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第159話 とある行商隊

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モーランゼア滞在3日間でクワンに王都から南部の把握をさせた。

特産品の白黒胡椒も沢山貰って収穫はホクホク。

モーランゼア軍内部の離反者は居なかったか、今回は動かなかった。

極少数だと炙り出すには時間が足りなかった。
介入する理由も権利も無い。

今回は引き下がってケイルガードにお任せ。

出発前に通行証も貰い受けたが南部国境越えまでは軍部の引率付き。はよ帰れと。


国境までにも幾つかの行商やキャラバン隊とすれ違ったが敵らしい赤は全く遭遇せず通過。

クワンジア側で起きた襲撃は夢だったのではと勘違いする程落ち着いていた。

と呑気に感じていたのはさっきまでの俺。

国境を越えた途端。
「スターレン様!スターレン様!」
訴状を掲げ、名前を連呼して接近を試みる兵士が複数。
砦からであろう騎馬が30騎、こちらをじっと眺めていた。

御者台のソプランが書面を受け取る。
「何事だ。悪い知らせか」
「それが…。北部砦に収監された襲撃犯に、逃げられました」
「何やってんだ!」

預け入れたのは大体120人。
「何人だ。まさか全員じゃないだろうな」
「手引き者と一部を捕えて三十五。自害者が十。追跡時の死者が二十四。五十前後が逃げました」
あらあらまあまあ。結構体力余ってたのね。

書の内容はレオハイン直筆ゴメンちゃいメッセージ。

ゴメンで済んだら軍隊は要らんぜよ。

無作為に建屋を分散しようと移動させた時に牢屋の鍵が全開けされたらしい。

やーい間抜け~とも言えない立場。

気にしてないよと伝えて下げさせた。
「50人を出遅れで追い回すのは非常に効率が悪い。リレイルのキャラバン隊と接触するだけに留めよう。その時残党の何割かも動く。敵の装備品や道具の備蓄度合いで変動。予想すら立てられん」

初見は挨拶。無実の同行者の切り離しが非常にムズい。

ラメル君の誤解と思い込みの線も拭えない。

現在のリレイルの位置はグリムゾルテとゾルテスンガの真ん中辺り。引き離した日数的に北上速度が速めだ。

最短宿泊と最少行群の色が窺える。

異常とは呼べないレベルで馬車性能が良ければ可能だ。

メレディスの大使メーチャホはグリムゾルテの町に滞在中の様子。

組織の仲間なら裏で接触濃厚。町中でのんびりしてる間にリレイル隊が追い越した形だ。
「メーチャホはケイルガード様が寄越せって話だから無視して流す。俺たちの相手はリレイル一本でいい」
「チャーチャ手前ですれ違った時のスタンの印象は?」

「赤は1人も居なかったんだ。だからラメル君の誤解かもってさ。直接会ってみて判断かな」
「攫われた前後の記憶は曖昧じゃと言うとったしの。妾も読み取れなかった。消された痕跡は有った」
「慎重に行かないとね」

人身売買が主流な商人ならその手の道具を持っている可能性は高い。

「レイルは取扱商品が何か聞いてない?」
「聞いてはおらぬが食糧品ではないかの。料理人の伝手を多く持つなら」
「積荷まで覗いときゃ良かったなぁ」
ちょい反省。
「北側の宿場から覗いて見れば良いじゃない」
「商談を持ち掛けるなら町か宿場ですよね」
「街道の真ん中で取引なんざしねえだろ」
接触のタイミングも見極めないとな。

相談の結果、ゾルテスンガの町ではなく1つ南の宿場で待ち伏せする事にした。

懸念が有るとすれば北中部砦が近い。敵の潜伏率が他よりお高め。

北中10番宿場へと移動。キャラバン隊は2つ前の8番北側を北上中。

順調に行けば明日中には10番に来る見込み。

こちらが入った当初は客は無人だったが15時前に1組のキャラバンが北側から入場。

20人規模で赤無し。一般的な規模だ。隊長と話をするとマンティニからケリアーセナルまでに特化した運搬業だと聞けた。

ゾルテスンガへの搬入が終わり、マンティニに戻る途中だと言う。

証言の通りに積荷は空っぽ。即ち対象除外。翌朝には南下を始めたので外した。

元気なアローマの体調不良を理由に滞在期間を3泊に延長。堂々たる待ち伏せである。

翌日は2組の行商隊が来場。リレイルのキャラバンは夕方前に宿場入り。


何で誘うか悩んだが、やっぱり食べ物。

進化した虫除けお香を焚いてBBQ大会を開催。醤油で焼いた牛豚肉の煙に釣られて3組とも様子を見に来た。

標的外の無関係の組が。
「こちらは何を」
「野営用のグリルで焼肉を。大型グリルはもう2つ。火種も余裕有るんで自前の食材を持って来て頂ければご自由にどうぞ。仕入れで余った塩と胡椒なら進呈しますよ」
「それは有り難い。今朝仕入れたばかりの野菜が有るので肉類を少し分けて頂けないか」
「物物交換なら喜んで」

無関係な2組目の隊長さんも。
「ならば私共は酒と果物を」
「どうぞどうぞ。皆で楽しく行きましょう」

肝心のリレイル隊からは従者が来た。
「当方は馬鈴薯と人参のスープと川魚では駄目でしょうか」
「グリルは埋まってしまいましたね。出来れば長の方とお話したかったです」
「失礼しました。直ぐに連れて参ります」

遠巻きに覗いている管理者にも声掛け。
「管理人の皆さんもご一緒にどうですか」
「何も出せませんが宜しいのですか」
「兵士の方に見返りは求めませんよ。数人分なら全然余裕ですし。遠慮為さらず」
しっかり焼けば交代者の食事にも出来ると誘ってみた。
「ではお言葉に甘えて」
スキップで詰所に引き返した。

遅れて現われたリレイル本人がフランクな挨拶の後。
「この塩胡椒ではない香ばしさは何ですかな」
「タイラントの名産で醤油と呼ばれる調味料ですね」
「タイラント…と言えば。もしやスターレン様では御座いませんか?」
こちらは普段着で馬車すら見せてないのに。
「良くご存じで」

周囲で聞き耳を立てていた人たちの手が止まった。

「食に精通しタイラントにも通じ。お美しい夫人様と従者方を伴う御人は中々居りませんとも」
「お上手ですこと」
「口だけが取り柄の商人風情です故」
取り柄と自負する程上手くもないが。
「お世辞では食材は増えませんよ」

「金ではない等価交換だと伺いました。只今スープの煮込みと鱒の下処理をさせて居ります。もう少々お待ちを」
食材ではなく判断材料が少ない。決め手に欠ける。
「まだそれで良いと返した覚えは無いですが?」

「足りぬと申されるか」
「冗談ですよ。他にも取引品が有るなら紹介して貰えたらなと期待して」

「交渉でしたか。ならば胡椒の金銭買取りでは如何でしょうか」
「胡椒は帰国の土産。金には困ってないですね」
「スターレン様はモーランゼアに向かわれたと耳に挟みました。北方産の上級品なら高値で買い取らせて頂きますが金銭では落とせないとなると」
極秘事項を何処で聞いたのか言えや。まあこの場所から推測したと言われればそれまでだが。
「後で折り入ってお話が」
周りを気にして小声で耳打ちが来た。
「良い話なら」


宴も酣。輪から離れた場所でリレイルと2人切りでお話。
「スターレン様も隅に置けませんな。水竜教徒でお美しい奥様や従者も多くいらっしゃるのに。もっと欲しいだなんて欲深い」
「男だからさぁ、俺も。嫁さんに見付からないように夜のお店にも行けないし。周りの目が有るから身近な人間じゃ手は出せない訳よ。解るだろ」
「解りますとも。お若いですものねぇ。で、どの様な子がお好みですか」
…やっぱりそっちか。
「下は幾つ位からなんだ」
「十六からですね。流石に成人を控えていないと世間が許しません。奴隷商にも手を伸ばせば揃えられなくも有りませんがね」
「ほぉ」

「因みに男の子だと」
「それは無いな。でも知り合いにはその種の者が居るから参考までに聞きたい」

「男の子は十七から。直ぐにご紹介出来るのは男女三十歳まで。奴隷商から買い取りの形なら際限は無く。
体型の好み、髪色、肌色、主な性格、人種。複雑に成ればば成る程用意までのお時間が掛かります。費用はスターレン様には関係無いものと承知の上で」
人身売買組織のブローカーなのは確定したがどの程度の幹部クラスなのか気になるな。
「いいねぇいいねぇ。もっとゆっくり聞きたいが…。お前は北に向かっていたのだろ。何時頃何処で会えるんだ」
「先日に大口の顧客が捌けた所です。グリムゾルテの町に転移して頂けるなら明日にでも」

「そこまで知ってるなら俺を追って来たんだよな。もし会ってなければどうする積もりだったんだ」
「御明察。商機は常に手広く浅く。不運で良縁が結べなかったなら、次の仕入れ先に向かうのみで御座います」
直感ではこいつは邪神教とは別の独立組織だ。

何の因縁も無いから常に平常心だと言い切った。

推定メーチャホが大口相手の1人。

思ったよりも根が深い。ここで手を付けて良い相手なのか躊躇う。しかし一度逃せば二度と捉えられない気がした。
「俺の転移は連発が出来ない。使うにしても連れの許可が要る。ゾルテスンガで普通の買い物を済ませたばかりでな。朝までに何とか説得するから待ってくれないか」
「えぇえぇ。こちらは幾らでもお待ちますよ。善きお返事を期待して居ります。僭越ですが夫婦なぞ。時に適度な距離を取るのも長続きの秘訣だと進言致します」
夫婦歴が長かろうとお前にだけは言われたくない台詞。

てか夫婦揃って同じ商売してんのか。狂ってるねぇ。
「参考にしとくよ」




---------------

「いやぁ参ったな。全く別方向の真っ黒ど真ん中な幹部だったよ。夫婦揃ってかなり上の方だと思う」
「今までよく捕まらなかったわね。そんな大悪党」

「まあね。表向き人材斡旋業者で裏口で追加契約してるだけだからな。咎められても、売った後の事なんて知らぬ存ぜぬで無罪放免さ。シータ夫妻を潰しても直ぐに別の奴が成り代わる。真に蜥蜴の尻尾切りだ」

リレイルの奥さんがグリムゾルテに居れば拠点確定。

「でも聞いたからには放置はしない」
「当然でしょ。多分国の上層にも顧客が居る。ひょっとしたらタイラントにも。俺とソプランでちょい尋問して来るから女性陣は町中でのんびりお買い物してて。ちょっと素顔覗かせたら阿呆な連中が寄って来るよ」

「寄って来られたら殺してしまうがええのかえ?」
「やっぱ最後の無しで普通にお買い物を楽しんで。なる早で片付けるから」

スープと魚に麻薬仕込むような連中だ。手加減も容赦も同情も不要。

フィーネがクリアしてなかったら他がやられてた。

ぶっ潰してやるから覚悟しとけ。



グリムに転移して案内された大きな屋敷。女神教らしい真っ白な外壁。清い宗教を隠れ蓑にするとは胸糞悪い。

ロビーには大きな彫像…あれ?俺が彫った物じゃね?
胸の奥がピリピリして来た。

奥から現われた夫人と侍女5人。と一緒に老齢の執事が応接室までご案内。

夫妻と俺たちに出された紅茶は麻薬入り。

「商談に入る前に。ソプラン、茶は飲むな。昨日の料理にもだが俺たちに麻薬入れるとは良い度胸してるな」
「あ、あぁ」
「いえいえ。ちょっとした余興ですよ。鑑定スキルをお持ちだと専らの噂。まさか即座に浄化されるとまでは思ってませんでしたが」
ホントいい根性してるぜ。

「その自信は誰か強力な後ろ盾が居るんだろう。堂々と人身売買してる位だしな」
夫人が微笑みながら。
「私共はお客様が求められる人材をご紹介するのが仕事なのです」

「殆どの人材が身寄りの無い孤児や奴隷層上がり。仕事が見付かり難い中で適材適所に割り振り何十年分の契約金を頂く。皆が幸せに成れるのですから、何ら疚しい心は御座いません」

「売られた奴らが性風俗に飛ばされ、奴隷に近い状態に戻される。最悪殺されても誰も気にも留めない。同じ女としてあんたは何とも感じないと」
ソプランが夫人のメモリアを睨んだ。
「そう言う事例も有る事は把握して居ります。ですが良識有る主人様に選ばれ定職に就く、平民貴族と添い遂げられる方々も多いのですよ。比べるまでも有りません」
自信たっぷりに。

「確かにその側面は無視出来ないな。じゃあ手始めに女性を5人。お手付き有りで侍女希望の人を見繕ってくれ。年齢は問わない。値付けの高い方から順に。
気に入ったら持ち帰るから衣服は身綺麗にな」
「…」ソプランは無言。

「私共の目利きの品定めですか。承知しました。直ぐにご用意致します」

礼を尽くして退出した2人。代わりに入って来た執事の爺さん。身の熟しからすると元冒険者だな。

懐中時計を開き、バッグの中でコンパスを起動した。

ソプランが爺さんに雑談を持ち掛けた。
「あんたはどう思うんだ。ご主人様の仕事振りを」
「どう、と申されましても。私にお答えする権限は御座いません」
仕事は仕事なスタンスは崩さない。
「爺さんは結婚して子や孫は居るのか」
「居ります。先日孫娘が成人を迎えました」

「もしその孫娘さんがどっかへ売り飛ばされたら。あんたはどうすんだ」
「残りの人生を賭してでも探し。取り戻します」
「へぇ。真面な人間が居るならまだ救い様は有るか」

執事とソプランが雑談中にもリレイルとメモリアは別々の場所を移動していた。

リレイルは邸内の地下から南町のラクドエイスへ動き。メモリアは王都ザッハークの南部に飛んだ。

転移道具が2つも。俺を試しやがったな。

コインでペラニウムの捜索。テーブルと椅子の下に4個。受信器は邸内には無し。

取り外し浄化布に包んで沈黙箱に入れテーブルの上に置いた。

「爺さん。外部に聞かれる心配は無い。この盗聴器の受信器に心当りは」
「…御座いません」
「大事な確認だ。今から受信器を身に着けた人間の頭を吹き飛ばす。心当りは!」
執事が咄嗟に叫んだ。
「お待ち下さい!…先程お話しした、私の孫娘が着けております。正確に言えば、着けさせられています。どうぞお許しを」

2人揃って舌打ちを返して座り直した。

手に乗せて受信器を辿る。町の南西部に2つ反応。

持参のお茶とクッキーを出して待機。双眼鏡で邸内を見渡しながら頬張った。

「下にも何人か…12人居るな。15~18歳の男女」
「この国で未成年を取引するのは違法じゃねえのか」
問われた執事は静かに目を伏せ。
「違法です。しかし直ぐに揉み消されます。契約前に外に漏れれば排除されて有耶無耶に。私が、手を下した事も何度か」
「あんたも苦労してんな」
ストレスで老けて見えるのかも知れないと思い直した。

リレイルたちの余裕は上層との繋がりと転移道具の保有に因る所が大きい。

魔力消費が3割の物だとして最低1回は遠方へ逃げられる計算。だから俺に使わせた。

「下は裸に剥かれてるとか」
「男が下着とボロに見えるから、女性も最低限は巻かれてるよ。出すまで前は大切な商品だし。健康状態も悪くない」
「そか…。にしてもおっせえな。何分経った」
「もう直ぐ40分。身綺麗にって注文したから風呂にでも入れてるんだろ」

「凄い…」
小さく驚きを漏らした執事に問う。
「主人の2人が戻って来たら捕えて尋問を始める。協力出来るか出来ないか、どっち」
「二人の意識を完全に奪って下さい。何方かでも逃げられればご協力は致し兼ねます」
「最初からその積もりだよ」


リレイルたちが5人連れて戻って来たのはきっかり1時間後だった。

グレーのサマードレスを着せられ、目隠しをされた女性5人が壁際に並べられた。

全員細いチョーカー付き。
「遅い。客を老執事に相手をさせて1時間も待たせるとはそれでも商人の端くれか」
「申し訳有りません。屋敷内の侍女ではお相手に成らないと思いまして。お詫びに代金の勉強ともう一人お付けします」
「その一人は選べるんだろうな」
「お好きなように」

声を押し殺して小刻みに震える女性たちに声を優しく掛けながら目隠しに手を掛けようとすると。
「契約前は外せません」
「目元や瞳の色は顔半分を占める重要な要素だ。そこが見れないなら代金は半額だぞ」

「…仕方が有りませんな」
不本意な鼻息を漏らして5人の背中に回り、首のチョーカーを外してから目隠しを取り去った。

リレイルしか外せない?順序も有りそうだ。

久々の昼の光に目を顰めていたが、やがてそれも慣れ。

容姿端麗でスリム。単に食べさせて貰ってないんだろう。
背格好は自分よりやや下目。瞳を覗き込むと耳まで真っ赤にするウブっ子が1人居た。

「イーしてみて。イ~」

恥ずかしそうに歯を剥き照れている。これは何プレイ?

次に口を開かせ虫歯チェック。

ウブっ子が虫歯有り。
「この子は虫歯が有るから7割カットだ」
その子がガックリと膝から崩れ落ちた。
「大丈夫。容姿には問題無いし虫歯以外に病気も無い。5人共買い取るよ」

「三割では」
「歯磨きもさせない愚劣な商人だと触れ回るぞ」
壁際で見守るメモリアが舌打ち。
「五割で願います。それ以上は負かりません」
「追加の1人に免じて折れてやる」

着替えはいいから早く次を案内しろと急かすと夫妻が同時に背中を向けた。

新調合された馬用麻酔を2人の肩に入魂。

卒倒した2人をソプランと裸に剥いて、道具類とアクセを奪い取った。

サイズ緩々の指輪が2つ。各所の嵌め合い鍵。
エメラルド色の指輪が2つ。呪い道具解除用。
黄色い宝石の指輪が2つ。消費3割の転移道具。
銀のネックレスが2つ。魔力消費軽減。
リレイルが隠し持っていたペンダント。通信具。

その他は普通のアクセだった。

「執事さん。貴方の名は」
「セントバと申します」

「セントバさん。この邸内にこいつらの味方は居るか」
「皆無です」
人望無いなこいつら。

「この5人に毒入ってないお茶を温めで。水と軽食も。直ぐ後で外の嫁さんたちを呼び入れるから正門開けて」
「畏まりました」

ソプランが転がる2人を簀巻きにしている間にスマホでフィーネを呼び出し。
「どした?」
「最低3カ所。短時間で叩かなきゃいけなくなった。ここの正門開けるから入って来て」
「直ぐ行く」

キョドる5人を宥めて座らせ、麻薬入りのカップは昏睡者の口に注いだ。

俺たちも座り直し。
「まずは落ち着いて。他の捕虜の子も出来る限り助けたいんだ。協力して欲しい」

「わ、私たちは何をすれば」
「今は待つのが仕事と思って。終わったら全員王都の城内まで直接運ぶ。こう見えてピエール王と友好関係結んでるんだ。俺が直訴するから安心して」

「あ、あのー」
ウブっ子がそっと手を挙げた。
「何かな」
「お手付きのお話は…本当なのでしょうか」

「あれは時間稼ぎの嘘だからそんな事はしないよ。俺はスターレン。異国の高官で水竜教信者だ。浮気なんてしたら嫁さんに殺されちゃうよ」
主に君たちが。
「良かったぁ。でも、スターレン様となら…」
「冗談でも言わないで。怒られる」


時間差で咽せて飛び起きた夫妻。何かを口走る前にソプランが猿轡を施した。
「お前らには後でタップリと話聞くから勝手に死ぬなよ」
鼻水垂らしながら唸るしか出来てないが。

少し遅れてセントバと控えの侍女4人が台車を転がしながら飛び込んで来た。

「転がる2人を空の部屋に監視付きで監禁。外と合流後に地下から回る。セントバさんはどの施設まで把握してる?」
「ここの地下。町の西施設。ラクドエイスの施設まではご案内が可能です。王都の施設詳細に関してはこの蛆虫らしか知り得ません。誰も連れて行かないもので」
ウーウー首を振り乱す2人の腹をセントバが蹴り上げた。

積年の恨みやな。
「まだ殺すなよ。捕虜解放と同時にこいつら王城に突き出すから」
「心得まして。殺さぬ程度に拷問致しましょう」




---------------

嫁さんたちと合流。地下の人員を解放後に打ち合わせ。

邸内は騒がしいが外は静かな物。邸内の警備長以下数名の代表者を交え。
「外の兵舎や駐屯所に駆け込むのはまだ早い。捕虜を漏れなく救出し道具類を掻き集めてからだ。最大規模の王都の施設に控える息子が難点。勘付かれる前に叩きたい。
フィーネとアローマ。南部のスラムに詳しいフラーメを動かして。残りで町内の施設とラクドエイスの施設を急撃」
「オッケー」
「承知しました」

酩酊状態の夫妻を黄金椅子に座らせて吐かせた情報では拠点は3カ所以外には無く、各町に配備された連絡員も定点から動かず手紙の遣り取りに限定。

単独、又はペアなので無視出来る。

捕虜に巻かれた首輪、足輪、腕輪は解除用の指輪を嵌めてない人間が弄ると絞まるか毒が注入される。

3日以内の来客予定は無し。顧客からの連絡も手紙。

王宮内の最高顧客は外務大臣デブルの副官と事務次官の2匹。あいつも脇が甘い。最悪大臣失脚。そこはピエールの判断だ。

捕虜の総計は54名。内17は救出済み。残りは37名。
息子が独自で集めた捕虜は未知。

「息子はかなり溜め込んでいるらしい。殆どスラムの子供たちだ。何人に上るか解らないが一旦ここのロビーに集める。受け入れ準備と衣服の用意を邸内の人間で。
王宮の副官と事務次官を追い落とすのは一番最後。他に質問は」

無いので解散。


西施設から捕虜8名と記憶改竄用の冠。裏帳簿を発見。
ラクドエイスからは13名と過去の取引記録が出た。




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王城内の自室に転移。アローマさんとグーニャを連れて来た。

マリーナとフラーメを呼び出し、進捗説明。
「ケイルガード様は無事に送り届けた。北で起きた詳細情報は入ってるだろうから省きます。戻る途中で大手の人身売買組織と出会したから叩いてる所。スタンがラクドエイスの施設で交戦中。上との繋がりを示す証拠集めもしてるけど肝心の顧客リストが見付かってない。
残る王都の施設を今から潰しに行くわ。南部の地理に詳しいフラーメが頼りなの。何処か心当り有る?」

「有り過ぎて困る位さ。でも大人数を纏められる場所は限られる。浮かぶのは二カ所。初手で当たり引けるかは運次第だね」
「引けなかったら即断で次に行こう。場所的には離れてるの?」

「離れてない。だから片方で何か起きれば逃げ出すだろうねぇ。息子のカンタチって名は聞き覚えが無い。深く関わった試しが無いからね」

「後追いでスラムの外域を兵で封鎖します。別途受け入れ準備も。場所は王宮前広場で。カンタチ…は少し思い当たります。必ず生け捕りを」
「了解。直接飛んで来るから敷地は広く開けて置いて。フラーメ、行けるなら直ぐにでも」
「合点。妹にいいとこ見せちゃうよぉ」
「姉さん。フィーネ様が出られるので恐らく出番は有りませんよ」
「なんだい。ガッカリだね」

「二人は姉妹なのですか?」
「そうなの。最近判明したのよ」
照れる姉妹の代わりに私が答えた。


スラムと一口で括っても色々タイプは有るけれど。路上に浮浪者が溢れ、下水路に死体が浮いている事は無い。多分大会を機に清掃が入ったんだと思う。

序でに売買組織を粛正すればいいのに何やってるんだか。

見栄えは平常を装っている。以前のラザーリアに少し似通う印象を受けた。詰りは見栄っ張り。

外面よりも中身が大切です。


物陰に隠れて双眼鏡で観察を始めた。

前にも宿舎からざっと眺めた時と大差は無い。それが地下まで続いてるとは夢にも思わなかった。迂闊…

「地上の建物と出入口は2つ。でも地下で繋がってる。そこから南に抜け道。局所で突いたら他から逃げられる。
それより厄介なのが」
「子供たちに武器持たせてんだろ」
「そう」

「卑劣ですね」
「大人の敵だけなら気絶させるだけで済んだのに…」
子供への加減が難しい。
「地下の合流地点の小部屋に標的のカンタチが子供を盾にしてる。南ルートを挟んで東西に大部屋。そこに捕虜が計26人。解錠の鍵は私が持ってるから部屋に近付く必要は無いわ。
2人は東口から。私は西から。グーニャは南の出口を塞いでて」
「ニャン♡」

「え?猫に…?」
「主様のペットは常識では計れません」
「その話も後日。子供は無視。大人は無力化。最速で駆け抜けるから東口の外で落ち合いましょう」
「はい」
「外側の掃除でもしとくよ」


3方で配置に付き、口火を切るのは私。いっちょ大声で泣かせてあげる。

建物は地上2階地下1層。鞭で外の見張りの足を絡め取り地面へ強めに叩き付けた。

上がる悲鳴と同時に玄関扉を蹴破った。

魔力吸収しなければ自由自在な鞭。便利です。

玄関入って直ぐの側壁をハンマーで破り、鞭で大人たちを四方の壁に打ち据えた。

増援を呼ぶ声よりも早く階段を駆け下りライトの腕輪を輝かせた。

強力な聖属性の光を前に罠の道具が機能不全に。こんな効果も有るのね。

今日の私のスタイルは久々のファントムマスク。目元に薄膜を張って自爆を防いでいる。

出会い頭に直視した人が次々に目を押えて蹲るので横腹に軽く蹴りを入れるだけで片が付いた。

ざっと武器を奪って直進路を走りT字路へ。分岐手前の部屋の扉を引き破った。

8人の男児女児の真ん中で下半身丸出しの男…。駄目だこいつ。その性癖の男だったのか。

悲鳴を上げるカンタチの尻に鞭を入れ。
「周辺の仲間に武装解除させて顧客リストを持って来なさい!」
「はい!直ちに、ご主人様!」
「その前にその粗末な物を仕舞え!」
「ハハァ!」
人間相手に鞭を振うのも久々だけど…。前より酷くなってる気がしなくもない。

周りで目の痛みを訴える子供たちに向き直って。
「暫くすれば目は戻るわ。見えるようになったら部屋を出て左手の道に走って。武器を全部捨てて来てくれたら、後でとっても美味しいお菓子をあげる」
「ほ、ほんと!?」閉じたまま歓喜していた。
「大人は直ぐに嘘を吐くけど私は違うわ」

事が起きる前だったのか。子供たちの服は身綺麗なままだった。大変に良かった。

「遅いぞカンタチ!お前の大好きなママに会わせてやらないわよ!」

1つ奥の部屋の中を掻き回すカンタチが。
「済みません!目が良く見えなくて」
潰れたまんまだった。

鞭の効果は解除の追加鞭を入れ直すまで続く。だからって捕虜を助けている間に仲間に殺されないとも限らない。

大人しく待っていると逸早く立ち直った男児が腰帯の短剣を壁に投げ捨て。
「仮面のお姉ちゃん。お菓子頂戴」
「狡い!私も」
後ろの女児まで復帰した。

「はいはい。沢山人数分以上有るから慌てないで」

群がる1人1人にクッキーが入った器と檸檬水の水筒を順次配布。

美味しいの大合唱の中。最後の8人目に配り終えた時にカンタチが奥から戻った。
「これが顧客リストです!奥に在るのは偽物です!」
3冊に分けられた紙の束を掲げて。

「足りなかったら後で焼き立てパンあげる。他の子の物を横取りする悪い子にはあげないぞ」
「はーい」
素直で良かった。

カンタチを簀巻きに転がして奥の部屋へ行くと大きな正四面体の金属箱が。
「あの金庫は何?」
「現金、金塊、宝石などです!暗証番号はママしか知りません!」
買付時に使う金品かな。

没収決定!マリーナ経由でスラムに分配すれば生活環境改善が見込める。

その他資料は偽物と言っているし、軍部に調査して貰えば良し。

金庫を接地している壁毎収納。子供たちが持っていた武装を拾い集め。
「お姉さん。ちょっと隣の大部屋開けて来るから待ってて」
「はーい」
中にはお腹空いたと呟く子も居た。最短で行こう。

奥の部屋で見付けた鍵の束を持ち、大部屋2つの扉を開けた。監視要員がそれぞれ5人ずつ。10人の男が一斉に襲い掛かって来た。

一旦分岐点に戻って退路を南だけにした。
「外は軍部で包囲されてるわ。カンタチも拘束したから無駄な抵抗は止めて投降しなさい」
「女一人で良い度胸だ。だが大人しくするのはお前の方だ。中には人質がど山に居るんだからな」
通路から部屋の中にボーガンの先を向ける男がペラペラと喋る。

中の檻は隙間だらけだったけど。当てられる自信が有るのかなぁ。

「やりたければどうぞ。殺すのは私じゃないし」
「た、助けに来たんじゃないのか!」
「来たわよ。でも1人2人の犠牲は付き物。発射したら全員殺してあげるからあの世でお詫びしなさい」

「この人で無しがぁぁぁ」
「お前が言うなぁぁぁ」乗ってしまった。

ボーガンは部屋内ではなく左右同時に私に向かって放たれた。素直に逃げれば死なずに済んだのに。

瞬間フラッシュを最大出力にして視力を奪い、10人の輪の中に円月輪を投げ込んでボーガン持ちの首を刈った。

残りの男たちの尻を蹴り上げ南通路に追い遣る。

壁伝いに這い這いしながらやっと逃げてくれた。


ライティングを弱め、牢屋の前に立った。
「監視は全員逃げた。今から罠と枷を外すから、何も喋らず大人しくしてて」
目隠しをされた片側13人の頷きを確認して作業開始。

牢屋の鍵が嵌め合いリングで解錠。解除用のリングを装着して足輪、腕輪、首輪を順に外した。

13人の解除を終えて。
「もう大丈夫。目隠しは自分で外して。後で安全な場所まで運びます。反対の部屋も開放して来るからこのまま待機で」
「はい。出来れば水を」
水筒を4人に配布。
「全員分の水筒は無いの。視力が回復したら仲良く分け合って。廊下側に水瓶置いてるけど怪しさ満点だから口を付けちゃ駄目」

反対側の部屋に行くと隣での会話が聞こえていたのか。一声掛けた段階で全員ウンウン頷いていた。

しかしどうだろう。囚われの13人と隣の個別牢に1人。

地上で確認した時は居なかった。個別牢は嵌め合い鍵ではない一般錠。ナイスバデーな女。詰り罠ですね。

怖い怖い。関わらないようにそーっと13人を解除して手を繋いで隣にトレインした。

「全員の視力が戻ったら外に移動を始めます。廊下通路に幾つか死体が転がってますが。出来るだけ下を見ずに私に付いて来て下さい。子供も8人連れてくので大人はしっかりしてね」
「はい!」

総員の目を見て。
「隣から聞こえる呻き声は無視で~」

ゾロゾロと移動開始。子供たちを拾い、簀巻きを担いだ所で南通路に向かって。
「グーニャ。そっちはもういいから。中通って追い掛けて」
了解の気配を感じた。

後方の1人が。
「グーニャ?とは誰ですか?」
「私の仲間よ。ちょっと後ろが不安だから追い掛けて貰うの」

東の建物の下は静かな物で足元に邪魔な塊が無ければもっと早く歩けた。

何とか(1人クッキー戻した)昇り階段に辿り着き、簀巻きを床に捨て。先頭の自分が流れで1階フロアに頭を突き出した。

敵影は無し。数体の肉塊が転がってる以外は。

建物内は静かだったが外から地面を叩く轟音と振動が僅かに伝わって来た。

何事か。恐らくは人生初の姉妹喧嘩の声も。
「あれは譲れって言ってるでしょ!」
「譲り合いをしている暇は有りません!そうこうしている間にフィーネ様が…」
「出て来ちゃったじゃない」

狭いロビーを表に出た所で2人と目が合い。敷地外には大型の投石器が3基並んでいた。

「あんなの何時の間に組み立てたの?」
「二人で入って出た頃には並んでいました」
「充填に時間が掛かってるから余裕で壊せるって」
「姉さんの今の装備では危険ですから私がと」

「それで喧嘩してたの」
「喧嘩ではないさ。ちょっとアローマの小太刀を一本貸してって頼んだら嫌だってなもんさ」
「嫌ではなく駄目ですと何度も」

「救助者はここで私が見てるから。左右に展開して壊して来れば?」
と無駄な譲り合いをしていた間に充填が終わり、時間差振り子式で射出されてしまった。

教団から奪ったマウデリン含有品を複数合成して造った中剣をフラーメに渡し、鞭を網に変化させて飛来する岩をキャッチ&リリース。

2人が走り出した後。背中から温かい拍手を受けた。
「もーちょっとだけ時間掛かるみたい」
「はーい」
子供は元気で良い。が!簀巻きには聞いてない。
マジキモい。早く軍部に引き渡したいなぁ。

頭でも打ったのかカンタチが大人しく、投石器なんてこんな近距離で使う物ではない。断じて。
「お前の仕込みか、カンタチ」
「はい!何か起きた時には使えと」
ベースの知能が低いようだ。

左右の2基が倒壊したのを確認。中央基には円月輪を飛ばして回転軸をカッティング。


前に出た2人が戻り掛けた時。異変は起きた。

「フシャァァァーーー」
追い付いたグーニャが建物の中に向かって威嚇。

ロビー奥から木霊する聞き覚えの無い女の声。
「この私の偽装を見破るとは大した物ね。流石は悪鬼の娘と言った所か」
笑ってる。あれで…偽装?

「皆私の後ろに!アローマ、フラーメ、グーニャ。救助者を守って!」
「はい!」
「おぅ」

総員が回ったのを見て槍を構えた。

後方からマリーナと小隊の足音も。
「フィーネ様!」
「マリーナ!一般人を出来るだけ遠避けて。何か来る」
「ハッ!あの建物から距離を取れ。避難誘導が優先だ」

「無駄よ!」
周囲の地面を割って這い出る出来たての死霊。元の材料は幾らでも転がっている。これが狙い?

救助者たちから悲鳴が上がる。

「2人の武器には聖属性が混じってる。首と手足を落として。グーニャは局所で火炎。延焼させないように」
「ニャン!」

「来て!ソラリマ」
『御意』

ソラリマを装備して槍を構え、地下の女の姿が出て来た瞬間に魔力を込めて投げ放った。

確実に胸を貫いたかに見えたが素通りしてロビーの壁を破るに終わる。

「何処を狙っているのかしら。挨拶も無しに」
余裕の表情。いやでも…冷や汗は掻いてるわ。

3歩前に出て近場のグールを斬り捨てた。
「初対面よね?挨拶も何もあんたが先に手出したんじゃなくて。それに…」
女は全裸で長杖だけを装備していた。
「服脱ぐ必要有ったの?子供の教育に良くないわ」

「人間の男は見た目で躊躇うからな!」
一理は有るけども。堂々と振り切った露出狂ね。

人間は、と言うなら何処ぞの魔族。レイルを呼びたいが王都の南部が消し飛ぶかもなんで止めとこ。

「名前位有るんでしょ?お父さんを知ってるなら高位の」
「我が名はプレドラ・マウマウ。あんな雑魚…と見過ごしていたからこうなったのか。あの時ベルエイガに邪魔されなければ、消し飛ばせていたものを」

槍を手元に戻し、杖と打ち合う。木製に見えるのにソラリマと合わせて少しも傷が入らないとは驚き。

メナスを装備してなら上に回れそう。でも人前であれ着るのはなぁ…。中央大陸では出来ればお披露目したくない。

半魔であの姿はちょっと厳しい。

「良い杖ね。魔力コートなら保有量も半端無いんでしょ。それよか止めてくれない?人の秘密をペラペラと」
「昔から口が軽くていけないわ。だから前線に出るのを控えてるのよ」
反省はしないタイプだな。

そろそろこの茶番も終わりにしよう。
「プレドラ!ハウス!!」
「なっ!?ギャァァァ」凪屋?玉屋の類義語かな?

だってロビー奥で周辺の遺体を寄せ集めて何か造ってたのが見え見えなんだもん。時間稼ぎも下手糞。

「準備するなら出る前にやっとかないと」
「…その猫に、邪魔された…」

「ナイス、グーニャ。大金星ね」
「ニャ~ン♡」

一帯のグールもその場で崩れ、元の肉塊に成り果てた。

掌の檻に浄化布を掛けサイレントを施し、更に唐草の風呂敷で厳重に畳んで収納。

アホな女で良かったぁ。

地に転がる力を失った杖をソラリマで輪切りにして収集。予想だが世界樹の枝ではと期待しちゃう♡

振り返った場所に立つフラーメが神妙な顔で。
「今聞こえた話は、黙って置けばいいのかい」
私の代わりにアローマが答えた。
「墓場まで。口外するなら私が姉さんを冥土に送ります」
「解ってるよ。怖い子だねぇ、全く」

もう薄ら広まってるからそこまでではないかな。何れはバレる事だし。他にも色々見られちゃったしね。


「はーい。約束してたパンだよー。ここじゃアレだからお家に帰ってから食べてねー」
「わーい」
子供たちは状況を全く理解してない様子。目の前に出されたパンに釘付けだ。

「他の方は一旦北の町に移送後。あちらと合わせて王都に戻ります」
「はい!」

遠巻きのマリーナを呼び寄せ。
「証拠は揃ったわ。フラーメとここの事後処理をお願い。3時間後に広間に転移するから宜しく」
「承知しました」
「あいよ」

「そこの簀巻きがカンタチ。今なら何でも正直に吐くから先に引き渡す。上層の隠者に殺されないように注意して。もしもの場合も慌てないで。元締めの両親も後で連行するから」
「助かります。見事な手腕でもう…言葉も無いです」

プレドラがどの位高位なのか。レイル知ってるかなぁ。

お世辞は半分聞き流し私たちは救助者を連れ、グリムゾルテに引き返した。

魔族にも邪神信者が居ても可笑しくはない。変ではないが何かが違う。

不自然な介入。中央への進出。トレードオフ。…う~む。
魔王は何を思い、教団は何を差し出したのかが見えない。

料理や食材で釣るにも限度が有るだろうし。

それもこれもプレドラが知っていれば早いが。あのアホっぷりでは信用出来ないな。




---------------

救助者のお風呂、食事、着替えの流れ作業。身元確認と健康チェックと続いた。

幸い虫歯やら風邪っぽいやら鼻炎やら。軽めの物ばかりで痛み止めと薬を処方するだけで済んだ。

希望が通ればタイラントで治療も出来る。ピエールが出さないと言えば売買契約寸前まで行った5人以外は置いて行く積もり。全員の希望を叶えられないのが心苦しい。

男女比3:7の救出者たち。凡そ半分が拉致された人。2割が真っ当な仕事と聞いて騙された人。残りが孤児で奴隷商のたらい回し。

家族が居るなら帰宅。その家族に売られていたなら進路相談。ノドガ邸に預けたラメル君らも含めるとかなりの数に上る。

アフターケアまできっちり持つのが外交てもんだ。

リレイルの屋敷のロビーに集めた救助者を前に。
「以上が簡単な流れです。王都で上層との折衝に入りますので1,2週は掛かる見込みです。文字が書けて家族が居るならまず手紙で遣り取りしてみて下さい。以外の方の希望に添えるよう努力はしますが確約は出来ません。
待機中は退屈で窮屈でしょうが牢獄生活よりはマシだと諦めて大人しく待っていて下さい」
「これを機に文字の読み書きや勉学に励みたいなどの希望が有れば上と相談して手配させます。自分の将来を見据えて無駄の無い生活を願います。普段の生活態度でお城仕事のご紹介、とかが有ると良いですね。それ位の気構えで過ごして下さい」

男の最年長者が挙手。
「どうぞ」
「俺は馬鹿で売れ残った口ですが。こんな俺でもタイラントで仕事を貰えたりするんでしょうか」
「自分を貶める言動は宜しくないよ。その思考性は雇い主にも喜ばれない。仕事を与えても途中で投げ出す、逃げ出すんじゃないかって誤解を与えてしまう。仕事は幾らでも有ります。飲食業の皿洗い、接客業、従者や付き人、農業、漁業、酪農、各工房の下働き。

頭が悪いと思っていても物事が覚えられない訳じゃ無いですよね?今までの経験、これから覚える知識は誰の物でもない自分だけの物。お金を貯めて誰かと所帯を持つも善し。何か新しい商売に挑戦するも善し。未来は与えられるのではなく、自分の手で掴み取って。
その最初の切っ掛けは必ず用意するから」
「は…はい!」
ちょっと涙ぐんでいた。

「さっきも述べたように。必ずしも出られる訳ではないのを頭の片隅に」
「そろそろ移動の時間でーす。各自心の準備を」

全員をロープで繋ぎ。
「ではセントバさん。近日中に入る国の査察を待ち、ここの後始末をお願いします」
「謹んで。スターレン様も御達者で」
「嫌だなぁ。王都が終わったら遊びに来ますよ。今度はゆっくりお茶でもしましょう」

セントバも孫娘さんも侍女たちも。皆の笑顔に見送られ、王都ザッハークへ旅立った。




---------------

丸で、嵐のような御仁だった。巷の噂通りの暴風だ。

リレイルなぞ小石とばかりに蹴散らし、枯れた葉枝の如く踏み砕いて行かれた。

従者となって五年。執事に上がって三十五年。シータ夫妻に従い、暗い仕事にも手を染めて来た。

とっくに私の本性にも気付かれているのだろう。故にスターレン様は後で様子を見に来ると仰った。

高額の給与に釣られ、家族を一切顧みなかった。孫を奪われて始めて搾取される側の痛みを知った愚かな老人。それが私だ。

どう購えば良いのか。どう償えば良いのか。南町から戻ってそればかりを考えていた。

「御爺様」
ニコリと笑う孫に腕を引かれた。
「これからどうされるのですか。地盤が生き残った表の斡旋業を続けるのですか」

「さて…。いっそ解体してしまおう」
「解体?」

「存続するには老齢の私では荷が重い。溢れた人材の受け入れ先の確保も必須。一度解体し、国の認可を受け。受諾されたなら再起する」
「国営化、ですか」

「独占しようと暗闇を走れば過ちは繰り返される。逆に競合を増やせば従業員の選択も増え。国営が為されれば正常化は保たれる。どうだミゼッタ」
「大変良い案だと思います。申請をした上でスターレン様のご意見をお伺いしたいですね」

「明日から早速素案作りだ。どの道リレイルに喜んで加担していたアデルは牢に入る。初代会長の座は内外を熟知したミゼッタが相応しい」
「私も天から注いだ自由を謳歌したいので。後任人事を急ぎましょう。御爺様は何処か行きたい場所などは有りますか?」

「共に行ってくれるのか。ならば…タイラントで余生を過ごしてみたいな」
「余生だなんて言わずに長生きを。希望が合致して嬉しいです」

「アデルの件は良いのか」
「私の中で父は既に亡くなりました。御母様が殺されても尚加担し続けた狂人なぞ。無用の長物です」

深い悲しみが明ける夜。

闇の全てを、たった一日で蹂躙し吹き抜けた暴風。

その張本人たちが住むタイラントとはどんなに素晴らしい国なのか。

遠き異国に思いを馳せながら。老人と孫は未来の国の姿に付いて屋敷の従者たちと語り明かした。
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