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第172話 改めて出張inモーランゼア01
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思わぬ初邂逅を乗り越え。改めてやって参りましたモーランゼア南部2番目の町メラビエンタ。
町並みは石造りが主流だが白一色ではない自然な風合いの建物が多く。活気は先ず先ず。
王都に近付くに連れ賑わいも増すのだろう。
南門で申請をし直していざ散策(視察)開始。夫婦で腕組んで密着して歩いてる時点でもう仕事なんてそっち退けでクチャクチャ。
俺の頭の上にはグーニャが居るし。フィーネの肩にはクワンが乗ってるし。趣旨がどうのとかどうだっていい!
駐屯所の案内で今日のお宿を訪ねお早いチェックイン。
ずっと空けられていた最上級のお部屋。エリュダー系列と比較してはいけない。
宿泊がメインの造りで部屋のバスはシャワーのみ。別トイレとの間に広々洗面&脱衣所。
1階に大浴場。女神教主体にしては珍しく時間予約制の家族風呂も有った。がペット不可…。
寝室は4,4の2部屋。これまた珍しいスプリング式コイルマットレスが弾む弾む。
「去年の新婚旅行思い出すな。まだグーニャは居なかったけど」
「うん。お風呂は少し残念だったけどねぇ。普通の最上ならこんな物よね」
「贅沢に慣れすぎた」
「荷物の番してるから行って来るといいニャ」
「クワァ」
「お言葉に」
「甘えちゃおっか」
折角の旅先で毎度自宅に帰るのは面倒いし勿体ない。早速フロントで夕食後の最終時間を確保。どうせ時差で爆裂眠いだろうし眠気覚ましに丁度良い。
とは言えまだ昼食(夕食)前の時間帯。
日は高いが暑くもなく寒くもないお散歩には持って来いな陽気。
こちらではすっかり秋。
時計塔を繁々と眺め。市場や雑貨屋を練り歩いた。
飲食店はペット不可の店が多くモーランゼアは衛生面に煩い国のようで困った。
雑貨屋にはまだ姿が見えず。店主に尋ねてみた。
「置き時計とかって扱ってないの?」
「時計ですかい。それなら王都と最寄りの町にしか置いてないねぇ。作れる職人も少なくて販売には免許まで要るんです」
「「営業免許…」」
「値段も高くてゴツくて中身なんて覗けもしない。金持ちの趣味みたいなもんで。でっけえ柱時計なら貴族様だとか王都の教会とかなら入れてると思うぜ。
手巻き式の小さい奴は直ぐに狂うし。だったら砂時計の方がいいやってなもんです。見通しがいい立地なら時計塔を見ればって感じで」
「へぇ。やっぱ王都周辺かぁ」
「お楽しみは取って置きましょう」
お礼代わりに砂細工を適当に購入。
市場を端まで歩いていると爽やかな柑橘系の香りが。
「あれ?フィーネさん…」
「み、蜜柑じゃない!スタンさん」
「ご夫婦さんかい?柔らか薄皮オレンジの蜜柑だよぉ。まだちょっぴり酸っぱいが。それでも充分甘い。じゃんじゃん買わないと直ぐに売り切れちゃうよ」
「買います!」
「半分袋詰めで!」
「まいどあり!若い子は勢いが良いねぇ」
現金払いで後ろのお兄さんが袋詰め中。
「お姉さん。次の入荷は何時頃?」
「お兄さんったらお上手ねぇ。煽てられても二週間後だよ。急ぎなら北のコルネリオも覗いてみな。あっちの方が農園が近いから豊富に有るさ」
「丁度俺たち北に向かってるんで寄ってみます。でも商売敵の宣伝してもいいの?」
「そんなみみっちぃこた不要さね。同業の親戚経営だから気にしなさんな」
「「ありがとー」」
まさかモーランゼアで蜜柑に出会えるとは。
昼の軽食の代わりに蜜柑を宿で食べ。
「あぁ甘酸っぱい!」
「うぅ懐かしい!」
眠気覚ましに組んず解れつ健全な夫婦生活を経て。
「ねぇスタンさん」
「はーい」
「到着1日で時差ボケを治そうって…無謀じゃない?」
「頑張れ。最短でスケジュールを熟す為だ。この後夕食食べてお風呂入って…絶望的に眠い!」
「あぁ駄目。言葉にされると余計に眠くなる」
夫婦で鼓舞し合い。時にはペッツの力を借りて何とか睡魔を捻じ伏せた。
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コルネリオは真に蜜柑一色の町。メラビエンタよりも糖度の高い高級品種から。蜜柑ワインにソース。ジャムやらクッキーやら。持ち帰りの土産を大量購入。
翌朝食のトーストには蜜柑ジャムが塗られていた。
一般家庭へのお土産はこれで決まりだ。
サンザーケは涼風味わえる虹鱒料理や渓流遊びが盛ん。来た時期が悪くかなり寒かった。薪火を囲みながらの塩焼きが絶品。ペット同伴OKで大満足。
マイシオルタは交易町。東のヌケルコ直通便が出ていて人や物で溢れていた。タイラントだって負けてないからと妙な対抗意識が芽生えた。
町を代表する特産品とは出会えなかったがパンは美味しいと感じた。水が綺麗だからかな。
王都南部最寄りの町ミルオルタ。ここで初めての時計店と出会えた。自動巻きは王都にしか無いよと言うので手頃な手巻き式を購入。手頃でも半日砂時計の5倍の値。精度が悪いのに強気な設定だった。
こちらは何も言ってないのに。
「時計作りは難しいんですよ。皆様大概その様なお顔をされますが」
「なんも言ってないじゃん。自動巻きが無くて残念だなぁと思ってただけだぞ」
「客を詮索するのは店の勝手ですが。言葉にしてしまうのはどうかと思いますよ。私たちも商売人。品定めをするのは当然です」
「済みません…。冷やかしが多くて」
「だから買ったじゃん。5個も」
フィーネは苦笑い。
「済みません…。お客様なら聞いてくれるかな、と」
「初見の客に愚痴を垂れるな。それは自分の師匠に言え。何かご不満な点は御座いますか、とか意見を求めるのなら解るが愚痴は有り得んて」
「商売。御下手ですね」
半泣きになってしまった。
「泣かんでも。怒ってはないから」
「何か…上からお知らせ来てない?金持ってそうな夫婦が来店するだとか」
「!?」
図星のようだ。
若い店主が指摘したフィーネを見て固まった。
頂点は勿論あの人だろうな。何たって神様だから。邪魔な前勇者が退場して遣りたい放題。
代理王か正王が指示を受けているに違いない。
「何処からの情報かは詮索しないけど。タダで客にお悩み相談は有り得ない。代価として時計の製作工房を見せて」
「それはちょっと…」
「じゃあサヨナラ」
「ちょ…少々お待ちを。ここの工房を見ても大した参考にもなりません。私共の師匠に当たる王都の工房主への紹介状を書きます。無礼のお詫びを兼ねて」
「そこまでは頼んでない」
「いえ違います。同業種の棲み分けで。大型で精密な物は中央政府主導で非売品。お二人なら中まで入られるとは思われますが上が何処までお見せになるかは知れぬ所。
ですので中央から派生した一般…、富裕層向け工房の一つをご紹介します」
あぁ普通に行ったんじゃ奥まで見られないのか。国家機密なんだから当たり前。
それならばと紹介状を書いて貰った。
「貴方がテレンスさんで。お師匠さんがサメリアンさんと」
「どうして私たちの名前まで?」
「気付いてらっしゃらない…。上質なお召し物や。人前で、堂々と。蜜柑入りの大袋や大量のお土産を小型の収納鞄にポンポンと放り込まれているのに」
「「あ…」」
ずっと感覚が麻痺してた。誰でも持ってるんじゃね?みたいな。
「警備強化されている最中で。衛兵たちも見て見ぬ振り。それはもう上のご招待に預かられたお二人しか。近々来られる噂と南の町から順に北上されては…もう」
「ごめん、充分理解した」
「私たちに聞きたい事って?中身に関しては当然素人よ」
「はい。中身に関しては色々と制約が有りますが外観のデザインなど何かご意見を頂けないかと。他の工房と差別化を図りたくて」
「と言われてもなぁ…。上面の角を取るとか」
「中身に空きが有って。角に金属板を使ってるなら上面をアーチ状に丸くするとか。モーランゼアは硝子細工も盛んだから外面に装飾を施すとか。短時間の手巻き式なら一定時間で小さなベルを鳴らしてお知らせするとか。
単品使いだけじゃなくて複合の道具部品として使うのも有りなんじゃない?」
「はぁ…素晴らしい!形に囚われず外装を変える。装飾にお知らせ機能。時計自体を何かに部品転用…。
恥を忍んで愚痴を零して正解でした。ご教授に預かれて幸せです。
サメリアンからも意見を求められるかも知れませんが何でも言ってやって下さい。あの人は腕は有るのに頭が固くていけません。
中身を見せ渋ったら」
「勿論放置して出て行くさ」
王都には所謂本店な時計工房が3つ在るらしく。サメリー商団系列は3番手。総じて商売下手だそう。まあテレンスを見てれば解る。
特に売れ行きの悪い南部の店を任されてしまったと。
王都以外で売り上げを伸ばしている町は東側。
サルサイス、ザイサルス。良く似た地名だが3系統の弟子たちが店を乱立しているのでどっちかだけで充分だとお勧めされた。
「東側は小国群と取引を持つ行商や、厳しい時間管理が求められる鉱山管理者が直接買付に来るので余程の粗悪品でなければ売れてしまい。職人たちは勘違いして技術の向上が停滞しているのが現状です。腕も無いのに矢鱈横柄な兄弟子も多くて。
スターレン様なら一店舗回るだけで程度は知れると思います。東に用事が有って暇を持て余すならば是非」
「毒舌だな」
「そこまで言われちゃうと魅力半減ね」
「幾つも回られて時間の無駄だったと落胆される位なら前以てお伝えすべきと思いまして。それに低品位の品を土産にこんな物かと流布されるのも悲しいですので」
中々見所の有る好青年だ。
「タイラントで時計店を開きたいと言ったら。テレンスは国を出る気は有る?」
「スタンさんは手が早いなぁ。老若男女問わず」
「勧誘…でしょうか。私のような三下を」
「それだけの冷静な分析力と向上心が有るなら何処ででも通用するさ。帰りにもう一度寄るから考えといて」
「考案したさっきの外観図の幾つかもその時見せて。デザイン性だけでも引き抜けるか判断出来るから。見てくれじゃなく中身が大切なのは言うまでも無くね」
「はい。考えてみます。贋作や量産品ではない自分だけの時計を作りたい。それは時計職人全ての夢。
王都でも多くの兄弟子たちともお会いになるでしょうから期待せずにお待ちして居ります」
謙虚さも持っている。
全部回れる程暇ではないが。本店3つは最低でも回りたいと思う。
本日のお宿に戻る途中。
「サメリー工房以外は庶民的な服で覗くかね」
「庶民のレベルを思い出さないといけませんねぇ」
嫌味でなくタイラント全体の水準が他国に比べ高い…御免なさい俺たちが金持ちになり過ぎて天狗になってます。
これではいけないと。バッグの奧底から出会った頃の服を引っ張り出して試着会。
服はガサガサ。下着はゴアゴア。靴下は擦り切れ。ブーツもカチカチ。
「「……」」
「クワ?」
「町人ニャン。普通が何かは解らないニャ…」
「俺たちってこれ、着てたんだよな」
「そうよね。見覚え有るもん」
2人並んで姿見の前へ。
「あ、ちょっと背が伸びたからだ」
「それある!」
「フィーネはおっ」
口を塞がれた。
「ストレートに言わないで。夫婦でも踏み込んではいけない領域って有ると思うの」
「ごめんちゃい」
褒めてもダメだったんだ。大きいと褒めればやっぱ大きい方が好きだったのねと喧嘩勃発。成程、勉強になる。
「王都の宿か宿舎入ってから服と靴買いに行こう。流石に下着までは見えやしないから序でで」
「そうしましょう。地元の服装にすればバレないよ、きっと多分。それより天翔ブーツ履いちゃうと普通のブーツの重みが全然違くて違和感有り有り」
「重いよなぁ。前はこれで走り回ってたのが想像出来ん。靴擦れ対策もしないと」
他愛ない会話でモーランゼア南部散策は過ぎ行き。
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王都ハーメリン。
南側の高丘から見下ろすと一目瞭然で他国の王都との違いが丸解り。
大外を囲う外壁。一般区が間に並び。一段高い内壁。
その内側に高い建物が散って見えるので上級議員から貴族層と思われる。
円周状に取り巻き。王都中央には城壁。城壁の6カ所に一際目立つ白い塔。塔の頂上には巨大クリスタルが淡く輝いていた。
真ん中の王城の上にも青白い宝石。
城壁で六芒星を描いて中央の石を護っている形に見える。
配置的に城の反対側は見えないが。正確に南北、南東西と北東西を指しているに違いない。
真に城塞都市。
「防御に絶対的な自信が有るのか。露出させてないと効果が薄まるのか。どっちかな」
「何となく直感だけど。1カ所ずつ個別に叩くと自動で再生しそうな感じがする」
「有りそぉ…。取り敢えず、入っちゃいますか」
「行ってみよー」
「クワッ!」
「ニャ~ン」
外交官の正装に身を包み。右手には旅行鞄。鞄の端でクワンがバサバサ。フィーネの左手にはグーニャ入りのバスケット(ポム工房の竹編み細工)
そうです俺の左腕をガッシリ嫁が掴んでます。
正装なのに馬車にも乗らず。従者も付けず。非常にカジュアルに。礼儀もへったくれも有りゃしない。
偽物だ!と言われたら素直に帰ろう。いや東に行こう。
ぶっちゃけ時計を買う以外に用事は無い!何なら東で買った物を壊して研究してやるぜ。アクリル板の情報が得られないのは残念だが。
こちらの心配を余所に周囲の行商隊が騒ぎ出し。最後尾に並ぶ前に。
見知った顔の人たちが隊列を組んですっ飛んで来た。
「あ、イイテンさん」
ケイルガード様の護衛隊長を務めていた人だ。
「長旅…でもないでしょうがお疲れ様です。スターレン様とフィーネ様。ようこそハーメリンへ」
「良く解ったね」
「…タイラントの正装と胸章。奇抜な取り合わせで徒歩で来られる御客人は世界何処を探してもお二人以外には居らっしゃらないかと」
ですよねぇ。
「出迎え?それとも門前払い?」
「ご冗談を。お出迎えに御座います。少しお伝えしたき注意事項が有ります故。詳しくは馬車の中で」
「「注意事項?」」
迎えの馬車にイイテンと乗り込み動き出した。
「注意って行動制限か何か?」
「幾分制限には成るのかも知れません。正王のケイルガード様は重度の動物アレルギー持ちで。接見時にはお連れのペットから離れ、ご入浴が必須となります」
面倒臭い。
「あー。それでお外歩けないのかぁ」
「面倒だけどそう言う事情なら仕方ないね」
この国のペット規制が厳しいのも納得。
「双子で偉い違いだな。いっそ弟が正王に成れば良いのにさ」
「私の口からは何とも。それとご宿泊は城壁内に用意しました特別宿舎にて歓待致します。初案ではエリュダー商団本部が直営するエリュライズホテルでと持ち上がりましたがご滞在時期と期間が不明瞭で経費も嵩む為、止む無く棄却されました。
ご希望されるのでしたら自費でお願いしたく」
「本部がここに在ったんだ」
「2泊位ならしてみたいね」
激しく同意。
「場所は城壁外の真西。後程に現在の空き状況を調べさせます。謁見と視察を終えられた後でなら幾らでも」
「他には?」
「強いて言えば…。正王もクワンジアのピエール様と同じくかなりの食通でして。外に出られぬ憂さ晴らしでしょうが。一度は晩餐会が催されるかと存じます」
「ペット以外で出席か」
「ダンスも有るの?私スタン以外とは踊らないよ?お相手の身体を逆3つ折りに畳んでも良いなら受けるけど」
「あぁ、それで。当国の方の歓迎会では行われたのに何故だろうと思って居りました」
「そう言うこと」
「必ず上に伝えて置きます。両王や子息が折られては適いません故」
諸注意はお終い。イイテンにプーリアで別れた後のことを聞きながら馬車は城門を潜った。
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歓待宿舎前に到着。馬車を降り立ち、南側に広がる懐かしきあの並木道。
「あれ…って」
「桜…よね…」
「良くご存じで。名称はボロッサム。別名では誰が付けたのか桜と呼ばれていますね。並木道の北側は今の秋に咲き南側は春に咲き誇ります」
1年で2回も楽しめるなんて!
「欲しい!タイラントにも植樹したい。1本欲しがってるって追加で上に伝えて」
「お願いします」
「伝えはしますが叶うかどうかは解りません。確か移植は大変難しい木だと聞いていますが」
「大丈夫。梅の木の近くの土壌なら必ず育つし。梅や杉の切り株に託植させる方法も有るから」
接着用の樹液と灰はまだ残ってる。
「私は植物に詳しく有りませんが。それは口外されない方が宜しいかと。研究者の耳に入れば目の色を変えて飛んで来ますよ。恐らく」
俺のお口も滑り易かった。
「今のは忘れて。兎に角欲しいってだけ」
「意外な所で意外な拾い物…。持って帰りたいなぁ」
「頑張って交渉しよう。最優先で」
部屋に案内されてからも。内覧そっち退けで桜を見に行き何度も5分咲き並木の前を往復した。
部屋に戻りベッドに転がる。
「あー堪能したぁ」
「花の香りも桜そのもの」
「忘れてたけど。フィーネとグーニャの体調は?」
「私もすっかり。でも何とも無いよ」
「我輩もですニャ。他よりも聖属性が強力な結界ですが元々我輩は闇魔が薄いので平気ですニャン。…レイル様は多分気持ち悪いって言いますニャ~」
魔物や魔族にも向き不向きが有るもんです。
クワンはスマホから。
「あたしとグーニャはここで留守番ですか?」
「ごめんなぁ。接見前後と晩餐会はね」
「美味しかったら再現してみるから。今回だけは無塩のオヤツで我慢して」
「クワァ…」
無塩と聞いて余計に落胆。
味の濃い物や多塩の物を連続で与えていると黒っぽいウンチや定期的に産むようになった白い卵がピータン並みに黒く変色する事が有った。
極限に塩や砂糖。小麦や米や油脂類を削ると正常に戻るので。外食が多い旅中の主食は粗い鰹節と果物と素茹で肉や素焼き物などで我慢させている。
最近ではブートバナナや胚の梅酢漬けが安定的に手に入るようになった為、完全復調も近いと願う。
珍しい物や外食を食べさせる時は上空を転移し捲って魔力消費させると改善させられる手段も有り我慢も程々。
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着翌日に正王との謁見。2日後には代理王直々に地下設備のご案内。3日後に宮中晩餐会の予定が伝えられた。
「ボロッサムに関しては代理王と直接お話を。正王は景観を損ねない程度なら良しとのお達しでした。お食事会では代理王との隣席。正王とは離されますがお気に為さらず」
「そっちの方が話し易いからいいよ」
「寧ろ助かったわ」
「食事会前後で第四王子様までと第二王女様までご挨拶に伺うと思われますが…何卒穏便に」
色々居そうで気が抜けない。特に嫁さん。
「これが有るから外務は嫌なのよねぇ。貿易や交易のお話なら兎も角…」
「挨拶と社交辞令だって。気楽に気楽に」
「エリュライズは四日後以降で二週程。最上級部屋に空きが有りました」
「じゃ明日。下町の散策がてら予約取りに行くよ」
「何方かホテルまでの案内をお願い出来ませんか」
「私で良ければ構いませんが。十割の確率で絡まれます故ご公務を終えられてからの方が宜しいかと。予約のみならこちらで処理します」
「あぁそう…。なら3泊でお願い。精算は着時に。初日の夕食は無しで」
「やっぱり拘束されちゃうんだ」
「ご予約の件は賜りました。不本意でしょうが暫しのご辛抱を。商売人としても広く知られて居られますので仕方なき事かと」
「「はぁ~」」
邪魔でしかないよ。有名税。
「イイテンって何か変わった?」
「前に会った時より柔軟になったと言うか」
「それはそうですよ。命懸けの護衛の任から解放されたのですから。元の王宮付きで良いと言ったのに代理王直下の近衛分隊長に抜擢されてしまって…。
今はお二人のご案内役を務められて光栄の極みです」
嫌嫌任命の本音が漏れた。
昇進が嬉しくないとは珍しい。何か訳有りみたいだからそっとして置こう。
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ハーメリン外務1日目。
全身隈無く徹底除菌の上、王城最上層の謁見の間へ。
アッテンハイム首都の大祭壇のグレードダウン版。総本への配慮なのか様式美は似ていてもやや落ち着いた印象。
髪の毛以外の無駄毛も剃らされて主に下半身がスースーする。
嫁は嫁で頬が紅潮。瞳はウルウルしていた。
替えの正装で跪く。弟の代理王より若干太めな正王。
王が2人態勢なのは城内では周知されている模様。代理王も左手奥の柱の陰に鎮座していた。
玉座から下段まではかなり距離が有り。間には分厚い透明なアクリル板が囲い立つ。除菌…必要有ったの?
「遠路遙々ご苦労だった。タイラントの外交官スターレンとフィーネ。面を上げよ」
一卵性双子だけあって声までそっくり。
定番の挨拶に始まり。タイラント土産の新作、ツボ押しハンディーマッサージャーを進呈。
「これは?」
「タイラント王都で売り出し中の新商品。道具の把手部に微少な魔力を掛けると上部の球体が振動する物です。
お好きな強さも任意で凝り固まった肩や腰や足など。ご入浴時や就寝前に使われると効果的。勿論未使用新品でカメノス商団製の消毒液で除菌済みで御座います」
U字スリングの頭を取り替え、大地の呼び声を参考にヘルメンちに新規依頼を出していた物。先月の休暇中に量産が整ったので今後の外務土産にした。
「特産の食材では、なかったのだな…」
「陛下の好みも存知上げぬ上。生ものでは外聞が悪く控えました次第」
アレルギー持ちは来てから知ったが食べ物だって当たれば腹も壊すし症状悪化にも繋がる。
ピエールもそうだったが西側の人はその点無頓着だ。
「良かろう。これはこれで使ってみる。本鮪は…無いか」
それが欲しいなら手紙に書けや!
「…必ず火を通されるとお約束して頂けるのであれば。持参は有ります」
「加えて。大魚が収納可能な冷凍庫のご用意はお有りでしょうか」
「約束するとも。庫は零度近辺の物が有る」
「正しく捌ける料理人は」
「居らぬ」
自信たっぷりに。
「そうですか…。では厨房をお借りして当方で捌いてご覧に入れましょう。まな板代わりに…今間に立つガラス板を半面サイズ頂けますでしょうか」
「良いだろう。本鮪と交換だ。捌き解体には余と料理番の皆も立ち会うぞ」
「そうして頂けるとこちらも助かります」
お隣の王妃様も喜び勇む。
しめしめ。鮪1匹でアクリル板そのものが手に入るとは。
多少お魚臭くなっても洗えばいい。包丁に対する強度も測れて一石二鳥だ。
アクリル板の囲いの中に立つ正王の目前に透明な樹脂板が設置され。急遽鮪の解体ショーを披露した。
3m級の巨大鮪に釘付け。響めきと溜息が乱れる中で。
大きく靱性の高い鮪包丁でも手前の樹脂板は一切傷が入らなかった。表面の滑らかさと抗菌力。強度も申し分なしで耐圧性能を測るのみ。
途中や片面を料理長らと交代しながら切り進め。頭部の希少部位まで処理をした。
もう1匹と鮪包丁セットを交換でアクリル板の製造工程まで見せてくれると言われ。即答で乗った。
「陛下も中々商売上手ですね」
「籠ってばかりだからな。物物交換で済むなら金も掛からぬて」
「案内するのは私なのに…」
代理王がまたかと溜息を吐いた。
中落ち部はそのままだと傷んでしまう為、丁寧に削ぎ落とし半分引き取り半分をその場の全員で毒味&試食会。
付けダレは薄口の出汁醤油。
俺たち以外初めてのお刺身に蕩けて悶絶。
「西海岸で何が獲れるかは存じませんが。全ての魚が生で食せる訳ではないことはご承知の上。
クワンジアでは鮪すら提供していないので、どうかご内密に願います」
「良く注意しよう。これが刺身か…。息子共にも明かせん。料理長、隠し通せよ」
「仰せのままに」
「ご提供した薄口醤油もタイラントのカメノス財団製造の物です。将来冷蔵冷凍の運搬技術がこちらでも整えられれば是非お取り寄せを」
「お手紙で要求されましても。次からは割増し有料ですので合わせてご注意を」
「う、うむ…」
宿舎に戻って昼食後にアクリル板の鑑定。
名前:樹脂板(水属性)
構成:青砂、硝石、木炭(樫の木)、水魔石
性能:耐水性100%
耐圧性:200気圧(板厚に比例)
強度:耐圧性に付随
耐熱性:摂氏800℃
特徴:他属性の魔石でも形成は可能だが濁りが強い
「成程ねぇ。木炭と魔石が入ってたのか」
「他にも必要な材料が有るだろうし。明日の製造工程が楽しみね」
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ハーメリン外務2日目。
本日の除菌は適当でOK。ペットたちは部屋でお留守番。
何にせよ明日迄の辛抱だ。
弟ケイルがイイテン隊を引き連れて午前にやって来た。
「予定外だが工程が簡単な樹脂板から回ろう。昼と植木の相談を挟んで地下へ行く」
「お願いします。ケイル様とお呼びしても?」
「好きに呼んでくれ。本名も有って無い様な物だ」
王城区南西部、宿舎から真南方向に建てられた大変立派な工房。
ここまではイイテンたちも護衛として同行。
樹脂板の工程は至ってシンプル。
青砂と硝石の粉の融点は略同一。溶かした溶液を木炭の粉と低位水魔石の粉を入れた炉に通し。欲しい厚みとサイズの型枠に流し込んで固まる前に金属ヘラで整える。
「詳しい配分は君なら一片を砕けば解るだろうから省く。木炭は樫より堅い素材が有れば薄くても強度が稼げる。
今日は使っていないがララードファイアーの粉などの発泡剤を混ぜると溶液の伸びが良くなる。大型の物が欲しければ混ぜてみると良い」
「「成程成程」」
「東側にも寄るのか」
「その予定です」
「今は資源も潤沢だが有限だ。買い占めるのだけは止めて欲しい」
「そんなんしませんて。必要分に留めます」
「優秀な防具にも。窓や防壁にも。砂は鍛冶道具にもなりますからね。枯渇すると皆が困ります。適量適度で」
「そこまで知っているなら何も言うまい。融点で抑えても再形成は二度迄。以降は強度が格段に落ちて窓にしか使えない。繰り返すと普通の硝子に近付く。
耐水性と耐熱性は保たれるから無駄にはならんが。色を混ぜてステンドグラスや細工にしてみるのも一興だ」
「ほぉほぉ」
「失敗しても使い道は有るのね」
「参考までに聞くが。何処まで話を持って行く積もりだ」
「身内の一部と取引先の1商団」
「後はペリーニャまでかしら」
「君らは随分と聖女様と仲が良いんだな」
「それはまあ。実際救い出したのは俺たちだし」
「その後も何度も寝食を共にして遊んだりもしましたし。宗派を超えた妹みたいな感じです」
「羨むばかりだ。私もそうだが信者の前では余り公開しない方が良い。心酔する者が聞いたら発狂するぞ」
「気を付けはしますが」
「もう手遅れですね」
「手遅れか…。まあ聖女様にこれの詳細を説明するのは止めてくれ。ご招待するネタが無くなってしまう。来国可能な段階になったら君たちも同伴してくれると助かる」
「その時の状況次第で」
「送迎程度なら。城内直送でも」
「当分先だな、それは。あの頃…。ラザーリアに囚われている情報は掴んでいたが。西からの干渉や暗躍組織の続発で手の出しようがなかった。御本人は不在でも今回はその礼も兼ねていると思ってくれ」
「出されなくて正解でしたよ。あの時は」
「少数で動いたからこそ主犯の討伐に成功したんです。モーランゼアまで動いていたら大戦が起きて収拾不能だったでしょう」
「そうとも言えるが…」
何故かイイテンを一瞥した。
「何も出来ずに。払った代償だけが大き過ぎた。止めよう、暗い話はここまでに。他に何か質問は無いかね」
質問は特に無く。暫しの間大きなアクリル板越しに作業風景を眺めた。
見学が早めに終わり。昼食よりも先に桜の交渉に移った。
「景観を損なわない程度、なら南側の3本位でしょうか」
王城の上方を見返すと窓から正王が心配そうにこちらを見ていた。
手を振り返すと恥ずかしいのか引っ込んでしまった。
「咲き途上の物を持ってかれても困るからな。その程度なら間引きで済む。しかし本当に移植は可能なのか。
過去に何度か場所を移しては根腐れして直ぐに枯れてしまったのだが」
「成功するかは植えてみないと解りません。俺たちも初めてなんで。移植って城壁外でしたか」
「ああ。内壁と城壁間だ。貴族連中が欲しいと騒いだ時期が有ってな」
「ここって六芒星の内側ですよね。桜は非常にデリケートで水質と」
「待て。今何と言った」
「桜はデリケートと」
「いやその前だ」
「六芒星の事ですか?」
「何故、その呼び名を知っているのかと聞いているんだ」
「それは王都に入る前に南の高台から見ましたから。南北と南西北西。南東北東。中心の城を頂点にすれば正確な方角を指してます。正六角形の配置なら上空から俯瞰すると星の形に象られ。六芒星と」
「…その話は後にしよう。兵の前でも口にするのは止めて欲しい。で、その枠内で何だと言うのだ」
「桜は非常に繊細な木で。水質と土壌のバランスがとても大切です。そして虫喰いにも弱い。
枠内のここは聖属性で満ち溢れ、虫付きを防止し。相性の良い水属性を介し水の浄化を促しているんだと思います。突然連れて行かれた桜が壁外の汚い水を吸えば枯れてしまうのも当然ですよね」
「な、成程。偶然の産物だったのか」
「偶然?だったんですか」
てっきり時計標準器の電波を増幅するのと合わせ、病弱な正王の為の配置だと思っていたが。
「いやこちらの話だ。水質を改善すれば他でも育つのか」
「土壌も密接に関係しますから植えてみないと。種から育てるのも困難な木なんで。
タイラントには桜の遠い親戚の梅の木が多く自生していてその近くなら元気に育つかなぁと考えています」
こっそり枝を分けて託植しちゃうんだが。
増やして桜チップが取れるようになれば燻製品の高級バリエーションも増える。
「話は解った。済まないが樹齢の若い三本を選定して、持って行くのは二本までに。一本は自分で移植を試したい」
「承知しました」
持ち主がそう言うなら仕方が無い。
北側にロープを張り斜め上から選定。南側中段の細木を選び出して根を切らないように土毎掘り上げて布で包みバッグに突っ込んだ。
「細木は根っこも弱いんで切らないようにご注意を」
「君に頼んだ方が早いな。王都を出る前にもう一度ここへ寄ってくれないか」
「良いですよ。無料で2本も貰っちゃいましたし」
「植樹に成功したらお知らせしますね。年単位で時間は掛かりますが」
「それで頼む」
昼食を王宮で頂きそのまま地下へ。
大扉手前でイイテン隊と別れ。地下深くまで螺旋階段を下った。
時計工房を見せてくれるのかと思いきや。先に中枢を見せたるわ!と半ギレで案内された。
怒るなら見せなきゃいいのに…。
最深部に着いた所にも大扉。ここもタイラントの宝物殿みたいな生体認証が設置されて。2つの凹みにケイルが両手を突っ込んだ。
「入れるのは私を含めて3人だ」
「「へぇ」」
何となく知ってました。…と言う事はあれだ!
玉座の間に登録装置が有ったのかも。時既に遅く、アクリル板に目を奪われて奥まで見てませんでした。無念だ。
「これが中枢の装置になる」
「「おぉ」」
今度は素直な感想。
巨大なダイヤモンドカットされたクリスタルが2つ。端部で上下に向い合い。接点部に僅かな隙間を残して上下でゆったりと異相回転していた。
入って左手の壁際に丁度歯車がスッポリ入る凹みを発見。
ここで俺を操って嵌めさせようとしたんだな。
隣の嫁さんもそれに気付いて怖い顔をしていた。
落ち着くんだと肩を撫で撫で。
「君たちにはこれが何に見える」
「動力は、天井と床下の聖魔石で。上部のクリスタルが午前、下部が午後の時を司る全時計の標準器ってとこですかね」
「左に同じく」
「…正解だ。一目見ただけで我が王国の歴史が看破されるとはな。地上の六芒星は何だと」
「この標準器の信号を世界に飛ばせる増幅器と防壁を両立させる物ではないかと」
「で…。左に同じく」
今、電波塔って言い掛けたな。
ケイルさんが両膝を崩した。
「せ、正解だ。が何故だ!」
「怒らなくても。ケイル様がお前なら見れば解る!て言ってたんですよ?」
「南部の各町に建てられた時計塔は全て同じ造りで正確な時を刻んでいました。きっと中には受信器か調整器が備わっていて小型化が難しい。受信が有るなら発信元も存在する。それは何処か。ここしか無いでしょ!て感じですね」
「も、もう良い。止めてくれ」
「出ましょうか」
「体調が悪いなら上まで運びますよ?ロープで」
大丈夫だと気丈に立ち上がり部屋を出た。
閉じられた扉の前で。
「どうして、この場所だと思う。教えてくれ」
教えろ?
「妄想であって答えではないですよ?」
「構わん!」
自棄糞だなぁ。
「この場所。あのクリスタルの上下交点は。この世界の北極点と南極点を結んだ丁度真ん中。所謂赤道の真上。
世界地図を見てもこの城が中間地点に建っているのが何となく解ります。
多分1mmでも動かそうものならキッツい天罰が下るのではないかと思われますが。どうでしょう」
「長年…。先祖代々の謎がこんな一瞬で解かれようとは」
「ですから答えではないと」
「至極合点の行く解だ。実際先祖の何人かはあれの構造を探ろうと、手を触れようとしただけで絶命した。その場でな」
「それはご愁傷様です。ですが、女神様の言い付けを守らないのが悪いのでは?」
どっちの肩を持てばいいのか解らん。
「その通り。代々王族家系は双子が多く。正王のみがお告げを賜る。死んだのは片割れの代理。自分もと欲に駆られた罪人たちだ」
「何とも言えませんが」
「動かしてはいけない理由も解った。続きは上の製作工房で話をしよう。だが」
「ここでの話は」
「口外しません」
「私も胸の内に仕舞う。どの道兄には正しい告げが下されるからな」
諦めたのか幾分晴れやかな顔に戻った。
王宮外の東側に製作工房はヒッソリと建っていた。ここでもイイテン隊と玄関前でお別れ。
王族と許可された作業者と管理者しか入場不可。俺たちは正王の許可で特別枠。
吹き抜けで1階の作業現場が見渡せる管理者エリアの1室から、アクリル板越しに風景を眺めた。
声が通らないから話もし易い。
「間近で見せる事は出来ん。君らなら上からでも充分だろうが。下でのフィーネ嬢の指摘は半分正解ではない。実は小型化には幾つか成功している」
掌に収まる懐中時計有るしね。
「各地の時計塔は見かけ倒しの張りぼてだ。と断じてしまうと落胆されるから。国民や万人に見え易く、盗難防止の意味合いも込めて外観を大きく統一した訳だ」
賢王の国、か。時の概念を広める意味も有るのかも。
「鉄塔を丸ごと奪えるのも。世界広しを探しても君ら位なものだろう」
見透かされてるぅ。
「時を計るだけなら下の様に動力部品と歯車を組み合わせれば事足りる。時を刻む計りにしたいなら。指摘に有った受信器に当たる白無垢のダイヤモンドが必要。
大粒であれば正確に受信が容易。小粒で透明度の高い粒を使えば小型化は可能。
では私は何をしにクワンジアへ行ったと思う」
「ソーヤン殿に石の直接買付、ですか」
「そうだ。最近東の出物が減少傾向でな。国内ではまず出ない。そこで君らと聖女様への挨拶も兼ねて南へ赴いた」
二重の意味が有ったと。
「動けぬ兄の代わりにと言ったのも嘘ではない。話を戻すと受信するダイヤには特殊なカッティングが必要。比率は一つしか無く、小粒になると同じ加工が困難に。
受信器を固定する部品。動力部品。上位機種なら調整器も有る。動力部から連なる歯車の大きさ、厚み、歯の枚数や組み合わせや配置。何れを取っても大型部品の方が作り易く」
「小型化の方が極限に難しい」
「それでこの国の職人たちは毎日毎晩の様に研究と研鑽にのめり込んでいる。庶民からは高いだの金持ち貴族の道楽だのと文句が出るが。正直今の取引値は底値だ。赤字限界で、値切れば職人たちは居なくなる。
時計事業の苦しさと現状が解って貰えただろうか」
「「はい」」
どの業界も簡単ではない。構造が複雑になる程。
餅は餅屋。専門知識は職人や研究者の血と汗の結晶。安易にパクろうと考えるのは失礼だった。
「技術の流出防止の観点から。ここで作られた物や町で販売されている製品には防止機構が備えられている。端的にこじ開け様とするとダイヤと歯車が砕け散る仕組みだ。
人材も同じく。安易に!若き職人を国外に連れ出そうとしてはいないだろうな」
「すんません…」
「勧誘、しちゃいました。ミルオルタで」
「手が早い…。南と言えばテレンス君か。彼は師であるサメリアンと私たちも目を掛ける将来有望な弟子の一人。
君らに誘われれば大抵の人間が靡くだろうが。この件に関しては逆を行って欲しい」
「逆、と言いますと」
「ある程度自分たちで作れるようになってから。サメリーと私を交えて出国の手続きをして貰いたい。
本人に希望を持たせたのは君らの責任だ。大切な修行期間中に連れて行かれるのは国や本人に取っても高い損失だと考える。
譲歩として加工済みのダイヤを幾つか渡す。それで一旦留保してくれないか」
早期の船出がどう転ぶか解らないもんな。
「大変失礼しました。帰り掛けに会う約束をしているので勉強してから出直すと伝えます」
「そうしてくれると助かる。基本構造は下町の工房で学べるだろう。しかし見本無しで一から作り上げた職人は長い歴史の中でもほんの一握りだ。完成品を持って来いなどと無茶は言わないが。何も知らぬ土地で。無知な雇用主に職人を預ける許可を、私は出さん」
「しっかり勉強させて頂きます。ちょっと焦り過ぎたな」
「そうね」
悪いのは全面的に俺。反省しきり。
町並みは石造りが主流だが白一色ではない自然な風合いの建物が多く。活気は先ず先ず。
王都に近付くに連れ賑わいも増すのだろう。
南門で申請をし直していざ散策(視察)開始。夫婦で腕組んで密着して歩いてる時点でもう仕事なんてそっち退けでクチャクチャ。
俺の頭の上にはグーニャが居るし。フィーネの肩にはクワンが乗ってるし。趣旨がどうのとかどうだっていい!
駐屯所の案内で今日のお宿を訪ねお早いチェックイン。
ずっと空けられていた最上級のお部屋。エリュダー系列と比較してはいけない。
宿泊がメインの造りで部屋のバスはシャワーのみ。別トイレとの間に広々洗面&脱衣所。
1階に大浴場。女神教主体にしては珍しく時間予約制の家族風呂も有った。がペット不可…。
寝室は4,4の2部屋。これまた珍しいスプリング式コイルマットレスが弾む弾む。
「去年の新婚旅行思い出すな。まだグーニャは居なかったけど」
「うん。お風呂は少し残念だったけどねぇ。普通の最上ならこんな物よね」
「贅沢に慣れすぎた」
「荷物の番してるから行って来るといいニャ」
「クワァ」
「お言葉に」
「甘えちゃおっか」
折角の旅先で毎度自宅に帰るのは面倒いし勿体ない。早速フロントで夕食後の最終時間を確保。どうせ時差で爆裂眠いだろうし眠気覚ましに丁度良い。
とは言えまだ昼食(夕食)前の時間帯。
日は高いが暑くもなく寒くもないお散歩には持って来いな陽気。
こちらではすっかり秋。
時計塔を繁々と眺め。市場や雑貨屋を練り歩いた。
飲食店はペット不可の店が多くモーランゼアは衛生面に煩い国のようで困った。
雑貨屋にはまだ姿が見えず。店主に尋ねてみた。
「置き時計とかって扱ってないの?」
「時計ですかい。それなら王都と最寄りの町にしか置いてないねぇ。作れる職人も少なくて販売には免許まで要るんです」
「「営業免許…」」
「値段も高くてゴツくて中身なんて覗けもしない。金持ちの趣味みたいなもんで。でっけえ柱時計なら貴族様だとか王都の教会とかなら入れてると思うぜ。
手巻き式の小さい奴は直ぐに狂うし。だったら砂時計の方がいいやってなもんです。見通しがいい立地なら時計塔を見ればって感じで」
「へぇ。やっぱ王都周辺かぁ」
「お楽しみは取って置きましょう」
お礼代わりに砂細工を適当に購入。
市場を端まで歩いていると爽やかな柑橘系の香りが。
「あれ?フィーネさん…」
「み、蜜柑じゃない!スタンさん」
「ご夫婦さんかい?柔らか薄皮オレンジの蜜柑だよぉ。まだちょっぴり酸っぱいが。それでも充分甘い。じゃんじゃん買わないと直ぐに売り切れちゃうよ」
「買います!」
「半分袋詰めで!」
「まいどあり!若い子は勢いが良いねぇ」
現金払いで後ろのお兄さんが袋詰め中。
「お姉さん。次の入荷は何時頃?」
「お兄さんったらお上手ねぇ。煽てられても二週間後だよ。急ぎなら北のコルネリオも覗いてみな。あっちの方が農園が近いから豊富に有るさ」
「丁度俺たち北に向かってるんで寄ってみます。でも商売敵の宣伝してもいいの?」
「そんなみみっちぃこた不要さね。同業の親戚経営だから気にしなさんな」
「「ありがとー」」
まさかモーランゼアで蜜柑に出会えるとは。
昼の軽食の代わりに蜜柑を宿で食べ。
「あぁ甘酸っぱい!」
「うぅ懐かしい!」
眠気覚ましに組んず解れつ健全な夫婦生活を経て。
「ねぇスタンさん」
「はーい」
「到着1日で時差ボケを治そうって…無謀じゃない?」
「頑張れ。最短でスケジュールを熟す為だ。この後夕食食べてお風呂入って…絶望的に眠い!」
「あぁ駄目。言葉にされると余計に眠くなる」
夫婦で鼓舞し合い。時にはペッツの力を借りて何とか睡魔を捻じ伏せた。
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コルネリオは真に蜜柑一色の町。メラビエンタよりも糖度の高い高級品種から。蜜柑ワインにソース。ジャムやらクッキーやら。持ち帰りの土産を大量購入。
翌朝食のトーストには蜜柑ジャムが塗られていた。
一般家庭へのお土産はこれで決まりだ。
サンザーケは涼風味わえる虹鱒料理や渓流遊びが盛ん。来た時期が悪くかなり寒かった。薪火を囲みながらの塩焼きが絶品。ペット同伴OKで大満足。
マイシオルタは交易町。東のヌケルコ直通便が出ていて人や物で溢れていた。タイラントだって負けてないからと妙な対抗意識が芽生えた。
町を代表する特産品とは出会えなかったがパンは美味しいと感じた。水が綺麗だからかな。
王都南部最寄りの町ミルオルタ。ここで初めての時計店と出会えた。自動巻きは王都にしか無いよと言うので手頃な手巻き式を購入。手頃でも半日砂時計の5倍の値。精度が悪いのに強気な設定だった。
こちらは何も言ってないのに。
「時計作りは難しいんですよ。皆様大概その様なお顔をされますが」
「なんも言ってないじゃん。自動巻きが無くて残念だなぁと思ってただけだぞ」
「客を詮索するのは店の勝手ですが。言葉にしてしまうのはどうかと思いますよ。私たちも商売人。品定めをするのは当然です」
「済みません…。冷やかしが多くて」
「だから買ったじゃん。5個も」
フィーネは苦笑い。
「済みません…。お客様なら聞いてくれるかな、と」
「初見の客に愚痴を垂れるな。それは自分の師匠に言え。何かご不満な点は御座いますか、とか意見を求めるのなら解るが愚痴は有り得んて」
「商売。御下手ですね」
半泣きになってしまった。
「泣かんでも。怒ってはないから」
「何か…上からお知らせ来てない?金持ってそうな夫婦が来店するだとか」
「!?」
図星のようだ。
若い店主が指摘したフィーネを見て固まった。
頂点は勿論あの人だろうな。何たって神様だから。邪魔な前勇者が退場して遣りたい放題。
代理王か正王が指示を受けているに違いない。
「何処からの情報かは詮索しないけど。タダで客にお悩み相談は有り得ない。代価として時計の製作工房を見せて」
「それはちょっと…」
「じゃあサヨナラ」
「ちょ…少々お待ちを。ここの工房を見ても大した参考にもなりません。私共の師匠に当たる王都の工房主への紹介状を書きます。無礼のお詫びを兼ねて」
「そこまでは頼んでない」
「いえ違います。同業種の棲み分けで。大型で精密な物は中央政府主導で非売品。お二人なら中まで入られるとは思われますが上が何処までお見せになるかは知れぬ所。
ですので中央から派生した一般…、富裕層向け工房の一つをご紹介します」
あぁ普通に行ったんじゃ奥まで見られないのか。国家機密なんだから当たり前。
それならばと紹介状を書いて貰った。
「貴方がテレンスさんで。お師匠さんがサメリアンさんと」
「どうして私たちの名前まで?」
「気付いてらっしゃらない…。上質なお召し物や。人前で、堂々と。蜜柑入りの大袋や大量のお土産を小型の収納鞄にポンポンと放り込まれているのに」
「「あ…」」
ずっと感覚が麻痺してた。誰でも持ってるんじゃね?みたいな。
「警備強化されている最中で。衛兵たちも見て見ぬ振り。それはもう上のご招待に預かられたお二人しか。近々来られる噂と南の町から順に北上されては…もう」
「ごめん、充分理解した」
「私たちに聞きたい事って?中身に関しては当然素人よ」
「はい。中身に関しては色々と制約が有りますが外観のデザインなど何かご意見を頂けないかと。他の工房と差別化を図りたくて」
「と言われてもなぁ…。上面の角を取るとか」
「中身に空きが有って。角に金属板を使ってるなら上面をアーチ状に丸くするとか。モーランゼアは硝子細工も盛んだから外面に装飾を施すとか。短時間の手巻き式なら一定時間で小さなベルを鳴らしてお知らせするとか。
単品使いだけじゃなくて複合の道具部品として使うのも有りなんじゃない?」
「はぁ…素晴らしい!形に囚われず外装を変える。装飾にお知らせ機能。時計自体を何かに部品転用…。
恥を忍んで愚痴を零して正解でした。ご教授に預かれて幸せです。
サメリアンからも意見を求められるかも知れませんが何でも言ってやって下さい。あの人は腕は有るのに頭が固くていけません。
中身を見せ渋ったら」
「勿論放置して出て行くさ」
王都には所謂本店な時計工房が3つ在るらしく。サメリー商団系列は3番手。総じて商売下手だそう。まあテレンスを見てれば解る。
特に売れ行きの悪い南部の店を任されてしまったと。
王都以外で売り上げを伸ばしている町は東側。
サルサイス、ザイサルス。良く似た地名だが3系統の弟子たちが店を乱立しているのでどっちかだけで充分だとお勧めされた。
「東側は小国群と取引を持つ行商や、厳しい時間管理が求められる鉱山管理者が直接買付に来るので余程の粗悪品でなければ売れてしまい。職人たちは勘違いして技術の向上が停滞しているのが現状です。腕も無いのに矢鱈横柄な兄弟子も多くて。
スターレン様なら一店舗回るだけで程度は知れると思います。東に用事が有って暇を持て余すならば是非」
「毒舌だな」
「そこまで言われちゃうと魅力半減ね」
「幾つも回られて時間の無駄だったと落胆される位なら前以てお伝えすべきと思いまして。それに低品位の品を土産にこんな物かと流布されるのも悲しいですので」
中々見所の有る好青年だ。
「タイラントで時計店を開きたいと言ったら。テレンスは国を出る気は有る?」
「スタンさんは手が早いなぁ。老若男女問わず」
「勧誘…でしょうか。私のような三下を」
「それだけの冷静な分析力と向上心が有るなら何処ででも通用するさ。帰りにもう一度寄るから考えといて」
「考案したさっきの外観図の幾つかもその時見せて。デザイン性だけでも引き抜けるか判断出来るから。見てくれじゃなく中身が大切なのは言うまでも無くね」
「はい。考えてみます。贋作や量産品ではない自分だけの時計を作りたい。それは時計職人全ての夢。
王都でも多くの兄弟子たちともお会いになるでしょうから期待せずにお待ちして居ります」
謙虚さも持っている。
全部回れる程暇ではないが。本店3つは最低でも回りたいと思う。
本日のお宿に戻る途中。
「サメリー工房以外は庶民的な服で覗くかね」
「庶民のレベルを思い出さないといけませんねぇ」
嫌味でなくタイラント全体の水準が他国に比べ高い…御免なさい俺たちが金持ちになり過ぎて天狗になってます。
これではいけないと。バッグの奧底から出会った頃の服を引っ張り出して試着会。
服はガサガサ。下着はゴアゴア。靴下は擦り切れ。ブーツもカチカチ。
「「……」」
「クワ?」
「町人ニャン。普通が何かは解らないニャ…」
「俺たちってこれ、着てたんだよな」
「そうよね。見覚え有るもん」
2人並んで姿見の前へ。
「あ、ちょっと背が伸びたからだ」
「それある!」
「フィーネはおっ」
口を塞がれた。
「ストレートに言わないで。夫婦でも踏み込んではいけない領域って有ると思うの」
「ごめんちゃい」
褒めてもダメだったんだ。大きいと褒めればやっぱ大きい方が好きだったのねと喧嘩勃発。成程、勉強になる。
「王都の宿か宿舎入ってから服と靴買いに行こう。流石に下着までは見えやしないから序でで」
「そうしましょう。地元の服装にすればバレないよ、きっと多分。それより天翔ブーツ履いちゃうと普通のブーツの重みが全然違くて違和感有り有り」
「重いよなぁ。前はこれで走り回ってたのが想像出来ん。靴擦れ対策もしないと」
他愛ない会話でモーランゼア南部散策は過ぎ行き。
---------------
王都ハーメリン。
南側の高丘から見下ろすと一目瞭然で他国の王都との違いが丸解り。
大外を囲う外壁。一般区が間に並び。一段高い内壁。
その内側に高い建物が散って見えるので上級議員から貴族層と思われる。
円周状に取り巻き。王都中央には城壁。城壁の6カ所に一際目立つ白い塔。塔の頂上には巨大クリスタルが淡く輝いていた。
真ん中の王城の上にも青白い宝石。
城壁で六芒星を描いて中央の石を護っている形に見える。
配置的に城の反対側は見えないが。正確に南北、南東西と北東西を指しているに違いない。
真に城塞都市。
「防御に絶対的な自信が有るのか。露出させてないと効果が薄まるのか。どっちかな」
「何となく直感だけど。1カ所ずつ個別に叩くと自動で再生しそうな感じがする」
「有りそぉ…。取り敢えず、入っちゃいますか」
「行ってみよー」
「クワッ!」
「ニャ~ン」
外交官の正装に身を包み。右手には旅行鞄。鞄の端でクワンがバサバサ。フィーネの左手にはグーニャ入りのバスケット(ポム工房の竹編み細工)
そうです俺の左腕をガッシリ嫁が掴んでます。
正装なのに馬車にも乗らず。従者も付けず。非常にカジュアルに。礼儀もへったくれも有りゃしない。
偽物だ!と言われたら素直に帰ろう。いや東に行こう。
ぶっちゃけ時計を買う以外に用事は無い!何なら東で買った物を壊して研究してやるぜ。アクリル板の情報が得られないのは残念だが。
こちらの心配を余所に周囲の行商隊が騒ぎ出し。最後尾に並ぶ前に。
見知った顔の人たちが隊列を組んですっ飛んで来た。
「あ、イイテンさん」
ケイルガード様の護衛隊長を務めていた人だ。
「長旅…でもないでしょうがお疲れ様です。スターレン様とフィーネ様。ようこそハーメリンへ」
「良く解ったね」
「…タイラントの正装と胸章。奇抜な取り合わせで徒歩で来られる御客人は世界何処を探してもお二人以外には居らっしゃらないかと」
ですよねぇ。
「出迎え?それとも門前払い?」
「ご冗談を。お出迎えに御座います。少しお伝えしたき注意事項が有ります故。詳しくは馬車の中で」
「「注意事項?」」
迎えの馬車にイイテンと乗り込み動き出した。
「注意って行動制限か何か?」
「幾分制限には成るのかも知れません。正王のケイルガード様は重度の動物アレルギー持ちで。接見時にはお連れのペットから離れ、ご入浴が必須となります」
面倒臭い。
「あー。それでお外歩けないのかぁ」
「面倒だけどそう言う事情なら仕方ないね」
この国のペット規制が厳しいのも納得。
「双子で偉い違いだな。いっそ弟が正王に成れば良いのにさ」
「私の口からは何とも。それとご宿泊は城壁内に用意しました特別宿舎にて歓待致します。初案ではエリュダー商団本部が直営するエリュライズホテルでと持ち上がりましたがご滞在時期と期間が不明瞭で経費も嵩む為、止む無く棄却されました。
ご希望されるのでしたら自費でお願いしたく」
「本部がここに在ったんだ」
「2泊位ならしてみたいね」
激しく同意。
「場所は城壁外の真西。後程に現在の空き状況を調べさせます。謁見と視察を終えられた後でなら幾らでも」
「他には?」
「強いて言えば…。正王もクワンジアのピエール様と同じくかなりの食通でして。外に出られぬ憂さ晴らしでしょうが。一度は晩餐会が催されるかと存じます」
「ペット以外で出席か」
「ダンスも有るの?私スタン以外とは踊らないよ?お相手の身体を逆3つ折りに畳んでも良いなら受けるけど」
「あぁ、それで。当国の方の歓迎会では行われたのに何故だろうと思って居りました」
「そう言うこと」
「必ず上に伝えて置きます。両王や子息が折られては適いません故」
諸注意はお終い。イイテンにプーリアで別れた後のことを聞きながら馬車は城門を潜った。
---------------
歓待宿舎前に到着。馬車を降り立ち、南側に広がる懐かしきあの並木道。
「あれ…って」
「桜…よね…」
「良くご存じで。名称はボロッサム。別名では誰が付けたのか桜と呼ばれていますね。並木道の北側は今の秋に咲き南側は春に咲き誇ります」
1年で2回も楽しめるなんて!
「欲しい!タイラントにも植樹したい。1本欲しがってるって追加で上に伝えて」
「お願いします」
「伝えはしますが叶うかどうかは解りません。確か移植は大変難しい木だと聞いていますが」
「大丈夫。梅の木の近くの土壌なら必ず育つし。梅や杉の切り株に託植させる方法も有るから」
接着用の樹液と灰はまだ残ってる。
「私は植物に詳しく有りませんが。それは口外されない方が宜しいかと。研究者の耳に入れば目の色を変えて飛んで来ますよ。恐らく」
俺のお口も滑り易かった。
「今のは忘れて。兎に角欲しいってだけ」
「意外な所で意外な拾い物…。持って帰りたいなぁ」
「頑張って交渉しよう。最優先で」
部屋に案内されてからも。内覧そっち退けで桜を見に行き何度も5分咲き並木の前を往復した。
部屋に戻りベッドに転がる。
「あー堪能したぁ」
「花の香りも桜そのもの」
「忘れてたけど。フィーネとグーニャの体調は?」
「私もすっかり。でも何とも無いよ」
「我輩もですニャ。他よりも聖属性が強力な結界ですが元々我輩は闇魔が薄いので平気ですニャン。…レイル様は多分気持ち悪いって言いますニャ~」
魔物や魔族にも向き不向きが有るもんです。
クワンはスマホから。
「あたしとグーニャはここで留守番ですか?」
「ごめんなぁ。接見前後と晩餐会はね」
「美味しかったら再現してみるから。今回だけは無塩のオヤツで我慢して」
「クワァ…」
無塩と聞いて余計に落胆。
味の濃い物や多塩の物を連続で与えていると黒っぽいウンチや定期的に産むようになった白い卵がピータン並みに黒く変色する事が有った。
極限に塩や砂糖。小麦や米や油脂類を削ると正常に戻るので。外食が多い旅中の主食は粗い鰹節と果物と素茹で肉や素焼き物などで我慢させている。
最近ではブートバナナや胚の梅酢漬けが安定的に手に入るようになった為、完全復調も近いと願う。
珍しい物や外食を食べさせる時は上空を転移し捲って魔力消費させると改善させられる手段も有り我慢も程々。
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着翌日に正王との謁見。2日後には代理王直々に地下設備のご案内。3日後に宮中晩餐会の予定が伝えられた。
「ボロッサムに関しては代理王と直接お話を。正王は景観を損ねない程度なら良しとのお達しでした。お食事会では代理王との隣席。正王とは離されますがお気に為さらず」
「そっちの方が話し易いからいいよ」
「寧ろ助かったわ」
「食事会前後で第四王子様までと第二王女様までご挨拶に伺うと思われますが…何卒穏便に」
色々居そうで気が抜けない。特に嫁さん。
「これが有るから外務は嫌なのよねぇ。貿易や交易のお話なら兎も角…」
「挨拶と社交辞令だって。気楽に気楽に」
「エリュライズは四日後以降で二週程。最上級部屋に空きが有りました」
「じゃ明日。下町の散策がてら予約取りに行くよ」
「何方かホテルまでの案内をお願い出来ませんか」
「私で良ければ構いませんが。十割の確率で絡まれます故ご公務を終えられてからの方が宜しいかと。予約のみならこちらで処理します」
「あぁそう…。なら3泊でお願い。精算は着時に。初日の夕食は無しで」
「やっぱり拘束されちゃうんだ」
「ご予約の件は賜りました。不本意でしょうが暫しのご辛抱を。商売人としても広く知られて居られますので仕方なき事かと」
「「はぁ~」」
邪魔でしかないよ。有名税。
「イイテンって何か変わった?」
「前に会った時より柔軟になったと言うか」
「それはそうですよ。命懸けの護衛の任から解放されたのですから。元の王宮付きで良いと言ったのに代理王直下の近衛分隊長に抜擢されてしまって…。
今はお二人のご案内役を務められて光栄の極みです」
嫌嫌任命の本音が漏れた。
昇進が嬉しくないとは珍しい。何か訳有りみたいだからそっとして置こう。
---------------
ハーメリン外務1日目。
全身隈無く徹底除菌の上、王城最上層の謁見の間へ。
アッテンハイム首都の大祭壇のグレードダウン版。総本への配慮なのか様式美は似ていてもやや落ち着いた印象。
髪の毛以外の無駄毛も剃らされて主に下半身がスースーする。
嫁は嫁で頬が紅潮。瞳はウルウルしていた。
替えの正装で跪く。弟の代理王より若干太めな正王。
王が2人態勢なのは城内では周知されている模様。代理王も左手奥の柱の陰に鎮座していた。
玉座から下段まではかなり距離が有り。間には分厚い透明なアクリル板が囲い立つ。除菌…必要有ったの?
「遠路遙々ご苦労だった。タイラントの外交官スターレンとフィーネ。面を上げよ」
一卵性双子だけあって声までそっくり。
定番の挨拶に始まり。タイラント土産の新作、ツボ押しハンディーマッサージャーを進呈。
「これは?」
「タイラント王都で売り出し中の新商品。道具の把手部に微少な魔力を掛けると上部の球体が振動する物です。
お好きな強さも任意で凝り固まった肩や腰や足など。ご入浴時や就寝前に使われると効果的。勿論未使用新品でカメノス商団製の消毒液で除菌済みで御座います」
U字スリングの頭を取り替え、大地の呼び声を参考にヘルメンちに新規依頼を出していた物。先月の休暇中に量産が整ったので今後の外務土産にした。
「特産の食材では、なかったのだな…」
「陛下の好みも存知上げぬ上。生ものでは外聞が悪く控えました次第」
アレルギー持ちは来てから知ったが食べ物だって当たれば腹も壊すし症状悪化にも繋がる。
ピエールもそうだったが西側の人はその点無頓着だ。
「良かろう。これはこれで使ってみる。本鮪は…無いか」
それが欲しいなら手紙に書けや!
「…必ず火を通されるとお約束して頂けるのであれば。持参は有ります」
「加えて。大魚が収納可能な冷凍庫のご用意はお有りでしょうか」
「約束するとも。庫は零度近辺の物が有る」
「正しく捌ける料理人は」
「居らぬ」
自信たっぷりに。
「そうですか…。では厨房をお借りして当方で捌いてご覧に入れましょう。まな板代わりに…今間に立つガラス板を半面サイズ頂けますでしょうか」
「良いだろう。本鮪と交換だ。捌き解体には余と料理番の皆も立ち会うぞ」
「そうして頂けるとこちらも助かります」
お隣の王妃様も喜び勇む。
しめしめ。鮪1匹でアクリル板そのものが手に入るとは。
多少お魚臭くなっても洗えばいい。包丁に対する強度も測れて一石二鳥だ。
アクリル板の囲いの中に立つ正王の目前に透明な樹脂板が設置され。急遽鮪の解体ショーを披露した。
3m級の巨大鮪に釘付け。響めきと溜息が乱れる中で。
大きく靱性の高い鮪包丁でも手前の樹脂板は一切傷が入らなかった。表面の滑らかさと抗菌力。強度も申し分なしで耐圧性能を測るのみ。
途中や片面を料理長らと交代しながら切り進め。頭部の希少部位まで処理をした。
もう1匹と鮪包丁セットを交換でアクリル板の製造工程まで見せてくれると言われ。即答で乗った。
「陛下も中々商売上手ですね」
「籠ってばかりだからな。物物交換で済むなら金も掛からぬて」
「案内するのは私なのに…」
代理王がまたかと溜息を吐いた。
中落ち部はそのままだと傷んでしまう為、丁寧に削ぎ落とし半分引き取り半分をその場の全員で毒味&試食会。
付けダレは薄口の出汁醤油。
俺たち以外初めてのお刺身に蕩けて悶絶。
「西海岸で何が獲れるかは存じませんが。全ての魚が生で食せる訳ではないことはご承知の上。
クワンジアでは鮪すら提供していないので、どうかご内密に願います」
「良く注意しよう。これが刺身か…。息子共にも明かせん。料理長、隠し通せよ」
「仰せのままに」
「ご提供した薄口醤油もタイラントのカメノス財団製造の物です。将来冷蔵冷凍の運搬技術がこちらでも整えられれば是非お取り寄せを」
「お手紙で要求されましても。次からは割増し有料ですので合わせてご注意を」
「う、うむ…」
宿舎に戻って昼食後にアクリル板の鑑定。
名前:樹脂板(水属性)
構成:青砂、硝石、木炭(樫の木)、水魔石
性能:耐水性100%
耐圧性:200気圧(板厚に比例)
強度:耐圧性に付随
耐熱性:摂氏800℃
特徴:他属性の魔石でも形成は可能だが濁りが強い
「成程ねぇ。木炭と魔石が入ってたのか」
「他にも必要な材料が有るだろうし。明日の製造工程が楽しみね」
---------------
ハーメリン外務2日目。
本日の除菌は適当でOK。ペットたちは部屋でお留守番。
何にせよ明日迄の辛抱だ。
弟ケイルがイイテン隊を引き連れて午前にやって来た。
「予定外だが工程が簡単な樹脂板から回ろう。昼と植木の相談を挟んで地下へ行く」
「お願いします。ケイル様とお呼びしても?」
「好きに呼んでくれ。本名も有って無い様な物だ」
王城区南西部、宿舎から真南方向に建てられた大変立派な工房。
ここまではイイテンたちも護衛として同行。
樹脂板の工程は至ってシンプル。
青砂と硝石の粉の融点は略同一。溶かした溶液を木炭の粉と低位水魔石の粉を入れた炉に通し。欲しい厚みとサイズの型枠に流し込んで固まる前に金属ヘラで整える。
「詳しい配分は君なら一片を砕けば解るだろうから省く。木炭は樫より堅い素材が有れば薄くても強度が稼げる。
今日は使っていないがララードファイアーの粉などの発泡剤を混ぜると溶液の伸びが良くなる。大型の物が欲しければ混ぜてみると良い」
「「成程成程」」
「東側にも寄るのか」
「その予定です」
「今は資源も潤沢だが有限だ。買い占めるのだけは止めて欲しい」
「そんなんしませんて。必要分に留めます」
「優秀な防具にも。窓や防壁にも。砂は鍛冶道具にもなりますからね。枯渇すると皆が困ります。適量適度で」
「そこまで知っているなら何も言うまい。融点で抑えても再形成は二度迄。以降は強度が格段に落ちて窓にしか使えない。繰り返すと普通の硝子に近付く。
耐水性と耐熱性は保たれるから無駄にはならんが。色を混ぜてステンドグラスや細工にしてみるのも一興だ」
「ほぉほぉ」
「失敗しても使い道は有るのね」
「参考までに聞くが。何処まで話を持って行く積もりだ」
「身内の一部と取引先の1商団」
「後はペリーニャまでかしら」
「君らは随分と聖女様と仲が良いんだな」
「それはまあ。実際救い出したのは俺たちだし」
「その後も何度も寝食を共にして遊んだりもしましたし。宗派を超えた妹みたいな感じです」
「羨むばかりだ。私もそうだが信者の前では余り公開しない方が良い。心酔する者が聞いたら発狂するぞ」
「気を付けはしますが」
「もう手遅れですね」
「手遅れか…。まあ聖女様にこれの詳細を説明するのは止めてくれ。ご招待するネタが無くなってしまう。来国可能な段階になったら君たちも同伴してくれると助かる」
「その時の状況次第で」
「送迎程度なら。城内直送でも」
「当分先だな、それは。あの頃…。ラザーリアに囚われている情報は掴んでいたが。西からの干渉や暗躍組織の続発で手の出しようがなかった。御本人は不在でも今回はその礼も兼ねていると思ってくれ」
「出されなくて正解でしたよ。あの時は」
「少数で動いたからこそ主犯の討伐に成功したんです。モーランゼアまで動いていたら大戦が起きて収拾不能だったでしょう」
「そうとも言えるが…」
何故かイイテンを一瞥した。
「何も出来ずに。払った代償だけが大き過ぎた。止めよう、暗い話はここまでに。他に何か質問は無いかね」
質問は特に無く。暫しの間大きなアクリル板越しに作業風景を眺めた。
見学が早めに終わり。昼食よりも先に桜の交渉に移った。
「景観を損なわない程度、なら南側の3本位でしょうか」
王城の上方を見返すと窓から正王が心配そうにこちらを見ていた。
手を振り返すと恥ずかしいのか引っ込んでしまった。
「咲き途上の物を持ってかれても困るからな。その程度なら間引きで済む。しかし本当に移植は可能なのか。
過去に何度か場所を移しては根腐れして直ぐに枯れてしまったのだが」
「成功するかは植えてみないと解りません。俺たちも初めてなんで。移植って城壁外でしたか」
「ああ。内壁と城壁間だ。貴族連中が欲しいと騒いだ時期が有ってな」
「ここって六芒星の内側ですよね。桜は非常にデリケートで水質と」
「待て。今何と言った」
「桜はデリケートと」
「いやその前だ」
「六芒星の事ですか?」
「何故、その呼び名を知っているのかと聞いているんだ」
「それは王都に入る前に南の高台から見ましたから。南北と南西北西。南東北東。中心の城を頂点にすれば正確な方角を指してます。正六角形の配置なら上空から俯瞰すると星の形に象られ。六芒星と」
「…その話は後にしよう。兵の前でも口にするのは止めて欲しい。で、その枠内で何だと言うのだ」
「桜は非常に繊細な木で。水質と土壌のバランスがとても大切です。そして虫喰いにも弱い。
枠内のここは聖属性で満ち溢れ、虫付きを防止し。相性の良い水属性を介し水の浄化を促しているんだと思います。突然連れて行かれた桜が壁外の汚い水を吸えば枯れてしまうのも当然ですよね」
「な、成程。偶然の産物だったのか」
「偶然?だったんですか」
てっきり時計標準器の電波を増幅するのと合わせ、病弱な正王の為の配置だと思っていたが。
「いやこちらの話だ。水質を改善すれば他でも育つのか」
「土壌も密接に関係しますから植えてみないと。種から育てるのも困難な木なんで。
タイラントには桜の遠い親戚の梅の木が多く自生していてその近くなら元気に育つかなぁと考えています」
こっそり枝を分けて託植しちゃうんだが。
増やして桜チップが取れるようになれば燻製品の高級バリエーションも増える。
「話は解った。済まないが樹齢の若い三本を選定して、持って行くのは二本までに。一本は自分で移植を試したい」
「承知しました」
持ち主がそう言うなら仕方が無い。
北側にロープを張り斜め上から選定。南側中段の細木を選び出して根を切らないように土毎掘り上げて布で包みバッグに突っ込んだ。
「細木は根っこも弱いんで切らないようにご注意を」
「君に頼んだ方が早いな。王都を出る前にもう一度ここへ寄ってくれないか」
「良いですよ。無料で2本も貰っちゃいましたし」
「植樹に成功したらお知らせしますね。年単位で時間は掛かりますが」
「それで頼む」
昼食を王宮で頂きそのまま地下へ。
大扉手前でイイテン隊と別れ。地下深くまで螺旋階段を下った。
時計工房を見せてくれるのかと思いきや。先に中枢を見せたるわ!と半ギレで案内された。
怒るなら見せなきゃいいのに…。
最深部に着いた所にも大扉。ここもタイラントの宝物殿みたいな生体認証が設置されて。2つの凹みにケイルが両手を突っ込んだ。
「入れるのは私を含めて3人だ」
「「へぇ」」
何となく知ってました。…と言う事はあれだ!
玉座の間に登録装置が有ったのかも。時既に遅く、アクリル板に目を奪われて奥まで見てませんでした。無念だ。
「これが中枢の装置になる」
「「おぉ」」
今度は素直な感想。
巨大なダイヤモンドカットされたクリスタルが2つ。端部で上下に向い合い。接点部に僅かな隙間を残して上下でゆったりと異相回転していた。
入って左手の壁際に丁度歯車がスッポリ入る凹みを発見。
ここで俺を操って嵌めさせようとしたんだな。
隣の嫁さんもそれに気付いて怖い顔をしていた。
落ち着くんだと肩を撫で撫で。
「君たちにはこれが何に見える」
「動力は、天井と床下の聖魔石で。上部のクリスタルが午前、下部が午後の時を司る全時計の標準器ってとこですかね」
「左に同じく」
「…正解だ。一目見ただけで我が王国の歴史が看破されるとはな。地上の六芒星は何だと」
「この標準器の信号を世界に飛ばせる増幅器と防壁を両立させる物ではないかと」
「で…。左に同じく」
今、電波塔って言い掛けたな。
ケイルさんが両膝を崩した。
「せ、正解だ。が何故だ!」
「怒らなくても。ケイル様がお前なら見れば解る!て言ってたんですよ?」
「南部の各町に建てられた時計塔は全て同じ造りで正確な時を刻んでいました。きっと中には受信器か調整器が備わっていて小型化が難しい。受信が有るなら発信元も存在する。それは何処か。ここしか無いでしょ!て感じですね」
「も、もう良い。止めてくれ」
「出ましょうか」
「体調が悪いなら上まで運びますよ?ロープで」
大丈夫だと気丈に立ち上がり部屋を出た。
閉じられた扉の前で。
「どうして、この場所だと思う。教えてくれ」
教えろ?
「妄想であって答えではないですよ?」
「構わん!」
自棄糞だなぁ。
「この場所。あのクリスタルの上下交点は。この世界の北極点と南極点を結んだ丁度真ん中。所謂赤道の真上。
世界地図を見てもこの城が中間地点に建っているのが何となく解ります。
多分1mmでも動かそうものならキッツい天罰が下るのではないかと思われますが。どうでしょう」
「長年…。先祖代々の謎がこんな一瞬で解かれようとは」
「ですから答えではないと」
「至極合点の行く解だ。実際先祖の何人かはあれの構造を探ろうと、手を触れようとしただけで絶命した。その場でな」
「それはご愁傷様です。ですが、女神様の言い付けを守らないのが悪いのでは?」
どっちの肩を持てばいいのか解らん。
「その通り。代々王族家系は双子が多く。正王のみがお告げを賜る。死んだのは片割れの代理。自分もと欲に駆られた罪人たちだ」
「何とも言えませんが」
「動かしてはいけない理由も解った。続きは上の製作工房で話をしよう。だが」
「ここでの話は」
「口外しません」
「私も胸の内に仕舞う。どの道兄には正しい告げが下されるからな」
諦めたのか幾分晴れやかな顔に戻った。
王宮外の東側に製作工房はヒッソリと建っていた。ここでもイイテン隊と玄関前でお別れ。
王族と許可された作業者と管理者しか入場不可。俺たちは正王の許可で特別枠。
吹き抜けで1階の作業現場が見渡せる管理者エリアの1室から、アクリル板越しに風景を眺めた。
声が通らないから話もし易い。
「間近で見せる事は出来ん。君らなら上からでも充分だろうが。下でのフィーネ嬢の指摘は半分正解ではない。実は小型化には幾つか成功している」
掌に収まる懐中時計有るしね。
「各地の時計塔は見かけ倒しの張りぼてだ。と断じてしまうと落胆されるから。国民や万人に見え易く、盗難防止の意味合いも込めて外観を大きく統一した訳だ」
賢王の国、か。時の概念を広める意味も有るのかも。
「鉄塔を丸ごと奪えるのも。世界広しを探しても君ら位なものだろう」
見透かされてるぅ。
「時を計るだけなら下の様に動力部品と歯車を組み合わせれば事足りる。時を刻む計りにしたいなら。指摘に有った受信器に当たる白無垢のダイヤモンドが必要。
大粒であれば正確に受信が容易。小粒で透明度の高い粒を使えば小型化は可能。
では私は何をしにクワンジアへ行ったと思う」
「ソーヤン殿に石の直接買付、ですか」
「そうだ。最近東の出物が減少傾向でな。国内ではまず出ない。そこで君らと聖女様への挨拶も兼ねて南へ赴いた」
二重の意味が有ったと。
「動けぬ兄の代わりにと言ったのも嘘ではない。話を戻すと受信するダイヤには特殊なカッティングが必要。比率は一つしか無く、小粒になると同じ加工が困難に。
受信器を固定する部品。動力部品。上位機種なら調整器も有る。動力部から連なる歯車の大きさ、厚み、歯の枚数や組み合わせや配置。何れを取っても大型部品の方が作り易く」
「小型化の方が極限に難しい」
「それでこの国の職人たちは毎日毎晩の様に研究と研鑽にのめり込んでいる。庶民からは高いだの金持ち貴族の道楽だのと文句が出るが。正直今の取引値は底値だ。赤字限界で、値切れば職人たちは居なくなる。
時計事業の苦しさと現状が解って貰えただろうか」
「「はい」」
どの業界も簡単ではない。構造が複雑になる程。
餅は餅屋。専門知識は職人や研究者の血と汗の結晶。安易にパクろうと考えるのは失礼だった。
「技術の流出防止の観点から。ここで作られた物や町で販売されている製品には防止機構が備えられている。端的にこじ開け様とするとダイヤと歯車が砕け散る仕組みだ。
人材も同じく。安易に!若き職人を国外に連れ出そうとしてはいないだろうな」
「すんません…」
「勧誘、しちゃいました。ミルオルタで」
「手が早い…。南と言えばテレンス君か。彼は師であるサメリアンと私たちも目を掛ける将来有望な弟子の一人。
君らに誘われれば大抵の人間が靡くだろうが。この件に関しては逆を行って欲しい」
「逆、と言いますと」
「ある程度自分たちで作れるようになってから。サメリーと私を交えて出国の手続きをして貰いたい。
本人に希望を持たせたのは君らの責任だ。大切な修行期間中に連れて行かれるのは国や本人に取っても高い損失だと考える。
譲歩として加工済みのダイヤを幾つか渡す。それで一旦留保してくれないか」
早期の船出がどう転ぶか解らないもんな。
「大変失礼しました。帰り掛けに会う約束をしているので勉強してから出直すと伝えます」
「そうしてくれると助かる。基本構造は下町の工房で学べるだろう。しかし見本無しで一から作り上げた職人は長い歴史の中でもほんの一握りだ。完成品を持って来いなどと無茶は言わないが。何も知らぬ土地で。無知な雇用主に職人を預ける許可を、私は出さん」
「しっかり勉強させて頂きます。ちょっと焦り過ぎたな」
「そうね」
悪いのは全面的に俺。反省しきり。
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