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第216話 2年目の年末年始

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モーツァレラ発見以降目立った動きは無く。タイラントでも無事に大晦日を迎えられた。

嵐の前の静けさ、とも取れる。

要注意人物はケイブラハム卿。彼も又入れ替わっていた疑いが拭えない。

もう1つの手掛かりは絵の作者。
ラザーリア地下で俺が剥がした水着ポスター。大聖堂地下では完全な裸婦画だったらしい。

構図が完全に同じだったと言うペリーニャの目を信じる。

残念ながらペリーニャが触れても、俺がポスターに触れても何も読み取れなかった。題名も作者名も。

もう全部灰になっているので打ち切り御免。

ロイドにはポスターは燃やさない方が良いと助言が有ったそうな。ラザーリアへ向かう前のあの遣り取りで。
「申し訳有りません…。てっきり自分の肖像画だから燃やすなと言っていたのかと。
怒りに流され伝えませんでした」
「いいっていいって。2度も直接触っても何も出なかったんだからさ。紙の材質とかインクとかから追えたかも、て今更俺も思ってるけど。
あの場で処分しようと決めたのは俺だ。ロイドは何も気にしなくていい」
「誰にでも有るよ。間違いの1つや2つ」
「はい…」

気を取り直して。年越し海老天蕎麦が延びる前に合掌。
「「頂きます!」」
「頂きます」
日本式をロイドも真似て。

蕎麦は大量に作って本棟にもお裾分けしたので今夜は他の客人は居ない。

レイルたちは3人で夜の町中へと出掛けた。
年越しもホテルにて。

クワンは薄味蕎麦。ピーカーはダイニングテーブルの端を転がりながら岩塩の欠片を囓っている。

グーニャが居ない為暖炉が活躍。

誰も居ないリビングを見渡し。
「グーニャの分も取って置かなきゃな」
「蕎麦粉のストックは充分よ。ペリーニャの分も」
良か良か。
「あ、ヤベ。年始挨拶グーニャ居ないって伝えてねえや」
「え?広間だったら寒いんじゃ」
ロイドがお答え。
「ソプランさんからグーニャの不在を伝えて貰いました。場所は変わると思います。ライラさんが出席されるかも知れませんし」
2人目確定の妊婦さんが来るなら寒い場所は適さないね。

「気が利くぅ。…いい加減玉座入れてくれよ。ホント頑固だなぁ」
「スタンもしつこいよ。どっちもどっち」
むむ。嫁が俺の味方をしてくれない。
「年始挨拶…。フィーネに任せた」
「え!?無理無理無理。何も考えてないよぉ」
現在10時過ぎ。
「まだまだ時間は有りますぜ。ガードナーデで俺のスピーチに文句付けてくれたよね?」
「あれは文句じゃないってばぁ。もう…助けてカルぅ」
「私は出席しませんので悪しからず」
「おぉ…味方零」

「冗談抜きで。最近のフィーネはどんな時も冷静だ。
そろそろ前に出てもいいんじゃない?友達に語り掛ける感じでさ」
「スタンが暴走し勝ちだからよ。むぅ…何事も経験かぁ。
解った、やるわ」
お、前向き。

皿洗いは俺とロイドで。フィーネはリビングで白紙便箋を前に頭を抱えた。




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新年を迎えた朝。ダイニングで改めてご挨拶。
「「「明けまして御目出度う」」」
今年はロイドも。宜しくお願いします!

7時半を回りシュルツとアローマがお雑煮を食べに来宅。
約束していたので準備済み。

鰹出汁に焼き餅と小松菜。小粒霰をトッピングしただけの至ってシンプルなお雑煮。

お楽しみの御節を御開帳。
花形人参の煮付け。紅白蒲鉾。栗金時。軟骨入りの鶏つくねが増えて彩り鮮やかに。去年は茶色系統が多かったのも有り改善したと。
「今年の評価は如何」
「結構なお手前で」
味付けも濃すぎず薄すぎず。何れも美味しかった。

日本の様式美には中々無い。一段丸々小振りな黒海老ゾーンが登場。
「今年のは手伝ってくれた人やレイル家に配布する用で小振りな物を沢山買って造ったの」
「なるほろ、それで」
「無作法だけど食べ易さ優先で2つに切ってる。こっちの独自ルールにしちゃいます」
「良いと思う。手も汚れないし。大多数は箸なんて使わないから」
皿に取ってフォークで刺す。礼儀作法まで日本に寄せる必要無し!それはもう遠い過去のお話。

その黒海老を頬張ったシュルツが飲み込み。
「今年もプリプリですね。鶏つくねもコリコリしていて食感が楽しいです。お味は文句無しで」
「お粗末様」
クワンだけが無表情で虚空を見詰めていた。

許して欲しい!唐揚げ食べたい…。

「つくねは夜のお鍋にも使う。何鍋かはお楽しみ」
何だろねぇ。

「あの…お姉様」何か聞き辛そうに。
「何?改まって」
「目の下に、隈が…。昨晩は…」
「ち、違うわよ。年始挨拶私がやる事になって殆ど徹夜で考えてたの」
「あ…邪推を。挨拶、期待してますね」
気になったら聞かずには居られないお年頃。

心配したアローマは。
「お化粧は濃い目で仕上げましょうか?」
「あー、普段通りで行く。始まる頃にはマシになってると思うから」
厚めにすると過剰になるから。美しさが。

「ロイドは出掛ける?」
「はい。プリタさんと一緒にミランダさん用のお買い物と服の仕立屋の進捗伺いに」
「新年早々営業してるの?」
「雑貨屋は開いていればですが。仕立屋は…」
フィーネが挙手。
「私が付き添ったのが拙かった。年末年始休まず超特急でお作りします!て流れで」
「あぁ、そこまで考えてなかったわぁ」

「ロイド様が服?」とシュルツ。
「ええ。ラザーリアの式典絡みで大人数の衣装を。あちらで私が受けた初仕事ですね」
「成程。デザインは何方が」
「依頼の絵が滅茶苦茶だったから俺が修正した」
根本から全部見直し。
「私も参加したかったです。試作が上がっていたら見せて下さいね」
「はい。でも持ち帰りはまだ厳しいかと」
「そうですか…」
何でも興味を示しますな。この子は。

そんなこんな準備のお時間。
時間の掛かる女子が先に上へ。

洗い物は今朝も俺とロイドで。
途中で出勤プリタとチェンジし俺も寝室で着替え。男用のドレスルームを空き部屋に作ろかな…。クローゼットも嫁の服で占拠されてるし、殆どバッグの中に入ってる。
うーむ。




---------------

今年もこの嫌味から始まる年始挨拶。マイク使用にて。
「誰かの所為で今年も玉座ではない。宴会場を使うなら、と言う訳でも無いが昼食を用意させた。
用事が無ければ食べて帰ると良い。

無事に新年を迎えられた善き日。水竜様に感謝を捧ぐ」
自分で俺を入れないって決めたんじゃん!
断じて俺の所為ではない。

今年の挨拶会は思い出多き大宴会場で行われた。
各所に大型火魔石ストーブが置かれ暖かい。
…暑い位だ。

もう通例にしてしまえ。

挨拶はミラン様。両王子、メルシャンと続き。
特例でダリアも王族ターンの最後にご挨拶。

正式な婚姻の儀は今年の8月。本当は去年17歳を迎えていたが別人偽装の為、丸1年上乗せ。
鑑定年齢と発表年齢をズラした形。急に現われた新興ガードナーデ家の養女でライザーとの健全な交際を続けたよアピールも加味して。異例尽くめっす。

この対応はフィーネ参加のお茶会で決まったらしい。

出来れば出席したいがどうなる事やら。

1人で壇上に立つ緊張気味のダリア。
「水竜様に感謝を。

本来この壇上に立てる者ではないのですが。陛下とミラン様のご厚意とお取り計らいに因り立つ事が叶いました。

私は恵まれた人間です。
多くの縁。多くの方に何度も救われ、導かれ、見守られ。
自分一人では決して辿り着けなかった場所。そして新しい家族に迎えられ。

これからこの先で。一つ一つご恩返しを出来たら…。いえ実践して行こうと考えています。

今日と言う善き日と皆様に重ねて感謝を」
裾を摘まんで一礼。堂々と胸を張って壇を降りた。

そこにはもう危なげで儚げな少女の姿は無く。
優雅に咲き誇る成華の佇まい。

ダリアに拍手喝采が贈られ。
隣のフィーネさんはやっべぇ、との顔で手を叩いていた。

ムートン氏の国営図書館の予告。モヘッドの闘技場を大劇場に改装する計画案が発表された。素晴らしい。

外から眺めるだけじゃ勿体ないぜ。

大取でガッチガチの嫁さん。
「水竜様に感謝を。

今年はスターレンに代わり私から。
公式な場で挨拶を発する機会が少なく、若干の緊張をして居ります。

担当させて頂いている仕事の都合上。多くの国や場所に出向き。見聞する色々な建物、文化、風土、風習、その土地土地の人々と交流する中で思う事。

それは帰国する度に実感するタイラントと言う国の素晴らしさです。

港を持つ交易自由都市。その名に相応しく、多民族が集まり手を取り合い。根付き、高め合う。

弊害や混乱は有りつつも。それでも尚前へと邁進する姿は他国では決して見られぬ光景です。

私はその背を支え、押し。時には前に立ち。手を引ける人間で在りたいと尽力し。

皆様で更なる発展と飛躍の年にして行きましょう!」

ラス前がダリアと被って焦ってたのか。〆の言葉で強引に抑え込む感じ。フィーネらしいスピーチだ。

ダリアに次ぐ称賛を獲得。


立食形式(外周に座席卓)の昼食会が行われ。女子が一カ所に固まった。

モーツァレラ発見と状態は既に報告済み。

ノイちゃんに新年会の時間帯を確認して陛下に直で予定を伺いに。

「聖女隊を4日、5日に招きます。陛下のご都合は」
「むぅ。四日の十六時過ぎに行く。帰り際ではまた何か起きるやも知れん」
「承知しました。30分前には邸内に戻ります。近くにレイルが居ますが…大丈夫です?」
礼節的に。
「なーに。お互い膝は折れん。会っても挨拶程度。城ではなく他人の屋敷だ。それに…」
「それに?」
ミラン様をチラ見してから小声で。
「相当な美女なのだろう」
「それはもう。美貌だけなら世界屈指。陛下もお好きですねぇ」
中身は世界の頂上付近のじゃじゃ馬。天真爛漫?
「男の性だな」
悲しい生き物です。

「魅了は振り撒いてはいませんが。暮れ暮れも心を乱さぬよう願います」
「うむ、心得た。ロイドとやらには会えるのか」
「ご希望なら自宅から呼びますが」
「態々呼び立て…いや会おう。先生が絶賛する女性。折角城を出るなら会って置きたい」
ロロシュ氏絶賛してたんだ。

すっかりヘルメンちの目的が逆方向へベクトルが向いた。

がモーツァレラの件はタイラントとして手が出せない。状況確認とペリーニャに挨拶をするだけ。ロイドが認められれば城へも行き易くなる。今は謎の部下のままで。

ロイドは俺が勝手に付けた渾名で本名は別。ラザーリアで動かせているので今有名になるのは拙いと伝えた。

「ほう。それ程に信用出来るのか」
周りに聞こえないように耳打ち。
「父上の再婚相手になる位には」
「成程な!解り易くて良い」

すっかり壁際でコソコソ密談してる雰囲気に周囲も変な目で見出した。

その中からメイザー代表。
「父上。スターレン殿も。何を二人してコソコソと」
咳払いで打ち切り。
「コソコソではない。聖女に会う日の打ち合わせだ」
「ですよ」
本筋です。
「ああそれで…。私も同席しても構いませんか」
「正規の召還ではないが…。まあ良いか。メルシャンと共に来い。目付役にな」
「な…。それは勘繰り過ぎと言う物です」
誘惑が多い我らのロロシュ邸。
「私は何方でも。メルシャン様ならラフドッグの夏期休暇でペリーニャと会っているんで安心するのでは」
「ならば同伴で行こう」
かなり不満顔。理由は突っ込んだら駄目そう。

色々有るさ夫婦には。家は滅多に喧嘩しないけどな!


午後からのおいらは自宅から追い出され。仕方なく本日休業中のデニーロ師匠の家へソプランをお供に来週の打ち合わせ。

隣のヤンとフラーメも遊びに来ていてナイスタイミング。

すっかり難聴が治ったナンシャさんが出してくれたお湯割りウィスキーで暖まるぅ。

実はお酒大好きで耳に良くないんじゃないかと我慢していたそうな。
「医院で関係無いですよと言われ、ショックでした。
まだ、長年喋っていなかったのが祟り、舌が回らず呂律が怪しい時がしばしば。それも時が経てば戻ると」
ゆっくりとした喋り口。これはこれで魅力的な癒やし系。
「良かったね。薬は継続?」
「はい。週一服用で経過観察です。
スターレン様を始め、ロロシュ邸、医院の皆様には何とお礼を言えば良いか」
「何の何の。俺はお土産渡して紹介しただけさ」
「幾らでもデニーロを扱き使って下さいな」

「おいおい仕事の話を勝手に進めんなよ」
「あらあら。今月丸々お休みにしたのに?」
師匠の膝頭を擦ってニッコリ。テーブルの下が熱い!

真っ赤な顔でお湯割りグビグビ誤魔化す師匠が面白い。

イチャ付く2人を前にフラーメが。
「そうやればいいんだ…」
などと呟いていた。

標的のヤンは聞こえない振りで押し通す。

室温の上昇が確認され軌道修正。
「丸々?」
「た、大将の案件やるって城に伝えたら今月分全免されてよ。他の予約も後ろに回したらポッカリ空いた」

ヤンも乗っかり。
「こちらの依頼も来週までには納品完了しますのでそちらの手伝いを。と言うより遣らせて下さい!こんなチャンスを逃す鍛冶屋は居ません」
圧が凄い。こんな熱いキャラだっけ?
「私も見たいね」とフラーメ。
「サポートは、お任せを」とナンシャ。
奥さんもノリノリ。フラーメは冒険者だし。

「そかぁ。ヤンを借りられるならもう少し欲張るか」
「俺らは途中途中出張で抜けるぞ」
付け加えたソプランに師匠は余裕で笑った。
「専門家を嘗めるなよ。前は素人ばっかだったから時間喰っただけだ。腕利きが一人加わるんなら超が付く余裕。
叩き上げ要員のギークとカーネギが居れば何も問題無いさな。後はロロシュ邸のロビーに在るような時計を端っこに置いてくれりゃいい。
図案から型取りは前と同じ。大将が描くか。既成武器なら両方の工房。防具ならキッチョムの店から選べ。
早めに頼むぜ」
かなり邪魔だった模様。それはそう。
「寧ろ、俺ら居ない方がいいな」
「ま、当然っちゃ当然」
プロの腕と経験値には適いませんて。

デザインに凝ってる暇は微塵も有りません!

追加希望の中盾は明日か明後日にキッチョムさんの店で選出。武器は当日夕方までの時間を使い全員で2店舗内を練り歩いて吟味。

結果、武器だけでもかなりの追加。
「材料足りるかなぁ」
師匠が鼻で笑って。
「四十以上有って足りないなんてこたねえよ。そもそも総マウデリンの品を絞ればいい。全部希少なマウデリンで仕上げるなんざ頭イカれてるぜ。
多少伝導性を落としてでも豊富なタングステンを混ぜるとかだな」
イカれてて御免なさい。

ヤンも案出し。
「スターレン様が付与するならどんな物でも出来ますって。承認者には軽量化。非承認者には超重量、とか」
「おぉ。その手も有るね」
そんな器用な付与が出来るかは別として。

フラーメは女性のご意見。
「妹とフィーネ嬢が何も言わなかったのが不思議だけど。
ソプランのその胸当て。どう見ても女向けじゃないよ」
「ほえ?お胸の大きさの話?」

「違わないけど違う。男には解らないか。体型に合ってないと頭が下着に擦れて痛いんだよ」
「あ…それね」
「マジか…。全く気付かんかった」

「あの2人今まで普通の防具着けた事無いからなぁ。どうすれば良いと思う?」
「湾曲した分割プレートを下着に折り込むのが手っ取り早いね。薄型にすれば普通に服でもドレスでも着られる。
付与で防御性を補正出来るなら絶対その方がいい」
「成程ねぇ。そのご意見は採用しよう」
お胸問題は重要だ。ブラに折り込み式なら体型問題は解決出来る。

貴重なご意見有り難う。

来月王女になる2人に下着を献上…。ハードルが高い!
帰って嫁さんに相談しなくては。

早めに作って遊びに来た時に試着して貰おうか。

「そういや花壇に何植えたの?」
何を買って来たか聞いてなかった。
「サルビア、だったね。暖かい時期の花だから春以降に種植えてみる」
「確か花言葉は…。家族愛だったかな。良い花だね」
「うん…。そんな意味が有ったんだ」
手を握り合いヤンの胸に顔を埋めて隠れた。

「そろそろ帰るよ。んじゃまた明日」
「迎えはどうする」
この4人は明日のカメノス邸新年会に強制招待。
「四人でぼちぼち歩いて行くさ。さっきそれを話してたんだ」
招待状は渡してある。師匠の言葉を受け即時退散。




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夕食はアンコウ&鶏つくね鍋。ややトリッキーな組み合わせかと思ったが杞憂。

絶妙な薄味昆布出汁に両メインと野菜の出汁が加わり美味雷燦。箸が止まらんぜよ。

今日の主役は俺なんで沢山食べられた。幸せ。
「腕を上げましたな、フィーネさん」
「褒められちゃった」
照れ笑いする嫁を今直ぐ寝室に連れて行きたい!

ギャラリーが多過ぎて不可能。

〆は卵とじおじや。最早語る言葉を失った。

デザートは材料を発注したケーキ。方式はお任せ。

出された結果は。パンプキンタルトとモンブラン風甘芋山掛シフォン。我感涙。

「毎年泣いちゃいますねぇ」
「おで…おで幸せ」
「ヨシヨシ」
久々のヨシヨシで涙腺崩壊。

鼻水味は要らないので顔を洗って出直し。

ホールタルトをフィーネと一緒に入刀。
味は理想通り。自然な甘さが濃厚で且つ諄くない。
タルト生地がサクサクとして良いアクセント。フワサクで鼻に抜ける包み込むような豊潤な香りが堪らない。
甘芋はしっとり滑らか。なのにしっかり腰が有り自己主張控え目にフォークを優しく弾き返した。
クラッシュアーモンドを散らすと栗味にシフト。もうこれはモンブランケーキに違いない。

「トッピングで激変するね。2度も3度も楽しめるのが面白いし美味しい。作ってくれた皆有り難う」
「アーモンドはラメル君の発案。完全に栗だよねぇ。頭の中はレイルで一杯みたいだったけど」
レイルの隣で照れてる照れてる。
「何でもいいさ。作ってくれただけで有り難い」
今宵もおいらは幸せもんだ。


幸せな夕食会はあっという間に解散。

リゼルモンドナッツを摘まみに晩酌中。

フィーネとロイドにフラーメのご意見を相談。
「普通男がブラを贈るなんてしないだろ」
「まーそうね。夫婦でも引く人は引くかも。私はスタンからなら普通に着てみる。
でも高級下着なら喜ぶ人も中には居るかな。手持ちが無い!お金が無い!でも可愛いから欲しい!みたいな」
「引きますね。私はドン引きです。意中でもない男性から贈られたら嫌悪します」
個人差が有るようです。

「そこまでかぁ。父上からなら?」
「喜んで頂きます」
「どっちやねん。スッケスケのTバックでも?」
「物には限度が有るでしょ」
「ぐっ……と堪えて挑戦してみます。ロ、ローレン様はその様なご趣味が?」
「知らないっす」
父親の性癖だけは知りたくない。

気を取り直して一口流す。
「俺から贈るのは有り得ない。それに女性用下着って上下セットだと思うし。ポケット付きブラなんてデザインがさっぱり浮かばない。フィーネに全部任せても良い?」
「しゃーなし。スタンが聞いて回ったら私が恥ずかしい。
渡すタイミングもこっちに来た時しかないなら急いで下着店に行ってみる。オーダーメイドで高く付いても。
問題はカップ数よねぇ…。サンさんの大きさは何となく覚えてるけどハルジエの方は、ねぇ」
嫁が俺を見ている。何故だ。
「いやいや。流石に体型までは見てないよ」
握手はしてるけども。

「そっか。安心した」
試された!
「お食事会よりも前に聞きに行くか。当日に買いに行ってシュルツさんに後縫いして貰う、と言うのは」
「いいですねぇ。ハルジエは当日買いで行こう。カルの予定は」
「明日も仕立屋に伺うのでその前に」

「決まりね。午前中にパパッとお買い物。
これが上手く行けば女性陣の防具が整うわ」
「合成って無理?」
「スタンさん。下着は洗う物よ。どうやってお洗濯すればいいのかな?」
「あら…これは失言」
拭くだけ天日干しの防具じゃないもんな。




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女子が買い物に行ってる間にキッチョム防具工房へはソプランを派遣。

自分はペリーニャにモーツァレラの様子を聞いた。
「接近を図る者は未だ現われず。出入していた役職者も平常通り朝礼へ顔を出しています。様子が可笑しい人も居りません。
当人の症状はやや回復傾向が現われました。ですが…」
「何か有った?」
言い辛い事?

「安眠に入る度に膀胱の方が」
「あ、採尿器具忘れてた。誰も出来ないと思うから俺がやるよ。身体には負担でも麻酔も1本使う。追加の点滴袋も纏めて持ってく」

「お願いします。タイラントの医療技術の高さには驚くばかりです」
「凄いのはカメノス医院の従事者さ。他に展開出来るのはまだまだ先だよ」
俺たちは切っ掛けを与えたに過ぎない。


お隣に器具と点滴を貰いに行くとアルシェ、ペルシェ姉妹に呼び止められた。

「点滴の中にドルアールから抽出した成分を入れて改良しました。私が研究していた動物実験では体内の毒素除去と共に臓器の炎症を抑える効果有りだと。
只、人体では試した事が無いんです」
「脳の炎症と膨張を抑えられるなら。逆の萎縮や壊死にも効果を示すと踏みました。失われた物は戻りませんが現状からの悪化は防げると」
2人共凄い目の隈。連日徹夜した感。

土壇場で仕上げてくれた抗生剤を受け取り。
「悪くなる成分が入ってないのなら…。うん。俺の責任で投与して貰うよ。効果が確認出来るまで数日掛かる。
ゆっくり休んで。特にアルシェさん」

「はい…。私の頭、見て頂けますか。体温上昇とイライラ感が凄くて」
「無理するからだよ」
そっと撫でるように触診。

確かに前より熱い。
「…熱は寝てない疲れも有ると思う。中の腫瘍は…微妙に肥大化してるな」
「そうですか…。防音室で発散します…」
帰って来てからのアルシェはイライラが溜まると防音室を使って絶叫しているらしい。

早速あの部屋が役に立ってる訳だ。今は不謹慎だが1人カラオケルームだね。

元世界の俺は極度の音痴で行った事ないや。今の俺はどうなんだろ…。


帰宅したフィーネに説明。
「正直、御免。見たくない」
正直なご回答有り難う。
「俺がやるから大丈夫。抗生剤入れて急変したらペリーニャと一緒に食い止めて」
「…解った。早く処置して帰りましょ」
めっちゃ嫌そう。

麻酔も麻薬の親戚。体内に残留する成分との異常反応を危惧したが何も起きず安堵した。

採尿器の管をぶっ挿した直後に血尿が出てかなり焦った。しかし直ぐに濃い黄色に変わり2度目の安堵。

嫌な汗出たぜ。

抗生剤入りの点滴に入替え気付け薬を嗅がせて暫く様子を見届けた。

非常に静かな寝息へと変化。
「ふー何とか成りそうだな。新しい点滴には体内組織の炎症を抑える成分が入ってる。治すってよりも現状維持を促す物。薬を拒絶すると必ず身体に変化が現われる。発疹だとか痙攣とか。
今から丸1日。変化が無ければ大丈夫」

ペリーニャの後ろの修女が窓外の日の陰りを眺めメモを取り終えた。

「何から何まで」
「礼を言うのは偽装犯を捕まえた後な。しかし…6日間何の反応も無しか」
「首都を離れたのかも知れませんね。モーツァレラの死期を読み取って」
「良いとも悪いとも言えないわね。出たなら捕まえられずにラザーリアでまた誰かに成り替わる」
「厄介だな。ペリーニャの鑑定眼を擦り抜けられる見えない相手か…」
捕まえられる気がしない。

やはり式典本番で防ぐしかないのだろうか。
もっと他に手が。

ペリーニャが思い返して1つの可能性を口にした。
「もしかしたら…。私が出掛けるのを待っている、とか」
「「あ!」」
盲点でした。

「犯人はペリーニャには見られちゃ拙い物を持ってるな」
傍らで見守っていたグリエル様が。
「私の記憶を消した道具だな」
「多分それです。自分は隠せても所持品は見抜かれる。他にも痕跡を消す物を」
「完全に外してたね」
俺もフィーネもがっくり。

「君たちが気を落とす事は無い。これは両者に好都合。
明後日の予定を知る物はこの邸内にしか居ない。犯人は直ぐ傍に居る」
「御父様。予定を変更するのは」
「いや予定の変更しない。変化を知れば今度こそ逃げる。逆にペリーニャが居ない方が戦い易い。
こうなれば本館を取り潰す勢いで防衛線を張る」
並々ならぬ決意。グリエル様は裸婦画を見てからプッツンしっ放しなのだそう。

今まで見た事ない闘争心剥き出しの目をしている。

「御父様…」
「ペリーニャが武闘派聖女を名乗るなら。私も初の武闘派教皇を名乗ろう。二度と不覚は取らぬ」
これでいいのか女神様!
「お前を奪われ。何も出来ず。何度も異国異教の英雄に頼り切りの為体。歴代にこれ程の愚者は居まい。
今こそペリニャート様に恥じぬ働きを見せようぞ。一人の父親としてもな」
「はい!」
怒りで我を見失った親子にも見え…。
もう突っ込むの止めよう。

そんな修羅の道を走り始めた教皇様に複製対呪詛指輪を進呈。
「これはペリーニャにも渡した遠距離攻撃と呪詛を躱せる道具です。懐に忍ばせて置くだけで常時発動されます。
落とさないようご注意を」
「有り難い。…ペリーニャに、指輪を?」
「単なるアクセサリーです!女神教も装飾は自由の筈」
幸運指輪も渡しましたが何か!
「そ、そうか…。何も聞かなかった事とする」
「指に通さなければ輪の形をした御守りですよ、御父様」
「う、うむ…」

教皇様が面倒なお父さんに変わった所で。
「そろそろお暇を」
「向こうで用事が有りますので」




---------------

新年2日の夕方からはカメノス邸での新年会。
3日の夕方はガードナーデ家で国上層組の新年会。

2日。新年会後半でアルシェ、ペルシェ姉妹が仮眠から復活登場。

アルシェは生まれて初めて本鮪の刺身と竜肉ステーキを食べ。…子供のように食べ散らかし口端を拭き拭き。

満足そうに微笑み一言。
「これでもう思い残す事は有りません。頭の手術をお受けします。…違いますね。お願い致します、皆様」
ずーーーっと食べたかったらしいお刺身を食べて外科手術同意を決心した。

「構わないけど。新薬で様子を見るとか」
「時間は有限。お二人も来月から本格的に外へ出られると聞きました。私にロルーゼの話を聞きたいとも。
気に掛けて頂けるなら尚。私自身最近焦りを感じ。一頃収まっていた頭痛も再発。スキルでの抑制も限界なのだと思い至りました」

ペルシェは事前に聞いていたのか1つ頷いた。
「カメノスさんは」
「私は何も出来ん。情け無く力無い父親だ。
思えばスターレン君に出会い。薬剤の革新。医療技術の立上げ。全てはこの為だったと帰結する。
最早運命と言う言葉では表せない宿命だ。宜しく頼む。
死んだ妻も天の上から見守っているのかも知れないな」
「亡くなられた…?」
それは初耳だ。ずっと何処かに居るもんだと。

「もう八年になるか…。私たち親子は妻の生前から病に効く薬を追い求め続けていた。間に合わず、亡くなったと同時に医薬の道を休止。アルシェはそんな私に失望してロルーゼへと出て行った。
医薬の道と研究棟を再稼働したのは。君と出会ってからの事だよ」
「俺が切っ掛け…」
研究棟の設備も急造した物じゃなく前々から在った物。
道理で必要品が揃っていた訳だ。

「承知しました。フィーネもいい?」
「遣りましょう。本人とご家族が同意してるなら反対する権利は無いわ。
来週以降。手術道具が整い次第、日程の調整を」

家族関係者総員で同意。話に区切りが付きアルシェが盛大に溜息を吐いた。
「自分で自分の頭を開けないのが残念。心底ペルシェが羨ましいわ。廃人になっても恨まないから思う存分やって頂戴な」
「姉さん…」
他の皆。笑っていいのか解らず空笑い。

やっぱアルシェさんの思考ぶっ飛んでるわ。
全ての意味で。




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3日の朝からシュルツの工房に籠り彼女が書き起こした時計と自走車の構想案図を拝見。

他嫁さんたちは出掛けたりここに居たりバラバラ。

時計は小型化を飛び越え雷魔石を使用した動力部へ突入していた。
「はっや」
「小型化は精細な工具開発、安定供給用の型枠が壁。
来月以降のヤン様のご都合次第です。
動力部は試作もしていませんので単なる妄想です。魔石から取り出した電気を銅板で導き初原の歯車を回す。ここまでは難しく有りません。大きさは一旦無視で。
問題は電気を一定量、秒間隔で流す抑制装置。お兄様が仰った抵抗器開発が最大の壁だと考えます。
魔石自体の質や個体差を補完する機構も全くイメージが湧きません」

「そうなんよなぁ。そこがネック。マウデリンの破片板使えば全部制御出来るけど…」
「価格が下がらず。魔力不使用の構想からも大外れ。現行の時計に戻って本末転倒」
お言葉が厳しい。でもそれが現実。
「内部で発生させた電流を外に出さない外装構造も」
「誰が触れても安全でなくてはいけませんものね」

電池役の魔石を安全に交換する構造も含め。問題は進めば進む程じゃんじゃん湧いて出る。

「抵抗器で思い付くのは銅線を螺旋状に巻く構造。
減衰、増幅、熱変換とか。線の太さ、巻き数、線状の間隔で役割が違う」
「熱量伝達は王宮で使われていた火魔石ストーブみたいな物ですか?」
「大枠で括れば系統は同じだね。鉄の棒に太い銅線巻いてたし」

図面を前に2人で頭を捻っていると。今日のお付きの侍女長フギンさんがお口をパックリ開けて虚空を見詰めボーッとしていた。

「侍女長!?無理に理解しなくていいから。窓の外でも眺めて」
「気分転換は大切です」
「はぁ!?余りに難しいお話で意識が…。お昼には早いですがご休憩に為さいますか?」

「そうねぇ。一息入れるか」
「はい」
「畏まりました」

フギンさんが工房内の簡易キッチンに歩み、不意に足を止めた。
「全くの素人考えですが」
「なになに?」
「ご使用される属性石は、一種類でなくてはいけないのでしょうか」
「「おぉ」」
意外な盲点、でもないか。俺が雷電池に拘り過ぎていただけだ。

「複雑な魔道具には相応の複数属性を使うと聞き及び。
火であれば水のような対極属性で別の働きを生み出せるとか」
魔導船の動力部の話だな。
「対極かぁ。うん、悪くない。貴重なご意見有り難う」
「痛み入ります」
一礼してキッチンで湯を沸かし始めた。

「雷の対極…とは何でしょうね」
「うーむ。自然発生する雷に必要な要素は水分、風、大気中の塵と空気、地表と大気の温度差」
「複雑ですね」
シュルツがメモメモ。

小学生並の知識しか無いんですが…。
「順番的に。日光を受けた地表から水蒸気が発生。
水蒸気が空に上がって大気温で冷やされて雲が発生。
雲が重なって濃くなると雨雲に発展。
雨雲が大気流の風に巻かれて積み重なると積乱雲。
塵を含んだ積乱雲の中で水の粒子が打つかり合って摩擦が起きる。
摩擦で発生した帯電が周囲の水分を伝って塊になる。
それが飽和して一気に拡散。ズドーンて感じ」
「雷の仕組み…。面白いですね。雷が上へと行かず地表に落ちるのは水分を伝っているから。
大きな音がするのは風と空気の層を割り破っているから、で合ってますかね」
「多分正解。専門家じゃないからそれ以上は解んない」

「専門家。天文学者様。各教会の司祭様とかでしょうか。そもそも学者様にお会いした事が有りません」
「教会は研究成果を外には出さないよ。学者は中々見ないなぁ。お金にならなくて独自の趣味としてやってる人が多いって聞いた。貴族に囲われてたり」
「お金持ちの道楽、ですか」
「余裕が無ければやらんよ」
「早く図書館開きませんかね。未だ見ぬ蔵書が沢山」
シュルツの瞳がキラッキラ。俺も楽しみ。

フギンさんが運んでくれた紅茶とクッキーでブレーク。

「未知の知識や見聞はさて置き。お兄様のお話から類推すると伝達は水。抵抗は風。伝達は銅板が役割を果たしているので抵抗器に風魔石を利用するのが良さそうです」
「風魔石なら発熱の心配無いし。余計な拡散も抑えられそうだな」
「何となく見えて来ました。この考え方なら…」
何か思い付いた様子。
「お、出来そう?」
「はい。まず大きく作って配置を構想してみます。侍女長のお陰です」
「お役に立てたならこれ幸いに」

机上を一旦片付け。

「明日明後日は工房を閉じるのですよね」
「だね。ペリーニャに時計の中身に興味持たれると非常に拙いから」
「秘匿でしょうか」
「ペリーニャなら多少漏洩してもいいけど。聖女が中身に触れると良くない事が起きるんだってさ。
時の女神様の化身だから」
「あぁ。何となく言わんとする事が解りました」
理解が早くて助かります。


昼までに回路図を数枚考案。自宅に集まりお善哉。
トロトロとサラサラで好みが分かれる所。フィーネはサラサラ派。
「好みじゃなかった?」
「いやそんな事は無いよ。あっさりサラサラも好き。次に自分でやるならトロでもいいかなぁ、て」
「ん~小豆の在庫少ないからねー」
在庫不足…。
「暮れに俺が使ったからか」
「それも有るけど来客用に取って置こうと思って」
「あ、それな」
有れば有っただけ思い付きで使ってしまう無計画な俺と堅実な嫁。料理にも個性が出ますな。

冷蔵庫の中身もバッグも良く聞いてから使いましょう。


午後はダラダラとペリーニャからの連絡待ち。

抗生剤投与開始から丸一日。特に悪い症状は出ず。
時折薄目を開け、聞き取れない言葉を呟きまた眠るのサイクルを繰り返しているそう。

一山は越えた。自己治癒が侵食衰退を上回ってくれるのを祈るのみ。
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