165 / 303
第163話 夏休み・前半
しおりを挟む
ラフドッグ入りまでの大きな出来事はラメル君と協力して王宮に鰻を献上した事位。
後宮専用の調理場の直ぐ外で。焼き台3基を新たに組んで挑んだ24匹。大体4時間ぶっ通しの高密度作業。
途中から料理番の方々にチェンジしてラメル君が焼き工程俺が捌き工程のコーチング。
フィーネはチラッと現われ、道具類の説明をすると直ぐにラメル君が焼いた物を奪って去って行った。
女性陣のお口に入るんですね。知ってます。
最後の2匹はラメル君が焼き、ヘルメンちとメイザー用とした。
他は味の違い解んねえだろ、と高を括り。嘗めて掛かったらロロシュ氏とノイちゃんに指摘を喰らった。
居たよ他にも食い道楽が。
他の日は各所で休暇の連絡と打ち合わせに終始した。
時は一年で日差しが最高潮な9月。
第1週目は新婚旅行に行けてなかったメメット隊メンバーペアやその家族のご招待。
セルダ家やトーム家を含めても4人以上のご家族が居なくて部屋の割り当てには困らなかった。
唯一お付き合いを始めたばかりのクラリア、ポレイスのペアを別室(隣接)とした以外は。
デリカシーの欠如した俺は平気で。
「将来を真面目に考えてるなら既成事実作っちゃえばええやん。折角2人切りに成れるのに」
「それはまだ…。幾ら何でも早過ぎます」
「そうです、スターレン様。ノイツェ様のご許可は頂けてもバインカレ様への報告を済ませていませんし」
「かったいなぁ。2人共」
単に恥ずかしいだけじゃね?
この世界もデキ婚は全然珍しくない。
話に上がったノイツェとマリカ。ゴンザ一家を加えた7名を軍の駐屯所からの護衛3名と一緒にバインカレの屋敷にご案内。
フィーネは苦手だからと同行を辞退。
会うなり開口一番。
「おう、ポックリくたばってないか見に来てやったぞクソ婆ぁ」
「なんだい藪から棒に!こんな大勢で押し掛けて」
喜んでいるのか声が前より断然大きい。
「その様子じゃまだまだ大丈夫だな。約束の方は順調だから精々頑張れよ。帝国産のにっがい緑茶とクワンジア産の酸っぱい紅茶と。どうせ怒鳴ってばっかで痛めてる喉の薬置いてってやるから長生きしとけクソ婆ぁ」
本当は茶葉の味が逆だがこないだのネックレス案件のお返しだ。
3種類とパージェントで買った甘さ控え目のクッキーを監視役の女兵士に手渡した。
「部外者は帰るから後は適当に」
「大きなお世話だよ!裏庭の花が咲いたから手入れして行きな!」
雨期を越えて一気に咲いたのかな。
戸惑う6人とライラに耳を塞がれてキョトン顔のアンネちゃん。そのアンネちゃんのプニプニほっぺをツンツンしてから屋敷を出た。
玄関を出て裏庭に回り込む。
陽当たりの良い南側。角を曲がると見えた花壇。
そこには背の低いミニ向日葵と建物側には赤いチューリップが咲いていた。
季節感がアンマッチな気が…。でもまあ好みなんだから仕方ない。
同行を拒否ったフィーネに通話。
「裏の花壇に綺麗な花咲いてるよ」
「じゃあ行く!」
水遣りするから遅くなると伝える積もりが返事の方が早かった。
女於呂に水を汲んでいると直ぐに嫁さんが来た。
「これはまた。夏と秋冬跨いじゃってるね」
「面白い組み合わせだよな」
フィーネが軍手を手に装着。
「あの空きスペース何かな」
チューリップの奥の空き花壇。
「もうスミレに似た品種が植えてあるみたい」
「見事に四季を無視してるわね。上手く咲くのかな」
「さあ。夏の気温も「どっか」みたいに鬼熱くならないから通年で好きな花楽しめるんじゃない?」
などと話ながら雑草を毟り、整地して水を撒いた。
抜いた雑草を堆積の囲いの中に放り込んでいると小さな蜜蜂が何処からか1匹飛んで来て、チューリップの上を旋回していた。
「近くに養蜂場でも在るのか」
「あんまし見て無い東側かなぁ」
全開放の納屋に女於呂を戻し、少しだけ掃除して邸外に出て東へ向かった。
程なく歩くと北東部の住宅街を越えた先に結構立派な養蜂場とお花畑を発見した。
「「おぉ~」」
敢えてなのか花畑に統一感が丸で無く。更に奥には苺畑も見えた。
併設された直売所を訪ねて理由を聞いてみた。
受付に座るお兄さんは。
「統一しないのは地主様の趣向でして。蜜の採取毎で味が違うのが良い!と譲らず。棚に並べた商品をご覧のように出来映えもバラバラ。コストは変わらないので価格は据え置きなんです」
「じゃあ買って食べてみないと味が解らないんだ」
「面白い売り方だね。地主さん、ギャンブル好きなのかな」
「お察しの通りです」
統一出来ないから試食品も置いてない。折角なので大瓶を4つ購入…。
「あ!蜂蜜酒だ。珍しい」
「発酵させても統一性出ないのかしら」
「残念ながら。激甘で香りが深いのは間違い無いですが何処に向かった深みなのかはお客様の運次第です」
面白い!
蜂蜜酒も大瓶を4つ合わせて購入。
「大人向けのお菓子にも料理にも使えるな」
「1つで色んな味が楽しめるのは斬新よねぇ」
「最近作物市場に園内の苺を卸せるようになったので宜しければ是非ご賞味を。ここでは売らない希少品で多少お値段は張りますが。お二人のお財布ならきっと問題有りませんよね」
もう身バレしてた。
「「買ってみます!」」
市場で売れ残りを半分買ってホテルに戻り、下の部屋をグーニャと使っているロイドと、ロンズ滞在中のレイルを誘い出して苺と蜂蜜酒の試食会を開いた。
苺好きなレイルが大喜び。
「美味じゃ美味じゃ!これ程甘くて大粒な苺は滅多に無いぞよ。寧ろ初めてかも知れぬ。長生きもしてみるものじゃ。残りも買い占めてしまえ」
「俺たちが買い占めると逆に人気が出て明日から買えなくなるぞ。売り出し期間も限定だし。ちょくちょく適度に買いに行くのがいいんだよ」
「欲望のまま食べ過ぎるとどっかの女王様みたく激太っちゃうよ。そんな格好悪いレイル見たくないなぁ」
「なんじゃあ。妾をあんな豚と一緒にするでない」
苺の間に蜂蜜酒を挟んだロイドもニッコリ。
「蜂蜜酒はこう言う味なのですね。同じ場所で作られたからなのか甘さが喧嘩していません。苺の味も変化して楽しいです」
「私もやろ」
俺も俺も。
クワンは苺の真ん中を突き刺し。グーニャは顎が外れんばかりに齧り付いていた。
苺の後だと酒の香りが際立ち、その後の苺は程良く酸味が増した感覚になる。味覚の変化が悪い方に行かない。
「良い買い物した」
砂糖要らずで料理の幅も広がりそう。
一通り楽しんだ後でフィーネが。
「明日はいよいよスフィンスラー潜るけど。着替えとかどうする?」
「俺は上から装備するだけだから向こうの中間地点で着替える。女子は色々有るだろうからここでもいいし。向こうでテント張ってもいいんじゃない?」
「妾はメリーへの言い訳が面倒じゃから向こうで着替えるのがええのぉ」
自分で撒いた種だが。1人で出掛けてしまうレイルを心配するメリリーの姿が思い浮かぶ。
「私も向こうで着替えたいです。まだ不慣れで周囲を色々と壊してしまいそうで」
「じゃあ私もそうする。スタンは覗いちゃダメよ」
「そんなんしたら死んでしまいますがな」
覗きたい気持ちは多分に有ります!
「解れば良し」
「で、何処の層から入る?レイルが苦手な19層を見てみるか。ストレス発散に15層からか」
「別に苦手ではない。少し弱いだけじゃ」
強がるレイルの代わりにロイドが。
「スターレンは一度踏破しているからと油断していますね。ベルエイガが造った迷宮を嘗めている。19層の難易度が上がっていたら。じゃあ上の18層から。再び降りたその先がどの様に変容するかも解っていないのにです」
「嘗めてる訳じゃないけど…」
いや実際嘗めてんのか。
「安易ですね。実に」
「行くなら最初からやり直せって?」
「そうは言いませんが。上から下が正規なら。途中から逆手を繰り返すのは宜しくないのではと危惧しているのです」
全容も解明出来てないのに猾すんなって事ね。
「解ったよ。頭数も前回の倍で装備も上級。本当にそれに合わせて敵レベルが上昇するのか。まずは15層で検証してみよう。無理そうなら撤収して最初からだ。
分断されたら上か下の中間層で待ってて。突入前に場所は教える」
6者分の転移道具もクワンジアで確保出来てるので外に出てもいい。その場合の合流ポイントも入る前に決める。
クワンにはマイアゼルが持っていた飛翔中もOKな指輪と入替え。持っていた物を小袋付きでグーニャへ。ロイドとレイルには人身売買夫妻が持っていた物を。
転移道具をレイルに渡すか悩んだが悪戯しないと約束させて渡した。多分使えないと本人は言っていたから予備保険の積もりで。
上位者には何かしら制限が有るんだと思う。そこら辺の切り分けは謎が多い。真に神のみぞ知る、だな。
まあ大規模災害を引き起こせる化け物級に世界中自由に飛び回られたら地上の人類滅亡一直線だしね。
---------------
はい。やっぱり俺はベルさんの迷宮を嘗めていました。
地上の人影を確認しようと付近に転移してみた所。大きなお口を開けていた縦穴が綺麗に消え。随分前から何事も無かったかのように樹海に覆い尽くされていた。
「あっれぇ」
スマホのマップで確認してみても場所は確かにここで合っていて。
「完全踏破したからか。勇者の証と天馬の笛を持ち出したからなのか」
「なんじゃ。無くなってしもうたのかえ」
不満を漏らすレイルを宥め、中に転移してみるとちゃんと中身は存在した。
懸念していた空気も正常値。どっかしら供給されているんだとその点は良かった。只、前回にセーフティゾーンを作る意味で突き立てた剣魚角が消え去り。適度に整地されて通路の広さが体感3倍以上に広がっていた。
「リニューアル?」
「オープン?」
「クワ?」
直接転移は出来たので場所は変わっていない筈。現在地は14と15層の中間層、に来た積もりで居る。
双眼鏡で覗いて見ようと試みるもNG。眼鏡を重ねても上下階層のスキャンすら出来なかった。
「えげつないっす。ベルさん…」
「全体的に難易度が上がってるってこと?」
「多分ね。入口から変わってるのは想定外だ。この付近に気配は何も無い。着替えてる間に上下の様子を見て来る。クワンとグーニャは周辺警戒宜しく」
「クワッ!」
「ハイニャ!」
「了解。テント張る時間勿体無いから目隠しして。引き離されたかどうか解るから」
「落ち着け。誰が居ると思うておるのじゃ。ゆっくり見て来るが良い」
心強いっす。
ロープで頭までの大きな囲いを立て、手元を伸ばしながら上に歩いた。
階段状の石段を曲がった所から前との違いは明らか。
何と前には無かった大きな扉がしっかりと閉じていた。
触れようと左手を伸ばすと指先から静電気が走り弾かれ離された。
ダメージは皆無だが身体が勝手に拒絶した。
調べるのも難しい。
扉に隙間が全く見えない事から、上の階層主を倒すかトラップを解除しないと開かない仕組みのようだ。
平場まで戻り、囲いに向かって状況を伝え下へ。
閉じていたら引き返せない閉じ込め式。それはちょっと嫌だなと考えて降りると上と同じ扉が押し開きで解放状態だった。
一方通行なのが解る。
扉は開いてはいるが半端に入って閉じられたら困りもの。全員固まって入らないと分断される危険性が有る。
一歩退いた場所から注意深く扉周辺を観察した。
視界の範囲内でトラップの類は確認出来なかった。
全開状態にも関わらず扉の位置から10m以上先は何も映らない。
幾ら調べても飛び込んでみないと何も掴めないのが結論。
平場に戻って状況を伝え、クワンとグーニャを撫で回しながら座って待つ事数分。
白い壁越しに着替え中の美女が3人も。急にロープを外したらどんなだろう…。重傷覚悟でやってみ…。
ロイドが具現化してるから脳内ツッコミも来ない。
「何も見えないの?」
「衝立の中は何も」
「こっちじゃなくて。真面目に」
「扉から少し先以上は何も。中に入らないとダメみたい」
「ふーん。良し、大丈夫?行けそう?」
「ええぞよ」
「はい」
OKの声と同時に解放。今回のチャレンジは止めた。
フィーネはフルメイルに初期はハンマーと左腕に反射盾。
ロイドは真っ白な超ミニワンピをベースに首から下がフルメイル。ホットパンツを装着してても鎧に隙間だらけでセクシーな出で立ち。左右の腕には白黒のグローブ。爆炎斧を装備で輝く銀翼を露出。
レイルはボンテージに赤マント。レギンスまでの生太腿がそそります。腰には新装ボナーヘルト。ピンクの翼が目にも鮮やか。
「ちょっと。私への感想何も無いの?」
「あれ?口に出てた?」
「全部出てた」
「フィーネはほら。脳内補正が掛かるから全裸に見え」
おでこを平手で叩かれた。
「感想要らないです」
下の扉手前に移動。
「造形が全く同じの扉が上にも。多分階層主を倒さないと次が開かない。中に入って閉じたら逃げ場が無い。転移も泪持ってる俺とクワン以外飛べない前提で考えた方がいいな」
「入ってみないと始まらないね」
いざ出陣!
全員で入ってみると背の扉は開いたまんま。
数歩進んだ所で青白い照明が天井と壁にずらりと点灯。現われ出でし無数の木々の魔物と巨大なドーム会場。
言わずもがな前回とは丸で別世界。
立っている場所は絶壁の頂上。遠く離れた反対側にも同じような立地で大扉。距離感は不明瞭だが小さな点に見て取れる。
眼下の凹んだクレーター中央に蠢く大木。
大きさからしてゴッズ。取り巻きはエンペラー、キングと波状な円形陣。
標準雑魚が居ない…だと。
「各自散開ご自由に。真ん中のゴッズ倒した人は今日の苺を独り占め!」
聞いた途端にレイルが雌叫びを上げて一直線に飛び立った。
「やだ!直ぐに終わっちゃう」
「いけませんね」
一歩出遅れたフィーネが左にロイドが右に。
「俺たちは外周回って奥に行こうか」
「クワッ!」
「ニャン!」
前後左右に蠢く樹海。巻き上がる風と伸びる蔦。中央付近で溜め練り込まれた弾丸のような突風が飛行中の2人を容赦無く撃ち落とし、迫り上がる根の先端が上から落ちる得物を掴みに掛かった。
「こしゃくなぁぁぁ」
「まだまだです」
よく聞こえないけどそんな感じ。
風が折り重なってドライアドやトレントたちの唸り声の様にも聞こえる。
左に走ったフィーネが地面を抉る低い姿勢から片手ハンマーを回転撃でジワリジワリと着実に前進。
胴幹からへし折られて行く大木が次々に霧散した。
負けじと右手のロイドが飛翔と落下を繰り返し、爆炎を発動。自主落下で増した衝撃との相乗効果で低い火柱が前方直線上に地を走る。
風を跳ね返して更に火柱の勢いが増加。衝撃範囲外の後方まで突き刺さり、蔦や葉枝に着火して拡散。
一番乗りだったレイルが範囲攻撃が無い!と叫んで翼の枚数を増加。ボナーも4本に増やして両手と翼で4刀琉に変化。そのまま低空飛行で中央突破を敢行した。
早期決着かと思われたゴッズとの衝突寸前。取り巻きのエンペラーが暴風を重ね巨大な竜巻を生み出した。
風の壁に押し返されるレイルが叫ぶ。
「風が邪魔じゃぁぁぁ!!」はい、見えてます。
俺は巨大化したグーニャに跨がり悠々とフィーネの後方を迂回。クレーターの頂点付近を走り抜け、躍り出た敵陣背後。
前面の3人に引っ張られ。取り巻きキングが前に移動。
即ちガラ空きに見えるぜゴッズの背中側!
「グーニャは真ん中狙いで最大炎噴射!クワンは火柱が上がりきった後。壁突き破ってあいつの頭上から2つに薪割りだ!」
「ニャオォォォン」ちょっと狼時代が甦る。
「クワァァァ!!」
グーニャの炎が嵐に乗って盛大な火柱へと昇華。
ロープをクワンの下側へ伸ばし突き、薄く登った僅かな隙間にクワンが飛び込んだ。
轟音と共に真っ二つに割られたゴッズ。そこからの決着は早かった。
嵐の停滞と膠着時間差が生まれ。到達が遅れた女性陣の怒りの鉄鎚で取り巻きが崩壊して終了。
「金星!クワンティ!!」
「クアァァァ!!」
膝を着いたフィーネ。
「スタンが共闘なんて卑怯だよ。あー世界が回る」
前のめりに地面に落ちたレイル。
「わ、妾の苺ぉ…」
1人涼しい顔のロイド。
「良い運動に成りました」
「砂糖無しの苺牛乳も作って皆で分けような、クワン」
「クワァ」
ウンウン頷いてレイルの頭を翼で撫でた。
「ええ子じゃのぉ。妾の眷属にな」
首を横に振ってフラフラのフィーネの後ろに隠れ。
「ちょっと休憩させて」とクワンの背を枕に横に寝た。
フィーネの目眩が治まるまでに落ちた素材と魔石を拾い集めた。
ゴッズから出たと覚しき長い古代樹の杖、古代樹の丸太
古代樹の木片、古代樹の蔦、古代樹の樹液と風地の最上位魔石等々。木製素材がエンペラーからも多数排出。
残り僅かな万寿の樹液を使えばどれか世界樹素材に化けるのかな。
今回は全品素のままで呪いは掛かっていなかった。
「ゴッズが出たのを見ると、これが最高設定だと思う。詰り下手な小細工無しの純粋な力勝負。こうなった理由は幾つか浮かぶけど。今それは無意味だから触れない。
考察の答えは16と17のゴーレムシリーズで嫌でも解るだろうし」
「順番に降りないと18層通過出来ないもんねぇ。檻よりも蝋燭の方が欲しいもん」
そうやったん?最近気が変わったの?
「それはそれとして。今日どうする?様子を見ると即戦闘に入ると思うけど」
皆余裕の表情。
「妾は消化不良じゃ。あんな雑魚に足を掬われたままでは寝覚めが悪い」
逆にストレス溜めてしまった様子。
「ゴーレム相手なら火炎も通り難く撃ち放題。単純な打撃戦でも腕慣しには打って付けだと思われます」
ロイドは殴り合う気満々。
「私もやる。横回転は辛いから次は縦回転で」
無理せんでも。
「我輩も爪研ぎしますニャ」
クワンはスマホから。
「あたしは砂を咬みたくないので応援します」
「なら俺とクワンは後ろで観戦。危なそうだなと判断したら即引っ張り上げるから怒るなよ」
このメンバーなら要らぬ心配だ。
17のゴーレムは読み難い難敵だったが16は簡単な肉弾攻撃が主流だった。多少変則度合いが増しても後れを取る人は居ない。
偶にはおいらも楽がしたいのさ。
などと心で述べる言い訳を。
ロイドと言う脳内ストッパーが居ないから妄想もし放題。
「変わらず聞こえていますが。何か」
なんてこったー。声が肉声に変化しただけだったわぁ。
「なになに?まーたスタンはエッチな事考えてたの?」
いえそれは常日頃からで。
ゆったりティータイムを挟んで挑んだ16層。
変なギミックは無いだろうと言う個人予想を裏切り、動く床は標準オプションだった。
女性陣に白い眼で睨まれつつ。
取られた行動はロイドがフィーネを抱え飛び、人間弾頭にして上から投げ込む暴挙に出た。斬新!
弾頭後に舞い上がる霧散前の破片を斧の側面で追い打ちドミノ式で後ろまで薙ぎ倒した。
グーニャは鉤爪攻撃と体当たりで迷路壁とゴーレムを粉に変え。レイルは4刀琉が気に入ったのか必要以上にスライスして遊んでいた。
待つ事大体30分。
中央付近にハイドしていたゴッズが掘り起こされて蛸殴りの刑に処された。
可哀想に。相手が悪過ぎた。
危なげ無く初日を熟し。着替えてから一旦自宅へ直行。
背中と汚れを流しあ…。俺以外で風呂中に簡単な昼食と苺牛乳を作った。
きっと残らんだろうと1人風呂を堪能して上がると嫁子がきっちり確保してくれていて感動した。
と言うより待っていてくれた。
「てか遅い」
「悪い悪い。無くなってもいいかってのんびりしてた」
「そんな酷い食いしん坊は居ないよ」
4人と1匹と1羽で仲良く食し。
「潰した苺と冷えた牛の乳を混ぜるだけかえ。簡易なのに思い付かなかった発想じゃ」
「良い苺なら砂糖要らず。甘さが足りなかったら加えて混ぜても良し。ストレートな牛乳が苦手な人向けだな」
話題を迷宮に戻して。
「レイルはどうする?気が済んだなら次回は付いて来なくても良い。時間短縮には成るからどっちでもいいけど」
「そうじゃのぉ。十九には興味有るかの」
「迷宮にじゃないなら檻にとか?」
「妾やプレドラを簡単に捕えられてしまう道具。それに似た物で西の娘が捕えられて居るのかと思うてな。弱点属性を突いただけかも知れぬが参考には為ろう」
魔力が使えなくなるのも気になると。
「壊せる者で外から壊せば出られるじゃろうし。差して重要ではないが。暇潰しじゃて」
「ふーん。じゃあ宜しく」
どう進化してるか不明だから人手は有って損は無い。
その通り。外に居る仲間に壊させれば済む話だ。
「プレドラって露出狂を捕えてから大分経つけど。一向に仲間が救いに来ないのはなんでかなぁ」
「さてのぉ。単に人望が無いか」
「単独好きで居なくなっても気にされてないのかもね」
結構重要そうな局面でそんな事有るのかな。
「これまで太刀打ち出来ていない私たちを敬遠し始めたと考えられ無くも無いですね。近くにレイルさんが居るのですし」
「レイルと共闘してるのが広まった、か」
そのウエイトが大半のような気もするな。
「中に居るプレドラの眷属化には成功したの?」
「もう暫く掛かるな。邪神の加護が中々破れんでのぉ」
レイルでも破れない加護。檻が壁になって直に干渉出来てないのも要因。それを飛び越える方法を探る上での参考に迷宮に同行する訳だ。
「近くでの会話とか西の本体に筒抜けとかは無いよな」
「無い。妾の影の中で思念を飛ばせば直ぐに解る。会話も届かぬ最奥に沈めてあるしの」
専門家が言うなら信じてみるか。
「そっちはお任せで。スフィンスラーは1週間以降に。再出現の周期も知りたいから」
外からは何も見えないし。それはレイルとロイドも同様。
爆炎斧の強化素材も出たらいいなぁ。
---------------
週末にはメルシャン様とダリアが。明けにはシュルツとペリーニャが護衛付きでやって来る。王女ペアは軍の駐屯所併設の専用宿舎へ。ペリーニャとシュルツは一般枠でエリュロンズに滞在する。
必然的にフィーネが日中お相手で居ない。迷宮探索は夜に敢行する予定を組んだ。
ダリアとシュルツが一緒の時にウィンザートへも行かなければならない。
1週目のメメット隊メンバーペアが全て被るのも真ん中の1日のみ。なのでスフィンスラーは昨日突撃した。
午前から浜辺の片隅を独占させて貰って屋台巡りをしたり初水着に着替えて海で遊んだり昼間は自由行動。
授乳期を脱したライラとペルシェを含め大半の大人たちはお酒と惣菜を楽しんでいた。
夕方からは財団宿舎を借りてBBQと言う流れ。
これで花火が有れば文句無しだが火薬を開発してしまうと世界が激変してしまう為、自分たちは関与せず自然な進歩に任せた。
何でもかんでも作ればいいってもんじゃない。
火を起こし易くする着火剤は出回っているので時間の問題だとは思う。
子供たちは纏めて地元兵士たちに任せ。大人はワイワイと親交を温めた。
屋根だけタープテントの下。楽しげな雰囲気の中で固い顔の2人の親子。メメットとモメットが黙ってエール酒を飲んでいた。
嫌がるモメットを俺が無理矢理引っ張って来たのはお伝えする迄も無い。
「怒ってるの?パパ」
「別に怒っちゃいねえ。俺もお前も好きに生きてんだ。ただ…孫の顔が見れねえのは残念に思ってる」
「ごめんなさい…」
そりゃ暗くもなるか。
「でもまあ。お前に兄弟を作ってやれなかった負い目も有る。身勝手な所だけ似やがって。元気ならそれでいい。偶には顔見せに帰って来いや。前の家は燃えちまったがな」
「うん。スターレン様からのお仕事も国と交代制に出来そうだから。落ち着いたら帰るね」
「デカい形してナヨナヨしやがって。はぁ…」
1つ朗報なのはキャライがセルダさんの子をご懐妊。安定期に入ってないので何とも言えないが。子供たちの教育担当者の1人で来年産休に入れば交代要員が必要かと探していた所にメリリーが現われてくれた。
細かい話はレイルと本人との相談で。
他のメンバーペアや旧エドワンド組にも何人か。多分出来たかもと喜び合っていた。
だからかその人は控え目に飲んでいた。特に顕著だったのはジェシカとパメラの2人。
直接的な言葉は無かった代わりに俺の頬にキスの雨が注がれた。頑張ったのはお二人なんで俺は関係無いが、これぞ役得。
2人の水着姿が拝めなかったのは残念。
初お目見えのロイドが誰なの誰なのと女性陣に囲まれてキャッキャしてた。
喧騒の輪を外れた席で特別ゲストの1人コマネ氏と軽く商売の話を。
「御目出度う、コマネさん」
「まだ先は解らんがね。一応有り難うと言って置く」
「明けにウィンザートに顔出すんですけど。何か出来る事有りますか」
「特には。君の依頼も片付いてしまったし。例の件は正式にシュベイン殿との合同事業に切り替えたからな。頻繁に通わなくても良くなった。週明けなら私もあっちに居るから一度建築中の建物でも見て貰おうか」
「それは丁度良かった。俺たちも要人を運ぶだけで暇してるんで」
「なら事務所に来てくれ。時間は何時でも良い」
「ジェシカも行きたいとか?」
「いいえぇ。まだ不安な身なので今回は…。それにチラリと伺いましたら来週は高官の御方が乗られるのですよね。その中で私一人と言うのは心許なく」
「おぉそうだった。両方の意味でごめん」
「私が戻れば済む話。ジェシカの代わりにヒエリンドを馬車馬のように働かせている。気遣いは結構だ」
余計なお世話だったようで。
秘蔵の転移道具は何時かの逃亡用に温存していた物だと説明してくれた。
準備を怠らないのが流石コマネ氏。
造り掛けの水族館が楽しみだ。途中を見られるチャンスも今しか無い。
挨拶回りは結局夕方の食事会まで続いた。
---------------
各部との調整と送迎に明け暮れる毎日。
滞在延長を申し出た何組かは普通の宿屋へ移し。迎えた王女2人とその護衛。シュルツの組と合わせ、スタフィー号に乗せられるギリギリの人数。
溢れたら軍船で後追い。
メルシャン様はフィーネとダリアの手を引いて海よ食事よと大はしゃぎ。
お供の近衛も付いて回る訳で。お店の確保に奔走した。
店外の警戒に当たる兵士は簡易武装でも汗だくで大変そうだった。
途中からお買い物ツアーへと移り変わり。男は排除され現場には居なかったが。後でフィーネから聞くと物欲を全解放したメルシャン様は真に王女に相応しい傍若無人な振舞いで大いに困ったそうな。
「メル…」
「あぁ、これも良いですわね」
「メルってば」
拡充された海辺の用品店。一般客は追い出され、店員さんまで女性オンリーに代えさせて。メルことメルシャン様が手にしたのは昨年彼女の私室で着て見せた極限マイクロビキニ、の新作。
私はスタンの前だけの限定で了承して買ったのだけれど。彼女は様子が少し違った。
「何かしら、フィー」
「本気でそれを買うの?お店には悪いけど。多分それは半分冗談で置いてあるだけなのよ。それに貴女は国を代表する王女様。変な噂が立つと困るでしょ」
私の後ろでダリアが顔を覆って赤面していた。
「何も困りませんわ。私は私物としてお店の商品を購入するまでです」
「人前では着ないよね?」
「まさか。堅物のメイザーを誘うのに使うだけです」
ちょっとホッとした。
「なら止めないけど。それを使わないと駄目なの?」
「全然。全く。駄目なのです!ライラの赤子のアンネを拝見してから其れとなく誘ってみても。公務や外遊帰りで疲れた疲れたと言うばかりで敬遠されるのです」
聞いちゃ駄目な奴だった…。
「そ、そう…。欲しい気持ちに温度差って言うか。溝みたいになってるのかな」
「真にそれです。聞いて下さいますか。いえ聞いて下さいまし」
「ここでは無理よ。宿舎まで付き合うから」
帰りが遅くなりますスタンさん。
カモフラで自分と恥ずかしがるダリアの分まで何種類も買って逃げるように退店。
海軍宿舎に割り当てられた王族用の特等部屋で一通りお話を聞いた。
「フィー。一生のお願いです。剃毛して下さいませんか」
お茶を思い切り吹いた。
同席させられたダリアも同じく。
ゲホるお互いの背中を擦り合いながら。
「何言ってるの!流石にそれは無理よ。一緒にお風呂なら入れるけど。そんなのが外部に漏れたら懲罰物よ」
「漏らしませんわ。命に賭けて」
何故か別の意味で聞こえてしまう。
「お付きの人に頼めば良いじゃない」
「涙ながらに無理だと断られました。自分で遣ろうにも止められて」
もうやってたのね。
「私は剃刀にも負けない強い肌してるから自力で剃った。小さな傷でもデリケートな場所だからお薬も塗らないと」
「剃って頂けるのですか」
「やるとは言ってない」
「短く切り揃えるだけでは…駄目なのでしょうか」
ダリアの提案も虚しく…。これ以上は言えません。
---------------
侍女衆と出掛けていたロイドと王女組を引率してたフィーネを交え遅めの夕食。
俺はラメル君とレイルとメリリーを連れ回し。食材や物産を見回ってお料理談義に華を咲かせた。
帰って来てからずっと何だかフィーネの顔が若干赤いのが気になった。
「顔赤いけど熱でも有るの?」
「大丈夫。風邪じゃないから心配しないで。これは全くの別問題。因みに女同士の秘密だからスタンは深く突っ込んじゃダメ。喧嘩した訳でもないよ」
そっちの話なら立ち入れないな。
何故だかお風呂まで入って来たと言う話だし。
「ねえスタンさん」
「なんだいフィーネさん」
「カルの前だから勇気出して聞くけど…。夜の方で飽きるとか。マンネリ化するのってどう思う?」
ロイドは首を傾げた。
「私は聞かない方が…」
「勇気出ないから一緒に居て。お願い」
「はい」
「どうって聞かれてもなぁ。普通がどんなだか解らんけど。毎晩のように続けてたら淡白にはなったりする人も居るんじゃない?俺は全然大丈夫。子作り自体を控えたいって話だったり?」
この先も旅が続くなら計画的にしようとは前から話をしているが。
「違う違う。私たちの場合は宝くじみたいな物だからこれまで通りで。私が、じゃなくて…。メルに相談されてて」
「あーそっちの夫婦の話か。ビックリさせんなよ」
「ごめん。言葉足らずでした」
「あの2人は王族だからさ。作りたい、欲しいなの前に作らなきゃが来て。プレッシャーが半端無いんだと思う」
「うん」
「殿下は真面目君だから。相手の負担も考えて。出来なかったどうしようとか。考え過ぎて萎えちゃうとか有りそう」
「そっか。…薬とかに頼るって言うのは」
「若い内から頼るのは良くないよ。それ無しでは元気にならない身体になっちゃうと思う」
「やっぱり」
「殿下の方が元気無いってなら。完全に精神的な物が原因だから自然に任せるしかないよ。部外者がどうこう言えないし。周りからも言われてるだろうし」
「…うん」
「男としては。欲しい欲しいばっかで責められると辛いし萎縮する。女性だって同じでしょ」
「確かに同じだね」
「女の人は言葉が大切ってよく聞くけど。男はそうでもなくてさ。悪い言い方で面倒臭い。子供はどっちでもいいから愛し合おう!とか言われた方が解り易いし。気持ちが楽になるんじゃないかなぁ、て思います」
「面倒臭いんだ…」
「欲しいと思う気持ちはお互いに有って。夫婦仲も険悪じゃないなら言葉なんて要らないって考えちゃうのが男な訳です」
「話し合いは必要無いって事?」
「話し合うのは大切だよ。気持ちの確認をする上で。じゃなくて授かるのを前提に話をするのが2人の余計な負担になってない?って事。ストレートな気持ちを打つけ合っても上手く行かない事て沢山有るじゃん。男女問わず」
「う~ん。前提かぁ。難しいね」
「そうそう。責任感が強すぎるんだよ、あの2人は。案外なーんも考えて無さそうなカップルの方がすんなり懐妊とか良く有る話でしょ。人様や周りと比べ出したら辛いだけだと思うよ」
「辛いね、それは」
「俺たちも使命を果たした後で全然授からなかったら悩むんだろうけどさ。授からない、作らない選択をする夫婦だって幾らでも居る。だから授からない場合も視野に入れて話をしたらどうかな。極論子孫繁栄はダリアに任せる、とかは行き過ぎか。要するに男もそれなりに考えて悩んではいるから。そこは責めない方がいいよ」
「うん。男性の一意見としてメルに伝えてみる。ダリアよりも早くって考えてるだろうから最後のは無しで」
「私が同席した意味は」
「ごめん。無かった…。スタンが将来をどう考えてたのかが不安で。私1人では聞く勇気が足りなくて。でもこれで私もスッキリした。今考えたって仕方ないよね」
「そう言うことだと思われます」
参考になれば良し。自分の気持ちも話せたし。
「構いませんよ。スターレンの内なる声を散々聞いて来た私が保証します。至って真面目で健全なドスケベであると」
「…全部台無しじゃねえか。男なんてそんなもんだ」
「へ、へぇ…。悩んで損した気分だよ」
まずは健康なフィーネが居てくれればそれで良い。俺の方が病気や事故でぽっくり早死にしそうな気もする。人生何が有るかは解らんもんです。
---------------
シュルツの組をピックアップ後にペリーニャ率いるアッテンハイム組も自宅方面にご到着。
自宅前の広い通路で諸注意と人員の確認。
「グラハム君泣いてなかった?」
「それはもう叫き散らして泣いて居りました。が、無視して置いて来ました。大体母親と私が不仲であるのは周囲も本人も理解している筈なのです。義母は行動を止めもしないし諫めもしません。私の母とそれはそれは壮絶な喧嘩をしていたのにも関わらず。母亡き後で生まれた弟の面倒を私に見させようだなんて虫が良いにも程が有ります」
ゼノン隊の目の前で暴露せんでも。隊員全員が耳塞いで我関せず。
興味津々なシュルツが。
「グラハム君とは?」
「私の異母姉弟の五歳児です。通話中にも色々と」
「あぁ先日のあの声の方でしたか」
面白そうな話をしてるが聞いてはいけない。
「弟が嫌いな訳では有りません。ですが彼も連れて来るとゼノン隊だけでは済みません。今は現実的ではないと判断しました」
「それは好判断でしたね」
隊のメンバーはクワンジア遠征時と同じで顔馴染み。話も出来るし多少の融通も利く。
「ゼノンは腕はもう大丈夫?」
「全く問題有りません。寧ろあの後の北部での戦闘に参戦出来なかったのが心苦しく」
「あの件にアッテンハイムが絡んだら変だろ。あれで良かったんだよ」
少し離れた場所のサルベイン一家とその護衛兼付き人たちにも声を掛けた。
「そろそろ行きますよ。ギサラ君がぐずってない内に」
「ああ。宜しく頼む。本当に立っているだけで良いのか」
子供が生まれて心配性を発現してる。これがパパさんか。
心配無いさと伝え、赤ちゃんと一緒にギャラリアをふんわり包み込んだ。
「これが噂の…。何と言う抱擁感」
「ぎ?」
泣き出す前にGO!
一家はゴーギャン含め財団関係者との会合とギサラ君のお披露目を主眼に揃って出張。その前にウィンザートのシュベイン宅訪問にも同行する。
突然の景色変化に驚いたギサラ君が大っきい方を漏らして財団宿舎でオムツ交換をしている間に出港準備を。
「マジでペリーニャもウィンザート行きたいの?まだなんも無いよ?」
「お願いします。後追いでも構いませんので」
我が儘聖女を発動。これは想定外だった。
進化版のスタフィー号に乗るのを楽しみにしているとは聞いていたがウィンザートにまで行きたがるとは。
「ペリーニャ様。それは行動予定には無かった項目。また秘密を強要されるのですか」
「ご安心為さいゼノン。帰国後、真っ先に私から父に伝えます」
意志は固いと。
「船には王女組の護衛も居るから定員オーバーで乗せられない。軍船に何て乗せたらゼノンたちが船酔いするし。3時間位待たせるよ」
「それで構いません」
フィーネは王女たちのお相手で離れられない。俺は操縦。
クワンティは秘匿。詰り誰も直ぐには運べない。
「ペリーニャ。なんで事前に言わなかったの?シュルツは知ってた?」
「いえ私も初耳です。メールも来ていません」
「誰かに伝えると反対されると思いまして。内密に…」
「どうしてそこまでウィンザートが見たいの?」
「これまで。ラザーリアを出る時も、アッテンハイム国内でも、クワンジアでも。全て綺麗に整えられた場所にしか入れませんでした。何時も、ゼノンたちが邪魔をして」
「その様な積もりは…」
汚い所には触れさせない配慮か。
「今後で嫌でも回ると言うのに。即位前だからと隠されても無意味です。
ウィンザートが汚いなどと失礼な想いは有りません。一度深く傷付き、復興途上に在る町並みをこの目で見て置きたいのです」
力強い眼差しを浮べている。こうなったら誰の言う事も聞かないだろう。
「解ったよ。予定外だけどソプランたちで軽く町の案内と海辺の専用テント周辺で待ってて」
「しゃーねえな」
「畏まりました」
そこでロイドも。
「私も付き添います。集団で迷子になられても困りますし」
「感謝します。ロイド様」
宿舎前で一旦解散。管理棟でピレリと財団同行者を拾い、軍港側で王女組と合流後に出港。
「これが海!これぞ船!この開放感!」
「危ないってメル」
スッキリ顔のメルシャン様が船首で叫び。フィーネに抱えられてタイタニックしていた。
不吉だから今は止めて欲しい。
操舵室の窓から景色を眺めるダリアが。
「全く揺れませんね。この船は」
「乗った経験は有るの?」
「ロルーゼで漁船に何度か。下働きとして」
フラジミゼールの東海岸辺りかな。
「東と比べちゃ駄目だよ。波も穏やかで時化る程の嵐が起きる事も滅多に無い。この船は衝撃吸収してるしな」
「世界に誇れる素晴らしい技術力ですね」
「実際世界一の金持ちで造船技術も一番だ」
教えてあげるとニッコリと笑った。
シュルツはピレリの手を引きデッキの端でおーおー言い合いながら海を指差している。
サルベイン一家もデッキの真ん中で日光と潮風を浴び。兵士たちも巡回と称して下層の船内客室やキッチンを見て頻りに羨ましいと繰り返していた。
「兵士は仕事しろ!観光じゃないんだぞ。そこ!俺の視界を遮るな」
操縦権限の限定化は今回は解除して貰った。
しかし交代しようにもフィーネは王女対応でNG。経験の有る兵数人も中型船なんて操縦したら数分でダウンすると訴え。出来るシュルツは身長が足りないし、足箱積みする迄ではない。
ピレリとダリアが才能有りそう、でも未経験。
クワンのお披露目は論外。
「おトイレでしたら私が交代しましょうか?」
「操縦までの経験有るの?」
「見よう見真似ですが。自信は有ります」
「じゃあちょっとやってみて」
船主交代。ダリアが舵を握ると船は一時減速、加速、徐々に加速、急加速、急減速後に俺と同じ位の速度に落ち着いた。
「最初の調整気持ち悪い」
「済みません…」
船内もデッキの人々も挙って苦情を入れに来た。
「何やってるのスタン…じゃなくてダリア?」
「先程船から落ち掛けましたわ。交代していましたのね」
「ごめんフィーネ。トイレ行って来るから見てて」
「先に言いなさいよぉ」
トイレに座っていると突然船が可笑しな挙動をし始めた。
停止、微速前進、停止、微速後退、前進、後退の前後振り子運動。
トイレが横置きな為、左右に振られた。
何とか事故トイレ掃除を免れ。スッキリして戻ると舵取りは勝手にメルシャン様に交代していた。
「お願いだから手を離して!」
「いいえ。もう少し、もう少しで」
脂汗をダラダラ垂らして桿にしがみ付いていた。
ロープで巻き取り無事捕獲。
「何やってんの?」
「操縦の…練習を」
「船長の俺。許可してないんだけど?」
「フィーが少しだけなら良いと」
「メルが強引に割り込んだんじゃない」
何も言えないダリアが傍でオロオロしていた。
この際だからハッキリと。
宙に浮かせてロープの上から臀部を殴打。
「もう一度聞く。この船の船長は誰だ!」
「スターレン様です!痛い!」
「操縦許可を下すのは誰だ!」
「スターレン様です!痛い!!お尻が…」
「許可無く勝手に操縦桿を握ったのは誰だ!」
「私です!お許しを!!もう止め!あぁ…」
変なプレイになってしまったので床に下ろして転がした。
「一般人なら海に投げ捨てる所だぞ」
「申し訳有りません…。ダリアに嫉妬してしまって」
「一々人と比べるな!そんな事をしなくてもやがて国の頂点に立つ人間だ。嫉妬、妬み、羨み、憎しみ。誰もが持つその感情を抑え。時には押し殺して優雅に気品高く振舞って欲しい。
身近に立派なお手本が居るじゃん。ミラン様が」
「…」
「きっとミラン様も外に出掛けたい筈だ。もっと気軽に、自由に遊びに出たい筈だ。メルシャンの疑問や不安。その答えの大半を持ってるのはミラン様だと、俺は思うぞ」
「はい…」
「王女様が汗塗れじゃウィンザートに入れない。フィーネ風呂に入れてあげて」
「うん。行こ、メル」
「御免なさい、フィー。そしてダリアも。口答え出来ないのを良い事に我が儘ばかりを押し付けて。あぁ何て浅ましい」
「いいえ。愚痴でしたら幾らでもお聞きします。それが私のお役目ですから」
微笑み優しく語り掛けるダリアもまた。
お姫様抱っこで運ばれる王女を見送り配管を開き。
「予定より遅れています。速度を上げるんで船外、デッキに出ている人は5分以内に船内に戻って」
---------------
ちょっとしたアクシデントを乗り越えウィンザートに無事入港。時間遅れも調整出来た。
王女組をフィーネがライザーの居る駐屯所内の詰所まで送り。残りを俺がシュベイン宅までご案内。
侍女1人では辛かろうとロロシュ邸からミランダとプリタもサポート役に置いた。
警備も万全。作り立ての町内ガイドマップ(一般向け)を商業ギルドで受け取り、ラフドッグに引き返した。
町の北側から入場。誰にも連絡をしてないのでお出迎えは無し。
アッテンハイムの面々も武装解除で普段着。ぱっと見は行商の視察団、に見えて欲しい。
ガイドマップを開き。
「正直俺もどれ位復興してるか知らないし深くまでは入ってない。ちょっと荒れた人たちも居るらしいから絡まれても慌てないで」
整備された中央通り付近と港エリアは後回し。ペリーニャが一番気にしているであろう女神教教会と関係寺院を最初に訪ねた。
そこは町の東部。スラム化までは行かないものの所々舗装用のブロックが剥げ、地面の砂利が露出していて。僅かな糞尿の臭気が浜風に乗り鼻を突いた。
建物も数軒。一度外壁が破られ、修繕が施された痕跡が有り有りと見て取れた。
衛生面はハッキリ言って悪い。下水路はドブ川の腐敗臭が漂っていた。浮浪者は見当たらないが感染症対策は必須だろう。
崩れた階段を上り下り。目的の教会に到着すると真向かいの水竜教礼拝堂との差が歴然。外壁の修繕が未完で女神教会の象徴である時の鐘が広場に下ろされていた。
教会側に併設された寺院前では両教の修道着を着た僧侶たちが共同で夕方用の炊き出し準備に追われ、忙しなく動いているのが見えた。
寺院も共有化されているのだと思う。信者問わず施しを与える。僧侶たちの表情も暗くは無い。ある意味で理想的な形ではないだろうか。
ここで俺が出しゃばって手を加えてはライザーの顔に泥を塗る。町の完全復興は彼の仕事だ。
出る積もりは毛頭無かったのだが置き去らしの鐘に近付いて眺めていた所で俺が身バレした。
最初に気付いたのは路上で遊んでいた子供数人。
「スターレン様だ!」
「どこ、どこ?」
「あそこ。鐘の傍に居る!」
子供たちの大きな声は瞬く間に広がり。建物の中に居た人たちまで出て来てしまった。
俺も有名になったもんだ。その所為で後ろのペリーニャには誰一人気付かなかった。フードを被ってるから余計に。
公式の視察ではないからこの場合は丁度良し。
子供たちには群がられ、神父や牧師や僧侶や修女と次々に集まり握手を求められた。
「私スターレン様に王都まで運んで貰ったんだよー。いいでしょー」
私も僕もだと騒がしく元気一杯。
そうか、あの時海賊船から運んだ子たちか。
「公式な訪問ではないので余り騒がずに。何か大きな問題が有れば殿下に伝えますが」
周囲に問うと女神教の神父が代表で。
「強いて言えば薬類が若干足りていないのと。一帯の下水が詰まり易い事位です。見た目はあれですが建物の内壁は健常に優先して頂けたので。衣服も食糧品もライザー様にはとても感謝していますとお伝え願えませんでしょうか」
必要最低限は乗り越えたか。やるじゃない。
「解りました。必ず報告します。こちらの教会の鐘の復旧目処は」
「鐘の引き上げは再来月の予定です。年越し前には間に合う様にとご配慮を頂けました」
こちらも手出し無用と。
「夏だからって腹出して寝て風邪引くなよー」
「はーい」
こっちも元気になれました。
群衆が元に戻った後。小声でペリーニャに。
「どうする?中まで見てく?」
「いいえ。お邪魔になりますから。このまま離れましょう」
町は大きく分けて東側が一般街。西側が旧貴族街。
港寄りの南西部に在るコマネンティ財団の事務所も解体貴族から没収された建物を再利用しているそうで。
中央広場まで戻った所で。
「これから町の復興を担ってるコマネンティ財団の事務所に行くけど。その前にどっかで飯にしない?皆は何か食べた?」
「そう言うと思ってラフドッグの露天で買って有るよ」
とソプランが海鮮焼きそばの包みを取り出した。
「おぉ良かったぁ。もう腹減って死にそう。ここから南東寄りに公園が出来てるらしいからそこで昼にしよう。ペリーニャもそれでいい?」
「はい。私もペコペコです」
時は14時過ぎ。遅めのお昼。
広い園内には芝生エリアと砂場やアスレチック的な木組みの遊具並ぶエリア。ファミリー向けの食事テーブルエリアの3エリアに分けられ。テーブル席もピークを過ぎて人気も疎ら。
20人以上でも余裕で座れた。
夏の木漏れ日を浴びながら食べる進化した焼きそばとお好み焼き。
酒なんて無くても良い感じ。元々フィーネとは別行動の予定だったが天気の良い日に2人でまた来たいと思える憩いの場所だった。
食事中、ソプランに尋ねてみた。
「元町の住人さんの感想は?」
「俺に聞くのかよ…て俺以外居ねえか。住んでた頃とは比べもんにならねえよ。物乞いがさっぱり居ないのがまず驚きだ。良い服着て配給でも飯が食えて家まで在る。これから生まれるガキが羨ましいぜ」
へへっと軽く鼻で笑ってた。目尻が光って見えたのは多分香辛料の所為ではないな。
「復興は順調そうだな」
「ああ。こんな綺麗な公園まであるなんて、メレスの奴に良い土産話が出来た。終わったらその地図くれよ」
「商業ギルドで配ってた一般紙だから何枚でも」
「マジかよ。じゃあ後で貰って来るわ。ちょっとアローマと出掛けてもいいか」
「どうぞどうぞ。時間的にも後はコマネ氏を訪ねるだけだから。集合は夕方前に中央広場で」
「おう」
「有り難う御座います」
2人が去った後。
「事務所を訪ねるのは明日でもいいから。もっと別に見たい所が有ればそこ行くよ」
「いえ、そちらで構いません。質問なのですが」
質問?とはまた珍しい。
「何?」
「一年で町の復興とはこれ程早い物なのでしょうか」
もっと荒れた状態をイメージしてたご様子。
「そうだなぁ。魔物の襲撃に遭った訳じゃないからさ。人間相手で闇組織が隠れてた要所を叩いただけだから。人道的に火を放った訳でもない。建物を残せば復興も早いと思うよ」
「教会にも隠れていたのですね。反対側の礼拝堂の被害は少ないように見えましたし」
「女神教を騙った異教徒だったからね。それを黙認した役人と加担した貴族連中とか。逃げ込んで籠城するのに使い易かったんじゃないかな。情報集めを人に任せて俺と嫁さんがここへ到着した時には全部片付いてた。
だから戦闘の詳細は知らない」
「そうでしたか」
ゼノンも一言。
「崇高なる女神教を騙るとは断じて許せん」
聖騎士足る者お怒りはご尤も。
「その怒りは本国の残党狩りに注いでよ。これまで行った先々で散々叩いて来たけど。まだ一歩も退く気配が無い。
敵の精鋭部隊も西と東とメレディス方面に居る。小規模な移動なら世界の何処にでも行ける。タイラントだってまだまだ油断は出来ない」
そう、油断なんてしてはいけない。
「言われる迄も無いです」
「でも水竜教の方々は心が広いですね。困っていたら信仰構わず協力し合う。あの姿が真理なのかもと思えます」
「タイラントの主神でも有るけれど。同時にこの国は信仰の自由を法で定めてるから。来る者拒まず去る者追わずの精神で。信仰の前に人で有れって感じかな」
「信仰の前に人、ですか。良い言葉です。私も信仰とは別の教訓に致します」
「ペリーニャ様…」
控えの者たちは複雑な表情。
「私が何を抱き何を想おうと。それは私の自由です。聖女である前に一人の人間として」
「手厳しい」
「これ位言わないと通じませんので」
ペリーニャは背筋を伸ばし溜まっていた感情を吐き出すとそろそろ参りましょうと笑顔で告げた。
その感情は俺には解らない。それでもきっと悪い物ではない筈だ。
---------------
ソプランとアローマは町の北西部を目指して歩いていた。
自分とメレスが過去に住んでいた「場所」を目指して。
「死ね」
突然抑揚の無い男の声が二人の背後から近付いた。
普通の人間相手ならその背を一突き。たったそれだけで終わっていただろう。普通、で有ったなら。
男の刺突武器を掌で軽々と受け止め刃先を握り折った。
アイスピッグのようでもあり、先端から柄に掛け螺旋状の返しが並んだそれは。
「行き成り暗器持ち出すんじゃねえよ」
「怖いですね」
アローマが男の股間を容赦無く蹴り上げ、悶絶してピッグを手放し浮いた身体をソプランが殴り付けて転がした。
そのまま馬乗りになり奪ったピッグで肩口の肉厚部に突き立てた。
「偶然か必然か。どっちだ」
男は叫ぶばかりで詰問には答えなかった。
「仲間何人だ。何か答えろや!!」
ニヤリと小さく笑い、男は奥歯を噛み締め程なく絶命。
「東の拠点に居た奴らに似てるな」
腰帯の道具鞄も東大陸で見た物に似ていた。
「回収するのですか?」
「拡散されても困るし…後ろ!」
即応したアローマが翻し、背後の壁を擦り抜けて来た者の腹を小太刀で斬り下げ背中に回って首筋に刃を沿わせた。
返り血を被る前に壁際まで蹴り飛ばした。
「偶然、ではなさそうです」
「思い出したぜ。ここは元々「こんな」場所だったわ」
まだ全域は掃除し切れてない。ソプランはそう感じた。
後続の隠者が飛び出た建物を見上げる。
他よりは敷地が大きな二階建て。
「久々に当たりを引いたみたいだな」
「飛び込んでしまったのは私たちの方でしたか」
「ちょっくら掃除してくかね」
「夕刻までには間に合わせましょう」
生まれ育った場所に立ち寄ろうとしただけなのにと消沈な面持ちで項垂れ。男の身体を持ち上げて建物の窓に投げ当て即席の入口を作った。
---------------
ソプランたちがデート中に戦闘状態に入った…?
双眼鏡でチラ見した限りでは北西の1つの建物で。
後で聞いてみよ。
「どうかされたのですか?」
「いや何でも無い」
ロイドに視線を送って様子を見て来てと依頼。
「こちらは問題無さそうなので少し離れます」
殆どペリーニャと繋ぎっ放しの手を離した。
少し寂しそうな顔をして今度は俺の左腕に絡み付いた。
「ちょ…」
抗議の眼差しを向けて来るのは勿論ゼノンたち。
「フィーネが飛んで来るぞ」
「構いません。三度目までは許可されています」
だったらまあいいか。ゼノンたち以外は。
「お離れ下さいペリーニャ様」
「私が構わないと言ったのが聞こえなかったのですか」
「しかし!」
「来年の即位までは好きにすると昨年の休暇で伝えたではありませんか。それともゼノンはまた私を籠の中へ閉じ込めたいのでしょうか」
「決して、その様な事は有りませんが」
「予告して置きますと。即位後に世襲制を撤廃させる積もりで居ます」
「は…?」
コマネ氏の事務所手前で隊員が仰天。
「正確に言えば教皇制は残し、聖女制は世襲を破棄させます。成りたければ選出でもして希望者から。代役は聖女に強い憧れと願望を抱く義母が成るのが妥当。父にはそう話をしてあります。納得は得られていませんが」
「それでは…。我らは何の為に」
「何の為?誰の為ではなく?」
ペリーニャの強い信念が窺える。手が僅かに震えてはいるが勇気を出して自分の言葉で喋っていた。自身の自由を勝ち取る為に。
「今のは、言葉の綾で」
「私は物心付いた時からずっと疑問でした。男児が生まれれば教皇。女児が生まれれば聖女。両方生まれたなら二頭体制。しかし血統を繋ぐのは男である教皇側の家系。
その時の聖女は寿命までで切り捨て。女系である女神様を信奉して置きながら。女である事を理由に使い捨てられるこの矛盾。いったい何時から男性優位に捻れてしまったのか。答えてくれますか、ゼノン」
「私には…」
「私は一介の修女に立ち戻り。もっと広い世界をこの足で歩むのです。先祖が敷いた湾曲した道の上でなく自分で切り拓くその道を。貧しい人々を救い、困る人々に助力したい。それがどれ程困難な道かは理解しています」
「…」
「この場で問うのは止めましょう。時間も有りませんし。
アッテンハイムに帰ってからじっくりとお話を。それまでにゼノンも他の者も。御自分の人生と家族を想い。それぞれの考えを聞かせて下さい」
腕を持たれてるだけの俺はいったいどうすれば…。
「さあ参りましょう」
唸る者、項垂れる者、涙を浮べる女性騎士。様々な反応をしていたが一旦考えるのを止めて元の位置に戻った。
---------------
執務室のコマネ氏は。ペリーニャを一目見て、ハァ?と言う顔を浮べた。
大半の人員は鑑定せずとも年始に遊びに来た時、顔を合せている。ペリーニャとコマネ氏が直接会うのは半年以上振りだ。
「スターレン君が来るのは了解していたが。どうして聖女様と聖騎士まで連れて来たんだ。まだ何もお見せ出来る物は無いと言うのに…」
「いやぁ何て言うか。建築中の物とか復興状況が見たいって言い出してさ。序でだから連れて来ちゃった。迷惑だったら挨拶だけで帰るよ」
「いや迷惑ではないんだが。城にも報告を上げねばならなくなる」
「見学だけですので。お許しを」
「ライザー殿下含めて俺から事後報告するって。だから引率してるんだし」
「それなら任せるが。ロビーで少し寛いでいてくれ。ここから港方面に案内する」
ロビー隅のソファー席に腰を下ろしている間もずっと腕は掴まれたまま。ゼノンたちの視線が痛い。
「持ったままで行くの?」
「離してしまったら二度目が終わってしまいます」
どんな計算や。そこまで際どい回数設定してないっしょ。
本人とフィーネに任せよ。
真っ直ぐ南に1km程下った広い更地。そこが水族館となる場所だった。
敷地の中央付近に大穴が掘られ、外枠と地上となる骨組み角材が肋状に走っていた。
「図面はスターレン君以外には見せられない。今の骨も仮組みだ。完成形は円形ドームを目指している。地下一階、地上一階。
それを二棟。淡水と海水魚で分け、地下は回遊エリアを設ける予定だ。
回遊層は資材の都合上断念する可能性が高い。その場合は地上と同じく水槽で小魚を入れる事になる。水圧強度が出せれば中から大型の魚も入れるかも知れないが。現状では技術面でかなり厳しい。
海水の循環路。川水と井水からの上下水道や浄化槽など問題は山積み。期限の尻を決めたいが今は不可能。年内で隣と合わせて土台作り。本格着工は来年以降となる」
分厚いアクリル板は原油を掘り出せれば完成させられるが。あれも火薬と同じく世界を激変させてしまう代物。
環境破壊まで踏まえると迂闊には手が出せない。
「どうだ。綺麗に何も無いだろう」
「この場所は元々何だったの?」
「旧貴族の豪邸を三軒潰した跡地になる。当初の予定では大型のホテルを建造する積もりだったが君の提案を聞いて全面的に練り直した。壊すのに時間が掛かって今がこれだ」
ふむふむ。その他の道具類なら手伝える余地は有る。
ペリーニャが挙手。
「回遊させるとはどの様なお魚が入るのでしょう」
「詳しくはそこの提案者から聞くと良い。簡単に言えば泳ぎ続けていないと窒息して死んでしまう鮪のような魚。仕切りの壁が邪魔になるから円周状に層を設ける。
だったな」
「そうそう」層だけに!
「鮪でしたか。良くご存じでしたね」
「まぁねー。色々な文献で仕入れたんだ」
答え辛いわ。
ゼノンたちもほぉと唸っていた。
ここまで来るのにも相当苦労しただろうなぁ。
「透明で分厚い硝子のような物の開発技術ならモーランゼアが持っているかも知れません。クワンジアでケイルガード様から似た様なお話を伺った気がします」
「マジで!?」
「はい。各地が平定したら見に来ないかとお誘いを受けました」
俺は何も聞いてない。王都の設備に直結する話かな。何かの防御壁みたいな。
「それが使えるなら朗報だ」
「近々視察に招かれるから一緒に調べて来るよ」
「是非頼む。その手の機密情報には触れられないからな」
ペリーニャが居なかったらスルーしてたかも。連れて来て良かった良かった。
時計を見るともう17時前。
「おぉもう集合時間だ。急いで戻ろう。コマネさんありがとねー」
「大変勉強に成りました。感謝を」
「何の役に立つかは疑問だが。お役に立てたなら幸い」
ゼノンたちも一礼して纏めて広場に転移した。
俺たちが最後の組のようでフィーネの王女組が広場に着いた直ぐ後。
「遅いって言いたかったけど。タイミング同じだったね。所でソプランさんとアローマは何でずぶ濡れなの?」
「訳有って汚れたからな」
「詳しくは後程」
偵察に向かったロイドは涼しげな表情。
無事に戻ったならそれで良し。
「さてと。どうやって送るかだけど…。シュルツは一泊してく予定じゃなかった?」
「ギサラ君の夜泣きが激しいと言うので中止しました。沢山お話出来ましたし。お二人との会食の方が大切です!」
こっちに泊まる気満々だな。
残るのはサルベイン一家と護衛隊の半数。ミランダとプリタになる。
「ダリアの気は済んだ?」
「はい。こちらに泊まってしまうと一線を越え…、いえ何でも有りません!」
「もうねー。殿下とイチャイチャしてるのを遠目で見守る私たちって感じ?」
「私も大人しくして居りましたわ」
偉いでしょとエッヘン顔で。
「い、言わないで下さい」
「船で帰ると遅くなるから。船とサルベ一家は明日送迎する。もう面倒なんでエリュロンズ前に飛んで解散の流れで行きます。何か異論が有る方は」
メルシャン様が挙手。
「明日もう一度船に乗せて下さい。ラフドッグに帰港後で構いませんので」
操縦出来なかったのが余程悔しいと見える。
ペリーニャも。
「私も滞在中には乗せて頂きたいです」
「しゃーなし。明日帰るメルシャン様とダリア優先で予定組み直しまーす」
スフィンスラーの再突入は夜確定。
---------------
夜は夜で多方面でも色々とあったらしいが居合わせられないんでそちらは流す。
夕食は予約を外していた為、急遽用意して貰った特別メニュー。
試作中だったトムヤムクン風スープが出された。
俺たちを前に緊張気味の給仕とコンシェルジュと初めて会う料理長さんが揃って退出せずに味の感想を求めて来た。
「俺たちの感想が聞きたいと?寧ろ俺でいいの?」
コンシェルジュが代表で。
「何を仰いますやら。スターレン様だからこそです。貴重なご意見を窺える滅多に無いチャンス。シュルツ様や聖女様までご同席されるとあらば恥も外聞もかなぐり捨ててお聞き為ねばと!」
何時もの冷静キャラは何処へやら。
「でこのスープが料理長さんが考案した今年の新作と」
「今年四月の品評会に出して選考落ちした品に改良を加えました。審査員に加わると伺っていたましたスターレン様は外務で不在。選考外れの品の感想など勿論聞けず。それでも諦め切れずに御試食をこちらでと願い」
「あーそんな話も有ったね。全然帰れなかったから断った。多分来年も居ないよ」
「陛下の生誕祭にも不参加だったしねぇ」
夫婦揃って打診は受けたがそんな余裕は微塵も無かった。
「然様で御座いますか。私、昨年の同じ場に居たのですが御記憶には…」
「ごめん。全く記憶に無い。あの頃自分たちの事で一杯一杯だったから」
品評会で会ってたのか。
「あ!確かに居たわ。チラチラこっちのブースを見ては溜息吐いてたよな」
「言われて見れば…」
「お恥ずかしい。昨年では実現不可能だった魚介類の品々が羨ましいなと。今年から漸く王都でも扱える様になり考案したのがその海鮮スープです」
「そう言う事なら有り難く頂戴するよ。こっちも急遽で無理言ったし」
「温かい内に頂きましょう。もう香りだけでお腹鳴きそう」
赤海老、蟹の身、マッシュルーム、根菜の千切り。香り付けのミントやバジル。添え物のパクチー。
何かが足りない…。酸味かな?
感想も様々で主に女性陣が首を捻った。
同席メンバーはシュルツ、ペリーニャ、ロイド、食事だけに来たレイル、メリリー、ラメル君。ソプラン、アローマの俺たち合わせて計10名+ミニテーブルでペット枠。
「味に統一性が有る様で無い。ハーブも強いけど香りだけで何かが足りない。パンチが無いって言うか」
「これだと昨年私たちの方で落選したスープカレーに似てるわね」
「充分美味しいのですが…。お兄様と同意見です」
「アッテンハイムでは食せませんので何とも。美味しいとは思います」
「少し海老が臭いかのぉ。悪くはないのじゃが」
他は黙って頷いた。
「主に魚介特有の良い臭みと酸味が弱いのが原因かな。自分ならハーブ系のレモングラスとバナナの葉を出汁に加えてプチトマトを一緒に煮込む。赤海老のままなら生姜の絞り汁を少し加えてオレンジとかの柑橘系の皮を最後に削り入れる。蟹の身は好みだけど邪魔してる気がするな」
「プチトマトの酸味はええのぉ」
従者2人の前でもすっかり口調が戻ってる。期間限定だったのか限界だったのか。2人は別段何も感じていない様子なので触れはしないが。
「成程。足りないのは酸味でしたか。海老の臭みも殺し切らずに生かす方向で蟹は邪魔と…」
「この町では見掛けないけど入手出来るなら蟹身の代わりに貝類の浅蜊を入れてみると良いかも」
「アサリ、とは蜆と蛤の間のような貝でしょうか」
「多分それ」
「あれなら確か…ウィンザートの浜の干潟で獲れた気がしますな。時期的にも丁度今頃」
「へぇ。明日また行く用事が有るんで良かったら買って来ましょうか。改良版のスープを出してくれるなら」
「それは勿論喜んで。お手間でなければ宜しくお願い致します」
「ソプランは知ってた?」
「いんや。貝なんて食べづれえし。存在も知らなかった。昔の調理なんざ軽く捌いて焼きの一択だぜ」
悪い事聞いたかな。
最後に給仕がデザートに白桃ゼリーを持って来ると告げて3人は退出した。
食事後にソプランたちは居残りレイルたちはロンズの方に帰った。
「で2人は何と戦ってたの?あんな局所で」
「見られてたのか。あぁだからロイド様が来たんだな」
「ギリギリ索敵範囲に入ってさ」
「俺にもさっぱり解らねえけどよ。偶々通り掛かった場所に運悪く?敵組織の連中が潜伏してたんだ。眼中に無かったから通り過ぎるだけだったのに。向こうから壁擦り抜けて襲い掛かって来た」
「クワンジアで見た物と同じ道具を持っていました。何かしら繋がりが有るのだろうと数人に吐かせましたが有益な情報は何も。恐らく孤立化した残党が反撃の機会を伺っていた所に偶然掛かってしまったのかと思います」
「凄い偶然だな」
「俺はさっぱり記憶にねえが何人か俺の顔を知ってる風だったから多分スラム上がりの連中だ。これでクインザが裏で組織と繋がってのが確定した気がするな」
「ソプランのお里帰りは延期です。私は内心楽しみにしていたのですが」
「何もねえから今更どうでもいい。それよかアローマの話はしねえのか」
「私の方はまだ…」
「アローマが何?」
「実は、姉さんと話をして。何時かペカトーレの旧家に行ってみたいねと。私には記憶が有りませんが姉さんは朧気に覚えているそうで」
「フラーメの予定は来週だから。キノコ狩りの序でに寄ってみようか。何処の町かは聞いた?」
「前回の訪問時には行かなかった首都から一つ南のサンコマイズと言う町だそうです」
南西大陸の地図を開いて場所の確認。首都から馬車で5日レベルの距離。
「ここから遙々タイラントを通過したのか。いったい親御さんは何から逃げたのやら」
「それに付いては何とも」
「フィーネ。予定になかったけど来週行ってみる?それとも後日にする?」
「アローマのお里帰りだもんねぇ。でも今行くと何か大事に巻き込まれそうな気がするし。モーランゼアの視察が終わってからゆっくり行くのが良いと思います」
「じゃあ秋の予定で。フラーメに勝手に行くなよって来週伝えといて」
「畏まりました。私情の為に態々済みません」
「気を遣うのは無し無し。私の大切なお友達の1人なんだから」
「そう言って頂けて感無量です」
「じゃあクワン。明日偵察がてら様子見て来てくれない?スリーサウジアの部族と衝突した影響が出てるかもだから充分に注意な」
「クワッ!」
黙って話を聞いていたペリーニャが。
「部族と衝突したのですか?」
「俺たちがじゃなくてペカトーレの国軍とスリーサウジアの一部部族がさ。去年の首都訪問時に俺の嘘から組織交えて三つ巴の緊張状態に突入して。巻き込まれる前に逃げた」
「悪い人ですね。スターレン様は」
笑ってるから怒ってはいない、と思う。
「我輩が南部に生息してたって嘘ニャ。あんな大嘘を信じる方がバカニャン。地元民の曲して」
小馬鹿にしてロイドの膝上で毛繕い。最近のお気に入りスペースらしい。
「んじゃ。俺らはロンズに戻る」
「ではまた明日朝に。今回の回収品はロイド様が引き取られました故、後にご確認を」
「解った。また明日」
「お休みぃ~」
「俺も今日は下かな。グーニャ。色々有って疲れたから久々にマッサージ頼むよ」
「ハイニャ!」
「私はこっちはカルに任せて海軍宿舎行って来るね。さっきからダリアの救難信号が連発してて。今夜は徹夜かも。誰かさんがあんな事したから」
「あれはフィーネがもっと強く言ってくれてたら」
「私は言えないよ。目上の人にあんな事」
シュルツも笑って。
「王女様を面と向かって叱り付けられるのはお兄様だけですよ。お尻まで叩くだなんて歴代初ではないでしょうか」
「その様な事が」
船に居なかったペリーニャが少し残念そう。
「後でお話します」
話してくれなくてもいいのに…。
「まあいいや。じゃあお休み」
「「「お休み為さい」」」
「お休みスタン。私は聞き流すだけの貝に成って来ます」
「何とも言えんけど頼んます」
---------------
正直重ね過ぎた。反省はしているが後悔はしていない。
あんな事が起こるだなんて誰が予想出来ただろう。
切っ掛けはそう、こんな感じだった。
「折角水着を買ったのですから。船に乗る前に泳ぎます」
「へ…?」
事の重大さにフィーネも勘付いて。
「み、水着に着替えなくても足だけ浸かるとか。短めのサマードレスで。ね、メル。考え直して」
ダリアも止めはした。
「そうですよメルシャン様。王女が公衆の面前で肌の大半を晒すなどと」
「私が良いと言っているのですから何も問題は有りません」
昨日どっかで聞いたぜその台詞。
ペリーニャの時とは訳が違う。町で彼女が誰なのかを知る人が極少数だったから水着になっても平気。一方メルシャンは誰もが知るこの国の王女様。
大々的に遊びに来てます宣言まで公表済み。
これは一大事だ。海水浴客ではない人々まで押し寄せるに違いない。
付近の一般人を移動させるべく立ち上がると。
「為りません。一般の方に無理を強いては王女の器が知れると言う物。スターレン様が壁を少しだけ建てれば良いのです」
「あ、そっか」
意外に解決方法は簡単だった。
最初からこれを狙っての俺への依頼だった訳だ。
メイザー、メルシャン夫婦揃って策士だぜ。
一時的に更衣所から浜辺を壁で封鎖。直近の砂浜に居た人に事情を説明して西寄りに移動して貰った。
屋台群とタープテント間にも壁を張り万全の態勢。
シュルツやペリーニャも便乗。ダリアとフィーネも道連れ。
女性騎士たちとミランダとプリタも加わり実に楽しそう。
ひょっこり現われたレイルとメリリーも参戦。
メルシャン様移動後に更衣所方面を解除。そして俺とソプランやゼノン隊の男衆は壁の外で監視員。
壁に大きな日指も設けたので直射には当たらない。ソプランに頼んだ冷えたエールビールも最高。だがしかし…
「俺の年一のお楽しみが奪われるとは!」
「聞こえてるよー。スタンさん」
「聞こえるように言ってまーす。フィーネさん」
「後で今年の新作見せてあげるからそれで我慢してー」
「くっそぉ。ソプラン、ビール追加」
「そんな飲んだらトイレ近くなんだろ」
「緊急時はシュルツと交代して貰うからいい!」
「わーったよ」
ゼノンたちからも抗議が。
「昨年もこうしてくれれば良かったのでは」
ペリーニャの露出を未だに気にしてやがる。
「同じ対策したら要人が来てるって一発でバレるだろ。あの子がまさか!?て紹介したいのか」
「いや…まぁ。済みません…」
中には成長著しいダリアや完成されたロイドやレイルまで居ると言うのにだ!何故見れぬ!水着回は世の中のサービス枠では無かったのか!!
どうやら違う様です。
昼を挟んでたっぷり2時間は生殺し状態が続いた。
状態で言えばそう。野球やサッカー、何かのライブに行ったのにスタジアムの外の警備をしているような感じだ。
浜辺で日陰ぼっこをしただけの昼下がりまで。海軍宿舎前で乗船メンバーと搭乗護衛を絞り込み総勢40名までに抑えた。
定員設定は50。雑魚寝で良いなら最大70までは余裕だろう。だが限界積載をしたら高速航行時の安定感が減ってホバーも役立たず。積荷で重心を変える商船とは構造からして違う客船なんです。
浮かせるのにも余計な魔力が削られる。40人位が丁度良い。今回は最高速を狙いに行く訳ではないんで。
「帰宅時間が迫ってるから手短に呼捨てで行く。いいかメルシャン!」
「はい!」
海で遊んだ疲れは無い様子。少し日焼けした感じが何時もとは違う。
日焼け止めの塗り合いっこ見たかった…。
妄想は捨てて。
「船の操縦は完全に個人のセンス。素養の問題だ。出来ない人の方が大多数。普段から馬車移動をしてる冒険者とかは馴染み易い。
通常は小型船から試す物だから素人は余計に魔力枯渇が早い。消費は人員含めた船の総重量に比例する。センスが有れば経験でカバー出来たりするが今は気にするな」
「はい。…どうして私だけに話すのですか?」
「今乗ってる女性メンバーの中で一番魔力の保有量が低いから。昨日も後数分続けてたら気絶してたぞ。フィーネは逆にそれを狙ってた」
「そうだったのですか?フィー」
「バラさないでよ。気絶したら丸1日起きられなくなるから着港と同時に後宮に飛ぶ積もりだったの」
それを聞いてちょっとションボリ。
「昨日の感覚からすると折角前進したのに怖くなってレバーを無理に引き戻したよな」
「仰る通りです…」
「今ここは陸から離れた沖合。近くに漁船も居ない。貿易船も遙か南。後ろから補助の軍船が付いて来てるが船は基本前進しかしない。この船には後退機能も付いてるがどんなに魔力を注いでも後退は一定速度までしか出ない。
詰りは何も気にせず前だけ見てればいい。余裕が出て来たら左右と後方の潜望鏡を覗く。ここまではいいか」
「周りは気にせずとも良いと」
「無関心では困るが今はな。船外やデッキにも人は居ないし惰性で波に乗ってるだけだから。もっと高い荒波の上で昨日の前後振り子運動を続けてたら船の転覆に繋がる事も有るって頭に入れとけ」
「はい」
「今のレバーの位置が標準状態。停船位置と同じと考えていい。だから足元の十字の手前側に倒してスピードを殺そう何て考えちゃ駄目だ」
「成程。では昨日のダリアの挙動は」
「ダリアがやった最後の急加速と急減速はレバーを引き戻したんじゃない。前に倒してから自然に戻ると同時に供給魔力を抜いただけだ」
「調整、だったのですね」
「はい。そんな感覚です」
「まずは実践有るのみ。フィーネに手を重ねて貰ってどんな感覚なのかを掴め。それが掴めないならセンスが無くて操縦なんて無理だと諦めろ」
「お願いします、フィー」
「最初は私に任せて。昨日も言ったけど」
「済みません…」
フィーネが横から抱き止める形で腕と手を上から重ね、一緒にレバーを握った。
まあ何て百合百合しい(美しい)光景か。目に焼き付けて油絵にしてみよう。必ずしようそうしよう。
嫁とメルシャンが高密着状態で訓練を続けること10分。
後半ラスト3分間はメルシャンのみで操作してバテバテの枯渇手前になった。
昨日のように汗塗れになる事は無かったが。
「センスは悪くない。問題は保有量でやっぱり小型船が向いてると思う」
「私の魔力はどの位有るのでしょうか」
軽く握手してみて。
「鑑定するまでも無かったけど一般人並み。個人知能値よりは少し上。ざっと比較するとダリアが4倍。シュルツが8倍、ペリーニャが16倍、俺が65倍、フィーネが70倍って感じだ」
ガックリ肩を落としたメルシャン。
「い…一般人…」
「気を落とさないでメル。それが普通だから。適当な魔道具を使って魔力枯渇を繰り返しても上がらない人が大半で個人で上限値も決まってるから」
「どれだけ魔力を持っててもセンスが無ければ船はピクリとも動かない。動いただけでも大したもんだよ」
「自信を持って。何時かの為に専用の小型船作らせてみたら?」
「有り難う御座いました。検討してみます」
「王宮の空きに長方形のプールでも作って普段から水に慣れるのも1つの手かもね」
「縦長の水桶ですか…。遣ってみる価値は有りますわね。そうすれば人目を気にせず水着で泳ぎ放題。王族だけでなく友人たちも呼べます。運動不足解消にもなって多方面で有用ですわ!」
素直に行きたい!
「完成した暁には提案者特権でスターレン様もお呼び致しましょう」
「やったぜ!」
「ちょっとメル。態々お披露目しなくても…」
「触れるのも駄目でお見せするのも駄目なのですか。昨晩に殿方を束縛し過ぎると善く無いと言っていたのは誰でしたかしら?」
そんなん言ったんだ。
「墓穴掘ったぁ…」
「メイザーの嫉妬心を煽るのに他者の目も必要です。誰が何と言おうとも断行致します!何でしたら王女特命を下しますよ」
「解ったわよ、もぉ。協力するって言っちゃったし…」
「帰ったら直ぐに取り掛からねば!」
頑張れメルシャン。俺も応援します!
それからシュルツon足箱とペリーニャとロイドが試運転してそれぞれ短時間クリア。
男性陣までの時間は無く。王女組の夏のバカンスは終わりを迎えた。
良い方向に向かってくれればそれで良し!
授かるかは全く別問題だがストレスが一番悪いと言うし。解消手段を身近に設けるのは良い事だと思います。
後宮専用の調理場の直ぐ外で。焼き台3基を新たに組んで挑んだ24匹。大体4時間ぶっ通しの高密度作業。
途中から料理番の方々にチェンジしてラメル君が焼き工程俺が捌き工程のコーチング。
フィーネはチラッと現われ、道具類の説明をすると直ぐにラメル君が焼いた物を奪って去って行った。
女性陣のお口に入るんですね。知ってます。
最後の2匹はラメル君が焼き、ヘルメンちとメイザー用とした。
他は味の違い解んねえだろ、と高を括り。嘗めて掛かったらロロシュ氏とノイちゃんに指摘を喰らった。
居たよ他にも食い道楽が。
他の日は各所で休暇の連絡と打ち合わせに終始した。
時は一年で日差しが最高潮な9月。
第1週目は新婚旅行に行けてなかったメメット隊メンバーペアやその家族のご招待。
セルダ家やトーム家を含めても4人以上のご家族が居なくて部屋の割り当てには困らなかった。
唯一お付き合いを始めたばかりのクラリア、ポレイスのペアを別室(隣接)とした以外は。
デリカシーの欠如した俺は平気で。
「将来を真面目に考えてるなら既成事実作っちゃえばええやん。折角2人切りに成れるのに」
「それはまだ…。幾ら何でも早過ぎます」
「そうです、スターレン様。ノイツェ様のご許可は頂けてもバインカレ様への報告を済ませていませんし」
「かったいなぁ。2人共」
単に恥ずかしいだけじゃね?
この世界もデキ婚は全然珍しくない。
話に上がったノイツェとマリカ。ゴンザ一家を加えた7名を軍の駐屯所からの護衛3名と一緒にバインカレの屋敷にご案内。
フィーネは苦手だからと同行を辞退。
会うなり開口一番。
「おう、ポックリくたばってないか見に来てやったぞクソ婆ぁ」
「なんだい藪から棒に!こんな大勢で押し掛けて」
喜んでいるのか声が前より断然大きい。
「その様子じゃまだまだ大丈夫だな。約束の方は順調だから精々頑張れよ。帝国産のにっがい緑茶とクワンジア産の酸っぱい紅茶と。どうせ怒鳴ってばっかで痛めてる喉の薬置いてってやるから長生きしとけクソ婆ぁ」
本当は茶葉の味が逆だがこないだのネックレス案件のお返しだ。
3種類とパージェントで買った甘さ控え目のクッキーを監視役の女兵士に手渡した。
「部外者は帰るから後は適当に」
「大きなお世話だよ!裏庭の花が咲いたから手入れして行きな!」
雨期を越えて一気に咲いたのかな。
戸惑う6人とライラに耳を塞がれてキョトン顔のアンネちゃん。そのアンネちゃんのプニプニほっぺをツンツンしてから屋敷を出た。
玄関を出て裏庭に回り込む。
陽当たりの良い南側。角を曲がると見えた花壇。
そこには背の低いミニ向日葵と建物側には赤いチューリップが咲いていた。
季節感がアンマッチな気が…。でもまあ好みなんだから仕方ない。
同行を拒否ったフィーネに通話。
「裏の花壇に綺麗な花咲いてるよ」
「じゃあ行く!」
水遣りするから遅くなると伝える積もりが返事の方が早かった。
女於呂に水を汲んでいると直ぐに嫁さんが来た。
「これはまた。夏と秋冬跨いじゃってるね」
「面白い組み合わせだよな」
フィーネが軍手を手に装着。
「あの空きスペース何かな」
チューリップの奥の空き花壇。
「もうスミレに似た品種が植えてあるみたい」
「見事に四季を無視してるわね。上手く咲くのかな」
「さあ。夏の気温も「どっか」みたいに鬼熱くならないから通年で好きな花楽しめるんじゃない?」
などと話ながら雑草を毟り、整地して水を撒いた。
抜いた雑草を堆積の囲いの中に放り込んでいると小さな蜜蜂が何処からか1匹飛んで来て、チューリップの上を旋回していた。
「近くに養蜂場でも在るのか」
「あんまし見て無い東側かなぁ」
全開放の納屋に女於呂を戻し、少しだけ掃除して邸外に出て東へ向かった。
程なく歩くと北東部の住宅街を越えた先に結構立派な養蜂場とお花畑を発見した。
「「おぉ~」」
敢えてなのか花畑に統一感が丸で無く。更に奥には苺畑も見えた。
併設された直売所を訪ねて理由を聞いてみた。
受付に座るお兄さんは。
「統一しないのは地主様の趣向でして。蜜の採取毎で味が違うのが良い!と譲らず。棚に並べた商品をご覧のように出来映えもバラバラ。コストは変わらないので価格は据え置きなんです」
「じゃあ買って食べてみないと味が解らないんだ」
「面白い売り方だね。地主さん、ギャンブル好きなのかな」
「お察しの通りです」
統一出来ないから試食品も置いてない。折角なので大瓶を4つ購入…。
「あ!蜂蜜酒だ。珍しい」
「発酵させても統一性出ないのかしら」
「残念ながら。激甘で香りが深いのは間違い無いですが何処に向かった深みなのかはお客様の運次第です」
面白い!
蜂蜜酒も大瓶を4つ合わせて購入。
「大人向けのお菓子にも料理にも使えるな」
「1つで色んな味が楽しめるのは斬新よねぇ」
「最近作物市場に園内の苺を卸せるようになったので宜しければ是非ご賞味を。ここでは売らない希少品で多少お値段は張りますが。お二人のお財布ならきっと問題有りませんよね」
もう身バレしてた。
「「買ってみます!」」
市場で売れ残りを半分買ってホテルに戻り、下の部屋をグーニャと使っているロイドと、ロンズ滞在中のレイルを誘い出して苺と蜂蜜酒の試食会を開いた。
苺好きなレイルが大喜び。
「美味じゃ美味じゃ!これ程甘くて大粒な苺は滅多に無いぞよ。寧ろ初めてかも知れぬ。長生きもしてみるものじゃ。残りも買い占めてしまえ」
「俺たちが買い占めると逆に人気が出て明日から買えなくなるぞ。売り出し期間も限定だし。ちょくちょく適度に買いに行くのがいいんだよ」
「欲望のまま食べ過ぎるとどっかの女王様みたく激太っちゃうよ。そんな格好悪いレイル見たくないなぁ」
「なんじゃあ。妾をあんな豚と一緒にするでない」
苺の間に蜂蜜酒を挟んだロイドもニッコリ。
「蜂蜜酒はこう言う味なのですね。同じ場所で作られたからなのか甘さが喧嘩していません。苺の味も変化して楽しいです」
「私もやろ」
俺も俺も。
クワンは苺の真ん中を突き刺し。グーニャは顎が外れんばかりに齧り付いていた。
苺の後だと酒の香りが際立ち、その後の苺は程良く酸味が増した感覚になる。味覚の変化が悪い方に行かない。
「良い買い物した」
砂糖要らずで料理の幅も広がりそう。
一通り楽しんだ後でフィーネが。
「明日はいよいよスフィンスラー潜るけど。着替えとかどうする?」
「俺は上から装備するだけだから向こうの中間地点で着替える。女子は色々有るだろうからここでもいいし。向こうでテント張ってもいいんじゃない?」
「妾はメリーへの言い訳が面倒じゃから向こうで着替えるのがええのぉ」
自分で撒いた種だが。1人で出掛けてしまうレイルを心配するメリリーの姿が思い浮かぶ。
「私も向こうで着替えたいです。まだ不慣れで周囲を色々と壊してしまいそうで」
「じゃあ私もそうする。スタンは覗いちゃダメよ」
「そんなんしたら死んでしまいますがな」
覗きたい気持ちは多分に有ります!
「解れば良し」
「で、何処の層から入る?レイルが苦手な19層を見てみるか。ストレス発散に15層からか」
「別に苦手ではない。少し弱いだけじゃ」
強がるレイルの代わりにロイドが。
「スターレンは一度踏破しているからと油断していますね。ベルエイガが造った迷宮を嘗めている。19層の難易度が上がっていたら。じゃあ上の18層から。再び降りたその先がどの様に変容するかも解っていないのにです」
「嘗めてる訳じゃないけど…」
いや実際嘗めてんのか。
「安易ですね。実に」
「行くなら最初からやり直せって?」
「そうは言いませんが。上から下が正規なら。途中から逆手を繰り返すのは宜しくないのではと危惧しているのです」
全容も解明出来てないのに猾すんなって事ね。
「解ったよ。頭数も前回の倍で装備も上級。本当にそれに合わせて敵レベルが上昇するのか。まずは15層で検証してみよう。無理そうなら撤収して最初からだ。
分断されたら上か下の中間層で待ってて。突入前に場所は教える」
6者分の転移道具もクワンジアで確保出来てるので外に出てもいい。その場合の合流ポイントも入る前に決める。
クワンにはマイアゼルが持っていた飛翔中もOKな指輪と入替え。持っていた物を小袋付きでグーニャへ。ロイドとレイルには人身売買夫妻が持っていた物を。
転移道具をレイルに渡すか悩んだが悪戯しないと約束させて渡した。多分使えないと本人は言っていたから予備保険の積もりで。
上位者には何かしら制限が有るんだと思う。そこら辺の切り分けは謎が多い。真に神のみぞ知る、だな。
まあ大規模災害を引き起こせる化け物級に世界中自由に飛び回られたら地上の人類滅亡一直線だしね。
---------------
はい。やっぱり俺はベルさんの迷宮を嘗めていました。
地上の人影を確認しようと付近に転移してみた所。大きなお口を開けていた縦穴が綺麗に消え。随分前から何事も無かったかのように樹海に覆い尽くされていた。
「あっれぇ」
スマホのマップで確認してみても場所は確かにここで合っていて。
「完全踏破したからか。勇者の証と天馬の笛を持ち出したからなのか」
「なんじゃ。無くなってしもうたのかえ」
不満を漏らすレイルを宥め、中に転移してみるとちゃんと中身は存在した。
懸念していた空気も正常値。どっかしら供給されているんだとその点は良かった。只、前回にセーフティゾーンを作る意味で突き立てた剣魚角が消え去り。適度に整地されて通路の広さが体感3倍以上に広がっていた。
「リニューアル?」
「オープン?」
「クワ?」
直接転移は出来たので場所は変わっていない筈。現在地は14と15層の中間層、に来た積もりで居る。
双眼鏡で覗いて見ようと試みるもNG。眼鏡を重ねても上下階層のスキャンすら出来なかった。
「えげつないっす。ベルさん…」
「全体的に難易度が上がってるってこと?」
「多分ね。入口から変わってるのは想定外だ。この付近に気配は何も無い。着替えてる間に上下の様子を見て来る。クワンとグーニャは周辺警戒宜しく」
「クワッ!」
「ハイニャ!」
「了解。テント張る時間勿体無いから目隠しして。引き離されたかどうか解るから」
「落ち着け。誰が居ると思うておるのじゃ。ゆっくり見て来るが良い」
心強いっす。
ロープで頭までの大きな囲いを立て、手元を伸ばしながら上に歩いた。
階段状の石段を曲がった所から前との違いは明らか。
何と前には無かった大きな扉がしっかりと閉じていた。
触れようと左手を伸ばすと指先から静電気が走り弾かれ離された。
ダメージは皆無だが身体が勝手に拒絶した。
調べるのも難しい。
扉に隙間が全く見えない事から、上の階層主を倒すかトラップを解除しないと開かない仕組みのようだ。
平場まで戻り、囲いに向かって状況を伝え下へ。
閉じていたら引き返せない閉じ込め式。それはちょっと嫌だなと考えて降りると上と同じ扉が押し開きで解放状態だった。
一方通行なのが解る。
扉は開いてはいるが半端に入って閉じられたら困りもの。全員固まって入らないと分断される危険性が有る。
一歩退いた場所から注意深く扉周辺を観察した。
視界の範囲内でトラップの類は確認出来なかった。
全開状態にも関わらず扉の位置から10m以上先は何も映らない。
幾ら調べても飛び込んでみないと何も掴めないのが結論。
平場に戻って状況を伝え、クワンとグーニャを撫で回しながら座って待つ事数分。
白い壁越しに着替え中の美女が3人も。急にロープを外したらどんなだろう…。重傷覚悟でやってみ…。
ロイドが具現化してるから脳内ツッコミも来ない。
「何も見えないの?」
「衝立の中は何も」
「こっちじゃなくて。真面目に」
「扉から少し先以上は何も。中に入らないとダメみたい」
「ふーん。良し、大丈夫?行けそう?」
「ええぞよ」
「はい」
OKの声と同時に解放。今回のチャレンジは止めた。
フィーネはフルメイルに初期はハンマーと左腕に反射盾。
ロイドは真っ白な超ミニワンピをベースに首から下がフルメイル。ホットパンツを装着してても鎧に隙間だらけでセクシーな出で立ち。左右の腕には白黒のグローブ。爆炎斧を装備で輝く銀翼を露出。
レイルはボンテージに赤マント。レギンスまでの生太腿がそそります。腰には新装ボナーヘルト。ピンクの翼が目にも鮮やか。
「ちょっと。私への感想何も無いの?」
「あれ?口に出てた?」
「全部出てた」
「フィーネはほら。脳内補正が掛かるから全裸に見え」
おでこを平手で叩かれた。
「感想要らないです」
下の扉手前に移動。
「造形が全く同じの扉が上にも。多分階層主を倒さないと次が開かない。中に入って閉じたら逃げ場が無い。転移も泪持ってる俺とクワン以外飛べない前提で考えた方がいいな」
「入ってみないと始まらないね」
いざ出陣!
全員で入ってみると背の扉は開いたまんま。
数歩進んだ所で青白い照明が天井と壁にずらりと点灯。現われ出でし無数の木々の魔物と巨大なドーム会場。
言わずもがな前回とは丸で別世界。
立っている場所は絶壁の頂上。遠く離れた反対側にも同じような立地で大扉。距離感は不明瞭だが小さな点に見て取れる。
眼下の凹んだクレーター中央に蠢く大木。
大きさからしてゴッズ。取り巻きはエンペラー、キングと波状な円形陣。
標準雑魚が居ない…だと。
「各自散開ご自由に。真ん中のゴッズ倒した人は今日の苺を独り占め!」
聞いた途端にレイルが雌叫びを上げて一直線に飛び立った。
「やだ!直ぐに終わっちゃう」
「いけませんね」
一歩出遅れたフィーネが左にロイドが右に。
「俺たちは外周回って奥に行こうか」
「クワッ!」
「ニャン!」
前後左右に蠢く樹海。巻き上がる風と伸びる蔦。中央付近で溜め練り込まれた弾丸のような突風が飛行中の2人を容赦無く撃ち落とし、迫り上がる根の先端が上から落ちる得物を掴みに掛かった。
「こしゃくなぁぁぁ」
「まだまだです」
よく聞こえないけどそんな感じ。
風が折り重なってドライアドやトレントたちの唸り声の様にも聞こえる。
左に走ったフィーネが地面を抉る低い姿勢から片手ハンマーを回転撃でジワリジワリと着実に前進。
胴幹からへし折られて行く大木が次々に霧散した。
負けじと右手のロイドが飛翔と落下を繰り返し、爆炎を発動。自主落下で増した衝撃との相乗効果で低い火柱が前方直線上に地を走る。
風を跳ね返して更に火柱の勢いが増加。衝撃範囲外の後方まで突き刺さり、蔦や葉枝に着火して拡散。
一番乗りだったレイルが範囲攻撃が無い!と叫んで翼の枚数を増加。ボナーも4本に増やして両手と翼で4刀琉に変化。そのまま低空飛行で中央突破を敢行した。
早期決着かと思われたゴッズとの衝突寸前。取り巻きのエンペラーが暴風を重ね巨大な竜巻を生み出した。
風の壁に押し返されるレイルが叫ぶ。
「風が邪魔じゃぁぁぁ!!」はい、見えてます。
俺は巨大化したグーニャに跨がり悠々とフィーネの後方を迂回。クレーターの頂点付近を走り抜け、躍り出た敵陣背後。
前面の3人に引っ張られ。取り巻きキングが前に移動。
即ちガラ空きに見えるぜゴッズの背中側!
「グーニャは真ん中狙いで最大炎噴射!クワンは火柱が上がりきった後。壁突き破ってあいつの頭上から2つに薪割りだ!」
「ニャオォォォン」ちょっと狼時代が甦る。
「クワァァァ!!」
グーニャの炎が嵐に乗って盛大な火柱へと昇華。
ロープをクワンの下側へ伸ばし突き、薄く登った僅かな隙間にクワンが飛び込んだ。
轟音と共に真っ二つに割られたゴッズ。そこからの決着は早かった。
嵐の停滞と膠着時間差が生まれ。到達が遅れた女性陣の怒りの鉄鎚で取り巻きが崩壊して終了。
「金星!クワンティ!!」
「クアァァァ!!」
膝を着いたフィーネ。
「スタンが共闘なんて卑怯だよ。あー世界が回る」
前のめりに地面に落ちたレイル。
「わ、妾の苺ぉ…」
1人涼しい顔のロイド。
「良い運動に成りました」
「砂糖無しの苺牛乳も作って皆で分けような、クワン」
「クワァ」
ウンウン頷いてレイルの頭を翼で撫でた。
「ええ子じゃのぉ。妾の眷属にな」
首を横に振ってフラフラのフィーネの後ろに隠れ。
「ちょっと休憩させて」とクワンの背を枕に横に寝た。
フィーネの目眩が治まるまでに落ちた素材と魔石を拾い集めた。
ゴッズから出たと覚しき長い古代樹の杖、古代樹の丸太
古代樹の木片、古代樹の蔦、古代樹の樹液と風地の最上位魔石等々。木製素材がエンペラーからも多数排出。
残り僅かな万寿の樹液を使えばどれか世界樹素材に化けるのかな。
今回は全品素のままで呪いは掛かっていなかった。
「ゴッズが出たのを見ると、これが最高設定だと思う。詰り下手な小細工無しの純粋な力勝負。こうなった理由は幾つか浮かぶけど。今それは無意味だから触れない。
考察の答えは16と17のゴーレムシリーズで嫌でも解るだろうし」
「順番に降りないと18層通過出来ないもんねぇ。檻よりも蝋燭の方が欲しいもん」
そうやったん?最近気が変わったの?
「それはそれとして。今日どうする?様子を見ると即戦闘に入ると思うけど」
皆余裕の表情。
「妾は消化不良じゃ。あんな雑魚に足を掬われたままでは寝覚めが悪い」
逆にストレス溜めてしまった様子。
「ゴーレム相手なら火炎も通り難く撃ち放題。単純な打撃戦でも腕慣しには打って付けだと思われます」
ロイドは殴り合う気満々。
「私もやる。横回転は辛いから次は縦回転で」
無理せんでも。
「我輩も爪研ぎしますニャ」
クワンはスマホから。
「あたしは砂を咬みたくないので応援します」
「なら俺とクワンは後ろで観戦。危なそうだなと判断したら即引っ張り上げるから怒るなよ」
このメンバーなら要らぬ心配だ。
17のゴーレムは読み難い難敵だったが16は簡単な肉弾攻撃が主流だった。多少変則度合いが増しても後れを取る人は居ない。
偶にはおいらも楽がしたいのさ。
などと心で述べる言い訳を。
ロイドと言う脳内ストッパーが居ないから妄想もし放題。
「変わらず聞こえていますが。何か」
なんてこったー。声が肉声に変化しただけだったわぁ。
「なになに?まーたスタンはエッチな事考えてたの?」
いえそれは常日頃からで。
ゆったりティータイムを挟んで挑んだ16層。
変なギミックは無いだろうと言う個人予想を裏切り、動く床は標準オプションだった。
女性陣に白い眼で睨まれつつ。
取られた行動はロイドがフィーネを抱え飛び、人間弾頭にして上から投げ込む暴挙に出た。斬新!
弾頭後に舞い上がる霧散前の破片を斧の側面で追い打ちドミノ式で後ろまで薙ぎ倒した。
グーニャは鉤爪攻撃と体当たりで迷路壁とゴーレムを粉に変え。レイルは4刀琉が気に入ったのか必要以上にスライスして遊んでいた。
待つ事大体30分。
中央付近にハイドしていたゴッズが掘り起こされて蛸殴りの刑に処された。
可哀想に。相手が悪過ぎた。
危なげ無く初日を熟し。着替えてから一旦自宅へ直行。
背中と汚れを流しあ…。俺以外で風呂中に簡単な昼食と苺牛乳を作った。
きっと残らんだろうと1人風呂を堪能して上がると嫁子がきっちり確保してくれていて感動した。
と言うより待っていてくれた。
「てか遅い」
「悪い悪い。無くなってもいいかってのんびりしてた」
「そんな酷い食いしん坊は居ないよ」
4人と1匹と1羽で仲良く食し。
「潰した苺と冷えた牛の乳を混ぜるだけかえ。簡易なのに思い付かなかった発想じゃ」
「良い苺なら砂糖要らず。甘さが足りなかったら加えて混ぜても良し。ストレートな牛乳が苦手な人向けだな」
話題を迷宮に戻して。
「レイルはどうする?気が済んだなら次回は付いて来なくても良い。時間短縮には成るからどっちでもいいけど」
「そうじゃのぉ。十九には興味有るかの」
「迷宮にじゃないなら檻にとか?」
「妾やプレドラを簡単に捕えられてしまう道具。それに似た物で西の娘が捕えられて居るのかと思うてな。弱点属性を突いただけかも知れぬが参考には為ろう」
魔力が使えなくなるのも気になると。
「壊せる者で外から壊せば出られるじゃろうし。差して重要ではないが。暇潰しじゃて」
「ふーん。じゃあ宜しく」
どう進化してるか不明だから人手は有って損は無い。
その通り。外に居る仲間に壊させれば済む話だ。
「プレドラって露出狂を捕えてから大分経つけど。一向に仲間が救いに来ないのはなんでかなぁ」
「さてのぉ。単に人望が無いか」
「単独好きで居なくなっても気にされてないのかもね」
結構重要そうな局面でそんな事有るのかな。
「これまで太刀打ち出来ていない私たちを敬遠し始めたと考えられ無くも無いですね。近くにレイルさんが居るのですし」
「レイルと共闘してるのが広まった、か」
そのウエイトが大半のような気もするな。
「中に居るプレドラの眷属化には成功したの?」
「もう暫く掛かるな。邪神の加護が中々破れんでのぉ」
レイルでも破れない加護。檻が壁になって直に干渉出来てないのも要因。それを飛び越える方法を探る上での参考に迷宮に同行する訳だ。
「近くでの会話とか西の本体に筒抜けとかは無いよな」
「無い。妾の影の中で思念を飛ばせば直ぐに解る。会話も届かぬ最奥に沈めてあるしの」
専門家が言うなら信じてみるか。
「そっちはお任せで。スフィンスラーは1週間以降に。再出現の周期も知りたいから」
外からは何も見えないし。それはレイルとロイドも同様。
爆炎斧の強化素材も出たらいいなぁ。
---------------
週末にはメルシャン様とダリアが。明けにはシュルツとペリーニャが護衛付きでやって来る。王女ペアは軍の駐屯所併設の専用宿舎へ。ペリーニャとシュルツは一般枠でエリュロンズに滞在する。
必然的にフィーネが日中お相手で居ない。迷宮探索は夜に敢行する予定を組んだ。
ダリアとシュルツが一緒の時にウィンザートへも行かなければならない。
1週目のメメット隊メンバーペアが全て被るのも真ん中の1日のみ。なのでスフィンスラーは昨日突撃した。
午前から浜辺の片隅を独占させて貰って屋台巡りをしたり初水着に着替えて海で遊んだり昼間は自由行動。
授乳期を脱したライラとペルシェを含め大半の大人たちはお酒と惣菜を楽しんでいた。
夕方からは財団宿舎を借りてBBQと言う流れ。
これで花火が有れば文句無しだが火薬を開発してしまうと世界が激変してしまう為、自分たちは関与せず自然な進歩に任せた。
何でもかんでも作ればいいってもんじゃない。
火を起こし易くする着火剤は出回っているので時間の問題だとは思う。
子供たちは纏めて地元兵士たちに任せ。大人はワイワイと親交を温めた。
屋根だけタープテントの下。楽しげな雰囲気の中で固い顔の2人の親子。メメットとモメットが黙ってエール酒を飲んでいた。
嫌がるモメットを俺が無理矢理引っ張って来たのはお伝えする迄も無い。
「怒ってるの?パパ」
「別に怒っちゃいねえ。俺もお前も好きに生きてんだ。ただ…孫の顔が見れねえのは残念に思ってる」
「ごめんなさい…」
そりゃ暗くもなるか。
「でもまあ。お前に兄弟を作ってやれなかった負い目も有る。身勝手な所だけ似やがって。元気ならそれでいい。偶には顔見せに帰って来いや。前の家は燃えちまったがな」
「うん。スターレン様からのお仕事も国と交代制に出来そうだから。落ち着いたら帰るね」
「デカい形してナヨナヨしやがって。はぁ…」
1つ朗報なのはキャライがセルダさんの子をご懐妊。安定期に入ってないので何とも言えないが。子供たちの教育担当者の1人で来年産休に入れば交代要員が必要かと探していた所にメリリーが現われてくれた。
細かい話はレイルと本人との相談で。
他のメンバーペアや旧エドワンド組にも何人か。多分出来たかもと喜び合っていた。
だからかその人は控え目に飲んでいた。特に顕著だったのはジェシカとパメラの2人。
直接的な言葉は無かった代わりに俺の頬にキスの雨が注がれた。頑張ったのはお二人なんで俺は関係無いが、これぞ役得。
2人の水着姿が拝めなかったのは残念。
初お目見えのロイドが誰なの誰なのと女性陣に囲まれてキャッキャしてた。
喧騒の輪を外れた席で特別ゲストの1人コマネ氏と軽く商売の話を。
「御目出度う、コマネさん」
「まだ先は解らんがね。一応有り難うと言って置く」
「明けにウィンザートに顔出すんですけど。何か出来る事有りますか」
「特には。君の依頼も片付いてしまったし。例の件は正式にシュベイン殿との合同事業に切り替えたからな。頻繁に通わなくても良くなった。週明けなら私もあっちに居るから一度建築中の建物でも見て貰おうか」
「それは丁度良かった。俺たちも要人を運ぶだけで暇してるんで」
「なら事務所に来てくれ。時間は何時でも良い」
「ジェシカも行きたいとか?」
「いいえぇ。まだ不安な身なので今回は…。それにチラリと伺いましたら来週は高官の御方が乗られるのですよね。その中で私一人と言うのは心許なく」
「おぉそうだった。両方の意味でごめん」
「私が戻れば済む話。ジェシカの代わりにヒエリンドを馬車馬のように働かせている。気遣いは結構だ」
余計なお世話だったようで。
秘蔵の転移道具は何時かの逃亡用に温存していた物だと説明してくれた。
準備を怠らないのが流石コマネ氏。
造り掛けの水族館が楽しみだ。途中を見られるチャンスも今しか無い。
挨拶回りは結局夕方の食事会まで続いた。
---------------
各部との調整と送迎に明け暮れる毎日。
滞在延長を申し出た何組かは普通の宿屋へ移し。迎えた王女2人とその護衛。シュルツの組と合わせ、スタフィー号に乗せられるギリギリの人数。
溢れたら軍船で後追い。
メルシャン様はフィーネとダリアの手を引いて海よ食事よと大はしゃぎ。
お供の近衛も付いて回る訳で。お店の確保に奔走した。
店外の警戒に当たる兵士は簡易武装でも汗だくで大変そうだった。
途中からお買い物ツアーへと移り変わり。男は排除され現場には居なかったが。後でフィーネから聞くと物欲を全解放したメルシャン様は真に王女に相応しい傍若無人な振舞いで大いに困ったそうな。
「メル…」
「あぁ、これも良いですわね」
「メルってば」
拡充された海辺の用品店。一般客は追い出され、店員さんまで女性オンリーに代えさせて。メルことメルシャン様が手にしたのは昨年彼女の私室で着て見せた極限マイクロビキニ、の新作。
私はスタンの前だけの限定で了承して買ったのだけれど。彼女は様子が少し違った。
「何かしら、フィー」
「本気でそれを買うの?お店には悪いけど。多分それは半分冗談で置いてあるだけなのよ。それに貴女は国を代表する王女様。変な噂が立つと困るでしょ」
私の後ろでダリアが顔を覆って赤面していた。
「何も困りませんわ。私は私物としてお店の商品を購入するまでです」
「人前では着ないよね?」
「まさか。堅物のメイザーを誘うのに使うだけです」
ちょっとホッとした。
「なら止めないけど。それを使わないと駄目なの?」
「全然。全く。駄目なのです!ライラの赤子のアンネを拝見してから其れとなく誘ってみても。公務や外遊帰りで疲れた疲れたと言うばかりで敬遠されるのです」
聞いちゃ駄目な奴だった…。
「そ、そう…。欲しい気持ちに温度差って言うか。溝みたいになってるのかな」
「真にそれです。聞いて下さいますか。いえ聞いて下さいまし」
「ここでは無理よ。宿舎まで付き合うから」
帰りが遅くなりますスタンさん。
カモフラで自分と恥ずかしがるダリアの分まで何種類も買って逃げるように退店。
海軍宿舎に割り当てられた王族用の特等部屋で一通りお話を聞いた。
「フィー。一生のお願いです。剃毛して下さいませんか」
お茶を思い切り吹いた。
同席させられたダリアも同じく。
ゲホるお互いの背中を擦り合いながら。
「何言ってるの!流石にそれは無理よ。一緒にお風呂なら入れるけど。そんなのが外部に漏れたら懲罰物よ」
「漏らしませんわ。命に賭けて」
何故か別の意味で聞こえてしまう。
「お付きの人に頼めば良いじゃない」
「涙ながらに無理だと断られました。自分で遣ろうにも止められて」
もうやってたのね。
「私は剃刀にも負けない強い肌してるから自力で剃った。小さな傷でもデリケートな場所だからお薬も塗らないと」
「剃って頂けるのですか」
「やるとは言ってない」
「短く切り揃えるだけでは…駄目なのでしょうか」
ダリアの提案も虚しく…。これ以上は言えません。
---------------
侍女衆と出掛けていたロイドと王女組を引率してたフィーネを交え遅めの夕食。
俺はラメル君とレイルとメリリーを連れ回し。食材や物産を見回ってお料理談義に華を咲かせた。
帰って来てからずっと何だかフィーネの顔が若干赤いのが気になった。
「顔赤いけど熱でも有るの?」
「大丈夫。風邪じゃないから心配しないで。これは全くの別問題。因みに女同士の秘密だからスタンは深く突っ込んじゃダメ。喧嘩した訳でもないよ」
そっちの話なら立ち入れないな。
何故だかお風呂まで入って来たと言う話だし。
「ねえスタンさん」
「なんだいフィーネさん」
「カルの前だから勇気出して聞くけど…。夜の方で飽きるとか。マンネリ化するのってどう思う?」
ロイドは首を傾げた。
「私は聞かない方が…」
「勇気出ないから一緒に居て。お願い」
「はい」
「どうって聞かれてもなぁ。普通がどんなだか解らんけど。毎晩のように続けてたら淡白にはなったりする人も居るんじゃない?俺は全然大丈夫。子作り自体を控えたいって話だったり?」
この先も旅が続くなら計画的にしようとは前から話をしているが。
「違う違う。私たちの場合は宝くじみたいな物だからこれまで通りで。私が、じゃなくて…。メルに相談されてて」
「あーそっちの夫婦の話か。ビックリさせんなよ」
「ごめん。言葉足らずでした」
「あの2人は王族だからさ。作りたい、欲しいなの前に作らなきゃが来て。プレッシャーが半端無いんだと思う」
「うん」
「殿下は真面目君だから。相手の負担も考えて。出来なかったどうしようとか。考え過ぎて萎えちゃうとか有りそう」
「そっか。…薬とかに頼るって言うのは」
「若い内から頼るのは良くないよ。それ無しでは元気にならない身体になっちゃうと思う」
「やっぱり」
「殿下の方が元気無いってなら。完全に精神的な物が原因だから自然に任せるしかないよ。部外者がどうこう言えないし。周りからも言われてるだろうし」
「…うん」
「男としては。欲しい欲しいばっかで責められると辛いし萎縮する。女性だって同じでしょ」
「確かに同じだね」
「女の人は言葉が大切ってよく聞くけど。男はそうでもなくてさ。悪い言い方で面倒臭い。子供はどっちでもいいから愛し合おう!とか言われた方が解り易いし。気持ちが楽になるんじゃないかなぁ、て思います」
「面倒臭いんだ…」
「欲しいと思う気持ちはお互いに有って。夫婦仲も険悪じゃないなら言葉なんて要らないって考えちゃうのが男な訳です」
「話し合いは必要無いって事?」
「話し合うのは大切だよ。気持ちの確認をする上で。じゃなくて授かるのを前提に話をするのが2人の余計な負担になってない?って事。ストレートな気持ちを打つけ合っても上手く行かない事て沢山有るじゃん。男女問わず」
「う~ん。前提かぁ。難しいね」
「そうそう。責任感が強すぎるんだよ、あの2人は。案外なーんも考えて無さそうなカップルの方がすんなり懐妊とか良く有る話でしょ。人様や周りと比べ出したら辛いだけだと思うよ」
「辛いね、それは」
「俺たちも使命を果たした後で全然授からなかったら悩むんだろうけどさ。授からない、作らない選択をする夫婦だって幾らでも居る。だから授からない場合も視野に入れて話をしたらどうかな。極論子孫繁栄はダリアに任せる、とかは行き過ぎか。要するに男もそれなりに考えて悩んではいるから。そこは責めない方がいいよ」
「うん。男性の一意見としてメルに伝えてみる。ダリアよりも早くって考えてるだろうから最後のは無しで」
「私が同席した意味は」
「ごめん。無かった…。スタンが将来をどう考えてたのかが不安で。私1人では聞く勇気が足りなくて。でもこれで私もスッキリした。今考えたって仕方ないよね」
「そう言うことだと思われます」
参考になれば良し。自分の気持ちも話せたし。
「構いませんよ。スターレンの内なる声を散々聞いて来た私が保証します。至って真面目で健全なドスケベであると」
「…全部台無しじゃねえか。男なんてそんなもんだ」
「へ、へぇ…。悩んで損した気分だよ」
まずは健康なフィーネが居てくれればそれで良い。俺の方が病気や事故でぽっくり早死にしそうな気もする。人生何が有るかは解らんもんです。
---------------
シュルツの組をピックアップ後にペリーニャ率いるアッテンハイム組も自宅方面にご到着。
自宅前の広い通路で諸注意と人員の確認。
「グラハム君泣いてなかった?」
「それはもう叫き散らして泣いて居りました。が、無視して置いて来ました。大体母親と私が不仲であるのは周囲も本人も理解している筈なのです。義母は行動を止めもしないし諫めもしません。私の母とそれはそれは壮絶な喧嘩をしていたのにも関わらず。母亡き後で生まれた弟の面倒を私に見させようだなんて虫が良いにも程が有ります」
ゼノン隊の目の前で暴露せんでも。隊員全員が耳塞いで我関せず。
興味津々なシュルツが。
「グラハム君とは?」
「私の異母姉弟の五歳児です。通話中にも色々と」
「あぁ先日のあの声の方でしたか」
面白そうな話をしてるが聞いてはいけない。
「弟が嫌いな訳では有りません。ですが彼も連れて来るとゼノン隊だけでは済みません。今は現実的ではないと判断しました」
「それは好判断でしたね」
隊のメンバーはクワンジア遠征時と同じで顔馴染み。話も出来るし多少の融通も利く。
「ゼノンは腕はもう大丈夫?」
「全く問題有りません。寧ろあの後の北部での戦闘に参戦出来なかったのが心苦しく」
「あの件にアッテンハイムが絡んだら変だろ。あれで良かったんだよ」
少し離れた場所のサルベイン一家とその護衛兼付き人たちにも声を掛けた。
「そろそろ行きますよ。ギサラ君がぐずってない内に」
「ああ。宜しく頼む。本当に立っているだけで良いのか」
子供が生まれて心配性を発現してる。これがパパさんか。
心配無いさと伝え、赤ちゃんと一緒にギャラリアをふんわり包み込んだ。
「これが噂の…。何と言う抱擁感」
「ぎ?」
泣き出す前にGO!
一家はゴーギャン含め財団関係者との会合とギサラ君のお披露目を主眼に揃って出張。その前にウィンザートのシュベイン宅訪問にも同行する。
突然の景色変化に驚いたギサラ君が大っきい方を漏らして財団宿舎でオムツ交換をしている間に出港準備を。
「マジでペリーニャもウィンザート行きたいの?まだなんも無いよ?」
「お願いします。後追いでも構いませんので」
我が儘聖女を発動。これは想定外だった。
進化版のスタフィー号に乗るのを楽しみにしているとは聞いていたがウィンザートにまで行きたがるとは。
「ペリーニャ様。それは行動予定には無かった項目。また秘密を強要されるのですか」
「ご安心為さいゼノン。帰国後、真っ先に私から父に伝えます」
意志は固いと。
「船には王女組の護衛も居るから定員オーバーで乗せられない。軍船に何て乗せたらゼノンたちが船酔いするし。3時間位待たせるよ」
「それで構いません」
フィーネは王女たちのお相手で離れられない。俺は操縦。
クワンティは秘匿。詰り誰も直ぐには運べない。
「ペリーニャ。なんで事前に言わなかったの?シュルツは知ってた?」
「いえ私も初耳です。メールも来ていません」
「誰かに伝えると反対されると思いまして。内密に…」
「どうしてそこまでウィンザートが見たいの?」
「これまで。ラザーリアを出る時も、アッテンハイム国内でも、クワンジアでも。全て綺麗に整えられた場所にしか入れませんでした。何時も、ゼノンたちが邪魔をして」
「その様な積もりは…」
汚い所には触れさせない配慮か。
「今後で嫌でも回ると言うのに。即位前だからと隠されても無意味です。
ウィンザートが汚いなどと失礼な想いは有りません。一度深く傷付き、復興途上に在る町並みをこの目で見て置きたいのです」
力強い眼差しを浮べている。こうなったら誰の言う事も聞かないだろう。
「解ったよ。予定外だけどソプランたちで軽く町の案内と海辺の専用テント周辺で待ってて」
「しゃーねえな」
「畏まりました」
そこでロイドも。
「私も付き添います。集団で迷子になられても困りますし」
「感謝します。ロイド様」
宿舎前で一旦解散。管理棟でピレリと財団同行者を拾い、軍港側で王女組と合流後に出港。
「これが海!これぞ船!この開放感!」
「危ないってメル」
スッキリ顔のメルシャン様が船首で叫び。フィーネに抱えられてタイタニックしていた。
不吉だから今は止めて欲しい。
操舵室の窓から景色を眺めるダリアが。
「全く揺れませんね。この船は」
「乗った経験は有るの?」
「ロルーゼで漁船に何度か。下働きとして」
フラジミゼールの東海岸辺りかな。
「東と比べちゃ駄目だよ。波も穏やかで時化る程の嵐が起きる事も滅多に無い。この船は衝撃吸収してるしな」
「世界に誇れる素晴らしい技術力ですね」
「実際世界一の金持ちで造船技術も一番だ」
教えてあげるとニッコリと笑った。
シュルツはピレリの手を引きデッキの端でおーおー言い合いながら海を指差している。
サルベイン一家もデッキの真ん中で日光と潮風を浴び。兵士たちも巡回と称して下層の船内客室やキッチンを見て頻りに羨ましいと繰り返していた。
「兵士は仕事しろ!観光じゃないんだぞ。そこ!俺の視界を遮るな」
操縦権限の限定化は今回は解除して貰った。
しかし交代しようにもフィーネは王女対応でNG。経験の有る兵数人も中型船なんて操縦したら数分でダウンすると訴え。出来るシュルツは身長が足りないし、足箱積みする迄ではない。
ピレリとダリアが才能有りそう、でも未経験。
クワンのお披露目は論外。
「おトイレでしたら私が交代しましょうか?」
「操縦までの経験有るの?」
「見よう見真似ですが。自信は有ります」
「じゃあちょっとやってみて」
船主交代。ダリアが舵を握ると船は一時減速、加速、徐々に加速、急加速、急減速後に俺と同じ位の速度に落ち着いた。
「最初の調整気持ち悪い」
「済みません…」
船内もデッキの人々も挙って苦情を入れに来た。
「何やってるのスタン…じゃなくてダリア?」
「先程船から落ち掛けましたわ。交代していましたのね」
「ごめんフィーネ。トイレ行って来るから見てて」
「先に言いなさいよぉ」
トイレに座っていると突然船が可笑しな挙動をし始めた。
停止、微速前進、停止、微速後退、前進、後退の前後振り子運動。
トイレが横置きな為、左右に振られた。
何とか事故トイレ掃除を免れ。スッキリして戻ると舵取りは勝手にメルシャン様に交代していた。
「お願いだから手を離して!」
「いいえ。もう少し、もう少しで」
脂汗をダラダラ垂らして桿にしがみ付いていた。
ロープで巻き取り無事捕獲。
「何やってんの?」
「操縦の…練習を」
「船長の俺。許可してないんだけど?」
「フィーが少しだけなら良いと」
「メルが強引に割り込んだんじゃない」
何も言えないダリアが傍でオロオロしていた。
この際だからハッキリと。
宙に浮かせてロープの上から臀部を殴打。
「もう一度聞く。この船の船長は誰だ!」
「スターレン様です!痛い!」
「操縦許可を下すのは誰だ!」
「スターレン様です!痛い!!お尻が…」
「許可無く勝手に操縦桿を握ったのは誰だ!」
「私です!お許しを!!もう止め!あぁ…」
変なプレイになってしまったので床に下ろして転がした。
「一般人なら海に投げ捨てる所だぞ」
「申し訳有りません…。ダリアに嫉妬してしまって」
「一々人と比べるな!そんな事をしなくてもやがて国の頂点に立つ人間だ。嫉妬、妬み、羨み、憎しみ。誰もが持つその感情を抑え。時には押し殺して優雅に気品高く振舞って欲しい。
身近に立派なお手本が居るじゃん。ミラン様が」
「…」
「きっとミラン様も外に出掛けたい筈だ。もっと気軽に、自由に遊びに出たい筈だ。メルシャンの疑問や不安。その答えの大半を持ってるのはミラン様だと、俺は思うぞ」
「はい…」
「王女様が汗塗れじゃウィンザートに入れない。フィーネ風呂に入れてあげて」
「うん。行こ、メル」
「御免なさい、フィー。そしてダリアも。口答え出来ないのを良い事に我が儘ばかりを押し付けて。あぁ何て浅ましい」
「いいえ。愚痴でしたら幾らでもお聞きします。それが私のお役目ですから」
微笑み優しく語り掛けるダリアもまた。
お姫様抱っこで運ばれる王女を見送り配管を開き。
「予定より遅れています。速度を上げるんで船外、デッキに出ている人は5分以内に船内に戻って」
---------------
ちょっとしたアクシデントを乗り越えウィンザートに無事入港。時間遅れも調整出来た。
王女組をフィーネがライザーの居る駐屯所内の詰所まで送り。残りを俺がシュベイン宅までご案内。
侍女1人では辛かろうとロロシュ邸からミランダとプリタもサポート役に置いた。
警備も万全。作り立ての町内ガイドマップ(一般向け)を商業ギルドで受け取り、ラフドッグに引き返した。
町の北側から入場。誰にも連絡をしてないのでお出迎えは無し。
アッテンハイムの面々も武装解除で普段着。ぱっと見は行商の視察団、に見えて欲しい。
ガイドマップを開き。
「正直俺もどれ位復興してるか知らないし深くまでは入ってない。ちょっと荒れた人たちも居るらしいから絡まれても慌てないで」
整備された中央通り付近と港エリアは後回し。ペリーニャが一番気にしているであろう女神教教会と関係寺院を最初に訪ねた。
そこは町の東部。スラム化までは行かないものの所々舗装用のブロックが剥げ、地面の砂利が露出していて。僅かな糞尿の臭気が浜風に乗り鼻を突いた。
建物も数軒。一度外壁が破られ、修繕が施された痕跡が有り有りと見て取れた。
衛生面はハッキリ言って悪い。下水路はドブ川の腐敗臭が漂っていた。浮浪者は見当たらないが感染症対策は必須だろう。
崩れた階段を上り下り。目的の教会に到着すると真向かいの水竜教礼拝堂との差が歴然。外壁の修繕が未完で女神教会の象徴である時の鐘が広場に下ろされていた。
教会側に併設された寺院前では両教の修道着を着た僧侶たちが共同で夕方用の炊き出し準備に追われ、忙しなく動いているのが見えた。
寺院も共有化されているのだと思う。信者問わず施しを与える。僧侶たちの表情も暗くは無い。ある意味で理想的な形ではないだろうか。
ここで俺が出しゃばって手を加えてはライザーの顔に泥を塗る。町の完全復興は彼の仕事だ。
出る積もりは毛頭無かったのだが置き去らしの鐘に近付いて眺めていた所で俺が身バレした。
最初に気付いたのは路上で遊んでいた子供数人。
「スターレン様だ!」
「どこ、どこ?」
「あそこ。鐘の傍に居る!」
子供たちの大きな声は瞬く間に広がり。建物の中に居た人たちまで出て来てしまった。
俺も有名になったもんだ。その所為で後ろのペリーニャには誰一人気付かなかった。フードを被ってるから余計に。
公式の視察ではないからこの場合は丁度良し。
子供たちには群がられ、神父や牧師や僧侶や修女と次々に集まり握手を求められた。
「私スターレン様に王都まで運んで貰ったんだよー。いいでしょー」
私も僕もだと騒がしく元気一杯。
そうか、あの時海賊船から運んだ子たちか。
「公式な訪問ではないので余り騒がずに。何か大きな問題が有れば殿下に伝えますが」
周囲に問うと女神教の神父が代表で。
「強いて言えば薬類が若干足りていないのと。一帯の下水が詰まり易い事位です。見た目はあれですが建物の内壁は健常に優先して頂けたので。衣服も食糧品もライザー様にはとても感謝していますとお伝え願えませんでしょうか」
必要最低限は乗り越えたか。やるじゃない。
「解りました。必ず報告します。こちらの教会の鐘の復旧目処は」
「鐘の引き上げは再来月の予定です。年越し前には間に合う様にとご配慮を頂けました」
こちらも手出し無用と。
「夏だからって腹出して寝て風邪引くなよー」
「はーい」
こっちも元気になれました。
群衆が元に戻った後。小声でペリーニャに。
「どうする?中まで見てく?」
「いいえ。お邪魔になりますから。このまま離れましょう」
町は大きく分けて東側が一般街。西側が旧貴族街。
港寄りの南西部に在るコマネンティ財団の事務所も解体貴族から没収された建物を再利用しているそうで。
中央広場まで戻った所で。
「これから町の復興を担ってるコマネンティ財団の事務所に行くけど。その前にどっかで飯にしない?皆は何か食べた?」
「そう言うと思ってラフドッグの露天で買って有るよ」
とソプランが海鮮焼きそばの包みを取り出した。
「おぉ良かったぁ。もう腹減って死にそう。ここから南東寄りに公園が出来てるらしいからそこで昼にしよう。ペリーニャもそれでいい?」
「はい。私もペコペコです」
時は14時過ぎ。遅めのお昼。
広い園内には芝生エリアと砂場やアスレチック的な木組みの遊具並ぶエリア。ファミリー向けの食事テーブルエリアの3エリアに分けられ。テーブル席もピークを過ぎて人気も疎ら。
20人以上でも余裕で座れた。
夏の木漏れ日を浴びながら食べる進化した焼きそばとお好み焼き。
酒なんて無くても良い感じ。元々フィーネとは別行動の予定だったが天気の良い日に2人でまた来たいと思える憩いの場所だった。
食事中、ソプランに尋ねてみた。
「元町の住人さんの感想は?」
「俺に聞くのかよ…て俺以外居ねえか。住んでた頃とは比べもんにならねえよ。物乞いがさっぱり居ないのがまず驚きだ。良い服着て配給でも飯が食えて家まで在る。これから生まれるガキが羨ましいぜ」
へへっと軽く鼻で笑ってた。目尻が光って見えたのは多分香辛料の所為ではないな。
「復興は順調そうだな」
「ああ。こんな綺麗な公園まであるなんて、メレスの奴に良い土産話が出来た。終わったらその地図くれよ」
「商業ギルドで配ってた一般紙だから何枚でも」
「マジかよ。じゃあ後で貰って来るわ。ちょっとアローマと出掛けてもいいか」
「どうぞどうぞ。時間的にも後はコマネ氏を訪ねるだけだから。集合は夕方前に中央広場で」
「おう」
「有り難う御座います」
2人が去った後。
「事務所を訪ねるのは明日でもいいから。もっと別に見たい所が有ればそこ行くよ」
「いえ、そちらで構いません。質問なのですが」
質問?とはまた珍しい。
「何?」
「一年で町の復興とはこれ程早い物なのでしょうか」
もっと荒れた状態をイメージしてたご様子。
「そうだなぁ。魔物の襲撃に遭った訳じゃないからさ。人間相手で闇組織が隠れてた要所を叩いただけだから。人道的に火を放った訳でもない。建物を残せば復興も早いと思うよ」
「教会にも隠れていたのですね。反対側の礼拝堂の被害は少ないように見えましたし」
「女神教を騙った異教徒だったからね。それを黙認した役人と加担した貴族連中とか。逃げ込んで籠城するのに使い易かったんじゃないかな。情報集めを人に任せて俺と嫁さんがここへ到着した時には全部片付いてた。
だから戦闘の詳細は知らない」
「そうでしたか」
ゼノンも一言。
「崇高なる女神教を騙るとは断じて許せん」
聖騎士足る者お怒りはご尤も。
「その怒りは本国の残党狩りに注いでよ。これまで行った先々で散々叩いて来たけど。まだ一歩も退く気配が無い。
敵の精鋭部隊も西と東とメレディス方面に居る。小規模な移動なら世界の何処にでも行ける。タイラントだってまだまだ油断は出来ない」
そう、油断なんてしてはいけない。
「言われる迄も無いです」
「でも水竜教の方々は心が広いですね。困っていたら信仰構わず協力し合う。あの姿が真理なのかもと思えます」
「タイラントの主神でも有るけれど。同時にこの国は信仰の自由を法で定めてるから。来る者拒まず去る者追わずの精神で。信仰の前に人で有れって感じかな」
「信仰の前に人、ですか。良い言葉です。私も信仰とは別の教訓に致します」
「ペリーニャ様…」
控えの者たちは複雑な表情。
「私が何を抱き何を想おうと。それは私の自由です。聖女である前に一人の人間として」
「手厳しい」
「これ位言わないと通じませんので」
ペリーニャは背筋を伸ばし溜まっていた感情を吐き出すとそろそろ参りましょうと笑顔で告げた。
その感情は俺には解らない。それでもきっと悪い物ではない筈だ。
---------------
ソプランとアローマは町の北西部を目指して歩いていた。
自分とメレスが過去に住んでいた「場所」を目指して。
「死ね」
突然抑揚の無い男の声が二人の背後から近付いた。
普通の人間相手ならその背を一突き。たったそれだけで終わっていただろう。普通、で有ったなら。
男の刺突武器を掌で軽々と受け止め刃先を握り折った。
アイスピッグのようでもあり、先端から柄に掛け螺旋状の返しが並んだそれは。
「行き成り暗器持ち出すんじゃねえよ」
「怖いですね」
アローマが男の股間を容赦無く蹴り上げ、悶絶してピッグを手放し浮いた身体をソプランが殴り付けて転がした。
そのまま馬乗りになり奪ったピッグで肩口の肉厚部に突き立てた。
「偶然か必然か。どっちだ」
男は叫ぶばかりで詰問には答えなかった。
「仲間何人だ。何か答えろや!!」
ニヤリと小さく笑い、男は奥歯を噛み締め程なく絶命。
「東の拠点に居た奴らに似てるな」
腰帯の道具鞄も東大陸で見た物に似ていた。
「回収するのですか?」
「拡散されても困るし…後ろ!」
即応したアローマが翻し、背後の壁を擦り抜けて来た者の腹を小太刀で斬り下げ背中に回って首筋に刃を沿わせた。
返り血を被る前に壁際まで蹴り飛ばした。
「偶然、ではなさそうです」
「思い出したぜ。ここは元々「こんな」場所だったわ」
まだ全域は掃除し切れてない。ソプランはそう感じた。
後続の隠者が飛び出た建物を見上げる。
他よりは敷地が大きな二階建て。
「久々に当たりを引いたみたいだな」
「飛び込んでしまったのは私たちの方でしたか」
「ちょっくら掃除してくかね」
「夕刻までには間に合わせましょう」
生まれ育った場所に立ち寄ろうとしただけなのにと消沈な面持ちで項垂れ。男の身体を持ち上げて建物の窓に投げ当て即席の入口を作った。
---------------
ソプランたちがデート中に戦闘状態に入った…?
双眼鏡でチラ見した限りでは北西の1つの建物で。
後で聞いてみよ。
「どうかされたのですか?」
「いや何でも無い」
ロイドに視線を送って様子を見て来てと依頼。
「こちらは問題無さそうなので少し離れます」
殆どペリーニャと繋ぎっ放しの手を離した。
少し寂しそうな顔をして今度は俺の左腕に絡み付いた。
「ちょ…」
抗議の眼差しを向けて来るのは勿論ゼノンたち。
「フィーネが飛んで来るぞ」
「構いません。三度目までは許可されています」
だったらまあいいか。ゼノンたち以外は。
「お離れ下さいペリーニャ様」
「私が構わないと言ったのが聞こえなかったのですか」
「しかし!」
「来年の即位までは好きにすると昨年の休暇で伝えたではありませんか。それともゼノンはまた私を籠の中へ閉じ込めたいのでしょうか」
「決して、その様な事は有りませんが」
「予告して置きますと。即位後に世襲制を撤廃させる積もりで居ます」
「は…?」
コマネ氏の事務所手前で隊員が仰天。
「正確に言えば教皇制は残し、聖女制は世襲を破棄させます。成りたければ選出でもして希望者から。代役は聖女に強い憧れと願望を抱く義母が成るのが妥当。父にはそう話をしてあります。納得は得られていませんが」
「それでは…。我らは何の為に」
「何の為?誰の為ではなく?」
ペリーニャの強い信念が窺える。手が僅かに震えてはいるが勇気を出して自分の言葉で喋っていた。自身の自由を勝ち取る為に。
「今のは、言葉の綾で」
「私は物心付いた時からずっと疑問でした。男児が生まれれば教皇。女児が生まれれば聖女。両方生まれたなら二頭体制。しかし血統を繋ぐのは男である教皇側の家系。
その時の聖女は寿命までで切り捨て。女系である女神様を信奉して置きながら。女である事を理由に使い捨てられるこの矛盾。いったい何時から男性優位に捻れてしまったのか。答えてくれますか、ゼノン」
「私には…」
「私は一介の修女に立ち戻り。もっと広い世界をこの足で歩むのです。先祖が敷いた湾曲した道の上でなく自分で切り拓くその道を。貧しい人々を救い、困る人々に助力したい。それがどれ程困難な道かは理解しています」
「…」
「この場で問うのは止めましょう。時間も有りませんし。
アッテンハイムに帰ってからじっくりとお話を。それまでにゼノンも他の者も。御自分の人生と家族を想い。それぞれの考えを聞かせて下さい」
腕を持たれてるだけの俺はいったいどうすれば…。
「さあ参りましょう」
唸る者、項垂れる者、涙を浮べる女性騎士。様々な反応をしていたが一旦考えるのを止めて元の位置に戻った。
---------------
執務室のコマネ氏は。ペリーニャを一目見て、ハァ?と言う顔を浮べた。
大半の人員は鑑定せずとも年始に遊びに来た時、顔を合せている。ペリーニャとコマネ氏が直接会うのは半年以上振りだ。
「スターレン君が来るのは了解していたが。どうして聖女様と聖騎士まで連れて来たんだ。まだ何もお見せ出来る物は無いと言うのに…」
「いやぁ何て言うか。建築中の物とか復興状況が見たいって言い出してさ。序でだから連れて来ちゃった。迷惑だったら挨拶だけで帰るよ」
「いや迷惑ではないんだが。城にも報告を上げねばならなくなる」
「見学だけですので。お許しを」
「ライザー殿下含めて俺から事後報告するって。だから引率してるんだし」
「それなら任せるが。ロビーで少し寛いでいてくれ。ここから港方面に案内する」
ロビー隅のソファー席に腰を下ろしている間もずっと腕は掴まれたまま。ゼノンたちの視線が痛い。
「持ったままで行くの?」
「離してしまったら二度目が終わってしまいます」
どんな計算や。そこまで際どい回数設定してないっしょ。
本人とフィーネに任せよ。
真っ直ぐ南に1km程下った広い更地。そこが水族館となる場所だった。
敷地の中央付近に大穴が掘られ、外枠と地上となる骨組み角材が肋状に走っていた。
「図面はスターレン君以外には見せられない。今の骨も仮組みだ。完成形は円形ドームを目指している。地下一階、地上一階。
それを二棟。淡水と海水魚で分け、地下は回遊エリアを設ける予定だ。
回遊層は資材の都合上断念する可能性が高い。その場合は地上と同じく水槽で小魚を入れる事になる。水圧強度が出せれば中から大型の魚も入れるかも知れないが。現状では技術面でかなり厳しい。
海水の循環路。川水と井水からの上下水道や浄化槽など問題は山積み。期限の尻を決めたいが今は不可能。年内で隣と合わせて土台作り。本格着工は来年以降となる」
分厚いアクリル板は原油を掘り出せれば完成させられるが。あれも火薬と同じく世界を激変させてしまう代物。
環境破壊まで踏まえると迂闊には手が出せない。
「どうだ。綺麗に何も無いだろう」
「この場所は元々何だったの?」
「旧貴族の豪邸を三軒潰した跡地になる。当初の予定では大型のホテルを建造する積もりだったが君の提案を聞いて全面的に練り直した。壊すのに時間が掛かって今がこれだ」
ふむふむ。その他の道具類なら手伝える余地は有る。
ペリーニャが挙手。
「回遊させるとはどの様なお魚が入るのでしょう」
「詳しくはそこの提案者から聞くと良い。簡単に言えば泳ぎ続けていないと窒息して死んでしまう鮪のような魚。仕切りの壁が邪魔になるから円周状に層を設ける。
だったな」
「そうそう」層だけに!
「鮪でしたか。良くご存じでしたね」
「まぁねー。色々な文献で仕入れたんだ」
答え辛いわ。
ゼノンたちもほぉと唸っていた。
ここまで来るのにも相当苦労しただろうなぁ。
「透明で分厚い硝子のような物の開発技術ならモーランゼアが持っているかも知れません。クワンジアでケイルガード様から似た様なお話を伺った気がします」
「マジで!?」
「はい。各地が平定したら見に来ないかとお誘いを受けました」
俺は何も聞いてない。王都の設備に直結する話かな。何かの防御壁みたいな。
「それが使えるなら朗報だ」
「近々視察に招かれるから一緒に調べて来るよ」
「是非頼む。その手の機密情報には触れられないからな」
ペリーニャが居なかったらスルーしてたかも。連れて来て良かった良かった。
時計を見るともう17時前。
「おぉもう集合時間だ。急いで戻ろう。コマネさんありがとねー」
「大変勉強に成りました。感謝を」
「何の役に立つかは疑問だが。お役に立てたなら幸い」
ゼノンたちも一礼して纏めて広場に転移した。
俺たちが最後の組のようでフィーネの王女組が広場に着いた直ぐ後。
「遅いって言いたかったけど。タイミング同じだったね。所でソプランさんとアローマは何でずぶ濡れなの?」
「訳有って汚れたからな」
「詳しくは後程」
偵察に向かったロイドは涼しげな表情。
無事に戻ったならそれで良し。
「さてと。どうやって送るかだけど…。シュルツは一泊してく予定じゃなかった?」
「ギサラ君の夜泣きが激しいと言うので中止しました。沢山お話出来ましたし。お二人との会食の方が大切です!」
こっちに泊まる気満々だな。
残るのはサルベイン一家と護衛隊の半数。ミランダとプリタになる。
「ダリアの気は済んだ?」
「はい。こちらに泊まってしまうと一線を越え…、いえ何でも有りません!」
「もうねー。殿下とイチャイチャしてるのを遠目で見守る私たちって感じ?」
「私も大人しくして居りましたわ」
偉いでしょとエッヘン顔で。
「い、言わないで下さい」
「船で帰ると遅くなるから。船とサルベ一家は明日送迎する。もう面倒なんでエリュロンズ前に飛んで解散の流れで行きます。何か異論が有る方は」
メルシャン様が挙手。
「明日もう一度船に乗せて下さい。ラフドッグに帰港後で構いませんので」
操縦出来なかったのが余程悔しいと見える。
ペリーニャも。
「私も滞在中には乗せて頂きたいです」
「しゃーなし。明日帰るメルシャン様とダリア優先で予定組み直しまーす」
スフィンスラーの再突入は夜確定。
---------------
夜は夜で多方面でも色々とあったらしいが居合わせられないんでそちらは流す。
夕食は予約を外していた為、急遽用意して貰った特別メニュー。
試作中だったトムヤムクン風スープが出された。
俺たちを前に緊張気味の給仕とコンシェルジュと初めて会う料理長さんが揃って退出せずに味の感想を求めて来た。
「俺たちの感想が聞きたいと?寧ろ俺でいいの?」
コンシェルジュが代表で。
「何を仰いますやら。スターレン様だからこそです。貴重なご意見を窺える滅多に無いチャンス。シュルツ様や聖女様までご同席されるとあらば恥も外聞もかなぐり捨ててお聞き為ねばと!」
何時もの冷静キャラは何処へやら。
「でこのスープが料理長さんが考案した今年の新作と」
「今年四月の品評会に出して選考落ちした品に改良を加えました。審査員に加わると伺っていたましたスターレン様は外務で不在。選考外れの品の感想など勿論聞けず。それでも諦め切れずに御試食をこちらでと願い」
「あーそんな話も有ったね。全然帰れなかったから断った。多分来年も居ないよ」
「陛下の生誕祭にも不参加だったしねぇ」
夫婦揃って打診は受けたがそんな余裕は微塵も無かった。
「然様で御座いますか。私、昨年の同じ場に居たのですが御記憶には…」
「ごめん。全く記憶に無い。あの頃自分たちの事で一杯一杯だったから」
品評会で会ってたのか。
「あ!確かに居たわ。チラチラこっちのブースを見ては溜息吐いてたよな」
「言われて見れば…」
「お恥ずかしい。昨年では実現不可能だった魚介類の品々が羨ましいなと。今年から漸く王都でも扱える様になり考案したのがその海鮮スープです」
「そう言う事なら有り難く頂戴するよ。こっちも急遽で無理言ったし」
「温かい内に頂きましょう。もう香りだけでお腹鳴きそう」
赤海老、蟹の身、マッシュルーム、根菜の千切り。香り付けのミントやバジル。添え物のパクチー。
何かが足りない…。酸味かな?
感想も様々で主に女性陣が首を捻った。
同席メンバーはシュルツ、ペリーニャ、ロイド、食事だけに来たレイル、メリリー、ラメル君。ソプラン、アローマの俺たち合わせて計10名+ミニテーブルでペット枠。
「味に統一性が有る様で無い。ハーブも強いけど香りだけで何かが足りない。パンチが無いって言うか」
「これだと昨年私たちの方で落選したスープカレーに似てるわね」
「充分美味しいのですが…。お兄様と同意見です」
「アッテンハイムでは食せませんので何とも。美味しいとは思います」
「少し海老が臭いかのぉ。悪くはないのじゃが」
他は黙って頷いた。
「主に魚介特有の良い臭みと酸味が弱いのが原因かな。自分ならハーブ系のレモングラスとバナナの葉を出汁に加えてプチトマトを一緒に煮込む。赤海老のままなら生姜の絞り汁を少し加えてオレンジとかの柑橘系の皮を最後に削り入れる。蟹の身は好みだけど邪魔してる気がするな」
「プチトマトの酸味はええのぉ」
従者2人の前でもすっかり口調が戻ってる。期間限定だったのか限界だったのか。2人は別段何も感じていない様子なので触れはしないが。
「成程。足りないのは酸味でしたか。海老の臭みも殺し切らずに生かす方向で蟹は邪魔と…」
「この町では見掛けないけど入手出来るなら蟹身の代わりに貝類の浅蜊を入れてみると良いかも」
「アサリ、とは蜆と蛤の間のような貝でしょうか」
「多分それ」
「あれなら確か…ウィンザートの浜の干潟で獲れた気がしますな。時期的にも丁度今頃」
「へぇ。明日また行く用事が有るんで良かったら買って来ましょうか。改良版のスープを出してくれるなら」
「それは勿論喜んで。お手間でなければ宜しくお願い致します」
「ソプランは知ってた?」
「いんや。貝なんて食べづれえし。存在も知らなかった。昔の調理なんざ軽く捌いて焼きの一択だぜ」
悪い事聞いたかな。
最後に給仕がデザートに白桃ゼリーを持って来ると告げて3人は退出した。
食事後にソプランたちは居残りレイルたちはロンズの方に帰った。
「で2人は何と戦ってたの?あんな局所で」
「見られてたのか。あぁだからロイド様が来たんだな」
「ギリギリ索敵範囲に入ってさ」
「俺にもさっぱり解らねえけどよ。偶々通り掛かった場所に運悪く?敵組織の連中が潜伏してたんだ。眼中に無かったから通り過ぎるだけだったのに。向こうから壁擦り抜けて襲い掛かって来た」
「クワンジアで見た物と同じ道具を持っていました。何かしら繋がりが有るのだろうと数人に吐かせましたが有益な情報は何も。恐らく孤立化した残党が反撃の機会を伺っていた所に偶然掛かってしまったのかと思います」
「凄い偶然だな」
「俺はさっぱり記憶にねえが何人か俺の顔を知ってる風だったから多分スラム上がりの連中だ。これでクインザが裏で組織と繋がってのが確定した気がするな」
「ソプランのお里帰りは延期です。私は内心楽しみにしていたのですが」
「何もねえから今更どうでもいい。それよかアローマの話はしねえのか」
「私の方はまだ…」
「アローマが何?」
「実は、姉さんと話をして。何時かペカトーレの旧家に行ってみたいねと。私には記憶が有りませんが姉さんは朧気に覚えているそうで」
「フラーメの予定は来週だから。キノコ狩りの序でに寄ってみようか。何処の町かは聞いた?」
「前回の訪問時には行かなかった首都から一つ南のサンコマイズと言う町だそうです」
南西大陸の地図を開いて場所の確認。首都から馬車で5日レベルの距離。
「ここから遙々タイラントを通過したのか。いったい親御さんは何から逃げたのやら」
「それに付いては何とも」
「フィーネ。予定になかったけど来週行ってみる?それとも後日にする?」
「アローマのお里帰りだもんねぇ。でも今行くと何か大事に巻き込まれそうな気がするし。モーランゼアの視察が終わってからゆっくり行くのが良いと思います」
「じゃあ秋の予定で。フラーメに勝手に行くなよって来週伝えといて」
「畏まりました。私情の為に態々済みません」
「気を遣うのは無し無し。私の大切なお友達の1人なんだから」
「そう言って頂けて感無量です」
「じゃあクワン。明日偵察がてら様子見て来てくれない?スリーサウジアの部族と衝突した影響が出てるかもだから充分に注意な」
「クワッ!」
黙って話を聞いていたペリーニャが。
「部族と衝突したのですか?」
「俺たちがじゃなくてペカトーレの国軍とスリーサウジアの一部部族がさ。去年の首都訪問時に俺の嘘から組織交えて三つ巴の緊張状態に突入して。巻き込まれる前に逃げた」
「悪い人ですね。スターレン様は」
笑ってるから怒ってはいない、と思う。
「我輩が南部に生息してたって嘘ニャ。あんな大嘘を信じる方がバカニャン。地元民の曲して」
小馬鹿にしてロイドの膝上で毛繕い。最近のお気に入りスペースらしい。
「んじゃ。俺らはロンズに戻る」
「ではまた明日朝に。今回の回収品はロイド様が引き取られました故、後にご確認を」
「解った。また明日」
「お休みぃ~」
「俺も今日は下かな。グーニャ。色々有って疲れたから久々にマッサージ頼むよ」
「ハイニャ!」
「私はこっちはカルに任せて海軍宿舎行って来るね。さっきからダリアの救難信号が連発してて。今夜は徹夜かも。誰かさんがあんな事したから」
「あれはフィーネがもっと強く言ってくれてたら」
「私は言えないよ。目上の人にあんな事」
シュルツも笑って。
「王女様を面と向かって叱り付けられるのはお兄様だけですよ。お尻まで叩くだなんて歴代初ではないでしょうか」
「その様な事が」
船に居なかったペリーニャが少し残念そう。
「後でお話します」
話してくれなくてもいいのに…。
「まあいいや。じゃあお休み」
「「「お休み為さい」」」
「お休みスタン。私は聞き流すだけの貝に成って来ます」
「何とも言えんけど頼んます」
---------------
正直重ね過ぎた。反省はしているが後悔はしていない。
あんな事が起こるだなんて誰が予想出来ただろう。
切っ掛けはそう、こんな感じだった。
「折角水着を買ったのですから。船に乗る前に泳ぎます」
「へ…?」
事の重大さにフィーネも勘付いて。
「み、水着に着替えなくても足だけ浸かるとか。短めのサマードレスで。ね、メル。考え直して」
ダリアも止めはした。
「そうですよメルシャン様。王女が公衆の面前で肌の大半を晒すなどと」
「私が良いと言っているのですから何も問題は有りません」
昨日どっかで聞いたぜその台詞。
ペリーニャの時とは訳が違う。町で彼女が誰なのかを知る人が極少数だったから水着になっても平気。一方メルシャンは誰もが知るこの国の王女様。
大々的に遊びに来てます宣言まで公表済み。
これは一大事だ。海水浴客ではない人々まで押し寄せるに違いない。
付近の一般人を移動させるべく立ち上がると。
「為りません。一般の方に無理を強いては王女の器が知れると言う物。スターレン様が壁を少しだけ建てれば良いのです」
「あ、そっか」
意外に解決方法は簡単だった。
最初からこれを狙っての俺への依頼だった訳だ。
メイザー、メルシャン夫婦揃って策士だぜ。
一時的に更衣所から浜辺を壁で封鎖。直近の砂浜に居た人に事情を説明して西寄りに移動して貰った。
屋台群とタープテント間にも壁を張り万全の態勢。
シュルツやペリーニャも便乗。ダリアとフィーネも道連れ。
女性騎士たちとミランダとプリタも加わり実に楽しそう。
ひょっこり現われたレイルとメリリーも参戦。
メルシャン様移動後に更衣所方面を解除。そして俺とソプランやゼノン隊の男衆は壁の外で監視員。
壁に大きな日指も設けたので直射には当たらない。ソプランに頼んだ冷えたエールビールも最高。だがしかし…
「俺の年一のお楽しみが奪われるとは!」
「聞こえてるよー。スタンさん」
「聞こえるように言ってまーす。フィーネさん」
「後で今年の新作見せてあげるからそれで我慢してー」
「くっそぉ。ソプラン、ビール追加」
「そんな飲んだらトイレ近くなんだろ」
「緊急時はシュルツと交代して貰うからいい!」
「わーったよ」
ゼノンたちからも抗議が。
「昨年もこうしてくれれば良かったのでは」
ペリーニャの露出を未だに気にしてやがる。
「同じ対策したら要人が来てるって一発でバレるだろ。あの子がまさか!?て紹介したいのか」
「いや…まぁ。済みません…」
中には成長著しいダリアや完成されたロイドやレイルまで居ると言うのにだ!何故見れぬ!水着回は世の中のサービス枠では無かったのか!!
どうやら違う様です。
昼を挟んでたっぷり2時間は生殺し状態が続いた。
状態で言えばそう。野球やサッカー、何かのライブに行ったのにスタジアムの外の警備をしているような感じだ。
浜辺で日陰ぼっこをしただけの昼下がりまで。海軍宿舎前で乗船メンバーと搭乗護衛を絞り込み総勢40名までに抑えた。
定員設定は50。雑魚寝で良いなら最大70までは余裕だろう。だが限界積載をしたら高速航行時の安定感が減ってホバーも役立たず。積荷で重心を変える商船とは構造からして違う客船なんです。
浮かせるのにも余計な魔力が削られる。40人位が丁度良い。今回は最高速を狙いに行く訳ではないんで。
「帰宅時間が迫ってるから手短に呼捨てで行く。いいかメルシャン!」
「はい!」
海で遊んだ疲れは無い様子。少し日焼けした感じが何時もとは違う。
日焼け止めの塗り合いっこ見たかった…。
妄想は捨てて。
「船の操縦は完全に個人のセンス。素養の問題だ。出来ない人の方が大多数。普段から馬車移動をしてる冒険者とかは馴染み易い。
通常は小型船から試す物だから素人は余計に魔力枯渇が早い。消費は人員含めた船の総重量に比例する。センスが有れば経験でカバー出来たりするが今は気にするな」
「はい。…どうして私だけに話すのですか?」
「今乗ってる女性メンバーの中で一番魔力の保有量が低いから。昨日も後数分続けてたら気絶してたぞ。フィーネは逆にそれを狙ってた」
「そうだったのですか?フィー」
「バラさないでよ。気絶したら丸1日起きられなくなるから着港と同時に後宮に飛ぶ積もりだったの」
それを聞いてちょっとションボリ。
「昨日の感覚からすると折角前進したのに怖くなってレバーを無理に引き戻したよな」
「仰る通りです…」
「今ここは陸から離れた沖合。近くに漁船も居ない。貿易船も遙か南。後ろから補助の軍船が付いて来てるが船は基本前進しかしない。この船には後退機能も付いてるがどんなに魔力を注いでも後退は一定速度までしか出ない。
詰りは何も気にせず前だけ見てればいい。余裕が出て来たら左右と後方の潜望鏡を覗く。ここまではいいか」
「周りは気にせずとも良いと」
「無関心では困るが今はな。船外やデッキにも人は居ないし惰性で波に乗ってるだけだから。もっと高い荒波の上で昨日の前後振り子運動を続けてたら船の転覆に繋がる事も有るって頭に入れとけ」
「はい」
「今のレバーの位置が標準状態。停船位置と同じと考えていい。だから足元の十字の手前側に倒してスピードを殺そう何て考えちゃ駄目だ」
「成程。では昨日のダリアの挙動は」
「ダリアがやった最後の急加速と急減速はレバーを引き戻したんじゃない。前に倒してから自然に戻ると同時に供給魔力を抜いただけだ」
「調整、だったのですね」
「はい。そんな感覚です」
「まずは実践有るのみ。フィーネに手を重ねて貰ってどんな感覚なのかを掴め。それが掴めないならセンスが無くて操縦なんて無理だと諦めろ」
「お願いします、フィー」
「最初は私に任せて。昨日も言ったけど」
「済みません…」
フィーネが横から抱き止める形で腕と手を上から重ね、一緒にレバーを握った。
まあ何て百合百合しい(美しい)光景か。目に焼き付けて油絵にしてみよう。必ずしようそうしよう。
嫁とメルシャンが高密着状態で訓練を続けること10分。
後半ラスト3分間はメルシャンのみで操作してバテバテの枯渇手前になった。
昨日のように汗塗れになる事は無かったが。
「センスは悪くない。問題は保有量でやっぱり小型船が向いてると思う」
「私の魔力はどの位有るのでしょうか」
軽く握手してみて。
「鑑定するまでも無かったけど一般人並み。個人知能値よりは少し上。ざっと比較するとダリアが4倍。シュルツが8倍、ペリーニャが16倍、俺が65倍、フィーネが70倍って感じだ」
ガックリ肩を落としたメルシャン。
「い…一般人…」
「気を落とさないでメル。それが普通だから。適当な魔道具を使って魔力枯渇を繰り返しても上がらない人が大半で個人で上限値も決まってるから」
「どれだけ魔力を持っててもセンスが無ければ船はピクリとも動かない。動いただけでも大したもんだよ」
「自信を持って。何時かの為に専用の小型船作らせてみたら?」
「有り難う御座いました。検討してみます」
「王宮の空きに長方形のプールでも作って普段から水に慣れるのも1つの手かもね」
「縦長の水桶ですか…。遣ってみる価値は有りますわね。そうすれば人目を気にせず水着で泳ぎ放題。王族だけでなく友人たちも呼べます。運動不足解消にもなって多方面で有用ですわ!」
素直に行きたい!
「完成した暁には提案者特権でスターレン様もお呼び致しましょう」
「やったぜ!」
「ちょっとメル。態々お披露目しなくても…」
「触れるのも駄目でお見せするのも駄目なのですか。昨晩に殿方を束縛し過ぎると善く無いと言っていたのは誰でしたかしら?」
そんなん言ったんだ。
「墓穴掘ったぁ…」
「メイザーの嫉妬心を煽るのに他者の目も必要です。誰が何と言おうとも断行致します!何でしたら王女特命を下しますよ」
「解ったわよ、もぉ。協力するって言っちゃったし…」
「帰ったら直ぐに取り掛からねば!」
頑張れメルシャン。俺も応援します!
それからシュルツon足箱とペリーニャとロイドが試運転してそれぞれ短時間クリア。
男性陣までの時間は無く。王女組の夏のバカンスは終わりを迎えた。
良い方向に向かってくれればそれで良し!
授かるかは全く別問題だがストレスが一番悪いと言うし。解消手段を身近に設けるのは良い事だと思います。
0
お気に入りに追加
475
あなたにおすすめの小説
転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。
転生はデフォです。
でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。
リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。
しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。
この話は第一部ということでそこまでは完結しています。
第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。
そして…
リウ君のかっこいい活躍を見てください。
暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~
暇人太一
ファンタジー
仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。
ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。
結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。
そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?
この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。
THE WORLD
ビタミンZ
ファンタジー
繁栄と発展を続け、秩序と均衡が管理された平和な世界。
そこに生きるカイト・フロイントという少年は、育ての親であるリンクス・フロイントと暮らしていた。
何も変わらない、退屈であるが平穏な日々を送る中、カイトは一人の少女と出会う。
少女の名はヴィア・ラクテアといい、その少女はリンクスが持つ力を探し求めていた。
それと同時に、暗躍する一つの影の存在があった。
彼らもまた、リンクスの力を追い求めており、そして彼らこそが世界を脅かす存在でもあった。
亡霊と呼ばれる彼らは「ファントムペイン」と名乗り、ヴィアは彼らを止める為にリンクスの力を求めていたのだった。
ヴィアの目的を知ったカイトは、やがて混乱と戦火の渦に呑み込まれることとなる。
その中で、自身に託された願いと課せられた使命を知ったカイトは、果たして何を思い、何を求めるのか。
少年と少女の出会いが、全ての始まりだった。
転生したらチートでした
ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!
死んでないのに異世界に転生させられた
三日月コウヤ
ファンタジー
今村大河(いまむらたいが)は中学3年生になった日に神から丁寧な説明とチート能力を貰う…事はなく勝手な神の個人的な事情に巻き込まれて異世界へと行く羽目になった。しかし転生されて早々に死にかけて、与えられたスキルによっても苦労させられるのであった。
なんでも出来るスキル(確定で出来るとは言ってない)
*冒険者になるまでと本格的に冒険者活動を始めるまで、メインヒロインの登場などが結構後の方になります。それら含めて全体的にストーリーの進行速度がかなり遅いですがご了承ください。
*カクヨム、アルファポリスでも投降しております
異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~
宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。
転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。
良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。
例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。
けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。
同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。
彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!?
※小説家になろう様にも掲載しています。
転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。
襲
ファンタジー
〈あらすじ〉
信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。
目が覚めると、そこは異世界!?
あぁ、よくあるやつか。
食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに……
面倒ごとは御免なんだが。
魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。
誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。
やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。
ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語
Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。
チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。
その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。
さぁ、どん底から這い上がろうか
そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。
少年は英雄への道を歩き始めるのだった。
※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる