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第223話 音合わせと父と子と
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いやー参った。参ったぜこりゃ。
ここはロディことロイド様が借りた大会議場。
ラザーリア入りしたロルーゼからの踊り子十五名と楽隊十二名指揮者一名指揮補欠一名。旅団責任者一名。引率者一名。護衛隊二十名。
予告よりも人数の増減は有ったが東外門で受け入れ処理を済ませ。トワンクスのリストと全員の身分証を照合。
減った護衛は何処だって言うと。東町のオルナリアで食中りを起こしてリタイア。そこまでの報酬を商業ギルドで支払い解散。素人じゃねえんだから。
正規の手順を踏んでるからここまでは想定内。
残りの照合は問題無し。団員の体調も長旅疲れは相応に有るものの病気は無かった。
到着護衛隊にも報酬を支払い。復路出発まで自由行動。
自分たち用の宿の紹介をギルド員から受けていた。
平和になったラザーリア内で護衛なんて要らねえ。それは解る。祭を楽しむぜー。それも解る。他国の城下でも潤うのは大変結構。
馬車は東部地区。団員用の宿近くの馬屋に据え置き。
護衛隊含め全員の宿泊先名簿を入手。そっちは責任者と引率者が共同で回収。
私物は各部屋に納め。楽器を積んだ荷車を北部地区の大会議場に移動させようした所辺りから雲行きが怪しくなり始めた。
責任者と引率が妙に余所余所しい雰囲気。
多分十七時は回ったんじゃないかって時に出前で頼んだ塩茹で野菜と豚肉サンドとお茶(こちら持ちで)を振舞い顔合わせをした。
滞り無く食事会は終了。
机を畳み隅に寄せ。高い衝立を置き。向こう側では練習着と本番用衣装の試着衣装合わせ。
対するこちら側では楽隊とその他男を前に。レリアことレイル姐さんがご立腹。
「もう一度…言ってくれないかしら。もしかしたら私の幻聴かも知れないし」
全身で恐怖を表わす責任者。
「で、ですからその…。出せません」
勿論金じゃない。
これが天国と地獄か。
ロイド様と嫁は向こう側で着替えの手伝い。
俺では姐さんは止められん。俺が即死する。
レイルは額を押さえ数歩徘徊。
「楽器が、出せない?」
「私の一存では。出せません」
「貴方責任者よね?」
「はい」
楽隊の楽器を運んだのに箱から出せないと来た。
ロイド様が衝立の端から顔を出した。たすけ…。直ぐに引っ込んじまった。
レンデルとトワンクスは抜き足で退出を試みた。
その二人の肩をがっしり掴み。
「逃げんな。レンデルはいいがトワンクスは衣装責任者だろが」
「じゃあ俺は出るぜ」
「おめえトワンクスを見捨てんのか」
「お、おぉ。捨てるとかではないぞ」
「僕は…楽隊とは関係、無いしさ」
「練習着に不備が有るか見届けるのが仕立屋の仕事だろうが!朝から晩までジョゼに押し付けて飲み歩く積もりなのか?やっぱお前商人に向いてねえわ。潔く辞めて地元の畑でも耕せや」
「ごめん!見届けるよ!キッチリ最後まで」
「つ、付き合うぜ。俺も警護として」
「ソフテル!この無能を半殺しにして木箱の鍵を奪いなさい」
「りょうか…出来るか!!」
「意気地無し。半分殺すだけじゃない」
だけでは済まない。
責任者の胸倉を掴み。
「盗難の心配かしら。主鍵は貴方が。合鍵はジョゼが。
マスターは管理棟で専属の警備が日夜巡回し」
「ち、違います」
「何が違うのよ!苛つくわ!」
「依頼主が到着するまで箱は開けるなと」
「そのド畜生が来るのは何時なの!!」
「三日後です!」
「三日後!?今月は後六日。内式は一日から三日まで。四日は準備と移動日で何も出来ない。
今日を含めても十日間しか無いのよ?
指揮者!行群中の練習はどうしてたの!」
「手拍子で舞いを!」
「て、手拍子ぃ!?子供のお遊戯会でも有るまいし!
これは異国の新王に捧げる舞楽なのよね?ねえ!!」
「その通りで御座います!!」
負けじと大声で。
「楽器の音出しは?調整は?手入れは?」
「全く手付かずです!」
「律表か譜面は有るわよね?」
「全部箱の中に!」
「楽隊全員頭イカれてんの??踊り子が可哀想。
何を頼りに合わせるのよ!本番用の楽を奏でたのは」
「まだ…一度も」
「…一回死んでみる?」
「ご勘弁を」
震え上がる指揮者の首に手が伸びる。
「ミルフィン!ビビってないで姐さんを止めろ!」
「は、はいぃ!」
衝立を飛び越えレイルを背中から羽交い締め。
「ええい離せ!」
「今暫くのご辛抱を!お願いします!!まずは彼らの事情をお聞きしてから」
乱れた責任者のシャツ襟を整え。
「一体全体どんな契約結んだんだ」
「依頼主が来るまでは荷運びと人員の移動が主で他は何もするなと。依頼主監修の元数日で仕上げる為、経験豊富な者が集められました」
「違約金は?」
「護衛隊を除き。一人頭報酬金約三百枚。
の人数分です…」
「九千枚越えてんじゃねえか!どうしてそんな不利な条件飲んだんだ」
「踊り子含め。それぞれ皆…金銭面の諸事情が」
「お前ら…全員借金塗れなのか?」
「恥ずかしながら。ロルーゼでは大小関わらず馴染みの有る上位貴族から資金を借りて商売をするのが常識で。
現政権が揺らいだ影響で利息が跳ね上がりまして…」
どんな常識だよ!
「そこはトワンクスと同じか。地道に稼いでから商売するって考えはねえのかよ…。
まあここでごねても埒が明かねえ。
違約金、報酬、諸経費含めてざっと二万。それを俺らで肩代わりすりゃ箱開けられるんだな?」
「手持ちの依頼書番号に外部資金を供給する別契約をギルド承認で結べば可能です」
大出費。大赤字ってレベルじゃねえぞ。
「ロディさん。出せそうですかね」
「…許容値内ですが。はぁ…。報酬の百倍以上の出費になるとは。恨みますよジョゼさん」
「申し訳有りません!一生お側に仕えてでも!」
ロイド様の前で魂の土下座。
「それは結構です。依頼主が到着したら別途相殺交渉をしますので。ルーファスさん。明日の朝一にギルドで契約を結びましょう」
「はい!朝一に全速で向かいます!」
責任者の名がルーファス。
超大金はぶっ飛んだが。これで堂々とカルティエンに会える道筋が整った。
楽器と木箱に仕込まれた暗器を根刮ぎ奪った上で(笑)
--------------
結界設置の件も含め。父上に話をする前に陛下と式典へ出席するメイザー、メルシャンに事前報告。
「あの女が…生きている、だと」
「君の母親の身体を奪って」
「同じ人間の所業とは思えませんわ」
「全く以て。人の皮を被った寄生虫…。寄生虫にも失礼な程の外道です」
「ローレン殿には何時」
「本日の夜。帰宅している頃合いに。城に詰めていたら明日改めて。入手した結界道具の相談も兼ねまして」
フィーネが提言。
「都外に敵影が出現した場合はスターレンが出ます。恐らくその隙を突き夫の偽物が現われると予測され。
最も確度の高い会場内は私が一手に。城内の対処は部下が担う予定です。
万が一の場合は私が要人を城外へ退避させ防衛を。それでも後手に回るなら聖女は自力でアッテンハイムへ。その他帝国と皆を連れてこちらに撤退したい考えです。
宜しいでしょうか」
「宜しいも何もそうする他有るまい。期間中はこの城も防備を強化する。逆転移禁止も試したいが…最後の逃げ道を失うか」
「そうなりますね。帝国に逃れる手も有りますがあちらには何の予告もしていません故」
「因みにこちらの外結界の範囲は。城下はレイルが散々出入しているので範囲外だと認識していますが」
「範囲は総本堂含め城壁沿いに張ってある。オークに特化させた物で他には余り強くはない。先代の頃まではハイネを包める程の結界具が有ったのだが。
マッハリアの先王クライフと仲が良かったラフタルの阿呆が売り飛ばしてしまってな。今ラザーリアに張られている物がそれだ。
私が罠に嵌めた等と戯れ言を残して昇天したが。あれはラフタルが余計な何かをクライフに要求した挙句に返り討ちに遭ったのだ。帰国の途上でな」
へぇ意外な真実。
「ではあの魔導鏡も?」
「あれも自分で宝物庫から出して自慢する為に持って行ったのだ。奪われて身を以て体験したのだからさぞ本望だろう。それが何故私の所為なのか、今でも釈然とせん」
先代って思い込みが激しい人だったのかな。
「スタンのあの推論。外れてたね」
「あの熱弁殆ど妄想だったからなぁ」
「的は外れていなかった。正解も多く。指摘をすれば身内の恥を晒してしまう。だからあの時は口を閉ざした」
俺たちが部下になった今だから言える事。
「昔話はこの辺りで。殿下とメルシャン様の出立準備は」
「人員、馬車、荷物。万事整えた。月末の何時でも行ける状態だ」
「問題有りませんわ。フィー。最新型の冷蔵庫の方は?」
「バッチリよ。到着と同時に城外から搬入する予定」
城からの贈呈品は最新大型冷蔵庫と冷凍庫。自分たちは装飾武装。アンマッチだがどうでもいいっす。何たって弟ですから!
そのまま後宮で早めのランチを頂き。自分たちの装飾武装を受け取りに向かった。
フィーネは初めまして。俺は久々にギレムと対面。
双剣はソプランが受け取った為。
久し振りの彼はそらもうニッコニコ。
「その様子だと全部仕上がったのか?」
「麗しのフィーネ様までお越し頂けるとは。思わず頬も緩みますです」
そっちね。
「お上手ですこと。でも粗悪品だったらこの場で捻じ曲げるわよ」
「おーお噂通りに気丈な御方だ。残りの全品間に合い御用意しております。只…一つ変更を加えました」
「何を?」
「飛び出しのブーツを。終盤数日工房の皆で頭を捻り。デニーロにも頭を下げて知恵を貰い。
殆ど寝ずに考えた末に…どう考えても飛び出し構造は新王への贈呈品として宜しくないなと」
「あーまあね。誤解を招くっちゃ招くね」
「え?あれあのまま発注しちゃったの?」
「何時ものノリと勢いで。テヘッ」
「テヘッ、じゃないでしょ」
「と仰って頂けると信じ。飛び出し品は別途改良を重ねて後日ロロシュ様の邸にお届けし。贈呈用にはスパイクと滑り止めを見せる少し豪華な軽量雪山登山ブーツとさせて頂きました。
東西に大山脈を讃えるマッハリアにピッタリ。とは言え本場のブーツには性能が劣ります故。
完全にインテリアですね」
「それでいいよ。気を遣わせて悪かった。ブーツ取り寄せて改良したり。デザイン変更してくれたらそのまま商品化しても構わないから」
「素案を頂けて感謝致します。では商品を。こちらにお持ちしますか?それとも練習場が宜しいですか?」
「振るだけ振ってみたいから練習場で」
「畏まりました。そちらへご案内を」
大きな台車で運び込まれた注文通りの品々。
「「おぉ~」」
「クワァ~」
フィーネは自分が選んだ蔦巻き短剣を。
クワンも自身で選んだN字楕円斧を持ち上げ…。
「鳩が…。重量物を…軽々と」
ギレムと後ろの2人が目を剥いた。
即座に置き直しクワンは後方の空を見上げた。
「う、家の子は力持ちなのよ」
「今のは見なかった事に。忘れろ!」
「これは夢!忘れました!」
「「何も見てません!」」
宜しい。
アクシデントにもめげず商品を検分。
片刃刺突槍。厳つい長剣。盾一体型長剣。
スパイクブーツ。
何れも金銀細工で重厚感を醸し出している。反面デザインを損なう事無く所々スリットが入り、軽量化と耐久性維持も図られていた。
振った時のバランスも良し。
「いいね。悪くない。何れも実用出来るレベルだ」
「壁掛け飾りにするのは勿体ない。やっぱり絵で見るのと実物は違うね」
そんな感想を述べたフィーネさんは平場でクルリと回旋撃を3回転。
やや遅れてギレムたちが拍手で称賛。
「聞きしに勝る身の熟し。可憐な舞い。音も無い流水のような着地。この目で見られて光栄です」
「「光栄です!」」
「照れるわ」
俺の評価と全然違う!
「クワ…」
物欲しそうな熱い眼差し。
「もし有ったらでいいんだけど。装飾無しバージョン作ってたりする?」
「はい。そう言ったご要望も頂けるかと。双剣とブーツ以外。スチール製で工房で出せる限界強度まで叩き上げた物が各一品ずつ。
丁度精算前にご提案しようとしていた所です。
起こした雛型は全て溶かしましたので二度と同じ物は作れませんが」
「良かった。通常の武装も集めてたとこだからそれも全部買って帰るよ」
「有り難う御座います。今お試ししますか?」
「重心は?」
「武具の重心軸は先端方向にスライドさせ戦闘向きに仕上げて居ります」
「それだけ聞ければ充分さ」
「良い買い物したね」
「クワッ」
「「「…」」」
再び夢を見させる前に精算して退散。
--------------
お行儀悪くスマホで通話(アローマ回線)しながら夕食。
向こうはナッツと惣菜で晩酌中だそう。
レイルの愚痴から始まり。
「本に億劫じゃのぉ。標準語で演技をするんは。途中からマジギレしそうじゃったぞ」
「止めて」
ロイドが説明を加える。
「本気ではないと解ったので流れに任せました」
ソプランが嘆く。
「こっち側は冷や冷やだったんだぜ。指揮者の首折ろうとしたのは本気だったろ」
「どうじゃったかのぉ」
アローマも嘆いた。
「腕が切り落とされるのかと内心怖くて」
「そこまではせん」
情景が目に浮かぶようだ。
ロイドに戻り。
「余計な出費を作ってしまい申し訳無いです」
「聞いた瞬間はえ?と思ってけど結果オーライ。カルティエンか秘書官との交渉頑張って」
「交渉権買うにしては高いけどねぇ。ロルーゼって借金大国なのかな」
「さあ。外交面と一緒で財政もガタガタなんでしょ」
レイルが問う。
「して『刹那の潮騒』はコンパスで出んのかえ」
小型爆弾の正式名称。
「昨日からちょいちょい見てるけどまだだね」
「面倒じゃのぉ」
「埋め込まれた状態だと見えるかどうかランダムってホント厄介よね」
「見える可能性が有るだけマシさ。明日時間空くから気合い入れて探ってみる」
一度でも見えれば視認率も上がるのだとか。
口に含んで何度も鏡越しに鑑定を繰り返したらしい。
飲み込んだらどうなるのかと問うと。排泄された瞬間に起爆する物を飲む馬鹿は居ないと明快な回答を得られた。
食事時に説明するもんじゃなかったな。
「もうちょっとしたら実家に行く。流石の父上も荒れるだろうからロイドも近くで待機して欲しい。1人になりたいとか言われたら解散する感じで」
「お側に居られないのが苦しいですが…。積み重ねた時間には勝てません。南部の夜町を散策しながらお待ちして居ります」
「俺も出掛ける。一人でな。親父さんに余裕が有れば、あの件はロルーゼの主賓組の到着に合わせているようだって伝えてくれ」
個別に依頼受けてたのか。
「何か知らんけど最初に伝えるよ」
「別の依頼って意味深」
「お前らには話すなって言われてる。ラザーリア以外の人間で動き易い俺が選ばれただけだ」
「ふーん」
益々気になる。
「レイル様はどうされますか?外出ならお供させて頂きますが」
「途中まではロイドと一緒でええじゃろ。離れたらジョゼでも誘いに行くかの」
「承知しました」
「我輩はここで留守番ニャ。今の所怪しい接近も無くて暇ですニャ~」
「ロイドに預けたポンガでも置いてけば?」
「それは名案ですね」
「暇潰しが出来たニャ!」
--------------
夜。夜に実家へ帰るのは…。どれ位振りなのか。
屋敷の門を潜る前に母の墓前に花を添えた。母の居ない別人が入った仮初の石積み。
あの頃の記憶はかなり曖昧になっているが墓を見て嫌らしく笑うフレゼリカの顔は鮮明に思い出せる。
欲しい物を手に入れた喜び。その意味を漸く理解した。
2年前に消した筈の復讐の炭に再び火が灯る。
「誰かも知らぬ貴女の御心も。どうか安らかに」
少し震えていたのかフィーネに背中を擦られた。
「墓前で復讐を誓うのは止めましょ。騒がしくて眠れない」
「そうだね。お騒がせしました」
謝罪を述べ、実家の正門に足を向けた。
書斎で書類の山と格闘する父。疲れた表情も見せず姿勢正しく目を通して。真面目な人だ。
区切りを付けその目を上げた。
「何か進展が有る様子だな」
「ええ山程。本題に入る前に。家の部下を勝手に使わないで貰いたいんですがね。あの件はロルーゼ主賓組の都着に合わせている様だとか」
万年筆をペン立てにそっと置き。
「…そうか。他意は無い。国外で信用に足る者が居なくてな。女性陣には頼み難く、あの美貌では目立ち過ぎる。
危険は少ない内容だ。許せ」
「本式前には教えて下さいよ」
「勿論その積もりだ。それ以前に決着は着くだろうが」
今教えてよ父ちゃん!
沸き上がる好奇心を抑え。ソファー席で対面座り。
フィーネが運んでくれた紅茶で緊張を解す。
最初に逆転移禁止結界具入手の話をして結界設置の許可を得た。
「それは是非張ってくれ」
「自宅の数部屋で試し。転移侵入出来なくなるのは確認済みです。発動した一瞬に淡く輝くので晴天時の昼間が理想です。出来れば外結界具の近くで」
「月末のタイラント組の着時前後なら私たちが入っても怪しまれないかと」
「うむ。その方向で。結界具は玉座の真上だ。案内は私かペリルで遣る」
次にロルーゼの主賓級5組に付いて。
「…王女と王子だったか。オルナリア通過まで特秘の二組でカルティエンを依代にしたようだな。その内の誰かがランディスと通ずる者に違いない」
バーミンガム家の3人の立ち回りが激しい。親子揃って策略家。巧みさは感じるが純粋な大義だけとは思えない。
ナノモイ氏やアルシェの見立て通りな気がする。
「カルティエンの足止めと暗器回収はロイドと部下たちで引き続き。
完全中立姿勢のマルセンドは置き。アルアンドレフの方は別件で用事が有るのでこちらから接触します。タイラントの晩餐会で面識が有り。顔合わせは不要です」
「別件?」
「父上だって隠し事してるじゃないですか。僕ら夫婦の秘密でお相子ですよ」
「これは一本取られたな。まあ今は聞き流そう」
「個別に調査していたローデンマンの件。残念なのか寿命だったのか。先週自邸内で心不全で急死したそうです」
「あいつが…」
「死後直ぐに火葬された模様で偽装かと疑いましたがどうやら本当らしく。手持ちの人名探索具を使っても出て来なくなりました」
「呆気ない、幕引きだな…」
いよいよ本題を。
「ローデンを支援していた謎の淑女に付いて」
「何か解ったのか?」
フィーネが静かに立ち上がり。
「スタンの部屋で待ってる。何か有れば呼んで」
「ああ」
クワンを肩に乗せて退出した。
「二人切りとは」
「他には話したくない内容で。謎の淑女の正体は…。
母上のリリーナでした」
「……」
鋭い眼光でカップを置く。
「何の…冗談だ」
「毒殺当時を知り。ローデンマンを深く知り。前王家の内状を知る人物から聞いた話です。あれは仮死毒で火葬前に擦り替えた母の身体に。フレゼリカが魔道具を使い自分の記憶を上書きしたのだと」
「…フ…」
「現実にリリーナの名が出てしまいました。全くの別人の可能性も有りますが。出た場所はローデンマンの邸内。
話を聞いた者はそこで母の姿をしたフレゼリカと直接対話し確信したそうです。乗っ取られていると」
両手で目頭を擦りながら。
「…誰だ」
「はい?」
「その過去を知る人物は誰かと聞いている!!」
何時も冷静な父。本心を剥き出すのはとても珍しい。
「今は話せません。話せば彼と彼の家族が危険に晒されます。再びフレゼリカを倒し。その後でなら本人に了解を」
肘を着き深く息を吐き出し。一気に吸い込んだ。
「…そうだな。その通りだ」
「悪い報告はまだ有ります」
「何だ」
「ロルーゼのフレゼリカは。ここの地下施設で完成させた複数の魔人と多くの改造兵を引き連れ式典中に舞い戻ります。
我こそが正当な女王であると。
あの蛆虫が勝利すればマッハリア、ロルーゼの統一女王が誕生します」
「魔人まで…。そうか。お前が地下で遺体の数が少ない印象を受けたのは、完成体をロルーゼに隠していたから」
「恐らく。魔人兵の存在はロルーゼの上層。ここへ来る主賓級なら全員が認知しています。
敵視、中立、友和。姿勢は様々ですが根本はフレゼリカに脅されているのが現状です」
「城外への出兵を阻害する者がフレゼリカの側。状況は最悪だが解り易い」
「出現したら僕が討伐に向かいます。手薄な城内はフィーネと部下とロルーゼ以外の精鋭で防衛を」
「…駄目だ」
即却下された。
「フレゼリカはこの私が討つ。お前が討てば新王はやはりお前に。と言う流れが止められん」
「あ……」
言われて見れば俺って王族だったわ。二度も国の窮地を救えばどうなるか。
「お前はフレゼリカまでの道を開いて欲しい。例え身体を改造していようと聖属性のペインジットなら斬れる。
今度は私に譲ってくれ」
「解りました。ですが父上は…討てるのですか?」
「実は…。お前たち兄弟には話していなかったが。度々リリーナの亡霊が夢枕に立つ事が有ってな」
「ん?」
何の話?
「毎回。こちら側に自分を縛る何かが有って。あちら側に行けないと嘆いていた。幾ら祈りを捧げても変わらず。
その理由が今解った。これは正しくリリーナを天に送り届ける聖戦だ。と強引に己の弱心を押し潰す」
無理矢理笑い。バッグからペインジットを出して鞘から引き抜いた。
俺も無理矢理納得。
「そ、そうですか。では一緒に出現地へ飛びましょう。ご存じの通り壁内、結界内に入り込まれたら略詰みです。
一度出れば外門を閉じ中へは戻りません」
「当然だ。お前一人居れば兵士も邪魔。私たち親子でリリーナを救ってやろう」
「はい。スタルフに告げるかは父上にお任せします。突破されるか偽物が中で出る可能性も有るので」
「うむ。肖像画を見せてしまったハルジエにも予告しないとな。サンには辛い想いをさせてしまうが。
正体云々は伏せ、迷わず首を刎ねろと伝えて置く。スタルフには逃げろとでも言うか…」
「難しいですね」
母上に甘えられなかった弟の心が持つかどうかが心配。
「スターレン。今夜は」
「朝まででも付き合えますよ。自棄酒ではなく亡き母を弔う献杯を」
「献杯か…。そうだとも。そうでなくてはな。済まないがロイド嬢も」
「呼ばなくても直ぐに来ます。この近くで夜町巡りをしているので」
ロイドを加え館内の皆で献杯を捧げ夜通し酒宴。
俺たち以外何故急に母上の名が出るのか。命月でもないのにと戸惑っていたが酒が進むと何処へやら。
切なくも苦しさは少ない。そんな微妙で絶妙な宴。
窓から見えた新月が何かを予感させた夜。
ここはロディことロイド様が借りた大会議場。
ラザーリア入りしたロルーゼからの踊り子十五名と楽隊十二名指揮者一名指揮補欠一名。旅団責任者一名。引率者一名。護衛隊二十名。
予告よりも人数の増減は有ったが東外門で受け入れ処理を済ませ。トワンクスのリストと全員の身分証を照合。
減った護衛は何処だって言うと。東町のオルナリアで食中りを起こしてリタイア。そこまでの報酬を商業ギルドで支払い解散。素人じゃねえんだから。
正規の手順を踏んでるからここまでは想定内。
残りの照合は問題無し。団員の体調も長旅疲れは相応に有るものの病気は無かった。
到着護衛隊にも報酬を支払い。復路出発まで自由行動。
自分たち用の宿の紹介をギルド員から受けていた。
平和になったラザーリア内で護衛なんて要らねえ。それは解る。祭を楽しむぜー。それも解る。他国の城下でも潤うのは大変結構。
馬車は東部地区。団員用の宿近くの馬屋に据え置き。
護衛隊含め全員の宿泊先名簿を入手。そっちは責任者と引率者が共同で回収。
私物は各部屋に納め。楽器を積んだ荷車を北部地区の大会議場に移動させようした所辺りから雲行きが怪しくなり始めた。
責任者と引率が妙に余所余所しい雰囲気。
多分十七時は回ったんじゃないかって時に出前で頼んだ塩茹で野菜と豚肉サンドとお茶(こちら持ちで)を振舞い顔合わせをした。
滞り無く食事会は終了。
机を畳み隅に寄せ。高い衝立を置き。向こう側では練習着と本番用衣装の試着衣装合わせ。
対するこちら側では楽隊とその他男を前に。レリアことレイル姐さんがご立腹。
「もう一度…言ってくれないかしら。もしかしたら私の幻聴かも知れないし」
全身で恐怖を表わす責任者。
「で、ですからその…。出せません」
勿論金じゃない。
これが天国と地獄か。
ロイド様と嫁は向こう側で着替えの手伝い。
俺では姐さんは止められん。俺が即死する。
レイルは額を押さえ数歩徘徊。
「楽器が、出せない?」
「私の一存では。出せません」
「貴方責任者よね?」
「はい」
楽隊の楽器を運んだのに箱から出せないと来た。
ロイド様が衝立の端から顔を出した。たすけ…。直ぐに引っ込んじまった。
レンデルとトワンクスは抜き足で退出を試みた。
その二人の肩をがっしり掴み。
「逃げんな。レンデルはいいがトワンクスは衣装責任者だろが」
「じゃあ俺は出るぜ」
「おめえトワンクスを見捨てんのか」
「お、おぉ。捨てるとかではないぞ」
「僕は…楽隊とは関係、無いしさ」
「練習着に不備が有るか見届けるのが仕立屋の仕事だろうが!朝から晩までジョゼに押し付けて飲み歩く積もりなのか?やっぱお前商人に向いてねえわ。潔く辞めて地元の畑でも耕せや」
「ごめん!見届けるよ!キッチリ最後まで」
「つ、付き合うぜ。俺も警護として」
「ソフテル!この無能を半殺しにして木箱の鍵を奪いなさい」
「りょうか…出来るか!!」
「意気地無し。半分殺すだけじゃない」
だけでは済まない。
責任者の胸倉を掴み。
「盗難の心配かしら。主鍵は貴方が。合鍵はジョゼが。
マスターは管理棟で専属の警備が日夜巡回し」
「ち、違います」
「何が違うのよ!苛つくわ!」
「依頼主が到着するまで箱は開けるなと」
「そのド畜生が来るのは何時なの!!」
「三日後です!」
「三日後!?今月は後六日。内式は一日から三日まで。四日は準備と移動日で何も出来ない。
今日を含めても十日間しか無いのよ?
指揮者!行群中の練習はどうしてたの!」
「手拍子で舞いを!」
「て、手拍子ぃ!?子供のお遊戯会でも有るまいし!
これは異国の新王に捧げる舞楽なのよね?ねえ!!」
「その通りで御座います!!」
負けじと大声で。
「楽器の音出しは?調整は?手入れは?」
「全く手付かずです!」
「律表か譜面は有るわよね?」
「全部箱の中に!」
「楽隊全員頭イカれてんの??踊り子が可哀想。
何を頼りに合わせるのよ!本番用の楽を奏でたのは」
「まだ…一度も」
「…一回死んでみる?」
「ご勘弁を」
震え上がる指揮者の首に手が伸びる。
「ミルフィン!ビビってないで姐さんを止めろ!」
「は、はいぃ!」
衝立を飛び越えレイルを背中から羽交い締め。
「ええい離せ!」
「今暫くのご辛抱を!お願いします!!まずは彼らの事情をお聞きしてから」
乱れた責任者のシャツ襟を整え。
「一体全体どんな契約結んだんだ」
「依頼主が来るまでは荷運びと人員の移動が主で他は何もするなと。依頼主監修の元数日で仕上げる為、経験豊富な者が集められました」
「違約金は?」
「護衛隊を除き。一人頭報酬金約三百枚。
の人数分です…」
「九千枚越えてんじゃねえか!どうしてそんな不利な条件飲んだんだ」
「踊り子含め。それぞれ皆…金銭面の諸事情が」
「お前ら…全員借金塗れなのか?」
「恥ずかしながら。ロルーゼでは大小関わらず馴染みの有る上位貴族から資金を借りて商売をするのが常識で。
現政権が揺らいだ影響で利息が跳ね上がりまして…」
どんな常識だよ!
「そこはトワンクスと同じか。地道に稼いでから商売するって考えはねえのかよ…。
まあここでごねても埒が明かねえ。
違約金、報酬、諸経費含めてざっと二万。それを俺らで肩代わりすりゃ箱開けられるんだな?」
「手持ちの依頼書番号に外部資金を供給する別契約をギルド承認で結べば可能です」
大出費。大赤字ってレベルじゃねえぞ。
「ロディさん。出せそうですかね」
「…許容値内ですが。はぁ…。報酬の百倍以上の出費になるとは。恨みますよジョゼさん」
「申し訳有りません!一生お側に仕えてでも!」
ロイド様の前で魂の土下座。
「それは結構です。依頼主が到着したら別途相殺交渉をしますので。ルーファスさん。明日の朝一にギルドで契約を結びましょう」
「はい!朝一に全速で向かいます!」
責任者の名がルーファス。
超大金はぶっ飛んだが。これで堂々とカルティエンに会える道筋が整った。
楽器と木箱に仕込まれた暗器を根刮ぎ奪った上で(笑)
--------------
結界設置の件も含め。父上に話をする前に陛下と式典へ出席するメイザー、メルシャンに事前報告。
「あの女が…生きている、だと」
「君の母親の身体を奪って」
「同じ人間の所業とは思えませんわ」
「全く以て。人の皮を被った寄生虫…。寄生虫にも失礼な程の外道です」
「ローレン殿には何時」
「本日の夜。帰宅している頃合いに。城に詰めていたら明日改めて。入手した結界道具の相談も兼ねまして」
フィーネが提言。
「都外に敵影が出現した場合はスターレンが出ます。恐らくその隙を突き夫の偽物が現われると予測され。
最も確度の高い会場内は私が一手に。城内の対処は部下が担う予定です。
万が一の場合は私が要人を城外へ退避させ防衛を。それでも後手に回るなら聖女は自力でアッテンハイムへ。その他帝国と皆を連れてこちらに撤退したい考えです。
宜しいでしょうか」
「宜しいも何もそうする他有るまい。期間中はこの城も防備を強化する。逆転移禁止も試したいが…最後の逃げ道を失うか」
「そうなりますね。帝国に逃れる手も有りますがあちらには何の予告もしていません故」
「因みにこちらの外結界の範囲は。城下はレイルが散々出入しているので範囲外だと認識していますが」
「範囲は総本堂含め城壁沿いに張ってある。オークに特化させた物で他には余り強くはない。先代の頃まではハイネを包める程の結界具が有ったのだが。
マッハリアの先王クライフと仲が良かったラフタルの阿呆が売り飛ばしてしまってな。今ラザーリアに張られている物がそれだ。
私が罠に嵌めた等と戯れ言を残して昇天したが。あれはラフタルが余計な何かをクライフに要求した挙句に返り討ちに遭ったのだ。帰国の途上でな」
へぇ意外な真実。
「ではあの魔導鏡も?」
「あれも自分で宝物庫から出して自慢する為に持って行ったのだ。奪われて身を以て体験したのだからさぞ本望だろう。それが何故私の所為なのか、今でも釈然とせん」
先代って思い込みが激しい人だったのかな。
「スタンのあの推論。外れてたね」
「あの熱弁殆ど妄想だったからなぁ」
「的は外れていなかった。正解も多く。指摘をすれば身内の恥を晒してしまう。だからあの時は口を閉ざした」
俺たちが部下になった今だから言える事。
「昔話はこの辺りで。殿下とメルシャン様の出立準備は」
「人員、馬車、荷物。万事整えた。月末の何時でも行ける状態だ」
「問題有りませんわ。フィー。最新型の冷蔵庫の方は?」
「バッチリよ。到着と同時に城外から搬入する予定」
城からの贈呈品は最新大型冷蔵庫と冷凍庫。自分たちは装飾武装。アンマッチだがどうでもいいっす。何たって弟ですから!
そのまま後宮で早めのランチを頂き。自分たちの装飾武装を受け取りに向かった。
フィーネは初めまして。俺は久々にギレムと対面。
双剣はソプランが受け取った為。
久し振りの彼はそらもうニッコニコ。
「その様子だと全部仕上がったのか?」
「麗しのフィーネ様までお越し頂けるとは。思わず頬も緩みますです」
そっちね。
「お上手ですこと。でも粗悪品だったらこの場で捻じ曲げるわよ」
「おーお噂通りに気丈な御方だ。残りの全品間に合い御用意しております。只…一つ変更を加えました」
「何を?」
「飛び出しのブーツを。終盤数日工房の皆で頭を捻り。デニーロにも頭を下げて知恵を貰い。
殆ど寝ずに考えた末に…どう考えても飛び出し構造は新王への贈呈品として宜しくないなと」
「あーまあね。誤解を招くっちゃ招くね」
「え?あれあのまま発注しちゃったの?」
「何時ものノリと勢いで。テヘッ」
「テヘッ、じゃないでしょ」
「と仰って頂けると信じ。飛び出し品は別途改良を重ねて後日ロロシュ様の邸にお届けし。贈呈用にはスパイクと滑り止めを見せる少し豪華な軽量雪山登山ブーツとさせて頂きました。
東西に大山脈を讃えるマッハリアにピッタリ。とは言え本場のブーツには性能が劣ります故。
完全にインテリアですね」
「それでいいよ。気を遣わせて悪かった。ブーツ取り寄せて改良したり。デザイン変更してくれたらそのまま商品化しても構わないから」
「素案を頂けて感謝致します。では商品を。こちらにお持ちしますか?それとも練習場が宜しいですか?」
「振るだけ振ってみたいから練習場で」
「畏まりました。そちらへご案内を」
大きな台車で運び込まれた注文通りの品々。
「「おぉ~」」
「クワァ~」
フィーネは自分が選んだ蔦巻き短剣を。
クワンも自身で選んだN字楕円斧を持ち上げ…。
「鳩が…。重量物を…軽々と」
ギレムと後ろの2人が目を剥いた。
即座に置き直しクワンは後方の空を見上げた。
「う、家の子は力持ちなのよ」
「今のは見なかった事に。忘れろ!」
「これは夢!忘れました!」
「「何も見てません!」」
宜しい。
アクシデントにもめげず商品を検分。
片刃刺突槍。厳つい長剣。盾一体型長剣。
スパイクブーツ。
何れも金銀細工で重厚感を醸し出している。反面デザインを損なう事無く所々スリットが入り、軽量化と耐久性維持も図られていた。
振った時のバランスも良し。
「いいね。悪くない。何れも実用出来るレベルだ」
「壁掛け飾りにするのは勿体ない。やっぱり絵で見るのと実物は違うね」
そんな感想を述べたフィーネさんは平場でクルリと回旋撃を3回転。
やや遅れてギレムたちが拍手で称賛。
「聞きしに勝る身の熟し。可憐な舞い。音も無い流水のような着地。この目で見られて光栄です」
「「光栄です!」」
「照れるわ」
俺の評価と全然違う!
「クワ…」
物欲しそうな熱い眼差し。
「もし有ったらでいいんだけど。装飾無しバージョン作ってたりする?」
「はい。そう言ったご要望も頂けるかと。双剣とブーツ以外。スチール製で工房で出せる限界強度まで叩き上げた物が各一品ずつ。
丁度精算前にご提案しようとしていた所です。
起こした雛型は全て溶かしましたので二度と同じ物は作れませんが」
「良かった。通常の武装も集めてたとこだからそれも全部買って帰るよ」
「有り難う御座います。今お試ししますか?」
「重心は?」
「武具の重心軸は先端方向にスライドさせ戦闘向きに仕上げて居ります」
「それだけ聞ければ充分さ」
「良い買い物したね」
「クワッ」
「「「…」」」
再び夢を見させる前に精算して退散。
--------------
お行儀悪くスマホで通話(アローマ回線)しながら夕食。
向こうはナッツと惣菜で晩酌中だそう。
レイルの愚痴から始まり。
「本に億劫じゃのぉ。標準語で演技をするんは。途中からマジギレしそうじゃったぞ」
「止めて」
ロイドが説明を加える。
「本気ではないと解ったので流れに任せました」
ソプランが嘆く。
「こっち側は冷や冷やだったんだぜ。指揮者の首折ろうとしたのは本気だったろ」
「どうじゃったかのぉ」
アローマも嘆いた。
「腕が切り落とされるのかと内心怖くて」
「そこまではせん」
情景が目に浮かぶようだ。
ロイドに戻り。
「余計な出費を作ってしまい申し訳無いです」
「聞いた瞬間はえ?と思ってけど結果オーライ。カルティエンか秘書官との交渉頑張って」
「交渉権買うにしては高いけどねぇ。ロルーゼって借金大国なのかな」
「さあ。外交面と一緒で財政もガタガタなんでしょ」
レイルが問う。
「して『刹那の潮騒』はコンパスで出んのかえ」
小型爆弾の正式名称。
「昨日からちょいちょい見てるけどまだだね」
「面倒じゃのぉ」
「埋め込まれた状態だと見えるかどうかランダムってホント厄介よね」
「見える可能性が有るだけマシさ。明日時間空くから気合い入れて探ってみる」
一度でも見えれば視認率も上がるのだとか。
口に含んで何度も鏡越しに鑑定を繰り返したらしい。
飲み込んだらどうなるのかと問うと。排泄された瞬間に起爆する物を飲む馬鹿は居ないと明快な回答を得られた。
食事時に説明するもんじゃなかったな。
「もうちょっとしたら実家に行く。流石の父上も荒れるだろうからロイドも近くで待機して欲しい。1人になりたいとか言われたら解散する感じで」
「お側に居られないのが苦しいですが…。積み重ねた時間には勝てません。南部の夜町を散策しながらお待ちして居ります」
「俺も出掛ける。一人でな。親父さんに余裕が有れば、あの件はロルーゼの主賓組の到着に合わせているようだって伝えてくれ」
個別に依頼受けてたのか。
「何か知らんけど最初に伝えるよ」
「別の依頼って意味深」
「お前らには話すなって言われてる。ラザーリア以外の人間で動き易い俺が選ばれただけだ」
「ふーん」
益々気になる。
「レイル様はどうされますか?外出ならお供させて頂きますが」
「途中まではロイドと一緒でええじゃろ。離れたらジョゼでも誘いに行くかの」
「承知しました」
「我輩はここで留守番ニャ。今の所怪しい接近も無くて暇ですニャ~」
「ロイドに預けたポンガでも置いてけば?」
「それは名案ですね」
「暇潰しが出来たニャ!」
--------------
夜。夜に実家へ帰るのは…。どれ位振りなのか。
屋敷の門を潜る前に母の墓前に花を添えた。母の居ない別人が入った仮初の石積み。
あの頃の記憶はかなり曖昧になっているが墓を見て嫌らしく笑うフレゼリカの顔は鮮明に思い出せる。
欲しい物を手に入れた喜び。その意味を漸く理解した。
2年前に消した筈の復讐の炭に再び火が灯る。
「誰かも知らぬ貴女の御心も。どうか安らかに」
少し震えていたのかフィーネに背中を擦られた。
「墓前で復讐を誓うのは止めましょ。騒がしくて眠れない」
「そうだね。お騒がせしました」
謝罪を述べ、実家の正門に足を向けた。
書斎で書類の山と格闘する父。疲れた表情も見せず姿勢正しく目を通して。真面目な人だ。
区切りを付けその目を上げた。
「何か進展が有る様子だな」
「ええ山程。本題に入る前に。家の部下を勝手に使わないで貰いたいんですがね。あの件はロルーゼ主賓組の都着に合わせている様だとか」
万年筆をペン立てにそっと置き。
「…そうか。他意は無い。国外で信用に足る者が居なくてな。女性陣には頼み難く、あの美貌では目立ち過ぎる。
危険は少ない内容だ。許せ」
「本式前には教えて下さいよ」
「勿論その積もりだ。それ以前に決着は着くだろうが」
今教えてよ父ちゃん!
沸き上がる好奇心を抑え。ソファー席で対面座り。
フィーネが運んでくれた紅茶で緊張を解す。
最初に逆転移禁止結界具入手の話をして結界設置の許可を得た。
「それは是非張ってくれ」
「自宅の数部屋で試し。転移侵入出来なくなるのは確認済みです。発動した一瞬に淡く輝くので晴天時の昼間が理想です。出来れば外結界具の近くで」
「月末のタイラント組の着時前後なら私たちが入っても怪しまれないかと」
「うむ。その方向で。結界具は玉座の真上だ。案内は私かペリルで遣る」
次にロルーゼの主賓級5組に付いて。
「…王女と王子だったか。オルナリア通過まで特秘の二組でカルティエンを依代にしたようだな。その内の誰かがランディスと通ずる者に違いない」
バーミンガム家の3人の立ち回りが激しい。親子揃って策略家。巧みさは感じるが純粋な大義だけとは思えない。
ナノモイ氏やアルシェの見立て通りな気がする。
「カルティエンの足止めと暗器回収はロイドと部下たちで引き続き。
完全中立姿勢のマルセンドは置き。アルアンドレフの方は別件で用事が有るのでこちらから接触します。タイラントの晩餐会で面識が有り。顔合わせは不要です」
「別件?」
「父上だって隠し事してるじゃないですか。僕ら夫婦の秘密でお相子ですよ」
「これは一本取られたな。まあ今は聞き流そう」
「個別に調査していたローデンマンの件。残念なのか寿命だったのか。先週自邸内で心不全で急死したそうです」
「あいつが…」
「死後直ぐに火葬された模様で偽装かと疑いましたがどうやら本当らしく。手持ちの人名探索具を使っても出て来なくなりました」
「呆気ない、幕引きだな…」
いよいよ本題を。
「ローデンを支援していた謎の淑女に付いて」
「何か解ったのか?」
フィーネが静かに立ち上がり。
「スタンの部屋で待ってる。何か有れば呼んで」
「ああ」
クワンを肩に乗せて退出した。
「二人切りとは」
「他には話したくない内容で。謎の淑女の正体は…。
母上のリリーナでした」
「……」
鋭い眼光でカップを置く。
「何の…冗談だ」
「毒殺当時を知り。ローデンマンを深く知り。前王家の内状を知る人物から聞いた話です。あれは仮死毒で火葬前に擦り替えた母の身体に。フレゼリカが魔道具を使い自分の記憶を上書きしたのだと」
「…フ…」
「現実にリリーナの名が出てしまいました。全くの別人の可能性も有りますが。出た場所はローデンマンの邸内。
話を聞いた者はそこで母の姿をしたフレゼリカと直接対話し確信したそうです。乗っ取られていると」
両手で目頭を擦りながら。
「…誰だ」
「はい?」
「その過去を知る人物は誰かと聞いている!!」
何時も冷静な父。本心を剥き出すのはとても珍しい。
「今は話せません。話せば彼と彼の家族が危険に晒されます。再びフレゼリカを倒し。その後でなら本人に了解を」
肘を着き深く息を吐き出し。一気に吸い込んだ。
「…そうだな。その通りだ」
「悪い報告はまだ有ります」
「何だ」
「ロルーゼのフレゼリカは。ここの地下施設で完成させた複数の魔人と多くの改造兵を引き連れ式典中に舞い戻ります。
我こそが正当な女王であると。
あの蛆虫が勝利すればマッハリア、ロルーゼの統一女王が誕生します」
「魔人まで…。そうか。お前が地下で遺体の数が少ない印象を受けたのは、完成体をロルーゼに隠していたから」
「恐らく。魔人兵の存在はロルーゼの上層。ここへ来る主賓級なら全員が認知しています。
敵視、中立、友和。姿勢は様々ですが根本はフレゼリカに脅されているのが現状です」
「城外への出兵を阻害する者がフレゼリカの側。状況は最悪だが解り易い」
「出現したら僕が討伐に向かいます。手薄な城内はフィーネと部下とロルーゼ以外の精鋭で防衛を」
「…駄目だ」
即却下された。
「フレゼリカはこの私が討つ。お前が討てば新王はやはりお前に。と言う流れが止められん」
「あ……」
言われて見れば俺って王族だったわ。二度も国の窮地を救えばどうなるか。
「お前はフレゼリカまでの道を開いて欲しい。例え身体を改造していようと聖属性のペインジットなら斬れる。
今度は私に譲ってくれ」
「解りました。ですが父上は…討てるのですか?」
「実は…。お前たち兄弟には話していなかったが。度々リリーナの亡霊が夢枕に立つ事が有ってな」
「ん?」
何の話?
「毎回。こちら側に自分を縛る何かが有って。あちら側に行けないと嘆いていた。幾ら祈りを捧げても変わらず。
その理由が今解った。これは正しくリリーナを天に送り届ける聖戦だ。と強引に己の弱心を押し潰す」
無理矢理笑い。バッグからペインジットを出して鞘から引き抜いた。
俺も無理矢理納得。
「そ、そうですか。では一緒に出現地へ飛びましょう。ご存じの通り壁内、結界内に入り込まれたら略詰みです。
一度出れば外門を閉じ中へは戻りません」
「当然だ。お前一人居れば兵士も邪魔。私たち親子でリリーナを救ってやろう」
「はい。スタルフに告げるかは父上にお任せします。突破されるか偽物が中で出る可能性も有るので」
「うむ。肖像画を見せてしまったハルジエにも予告しないとな。サンには辛い想いをさせてしまうが。
正体云々は伏せ、迷わず首を刎ねろと伝えて置く。スタルフには逃げろとでも言うか…」
「難しいですね」
母上に甘えられなかった弟の心が持つかどうかが心配。
「スターレン。今夜は」
「朝まででも付き合えますよ。自棄酒ではなく亡き母を弔う献杯を」
「献杯か…。そうだとも。そうでなくてはな。済まないがロイド嬢も」
「呼ばなくても直ぐに来ます。この近くで夜町巡りをしているので」
ロイドを加え館内の皆で献杯を捧げ夜通し酒宴。
俺たち以外何故急に母上の名が出るのか。命月でもないのにと戸惑っていたが酒が進むと何処へやら。
切なくも苦しさは少ない。そんな微妙で絶妙な宴。
窓から見えた新月が何かを予感させた夜。
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