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第225話 カルティエンとの交渉

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木箱と楽器に仕込まれた暗器はレイルとソプランが残らず回収。

私が責任者と楽団メンバー全員を別室に引き寄せ。最初に出した譜面を見ながら楽曲の打ち合わせをしている間の早業。

ですが…その譜面は1組しか…。
「弦楽器の主旋律しか…無い?」
「…のようですね」
と指揮者のミンドレが呟いた。

戸惑う踊り子たちと他。それは私とアローマも。
「この楽曲に見覚えは」
「これはロルーゼを代表する舞曲。ですので半日有れば他の楽譜を起こせます」
先ずは一安心。
「そうですか。楽隊の経験を信じましょう」
カルティエンを今直ぐ八つ裂きにしたい!と考えてしまうのは早計でしょうか。

「紙と筆は今から用意します。ミルフィンさん。近場の雑貨屋と文具屋を回って頂けますか」
「畏まりました。ジョゼ様、トワンクス様、レンデル様。ご一緒願います」
「「「はい」」」

4人が退出後。
「時間を無駄にしてはいけません。1組しか無いのも腹立たしいですが。踊り子の皆さんも回し読んで身体に馴染ませて下さい。暫定の舞いも相談を」
「はい!」

出前を頼みに行く序でに会議場の様子見。
「どうでしたか?あちらは運悪く時が稼げました」
「バッチリだ。嵌め合いの金属器も綺麗に外せた。楽器本体は藁詰めで状態は悪くない」
「予備品のタクトと弦には従属系の呪い。金属器には軽度の痺れ毒。吹けば四方に飛び散る仕組みじゃ。場所を選ばず踊り子諸共。弦は直前で張り替える積もりだったようじゃな。忌々しい!」

「依頼主を八つ裂きにしたいのは私も同じ。ですが交渉は私に任せて頂きます」
「顔を見ただけで殺したくなるからのぉ。会うまでも無い雑魚じゃ。妾はアローマと外に出る」
「そうして貰えると助かります。でも良かった。楽器が無事なら練習は問題無さそうで」

「出前なら俺が行くぜ。昼まで時間有るし。豚肉サンドばっかじゃ飽きるしな」
「妾も行くかの。ソフテルの主じゃし」
「お、珍し。姐さんのエスコートは緊張するぜ。幾つか候補はあるが拙くても暴れるなよ」
「暴れはせん。拙かったら影に放って眷属に食わせる」
「便利だなぁ」

「程々でお願いします。私は楽団のお守りを。ミルフィンたちは買い物に行かせました」




--------------

広場のベンチにフード姿のレイルと並んで座り。濃い塩胡椒の牛肉チーズサンドを試食中。

「醤油が恋しいぜ」
俺もすっかりグルメ舌だ。
「同感じゃな。オリーブのドレッシングも悪くはないが。
して。何をこそこそ調べておるのじゃ」
やっぱり聞かれたその質問。

「まー姐さんならいいか…。ちょい耳元拝借」
「苦しゅうない」

口元に手を当て小声で囁く。ベンチでイチャ付くカップルみてーだ。

「都内に残る地下の生存者。特に元研究員たちと救えた被検体の男を嗅ぎ回ってる連中が居る。
多分馬鹿元王子の差し金だ。
あいつらや聖女の耳に入ったらブチ切れて瞬殺するだろ」
お耳から離れ。
「だからあいつらには話せない。ここじゃ知名度の低い俺って訳だ」
「成程のぉ。得心した」
「ロディさんにも内緒で頼むぜ」
「うむ」

「今日の昼はこれで良いですかね。姐さん」
「良いぞ。明日は隣の店のフライドポテトも付けるかの。踊り子は運動するのじゃし。多少肥えてもええ」
「間違いないな」
俺はちょっと控えよう。

事が動くとしたら明後日のカルティエン着か。その翌日以降の王子王女の到着時。




--------------

2時間程で戻ったアローマたちの報告を聞き。愕然と。
まま予想通りの展開にもう言葉も無い。

「紙類。筆。インク全て品切れ。東部地区の店も伺いしまたが次の入荷は一月以上先だと」
カルティエンの前にランディスを八つ裂きに…。
まだ早いですね。

「…お祭りですからね。予想はしていました」
北部に集まる下流貴族が買い占めていると断定。
「タイラント製の白紙と文具を配布します。紙の質は世界屈指の上質紙。終了後に全回収しますので紛失は許しません。
もし上役が欲しがっても譲渡や転売は禁止。脅されてもそれ以上の額を私が出すと撥ね除け。奪われたら抵抗せず事後で私に報告を。良いですね!」
「はい!」
時間を金で買い叩いているような気分。

「昼食後に楽隊の皆さんで譜線入れ。踊り子は練習着に着替えて身体を解して下さい。以上!」
「はい!」
返事だけは元気で良いのに…。




--------------

今日も朝からポンガを積み積み。
身体を大きく。丸い爪を伸ばしつつ。抜いたり挿したり。

慎重に慎重に。
崩して積んで。形を変えて。

崩れる時も全キャッチで音一つ出さないように。
ふぅー。

昼過ぎ。カーテンの隙間から差し込む日の光が反転を始めた頃。

積み上げた形は螺旋状。
…ありゃ?これは何処も抜けないニャ~。

知ってた。

最上段から下ろそうと両前足を伸ばし掛けた時。
廊下を通る気配有り。

ここは角部屋。今日は部屋の清掃も頼んでない。
廊下向かい部屋の客の足遣いとも違う。

宿の従業者の気配でもない。

押し殺した息遣い。音が出ない衣服。消音靴。
盗賊が来たーーー。

今部屋の中には女性陣の私服の着替え位。取られる物はそれだけ。それだけでもラザーリアでは上等品。売ればお金にはなるニャン。

只の物取りか。向かいの部屋に入るのか。
身体を小さく。
ベッドの下に隠れ注意深く廊下側を伺う。

残念ながらこの部屋の鍵がカチリと回された。
こちらも透明化して小テーブルの影に移動。

敵か味方か?味方ってことは無いニャ?

男は部屋に入ると室内を見渡し…。両手を広げて深呼吸を繰り返した???

そして…満足そうに頷き。何もせずに…出た!

丁寧に鍵を閉め男は立ち去った。

変態ニャ!あれが世に言うド変態ニャーー!!

味方ではないが敵であるとも言い切れない。
どうすればいいニャ…。

迷っている間に男は表玄関から宿を出て行った。と言う事は別階の宿泊客?

報告して様子を見よう。


夜遅くに帰った主人たちは。
「見た事も無い男が」レイル様が顔を顰め。
「何も取らずに」ロイド様が首を捻り。
「深呼吸して」アロちが口に手を当て。
「宿を出てった?」ソプっちは窓を見た。

「ハイニャ。昨日からずっとここに居ますがあの足遣いも初めてニャン。昼過ぎから宿には戻ってないので隣の大きな宿かニャ~。
でも鑑定具で覗いてたなら我輩に気付いてる筈ニャ。窓のカーテンの隙間からは視線を感じニャかったし」

「男の特徴は」
ソプっちに問われ特徴を説明。
「痩せ型でソプランよりは背が低かったニャ。頭の天辺が綺麗に禿げてて。両サイドに薄ら残る程度。堂々と顔を晒して宿を出入出来る人間は多くないと思うニャン」

「軽い身の熟しに消音装備。上等なピッキングツール。
まんま盗賊だな」
「ソプランが探っておる界隈には居らんのかえ」
「頭薄い奴は何人か居るが天辺禿げは居ねえな」

「武装は無くて収納袋ではなさそうな普通の道具袋しか持ってませんでしたニャ」
「気色悪いのぉ。窓の外枠に蝙蝠貼ろうかの」

「愉快犯で高級装備を揃えられる金持ち。宿泊者名簿を見られる人物。白昼堂々行き来出来る…。この宿と隣は同じオーナーなのでその方かも知れませんね」
「有り得るな。女性客しか居ないのを見て迷わず最上階のこの部屋に来たとしたら。オーナーかそれに近い男」

アロちが身震い。
「とても気分が悪いですが。玄関扉から見える位置に未使用の下着でも置いて様子を見ましょうか。
卑猥な目的ならそれで明確になると思われます。無闇な殺生で事を大きくするより、脅して何かに利用出来るかも知れません」
「勿体ないですね」
ロイド様は半分反対。

「禿げ男は扉から見える我輩の積んだポンガも見ていましたニャ。その付近に置いて近付いたら我輩が崩して時間稼ぎをしますニャン」
「禿げが宿に入ったのをレイル様の蝙蝠経由でお知らせ下されば余裕で戻れます」
「外で捕えて吐かせるよりも手堅いかの」
「俺も付き添う。フロントが鍵出すのを渋ったらそいつもグルだ」

「貴族の着が明後日なので出来れば明日中に片付けたいですね」




--------------

宿の部屋に侵入した禿げた賊は今日もノコノコと同じ時間帯に現われた。

練習の昼休を長めに取り。私は夫と荷物を取りに行くと会議場を抜け出した。

幾ら手先が器用な盗賊でも。あのグーニャが積んだ複雑形状は短時間では再現出来ません。
魔法でも使わない限り。

フロントでは特に止められず通過。
宿の従業者は知らない?

私たちも足音と気配を極力抜き、部屋の鍵を回した。

小テーブル下に散乱したポンガを前に。呆然と膝を着く禿げと目が合った。

その手には私のパンツがしっかりと握られ。

「誰ですか!」
「誰だお前」

「わ、私は…」
現実に戻り、半腰で窓側に逃げようとした男の足がグーニャの透明蔦に掬われ床に転がった。
「あぁ」
何と情け無い声。

ソプランが取り押さえ。私が廊下扉を閉めた。

「嫁のパンツ大事そうに握り絞めやがって。この宿は造りが良いからかなり大声出しても外には漏れねえ。
ここで拷問されたいか。窃盗の現行犯で憲兵隊に突き出されたいか。どっか都外で八つ裂きにされたいか。なんでこんな事したのか正直に全部話すか。
何れがいい?」
「正当な理由が見付かりませんがお聞きしましょう。正直にお話するなら見逃す道も?お有りかと」

観念した男はポツポツと語り始めた。

「この宿と隣宿のオーナーのドドッツと申します」
「おいおい。オーナー様が自分の宿の宿泊客の部屋に無断で入って下着泥棒?憲兵に出せば懲役刑に宿は没収されんなぁ」
「そ、それは困ります!」
「困っているのは私たちです!」

「家族が路頭に迷い。理由を聞けば妻と娘に見放されてしまいます…」
「じゃあなんでこんな真似したんだ!」
「この恥知らず」

「明日都着予定のロルーゼの大使に。この道具を売り渡す前に…どうしても試したくて。つい出来心で」
明日来るのはカルティエンの大使団。
「何だそれ」

ドドッツが道具袋から取り出したのは一本の細い金属棒。

「これはかなり高度な施錠でも開けられる魔導鍵です」
「合鍵で入ったのではないのですか?」
「幾らオーナーでもお客様の部屋鍵は出せません。一階下の知人貴族に会いに行く体で。こちらの部屋は昼間出掛けられて無人になるのを外から拝見し。試したい衝動が抑えられず…」

「ふん…。そのロルーゼの大使はその鍵の存在を知ってんのか?」
「いえ。詳しい内容までは伝えていません。闇市のお下がりで幾つか面白い物を手に入れたとだけ。明日お城へ入られる前に是非商談をとお誘いしました」
カルティエンと直接取引が出来る。詰りそれだけの財を持ち深い縁を持っている。

「他にどんな物を用意したんだ」
「今身に着けている消音ブーツと静音服。それと壁に貼り付けるだけで向こう側の情景と音が丸見えになる…男の誰もが夢見る盗聴器、です」
何て卑猥な道具を。

「一緒にすんな!盗聴器は使ったのか」
「妻の…湯浴みを覗きました。近年は、夜の相手をして貰えなくて」
「夫婦ならギリでセーフか…。その鍵と盗聴器を俺らに寄越せ。それで見逃してやる。商談なら靴と服で充分だ」
「ほ、本当ですか」

「お約束します。但し。取り戻そうと私たちの周囲を彷徨いた場合は。盗聴器を持参して奥様と娘様の元をお尋ねします。相応のお覚悟を」
「ヒィィ!!何卒それだけは。それだけはご勘弁を!」

「解ればいい。早速貰いに行く。お前の屋敷は」
「ここから直ぐ南の屋敷です」
「俺が先に外に出る。嫁さんはお前の後。門外の角で落ち合おう。逃げたらお前の家をご近所さんに聞いて回るからな!」
「はいぃぃ!」

「その下着は未使用品ですので差し上げます。品物交換の代わりに。身近な洗濯屋に頼み。梱包し直して奥様に贈られては如何でしょう。
こちらでは珍しいタイラント製シルク地の高級着ですからお冷えになったご夫婦の仲を取り持つにも重宝するかと存じます」
「あ、あり、有り難う御座います!!」
両手にパンツを掲げての土下座。

大変滑稽で無様ですが高級下着が魔導鍵と盗聴器に化けました。


その夜。夫と私の何方が盗聴器を持つかで口論となったが珍しくレイル様がソプランの肩を持った。

「真面目に諜報活動に使うのじゃぞ。妾の風呂を覗いたら目を潰す」
「しねーって!使い終わったらロイド様かお嬢に必ず渡す」
「アローマや。妾に免じて条件を吞め」
「レイル様がそこまで仰るなら…。覗くなら私を」

「信じてくれよ。頼むから」
「冗談ですよ。私はソプランの真面目さに惹かれたのですから」
「お、おぉ」

これも夫婦の語らいに当て嵌まるのでしょうか。




--------------

カルティエンの親善大使団がラザーリアに到着した。

東外門へ出迎えに行ったのは楽隊責任者ルーファス。
衣装取引相手のジョゼたち3人。
とソプランは見届け人役として。

私ことロディは会議場に居残り。レイルさんとアローマはギリギリまで演舞稽古にお付き合い。接近と入れ違いに外へ出る。

熱の籠った稽古風景を眺めながら。片隅でトワンクスと交わした舞台衣装請負契約書とルーファスと交わした楽団の借金補填契約書を交互に確認。

不備は無いだろうか。と言っても支払いは納金済みで今からでは修正は間に合わない。

経験豊富で何時も強引な手法のスターレンが居ないので多少の心細さは有る。しかし彼を生まれる前から見続けて来た私ですもの。間違えても挽回する道は必ずや。

緊張感を逆手に取られないようにだけ注意しよう。

昼前。練習を切り上げたレイルさんが手を叩き。
「悪くないわ。流石は経験者揃い。早めに昼休にして午後から本番衣装に着替えて依頼主をお出迎え。
私はド畜生の顔は見たくないからミルフィンと外へ出るけど手は抜かないように」
「はい!」

「踊り子の衣装の着付けは仲間同士で協力し合って。もし気になる追加点が見付かればジョゼかロディさんまでお願いします」
「はい」

厳しいレイルさんと優しい対応のアローマ。良いコンビ。
立派にメリリーさんの代役を果たしている。
私は…その中間辺りだと自負しているが果たして。

踊り子の筋肉疲労や楽隊のケアにカメノス製の湿布薬まで配布している。考え得る最善策は全て打った。

後はカルティエンを待つばかり。


入都手続きを終えた一団一行が会議場に案内された。

中央に立ち。腕組みをして。長旅の疲れからか不機嫌さを有り有りと見せ付ける。室内の楽団を見渡す赤服の男。

見た目歳の頃は30過ぎ。精悍で立ち居振る舞いも整う紳士。公爵家の名に恥じぬ風貌。

彼の見た目に騙される令嬢は多いに違いない。
血筋以前に性格も伴っていれば、の話だが。

「ルーファス!何故楽器を出した。それに何だあの踊り子の衣装は」
「何故、と申されましても。外門前でお話しました通り。本番まで時が迫り主様のご到着も遅れが生じる可能性も有ると愚行し。そちらのロディカルフィナ様に衣装を手配して頂いた流れでご相談した所。契約金を補填して頂けたので早速荷箱を開けた次第です」
「どうも初めまして主様」
「フンッ。貴様が…。その美貌で誑し込んだか」
苛っ!
「名乗りもしないで随分な言い草ですわね。衣装代と補填代金その他諸々こちらでご用意しての大赤字。それでもロルーゼの上役様に恥を掻かせては為るまいと腹を切りましたのに!
全て差し置いて誑した?とは言い掛かりにも程が有る」

私の剣幕に押されたか。腕を外して姿勢を軟化させた。
この柔軟さは評価に値する。

「済まないな。旅の疲れで言を取り違えた。その美貌では男に言い寄られてさぞ困っているのだろうと。
私はカルティエン。ロルーゼのバーミンガム家の直系。耳に入れた事は有るかね」
「まあそれは高名な。お噂は兼々。何でも御当主様は偽王政権を告発された正義の御方だとか。
先程の私の失言とお相子、と流して頂ければ幸いにて」

「うむ。互いに挨拶を忘れていたと言う事で」
忘れたのはそちらですよ。
「所で荷箱を検めたのは」
「ルーファス様より鍵をお預かりし私共で検めを」
「何か…楽器の他に入ってはいなかっただろうか」
「いえ譜面封筒以外は特に何も。予備の弦すら見当たらず追加で用立てましたが」
「そ、そうなのか…。それはご苦労だった」
あっれぇと言いたげな顔で後ろの付き人を振り返った。

あれが暗器を手配した人だろうか。その男は必死に首を振り目を逸らした。

トワンクスも勇気を絞り。
「い、衣装がお気に召さないと感じられたご様子。
しかしながらデザイン一切はジョゼに任せると仰られました故。
より良いデザインをロディ様が用立てて下さり、それを即採用したのですが…。
ロルーゼの国花を胸に預けた類を見ない揃えだと双方で合意を致しました」
「そ、そちらもご苦労。…善く善く見れば素晴らしき出来映えだ。露出も控え目で有り華も有る。国花と共に靴まで用意するとは文句の付け所が見付からないぞ」
「有り難き幸せ。ロディ様と仕立屋様方に報いる事が出来嬉しく思います」

「うむ。報酬や立て替え代金等々の交渉は後ろに控えるトルティンとしてくれ」
さっき目を逸らした男が一礼。位は解らないが秘書官風の出立。
「私は他に用事が有って別場所に出掛ける。その前に舞いを一曲見せて貰おう」
計画が飛んで路線を切り替えた様子。これだけを見れば大変立派な依頼主。

一曲最後まで見届け。カルティエンと従者、護衛たちが拍手を送った。

「良いな。申し分無し。報酬の払い甲斐も有ると言う物。
音出しは良い。敢えて注文を付けるとすれば中盤の足を上段に振り上げる所。前列がやや上げ過ぎで後ろとのバランスが乱れた。
舞台の広さは充分だと聞いてはいるが実際に踊ると狭く感じるかも知れない。
修練を重ね。中段で止め距離感を縮めるパターンと全体の構成を組替えたパターンも頼む。
好評だった場合は模様替えと共に組替えた舞いも必要となる。
次に私が見られるのは本式前日だ。
合間はトルティンと部下数名を見に寄越すが気にせず。怪我に気を付けしっかりと仕上げるように」
「はい!」

凄く真面!新王暗殺までは考えていなかった雰囲気。
舞いを阻害し会場を混乱させる役割。だと仮定するとランディスとの繋がりは薄い?

結論を出すには早いが他の線も考慮に入れた方が良いかも知れない。王子と王女も…。

と普通の女なら騙される。残念ながら私は普通の人間でもない。

椅子から立ち上がるほんの一瞬。彼は不適な笑みを口端に浮べた。

楽団メンバーを見渡す時には消えた笑み。

その理由と意味はこの夜。直ぐに答えが出た。




--------------

トルティンとの交渉の席。

私ことロディ。衣装屋代理代表ソプラン。
仕立屋トワンクスとジョゼ。レンデルは廊下で待機。
楽団責任者ルーファスと引率者のダルトン。

以上の6名に対するはトルティンと補佐官の2名。

2件の契約書に目を通したトルティン。
「内容に問題は有りません。補填分の前金は直ぐにお支払いします。しかし報酬分は式典の演目終了後、となるのはご了承頂きたい」
「当然ですわね」
実質成功報酬なのだから。

「それにしても素晴らしい衣装でした。製作工房はタイラントだとは伺いましたが工房名は伏せられている。
ソフテル様。その理由をお聞かせ願いますかな」
「年末年始で休業中の所も叩いて回って。短期で仕上げる為複数の工房に依頼を掛けました。
当工房は仲介業。その性質上守秘義務が有り。発注先は公開していません。当然ながら当工房主の詳細も。
不服だと申されてもタイラントではそれが常識。情報元や先工房を守る意味合いです。
答えるなら国が違うから。となりますね」

「成程。至極納得行くお答えです。今後もロディカルフィナ様が代表者と言う事で宜しいでしょうか」
「その通りに」

「ここはロディ様とお呼びします。不躾な質問ですが二万もの大金を単独で出せる商人は多くない。裕福な財源に博識とお見受けします。本業は何をされているのかご教授頂いても」
「秘密です。手掛けた幾つかの仕事が割り良く当ったとだけ。12月から式典に掛け。関われる大口の仕事は無いかとギルドで探していた所でトワンクスらにお声を頂き乗りました。
四方やこれ程の負債を肩代わりするとは思っても見ませんでしたが」

「それはそうでしょうな」
「因みに金貸屋では有りませんよ。今回は特別実質無利子ですので」

「ふむ。ではギルドに参りましょうか」
「その前に。そちらで結ばれた楽隊、踊り子、トワンクスら全員分の誓約書及び借用契約書、雇用契約書をお出し願います」
「…それを出す理由が見付かりませんが」

「簡単な話です。ギルドを通さない直接契約を含め。全てを私が買い取り。一括窓口として私との直接契約を結び直して頂きたい。その方がそちらも解り易いのでは」
「…直ぐには返答が」
挙手で制し。
「勿論全ての手柄はカルティエン様の物。互いの損失は銅貨1枚も無い。良いご返答が頂けるまで補填契約は解除せず現状の態勢。詰り私共主導で進めます。
トルティン様の見学はご自由に。但し口出しは無用。楽器や踊り子の衣装に触れる事も禁じます」

「何故…そこまで」
「何故?とは笑止。2万を返金されても大元の契約が生きていれば元の形に戻るだけ。
世が世ならこのご時世。ロルーゼは特に不安定。帰国途上又は帰国後。支払い先の当人たちが不幸にも亡くなれば報酬は支払わなくて済む」
ルーファスたちが息を呑む。
「それでは困ると言っているのです」

「では安全保障の契約を」
思わず失笑。
「今の、ロルーゼでその保障が満たされるのですか?
南方のフラジミゼールですら安全圏とは言い難い。要人は亡命を許されず。国民も特例が無ければ出国出来ない。
自由に出入り出来るのは冒険者と有力な商人のみ。
所属を持たない彼らを誰が守るのです。聞けば今回限定の急造で集められた楽団と仕入屋。悪い言い方だと使い捨て。
バーミンガム家で抱える気が無いのであれば。今回の舞楽で好評を得て。他国に売り込みを掛けます。
帝国、マッハリア、アッテンハイム、タイラント。要人たちが集まる場でご披露するのですよ?
多寡が2万で彼らを失うのは惜しい。タイラントからはあの大金持ちの英雄様まで来ると言う噂。
気に入れば10倍でも20倍でも軽々と出すでしょう。

ですから全権私が買い取るのです」

「カ、カルティエン様と相談を」
何とか一山は越えられた。
「主様にお伝え下さい。その隠し切れない小銭拾いの卑しい欲望はタイラントの商人には通用しないと。
それと。もし英雄様と交渉する気なら敵に回るなと加えて下さい。私の商人仲間の多くはそれで地獄に叩き落とされました。
今は役人として大人しそうに思えても。本質は何も変わっていない。これは私からの助言です。
努々お忘れ無きようにと」
「必ず、伝えます」

「良いお返事を期待して居ります。明日も朝から稽古ですので何時でもここへお越し下さいな」
「承知」

2人が退出後。
「流石はロディさん。姐さんのライバルなだけは有るぜ」
「またまた。褒めても何も出せませんよ」

怯え気味のルーファス。
「気付かせて頂き感謝を」
それはトワンクスとジョゼも。
「僕らが…捨て駒」
「恐ろしい…」

「借金をする相手が悪かったですね。カルティエンが私の想像通りの方なら。必ず妨害工作を仕掛けて来ます。
ルーファスさんとダルトンさんは楽団メンバーの食事と楽器の管理徹底を。
ジョゼは衣装の管理を入念に。
メンバーの中にも裏切り者が居ると仮定して」
「「「はい」」」

最悪楽器は城の物を借りられる。衣装の予備も一式色違いを出してない。

出来れば本番前に網に掛かってくれると有り難い。




--------------

初交渉の夜。かなりの深夜。

西部地区の調査に行く前に大会議場へ立ち寄った。

施錠されている筈の会議室。その奥から物を漁る気配を感じる。

自分の気配を殺し。音を極力抑えて魔導鍵を回した。

ランタンを脇に置き木箱を探る女の姿。
「無い…」
「無いだろうな」

「ヒィッ!?」
かなりの驚き様。誰も居ない筈の背中から声を掛ければ大抵こうなるか。

「裏切り者がお前だったとはな。残念だぜ、ジョゼ」
「な、何の事?荷物の確認に寄っただけだし」

「無理だろそれ。お前の担当は衣装だ。楽器じゃない。その辺歩いてる子供でも解るぞ」
「見逃してくれない?私を好きにしていいからさ」
そう言って上半身の服を脱ぎ出した。

盛大に溜息を吐き出し。
「俺の嫁さん巨乳だぞ。風邪引く前にその貧素なもん仕舞えや」
「貧素…」
あ、泣きそう。事実なんだが。

「因みに人払いしてあるから叫んでも無駄だ。格闘でも余裕で負ける気がしねえ」
「楽器は何処」

「服着ろって。胸見ながら話すぞ。一mmも興奮しねえが」
「むんっ!」
服を着直して空の木箱を蹴り上げた。事実なんだがな。

「夜間楽器は別の倉庫に移動させる事にした」
レイルがフリューゲル家の倉庫に移動させた。事前予約済みの。
「嘘よ!そんな時間何処にも無かったじゃない」

「実際無いだろ。それよかお前カルティエンの女だろ」
「…」
「無言は肯定。あいつ貧乳好きか。激レアだな」
「私は貧乳じゃない!貴方の周りが異常なのよ!」
涙目。弄りすぎたようだ。

「カルティエンはもう終わりだ。あの様子だと英雄スターレンを利用しようとする。間に合うなら止めとけ」
「無理よ…」
「その理由を聞いてんだがな」

「トワンクスとレンデルを救う為よ!!」
そう来たか。

銀貨を指で弾き、掴み取る。
「可哀想に」
「…どう言う意味?」
「そのまんまの意味だ。あいつらは…もう手遅れだ。引き返せないもんに両脚どっぷり浸かってやがる」
邪神教って猛毒の底無し沼にな。

ジョゼは何処まで知ってるのか。

「救え…ないの?」
「望みは有る。極限に低いがな。だが何方か一方。両方は救えない。何方もドス黒いもん抱えてる。その事実を聞いた時。お前は同じ答えを出せるのか?」
「私は、どうすれば」

「何もするな。これまで通り中立で居ろ。カルティエンは適当に遇って最後の最後まであの二人を見届けてやれ。
今言えるのはそこまでだ」
「何よそれ…。訳解んない」

「ちゃんと施錠して帰れよ」
蹲って動かないジョゼに声を掛けて会議場を後にした。


そして西部地区の修道院の物陰に潜む。二人の男の姿を確認してしまった…。

「なんで女泣かす方選んじまうんだ。馬鹿野郎が」

冬の夜空に虚しく漂う、白い溜息一つ。
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