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第222話 コレクター

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コマネ邸へ再訪問。

通された応接室には各所に包帯を巻いたヒエリンド。
当主コマネ氏と秘書フーリアが揃い踏み。

先ずはコマネ氏に謝罪。
「朝から騒がせて済みません」
「全くだ。しかしヒエリを五体満足で戻してくれたのは感謝する。今日はウィンザートに寄る用事が有ったが明日に延期だな」

「傷の具合はどう」
「何れも掠り傷。フーリアが大袈裟に巻いてくれました」

隣に座るフーリアのお顔が真っ赤。不器用な人だな。

運ばれた紅茶を飲みながら早速本題。
「転移具無しで往復時間を考え、行けたのはノルムまで。
それでも収穫は充二分に。本丸の王都から離れる程人の口は軽くなりますからね」
陸路の限界。口が軽いかは人に因ると思うが大抵の人間は緩みがち。

「ノルムから南下しつつ諜報活動を。知り合いが全く居ないサザビラを抜かし。クインケが居たカラトビラで一番時間を掛けました。
そして大本命が昨晩会ったフラジミゼールの上流貴族
ナノモイ・アッペルト。昨年期まで外事省の大臣を務め一昨年の晩餐会にも友好大使として出席していた片割れ。
名を覚えていなくとも顔を見れば思い出せるかと」
痛いとこ突かれたぜ。

「彼は場に因り幾つも名を変えますが役人時の名がナノモイなので本名であると仮定します。
昨日話した通り自国他国で開かれたバザーの常連。生粋のコレクター。実用性の有る物から無い物までジャンルは問わず。自前の鑑定具で眺めて涎を垂らす変態です。
こちらで接待した時に一部を自慢していましたから間違い無くド変態」
何故か俺の胸が抉られる…。コレクトマニアの気持ちは解る方の人間です。

「以前から彼には幾つか疑念を抱いていました。その最たる物が。マッサラ北戦役で使用した自軍の力量を十倍化する秘石。何故それを知っているかは…」
「私がマッサラの町から見ていたからだ。同じ裏組織の幹部が何を持ち出すのか興味が湧いてな」
「見られてた…」
俺の最終形態を。

「君のあの姿は何処にも漏らしてない。そこは信じてくれとしか言い様が無い」
「と、取り敢えず信じます」

「あの秘石はここのバザーで過去にナノモイが落札した物と同種であると確信を持ちましたが、あそこまで効果範囲は広くなかった。
コレクターのナノモイが収集物を他人に渡すのも不自然。
恐らく何かと交換しクインケかナノモイ本人が改造を施したのではないかとカラトビラで痕跡を辿った次第」
「何か出た?」

「いいえ何も。見れたのは綺麗に片された倉庫だけ。土地や屋敷は売りに出され誰でも内覧出来ました。
調べるのが遅かったのと国の介入が重なり」
「組織が痕跡を残す訳無いか」

「遡ってノルムではローデンマンの背後に居る謎の淑女と筆型道具を集める人物に付いての調査を。
気になる前者は全くの空振り。とてもガードが堅く聞いて回るのは危険と判断して取り止め。

一方の収集家はポロポロと。情報を纏めると二人。
式典出席予定の王女シャンディライゼ。もう一人は同じく出席予定のバーミンガム家長男のカルティエン」
「え?長男の方?」
「次男じゃなくて?」
アルシェの予想が少し外れた。

「偽王家の王子テッヘランを含め三人が略同時期にマッハリアへ遠征を始めたらしく確度は高いと思います」
「自分じゃなくて息子同士で殺し合わせる気なのか…」
「ルイドミルの評価が大暴落」

「偽王家とバーミンガム家の不仲は揺るぎない事実。しかし三人個人の関係性は不明。真相は式典本番にて。

王女が集めていたのは魅了系の道具。スタルフ王に取り入ろうとの魂胆しか見えませんな」
「迷惑だ…」
「ホント。責めて来国時期外してくれたら話し位は聞いたのに」

「それだけ現政権が危ないと言う表れでしょう。

カルティエンが集めていたのは暗器類。何処にでも仕込める小型の物。例えばそう…バーミンガム家が派遣した楽隊の楽器類にでも」
「真にそれだ」
「それに関しては大当たりね」

ロイド様の豪運が発動してた。聞こえてる?
「はい。しっかりと」
カルティエンが楽隊と一緒に行動してるかは解らないから慎重にね。
「了解です」

久々のロイドとの念話で心穏やかに。

「話をナノモイに戻し。クインケとの関係性とノルムで得られた情報から道具を横流ししていたのかと本人に直接打つけましたが余裕の否定。
転売も交換も所有者の自由ですからね。

ですが最後に投げた質問。ローデンマンの背後に居るあの不細工淑女にも売ったのか。と言う問いにはほんの一瞬だけ表情が強ばりました。遅れて知らないとは答えましたが。

そして早朝送り込まれた暗殺隊。見た目の装備は粗末で重く。気配も足音も消さない素人で本気で殺そうとした訳ではないと思いますが。ナノモイは淑女に関わる何かを知っている、と断言出来ます」

見た事も無いがきっと不細工なんでしょう。

「素晴らしい諜報能力。今度時間空いたらコツ教えて」
「それ程でも。こう見えて逃げ足には自信が有りますし。エドワンドでの投資と根回しが無駄金に成らずに済んで本当に良かった。
コツと言っても大概の男は美女に目が無いですからな」
否定はしません。

室内で俺とヒエリンドだけが空笑い。

こっそりモーちゃんに貰ったフラジミゼールの全図から外壁枠線を抜き出した略図を広げ。
「答えられるならナノモイの屋敷教えて」
コマネ氏に顔を向け。
「あー…。二度と彼とは会えなくなりますが。如何しましょうか総帥」
「教えなくとも彼なら自力で見付けてしまうだろう。タイラントに来ない限り関わる事も無い。転移具も持っているのにナノモイ自身が使ったと言う話も聞かんしな。
実害も無ければ益も無し。許可する」

ヒエリンドが記したのは3箇所。
「昨夜は南端の屋敷でした。日毎で変える所から収納庫は別棟だと。心無しか、スターレン様から離れた場所を選んでいるようにも…流石に考え過ぎか」
「優秀な遠見道具持ってたら有り得るけど。昨日の昼過ぎに気付いてないと可笑しい」
「眼鏡や双眼鏡とは限らないよ。私が外に居ても遠くからの視線は感じなかった。例えば嫌いな人や物の接近が解る感知道具とかさ」
道具を豊富に持ってるなら有っても可笑しくないな。
「俺が何したっちゅうの」
「解んないよ。晩餐会中に無自覚で何かしたとか」

「無自覚なら益々解らん。晩餐会でもバザーでも部外者とは全く…全く?ま…あれ?何か引っ掛かる」
何だろう。もうちょいで口から出そうな。

フーリアがヒントを。
「ナノモイではなく大使団の誰か。男性とは限らず女性も含めてみては」
「おぉ…。性別問わずなら確かに。昼食会中に他国の御令嬢が何人か挨拶に来てた」
「居たじゃない」

「いやぁ。でも自己紹介受けても。はい、そうですか、そうですね。アハハを繰り返してたらどっか行った」
「冷た」
「他の子と仲良くすな!言うたのは誰でしたっけ?」
「…済みませぬ」

男子2人も。
「ナノモイの縁者で女ですか…」
「秘密主義者の顧客情報までは把握してはいないな。バザーの特性上入場者の記録も数日後に破棄して残ってはいない」
誰も心当り無し!

「後ろに張り付いてたソプランなら何か覚えてるかも。まあ明日ナノモイに会えたら聞いてみよ」
フーリアに向き直り。
「フーリア。丁度君に探して貰いたい物が有るのだが体調は如何かね」

「久々で上手く出せるかは五分ですが。どの様な物でしょうか」
「逆転移禁止結界か障壁を張れる道具」
フーリアよりも先にコマネ氏が聞き返す。
「逆と言うのは外からの転移を遮断したいと」

「真に。内から外も迷宮以外の地上では中々見ない。
有っても範囲の狭い局所。しかし技術的には可能でそれ用の道具は存在している。なら逆も有るんじゃないか、と考えるのは甘いですかね」
「甘いとまでは言わないが…。ラザーリアの現状を鑑みるに欲しい物ではあるな。駄目元でやらせてみるか」
「総帥の許可も下りました故」

床に世界地図を広げ、その脇でフーリアと向かい合い片手を重ねた。彼女は瞳を閉じ空いた右手を地図上に…。
「…フィーネ様の怒りの熱視線を感じます…」
「フィーネさん。俺も偶には怒るよ?」
「御免。平常心平常心」

呼吸を整えもう一度右腕を伸ばした。

「……ん?」
「ん?」
「テーブルのフラジミゼール図を」

テーブル前に移動し、も一度。

改めて指を差し置いたのは。ナノモイの屋敷を結んだ三角形の中心部。

「多くの道具と陳列棚が集まる地下室…」
「ナノモイの収納庫ぽいな」
「倉庫を守るような屋敷の配置ね」

「ナノモイの好みって解るかな」
「そこまでハッキリとは…。済みません」

代わりにヒエリンドが答えた。
「好みかは別にして。小物類を買う傾向は有りますね。
半身を覆うような防具とか重たそうな武具は購入しない趣向性です。屋敷内の調度品を見た限りは」

「コマネさん。近場で気を引けそうな小物残ってないかな。俺たちの手持ちだと人に渡せるような物が少なくて」
「そうだな…。奇抜で有りつつリスクの少ない物…。
ハイネの雑貨屋フレットと言う店を訪ねてくれ。私が動くと角が立つ。君らが顔を晒せば向こうからお勧めを出してくれるだろう。
店の場所は闇商が在った近くだ」
「助かります」
「お昼からハイネでお買い物ね」

打ち合わせの流れで年末年始不在だったヒエリンドの為に竜肉を振舞い焼肉ランチ。

余りはジェシカ母子へ献上。




--------------

どれ位振りか忘れる程久々に嫁と手繋ぎデート。
恋人繋ぎで寒いお外でもホッカホカ。

クワンは俺たちに気を利かせて上空散歩。

「こうして歩くのも何だか懐かしいな」
「だねぇ。胸が熱くなって勇気も湧いて、何でも出来そうな気がする」
素直な感想にこっちの胸も熱くなる。

良い物見付かりそうな予感。

フレット雑貨店は直ぐに見付かった。元闇商に向かう路地裏手前にヒッソリと真新しい新規店舗が。

賑やかなハイネの中で唯一静寂に包まれた異空間。

…近くない?との気持ちは抑えて入店。

玄関扉には鳴り鈴。店内に漂う香ばしい珈琲焙煎の香り。
来る店間違えたかな…。

不安を余所にカウンター奥から見覚えの有る女性が顔を覗かせた。
「おや誰かと思えば」
「あ!」
「道具屋のおばちゃん!」
バザーの道具店舗の女主人。

「何時か来るとは思ってたが意外に早かったねぇ」
「その節はどうも」
「ご無沙汰です」
素顔のフィーネとは初対面。

「それがあんたの素顔かね。どっかの人形さんみたい」
「久々に言われました。最近だと大分顔も売れてしまったもので」

「フレットて男性の名前。もしかして旦那さん?」
「違うよ。旦那はとっくに死んでる。武器屋やってた息子の名前さ。直ぐそこで買い物もしたろ」
あの闇商人が息子でフレットだったのか。

「こんな目と鼻先で店起こすなんて大胆ですね」
「闇商が完全に消えたからねぇ。ノルマも縛りも無くなって清々さ。ちょっと待ってな」
軽い足取りで玄関を閉店に変えカーテンを閉め切った。

「馬鹿息子はラフドッグで仕入れ中。ラフドッグとウィンザートに散ってるエロくて陰気な品集めてここで処分してるのさ」
国の健全化がここでも進む。全然知らんかった。

「個人的にも国からも報奨金あげたい位だよ」
「上からの指示で?」
「止めとくれ。金なら充分稼がせて貰った。上からの打診も有るが国内に居残った連中の繋がりでね。クインザも居なくなった事だし。平和な時代に相応しくない余計な物は処分しようってね。
破壊不能の武装は隠蔽布で包んで地中深くに埋めてある。何なら掘り起こすかい?」
それは良い事聞いた。
「あんまり時間が無いからそれは何時かまた」
「今日は比較的安全で道具マニアが喜びそうな小物を探しに来たんです。上の方から伺って」

「おーそうかいそうかい。マニア向けの珍品小物かい…」
暫く店内を徘徊したり暖炉釜で炒った珈琲豆を冷却皿に広げたり。
「あんた珈琲立てられるだろ」
「良くご存じで」

「当たり前さぁ。王都で出しても今まで見向きもされなかったのにあんたが買った途端に豆も道具もバカ売れだからねぇ。
物出してる間に奥のキッチン好きに使っていいから淹れてくんな。家はブラック専門だから砂糖とミルクは自前で頼むよ」
ここは…喫茶店?
「了解です」
「私はお砂糖入れようかな…」

太っ腹な女主人のご厚意で左手奥の小キッチンで珈琲チャレンジ。

1つ目のミルで粗挽き。雑味になる薄皮を取り除き2つ目のミルで本挽き。目の細かい濾紙に敷き詰め、沸騰前の細首ヤカンで熱湯をチョロチョロ蒸らし。

中濃珈琲の出来上がり。保温容器に移し替えキッチンテーブルにカップを並べた。

台車で小箱を運び入れた主人が対面に座りテイスト。
「まあまあだねぇ。知らない筈の珈琲の立て方なんて何処で覚えたんだい」
合格点を頂けた。
「遠い異国の書物を読んで。後は我流です」
いいえ遠い故郷で得た知識と直感です!

「ふーん。聞かぬが華かい。紹介が遅れたね。
私はルビアンダ。道具商を営む傍らで小さな珈琲豆農園を経営してる。良かったら帰りに買っとくれ」
「許容量の限界まで買い取りますよ」

「その半分でいいさね。市場に出す分が無くなっちまうよ。
今回のお代はそれで。法外な額だと税金計上が面倒だからね。今のあんたらはお役人だし」
「まあ…そうっすね」
「お言葉に甘えます」

「行商中にモハンの高原集落で立てて貰った珈琲が情景と相まって格別でねぇ…。話が長くなるからそれはまた今度で。私が生きてる間には来とくれよ」
大変興味が有ります。
「確約は出来ませんが年内の何処かで」
「旅のお話聞かせて下さいね」

余程嬉しかったのかニコニコしながらテーブルの端に小箱を並べた。

市販の軍手で取り出されたのは3品。

1品目。小型の西洋(※こちらでは西国)人形。
クリクリお目々と赤髪ウエーブが特徴な女の子。

「口の中に誰かの髪の毛を一本入れて脇腹を擽るとその髪の持ち主が何処に居ても笑い転げる玩具」
「え、エグいな…」
「見た目とは裏腹に」

「エロい事には使えないから安心しな。両脇腹だけ。了解を得た者同士じゃないと拷問だねぇ。マンネリ化した中年夫婦には持って来い」
「つか」
「わなくて良いです」

2品目。砂塵の投映器。中が空洞の宝石箱な見た目。
箱の中底に置いた物体を天井に拡大して映し出せる。

「箱に収まる範囲で。手先が器用ならどんな物でも精巧に映せる代物さ。映せるってだけで無害だよ」
「これ自分でも欲しいなぁ」
「良い感じの暇潰しが出来そう」

3品目。麝香の鉄扇。端に取付けられたフワフワ羽毛が特徴の女性向け商品。
締結点上の小穴に香水や香油を垂らして仰げば部屋中に香りが充満する。

前にどっかで見たのとは別バージョン。

「ステン材で長持ちはするが多少重いのが玉に瑕。振り回して鈍器にしなきゃ誰でも使えるよ。
悪用出来ない物で言えば今はこんなもんだね」
「羽扇子かぁ。まんま女性向けだな」
「取り敢えず全部持って行こ。奥様が居ればプレゼントにも使えるし」

すっかり忘れてしまったロルーゼ大使団の貴婦人。会えたとしても思いだせるかどうか…。

金貨18枚を提示されたが勉強代で20枚を支払い。店裏の納屋からハイネ産とラッハマ産の豆を大袋で3袋ずつ頂いた。

最後にルビアンダさんから。
「欲を言ってもいいかい」
「何ですか?」
「知ってると思うが珈琲豆は水の綺麗な高所地の方が良く育つし品質が良くなるんだ。
あんたんとこの温泉郷の一角。貸しちゃくれないかね」

「あぁそれですか。大きな建物以外はまだ空いてるんで大丈夫だと思います。帰ったら責任者に伝えますが折り返しの連絡は上がいいですか?それとも直?」
「まだ私らはちゃんと表で商売出来ないから。上経由にして貰えると有り難いねぇ」
「解りました」
「ホテルや宿に格安で卸して貰えると助かるんですけど」
「そいつは収穫出来てからの話さ」
手を振って暫しのお別れ。きっと…いや間違いなく長いお付き合いになる。




--------------

帰宅後。ふと思い立ち珈琲ゼリーを作成。
濃い目の珈琲に寒天を溶かして冷やすだけ!

甘いミルクシロップを小鍋でコトコトしながら考え中。

隣で夕食の海老フライの下拵えに入った嫁が。
「何考えてるの?明日の心配?」
「それも有るけど…。エルラダさんがどのタイミングで俺に接近して来るのかなぁ、てね」

「本物だったら一大事だもんね。内式直後とか本式の中休みの自由時間とかかな。ダンスは目立つから無いとは思うけどダリアのお母さんなら許可します」
「俺もそれは無いと思う。ダンス中に複雑な話なんて出来んし。他を断るのに他国の貴婦人とは踊れませんがな」
「そりゃそうだ」

「出来るだけ他を寄せずに隙を作る。言うは易しで中々どうして難しい」
「話す順番待ちで列が出来そう…。てか激ムズですね。
隠蔽道具身に着けてそうだから。貴族院派閥の中で名無しさん見付けてこっちから誘う?」

「動き易いのは晩餐会中にトイレに立ったり」
「その間に偽物が現われて一石二鳥かもよ。私が中に居れば見間違う事は絶対無いから任せて」
「その案でやってみるか。良しシロップ出来たと」

畳んだ濡れ布巾の上に小鍋をポン。

「こっちも。後白身魚に衣着けて揚げるだけ」
「スープは…。コーンと若芽と椎茸に豆板醤入れてどっかの国風スープにしようか」
「うわぁ。どっかの国の給食みたい」

本棟で熟成され直した豆板醤を早速使ってみたり。リビングにはクワンとピーカーがじゃれ合う。夫婦水入らずのゆったりとした時間。

「明日早く帰れたら麻婆豆腐リベンジと行きますか」
「良いですねぇ。さてさて今日は皆我慢が出来るかな」

スープは超簡単。なので嫁が揚げ物をする傍らでポテサラとタルタルソースを作成。

シュルツは珈琲ゼリーだけ食べに行くと宣言した。んがレイルは我慢が出来ず。揚げ終わる頃にはラザーリア組がリビングに勢揃い。

「「やっぱりね」」
「肉料理ばかりは飽きるのじゃ!パサパサじゃし」
「説得出来る人材不足で」
「申し訳有りません」
偉そうなレイルにロイドとアローマが謝罪。

「楽隊組も二日後着だって連絡入ったし。それまではのんびりやるさ」
「ニャ」
「意外に早い。カルティエンは少し遅れて来そうだな」
「ささ仕事の話は後にして冷めない内に食べましょ。アローマは手洗ったら配膳手伝って」
「畏まりました」

………

今宵も楽しい団欒。シュルツとプリタを交えたデザートタイムも通り過ぎ。

お風呂前のレイルさん。
「クワンティに見せていた三品を出せ」
「ん?出してもいいけどあげないぞ」
「明日の交渉に使う大事な物なの」

「見るだけじゃ」
「何を手に入れられたのですか?」
シュルツも興味津々。

リクエストに応えリビングテーブルに入手したての3品を並べてご説明。実演販売?

案の定鉄扇を手に取り。
「これをわら」
「駄目だって。前に似たようなのあげたろ。あれどうしたんだよ」
「風呂上がりに扇いでおったらメリーに強請られてのぉ。あれは常人には重くて刃も付いておる。こっちの方が軽くて角が丸い」

「私も拝見したいです」
お馴染みの眼鏡を装着して検分。
「これでも充分重いです。数回扇いだだけで手首を痛めますね。魔力を掛ければ多少は軽減補正されますがメリリーさんは一般的な魔力量しか持っていません。

五枚葉全て同じ構造。軸の空洞内壁に風と雷魔石の粒子を散りばめ……」
「おやおや」

「これは大変良いですお兄様。時計の回路とは逆の目的で先端に向かって電荷を描き微弱な放電作用を利用し風で香りを拡散する。
これの逆手を組めば魔石電池を永続的に循環させる事も可能です!」
「「循環!」」
思わぬ所からヒントが舞い降りた。

「レイル様。私にお任せ下さい。代わりの物を軽量なアルミ材でお作りします。雷鳥の羽毛は他の物になりますが」
雷鳥の羽毛だったのか…。何処で生息してるんだ。
「う、うむ。任せても良い。良いが雷鳥とは何処に居るのじゃ」
レイルも気になったらしい。
「南東大陸南端の諸島群と出ていますね」
「遠いのぉ」
「まあクワンが居れば俺たちで行けなくはないけど」

腕組みでふむと唸ったレイルは立ち上がり暖炉前の平場でピンクの翼を開いた。
「柔毛を好きなだけ毟れ」
「よ、良いのですか?血が出たりは…」
「出ぬように調整する。安心して毟るが良い」
「で、では」
チャレンジ精神も旺盛なシュルツ隊員が人類では恐らく初であろう未開の領域に手を突っ込んだ。
「擽ったいのぉぉ」
「暫しの我慢を」
左手の鉄扇のフワフワとレイルの翼の付け根を交互に触診して吟味。

思わぬ擽り攻撃にレイルは立ったままプルプル。

「参ります!」
「おぉ早う」
返事を聞き届け柔毛を鷲掴みにスルッと引き抜いた。

「これだけ有れば充分です」
「おぉ…新しい何かに目覚めそうじゃ」
「「目覚めんな!」」
俺たち夫婦の突っ込みは虚しく流され。

吸血姫の羽毛を小袋に詰め詰め。
「お兄様。明日の出立は何時頃でしょうか」
「あ、あぁそうだな。シュルツの解析が終わってからでいいよ」
「明日の何時に行くとは言ってないから。ゆっくりやって」

「はい!プリタさん。急いで自室に。今夜は徹夜です」
「お嬢様。徹夜はお肌と発育の大敵です。責めて仮眠を」
「珈琲ゼリーを頂いたので全く眠く有りません!」
カフェインでちょっと興奮してたのか。

一般的な紅茶の方が強い筈なんだけど。これも慣れ?

鉄扇を握り絞めプリタを引っ張り駆け出して行った。

「さぁて、さっさと風呂入れよ。いい加減戻らねえと怪しまれる。洗い物は俺が手伝うからアローマも」
これまた珍しい。
「言葉に甘えます」
素直に聞くアローマも珍しく。

流し台にソプランと並び立ち。
「最近アローマと何か有った?」
「それ聞くか…。去年に濃い竜血飲んでから以前にも増してベッタリラブラブだ。お嬢のお陰でな!」
「えー。あの時は仕方なかったんだもん」
「何かごめん」
「背中にレイルの蝙蝠入れるわ。嫁は一緒に行きたいって夜の諜報活動が全く出来ん」

「誰か気になる奴居るの?」
「あぁまあな。俺の直感だ。外れてくれりゃいいが…」
誰だろう。向こうに行ったら確認するか。




--------------

翌昼前にミランダとファーナが布に包まれた鉄扇持参で来訪。

「お嬢様は図面を抱き締めお休みに」
「プリタは宿舎でぐっすりと。序でと言っては語弊が有りますがそろそろ引き継ぎをば」

「ありがと。何時も通りで頼むよ」
「時間が半端だけど…。昼食の匂い漂わせてお宅訪問するのも何だし。このまま着替えて出掛けます。
夕食は作りたい物が有るから用意は無しで」
「「畏まりました」」

17時過ぎても戻らなかったら帰って良しと伝えフラジミゼールへ出発。

例の如く町の外からナノモイの屋敷と倉庫の場所を観察。

自分の500km双眼鏡はロイドに預けてある為フィーネの双眼鏡を使い回し。

ナノモイは直ぐに見付かり南端の屋敷1階奥に居た。
大きな応接室のような部屋。

…ナノモイはソファー席に座り萎縮して震え。それを怒鳴りつける若い御婦人の姿。ソファーの後ろには襲撃犯5人が正座中。
足痛いだろうに。

「あ、思い出した。ロルーゼ側の客賓席に居た人だ。彼女だけ名前が全く見えないのも珍しいけど。なんかよー解らん状況」
「どれどれ」
双眼鏡を返して。
「激怒ですねぇ。男6人震えて。逃げも隠れもせず、て感じでも無さそう。私たちを待ってるみたいだから気にせず行きましょ」

「おけ。クワンは近場の屋根で待機」
「クワッ」


南部の駐屯所に挨拶しに行くと昨日は不在だった主任ではなく所長がこんにちは。
「賊の口は堅く。被害者もお二人だけでしたので…止む無く解放致しました」
知ってます。
「苦しい立場なのは理解してる。こちらも事を荒立てる積もりは無い」
「領主様には内密に。特例で不問とします」
「有り難う御座います。町中では何卒…穏便に願います」
言ってる事無茶苦茶。
「暴れたりしないから安心しろ」
「相手の出方次第ですけどね」


脅し文句を置き去りにフードを被り直して南端屋敷の門前へ。門番2人に顔を見せ。
「招かれてはいないが昨日早朝の件で来た」
「入れて頂けますよね?」

「少々お待ちを!上に伝えて直ぐに戻ります」
片方が駆け込みもう1人は深々とお辞儀。

門前で待つ事数分。先程の門番が2人の案内係を連れて戻った。

案内されるまま外で見た応接室へ。

ソファー席には子犬のように震えるナノモイと堂々と座る御婦人。襲撃犯は既に退出。

対面に座り室内には4人だけ。

ナノモイは俺を見て震えるばかりで御婦人はフィーネを向いて鼻を鳴らした。
「良いですわね…」
「私に何か?」
「いいえこちらの話です」
もしかして惚れたのか!んな訳ないな。

軽い咳払いを挟み。
「私が当館の主エリセンティ・アッペルト。隣が夫のナノモイ。普段私が表に出る事は有りませんが。昨日の夫の不手際を謝罪する為同席致します」
かなりの鬼嫁さんだ。
「昨日の件は先ずは横へ置き。御二方共。一昨年の当国晩餐会振り。旧知を温める程の会話は無かったとの記憶ですが…。何故ナノモイ殿が震えて居られるのか。些か疑問で訳が解らず困惑しています」
「覚えて居られたのですね」

「お顔だけは。フレゼリカに意を削がれていた為、大半の出席者のお名前は記憶に有りません」
「成程それで…。昔話は良しとして。夫は性根からして臆病者。昨日の追手も臆病風に吹かれた夫が私の目を盗んで勝手に放った不始末。そうですね」
「は…はい…」
この人ホントに大臣やってたの?

「最も恐れていたあの雌豚を真っ向から退けた立ち回り。バザーの席で競り負けた恐れ。それらから来る物なのでどうかお気に為さらず」
雌豚言っちゃったよ。
「バザーにもいらっしゃった」
「当然ですわ。目を離すと直ぐに我楽多を買って大金を溝に捨ててしまいますもの」
「我楽多じゃないよ…」
「使えもしない物は我楽多です!」
段々と関係性が見えて来た。一種の恐妻家だ。

口をモゴモゴさせるナノモイに対しエリセンティは凜とした佇まい。

「謝罪交渉をする前に。私を鑑定して頂けますかしら」
ん?
「宜しいのですか?見られたくない物まで見えてしまいますが」
「どうぞご存分に。全力でも構いませんわよ」
「では遠慮無く」

彼女の傍に行き。差し出されたお手を拝借。

…見え難い。
「これ程見えない方は初めてです。お名前は紹介を受けた通り。年齢不詳。スリーサイズ秘匿。ご趣味は香水集め」
「何処を読もうとしてるのよ!…あ、私の香水気になりました?」
「ええ。大変良い香りですね。後でご紹介して頂けますでしょうか」
「これは身内だけの非売品なので…ちょっと」
「それは残念。では、続きを」
鑑定続行。

「…特技。…邪気相殺…?」
初めて見た!天性のスキル。

「生まれ付きの体質とでも申しましょうか。身に降り掛かる周辺の悪しき呪詛や闇に属する瘴気やスキルの発動を払い退ける能力です」
「それって詰り…」
「晩餐会の席で。フレゼリカの脅威を払えていたのはこの私が居たからだと。それをお伝えにテラス席まで参りましたのに。あの冷たい対応でしたものねぇ」
マジでぇぇ!!??

フレゼリカの異変の原因がここで解けた。

お手を離して速攻土下座。
「その節は大変お世話に成りました!知らぬ事とは言え非礼の数々。どうかお許しを」
「ちょっとスタン。恥ずかしいから止めなって。私たち外交官なのよ」
「いやでもさ」

見かねたフィーネがバッグから水色の小瓶を取り出し。
「今着けている薔薇は使い挿しですので。こちらは今季の新作。ラベンダーとくちなし草から抽出されたカメノス製薬工房の香水。更に!」
今度は乳白色の小瓶を並べ。
「同工房製の乳液。就寝前にお使い頂くと乾燥の激しい今の時期でも翌朝びっくりモチモチ卵肌。加えて」
追加の透明色の瓶。
「全身何処にでもお使い頂ける化粧水を添えまして。以上の3点を以て過去の出来事は手打ちと致しましょう」
「まあ嬉しい!晩餐会などたった今忘れましたわ!」
両手に抱えて頬擦り満開の笑顔。大変お喜びのご様子。

「ありがと。助かった」
「どう致しまして。香水以外の追加購入のご用命、不備不良のお問い合わせはお近くのカメノス財団支所まで。
非売の香水も特別に卸せるよう手配して置きます。上層に実名をお知らせしても構いませんか?」
「構いませんとも。散々外事に使った本名ですから」

阻害されたナノモイの震えが止んだ。しかし尚もガン無視で話は進む。

「過去は水に流し昨日の件を。予めお断りしますがヒエリンドとは面識を持ちません。持たぬが故に夫に任せてみたらこの通り。言い訳は余所に。今朝から問い正していますが一向に口を割りません。いったい何を問われたのか正直に仰いなさい。もうお二人は目の前に居るのですよ」
「う…むぅ…」
しぶとく粘る重い口。ナノモイの膝頭をエリセンティがぴしゃりと叩いた。
「御免よ…」

「いい加減僕には慣れたでしょ」
「それは、かなり」
姿勢を正し深呼吸を繰り返して自分のカップを啜った。
「ここまで来たら全てを話す。だが話す前に約束して欲しい」
「どの様な」
「私たち家族と屋敷の皆を守り切れるのか。僅かでも君の信念が揺らぐなら。私は拷問を受けても喋らない」
被害者を産まない覚悟は有るのかと。
「謎の淑女の実名さえ解れば、必ず」
「それが例え…。君の母親リリーナ姫であってもか」

思わず手持ちのカップを落とし掛けた。
「今…何と…」
「え…」
そう漏らしたのはフィーネだけでなくエリセンティも。
「冗談ではない。実の母親を君のその手で討てるのかと聞いている」
震える手でカップを置き。フィーネの手が添えられた。

この温もりで何度救われたかも解らない。

自分も呼吸を整え。
「必ず、討ち果たすと約束します」
フィーネに遣らせて置いて俺が出来ないなんて言えないし死んでも言わない。
「そこに母の魂は無い。母の姿をした只の器。ならば何の躊躇いも無い。ですが守るとは言っても僕らはラザーリアに居ます。とてもこちらには手が回せない。貴方の自衛力と集めた道具が必要です。
それをお借りしたくて今日伺いました」
「勿論だとも。何時か、この日が来るのではないかと集めた品々。このフラジミゼールを覆える強力な結界も準備済みだ。
決戦の地ラザーリア。何の因果か二度迄も。そこでリリーナ姫に化けたフレゼリカを討ち果たせ。
絶対に取り逃がすな」
「はい」
この人は全てを知っている。それを俺に話せばもう後戻りは出来ない。

応える俺も相応の覚悟を以て臨む。

漸く紅茶を一口流せた。

「安心材料として提示出来るのは二つ。
君の父ローレンは何も知らない。全てはローデンマンとフレゼリカが画策した事。
妻も何にも関与はしていない。彼女と出会う前にマッハリアで始まった出来事だ。

一昨日の晩ヒエリンドに問われたのはカラトビラに居たクインケと王都の淑女との関係性。
君らが町に入っていたのは知っていた。そしてその質問。君からの問い合わせだと直感し私兵を放ち君らを釣った。無闇矢鱈に害するなら縁を切ろうとな」
「役職の身で他国での無益な殺生は出来ませんよ」
「最近は控える努力をしていますので」

「狂王クライフ。それも今は昔。その血を継ぐ者が私は怖かった。奴が消え去った今でさえ」
「狂王?は今初めて聞きましたが母方は理知的で温厚な性格だったそうです。それと育ち方でしょうね」
一般論としても。
「知らぬが善しと言う事も有るが。もし気になるなら王城の書庫でも覗いてみると良い。何故私がそれを知るかは全てが終わってから話そう。

本題に戻す。
クインケとの関係は幼少期を同じ町で過ごした盟友。十五年程前に彼が訳の解らぬ邪神教に目覚めるまでは親友とも呼べた。
マッサラの挙兵前辺りから過去を知る私を害そうとする節が度々見え。君が阻止してくれた運河の氾濫を狙ったのもその一つ。
身を守るのだと泣き付かれ。もしや彼を救えるかもと渡した道具を逆に私に向けられるとは…。己の愚かな甘さを痛感したよ。

挙兵でクインケが転移道具を使った後。ガラ空きになったカラトビラの拠点を襲撃して何割かは取り戻せた。

ニーダ・トルレオと魔道具奪取失敗と同時に淑女が遂に動き始め、道化を演じ続けた私も目を付けられた。
カラトビラで奪った物を返せと。だがそれは元々私がラザーリアのバザーで買った物。クインケの方が私から盗んだのだと抵抗し。代品と交換する流れになった」
「どんな物を」

「淑女が求めたのは人体に埋め込む小型爆弾。物は親指程の物だが昨年暮れに南の空を染めた赤き閃光に匹敵、又はそれ以上の破壊力を持つ」
まだ有るのかよ…。造ったのはシトルリンで間違いない。
「言葉も無いです」
「呆れるわ」

「効果範囲に上限は無い。埋め込まれた人物への蓄積ダメージ量と有害な呪詛量で決まる。弱点は聖属性だが君ら以外で該当武装の所持者は少数。
多少の損壊では死なず半不死身にもなれる化け物。
更に魔人化合成を受け不死まで備えていれば威力は莫大な物となる。

単体では破壊不能品。色々な破壊道具を駆使したが無駄だった。

注意点は人体完全死滅前に無理矢理取り出そうとすると即座に起爆する。

対処方法は一つ。聖属性で死滅させ石を取り出し空気に十秒間晒すだけで良い。蓄積された物は消え去り零の状態に戻る。
逆にその十秒間に別の身体に移植されたら継続される。

フレゼリカの性格上自分自身に埋める事は無い。リリーナ姫の美しさに嫉妬して奪った位だからな。しかしその先は」
「誰に埋められたか解らない」

「そうだ。渡さなければベルエイガに温存されている魔人完成体を解き放つと脅された。力及ばず申し訳無い」
「いいえ」
想定外な事象が次々と。

「あなた…。本当に、ナノモイなのですか」
「騙して済まない。君の力目当てに近付いたのは許してくれ。だが何時しか罵倒されるのが当たり前になり、楽しくなった。こんな人生も有ったのかと。
子を設ける積もりは無いと言ったのも。私は子を抱く資格が無い人間だからだ。

顔を変え。名を変え。性格を変え。クライフとフレゼリカから逃げ続けた人生もここで幕を下ろす。

この私が。ラザーリア地下施設の発起人が一人。初代所長ラノハイド。記録は何処にも無いだろうがそれが最初の偽名。

召喚士の治癒術に頼らない外科医療を志した、しがない医学士。今のカメノス医院。あれが理想で夢。

新しい医療を目指そう。そんな誘い文句だった。
私の他にも何人も。若き日のローデンマンもあの場所に居たな。

気が付けば。腕が百本有っても収まり切らない死体の山を築いてしまった。

フレゼリカを倒せても私は誰かに消される。ここに私の過去を知る者は居ない。その日が来たら、エリィと皆を救ってやって欲しい」
「お約束は出来ませんが。最大限の努力をすると誓います」
「誓います」
「今はそれで構わない。二年前の君にこの話をしても信じて貰えそうになかった。だから逃げたのだ」
「でしょうね。捕まえて拷問していたかも知れません」

「何を勝手な。私は守られるだけのか弱き乙女では有りません。罪が有るなら償い。夢が有るなら追えば良い。
逃げると言うなら私も共に。戦うならば最後まで」
「落ち着くんだエリィ。淑女は君の能力を知らない。私がラノハイドである事も。
仮死状態のリリーナ姫に記憶を上書きした為に過去の記憶が欠損している。それは直接対話した時に確信した。
そこに必ず勝機は有る。まだ話は長い。少し遅いが昼食にしないか」

「解りました…」




--------------

食堂では恐妻に怯えるピエロに戻り。静かに流れるこの屋敷の日常の風景。

持て成された俺たちは、この昼に食べた何かのサンドイッチの味を記憶する事は無かった。

別室の小会議室に移動して茶が運ばれ、係が出てからナノモイは演技を止めた。

「どんな物を取りに来たのかね」
「逆転移禁止結界のような物を張る道具を持ってはいないかと」

「あれか…。私も有れば使えると。既存の内向型を改造してみたが後もう一歩。何かが足りない未完品でも良ければ収納庫で渡そう」
「助かります。改造なら自分たちで」
トレード無しでベースが手に入るなら。

「過去を振り返る前に。完成魔人と改造合成を施された異人の存在は国の上層なら知る者は多い。

偽王ペタスティンと子息女二人及び側近。彼らが王座を下りようとしないのは淑女に取り入り起死回生を狙っているからだ。
フレゼリカの勝利で両国統一新女王が誕生する。

偽王家を告発したバーミンガム家の三人。ラザーリア式典への参加は陽動で真意は淑女が離れた瞬間を狙い拠点を叩き潰す算段なのだろう。
その反面で残骸を拾い集めて利用しようと目論む欲深い親子だ。事前にアルシェ嬢が逃げ出せたのは真に僥倖であったと言う他無い。

現外事大臣マルセンド。私の後任の男。彼は手堅く傍観を決め込み最後の勝利者に付く。式典終了までは無害。

貴族院首長アルアンドレフ。人民解放軍リーダーでもあり次の王位に最も近い男。君が敗北するまでは味方であると言えるが、勝利の為なら何でも利用しようとする危険思想の持ち主だ。
式典にも参加する。目的は君ら兄弟への接近。
二年前の晩餐会で私の隣に居たもう一人の大使だから会えば思い出せる筈。

この町の領主、辺境伯モーゼス。彼も私と同じで脅されている側の人間。知っていても全てを話せない。苦しい立場なのは君も知る所だろう。

敵教団組織の構成員も当然王都内に居る。そろそろ移動準備が整えられた頃合いだと思う。

フレゼリカに取って最大脅威は君だ。私見では各国要人が一箇所に固まる本式に合わせ爆弾を抱えた先遣隊を送り城内で起爆。戦火が上がらなければ手持ち全勢力で君たちを叩きに行くのだと見る。

何か質問は有るかね」

「特に何も。知りたかった情報は全て頂けました」
「私は1つ。爆弾の交換で淑女から受け取った物は何でしょうか」

「壊れた髪留め型の転移具だ。元から私は使えないが真の塵を押し付けられた。
欲しければそれも持って行くと良い」
「良いですね…。因みに淑女の髪が挟まってたりは」
「どうだろう。受け取った時に鑑定して布に包んでそのまま保管してある。後で見てみよう」
もし有ったら…使える!


「地下施設の発足は今から二十七年前。最初は小さな地下室から始まった。
五年程が過ぎ。地下二層まで拡張された頃。唐突に氷漬けにされた西大陸の魔物の遺骸の一部が持ち込まれるようになった。

人間の魔人化研究がラザーリアで開始された起点。南東のフィオグラの施設は別の派閥だ。他にも有りそうだがローレライなら何か知っているかも知れない。

遺骸持ち込みと同時に奴隷層の幼児が連れて来られるようにもなり。
漸く狂王とフレゼリカの本当の目的を知った。

それまで切り刻んでいたのは罪人や野盗の類だけではなかったのだと。己の罪深さを知り。只呆然と茶色い天井を眺めていたのを昨日の事のように思い出す。

地下の危険性に気付いたリナディア様が害されたのも丁度その頃だ。

どれ程女神様に許しを請うても許される筈は無く。何かしなくては。何とかあの暴挙を外に伝えなくてはと施設から脱出する覚悟を決めた。

一年程が過ぎ。ロルーゼへ奴隷の買い付けに行く行商隊への同伴が許されラザーリアを出られた。

そこからは賭けの連続だった。
冬山登山用品を別枠で揃え。ローリターナー山脈街道中腹に差し掛かった時に遭難を装い離脱。地下で掠め取った増強剤などの薬を使い追手を振り切り山越え。

カラトビラへ逃げ延びクインケを頼った。

先に下流貴族のシャシャ家を立ち上げていたクインケの元で薬師として働き。強力な精力剤を闇商に流して資金を稼ぎ出しアッペルト家の立ち上げに漕ぎ着けた。

数年が過ぎ。運も手伝い成り上がり。財が潤沢となった頃から各地のバザーを巡り魔道具を買い漁るように闇組織の足取りを辿った。

裏には邪神教が蔓延っているのが見えたのもその頃。
運悪くクインケが教団に染まり、彼との距離を置いた。

ある年。ラザーリアで開かれたバザーの参加者の中に表に堂々と出ていたローデンマンの姿を見付け。

買い付けた道具の交渉と称して近付き。親交を深めながら地下施設の進捗を探った。
薬なぞ使わなくとも強い酒を飲ませてみれば。私の正体にも気付かず饒舌にペラペラと。丸で自分の手柄のように自慢気に話してくれる彼には失望と共に感謝したよ。

手頃な話相手が居なかったのも有るだろうが…。

その頃には地下四層までが出来ていた。増長を食い止めたかったがマッハリアには何の影響力を持たぬ異国の中流貴族の身。接近が過ぎれば私の正体も露呈する。

苦渋の末。マッハリア内の闇商で珍品を漁る変人を演じ続けるに留めた。

そして十二年前。ローデンマンがリリーナ姫の奪還計画をポツリと漏らした。

奪還とは何か。王位継承からも外れた姫を今更奪って何に成るのか。一か八かで何の冗談かと問うと。

只一言。自分から姫を奪ったローレンが憎いと答えた。

その意は最後まで理解出来なかった。が、彼は宣言通りに一年後。フリューゲル家の防備に風穴を開けロルーゼに逃亡。

仮死毒で眠れる姫を土葬ではなく火葬せよと命じたのはフレゼリカで間違いない。

ここは推測だが。火葬用の棺に遺体を移す時に別人に擦り替え、地下で記憶を移し。ロルーゼのローデンマンの元に転送されたのだと思う。

本当の意味で姫の殺害を止められる位置に居たのはこの私だ。たった一言。ローレンにローデンマン逃亡の意味を伝えてさえいれば…。

臆病な私を。許してくれ!」

紅茶のカップを退け。テーブルに両手と額を着けた。

「顔を上げて下さい。
ローデンマンが逃げなくても。貴方が口を挟もうとも。
フレゼリカは母を殺していたでしょう。僕が生まれるもっと前から母は狙われていました。
それを承知で父は母を迎えた。これはフレゼリカの愚行を止められなかった僕ら家族の問題です。

貴方が責を持つ必要は有りません。
戦い。皆で勝ち取りましょう。輝ける明日を。

女神様も水竜様も。歩む道を外さぬ限り。誰も見捨てたりはしませんよ」

顔を上げ滲む涙をハンカチで拭い。
「資格も無い私が泣いている場合ではないな。
輝ける明日を、か。本に善き言葉だ」
「本当に…。スターレン様は詩人ですわね」
エリセンティも隣で涙を拭っていた。

「それ程でも」
「まーた女の人泣かせてぇ」
そう言う嫁もちょっと鼻声だ。

「さて。質問が無ければ収納庫へ行こうか」

「あ、そちらへ行く前に。今日は交換交渉になるかと何品か道具を持参して来たんです。
何かに使えるか見て貰えますか」

人形と投影箱と鉄扇を並べて概要説明。

「鉄扇はエリセンティさんに。扇ぐと手首を痛めますがもしもの時の鈍器にでも使って下さい」
「一振りで香水を部屋中に。良いですわ。…でも確かに扇ぐには向きませんね。寝所の飾り立てにでも有り難く」

自前の鑑定眼鏡を懐から出して人形から検分。
「これは…。だから先程髪の毛と」
「ええまあ。有ったらいいなと」

続いて投影箱を手に取り蓋を開けて息を呑んだ。
「いい…。良いぞ!これを使えば外向型の結界具が完成する!」
「ホントですか!?」
「私はこれを探していた。これは単純に収納物を拡大投影するだけではない。鏡のように反転して映し出す物だ。
投影された物は持つ意味も逆となる」
「貰って良かった…」
「やったわねスタン」

「だが結界具の方の効果範囲が狭く。箱の方は空には照射出来ない。既存の外結界に当てて張ると消費魔力が尋常ではな…。いや君らなら」
「出来ますね」
「2人掛かりでやれば王都全体でも張れそうです」

「早速行こう。久々に心躍る気分だ。夕食は食べて行かんかね」
「それはフレゼリカを退けた後に。モーゼス伯も交えて」
「作戦練り直さなければいけないので」

「そ、そうだな」
「残念ですわ」

「勝利の暁に。道具に付いて語り明かそうじゃないか」
心の底から満開の笑み。これで彼の心も少しは晴れてくれたかな。
「是非とも」
モーちゃんの趣味に合うかどうかがちょい心配。


金細工の髪留めを確認すると1本だけ千切れた髪が折り返し部に挟まっていた。

普通であればちょいキモいけど…。母上がこれを使えと残してくれたのだと信じ。清浄のハンカチにそっと畳んで仕舞った。

内向型結界具は投影箱にジャストサイズ。ダブルでの発動となるが2人分の魔力で出来ない事は略無い。
箱を補強する為に自宅に帰ってからマウデリンチップを合成した。

他にも急場で使える強力閃光弾と空間に散布された毒物を瞬時に回収出来る空気清浄器を頂いて帰宅。




--------------

ロイドは俺の目耳を通し。
レイルはソラリマを介し。
クワンはピーカー経由で。

全部話は筒抜け。なのに今日もラザーリア組が参上。

全員にピリ辛麻婆豆腐丼を振舞い。

「申し訳有りません。私では止められず」
謝る板挟みのアローマが可哀想。
「気にしなくていいよ。スマホで連絡する手間が省けた」
「そうそう。どの道アローマとソプランには話さなきゃいけないしね」

「俺らには何も聞こえないからな」
「明日から真面な食事が食べられなくなるのじゃ。我慢してやる代わりじゃと思え」
「レイルさんの場合はこれまで美味しい物ばかりで舌が肥えているだけです」
グルメ食わせすぎの弊害が今。
「何とでも言え。お代わり早」

スプーンで食べ易いからか何時もよりも食欲旺盛。

シュルツは自室に籠り今日は来ていない。余り話せる内容ではないのでそこは助かった。

食後にナノモイ氏から聞いた話をお復習い説明。

「父上には俺から話す。転移禁止張っても王都外には来れるから。でもスタルフには話さな…。うーん悩むな。
肖像画で記憶呼び起こしてるだろうし」
「ローレン様の判断に委ねましょう。外門を越えなければ内部の転移は出来ないのですから多少の猶予は有ると」
「そうするかな」

「問題はどの方角から来るかね。順当に考えれば東門だと思うけど」
「実家の在る南も怪しいぜ。あそこが一番街道が広い。展開されると厄介な場所だ」
「城の正門も南向きだしな。駆け上がるには丁度いい。
だけど誰が来てるかも解らない冒険者ギルドも有る。俺なら南北に分散して最大火力を北の緊急避難路を使って城内部に送り込む」
全方位を守るのは略不可能。

「妾の蝙蝠を全…いや八方位に配置すればええじゃろ」
「そこまでしてくれんの?」
「こんな石コロに躓いておったら何時まで経っても西に行けぬではないか。後はそうじゃのぉ…。
終わったら昨年に作った豚骨麺を作れ」
やっす!
「それでいいなら頑張るよ」
「腕奮わなきゃ。グーニャも頑張るのよ」
「ハイニャ!」

話は何故か豚骨ラーメンで纏まった。
本棟にも依頼してもう一味加えますかね。

ロイドたちの戻り際。肩に手を添えられた。
「大丈夫ですか?辛いなら私が代わりに」
「大丈夫!て言ったら嘘になるけど。俺にはフィーネと仲間が居る。父上にはロイドが。スタルフには嫁さんが2人も。過去の亡霊なんかに負けはしないさ。ありがと」

握り返した何時もは冷たいロイドの手が。この時はとても温かく感じた。

心に居座る残傷は何時か消え行く。
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