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第161話 帰国

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帰国してからの方が忙しかった。

空前絶後の手続きラッシュが待っていた。

移住者の受け入れ先の選定に始まり。レイルの引っ越し先の土地購入。

ラメル君のロロシュ邸本棟への弟子入り。上達は誰よりも早いと思う。

東大陸のレイルの自宅移設と眷属解放(放し飼い)
ラメル君の姉メリリーとの親睦会。もう最初からレイルにべったりだった。
「ちゃんと頃合いを見て解くから案ずるな」
深くは考えない。

移住者はロロシュ、カメノス両財団で預かり割り振って貰った。ざっと半々で話が付いたようだ。

そこからの懇親会。迄は楽しかった。

少し揉めたのはヤンの工房。敷地が取れる2区辺りで土地を探そうと思ったら。またまたやってくれたぜ我らがお爺ちゃん。勝手にデニーロ師匠の工房隣に建てちゃった。

「まーた勝手に」
「デニーロの許可は取った。何か文句が有るのか」
「無いですけど!探す楽しみって有ると思いません?」
「探す暇が有るのならな」
悔しいが乗るしかなかった。

ヤンとデニーロ師匠の顔合わせ。コマネ氏が仲介役の各種工房材料の供給。バザーで購入した鍛冶道具をヤンの工房に設置。

師匠と相談してマウデリン等の貴金属加工はヤンの工房で実施する事で合意。

「相変わらず大将は仕事が早えな。道具と一緒に若い有望株まで連れ帰るとは」
「宣伝不足でクワンジアでは鳴かず飛ばずでしたが。デニーロさんを第二の師匠だと思って勉強させて頂きます」
「大将が勧める人材なら大歓迎だ。まあ気楽に行こうや」
「はい!」

店番にはフラーメが。工房スタッフは移住者から数名。移住者は当面の間、冷蔵庫工房で板金加工を学んで貰う。

人手が一気に増えて両得。




---------------

怒濤のラッシュの合間に報告会を。お土産は西瓜を5玉と改造した中級鑑定眼鏡。

特別会議室にはヘルメン、メイザー、キャルベスタの3人が並んでいた。

「クワンジア産の果物のような甘い野菜です。完熟してるのでお早めにご賞味を」
「味に飽きたら塩を少量振ると甘みを強く感じられますよ」

「うむ、楽しみだ。三回目の定期報告がまさか結末だとは思わなかったがな」
「残党が西と北に流れたので完全決着とは行きませんが。依頼された任務は概ね完遂出来たかなと」

メイザーが嘆く。
「先に届いた礼状は読ませて貰った。輝かしい功績と称賛の嵐だった。序ででモーランゼアのケイルガード様まで護衛して来るとは…。私の立場が無いぞ」
「まあ成り行きですよ。私たちが各地を耕し、陛下とメイザー殿下が整地する。手紙の遣り取りで済む内が華です。今の内に英気を養って置いて下さい」

「それはそれで怖いな」
「1つ叩けば芋蔓式に湧いて出るような連中ですから。今後も何を掘り起こしてしまうやら」

「まあ良い。国内は平穏無事に。各地の新規事業展開が目覚ましい。嘗ての反乱分子も今の内は大人しい。逃げ場がロルーゼか海外にしか無いのだから当然と言えば当然だ」
「ロルーゼの合併案件は進んだのですか」

「未締結のままだ。今に成って分国を渋り始めた。自分から言い出したにも関わらず。王を挿げ替え有耶無耶にする腹だろう」
「何気にしぶといなぁ」
眠れる獅子は起こすなってか。

「キャルベは何か有るか」
「強いて挙げるならメレディス内部の動向ですな。教団組織は挙って北に向かうと言う話ですが。王政内部の姿が全く見えて来ないのが気になります。遠方で情報が掴み辛いので何とも」
「ケイルガード様が監視強化を確約してくれましたし。後日モーランゼアを訪問した際に探って来ます。脳筋で腰抜けと罵られたモンターニュがどれ程の者か。隣国なら多少は掴めるかと」

「ふむ。留意続行か。モーランゼアからの親書が届くまでは好きにせよ。元は年内一杯の予定を繰り上げたのだ。休暇申請も受理する。マッハリア、帝国、南国。買い物に行くなら序でに様子を見て来い。アッテンハイムは、行かなくても聖女が遊びに来るのだろう」
「はい。間違い無く」
やっと休暇かぁ。しんどかったわ…。

お茶を飲み干し、席を立とうとした時。殿下に呼び止められた。
「休暇をラフドッグで過ごすなら一つ頼まれてくれないか」
「…メルシャン様ですか」
「二人共だ。城内に籠り切りでかなり溜め込んでいて口喧嘩が絶えない。数日程度連れて行ってやってくれ」
「それは構いませんが」

「ライザー殿下への連絡は」
「予告はしてある。ダリアをウィンザートに連れて行くのも良い。遠征ばかりでゆっくり会えてないからな」
良いお兄ちゃんしてるでないの。
「承知しました。日程が決まったら打診します。寝所の手配は」
「こちらでやるさ。君らの休暇を潰しては意味が無い。案内だけ宜しく頼む」

一礼して退出。

案内だけじゃ終わらないだろうな。いったい何人連れてきゃいいんだ?まあ分割輸送すればいいか。

フィーネは後宮へ向かい。俺はノイちゃんに挨拶してから自宅に戻った。




---------------

自宅で久々に揃った侍女3人と葛餅を蒸し上げ中。エリュランテの予約を取りに行っていたソプランが。
「先越されたわ。再来週から三週間。ロロシュ氏に押さえられてた」
「3週て!?やるだろうなとは思ってたけど。思い切り取ったな」
俺たち用だと言う前提で。後で要確認。

「しかもだ。エリュダー系の新店が完成したらしくて。そっちは豪華仕様のが五十部屋以上有るってよ。誰が協賛したかは言わなくても解るよな」
「へぇ…。国と各財団の合同出資かな」
国とTOP4が組んだなら納得。

陛下が言ってたのはこれか。

「場所は町北の内陸寄りで景観は劣るが大人数で一挙に取るなら便利だな。使うかは別にして同じ時期に二人部屋と四人部屋を五部屋ずつ予約しといたぜ」
「ソプラン、仕事が早いな」

人の金だと鼻で笑うソプランを余所にプリタが珍しくお強請り。
「スターレン様。今度は皆で行きたいなぁ」
「エガー君誘って来なよ。仕事に支障無いレベルで」
「やったー♡」

「自宅組、本棟組、来客組と。3分割位で予定立ててみるか。カーネギにはミランダから話しといて」
「畏まりました!」

隣のメンバーにはソプランから。女性ゲストはフィーネからでいいな。あれ?俺は誰に連絡すれば。

「お前はのんびり鑑定でもしてろ。実家とかの用事も有るんだろ」

有るっちゃ有るな。分割案とメンバー表作るのもまあまあ大変。未鑑定の戦利品も山の如しだし。

送迎は自前転移のツアコン。引退したら本業に出来そう。
移動費無料だからボロ儲けだぜ。ハッハッハッ

俺たちの休暇は何処へ…。


予想通りと諦めて。帰って来たフィーネと予定表を3日掛かりで仕上げた。

書き上げたリストの山を前に。
「旅行代理店業も楽じゃないなぁ」
「ペリーニャ以外移動は私たちが主軸だからねぇ。じがれたぁ~」
2人共テーブルに突っ伏した。

「近場の配布は任せて明日から鑑定する?」
「鑑定もしなきゃだけど。スフィンスラー潜らない?檻をレイルに預けっぱだから19層行きたいの」

「ピンポイントで行くなら前のメンバーと装備に似せて突撃しないとな。上手く行かないなら18層から」
「蝋燭も予備が有ると便利よね」

「15層の怪樹でストレス解消とか」
「いいね。やろうやろう」
相手がギミックだと遠慮は要らん。
「クワッ!」
「いいニャ~。我輩も行きたいニャン」

「15層ならストレス溜め込んでそうなレイルも誘って皆で突貫してみてもいいな」
「レアの排出率も上がったりして」
システムが確定したなら最上装備で突入しても良い。我ながら名案だ。
「ニャン♡」




---------------

翌日の鑑定会で誘うとレイルは二つ返事でOKだった。
「前前から興味が有ったからのぉ。ベルが拵えた迷宮がどれ程の物か」
「やっぱりスフィンスラーと最宮はベルさんの作品なの?」

「彼奴以外に居らぬじゃろ」
ほぉほぉ。
「最宮に名前が無いのはなんでか知ってる?」
「さての。未知であるとか、そう言うのを表現したかったのかもな。聖剣と相談しておったから取りに行った時に聞いてみれば良かろう」

ふとフィーネが。
「その話の流れで言うと。ベルエイガさんは初代の」
「勇者じゃな。当時の魔王との力量差が開き過ぎておっての。あの手この手と修行出来る場を考案して造った物の中の一つじゃ」

これ以上の話はまた今度。何となく予想は付いたが。

区切りを見計らってシュルツが挙手。
「お兄様。危険な物も含まれるからと無人島に来たのは良いのですが!な・ん・で、この方まで呼ばれたのですか」
フィーネの背に隠れながらレイルを睨んだ。
「想定外の呪いとか発動した時に対処がし易いからだよ」

「まだ怒っておるのか。挨拶位で騒々しい」
初対面で行き成りキスされたのを根に持っている様子。
「ご挨拶で舌を入れる方は居りません!次にやられたらその舌を噛み千切りますよ」
「駄目よシュルツ。純粋な魔族の血を迂闊に飲んじゃ。直ぐに吐いて歯を磨くのよ」
「はい!」
そう言う話ではない。

「怖いのぉ。二度と為ぬから安心せいて」
「レイルは自分で言った事は守るから大丈夫だよ」

「お兄様がそこまで仰るなら…。許します」

シュルツのご機嫌が復調した所で。

やはり最初は3種のゴッズシリーズ。

シザーズリングからは金色に輝くリングと積み立て式の純白の円錐。2つ共大きさや形は可変なようだ。

名前:天使の冠
性能:飛行系能力上昇
   物理防御力2500
   魔法防御力4500
   自然現象耐性極上
   作為現象耐性最上
   破壊・破損時に自動再生(直前の形態)
   持続型流出魔力消費停止
   形状変更自由自在
特徴:運気まで上がる不思議な輪

「極上と最上の違いが良く解らんが。これまんまロイドちゃんのだな」
「後で羽根帽子と合成してみよう」
「はい」
アローマから帽子返却。

名前:白亜の塔
性能:形状変更自由自在
   部品が離れても元の位置に帰還
   (他装備との紐付け可)
   物理・魔法防御力5000(貫通系攻撃無効)
   万象耐性至上
   破壊・破損時に自動再生(直前の形態)
   瞬発型魔力消費軽減(70%減少)
特徴:内外の汚れも即座に洗浄する優れ物
   外部魔力付与をすると防御性能向上

「至上?何れが頂点なんだろ」
「極上…かな。実際に装備してみないと解らないわね」

これもロイドちゃんの全身鎧になりそう。


レトビラゴーレム(アルマジロ)からは大きな軸受け付きの大車輪。

名前:夢幻の円輪
性能:大きさ・組み合わせ自在
   複製可能(同時存在許容:最大100個)
   原本消失時全滅
   耐荷重2000kg/輪(大きさ無関係)
   自動回転(消費魔力:2/km)
   回転速度任意
   接地衝撃無効化
特徴:それは丸で雲の上に居るよう

「造船技術を応用すれば自動車が造れるぞ」
「おぉ!?」
「詰り、どう言うこった?」
「馬が要らない輸送機が造れるって事さ。扱える御者は限定されるけど移動速度も自由だ」

馬車移動に悩む人たちに大受けの部品。乗り物にするなら盗難防止機能は必須だな。売るなら免許システムも導入しないと。

もう一つ出た真・大地の呼び声は既にレイルの剣に合成済み。発色に変化が無くて本人は不満そうだったが分離機能が付き、基本性能が向上した。文句無いっしょ。


異臭を放っていたパッシャースネークから出た物が要注意品で急遽レイルを招待するに至った。

名前:禍根の泉
性能:任意の場所に沼地を造れる
   中に入れた生物は死滅し腐敗が急速に進む
   死霊系の魔物を創造し易い
   弱属性:火炎
特徴:所持者、制御者が誤って入っても無害だが
   付着した臭いは数日間取れない

「レイル。これ欲しい?」
「要らん。臭いし」

見た目紫色のシャボン玉。硝子玉のように硬く、大きさはバスケットボール並みのサイズ感。

そして若干腐った臭いが鼻に付く。

「水と聖属性の石を合成すれば反転出来そうじゃな。妾は触れられぬが」

助言の通りに水と聖魔石の最上級破片をフィーネと協力合成してみた。

色合いは淡い虹色に変化。

名前:虹玉の泉
性能:任意の場所に水溜りを造れる
   中に入った生物の汚染を除去する
   主要属性:水属性
   水温任意(水量に無関係で魔力消費200/回)
特徴:荒れたお肌もスッベスベ
   髪や体毛までコーティング
   効果は最大で72時間持続する
   無味無臭で僻地の入浴に最適!

「聖属性相殺されたからレイルでも入れるんじゃない?」
「何じゃと!それは朗報じゃ」
「何処でもお風呂入り放題ね」

女性陣歓喜。こ、混浴とか…。
「ダーメ。私以外とは男女別です」
「読まれた」

火と水魔石で水張りと焚き上げの手間が省けるのは大変に便利。

スネーク肉と血袋は基本サーペントと同じだった。僅かに発酵臭が強く、焼きよりも煮込み料理に向いている。

精力剤に生血混ぜて悩める中年さんに配ろうかな。


ゴッズシリーズの鑑定を終え。羽根帽子とリングを合成しようとした時にシュルツが。
「お待ちを。リングをそのまま全部使うのですか」
「と言うと」
「折角大きくも出来るなら分割して他の物にも転用すれば良いかと」
「「確かに!」」

リングを人頭サイズと縦長に。コック帽状に変更。
煉獄剣でスラ…
「中々硬い!ちょっと本気出す」
炎魔石を2セット。輪切りにして底辺を温存。

切り離した物を再鑑定。性能変わらず!
「今まで結構損してたかも」
「今更気付いてもね」

羽根帽子、洗浄カチューシャ、洗浄スカーフリボンに合成してみた。

カチューシャとスカーフは金糸を纏い、控え目に縫い合わせたような見た目に。

羽根帽子は激変。

帽子の存在が消失。
名前:天使の輪
性能:飛行系能力上昇
   物理防御力7500
   魔法防御力13500
   森羅万象耐性至上
   破壊・破損時に自動再生(直前の形態)
   持続型流出魔力消費停止
   形状変更自由自在(透明化は任意)
   浮上・飛行時の魔力消費無効
   主要属性:風・雷・聖光
   次装備者に固定化(現在:無)
   投擲制御性向上(主要属性を任意付与)
特徴:運の悪い天の御遣いなどは存在しない

やったぜロイドちゃん。これで何時でも出られるぞ。
「おぉ…素晴らしい。これでやっと。我慢して我慢して耐えに耐えた拷問から解放されます」
え?何があったん。
「美味しそうなご飯とスイーツです!!」
あ…何か。ゴメンな。気付いてやれなくて。

ずっと我慢させてたのね。

「みんな。今からロイドちゃん具現化するってさ」
「ほぅ。妾は初見じゃのぉ。存在は何時も感じていたが」
「もう来ちゃうの!?ホントに?」
「マジかぁ。ここでかぁ」
「生きている内にもう一度お会い出来るとは」
「お持て成しをしなくては」

俺の手を取り出て来たロイドちゃんは、黒髪ロングに戻っていた。

天使の輪を装着して一息。純銀の翼に真っ赤なドレス。
その姿は数多の世界の想像。見紛う事無き天使様。

「生身では久し振り。髪色戻したんだ」
手を離れて数歩歩き。
「見事な金髪のレイルさんと被っていましたからね。自分の足で歩くのも久しく。馴染むまでにまだ暫くの時が必要な様です」

う~と腕と背を伸ばし、翼を消した。背中がガラ空きのドレスが色っぽい。

レイルの方に歩み寄り片手を差し出した。
「初めまして。対極に在る者同士、仲良く致しましょう。キスされても痛いのはレイルさんですよ」
「喧嘩するには大陸一つ分の敷地が必要じゃて。キスなどは為ぬよ。舌が痺れてしまうわ」

ガッチリと友好の握手を交わした。

「して、どっちの名で呼べば良いのじゃ」
「ロイドで良いですよ。真名を語るには…先ずフィーネさんとお話しなくては為りません」
フィーネを一目見てそう言った。
「え?私?何故、ですか」

「それは2人切りの時に、ゆっくりと」

フィーネと?真名の件は俺とは無関係の様子。


鎧はドレスの上からフィッティングを繰り返した。が
「ドレスが邪魔なのも有りますが。どうもしっくり来ませんねぇ。物足りないと言うか、一味足りないと言うか」
「外から魔力付与してないから?」
「いえもっと根本的に」

「妾なら獄炎の背骨を試してみるかの」
「マウデリンも合わせれば魔力の乗りも良くなる気が」
レイルとシュルツの意見を伺って。
「まあね。そのままだと魔力付与は一度切りぽいしな。付与は後日にして合成だけ試してみようか」
「まだ慌てる段階じゃないしね。やってみよー」

失敗しても素材が消える訳じゃなし。

中間サイズの背骨とマウデリンの切片330gを合成。
1回マウデリンが弾かれ上手く折り合わず。重ねる順序を変えてリトライ。2回目で成功した。

獄炎の背骨が打ち勝ち。色味が骨っぽい乳白色に変化。

基本性能も軒並み上方修正。真価は魔力付与してからなので後日に流す。

「うん。良いですね。各部の自由度と柔軟性が増しました」
言葉通り窮屈さが無くなった。ぱっと見は白革鎧。

縁取りや補強材が皆無な違和感は下に着る服で誤魔化せそう。


今日はこれで、終わりません。

本日の鑑定会の〆は記憶改竄道具(冠)

名前:記憶の欠片・接触型
性能:有頭種の頭上に冠した者の記憶の一部を
   改竄・隠蔽・消去が可能
   1名に付き1回限定
   (2回目以降は脳が焼き切れて廃人化)
   改竄:3分間分
   隠蔽:30分間分
   消去:半日分
   施術者の熟練度で各1割範囲時間が延びる
特徴:改竄内容は貴方次第。極悪人御用達の一品

「レイルが似たような能力持ってるし。要らないと言えば要らない」
「壊そうよ。そんなあくどい物。作者の品性を疑うわ」
「まあその通りなんだが…。これを反転出来れば復元系の道具に成らないかなって」
「あぁ、それなら正しい使い方も出来そうね。今まで使われた人とかの記憶を戻すとか」

小さく唸りながらシュルツが。
「何か嫌な感じがします。少し貸して頂けますか」
冠を手に取り回して眺めた。
「駄目です。マウデリンを合成して上書きする方法では反転は難しいですね」

「何か見えた?俺には機能以外見えなかったけど」
「これの制作者が現世に生きています。原本となる道具を保有している。若しくはスキルを保持している場合は何度壊しても、破壊行為自体が改竄され無効化されます。
無理に改造しても見た目が変わっただけで中身は元のままになると考えられます」
キラリと光る銀縁眼鏡。成長したなぁ妹よ。

「制作者を何とかしないと壊せもしないのか」
「意趣返しをしてみれば良い。得意じゃろ、お主は」
最大級の称賛を頂きました。そうです壊すのは大得意でした。

思わず不適な笑みが溢れてしまった。
「顔怖いよ、スタンさん」
「いやぁ、世界のどっかで悪人の脳みそが焼き切れるとか想像しただけで笑えて来てさ」
「お前が一番の悪人に見えるぞ」
ソプランからも賛辞を有り難う。

こんな俺に誰がした。いいえ元からこんなです。

「やっちゃってもいいかなロイドちゃん」
「お好きにどうぞ」

勇者の証を露出させ。完全武装で挑む意趣返し。最悪弾かれるのを想定し、今回フィーネには控えて貰った。

「くたばれ糞野郎」男かどうかは知らないが。

廃人さんに成って欲しくて光を打上げる事3回。

日中でも目視出来た強い光の柱は遙か上空で直角に折れ曲り、西ではなく北の方角を目指して飛んで行った。

けれど3回目の光は手元に戻って冠が砕け散った。
「ありゃま」
「死んだな。北の誰かが。生きておってもスキルを失い廃人確定じゃ」

破片を拾って締結鎖を発動。宙に浮かせた状態で向かいに立つフィーネがマウデリンチップを埋めてリバイブを掛けた。

こちらも上書きはフィーネのロスが激しい為後日に。

「さあて。帰ってロイドちゃんの降臨祝いだ」
「それは勿論やるのだけれどスタンさん」

「何でしょうかフィーネさん」
「何時までちゃん付けなのかな?」
「へ?でも本人これでいいって。親しみを込めて。フィーネが嫌なの?」
「別に嫉妬じゃないけど。なんかチャラくて嫌」
俺はチャラ男だったのか!?
「でも今更変えるのもなぁ。呼捨てでいい?」
当人に視線を投げると。
「構いませんよ。元々愛称みたいな物ですし。ロイドと勝手に命名したのはスターレンですから」
「ならそうする。ロイド、宜しくな」




---------------

天使様の歓迎会を終えた夜。自宅の寝室で天使様と2人切りになった。

久々に会ったカーネギさんは絶句。初めて会った侍女2人とロロシュさんは心臓が止まりそうな勢いで驚いていた。

レイルに魅了されているメリリーさんだけが正常値。

不思議な歓迎会だった。

ベッドの端で対面に座り、何を話していいのか解らず目も合せ辛い。

自分が緊張しているのが驚き。

「緊張されなくとも。私は名を告げるだけです」
静かで優しい諭すような声。思わずお母さんと呼んでしまいそう。
「私に、関係する名前?」

「関係はしません。しかし、聞けば思い出したくない記憶を呼び起こしてしまいます」
「…私に選べと?」

「今聞かなくても。近い将来、嫌でも聞かされます。覚悟をするのが今か将来かの違いで」

思い出したくない記憶。それは、前世の記憶以外に無い。

「聞かせて。今ここで」
「では。私の名は、カルバン・クライブ」
「カ…」

こんな…馬鹿な事って。

私は息をするのも忘れ、ベッドから擦り落ち、尻を床に着けた。

そこから見上げる彼女は、微笑んでいた。

「冗談よね…。天使様が私の記憶を読んだのよね」
「だとして。嘘を吐く理由が有りませんよ、アビ」

絶望的な呼び名。前世の名前。日本から引き継いだ。
もう、拒絶も否定も出来ない。

私は聞かなくてはいけない。前世の、魔神戦争の結末を。
「みんな…。死んじゃったの?私たちは、負けたの?」

最も聞きたくなかった言葉。水竜様に聞かないと答えたあの続き。でも…
「いいえ。最後には勝ちました。勝ち残ったのはアーガイアの半数でしたが」否定をしてくれた。

半数の犠牲で止まった。そう捉えればまだ救われる。
「そう…」

勝手に涙が零れ落ちた。嬉しいでもない。悲しいでもない無感情な涙が。

「カルも、死んじゃったんだ。私の失敗で」
「アビの所為では有りません」

「ごめん。その名前で呼ぶのは止めて。今は、お願い」
「私こそ御免なさい。つい懐かしくて。
貴方の行いは失敗でも過ちでも有りませんでした。結果だけを見るなら正しかったとも」

「私がカルの胸を刺したのよ!恨んでるんでしょ」
「急所は外してくれたじゃないですか。あの瞬間は確かに感謝の気持ちではなかったですが。今は過ぎ去った過去です。あの時私を止めてくれたからこそ魔神召喚は阻止されました」

恨んでいない?あんな酷い選択をした私を。

「戦後。暫くして復帰した私は国の管理下に置かれ。処刑されるまでの間。転移者の中で唯一虚無の時空に飲まれてしまった当時のフィーネを」
「待って。今、処刑って」

「はい。私の命を絶ったのは。全ての責任を私に転嫁した国王様です。だから誰も恨んではいません。世界を覆った深い悲しみは。誰かの所為にしなければ晴らせなかった。最後の犠牲。魔神への生贄から人類への贄に変わったんです。笑えますよね」
「そんなのって、無いよ。みんなで頑張ったのに」
誰か一人の責任にするだなんて。

「絞首台から見上げた空は。嫌味な程に青かったのを覚えています。こんな事なら、大好きな親友に殺された方がずっと良かったと」
「良くないよ」

「反乱を起こし、私を救おうと足掻いてくれたのはフウなのですよ」
「まさか、楓子まで」

「ええ。反乱を起こした責任を取って」
聞いている内に段々と腹が立って来た。
「ふざけんな!利用するだけして何様の積もりよ」
「全くです。怒り任せに心が晴れて来ましたね」
「読まないで」

「過去はもう忘れましょう。続きを聞く気になりました?」
「なった。聞かせて」
何時の間にか涙も収まっていた。

「聖剣カタリデ。それは大地母神の生まれ変わりである事はご存じですね」
「うん。スタンから聞いた。予想だよって」
「事実なので正解です。だから私は否定しませんでした。そして大地母神カタリデは、私の後で亡くなったフウです」
「は?楓子?なんでせいけ…」
そうかそれで何れ聞く事になるって言われたのか。

「私とフウは時空間を彷徨うフィーネの魂をこの世界から見付け。私は天界から。フウは大地母神となって何とか救おうと思案しました。ですがそれには膨大に時間が離れていたのです」
「膨大ってどの位?」
「こちらの時間でざっと900年です」
「きゅ…」

「人の身では到底及ばぬ途方も無い時間。それを埋める手段としてフウは聖剣と言う形を執りました。同時に亜空間とこの世界を繋ぐ指針としての役目も担い。東大陸に小さな町と冒険者ギルドを建てるに至りました」
「どうしてこの世界だったの?」
「最もフィーネの魂に近い世界だったからです。次に聖剣を扱える人間。詰まる所の勇者を探しました。そこで現われたのが」

「初代のベルエイガさん」
「当時のベルエイガは武が劣り知だけは卓越。フウが正直に訳を話すと理解を示し。統一言語から数多の道具。次世代の勇者を育てる迷宮。沢山の物を残してくれました。900年後の今に間に合うように」
「どうしてそこまで」

「使命だと言えばそれまでですが。それだけで成し遂げられる物では有りません。今となっては知る術も無い。
彼が最初に着手したのは魔族との友好関係。アルカンレディアでの偉業です。性格が最も温厚で友好的だった巨人族との共存共栄。しかし予期せぬ事で水竜様の逆鱗に触れ失敗」
「何が気に障ったのですか、水竜様」
声に出して聞いてみた。
「済まんな。ほんの些細な出来事が重なった。出来れば聞かないでくれ」
「答えたくないって」

「聞こえていますよ。フィーネの傍に居ればここからでも」
そうなのね。通訳が要らないのは助かる。
「些細ですか…。へぇ、あれが」
「もう止めてくれ」

「止めて置きます。失敗の教訓を生かし、魔王の眷属となって過去のレイルさんと出会ったり。人間に生まれ直してフィーネのお父さんと友達になったりと。紆余曲折、本当に様々な努力を積み重ねられて今に至ります」
「でも前の勇者って」
「そうです。ベルエイガの努力と私たちの計画の全てを棒に降った愚か者。本来なら育った勇者が聖剣を手にし。天馬に跨がり時空を越えてフィーネを救いに行く、予定だったんです。が!」

「私に会う処か女神様に一目惚れしちゃったと」
「後はスターレンの指摘と想像通りの展開が。勇者は魔王様に挑み自滅。次の勇者を急遽探していた所に、全くの別方向からこの世界に飛び込んだのが」
「今のスタンね」

「ですがスターレンは勇者ではなく消滅を望んでいました。止む無く候補者から外し。こことは別の平和な世界に送ろうとしていたんです。前勇者と邪神の介入が無ければ」
「どうしてスタンだったのかな」

「推測ですが中域で口走ったスターレンの消滅と言う台詞が邪神の耳まで届いてしまったのではないかと」
「中域?は聞いても無意味ね」
「長くなるので。スタプ時代でラザーリアへ赴く前に。ベルエイガと会ってさえ居れば。もう少し違った今になっていたのではと悔やまれます。さて置き彼は勇者ではない上に成りたくも無い人でした。
だからと次を探す暇も育てる時間も候補者も全て無く」

「最終的に私を助けてくれたのが水竜様になったのね」
「そうです」

話の最後にカルは私を抱き締めてくれた。
「あんな外道を送り込んでしまった私を許して」
私も力一杯抱き締め返し。
「全部許す。スタンと、出会わせてくれたから」
偉そうに言える立場でもない。

「有り難うフィーネ。スターレンが使命を終えたら。フウを解放してあげて。そうすれば私も天使としての役目を降りられる」
「うん。それまでまた3人一緒だね」

カルの温もりを感じ。3人で旅したアーガイアの日々を思い起こし。ちょっとだけ気になる事を聞いてみた。

「私の元旦那。こっちに来てるって事無いよね?来てたらちょっと遣り辛いな」
スタンに浮気したら許さない!と言って置きながら。自分が言い寄られて心が揺らいだら本末転倒。
「無いですよ。あちらの世界で幸せに。生まれ直して別人と添い遂げました。時間軸も全く違うのでご心配無く」
「これで心置きなく戦えるわ。あ、天馬の笛は使う必要無いのよね」

「アザゼル討伐に失敗すれば使わざるを得ない事態に陥ります。それまでスターレンに持たせて置いて下さい。勇者から一定距離離れると消滅する仕組みです。笛を出すには1層からやり直しですよ」
「大丈夫。そんな事態にはさせないから」
最下層の扉は全クリしないと開かないんだ。猾は出来ないな。しないけども。

胸奥に支えた痼りも消え去り。色々な謎も解け。嘗ての親友とも再会出来た?してた?夜に。最果ての町で待つ、もう1人を思い浮かべながら安らかな眠りに落ちた。




---------------

超気になる。皆で朝食時、隣の嫁がその隣の降臨天使と一晩超えてラブラブ状態で超気になる。

何があったんや!と女子の領域には踏み込めないチキン野郎なおいらっす。

仲が良いなら言わずが華だ。

「で、ロイドの事はどう呼べば?」
「彼女はカルバン・クライブ。私の村のご先祖様だったの」
それで言い辛そうにしてたのか。
「何方で呼んで頂いても構いませんよ」

「どうして俺に明かさなかったんだ?全く関連が無いなら教えてくれても」
「スターレンはうっかりさんですから。口を滑らせて貰っては困ります。この世界と紐付けする為だ、とか言って2人の子供に名付けるとか?とても迷惑な話なので」
迷惑なんだ…。何も言えん。

「無許可でそんな事は…しなかったと思いたい。でも広い世界で名前が被る事だって有る。男女両方使えそうな名前だからなぁ。まあ俺はロイドで行くよ。慣れてるし」

対面のソプランも。
「俺らもロイド様だな。本名知った所で恐れ多くて呼べやしねえよ」
「同じく」アローマも同意。
「愛称呼びは私だけだねー」
「ねー」

「今日からの予定は?」
「今日は昨日の合成品に魔力付与したら各自それぞれお買い物。明日はこのメンバーで俺の実家訪問するからその積もりで。明後日はアッテンハイムで事後の打ち合わせとペリーニャの休暇申請。
3日後は帝国訪問。その事前連絡は今日中にクワンに運んで貰う」
「クワッ」

「合間で王都内に俺とアローマで招待状配り歩くか」
「ご予定伺いからですよ」
「解ってるって」

「そっちはお願い。それとちょっと悩んでるのが南国。南東はローレライに挨拶するだけで済むけど。南西のサンタギーナで絡まれたら時間喰いそうでさ」
「有り得るわね。陛下から様子見て来いって言われてるしねぇ」

詳しくは行ってから考える、で一時仮置き。


シュルツの工房を借りて魔力付与を敢行。

最大からの半分を鎧に注ぎ、25%を改竄道具へ。失敗したらまた明日リトライ。

ソプランの鎧と同じく防御性能を全身に適用させる。

名前:白亜の威信
性能:形状変更自由自在
   部品が離れても元の位置に帰還
   (他装備との紐付け可)
   物理・魔法防御力12000(貫通系攻撃無効)
   適用範囲:装備者の全身
   森羅万象耐性至上最高
   破壊・破損時に自動再生(直前の形態)
   瞬発型魔力消費軽減(80%減少)
   有翼種の身体能力向上(羽根の形態変更簡素化)
   飛行性能上昇
   火炎属性無効化
特徴:内外の汚れも即座に洗浄する優れ物
   部品を投擲武器としても使用可能

「スッゲー。防御性能だけならレイル越えてんじゃね?」
「本気を出されたら、それでも五分でしょう。私もスフィンスラーに同行します。色々と訓練したいので」

「了解。後は爆炎斧の強化か。それも迷宮で今の使用感試してみよう」
「一緒に潜れるね」
「はい」

「ソプランたちは行きたい?」
「いやいや無理だろ。一桁違いの迷宮なんざ低層でも即死する。足手纏いが居たんじゃ楽しめないだろうが。て楽しむもんでもねえがな!」
「私もご遠慮致します」

何だよ。男は俺1人か。…肩身狭ッ

どっからハーレムルートに突入してしまったんだろう。


改竄冠は灰色の筋が縦横無尽に張り巡り芸術性が増した。外観よりも中身が肝心。

名前:記憶の欠片・半接触型
性能:有頭種の頭上に冠した者の記憶の一部を
   改善・読込・復元が可能
   1名に付き各2回迄推奨
   (3回目以降は一時的に若干知能が落ちる)
   改善:3分間分
   読込:30分間分
   復元:半日分
   施術者の熟練度で各1割範囲時間が延びる
特徴:痴呆症などの老齢化症状には適用され難い
   一度使用した者に対して、次回以降は
   頭部に近付けるだけで良い

「痴呆症。全く使えない訳でも無いみたいだな」
「スタンさーん」
解ってますよと手を出したフィーネに渡した。

女性陣が安堵の表情。信用ねーな俺って。まあ無理か。

シュルツも確認してお墨付きを貰った。


王都での買い物は主に女性陣が服や雑貨を巡ると言うので俺はソプランとホテルの下見と鰻釣りに向かった。

「ほぇ~」
「聞くと見るとじゃ大違いだな…」

ラフドッグの北外れに建てられた巨大ホテル。濃い水色の外壁が日光を反射してキラキラと輝いていた。

折角足を運んだので中まで内覧。

エントランスに入るなり。
「ようこそお出で下さいました。スターレン様、ソプラン様」
速効で顔バレした。

「近くに来たから下見に来た」
「どうして俺の名前まで」
「今か今かと待侘びて。ソプラン様も知名度が急上昇中で御座いますよ。予約して頂いた十部屋に加え、控えで五部屋確保して居ります故。大人数は大歓迎です。早速ご覧に為りますか?」
「はぁ…。有名になんて成りたくねえのに」

お願いしますと減なりするソプランを連れて練り歩いた。

予約で半独占したのは最上階の5階と4階の南側の上級部屋。建物東端には10人定員のアナログ滑車式エレベーターが南北に2基稼働。

西端に食堂直通の従業員用エレベーター。各階に専属スタッフ完備。

「よく短期間で人手が集まったね」
「主軸は私共のエリュダー商団ですが協賛方面からも信用の置ける従業者が集められました。ここが新設される温泉郷の試験運用を兼ねての施設となります」
だから共同運営なのか。

温泉郷の完成も意外に早そうだな。楽しみ。

「所でスターレン様。温泉郷の名称はお決めに為られましたでしょうか」
「あーそれまだ考え中」
営業権利を渡しても、ロロシュ氏が温泉郷全体の命名権は俺に残してくれた。

「そうで御座いますか。
スターレン様に御助言など烏滸がましいですが。お決めになるのはお早い方が宜しいかと。その分各地への宣伝が滞り無く行き渡ります故」
「だよねぇ。今度の休暇中にじっくり考えるよ。最終決定はロロシュ氏だけど」

「承知して居ります。ではこちらへ」

案内されたのは5階の4人部屋。
真新しい木の匂い。家具の殆どが木製。自然色豊かな室内に白い壁。バス無しシャワールーム。別水洗トイレ。
目の深いフカフカ絨毯。
部屋食に困らないリビングスペース。広々とした洗面室。
コンパクトなバーカウンター。

「エリュランテの上級部屋の縮小版って感じだな」
「お褒め預かり光栄です。手頃な価格を目指してみたもののまだまだ一般層には厳しい結果。温泉郷ではより洗練して低価格に挑戦する所存です」

「備品のお持ち帰りシステム止めたらいいのに」
「いやぁ何とも。お客様のご満足の為には省けません。今更止められないのが本音です。施設毎で分けてしまうと色々と弊害が。ご説明する手間も、従業員のストレス軽減の意味合いも有り。備品の循環なども考慮すると今は難しいです」
あっちは良くてこっちは駄目。納得しない客も出るか。
「ここ五階の上級部屋の家具の一部は。スターレン様が御贔屓にされているポム工房製作の物が含まれています。自然の造形を切り出したような作風が人気で。ドライヤーに次ぐお持ち帰り商品となっているのですよ」
「へぇ。やるなポムさん」
帰りに寄ってみようかな。

室内の見聞が終わり。外からも見えていた各室備え付けのバルコニースペースへ。

「良い風が来るね。潮の匂いも抑えられていい感じだ」
「五階は上が無い分、開放感が有るな」
「バルコニー付きは南側のみ。北側のお部屋は小さなベランダ仕様です。屋上のテラスエリアは防犯の都合上、中央階段から予約者限定で上がれます。東西の非常階段とは繋がって居りませんので御安心をば」
手摺も腰より高めでちゃんと考えられている。

今日は特別に屋上まで上がり。1階の食堂、ラウンジ、大浴場を見て回った。

最後にラウンジで総支配人(仮)ダイテ・イッキさんの名刺を貰い少しだけ世間話を。
「ダイテさん。(仮)てどう言う」
「今は試験運用期間で半年区切りの持ち回りなのです。半分は従業員の研修を兼ねて。支配人も入れ替わる為に仮としています」

「じゃあ温泉郷で会えるといいね」
「そう成れる様、精進致します」

握手を交してエリュロンズホテルを退出した。

「いやぁ勉強になった」
「新築は見るだけでも面白いな」


ホテルを離れ財団管理棟に移動。

スタフィー号の返却とゴーギャンとの打ち合わせ。
「またまたロロシュさんには内緒の話が」
「またですか。もう心臓に悪い話は止めて下さい」
聞く前に拒絶されてしまった。
「今度はお願い、と言うか勉強です。今度馬の要らない自走式の車を作ろうと考えていて造船工の人に意見を聞きたいなと」

適当に書いた車の図面を見せた。

「馬が不要の…。これは凄い。陸の物流が激変しますな」
「只、量産出来ないのが難点で。商売に繋げるかは考え中なんです」
「だから総師には内密なんですね」

「車輪自体が魔力の受け皿なんで。造船の伝達機構と防犯機能の勉強をさせて貰えないかと思って」
「いっそこちらで造られせても」

「造らせちゃったらロロシュさん怒るでしょ」
「そ、そうでしたな。工夫の血が騒いでしまって、つい」
新しい話は誰もがやりたがる物。今の所は自作する積もりだが無理ならここに頼むかな。
「詳細は後日の休暇中にでも」
「解りました。何人か熟練工を集めて置きます」

「もし頼む事になったらちゃんとロロシュさんに話します」

そのままの流れで管理棟の食堂で遅めのお昼を頂き、食材の買い出しを経て1時間だけ鰻釣りをした。

釣果は2,5の7匹。俺が2…
「ソプランは釣り得意だったんだ」
「偶々だろ。鰻なんざ初めてだし」
ビギナーズラックだろうか。


王都でポム工房を覗いて本屋にも立ち寄り、自宅でグーニャを拾って南西部の樹海に折り返し。

2百以上のグエインウルフの群れが子猫を前に頭を垂れる様は後ろから見ていて圧巻だった。
「こうして見るとグーニャがゴッズだったんだって再認識出来るな」
「今は小さな猫だからな。時々忘れちまう」
「何だか切ないニャ~」

森の奥へ奥へと進み。入り組んだ谷間に差し掛かった。

薄黒い瘴気が漂う場所。薄い霧から濃い霧へ。やがて渦巻くそれが露出した魔素溜り。

「なんか手伝う?」
「飛び込むだけで終わりニャ」
と言って谷間にダイブした。

出て来た時には全ての霧が宙に舞い、程なく霧散して消滅した。

「随分とあっさり」
「固形化した核を拾うだけニャン。気体や液体。色々な形が有りますニャ」
ここは固形化だったと。

「蛙の方はどうする」
「グエインが減少して繁殖拡大すると思うから冒険者ギルドに伝えといて。需要の高い素材と水魔石が取れるよってさ」
「了解」

帰り掛けにフィーネからの通話。
「もう終わっちゃった?」
「丁度今さっき終わったとこ。滞り無く。俺たちも見てただけでなんも」
「ゴメンね。お買い物長引いちゃって」
長くなると踏んで男女別にしたんだから。

付き合わされるより雑事を熟した方が良い。
「いいっていいって。そっちは終わった?」
「うん。今帰って来た。夕飯何にする?」
「鰻釣って来たから蒲焼きにしよっか」
「じゃあお米炊いて焼きの準備しとく」
「レイルたちにも声掛けて来て。ラメル君に焼いて貰おうかなって」
「名案!後で行って来る」

こう言う普通の会話も久々な気がする。

「フィーネ。愛してる」
「やだもー。走り出しちゃうじゃない。私も、愛してます!」

後ろでソプランが。
「宝具で惚気やがって。帰ってからこっそりやれや」




---------------

焼きは見せただけで習得。
ラメル君の課題はその他でした。

「ラメル君の苦手はナイフや包丁捌きだったか」
「料理長に叱られる毎日です。大切な食材を無駄にするなって」
「こればっかは経験だからなぁ。鰻を任せるのは早いな。身の柔らかい河魚とか捌いて練習有るのみだ」
「はい。頑張ります」

途中交代して捌き、ラメル君は焼き工程に専念。

料理にも性格が出るもので。ラメルの几帳面さが前面に押し出された仕事振り。離れた場所から心配そうに見詰める姉メリリーの視線が熱い。

「そんなに心配しなくても」
「いえいえ。料理以外でご迷惑や失礼が無いかと心配で心配で」
授業参観みたいだな。いや教師か。
「変な事聞くけど。子供たちの教育係とかの仕事した経験が有るとか?」
「ええ。良くご存じで。チャーチャでは寺院に招かれて孤児などに簡単な読み書きや初歩的な算術と情操教育を。近年は宿の業務に専念していましたが」
探していたナイスな人材だ。

「これからレイルが長期で旅に出るとか暇になる間に王都で教育係の仕事やってみない?」
「私も家庭料理の修業の任が有りますが。レイル様がご許可を下さるなら」
「そうじゃのぉ。東に戻る時とか連れ歩けぬから暇をさせるしの。ラメルが自分の店を開くのもまだまだ先の様じゃし。良いな」
「それなら是非」
善は急げだ。
「ミランダ。明日メリリーをカメノス邸の教育担当者に紹介して来て。付き添いはレイルが居れば充分だし」
「畏まりました」

明日の午前に迎えに行くと予約した。


ラメル君が焼き上げた鰻は繊細で上質。焼き付けたれの塩梅も最適で全く諄くない。
「俺のよりも美味しい…」
「負けたわぁ~。速攻で追い抜かれたぁ~」
これが初めてとはとても思えない。
「褒めすぎです。直ぐに調子に乗ってしまいますのでお止め下さい」
性格も言動も控え目で大人しい。なんて逸材だ。
「いい拾い者したな。レイルに人を発掘する才能が有ったなんて」
「年期の違いじゃ…。何を言わせる!」

ロロシュ氏も大絶賛。
「レイルダール嬢の専属でなければこの邸の専属にしたい位だ。何時か巣立つと考えると実に惜しい」
「光栄の極みです」
照れる所は幼さが残ってて好印象。近い将来モテモテだろうなぁ。今でもか。

さっきの裏庭の調理中も侍女衆が控え目にキャーキャー声援送ってたし。

「これが鰻の蒲焼き…。美味です」ロイドが感涙。
「もう我慢しなくていいもんねー」
「ですねー」
ご先祖様らしいがすっかり仲睦まじい姉妹のよう。

間に座ったシュルツがムスッとしていた程。
「お姉様。お席代わりましょうか」
「ごめんごめん。大丈夫よ」
「お買い物中もずっーとべったりでしたものね」
軽く嫉妬。

穏やかに笑い合う。楽しいお食事会になった。
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