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第183話 試作時計大詰め

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余った豚骨スープは本棟へレシピと一緒に納め。新たなメニューが加わった。

食の太くないロロシュ氏がとても気に入ってスープをお代わりしたのもある。

こちらとしてはフラーメが迷惑を掛けた謝罪の意味も。

魚介の方は全部殻を剥いて炊き込みご飯へ投入。

朝から滑子汁と出汁巻きを添えて豪勢に。

しっかり食べて俺は時計作り。フィーネは演劇へ本格参戦した。

調整器の傾き計と方位計はマストだが上下に移動したかを判定する深度計ってぶっちゃけ要らなくね?とピレリたち船工隊を加えた合同会議で話し合った。

地下道を上下蛇行させる訳でもなし。

車軸の伝達部には車輪と相性ピッタリの地魔石を採用。

発生する摩擦熱は車輪の軸受けで消化され、走行中の風を取り入れれば事足りる。

自走車向けの調整器は多少大きくたって良い。

中に入れる玉も地魔石で。時計と同じく調整器は現状の半分のサイズを目指すこととなった。

自走車案件は数歩前進。防犯機能、減速機構、急停止時の取扱、衝突時の相互安全性能、必要フラップ、荷室客室構造、流体性等々問題点はまだまだ。

シュルツの工房や本棟の会議室で話し合いが進行される中でも1人席を離して腕時計の内容物を思案していた。

調整器の中にどうして油が必要だったのか。何故大昔から上下移動が考慮されていたんだろう。そして…

「休憩しましょう。スターレン様も煮詰まっているようですし」
本日の進行役のピレリが休憩を宣言した。
「うーん」
新たに運び込まれたお茶で一服。
「なんで時計は時代に逆行したんだろうってさ」
「逆行、ですか」

「船は多くの人や荷物を運ぶ為に船体を大きくする必要が有った。これは当たり前。
時計は逆。これまで何度か小型化に成功していたのにそれを生かさず逆に大型化に走った。
便利で使い易い物を破棄したのは何故だろうかって」

皆一応に唸る。

シュルツが考えを述べた。
「色々考えられますね。
技術的に再現が困難だった。
必要な部材や素材が希少で手に入らない物だった。
他の部材も高価なら少ない台数で大衆の目に触れられる大きな物を欲した。
小型化は然れど制作者の腕自慢で自己満足と認識した。
単に汎用性を取った。
モーランゼアの王がそれを広めたくないと判断した」

鋭い!
「最後のが一番しっくり来るな。調整器も他の部品も無駄が多過ぎるのが疑問だったんだ。深度計や位相計だって機種別や機能で振り分ければ不要になる。単一化して複雑にして矢鱈大きくしたのは誰の指示か。
詰りは王様だ。ありがとシュルツ。何となく見えて来た」
「どう致しまして」

歯車を隠す目的が有るなら女神様は絶対に小型化を推奨する。大型化は女神様の指示じゃない。

王様の欲と見栄。賢王が聞いて呆れるぜ。

弟ケイル様はどっちなんだろ。試作品見せて誘導してみるのも面白い。

「やっぱどう考えても深度計は要らない。地下深くに潜ったって時計は時を刻み続ける。時間合わせは地上に出てからで充分。
自走車だってそう。地下に潜ろうが谷を飛び越えようが車体に掛かる重力は不変。決められた地上の街道を走らせるだけにそんな大層な物は要らん。

ヤン。油漬けなんて余計な物は考えなくていい。二枚貝みたいに上下から玉を固定化するだけで充分だ。クッション性が足りなかったらブートストライトの木の大鋸屑でも詰めてやればいいさ」

「それなら楽でいいですね。逆三角か四角錐の凹みを付けるだけなら直ぐにでも出来ます。俺も真球体の受け手をどうやって造り出そうか一番の悩みだったんで」

2人で喜び合っているとピレリが発案。
「中身は露呈しますが真ん中に樹脂板を挟み込むのはどうでしょうか。衝撃を緩和する役割を持ち。尚且つ魔石同士の伝達効率も上がると考えます。
時計なら受信効率も上がるのではないかと」
「私も良い案だと思います。ピレリ様」
ピレリが小さくガッツポーズ。

「ナイスだピレリ。外側で目隠しする方法は別途考える。
アルミ板に樹脂板を挟み込む技術を船の冷却周りに転用すれば軽量化と耐久性上げられるんじゃないですか?」

船工長さんが暫し考え。
「上がり…ますね!耐水と耐圧を兼ね備えた軽量素材は中々有りません。接着剤も簡易に手に入るなら流路ブロックを好きなように配置出来ます。
スターレン様。ラフドッグにも樹脂板の製作所を検討願えませんでしょうか」

「船への転用は一歩遅れるかも知れないけど資材は必要以上に持ってる。シュルツとピレリでコマネ氏と調整して貰えるか?」
「「はい!」」

ヤンも喜び。
「樹脂板で底上げするならアルミ板の汎用性も更に高まります。玉の大小誤差にも対応出来る。あぁ作りたくなってきた。いや今日は練って明日かな…」

「慌てない慌てない。着実に一歩ずつ。コマネ氏の方の製作所がまだ開いてないし」
「そ、そうでしたね。ゆっくり配置と金型を考えます」

「急かす訳じゃないけどシュルツの試作時計のデザインはどれ位で出来そう?」
「後三日下さい。木枠は総檜でポムさんに依頼済みなのですが。中々表示板の針のデザインが固まらなくて…」
「全然余裕だな。12月中旬頃までに出来ればいいからゆっくりやって。俺も迷宮行ったり、実家帰ったり、ペカトーレ行ったりするからさ」

続けられた会議から早めに退席して帰宅。

15時過ぎになったが嫁さんはまだ帰っていない。

余ったわらび餅でグーニャと遊んでいたロイドとお茶を。
「なんか不思議な感じだな。2人切りでお茶するのも」
「何だか照れますね」

「明日辺りに父上と顔合わせしてみる?」
「そうですね…。スターレンが嫌じゃなければ」

「俺は前に話した通りさ。仲は良いに越したことはない。発展するかは本人たち次第。ロイドは遊び半分で相手を選ばないって知ってるし。父上だってお相手が居なかったら内心寂しいだろうし。
ロイドの本気度は聞いて置きたいかな」

「私も寂しい気持ちは有ります。ローレンさんは…。
別の世界で私が人間だった頃に恋仲だった方に似ているんです。雰囲気も心情も。
リリーナさんのお墓の前で崩れるように泣かれていた姿をスターレンの目を通して見た時。貴方と同じように胸が痛み。支えになりたいと考えていました。
ちょっとした片思いです。真の愛は芽生えずとも良き友人の1人には成れます。2人の子供には聞かせたくない弱音や理解者であるペリルさんには零せない愚痴はきっと抱えている筈です」
「完璧な人間なんて居ないからな」

「それらを僅かでも共有出来たなら。彼もまた前を向き。御自分の人生を歩まれるのではないかと思います」
「そっかぁ。もしも父上が本気になったら?」
「私だけお引っ越しをするのは…」
「そうなっちゃうか。まあ念話は何時でも通じるし。転移で拾いに行けるし。気兼ね無くフィーネとイチャイチャ出来るし。俺は良いと思う。反対はしないだろうけどフィーネにはロイドから聞いてみて」
「はい。…あれで気を遣っていたのですか?」
「殆ど遣ってなかったわ。もう慣れちゃってて」
「でしょうね」
隣の部屋でロイドが寝ていても構わずに…。

話に段落が付いた時。ロイドの膝上に居たグーニャが頭を起こして。
「お!漸く大狼様が戦闘状態に入ったようですニャ」
「やっとかね」
「いよいよですね」

「少し削れて敵影は千二百。途中で増員したので転移で何処かから引っ張った模様」
「食糧の調達ルートは確保してるだろうと思ったけど。人員はメレディスか西大陸からだな」
「見に行きますか?」
「邪魔になるだけだから行かない」

「それに…めっちゃ臭いらしいですニャ。我輩も暫く行きたくないニャ~」
「俺も汗と香水に塗れるのは嫌」
「私もです」




---------------

北大陸中西部。そこに大狼フェンリルの根城が在った。

大陸の構造は然程難しくはない。風魔石の道具で飛ぼうとも人間には越えられない高く険しい氷山。剣山が如くそそり立ち北極点を取り囲む。

唯一山脈を抜けられる地上ルート上にフェンリルは居た。

そこを越えても極点までは未だ遠く。東西に走る巨大クレバスなどの難所が多く在る。

極点付近に内包されると言われる本物の凍土の石英。それを掴んで持ち帰れば我らの勝利。しかしその眼前には多過ぎる死線が横たわっていた。

シュトルフ夫妻に西以外の悉くを壊滅させられたこの劣勢を覆すには、凍土の石英入手が必須条件となる。

避けては通れぬ道。それが神獣フェンリル。

何時から存在し何時から神格化したのか。謎も多く記された文献も存在しない。只、北方の住人は生まれた時から知っている。その孤高の存在を。

白熊、大猿、巨象、氷狼の大群。そられを切り抜けて漸く辿り着いた根城。更にその背には怪鳥ガルーダの巣も。

マッハリアの愚王の愚息が愚かにも手放した欠月弓さえ有ればその巣も脅威ではなかったものを。勝利への道は高く長く険しく。

『善くぞ辿り着いた。臭き人間共よ』

最前段の斥候部隊が腹の底に響き渡る荘厳なる声を耳にした。

丸で待侘びていたかのような明るめな声。

『我が聖域に足を踏み入るとは良い度胸。何用だ』

手足が恐怖で竦み震えた。

肉眼で視認可能な距離まで接近したと言うのに弱体化の道具や香水は効果を示さない。やはり上位種には効かなかった。それは想定の範囲内。

斥候部隊長が答えた。
「御身の聖域を穢す積もりは有りません。我らは後ろに在る極点に用事が有るだけなのです」
『何の用事かと聞いている』

当然の問答。ここで嘘を答えては死ぬ。隊長はそう直感した。
「凍土の…石英を入手したいが為に」

『ほぉ…。人間の欲は理解が出来ぬな。あんな䃯にまで興味を持つとは』

交渉は順調だと思われた。
「素通り出来るとは思っていません。まずはフェンリル様の御所望の品を聞き」
『その名を名乗った覚えは無い!』
地響きのような声に膝を折った。
「失礼を!大狼様が欲する物をご用意したいと」

『欲する物なぞ何も無い。ならば我と遊べ。全身全霊で向かって来るが良い』
実質の死刑宣告だった。
「遊ぶとは…。戦えと」

『他に何があ…?』

我らは知らなかった。知らないでは済まされない、愚を犯した。

東寄りに展開していた急撃部隊が欲を掻き。聖域内の小さな花畑を土足で踏んでしまった事を。

そしてそれこそが。大狼の逆鱗に触れる愚かな行為であったとも知らず。

『愚か者めが!!』

大狼の周囲に展開した五本の巨木。否、歪な槍。

紅蓮の炎と紫の雷を帯びた異形の槍。ここは何処か。何故炎が具現しているのか。その理由を知る由も無いまま。

撤退を英断した部隊長が最期に見た光景。

大きな黒爪と大きな口。在る意味で。一瞬で滅せた斥候部隊は幸せだったのかも知れない…。

意識が潰えるその間際。見上げた空からは。無数の氷柱が降り注いでいた。




---------------

グーニャが小刻みに震えているが結果は見えてる。

本気を出した上位種に。人間風情が適う訳が無い。

対等に張り合えるのは魔王の因子を持つ魔族位だろう。
俺たちもソロは無理。総員で聖剣持ってなんぼ。ロイドやレイルを除いて。

「馬鹿が…。大狼様の逆鱗に触れたようですニャ…」
「見なくていいよ。結果は解り切ってる」
「ニャ~」
震えが止まった。

「それよりも明日のお召し物は何が良いでしょう。ローレンさんの好みとは」
ウキウキである。
「初見で落としに掛かったら駄目さ。セクシー要素も要らない。何時もの白い普段着で。薄化粧で香水も要らない位だよ。かなり寒くなって来たから冬服でもいいかな」
「そうですか…」
ちょっと残念そう。

そんな折りにフィーネが帰宅。
「只今~」
「お帰り~」
挨拶と軽いキスを交した。

「時計は順調。そっちは?」
「こっちも順調よ。楽団も手配されちゃってて。細かい演出に意見を挟ませて貰うだけかな。もうすっかり私が助監督。面倒見てなかったから仕方なし」

手洗いを終えたフィーネがきな粉わらび餅をパクついた所で明日の実家訪問の件と、大狼様が戦闘に入った事を話した。

「おぉどっちも気になるぅ。でも明日の午前はお稽古があるの。ご実家訪問は午後にしない?」
「そやね。お昼食べてからにしよっか。ロイドの挨拶と進捗聞くだけだし」
ロイドが重そうに口を開いた。
「少し気が早いですが。もし御父様と上手く事が運んだら引っ越しをしようかと考えています。
フィーネは反対ですか?」

「え…まあ…。反対はないけどちょっと寂しいかな。でも何時でも会えるし。スフィンスラーはカルも必須だし。大変良いと思います。今夜は一杯お喋りしましょ。2人切りでね」
「はい」
今夜は耳栓して寝よう。そうしよう。

「大狼様のご様子伺いは何時行くの?」
「プッツンしちゃったらしいから。グーニャが結果を聞いて暫くしたらかな」
「あちゃ…。本鮪獲りに行かなくちゃ」
「年越す前には獲って行きますか」
「そうしましょう」
「ニャン」

「あ、そうだ。スタンさん。反響マイクもう1個貰えないか御父様にお願いしてくれない?」
「あー演劇に使うのか」
今は1人分しかないからな。
「王宮の駄駄広い宴会場でやる事になりそうだからさ。来月頭に」
「そりゃ手に入れないとな。スタルフにも頼んで貰って来るよ。若しくは借りる」
「お願い。量産してるといいね」
「どうだろうなぁ」
貰った時は新生マッハリアの目玉商品の1つにしたいとは言っていたが。




---------------

前日に各地のお土産を渡しつつ。在宅確認をした上で再訪問。抜かりは無い。

サンとハルジエは揃ってお城で来年の打ち合わせ中。
タイプの違う美女を2人も…幸せ者め。

ロイドと初対面した父は一瞬固まったがフィーネを見た時以上の驚きは見せなかった。

タイラントでフィーネと仲良くなった身寄りの無い友人で自宅に居候中だと紹介すると凄く納得してくれた。何故かは解らないが信用はしたらしい。

「生まれ変わりつつあるラザーリアを一度見たいと言うので連れて来ました。それで来年の式は順調でしょうか」
「ああ何の問題も無い。見栄っ張りな改革派の連中が誰が最前列を取るかで騒いでいる程度。二十歳前後の将来の対抗馬を立て始める時期なのだろうな。優秀な人間なら大歓迎だ。
案内状はアッテンハイム、タイラント、帝国とロルーゼにも配送済み。二国は来られるかは不透明。ロルーゼはどうでも良い。もしかすると帝国側はお前に転移依頼を送るかも知れない。その時は応対を頼む」
「はい」

「歓待用の宿舎は旧王宮側を改装して年内には整う。
…少し厄介な頼みを打っても良いか」
「俺に出来る事なら何でも」
「実は…。旧後宮のフレゼリカの私室だった部屋でな」
「はい?」
何の話だ?
「夜な夜なあいつの啜り泣く声がすると侍女や警備兵がとても不安がっているんだ」

「「えぇ…」」
「それはまた難儀な…」

「浄化と慰霊を頼めないだろうか。確かタイラントでお前がド派手な儀式を執り行ったとか聞いたんだが。私も気持ちが悪くて困っている。このまま客人を招くのもな」
「それは確かに。ですがタイラントで使った昇霊門は城では開けません。地下に眠る送ってはいけない魂まで一切合切送り届けてしまうので」
「成程な」

「今夜俺がこの女神様の彫像で浄化を掛けて回りましょう。往生際が悪い奴なんでソラリマを使用するかも知れません。一時閉鎖と破壊の許可を」
ルビーの彫像を見て。
「行き成り共有資産の破壊許可は出せん。流れは取り壊しではあるが…。少し持ってもいいか」
「どうぞ」
イケメンに持たれるなら女神様も怒りはすまい。

「前から聞きたかったんだが」
「闇市で買いました。出所不明でスタプの作品に似ていますが鑑定しても何も出ませんね」
「考えて来た答えを先に言うな!」
「バレたか」
「お前が彫ったなら彫ったと何故言わんのだ」
「心臓に悪いかなと思いまして」
「絵画の時点で手遅れだ。お前には美術の才が有る。それは良しとして。これなら安全に浄化出来るんだな」

「呪われた道具や人体の状態異常の解除。アンデットの迷宮でも使えました。実績は充分有ります」
「ふむ。今日の夜では連絡が間に合わん。明日の夕方にもう一度ここへ来てくれ。最低限封鎖はする」
「解りました」

ロイドもやる気。
「私も同行致しましょう。女神教ではありませんが水竜教の神官見習いをしていた経験が有ります。明日迄に上聖水の調達を」
「それは心強い。都内の女神教神官位には対処を断られてしまってな。救ってやるだけの価値が見出せないと」
ドライやな。
「聖女を拉致した主犯格の1人ですからね。恨みも相当なものでしょう」

「心情的には我らとて同じ。私も同行するが構わないか」
「良いですね。見届け人は多いに越した事は有りません。他にも大勢集めて下さい。怪しい道具を持つ者も葦毛打陣に出来ますし」
「聖水を浴びても良い服装で」
父は軽く笑い。
「楽しみだ。前から怪しいと思っていた奴らを中心に集めて置こう」

ロイドと父上が仲良くなれるイベントが早くも到来。

あの女が役に立つ日が来ようとは。

マイクは明日の報酬で貰おう。嫌だとは言わせないぜ。




---------------

虹玉で洗浄したバスタブに水を溜め。フィーネが盛り盛りのクリアを掛け。手持ちの聖魔石を半分底に置き。ソラリマを鞘毎沈め。新品の料理用手袋も束で投入。

『我の扱い…。酷くないか?』
「偶には風呂入りたいんだろ」
『そうは言ったが。手袋は止めて欲しい。序で感が増して気分が悪い』
「しょーがないなぁ」
フィーネが手袋を回収。

自宅のリビングにて。

揃って現われた侍女3人がその異様な光景に驚き。ソラリマをしっかり見た事が無いミランダとプリタが更に驚いていた。

「これがソラリマ…水浸しの?」
「何をされているのですか?」
ミランダが当然の質問。
「明日使う聖水作りをね。裏だと埃や虫入るし。お風呂場だと他の水入っちゃうからここで」

「明日?聖水をお庭に撒くのですか?」
「ちょっとラザーリア城の悪霊退治頼まれちゃって。まあ自分がやった事の後始末をね。庭に撒くと環境激変するから庭には撒けないな」

「そもそも聖水は自作で作れ…るのでしょうね」
「通常は各教会の神官以上の人が何日も祈りを捧げて作った物をお布施して頂くんだけど。大量に欲しかったから属性魔石で作った方が早くて安くて経済的!」

「教会員が聞いたら涙しそうな…。あ、本日のお夕食はどうされますか。それを伺いに来たのでした」
「久々に外で食べない?あの店」
「そうね。カルも一度連れて行こうと思ってたし。今夜は外食で」
「畏まりました。クワンティの姿が見えませんが」

「豚骨麺食べ過ぎたからダイエットだって。メレディス上空まで偵察に飛んでった」
「帰りは明後日位かな。明日は全部自宅で食べて夜中にお出掛けします」
「重ねて承知しました」

バスタブの中のソラリマをマジマジと見詰めるプリタに声を掛けた。
「プリタ君。最近余力は出来たかね」
「格好良い…。はい。ブートの方はエガー君に殆どお任せで裏庭のガラナとララードの種を順次地下蔵へ収納する毎日でありまっす」

「掘りで囲った場所は空いてる?」
「空いてます。土に元気が無さそうだったので何も植えずに休ませてますね」
そこまで解るようになっちゃったか。
「それは好都合。少し元気の無い土で試してみたい農法があってさ。カメノスさんの所にも渡したリゼルモンドなんだけど」

「あの香ばしくて爽やかな匂いで美味しい木の実の」
「そうそれ。今から植えるから明日ちょくちょく観察して貰える?」
「…明日?もう芽が?」
「上手く行けば成木になって実が採れる」
「へ?」
これが普通の反応だよな。

「ちょっと普通じゃない物を土に掛けるからお隣さんには内緒」
「な…成程ぉ。了解であります!」

フィーネがどれ位かなぁと呟きながらコップ一杯の水に一滴だけ獄炎竜の生血を垂らした。

仄かにピンク色に染まったコップの水。
「それが普通ではない物?」
「上位竜の生血」
「え!?」
後ろで聞いていたミランダとアローマも驚いていた。

「確かに普通じゃないですね」
「だしょ」

掘りまで移動して殻付きのまま土に植え。コップの水を土の上から掛けた。

「もし実が付いてても俺が鑑定するまで食べちゃ駄目。属性が乗って成分が変質してる可能性が有る」
「ふぁい!」
「明日が楽しみね」
もし属性が乗っても俺たち夫婦とクワンとグーニャなら食べられなくはない。

何方かと言えばグーニャ専用の餌になる。

お空が夕日に染まり掛けた頃に離れ庭から帰宅した。

アローマが本棟へ戻りミランダとプリタがお茶を淹れてくれた。

「プリタ君。も1つ聞きたい事が有る」
「私のスリーサイズでしょうか」
「どれどれ鑑定してみよう、じゃない!この邸内に土壌が綺麗で水場が良い場所は無いだろうか。梅の木よりももっとデリケートな木を植樹したいんだ。今度は普通に」

珍しく険しい顔で。
「候補は有ります。ですが…当主様がお許しにはならない場所で」
「ロロシュさんが?」
「許さない?」

「中庭の。アンネ様の墓標の裏手です」

「それは…厳しいな」
「やっぱりハイネの梅の木周辺かなぁ。でも近場に置きたいよね」
「裏庭も離れも一杯だしな」

「ハイネも正直に申し上げますと特殊でデリケートな木は向いてません。私有地化はしましたがこれから作業者の出入りが増して見物人も多く。一角を保護するには…」
「「確かに」」

「でしたら…。距離は離れますが山葵菜園の奥の平場は如何でしょうか。お二人の私有地で隣接するのは国有地。関係者以外入らず。土壌は肥えて水捌けが良く。水質は国内で一番です。少し開いてやるだけで日照も確保出来ます」
「それだ!流石は植物博士」
「凄いねぇプリタ」
「それ程でも有ります!」

「明日植えに行くけど。これだけは俺たちの趣味にしたいから態々見に行かなくても良いからな」
「ミランダも。シュルツに同行して現地に行っても覗いちゃダメよ」
「承知しました。ですが覗くなは許容出来ません。お二人が植えた珍しい木となれば。今後傷を付けたり伐採して盗もうとする輩が出ないとも限りません」
「私も同意です。根腐れしていないかと不自然な傷の有無を確認するのはお許しを」

「う…。それ言われると辛い」
「仕方ないね。近場の皆で見に行きますか。水分量が多過ぎて最適な場所は無いかもだし」

話は進んだようで進んでない。堂々巡りで現地確認が先ですよと。

『所で…。我は何時まで浸かったままなのだ』
「朝まで」
「の予定」
『そうか。忘れていなければそれで良い』
うっかり忘れそう。

ロイドは優しく。
「私が覚えて置きますよ」
撒き散らすのはロイドの仕事だもんな。変な意味で無く。




---------------

トワイライトの何時もの部屋。

クワンの居ないこの組み合わせは初。二度と無いかも知れない。

何時もの女性店員キルケルさんが今日も居た。
「ようこそいらっしゃいました。何時も私が夜勤の時にお越し頂き幸運の極み。まさかとは思いますがお連れの鳩様が遂にそちらの御婦人に?」
「面白い方ですね」
「無い無い。共通の友人だよ。鳩は遠くに配達中」
「キルケルさんってそんな冗談言う人だったんだ」

「名前まで覚えて頂き感無量です。ずっと真面目に接客をしておりますと固いと言われ。偶には冗談も挟んでみようかと思いまして。細やかな和みの時を穢さぬ程度に。

本日のお勧めはシャトーブリアン。前菜はレバーと温野菜のサラダ。スープは舌先で解れる程煮込んだタンシチューか香辛料を利かせたテイルスープ。両方でも可能です」
「じゃあ全てお勧めでスープは両方。焼き加減も」
「折角なんで。赤ワインはスパイシーな物を」
「添え物にマッシュポテトをお願いします」
「畏まりました。ご緩りとした一時を」

下がろうとしたキルケルを呼び止め。
「因みにここは何名まで入れるの?」
「前日迄にご予約頂ければ十名様はご案内可能です。随時は五名様分のご用意しか」
「丁度行けるかな…。1人食に凄く煩い別の友人が居てそっちの連れと合わせて今度連れて来るよ」

「それはそれは。ご予約心待ちにして居ります」

今日は事前にレイルに言ってあるから大丈夫。許容人数確認しないと連れて来られないからな。

次回は少し賑やかになりそうだ。

少し先を想い。来年の話をして。明日を考える11月の下旬の夜。

ワインを嗜み、キャンドルランプに淡く照らし出される対面の美女2人。

窓の外には目映い夜空。

ふとロイドに目を戻し。
「どうっすかロイドさん。直に見た景色は」
「ええ…。全く別物ですね。繊細で儚げでも有り。力強く輝く星々。それぞれに世界が有り。生まれ、また消ゆる。
切ないのに不思議と希望が湧いて来る。2人がここを特別な場所と言う理由が少しだけ解った気がします」
「カルは詩人ですねぇ」

「色んな世界と人生を旅して来た3人がここに集う偶然。
きっと記憶が無いだけで他にも大勢。人間って何なんだろうと考えてしまう。
不完全なのに完璧を求める。弱いくせに知恵を絞って高みを目指す。
愛も欲望も曖昧で。なのに確かな物だと強がって」
「…スタンさん?」

「フィーネ。御免。今だけ言わせて」
「何を?」

「俺はずっと。ロイドの事が好きだった」
「…知ってるわよそんなの」
「今更言われましても」
マ・ジ・で!?

「あるぇ…。結構勇気振り絞ったんですけど…」
「バレバレよ。だから私は離れられないの」
「好意が無ければここまで肩入れはしませんよ。私も」
脈有ったんかーい。

「なんかショックがデカい。フィーネがどうこうじゃなくて。今から女神教に入信し直して…」
「無人島行って本気でぶん殴ろうかしら。鎧の上から」

「御免なさい嘘です。今のは冗談です」
ワインをガブ飲みして軽く咳払い。
「と、兎に角あれっす。上手く行ったら。そんなに長くはないだろうけど。父上を宜しく頼んます」
「頼まれました。今は想い人も居ないようですし」
ロイドも好感触だったと。

「良かった。まあ色々と」
とんでもない過ちを起こす前で。
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「これ、スキルよりも称号の方がチートじゃね?」 病により急死した主人公、突然現れた女神によって異世界へと転生することに?! 女神から様々なスキルを授かったが、それよりも想像以上の効果があったチート称号によって超ハイスピードで強くなっていく。 そして気づいた時にはすでに世界最強になっていた!? そんな主人公の新しい人生が平穏であるはずもなく、行く先々で様々な面倒ごとに巻き込まれてしまう...?! しかし、この世界で出会った友や愛するヒロインたちとの幸せで平穏な生活を手に入れるためにどんな無理難題がやってこようと最強の力で無双する!主人公たちが平穏なハッピーエンドに辿り着くまでの壮大な物語。 異世界転生の王道を行く最強無双劇!!! ときにのんびり!そしてシリアス。楽しい異世界ライフのスタートだ!! 小説家になろう、カクヨム等、各種投稿サイトにて連載中。毎週金・土・日の18時ごろに最新話を投稿予定!!

称号は神を土下座させた男。

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「真尋くん! その人、そんなんだけど一応神様だよ! 偉い人なんだよ!」 「知るか。俺は常識を持ち合わせないクズにかける慈悲を持ち合わせてない。それにどうやら俺は死んだらしいのだから、刑務所も警察も法も無い。今ここでこいつを殺そうが生かそうが俺の自由だ。あいつが居ないなら地獄に落ちても同じだ。なあ、そうだろう? ティーンクトゥス」 「す、す、す、す、す、すみませんでしたあぁあああああああ!」 これは、馬鹿だけど憎み切れない神様ティーンクトゥスの為に剣と魔法、そして魔獣たちの息づくアーテル王国でチートが過ぎる男子高校生・水無月真尋が無自覚チートの親友・鈴木一路と共に神様の為と言いながら好き勝手に生きていく物語。 主人公は一途に幼馴染(女性)を想い続けます。話はゆっくり進んでいきます。 ※教会、神父、などが出てきますが実在するものとは一切関係ありません。 ※対応できない可能性がありますので、誤字脱字報告は不要です。 ※無断転載は厳に禁じます

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