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第156話 王都ザッハーク動乱
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指輪が動き始めたのは本戦6日目の日暮れ前。
マリスの帰還が知れ渡った頃の事。当人は幽閉中で動けない状態が続いている。
組織との連絡手段を持っているかは不明。持っていなくても操縦者には筒抜けだ。
繋がりを隠す為に敢えて1日ずらしたのは明白。
各地の起点は昨日の時点で全員で回ってある。
それぞれ王都寄りの隠れられる場所を選択した。
指輪の行方は一時無視してレイルを南西に配置。フィーネとクワンとグーニャは予定通り北西と南東に構えた。
北東の大車輪のみ後回しで自分とソプラン、アローマでノドガ邸を拠点に手薄になった倉庫街を逆襲撃。
ラミル嬢を奪還後。ノドガ邸の屋上に陣取った。
3人だけやけど。
マリスの動向も考慮しながら改めて指輪の動きを追った。
さて、どう出るんだか。
内心ドキドキしながらコンパスを操作すると。初っ端は北西に動いた。頼むぜクワン。
---------------
輪っかたちの縄張から西側で待機中。大木の枝の隙間に身体を埋めてマナーモードのスマホを眺めた。
スターレン様からのメール着信でスマホが震えた。
初手はこちらに来たようだ。
大雑把に人間の気配を探ると総勢で二百規模が動き、三つ程度に分かれて動いていた。
主様に比べ、索敵の精度は低いが狩猟動物の本能に任せているとそう出た。
五から六十。前段、中段、後段と分けるなら。本隊は中段で構えている者たちが本命だと感じる。
残り香を辿ると南のカーチャ、北部のグリムゾルテの町辺りからの増援組かな。
ここで殲滅してしまうと南西のレイルダール様まで辿り着かない。
ゴッズが出現して人間が離脱した瞬間。そこが狙い目。
………おっそ。うぉそい!遅過ぎる!
温厚なあたしでも焦れて苛つくこの遅さ。
前段の大半を犠牲に輪っかに食い付かせ、後段が諸共切断して討伐を繰り返す玉砕戦法。狂ってる…
残りが数体になった所で中段が前に出て魔素溜りまで引き摺って斬り捨てた。
鳴り響く高音と衝撃波。それを見届け、生き残った人員を纏め転移で消え去った。
魔素溜りを中心に円柱が立ち上がる。最初はゆっくりとした起動。徐々にその場で回転し始めた。
回転と同時に新たな取り巻きが次々に生み出され、円柱とは逆方向に周回。数は数百、五百は軽く越えている。
時折取り巻きが円柱に接触。バリバリとした音色を奏でて静電気が発生。回転が更に加速するとそれは稲妻となって周辺の木々に着雷。
発火と同時に真っ青な火柱が天に向かい立ち上った。
雷光と火を受けたゴッズが発光。続いて足場が僅かに浮上。そろそろ頃合い。
持ってて良かった避雷石。フィーネ様が念の為に持たせてくれたのが早速役立った。
渦を巻いた火柱よりも上空へ舞うと、中心部に大きな穴。
予めソラリマを装備した状態で大穴へ飛び込み直滑降。
幾重の障壁を貫き、緑の巨大魔石諸共魔素溜りを粉砕。
仕上げに円柱を輪切りにして風を纏って大回転。外側の取り巻きの方向へ矯正してみると逆気流が発生して吸引。
上昇気流に乗り、再び真上へ引き連れ昇った。
シザーズの塔の頂点で反転。足で破滅の鉄球を掴み、残らず叩き撃ち潰した。
輪っかの残骸を全て回収して手薄な北東部に転移。
恐らく、王都に進路を辿らせるなら南東に向かう筈。誰も来ない可能性も有るけれど。
---------------
北西のクワンティからのシザーズリング討伐完了報告を受け、小さな湖畔の広大な沼地の東側へ隠れて待機。
普通の望遠鏡で覗きながら。
に、しても!
「臭いわね」
『臭いニャ~』
離れた場所でも尚臭う。沼地に飲み込まれた「色々な」物の腐敗臭が周辺一帯に立ち籠めていた。
速攻終わらせて直ぐ西を縦断する川で水浴びしよう!と意気込み見守った蒸れた夏模様。
雨が降ったら鼻がもげそう…。
空は晴天、雲1つ無い良い天気。助かります。
連絡が来てから大体30分後に敵影は西側から現われた。
数は…300前後。どっから湧いて来るのよもう。
何をするのか観察。人海戦術で沼の外周を囲み、油を撒いて火を放った。
これがホントの炙り出し。必要な燃料は埋まってる。供給不要で理に適った戦術だ。
沼の温湿度は急上昇。追い打ちで火の魔石を空気穴に投擲し出した。
醸し出される饐えた臭気。堪らず飛び出る双頭の蛇たち。
私たちは風上を目指して南へ移動。
大物の蛇が集まる場所が魔素溜りと踏んで討伐しながら追い込みを掛けた。
ズシリとした重く乾いた音色が響き渡る。振動は沼に吸収されたのか揺れはしなかった。
散り散りに逃げ出す人を盾に約半数が固まって消えた。
沼の上で手も繋がずに。凄い道具持ってる…。
スキルでないなら儀式に転用する重要品。出来ればそれも奪いたい。けどもそれは私の仕事ではない。
まずはゴッズを処理せねば。
沼地のほぼ中央部で発現したゴッズの巨体。取り巻きは意外に少なく百体前後。
「雑魚はグーニャに任せるわ」
『ハイニャ!』
西方向へ移動を始めた蛇集団の背後から忍び寄り、中央突破でゴッズの首根に魔力を込めた一撃を浴びせた。
勝った!と思った数秒前の私。
蛇はしぶとい。生命漲る蝮でした。
落とされた首や胴体から再生。たった一撃で3体に分裂させてしまった。
吐き出される汚泥攻撃も3倍に。腐った臭いも3倍に!
落ち着け私。グーニャは文句も言わず戦ってるんだ。
臭い位でどうと「オェェ」声と酸っぱいのが出た。
グーニャが炎を吐いて再着火。西側の進路妨害を開始。
負けてられない。
激しい嘔吐感に見舞われながらも冷静に観察。
ほんの僅か。攻撃が遅れ、後退した奴が居た。
切り離した胴体の方。脳よりも本能。魔石と心臓部が在るのが本体だった。
鎗から黒鞭に持ち替え変形させて下がった本体の頭部をセットで巻き締めた。
それを起点に蛇の背に乗り上がる。続けて右手のハンマーでのた打つ胴体を叩いて回った。
被覆が厚い場所。最も硬い箇所を探して。
左右の2匹を躱しつつ、私を巻き込もうと動いた尻尾を回り込み腹下へ潜った。
臭い、取れるかな…。
蛇の自重でプレスして来た本体を腹から鎗で突き上げ、魔石を砕き割って脈打つ心臓をも貫いた。
背中を破って外に出ると他の2匹が消滅。
素材が減ったのは痛かったけど勝利は勝利。
9割方グーニャの処理も終わった所で。
「そこまででいいわ。急いで水浴びしなきゃ」
『炎で滅菌しますかニャ』
「それ名案!」
自前クリアだけだと色々不安。
討伐したゴッズはマストで回収。取り巻きは程々に収納して離脱した。
次は何処に向かうのか非常に気になるが心身の浄化が先決です。
スタンに餌付かれたら生涯の不覚。歯も磨いてから次に行こうと決意して飛んだ。
---------------
クワンが次に向かった北東に加勢する積もりだったがノドガ邸を動けなくなった。
倉庫街を襲ってラミルさんを奪取したのが徒と為りて200規模の集団に屋敷を取り囲まれた。
ノドガが裏切ったのは明白だと。敵集団が勢い任せに飛び込み、警備兵を薙ぎ倒して各所の窓を破った。
本館のロビーに非戦闘員を一手に集め、ロープを張り巡らせて保護。
外の対応はソプランたちに任せた。
「まさかこんなにも早く切り捨てられるとは…」
嘆いたノドガに。
「ラミルさん以外人質居なかったからな。ここまで来たら諦めろ」
「しかしどうしてここを選んだのか」
「それを俺に聞くんだ。地下に大切な人を隠してるのに」
「そこまで…見抜かれていたとは」
「敢えて突っ込まない。飽くまで敵組織壊滅が俺たちの目的だから」
とは言え自分も今は表に出られない。王都で療養してる筈の人間なので。
地下への扉はこのロビーの奥に在る。
「守りたい場所で防衛するのがベストだろ?」
「まあ、そうなのだが…」
これでノドガは俺を裏切れない。逆に人質を取ったようで卑怯な手だが。
そもそもこの場で変身も出来んし。
---------------
クワンティも遣りおるのぉ。妾も負けておれん。
しかーし奴らはまだ来ない。暇じゃ。
「我らはどうすれば良いのか」
「偵察なのじゃろ。少し南で隠れておれ。妾の邪魔をすればこの世から消してやるぞよ。又は傀儡でもええぞ」
「隠れます」
この楽しみを奪われて堪るか。
出て来い召喚士。思い返せば妾を召喚し獄炎に縛り付けせしめた彼奴なら。
彼奴らの生まれ変わりならば。
あの時確かに肉体は滅ぼした。じゃが魂までは寸前で逃げられ奪えなかった。
獄炎はもう居らぬ。妾を西から遠ざけた積もりなら手遅れじゃて。
驚く顔が楽しみじゃ。
二度と過ちは冒さぬ。他の世界は知らぬが。この世の魔族を嘗めた罪。地獄が天国と思える程の苦痛を与えてやる。
レイルダールは腹を抱えて笑い転げた。
「私怨じゃ」
「は?」
「これは復讐なのじゃよ。とても醜く矮小な」
こんなに楽しい気分は何百年振りじゃろうな、ベルや。
---------------
何が起きている。いや違う。何故、何も起きない。
ゴッズを二体も呼び出して尚、どうして静かなんだ。
拠点が暴露されても襲って来ない。隠していた人質のみを奪い返され、大人しくしている。
腰抜けの若造だと侮った。
転生者としてもまだ若い。高々数世代生きただけの男に。
全てを覆されて行く。そう全てだ。
用意された策を正しく解き、蹂躙するのを楽しんでいるかの様。
全て読まれている…。と仮定する。
許されない。何百年の時を掛け、全ての時間を捧げた。
許せば。敗北を認めてしまえば。無に帰してしまう。
原因は探さなくとも解っている。
ラザーリアであの男を殺すべきだったのだ。若しくは御神様の真名を告げ、教徒に取り込むべきだった。
それをあの豚女と勇者が反対し…。
いやそれも違う。あの異質な存在を認識した時。既に手遅れだった。
複数の神の加護を受けられる異端。異質に与えられた力も碌に使わぬイレギュラー。
行使すれば世界を統べる力であると言うのに。
ふと嫌な予感が私を支配した。
あの男は勇者の証まで、もう手にしている…。
予感が脳裏を過った瞬間。南部の町テライスールの拠点で私は膝から崩れた。
否未だ。未だ認める訳には行かない。
奴らに知られていない人間なら幾らでも。
冷えた暗室内に並べられた容器。その中から一人の男を選び出した。
スターレンに強い憎しみを持つ者を。
「起きろマイアゼル。お前に復讐の機会を与えてやる」
中の養液を落とすとマイアゼルは静かに目を開けた。
「これは僥倖。必ずやお役に立ちましょう」
この男と直接の面識は無い。地下を掘る作業中に一時行方不明になっていた期間は有るが。死にかけで戻って来た時にはスターレンに強い執着を示していた。
記憶の大半を失っても愛する妻は忘れてはいなかった。
愛など見せ掛け。私は偽物を信じない。
マリスの身体が動かせなくなった以上、この私が自ら動くしか有るまい。
---------------
程々に疲れた表情を見せるソプランとアローマが外の処理を終えてロビーに戻った。
「お疲れさん」
「ここの兵との共同作業だからな」
「装備が良すぎて疲れませんね」
然様で御座るか。
自衛の兵士も掠り傷程度で済んでいる。今の所は。
「近場の敵影は消えた。第二波に備え、休養と傷の手当を交代で。俺は他の場所の様子を見て来る」
庭には死体が山積み。自分が居なくなると壁が消えるがこの場は2人に任せ北東部へ向かった。
召喚士を炙り出すまでは指輪の所有者は叩けない。
今し方指輪は南のテライスールから北東に移動した。そこが第二の拠点に違いない。
北東部には南東とは違う乾いた沼地が広がっていた。
南東の湖が情報よりも水量が少なく半分干上がりギルドの掲載は更新されていなかった。
疑念が湧くが敵が準備していたのなら納得も行く…かな。
縄張から出ない魔物を態々討伐する冒険者も居なかったんだと思う。強さの割に素材の価値が低いのかも。
汚泥に塗れ、水浴び浄化中のフィーネにメールを入れて南側の森で監視中のクワンと合流。
「疲れてるならノドガ邸で待機しててもいいよ。フィーネの方も少ししたらそっちに行くし」
「まだまだ元気一杯です。それにしてもこちらは静かで気持ちが悪いですね」
誰も来ないと言うクワンを疑う訳ではないが。確かに索敵しても双眼鏡で覗いても周辺にはアルマジロみたいな甲殻系魔物の姿しか映らない。
外れかな、と思い始めた頃。
「スターレン!上空です!」
ロイドの声が頭に響いた。
空を見上げるとそこには何と羽を生やした敵の姿が。
「なっ…」
「クワ?」
総数20。…それぞれが何か大きな物を抱え、その荷物をレトビラゴーレムの真上に投下した。
あれは荷物などでは無い。見紛う事無き、人間の姿。
「やりやがったな!」
人質を代価に俺はまんまと引き摺り出された。
地表のゴーレムを蹴散らし、着地点にロープを張って全員受け止める。
「やはり出て来たな、スターレン」
フル装備でも見抜かれた。状況的な判断か。いや…
「人間辞めたのか、マイアゼル」
レトビラが周りを転がる真ん中で気絶した人質を抱え。
「谷で一度死んだ身。お前を殺すまでは地獄に行けぬと力を授かった」
あの女の仇を取ろうと。
「俺を殺す?」
「餌は幾らでも有る。半数が町に待機しながら私の連絡を待っている。これ以上の説明は不要。さあ、その鎧を解くのだ。この外道が!!」
外道に外道言われた。
人質を抱えたままでは攻勢に出られない。転移すれば別場所の人が殺される。
易々とゴッズが呼び出され王都に直行。見事に封じられたな。
地上と上空で睨み合う。不利なのは断然こちらだ。
フルメイル解除しバッグに戻した。
「その収納袋も外せ」
ゆっくりとした動作で従う。
クワンは透明化したまま様子を伺っている。
「俺を恨むのはお門違いだと言った筈だ」
「サザイヤは…心優しき人だった」
「ん?」
「邪神に魅入られた私を救おうと。あの日、反対を押し切り潜っていたに過ぎない。発掘を妨害する為に!」
他の連中は隣で無表情。自我を持つのはマイアゼルだけだと見える。
「そこまで解っていたなら止めるべきだった。今抗えるなら方法は幾らでも有っただろ。俺の警告を無視したお前が悪い。責任を押し付けるな」
今更言われても信じられん。
信じたくないのではなく話自体が疑わしい。それを聞いても動じない俺も大概だが。
「黙れ!」今なんも喋ってねえし。
「お前の勘違いかも知れない。あの場所に居た残りの4人の名前を言ってみろ」
「…知らぬ」忘れたのではなく?
痛い所を突いたのか、上空のマイアゼルたちは黒い槍を造り出してゴーレムの頭上に振り降ろした。
交渉も面倒になったのでロープで巨大キューブを造り、人質とクワンを中に入れた。
キューブの天井の縁に腰を下ろして上を見上げる。
「他の人質はどうなっても構わないと」
「殺すのはお前らだ。俺じゃない」
何処に何人居るかも解らんし。助けた中にも居そうだし。
「その白い縄も解除するなら助けてやっても」
そう言われて大きな欠伸で返した。
「これ身体に埋め込んでるから外せない」
真っ赤な嘘です。
「貴様に化けて殺害しても良いんだぞ」
「俺今王都に居る事になってんだけど?言い訳なら幾らでも出来るからご勝手に~」
ロープの端で黒い槍雨を弾きながら。
背中の羽は隠せるんか。
苦し紛れに投げたマイアゼルの一投が最後のゴーレムに着弾。ゴッズ集団が湧いた。
中央のゴッズが変形する前にロープで締め上げ、逆さにして取り巻き毎沼地にボディープレス。取り巻きが粗方潰れるまで何度も何度も叩き付けた。
かなりの振動と地鳴り。もしかしなくても最寄りの町まで伝わっているような。
「どうする。早くしないと砦の兵士か冒険者が偵察に来るぞ。そんな恥ずかしい格好晒すのか。人間離れし過ぎるとあの世でサザイヤと逢えないぞ」
何となく適当です。
ゴッズは息絶えたようで生き残りが沼の端まで退避。
元々が泥の塊だから罪悪感が微塵も無い。実に倒し易い魔物だ。
「それは本当か」
「俺の直感だ」
後でクレーム入れられても困る。
悩んだ末にマイアゼルたちは地に降り立ち。
「私を…。私たちを殺してくれ。一思いに」
これも手を出した者の宿命か。
「…構わないが。他の人質の有無を聞かないとな」
誘拐して来たのは北部町ゾルテスンガの住人で他には居ないと。手形代りに金の指輪と空中でも使える転移の指輪を差し出した。
「俺を恨んでるんじゃなかったのか」
「ゴッズを手玉にする人間と戦おうとは思わん。早くサザイヤに遭いたい」
完全に諦めてまった。一応敵であるし、恋人を俺が殺してしまった訳なので。
これ以上傷を抉る行為は宜しくない。
拠点の一つはテライスールに在るのも判明してる。それが誰かを聞かずとも正確な場所さえ解れば潰すのは簡単。
南西は任せたぜレイル。
正しく導くなら昇霊門を開くべきだが借りに行くにもあっちは深夜から早朝。
「責めてもの情けと手向けだ。お前に良い物を見せてやる。南の奴に伝えるかは好きにしろ」
右腕のギプスを緩めて袖を捲った。
これを発動させるのは初めて。勇者の力を試すのも。
有翼竜の紋様が浮かび輝いた。
「そ…」
「勇者の証だそうだ」
「もっと早く、知っていれば…」
マイアゼルは地面に伏して啜り泣いた。
「これを手に入れたのはあの後だった。信じるかどうかは知らないが」
「くっ…」
煉獄に聖魔石を2つセット。
「覚悟は決まったか」
「あぁ…」
他の者も虚ろな眼差しのままだったが、やがて目を深く閉じた。
見送りの儀式を済ませ。火葬する前に。人質が目を覚ます前にクワンにゾルテスンガへ運んで貰った。
最後の告白は信じてやろう。
クワンが戻ってから薪に火を着けた。満天の夜空に立ち上る煙を見上げながら胸に手を合せ祈った。
迷わず行けよと。
---------------
魔族の不死者と人間の不死では意味合いがちと違う。
人間の身体では老化が鈍化する。止まる訳ではない。
臓物は強くは成る。再生される訳ではない。
外因に対して肉体が多少強くなる。不死身ではない。
それらを良く人間は勘違いをする。嘆かわしい。
例えば経った今土竜の巣に飛び込んだ愚かな召喚士がそうである。
四十前後の団体の後ろから。態と足音をコツコツ鳴らして近付いた。
一人一人首を刎ねながらその男…。いや老婆に詰め寄った。
「なぜ…貴様が」
「久しいのぉ。名も無き召喚士、かと思えば妾の代償に捧げられた姫ではないか」
名を忘れたから同じじゃが。
この愚女なら召喚術を熟知していても不思議は無い。
興醒め。急に虚しくなり肢体を砕いた所で止め、転移される前に腹を割って道具を取り上げた。
喧しく啼く喉も潰し、剥いだ衣服を口に詰め込んだ。
「大丈夫じゃ。此れしきで死にはせん」
お前の身体は不死者に近い。
大事そうに抱えた防具袋。中位の収納袋を奪い取り、その中身を打ち撒けた。
「良い物を集めたのぉ。生血に涙。これは娘から。樹液は新品。不死者でも殺せる毒薬。それと…麻薬とな」
毒薬は低位のみじゃと知っておらんのか。
生血と涙を樹液に全て混ぜ込み、涙と鼻水を垂れる愚女の口に注ぎ込んだ。
立ち所に傷口は塞がった。変形したまま。
痛みは引いたのか幾分顔色が良くなった。気がする。
「善かったのぉ。喜ぶと良いぞ。これでお前の身体を贄に捧げれば事足りる」
他人を使うまでもなく。
何より経験者なのじゃから緊張もすまい。
愚女の記憶を雑に読み取り、西大陸の詳細を探った。
南端部が本拠点。北側に三重の防衛線。対空装備も充実の品揃え。
西との念話道具はクエ・イゾルバ。毒薬の予備は無しで此れっ切り。麻薬の生産工場はゾルテスンガにも在る。
娘は檻の中で薬漬け…。双方実に愚か。
生贄の石台予備二つは西の海に沈んで引き上げ中。
クエで見付からなかった部品もゾルテかえ。
大体こんなものかの。
洞穴の奥に居る土竜の主に声を掛けた。
「邪魔したな。人間の死骸を所望するなら置いておく」
「我らは菜食派です。臭くなるのでお持ち帰り頂きたいのですが」
近場なら低位の念も通じる。
「数日したら奥の魔素溜りを壊しに来る。留まるも良し引っ越すも良しじゃ。それまでに決めるとええぞよ」
「仲間と相談します。今は地上の元眷属たちを何とかして頂きたい。越冬用の芋が奪われて困っています」
彼奴らも大食いじゃからな。
「直ぐに西へ帰す。心配無用じゃ」
「感謝します」
地上に戻り亜種たちに転移道具を渡した。
「何かが起きる前に首謀者を捕えてしもうてな。これで帰りアポリに伝えよ。毒薬は妾が奪った。予備が有っても此れしきでは娘は死なん。但し縛り付けておる麻薬が切れたら途端に暴れ出す。暫く遊んでやれば落ち着くとな」
「…有りの侭をお伝えします」
「数年内に遊びに行くから掃除をしておけよ」
「ハッ。我らはこれにて。その生塵はどうされるので」
存在を忘れておった。
「娘との交換材料には成るかの。三日後の今の時間にここへ取りに来ると良い。それまでに少し実験する」
実験と聞いて愚女の身体がビクリと撥ねた。
「承知しました」
亜種が帰った後、影の塵を岩場で炊き上げ愚女の足を引き摺り軽く脅しを掛けた。
「魔族を謀った罰じゃ。妾の言う通りにすれば身体を戻してやらんでもない」
大きく何度も頷いた。
戻すとは言っても根本を造り変えてしまうがのw
レイルダールの足取りは軽くゾルテスンガに向いた。
マリスの帰還が知れ渡った頃の事。当人は幽閉中で動けない状態が続いている。
組織との連絡手段を持っているかは不明。持っていなくても操縦者には筒抜けだ。
繋がりを隠す為に敢えて1日ずらしたのは明白。
各地の起点は昨日の時点で全員で回ってある。
それぞれ王都寄りの隠れられる場所を選択した。
指輪の行方は一時無視してレイルを南西に配置。フィーネとクワンとグーニャは予定通り北西と南東に構えた。
北東の大車輪のみ後回しで自分とソプラン、アローマでノドガ邸を拠点に手薄になった倉庫街を逆襲撃。
ラミル嬢を奪還後。ノドガ邸の屋上に陣取った。
3人だけやけど。
マリスの動向も考慮しながら改めて指輪の動きを追った。
さて、どう出るんだか。
内心ドキドキしながらコンパスを操作すると。初っ端は北西に動いた。頼むぜクワン。
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輪っかたちの縄張から西側で待機中。大木の枝の隙間に身体を埋めてマナーモードのスマホを眺めた。
スターレン様からのメール着信でスマホが震えた。
初手はこちらに来たようだ。
大雑把に人間の気配を探ると総勢で二百規模が動き、三つ程度に分かれて動いていた。
主様に比べ、索敵の精度は低いが狩猟動物の本能に任せているとそう出た。
五から六十。前段、中段、後段と分けるなら。本隊は中段で構えている者たちが本命だと感じる。
残り香を辿ると南のカーチャ、北部のグリムゾルテの町辺りからの増援組かな。
ここで殲滅してしまうと南西のレイルダール様まで辿り着かない。
ゴッズが出現して人間が離脱した瞬間。そこが狙い目。
………おっそ。うぉそい!遅過ぎる!
温厚なあたしでも焦れて苛つくこの遅さ。
前段の大半を犠牲に輪っかに食い付かせ、後段が諸共切断して討伐を繰り返す玉砕戦法。狂ってる…
残りが数体になった所で中段が前に出て魔素溜りまで引き摺って斬り捨てた。
鳴り響く高音と衝撃波。それを見届け、生き残った人員を纏め転移で消え去った。
魔素溜りを中心に円柱が立ち上がる。最初はゆっくりとした起動。徐々にその場で回転し始めた。
回転と同時に新たな取り巻きが次々に生み出され、円柱とは逆方向に周回。数は数百、五百は軽く越えている。
時折取り巻きが円柱に接触。バリバリとした音色を奏でて静電気が発生。回転が更に加速するとそれは稲妻となって周辺の木々に着雷。
発火と同時に真っ青な火柱が天に向かい立ち上った。
雷光と火を受けたゴッズが発光。続いて足場が僅かに浮上。そろそろ頃合い。
持ってて良かった避雷石。フィーネ様が念の為に持たせてくれたのが早速役立った。
渦を巻いた火柱よりも上空へ舞うと、中心部に大きな穴。
予めソラリマを装備した状態で大穴へ飛び込み直滑降。
幾重の障壁を貫き、緑の巨大魔石諸共魔素溜りを粉砕。
仕上げに円柱を輪切りにして風を纏って大回転。外側の取り巻きの方向へ矯正してみると逆気流が発生して吸引。
上昇気流に乗り、再び真上へ引き連れ昇った。
シザーズの塔の頂点で反転。足で破滅の鉄球を掴み、残らず叩き撃ち潰した。
輪っかの残骸を全て回収して手薄な北東部に転移。
恐らく、王都に進路を辿らせるなら南東に向かう筈。誰も来ない可能性も有るけれど。
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北西のクワンティからのシザーズリング討伐完了報告を受け、小さな湖畔の広大な沼地の東側へ隠れて待機。
普通の望遠鏡で覗きながら。
に、しても!
「臭いわね」
『臭いニャ~』
離れた場所でも尚臭う。沼地に飲み込まれた「色々な」物の腐敗臭が周辺一帯に立ち籠めていた。
速攻終わらせて直ぐ西を縦断する川で水浴びしよう!と意気込み見守った蒸れた夏模様。
雨が降ったら鼻がもげそう…。
空は晴天、雲1つ無い良い天気。助かります。
連絡が来てから大体30分後に敵影は西側から現われた。
数は…300前後。どっから湧いて来るのよもう。
何をするのか観察。人海戦術で沼の外周を囲み、油を撒いて火を放った。
これがホントの炙り出し。必要な燃料は埋まってる。供給不要で理に適った戦術だ。
沼の温湿度は急上昇。追い打ちで火の魔石を空気穴に投擲し出した。
醸し出される饐えた臭気。堪らず飛び出る双頭の蛇たち。
私たちは風上を目指して南へ移動。
大物の蛇が集まる場所が魔素溜りと踏んで討伐しながら追い込みを掛けた。
ズシリとした重く乾いた音色が響き渡る。振動は沼に吸収されたのか揺れはしなかった。
散り散りに逃げ出す人を盾に約半数が固まって消えた。
沼の上で手も繋がずに。凄い道具持ってる…。
スキルでないなら儀式に転用する重要品。出来ればそれも奪いたい。けどもそれは私の仕事ではない。
まずはゴッズを処理せねば。
沼地のほぼ中央部で発現したゴッズの巨体。取り巻きは意外に少なく百体前後。
「雑魚はグーニャに任せるわ」
『ハイニャ!』
西方向へ移動を始めた蛇集団の背後から忍び寄り、中央突破でゴッズの首根に魔力を込めた一撃を浴びせた。
勝った!と思った数秒前の私。
蛇はしぶとい。生命漲る蝮でした。
落とされた首や胴体から再生。たった一撃で3体に分裂させてしまった。
吐き出される汚泥攻撃も3倍に。腐った臭いも3倍に!
落ち着け私。グーニャは文句も言わず戦ってるんだ。
臭い位でどうと「オェェ」声と酸っぱいのが出た。
グーニャが炎を吐いて再着火。西側の進路妨害を開始。
負けてられない。
激しい嘔吐感に見舞われながらも冷静に観察。
ほんの僅か。攻撃が遅れ、後退した奴が居た。
切り離した胴体の方。脳よりも本能。魔石と心臓部が在るのが本体だった。
鎗から黒鞭に持ち替え変形させて下がった本体の頭部をセットで巻き締めた。
それを起点に蛇の背に乗り上がる。続けて右手のハンマーでのた打つ胴体を叩いて回った。
被覆が厚い場所。最も硬い箇所を探して。
左右の2匹を躱しつつ、私を巻き込もうと動いた尻尾を回り込み腹下へ潜った。
臭い、取れるかな…。
蛇の自重でプレスして来た本体を腹から鎗で突き上げ、魔石を砕き割って脈打つ心臓をも貫いた。
背中を破って外に出ると他の2匹が消滅。
素材が減ったのは痛かったけど勝利は勝利。
9割方グーニャの処理も終わった所で。
「そこまででいいわ。急いで水浴びしなきゃ」
『炎で滅菌しますかニャ』
「それ名案!」
自前クリアだけだと色々不安。
討伐したゴッズはマストで回収。取り巻きは程々に収納して離脱した。
次は何処に向かうのか非常に気になるが心身の浄化が先決です。
スタンに餌付かれたら生涯の不覚。歯も磨いてから次に行こうと決意して飛んだ。
---------------
クワンが次に向かった北東に加勢する積もりだったがノドガ邸を動けなくなった。
倉庫街を襲ってラミルさんを奪取したのが徒と為りて200規模の集団に屋敷を取り囲まれた。
ノドガが裏切ったのは明白だと。敵集団が勢い任せに飛び込み、警備兵を薙ぎ倒して各所の窓を破った。
本館のロビーに非戦闘員を一手に集め、ロープを張り巡らせて保護。
外の対応はソプランたちに任せた。
「まさかこんなにも早く切り捨てられるとは…」
嘆いたノドガに。
「ラミルさん以外人質居なかったからな。ここまで来たら諦めろ」
「しかしどうしてここを選んだのか」
「それを俺に聞くんだ。地下に大切な人を隠してるのに」
「そこまで…見抜かれていたとは」
「敢えて突っ込まない。飽くまで敵組織壊滅が俺たちの目的だから」
とは言え自分も今は表に出られない。王都で療養してる筈の人間なので。
地下への扉はこのロビーの奥に在る。
「守りたい場所で防衛するのがベストだろ?」
「まあ、そうなのだが…」
これでノドガは俺を裏切れない。逆に人質を取ったようで卑怯な手だが。
そもそもこの場で変身も出来んし。
---------------
クワンティも遣りおるのぉ。妾も負けておれん。
しかーし奴らはまだ来ない。暇じゃ。
「我らはどうすれば良いのか」
「偵察なのじゃろ。少し南で隠れておれ。妾の邪魔をすればこの世から消してやるぞよ。又は傀儡でもええぞ」
「隠れます」
この楽しみを奪われて堪るか。
出て来い召喚士。思い返せば妾を召喚し獄炎に縛り付けせしめた彼奴なら。
彼奴らの生まれ変わりならば。
あの時確かに肉体は滅ぼした。じゃが魂までは寸前で逃げられ奪えなかった。
獄炎はもう居らぬ。妾を西から遠ざけた積もりなら手遅れじゃて。
驚く顔が楽しみじゃ。
二度と過ちは冒さぬ。他の世界は知らぬが。この世の魔族を嘗めた罪。地獄が天国と思える程の苦痛を与えてやる。
レイルダールは腹を抱えて笑い転げた。
「私怨じゃ」
「は?」
「これは復讐なのじゃよ。とても醜く矮小な」
こんなに楽しい気分は何百年振りじゃろうな、ベルや。
---------------
何が起きている。いや違う。何故、何も起きない。
ゴッズを二体も呼び出して尚、どうして静かなんだ。
拠点が暴露されても襲って来ない。隠していた人質のみを奪い返され、大人しくしている。
腰抜けの若造だと侮った。
転生者としてもまだ若い。高々数世代生きただけの男に。
全てを覆されて行く。そう全てだ。
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全て読まれている…。と仮定する。
許されない。何百年の時を掛け、全ての時間を捧げた。
許せば。敗北を認めてしまえば。無に帰してしまう。
原因は探さなくとも解っている。
ラザーリアであの男を殺すべきだったのだ。若しくは御神様の真名を告げ、教徒に取り込むべきだった。
それをあの豚女と勇者が反対し…。
いやそれも違う。あの異質な存在を認識した時。既に手遅れだった。
複数の神の加護を受けられる異端。異質に与えられた力も碌に使わぬイレギュラー。
行使すれば世界を統べる力であると言うのに。
ふと嫌な予感が私を支配した。
あの男は勇者の証まで、もう手にしている…。
予感が脳裏を過った瞬間。南部の町テライスールの拠点で私は膝から崩れた。
否未だ。未だ認める訳には行かない。
奴らに知られていない人間なら幾らでも。
冷えた暗室内に並べられた容器。その中から一人の男を選び出した。
スターレンに強い憎しみを持つ者を。
「起きろマイアゼル。お前に復讐の機会を与えてやる」
中の養液を落とすとマイアゼルは静かに目を開けた。
「これは僥倖。必ずやお役に立ちましょう」
この男と直接の面識は無い。地下を掘る作業中に一時行方不明になっていた期間は有るが。死にかけで戻って来た時にはスターレンに強い執着を示していた。
記憶の大半を失っても愛する妻は忘れてはいなかった。
愛など見せ掛け。私は偽物を信じない。
マリスの身体が動かせなくなった以上、この私が自ら動くしか有るまい。
---------------
程々に疲れた表情を見せるソプランとアローマが外の処理を終えてロビーに戻った。
「お疲れさん」
「ここの兵との共同作業だからな」
「装備が良すぎて疲れませんね」
然様で御座るか。
自衛の兵士も掠り傷程度で済んでいる。今の所は。
「近場の敵影は消えた。第二波に備え、休養と傷の手当を交代で。俺は他の場所の様子を見て来る」
庭には死体が山積み。自分が居なくなると壁が消えるがこの場は2人に任せ北東部へ向かった。
召喚士を炙り出すまでは指輪の所有者は叩けない。
今し方指輪は南のテライスールから北東に移動した。そこが第二の拠点に違いない。
北東部には南東とは違う乾いた沼地が広がっていた。
南東の湖が情報よりも水量が少なく半分干上がりギルドの掲載は更新されていなかった。
疑念が湧くが敵が準備していたのなら納得も行く…かな。
縄張から出ない魔物を態々討伐する冒険者も居なかったんだと思う。強さの割に素材の価値が低いのかも。
汚泥に塗れ、水浴び浄化中のフィーネにメールを入れて南側の森で監視中のクワンと合流。
「疲れてるならノドガ邸で待機しててもいいよ。フィーネの方も少ししたらそっちに行くし」
「まだまだ元気一杯です。それにしてもこちらは静かで気持ちが悪いですね」
誰も来ないと言うクワンを疑う訳ではないが。確かに索敵しても双眼鏡で覗いても周辺にはアルマジロみたいな甲殻系魔物の姿しか映らない。
外れかな、と思い始めた頃。
「スターレン!上空です!」
ロイドの声が頭に響いた。
空を見上げるとそこには何と羽を生やした敵の姿が。
「なっ…」
「クワ?」
総数20。…それぞれが何か大きな物を抱え、その荷物をレトビラゴーレムの真上に投下した。
あれは荷物などでは無い。見紛う事無き、人間の姿。
「やりやがったな!」
人質を代価に俺はまんまと引き摺り出された。
地表のゴーレムを蹴散らし、着地点にロープを張って全員受け止める。
「やはり出て来たな、スターレン」
フル装備でも見抜かれた。状況的な判断か。いや…
「人間辞めたのか、マイアゼル」
レトビラが周りを転がる真ん中で気絶した人質を抱え。
「谷で一度死んだ身。お前を殺すまでは地獄に行けぬと力を授かった」
あの女の仇を取ろうと。
「俺を殺す?」
「餌は幾らでも有る。半数が町に待機しながら私の連絡を待っている。これ以上の説明は不要。さあ、その鎧を解くのだ。この外道が!!」
外道に外道言われた。
人質を抱えたままでは攻勢に出られない。転移すれば別場所の人が殺される。
易々とゴッズが呼び出され王都に直行。見事に封じられたな。
地上と上空で睨み合う。不利なのは断然こちらだ。
フルメイル解除しバッグに戻した。
「その収納袋も外せ」
ゆっくりとした動作で従う。
クワンは透明化したまま様子を伺っている。
「俺を恨むのはお門違いだと言った筈だ」
「サザイヤは…心優しき人だった」
「ん?」
「邪神に魅入られた私を救おうと。あの日、反対を押し切り潜っていたに過ぎない。発掘を妨害する為に!」
他の連中は隣で無表情。自我を持つのはマイアゼルだけだと見える。
「そこまで解っていたなら止めるべきだった。今抗えるなら方法は幾らでも有っただろ。俺の警告を無視したお前が悪い。責任を押し付けるな」
今更言われても信じられん。
信じたくないのではなく話自体が疑わしい。それを聞いても動じない俺も大概だが。
「黙れ!」今なんも喋ってねえし。
「お前の勘違いかも知れない。あの場所に居た残りの4人の名前を言ってみろ」
「…知らぬ」忘れたのではなく?
痛い所を突いたのか、上空のマイアゼルたちは黒い槍を造り出してゴーレムの頭上に振り降ろした。
交渉も面倒になったのでロープで巨大キューブを造り、人質とクワンを中に入れた。
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そう言われて大きな欠伸で返した。
「これ身体に埋め込んでるから外せない」
真っ赤な嘘です。
「貴様に化けて殺害しても良いんだぞ」
「俺今王都に居る事になってんだけど?言い訳なら幾らでも出来るからご勝手に~」
ロープの端で黒い槍雨を弾きながら。
背中の羽は隠せるんか。
苦し紛れに投げたマイアゼルの一投が最後のゴーレムに着弾。ゴッズ集団が湧いた。
中央のゴッズが変形する前にロープで締め上げ、逆さにして取り巻き毎沼地にボディープレス。取り巻きが粗方潰れるまで何度も何度も叩き付けた。
かなりの振動と地鳴り。もしかしなくても最寄りの町まで伝わっているような。
「どうする。早くしないと砦の兵士か冒険者が偵察に来るぞ。そんな恥ずかしい格好晒すのか。人間離れし過ぎるとあの世でサザイヤと逢えないぞ」
何となく適当です。
ゴッズは息絶えたようで生き残りが沼の端まで退避。
元々が泥の塊だから罪悪感が微塵も無い。実に倒し易い魔物だ。
「それは本当か」
「俺の直感だ」
後でクレーム入れられても困る。
悩んだ末にマイアゼルたちは地に降り立ち。
「私を…。私たちを殺してくれ。一思いに」
これも手を出した者の宿命か。
「…構わないが。他の人質の有無を聞かないとな」
誘拐して来たのは北部町ゾルテスンガの住人で他には居ないと。手形代りに金の指輪と空中でも使える転移の指輪を差し出した。
「俺を恨んでるんじゃなかったのか」
「ゴッズを手玉にする人間と戦おうとは思わん。早くサザイヤに遭いたい」
完全に諦めてまった。一応敵であるし、恋人を俺が殺してしまった訳なので。
これ以上傷を抉る行為は宜しくない。
拠点の一つはテライスールに在るのも判明してる。それが誰かを聞かずとも正確な場所さえ解れば潰すのは簡単。
南西は任せたぜレイル。
正しく導くなら昇霊門を開くべきだが借りに行くにもあっちは深夜から早朝。
「責めてもの情けと手向けだ。お前に良い物を見せてやる。南の奴に伝えるかは好きにしろ」
右腕のギプスを緩めて袖を捲った。
これを発動させるのは初めて。勇者の力を試すのも。
有翼竜の紋様が浮かび輝いた。
「そ…」
「勇者の証だそうだ」
「もっと早く、知っていれば…」
マイアゼルは地面に伏して啜り泣いた。
「これを手に入れたのはあの後だった。信じるかどうかは知らないが」
「くっ…」
煉獄に聖魔石を2つセット。
「覚悟は決まったか」
「あぁ…」
他の者も虚ろな眼差しのままだったが、やがて目を深く閉じた。
見送りの儀式を済ませ。火葬する前に。人質が目を覚ます前にクワンにゾルテスンガへ運んで貰った。
最後の告白は信じてやろう。
クワンが戻ってから薪に火を着けた。満天の夜空に立ち上る煙を見上げながら胸に手を合せ祈った。
迷わず行けよと。
---------------
魔族の不死者と人間の不死では意味合いがちと違う。
人間の身体では老化が鈍化する。止まる訳ではない。
臓物は強くは成る。再生される訳ではない。
外因に対して肉体が多少強くなる。不死身ではない。
それらを良く人間は勘違いをする。嘆かわしい。
例えば経った今土竜の巣に飛び込んだ愚かな召喚士がそうである。
四十前後の団体の後ろから。態と足音をコツコツ鳴らして近付いた。
一人一人首を刎ねながらその男…。いや老婆に詰め寄った。
「なぜ…貴様が」
「久しいのぉ。名も無き召喚士、かと思えば妾の代償に捧げられた姫ではないか」
名を忘れたから同じじゃが。
この愚女なら召喚術を熟知していても不思議は無い。
興醒め。急に虚しくなり肢体を砕いた所で止め、転移される前に腹を割って道具を取り上げた。
喧しく啼く喉も潰し、剥いだ衣服を口に詰め込んだ。
「大丈夫じゃ。此れしきで死にはせん」
お前の身体は不死者に近い。
大事そうに抱えた防具袋。中位の収納袋を奪い取り、その中身を打ち撒けた。
「良い物を集めたのぉ。生血に涙。これは娘から。樹液は新品。不死者でも殺せる毒薬。それと…麻薬とな」
毒薬は低位のみじゃと知っておらんのか。
生血と涙を樹液に全て混ぜ込み、涙と鼻水を垂れる愚女の口に注ぎ込んだ。
立ち所に傷口は塞がった。変形したまま。
痛みは引いたのか幾分顔色が良くなった。気がする。
「善かったのぉ。喜ぶと良いぞ。これでお前の身体を贄に捧げれば事足りる」
他人を使うまでもなく。
何より経験者なのじゃから緊張もすまい。
愚女の記憶を雑に読み取り、西大陸の詳細を探った。
南端部が本拠点。北側に三重の防衛線。対空装備も充実の品揃え。
西との念話道具はクエ・イゾルバ。毒薬の予備は無しで此れっ切り。麻薬の生産工場はゾルテスンガにも在る。
娘は檻の中で薬漬け…。双方実に愚か。
生贄の石台予備二つは西の海に沈んで引き上げ中。
クエで見付からなかった部品もゾルテかえ。
大体こんなものかの。
洞穴の奥に居る土竜の主に声を掛けた。
「邪魔したな。人間の死骸を所望するなら置いておく」
「我らは菜食派です。臭くなるのでお持ち帰り頂きたいのですが」
近場なら低位の念も通じる。
「数日したら奥の魔素溜りを壊しに来る。留まるも良し引っ越すも良しじゃ。それまでに決めるとええぞよ」
「仲間と相談します。今は地上の元眷属たちを何とかして頂きたい。越冬用の芋が奪われて困っています」
彼奴らも大食いじゃからな。
「直ぐに西へ帰す。心配無用じゃ」
「感謝します」
地上に戻り亜種たちに転移道具を渡した。
「何かが起きる前に首謀者を捕えてしもうてな。これで帰りアポリに伝えよ。毒薬は妾が奪った。予備が有っても此れしきでは娘は死なん。但し縛り付けておる麻薬が切れたら途端に暴れ出す。暫く遊んでやれば落ち着くとな」
「…有りの侭をお伝えします」
「数年内に遊びに行くから掃除をしておけよ」
「ハッ。我らはこれにて。その生塵はどうされるので」
存在を忘れておった。
「娘との交換材料には成るかの。三日後の今の時間にここへ取りに来ると良い。それまでに少し実験する」
実験と聞いて愚女の身体がビクリと撥ねた。
「承知しました」
亜種が帰った後、影の塵を岩場で炊き上げ愚女の足を引き摺り軽く脅しを掛けた。
「魔族を謀った罰じゃ。妾の言う通りにすれば身体を戻してやらんでもない」
大きく何度も頷いた。
戻すとは言っても根本を造り変えてしまうがのw
レイルダールの足取りは軽くゾルテスンガに向いた。
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