
ラメル君に頼むと絶望しそうなので止めましょう」
「止めましょう」
「何が良いでしょうねぇ。こちらにはまだ無い。日本風か中華風…。記憶が薄すぎて余り覚えていませんが」

「まーロイドはチラ見しただけだもんな」
「何か有ったっけな。まだ作ってない物で」
「エビチリ…とかは如何ですか?前に作った時はケチャップソースでしたが今は豆板醤が有りますし」

「本格エビチリ!いいね」
「いいねぇ一発で出ちゃったよ。俺向こうの子供時代にエビチリとミートボールが大好きでさぁ。その記憶はしっかり残ってる」
「ミートボール!やばい…唾液が止まらない。お茶かコーラ飲もう」
「あ、俺もコーラお願いしていい?」
「勿論。カルは」
「自分で遣りますよ。スターレンはレシピを思い起こして」
「あいよー」

エビチリは難しくない。絡めるソースが決め手の天麩羅。
衣厚めのフリッターとも言う。

問題はミートボールの肉団子。つみれ風に軟骨入れたり。
ハンバーグ風に挽肉と玉葱だけとか。

中華寄りにするならつみれ風でもよさげ。いやでもつみれ軟骨なら黒酢餡掛けの方が…。

「あ、ソラリマ。レイルに今日じゃないよ、て伝えて」
『…もう少しで走り出す所だったらしい』
通行人撥ね飛ばしそう。
「ちゃんと呼びますがね。ラフドッグのお披露目会の後で海老を買うから。後河豚白子有ったらいいな」
『うむ、だそうだ』

3人好きな物を飲みながら。

「うー疲れてる時の炭酸効くわぁ」
「砂糖無しでも美味しいコーラなんて初めてよ」
「レシピの方は」
「大丈夫。どっちも絡めるソースが決め手だし。そこまで難しくないから…」

柱時計を見て。
「そろそろお爺ちゃんに」
「伝えに」
「行きますか」




--------------

シュルツを誘いロロシュ氏を訪ねた。

「朝は帰還挨拶でしたが。ちょっとご相談が」
「有りまして」
「…珍しいな。三人とシュルツとで。時計の話か」
「いえ全然別件で。お時間有ります?」

「幾らでも。冷蔵庫の収支会計を眺めていただけだ」
「御爺様。お心をしっかり持って」
「…それ程の話なのか」

「うっかりすると心臓止まっちゃうかも」
「ほぉ、面白い」

書斎から商談室へ移動してアルカンレディアの古書と復元片眼鏡で読んで貰った。

「せ……」目を見開き硬直。
「御爺様!」
慌ててシュルツが背中をスリスリ。
「あ…はぁ…。はぁ、だ、大丈夫だ…。一瞬渡ってはいけない川が見えたが」
「まだ渡らないで下さい」

「この船を手に入れて来たと」
「はい。最果て町から近かったので序でに」
「明日か明後日にラフドッグの工房内に降ろしたいんですけど」
「船は私のバッグの中に」
ロイドがバッグをトントンと。

「是非も無し!明日にでも降ろそう。大きさは!」
めっちゃ興奮してる。
「スタフィー号と同程度です」
「ならば問題無い。専用箱だから後半部がガラ空きだ。
シュルツ。悪いが護衛と侍女を連れてゴーギャンに予告して来てくれ。スターレン君がとんでもない物を降ろすと」
「はい!」
「序でにお茶でもして来なさい」
「有り難う御座います!」
ウキウキダッシュで駆け出す少女。

「それとバインカレさんを呼びたいんですが」
「その本の元々の持ち主で」
「船を待ち焦がれているそうで」
「是非呼ぼう。あぁ明日が待ち遠しい…。
もう寝てしまおうか」
「まだ15時過ぎですよ」

何とかロロシュ氏の心臓を止めずに済んだ。




--------------

朝からお爺ちゃんも孫もソワソワ。
俺たちもワクワク。

レイルも何処となく上機嫌。
後ろにはメリリー、ラメル、プレマーレが並ぶ。
4人揃ってるとこも初めて見るな。

「それでは参ります。いざラフドッグの」
「お披露目会へ」

大人数の転移場所は決まっている。
町の北西。街道西側の開けた場所。
個人で使っている獣道から少し北。

町の入口を入った所で皆と別れてバートハイト家のお屋敷へ足を向けた。
「気にせず先に降ろしていいからー」
「また後でー」
俺たち夫婦とクワンだけでお婆ちゃんをお出迎え。

屋敷に行く前に時期は悪いが蜂蜜と苺も購入。
それでも大粒で美味しそう。

バートハイト家の門番に。
「婆ちゃん元気?」
「ようこそ。それはそれは元気過ぎて困ります。女性兵がすっかり侍女風に調教されてしまって」
「あらら」

「ちょっと屋敷外に連れ出したいんだけどいいかな」
「町内で」

「お二人なら全く問題無いでしょう。お付きの女性兵も連れて行けば。私たちは少し休憩を入れます」
「寧ろ助かります。一日一回は扱き使われるので」

「大変だねぇ」
「ご苦労様です」

「勿体なき」
「お言葉です」
兵式礼で返された。

「さー。婆ちゃん」
「心臓止まるかなぁ」


正面玄関を開け。
「婆ちゃーん!」
「遊びに来ましたー」
「クワァ」

2階から婆ちゃんと女性兵が登場。1階奥からも残り2人の兵員も。

「なんだい騒がしい。わたしゃお友達かい」
「えー。そんな事言っていいのかなぁ~」
「東大陸から帰った私たちが来た、と言う事は?」
「クワ」

階段途中で制止。猛然と駆け降り最下段で躓いた。
白ロープでキャッチング。

「ふ、船が…。船が手に」
「入りましたよ。年代物でまだ動かせませんが」
「心とお出掛けの準備を。ロロシュ財団船工房まで」

「あんたたち。厨房の火を止めて五分で着替えな!!」
「「「はい!」」」
婆ちゃんは女海賊にでも成ったのだろうか。

時間も勿体ないし。婆ちゃんが過呼吸気味なので。
正門の門番に挨拶をしてから工房前まで転移した。

「へぇ~一瞬で景色が…」
「「「便利ですぅ」」」
海や財団の建物をクルクル見回し。
「婆ちゃんも初めてなの?」
「だねぇ。運ばれるのも、転移具なんて使えないし。一度手に入って何度も試したけどね。
そんな事よりも早く!」
自分で感想言い出したのに…。

専用ドッグ前に並ぶ管理者に手を振る…、前から人員用扉を開けてくれた。

入場して最初に目に飛び込むのは我らの愛船スタフィー号とその後ろに…何も無い。

人集りを目指して歩み。
「まだ出してないの?」
「出せない?」

ロロシュ氏が。
「最初に本を見付けたバインカレ女史を差し置いて出せは出来ぬだろ。歳は重ねているのにこうして会うのは初めてだな女史よ」
爺ちゃんは紳士だ。
「気が利くじゃないかい。お初に、ロロシュ卿。不思議な縁だねぇ」
「如何にも」

「ではロイドさん!お願いします」
「皆様お気を確かに!」

はいと一言。ロイドがバッグを中州流路に向けドーン。

誰もが息を呑むオーシャンブルーの楕円船体。

響めく場内。皆口々に感嘆を漏らす。
後方のレイルもほぉ~と呟いていた。

「こ、これが…。これが…」
婆ちゃんが手を震わせ腕を伸ばした。

その手を取り船までエスコート。
「まだロイドしか触れてません。二手目をどうぞ。バインカレさん」
「わ、わたしを口説いてるのかい!」
それは無いです。
「えー。要らないなら別の誰かに譲りますよ?」
「口の減らない坊主だね!…こ、言葉に甘えて…」

恐る恐る手を伸ばし、そっと側面に触れ。撫でる。
上方を見上げた時には頬に涙がサラリと流れた。

フィーネがハンカチを差し出し。
「お返しは船に乗る時に」
「あ…あぁ。有り難うね…」

後ろに向かって。
「まだ中に何が入ってるか解らないんで。俺とフィーネとロイドで確認します。バインカレさんは心臓止まりそうなんで船を動かせるように成ってから。
皆さんは暫く外観を鑑賞してて下さい」

愛おしそうに船を撫でては眺める婆ちゃんから離れ。
3人で船上デッキへ飛び乗った。

中央部に突き出した入口円柱。
中を覗くと油圧式の回旋把手と重厚な蓋。背中合わせで2人は余裕で降りられそうな幅。

把手に手を掛け…。
「初手俺でいい?」
「どうぞどうぞ」
「スターレンに託された船ですから」
ちょいと照れるぜ。
「では」

把手を両手で握り反時計回りにゆっくりと回す。

初動はギシリと摩擦音が鳴ったがそれを過ぎるとスムーズに回せた。

2周半でストッパー。

梯子を降り切ると背面向かいが操舵室と船首。梯子左手が通路に成っていて1層目の船室6室。1室2名の定格ツインサイズ。

1層目の船尾奥に下り梯子。そこを降りると船室8室。

船首側に据え付けテーブルチェアの食堂と簡易キッチン。
船尾側にトイレ、シャワー室が1基ずつ。
長旅をする物ではないので男女共用のシンプルさ。
食堂奥に下り梯子で最後の3層目。
照明は動体感知式の白色灯で明るい。故障は無さそう。

船底3層目には休憩待機エリア。その奥船尾側半分が船の制御エリア。

ランプ式の状態表示板。深度計。排水弁。監視ソナー。
給水、取水、浄化、排出装置。
空気清浄器。空気循環器。酸素供給装置。
圧力計と圧力調整器。等々何れもそのまま使えそう。

船内は綺麗に洗浄され備品は一切無し。塵1つ無い。

3層目から逆順に1層までの船室も全て確認したが何も置かれていなかった。

残る最後は船首操舵室。

「取説無かったらヤバいぜぇ」
「工夫さんたち頼みに成っちゃう」
「きっと操舵室ですよ」

半面天井までアクリル板で視界性は良好。
左手下に居る人たちに手を振り振り。

操舵室にはシート座席が2つのみ。
全く同じ操縦桿と操作盤が2セット?
「何故2セット?」

左右の壁背に開き戸の棚。
「あ!スタン。右の棚に本が一杯」
「左には何も…無いですね」

右に陳列された厚本を確認。

操縦法解説。制御室設備解説。その他設備解説書。
総合船体解体図。部品詳細図。構造と構想書。
改造余地書。総合取扱説明書。故障劣化の修繕方法。

「素晴らしい!」
「全部網羅されてる」
「基本的な概要書は…無いですね」

「そこまでは面倒見切れないよぉ、て言ってそう」
「探せば有るもんねぇ。幾らでも」
「ですね。列に並びます!無ければモーランゼアでも探します。あの国の港は西方三国の起点港ですのできっと」
ロイドの決意が固まった。

操縦法解説の中に潜行と浮上方法の項目もしっかりと。

パラパラと起動方法を読んでみると…。
「あぁ成程。これ俺とロイド用だ。左右のシートで全く同じ動きしないと起動しないし動かせない」
「おぉ」
「私が外に出るって読まれてるぅ。ベルエイガさんの予知力がちと怖い」

「双子並のシンクロ率が必要です」
「相当練習しないと人乗せられないや」
「この2重操作がセキュリティーの代わりなのね。後スタンの暴走防止」
「おぉふっ」胸が痛いっすベルさん…。

ふんふん頷き合い。
「さて。外でお待ち兼ねの」
「お客様を」
「ご案内」


外に梯子を掛けお客様を班分け。一番最後がゴーギャン氏の工房関係者。

「中の荷物はこの説明書のみで備品は一切有りません。
中は3層構造で3層の後半部が船の制御機関室なので絶対に触れないで下さい。
船工房の方以外は目で見るだけに」
「上部入口から昇降は全て中梯子です。多少滑りますので気を付けてゆっくりと降りてくださーい」

1組目のロロシュ氏が外梯子を登る。

ゴーギャン氏に本を全渡し。
「全て預けます。と言うより俺たち時間が無いもので」
「ホントは自分たちで直したいんですが」
「いやいやいや!これ程の宝船をお預かりする以上。
財団工房総力と命を掛けて修繕して見せます!改造するならもう一隻試作し。宝船を傷付けるような真似は死んでも致しません。どうぞ我らにお任せを!」
船工房一同90度お辞儀。
「頭を上げて下さい。お願いしているのはこちらです。ラフドッグの船工夫の技術と知見と心意気を信じているからこその依頼。宜しくご面倒を」
「はい!!」

「外装内装で手に入らない部材は無さそう。足りなくてもシュルツが豊富に持ってますので相談を。一部樹脂版が他の試作と競合するかも知れません」
「水上船の試作は一旦停止で。まだ構造段階だったので影響は有りません。総師から宝船に全てを注げとの言葉も受けました。
焦らず的確に。且つ早急に対応させて頂きます」

「お願いします。近日中に王族と役職者をそこの奥の資材置き場に連れて来るので空けて置いて下さいね」
「見せたら直ぐ連れ帰るのでお持て成しは不要です」
「承知致しました」

ゴーギャン氏たちから離れ。
朱ら様に苛つくレイルの元へ。

「そんな苛苛しない。周りが怯えるだろ」
「この次の組だから我慢して。美味しそうな苺買ったから」
ピタリと止まった。
「待とう。その苺は何処で売っておるのじゃ」
「今行っても多分売り切れ。多目に買ったから全部あげるよ。店の場所はこの後案内する。沖で釣りする前に」
「のぉ…。それで真っ先に向かったのかえ」
「そゆこと」

レイルは同組のソプランたちに任せ。ずっと船体を撫で撫でしている婆ちゃんの方へ。

「そろそろ行きますよ」
「う…。そうだねぇ。手垢塗れにする訳にも行かないし。
早く乗りたいもんだよ」
「かなり操縦方法難しいから早くて夏頃かな」
「そうかい。楽しみだ」

「夏風邪でポックリ逝くなよ」
「木に齧り付いてもくたばるもんかい!」
全然大丈夫そう。

後ろのお付き3人に。
「海軍本部にバラしたら怒るぞ」
「まずは陛下が先。その後に連絡」
「「「死んでも漏らしません!」」」

「陛下と海軍本部の了解を得て。偶に見に来られるようにするから今日はこの辺で」
「頼んだよ」
船から離れても何度も振り返る婆ちゃんを待ち。工房ドッグ外までエスコート。

外で転移をしようとする直前。
中からゴーギャン氏が飛び出して来た。
「スターレン様!」
「どしたレイルが暴れ出した?」
「いえ全然。ではなくあの宝船のお名前は」

「「あぁ」」
2人で顔を見合わせ。
「命名権は。バインカレ婆ちゃんで」
「あたしで…良いのかい?」
「そりゃそうでしょ」
「ですよ。遠慮無くどうぞ」

「そうだねぇ…。偶には捻らず素直に。アルカナ号、でどうだい坊主」
「良い!」
「シンプル!」

「では深海潜水艇アルカナ号に決定で」
「承知しました」




--------------

昼前にスタフィー号で沖釣りに出たスターレンたちと別れフィーネの転移で王都帰り。

向かうは図書館。順番待ちの最後尾。

1つ前の親子連れへ質問。
「もし。お尋ねしたいのですが」
「え?はい…。え!?」
母親に酷く驚かれた。手を繋ぐ男の子はキョトン顔。
「ど、どうされました?」
「ロディ…様では?」
あ、私でももう無理…なのかしら。
「良く似ていると言われます」
「そ…そうで…。そんな事は有りません!」
駄目でした。

奥様の大きな声で前列者数人が振り返る。

帰った方が…いえここで逃げる訳には。最果て町に手ぶらで行く訳には行かぬ!

「あれ…ロディ様じゃ」
「あ!絶対そうだ」

「皆様お静かに。本を読む場の近くなのですから」
目の前の奥様が首を捻る。
「本を読む?」
「こちらの列は図書館の順番待ちではないのかと。お聞きしたくて先程」
「ああ!成程。
この列は隣の遊具施設の受付順番待ちで。玄関は同じなのですが一階奥が書籍販売。二階三階が国営蔵書の閲覧層に成っているんです。
ここで泣き叫んでも声は全く届きませんよぉ」
全然違う列でした。
「あらまぁ。私とした事が勘違いを。良く見ればお子様連れの方ばかり」
恥ずかしい。てっきり子供に文字を教えているのだとばかり思っていた。

「そうでしたかぁ。でもロディ様とお話出来たなんて私は幸せです!自慢出来ます!」
「いえいえそんな。では私はこの辺で」
握手を求められたのでお返しすると…。前列者が全員手を横へ差し出し。

結局玄関を通り過ぎるまで全員と。係の方と兵士さんまで握手をしながら館内へ。

いったい私は何を…。

波を過ぎれば館内は静か。外の声が遠くで聞こえる。
隣の敷地で遊ぶ子供たちの声も非常に小さい。

防音対策がしっかり施されている。

1階奥の販売エリアに入ると更に静か。
そしてその一角にシルビィさんの姿を見付けた。

「お久しぶりですね。シルビィさん」
暇だったのかボーッと天井を見上げていた彼女は私の顔を見るなり立ち上がり一礼で額をカウンターに打つけた。
「ど、どうされたのですか」
打つけた額を摩りながら。
「あぁ…夢じゃない。夢でないのを確認しました」
「そ、そうなのですね」
一風変わった確認方法。

「お久し振りです!東大陸最宮踏破の号外を見てからと言う物早くお会いしたいなぁ…とさっき考えていたんです」
「成程」
有名って怖いです。

スターレンが裏で全く動けなくなると言ったのはこの事。

「本日のご用命は。各ブース誰に聞いても何処で何を売っているのか把握してます。被っていてもご案内をば」
商売すら垣根を越えて。何と素晴らしい。
「造船関係の基本的な概要書とか組立解説などの本を探しているのですが」
「あぁそうですね。スターレン様は船もお好きで。
…えっと。左手真っ直ぐ奥の突き当たりのブースで。造船関連はそちらだけです」
「有り難う」

別件は小声で。
「演劇。楽しみにしてますね。スターレンもフィーネも絶対見に行くと」
「そ…それを言わないで下さい。プレッシャーが凄いんですから。私がお城に上がる事になるなんて…」
「大丈夫ですよ。陛下も皆様も寛大です。初回なのですから多めに見てくれますって。不満を漏らしたらあの二人が抗議しますよ」
「あぁ、そ、それはかなり安心です…」
「ではまた後日」
元気を失わせてしまった様子。

主人と同じく私も一言余計ですね。


案内されたブースで造船関連書は無事購入出来ました。

全て複数本だったので全種購入。
基礎学。造船入門書。小型漁船から大型商船まで。
水抵抗や荒波の受け流し方。空力減衰と補助力。
船の強度上昇法。魔導船、魔石の運用方法の初歩。
等々。

軍船関連は上の閲覧のみ。でも良かった…。

モーランゼアの港に用事も無いのに近付きたくない。
だって私たちはもう有名人ですから。
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