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第150話 闘技大会本戦前(前編)

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フィーネの予想通りに大会本戦まで誰も接触しては来なかった。

王宮広間の特設会場に集められた男女各40名。
知った顔はフラーメのみ。

到着が遅れていたヤーチェ隊の5名も約1週間遅れで間に合った。

なぜ知っているかはレイルに教えて貰ったのと、速攻で俺が絡まれたから。

「お前がスターレンか」
「そうだが誰だ」
「俺はヤーチェ・ココ。優勝を狙いに来た」
「それはそれは。当たったらお手柔らかに」
当たらないけど。

軽く握手を交したが特に何も無かった。

変態集団と知名度は高い。けれども見た目と挨拶した感じは5人共普通の上級冒険者と何ら変わらず、意外な印象で寧ろ好感が持てた。

ステは軒並み高め。装備も上等。東で活躍していた事だけはある。


ピエールの挨拶が終わり、本戦出場者にはトーナメント表と闘技場への特別出入り口の案内が配られた。

後程にその場所まで案内される。

至れり尽くせり。表で確認すると俺とゼノンは大会3日目。
フィーネは4日目。これなら問題無く荷物を預け合える。

1日に5組の対戦が行われる計算。

本戦開始は5日後に設定された。最大想定の月末よりも4日程早い開催となった。

王に代わってレオハインが登壇。
「本戦まで休養期間を設けた。特に罰則は無いが本戦出場者同士の過度な接触は控えて貰いたい。
罰則の代わりに大会中の個人評価が下げられると思ってくれ給え。評価は特別枠と賞金額の査定だ。
八百長や温い試合をしたならば二束三文で帰って貰う」
響めきと舌打ちが収まるのを待ち。
「だからと言って大怪我や重度の負傷を負ってしまっては元も子もない。以降も当国に留まってくれるなら生活全般の保証と事務仕事を約束する」
手厚い囲い込みだ。

その他注意事項。

賭博は2回戦以降。先程の八百長防止との兼ね合いで。

スキルの使用。対外的、肉体的な攻防補助系スキルの使用は可。
精神的干渉スキルの使用は不可。舞台装置に記録が残る仕組みで即刻退場&罰金刑&国外退去。以外のスキルは任意だがお披露目したくなければ使うな。

殺し合いではなく純粋な武術大会だと念押しされた。

大会終了までの質問、要望、苦情等は南城門前の兵舎屋に問い合わせ。

異議や反意は上がらなかったのでそのまま調印式へと移り各自サインして開会式は終了。


男性部門1回戦2日目のヤーチェとハイマンの対戦が自分の中では見所。だって他は知らん名前やし。

ヤーチェ隊からの出場は隊長と副隊長のバリン、偵察役のムリム・チャーの3名。

衛兵引率で男女別会場まで歩いていた時にハイマンが声を掛けて来た。
「スターレン殿。ハイマンと申します。テレンスでは息子が飛んだ迷惑を掛けてしまったそうで」
「あぁ、アレハ君も度胸は買うけどやんちゃが過ぎるよ。
しっかり教育しないと」
「面目ない。誰に似てしまったんだか。大会が終わったら引退するので息子を一から鍛え直します」

「まだ若いのに勿体ない。因みに引退後のお仕事は決まってたりします?」
「確定ではないですが一応は。以前からテレンスの自警団に誘われてまして」
それは残念だな。
「もし良ければタイラントに一家揃って来ませんか?東の現役冒険者さんと対等に渡り合えたなら。その腕高く買いますよ。他にも仕事は豊富です」

「それは願ったりで。これは頑張って善戦しないと」
礼儀正しい爽やかな人だ。人物像は文句無し。予選からの勝ち上がり者なら腕も保証されたような物。
「是非検討を。俺実はここだけの話。冒険者よりも商いが本業なんです。運良くちょっと強い魔物に止め刺せただけで周りがギャーギャー。ホントいい迷惑です」

「…運でゴッズを倒せてしまうんですか?ちょっとそれは信じられませんが」
知られちゃってたか。取り繕うのが手間だ。

苦笑いを浮べ合い。初期の交渉はお流れ。
平和的に解決出来ればまた声を掛けてみよう。

他にも周囲に聞き耳を立てる人が多数。有力者ならスカウトしてもいい。

でも品性を重視します。今も横から俺の足を引っ掛けようとする輩がソプランに蹴り飛ばされていた。
「あー悪い。通行の邪魔だった」
「こ、このっ」

最後尾の衛兵が叫んだ。
「都内での喧嘩は普通に処罰されます。本格的に遣り合いたいなら王都を出てから存分に」


途中の停留所から馬車に切り替わり。闘技場との往復はざっと1時間。

その間も知らん奴に囲まれて居心地は最悪。

西側の人間って血の気が多いのか隣のソプラン以外は赤一色。色なんて見なくてもメチャメチャガン飛ばして睨んで来た。そして汗臭い。

「何か話し掛けるなら風呂と歯を磨いてからにして。女にモテない奴とは話さない」

その言葉が効いたのかは不明だが全員窓の外に視線を移した。




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自室で集合。見れなかった女性部門のトーナメント表を見てフィーネの対戦相手は…。

「フラーメか」
「これって運が良いのかな」

「悪くはないでしょ。誰とやっても負けるんだしさ。フラーメに取っては貴重な一勝だよ」
「どんな風に負けるのかが悩ましい」
腕組みしながら唸った。

「適当に体調不良でもいいし。一撃受けて場外まで吹っ飛ぶとか」
「内部破壊の武器でなければ良いのですが」
それも懸念の一つだったな。

「経験有る上級者なら握れば解るさ。気付いてないようだったり違和感感じたら体調不良でいいんじゃない?」
「そうしよっかなぁ」


「ゼノンとはスマホで打ち合わせするとして。ソプランたちにどう動いて貰うか」
「西か南か」

「重要度と危険度は南が高い。西側はもう流れに任せようかなって考えてる。内通者の候補が多過ぎて接触と同時に押えた方が手っ取り早い」
「まあそうなるか」

「西は妾が対処してやろうかの。落ち合うとすればチャーチャの町じゃろ。船で川を逆上して来るなら…。夜釣りでもしながら邪魔してやるも良しじゃ」
「いいね。そうして貰おうか。コンパス持ってく?」
「不要じゃ。一度捉えた魂なら外し様も無い。例え見てくれを弄ろうともな」
心強いの一言。

金貨をそれぞれ百枚ずつ支給して。
「レイルのは宿賃と怪しい奴を買収してみて。下手に従属化して本命に気付かれるよりも金に釣られる奴の方が扱い易いから」
「初めての試みじゃ。久々にワクワクするのぉ」
暴走しない事だけ祈ります。

「南はソプランたちとクワンで。指輪の位置情報は逐一メールで送る」
「まずは敵の規模の把握からだな。叩けそうなら叩いてもいいのか?」
「うーん。初手は流そうか。何時動き出すのかが気になる」
「動くとしてもキャラバン相当でしょう。それ以上だと悪目立ちしますし。無関係な一般人が盾にされているかも知れません」
「厄介だな。行き違いでケツ追い立てるとするか」

移動は全てクワン頼み。先日の偵察で南西港のクエ・イゾルバ以外は全て把握している。

「私たちが拘束される4日間が勝負ね」
「大人しく待っててくれる…わきゃないよなぁ。こっちは大会3日前から動く予定で準備進めといて」

言いつつ各自の荷物整理位しかやる事も無いんですが。




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オフにも出来た4日前。

平壌の防具セットをロイドちゃん用に加工しよう、と思い立ったが適した場所が有りませんでした。

オークションで落とした鍛冶道具は直ぐにでも使えたが他の窯や炉や桶を作ってない。

1日で出来るもんでもない。

んな訳で羽根帽子と両グローブに着手した。

まずベレー帽は落下の懸念が拭えない。解決するかは別にしてレイルの髪とガルーダの羽根飾りから1枚羽根を抜き取って帽子と合成した。

名前:孤高の羽帽子・改
性能:防御力2900
   催眠、睡眠、呪詛、呪術攻撃無効
   索敵スキル上昇
   遠距離武器の命中精度上昇
   脱落防止機能搭載
特徴:知能が微増。する気がする

質感がより滑らかに。色味がベージュ色に変化。羽根飾りに1枚小さく加わった。

「もう一声欲しいとこだな」
「かなり贅沢な悩みだけど」
「改良の余地は有る。妾なら獄炎の逆鱗を使うぞな」
手付かずの獄炎シリーズの何かか。
「続きはタイラントに帰ってからかな」

頭部の保護が不足勝ちなアローマにお試しで渡した。
「落ちはしないようですが誰かに取られてしまったら」
「その時はその時。今のそれなら他の物で再現も出来そうだしさ」
試着させてみるとアローマの黒髪にも良く似合う。どんな髪色にも相性は良さげ。
「大切にお預かり致します」


革製品の白黒グローブに金属製品を合成するとどうなる?
レイルじゃないが疑問から胸が躍った。

結果は良好。元の伸縮素材にアームレストが張り付いて脱着まで簡単に。

名前:癒しの籠手・改(左手用)
性能:防御力4000
   装備者と籠手で触れた者の傷を癒す
   (最上級の傷薬程度)
   自武装の摩擦音、衝突音消去機能搭載
特徴:白い大蛇の皮から作られた籠手

名前:重圧の籠手・改(右手用)
性能:防御力3800
   触れた相手の小さな傷を大きくする
   (装着者の魔力付与で変動)
   自武装の摩擦音、衝突音消去機能搭載
特徴:黒い大蛇の皮から作られている

「こっちも性能は上がったけど今一やね」
「帽子に適用されるかは解らないけどそれぞれマウデリン配合してみよっか」
打てる手はそれ位。


現段階ではここまでにして明日の3人とクワン用のお弁当を作成。レイルからのリクエストもあって色々とデザートまで。

特別マーカーを貰ったクワンは空のお散歩に出掛けた。

キッチンを女子3名に占領されてしまい…焙れた俺は。
鍛冶セットの大きな砥石でソプランと並んで標準武器を研ぎ捲った。

「そういやお前の大会用防具はどうすんだ」
「あーそれね。古代遺跡産の物を適当に」
「俺が前に借りてた奴か」
「それそれ」

ある程度露出してないと演技も出来ない。その点上半身だけの軽装鎧で充分足りる。




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王都ザッハークを離れ南町のベンツールに下った。
馬車なら三日を数分で…。

今回の俺たちの任務は偵察が主。

商業、冒険者ギルドに立ち寄り怪しげな集団の目撃情報を尋ねたが有益な情報は取れなかった。

怪しくないなら表向きは普通の行商隊に扮している。
規模を推測するなら三十から五十程度。東で構えてた奴らと同程度だと見込む。

複数隊に分かれていたら外れ。だが上位の転移道具でも一度に運べる人数は百。実戦部隊はその数内だと判断。
それ以上になるとお手上げだ。

この町には港でもないのに倉庫街が在る。
宿に一部。倉庫に大部分が居ると見て間違いない。

商業ギルドに戻って倉庫街から一番近い宿を紹介して貰い、その宿を一週間連泊で押えた。

倉庫を備え、国も敵に取ってもベンツールは重要な拠点となる町だ。

巡回に回っている兵士の数も多い。

市場の食糧品も東西北の町よりは豊富に揃っていた。

宿に入って昼の弁当を食べながら。
「午後は順当に酒場巡りから始める。クワンティは空からの監視役。俺たちが危ねえと思えば飛び込んでくれ」
「帰りが不明なので窓の外のベランダで待機を」
「クワッ」

アローマがお嬢から借りた双眼鏡で辺りを覗いた感じだと大人数が集まる倉庫は五棟。
「私だと大雑把な物しか見えません。夜にお二人を呼びましょう」
詳細を安全に知るには桁外れなお嬢の魔力かスターレンのスキルに頼る以外無い。
「悔しいが仕方ねえな」

俺とアローマも何度か枯渇をやって底上げしてみたが二人共上限に張り付いたとシュルツに判定された。

俺が二千八百。アローマが四千二百。そこが個人の素養限界点だそうだ。

成長期で伸び代の有るシュルツは成人してから上限を目指すと言っていた。羨ましい限りだ。

昼間から営業してる酒場は三軒中一軒。手始めにその店から。

カウンター席に並んで座り。
「何かお勧めの酒と摘まみでいい」
「私もそれで」

眉間の皺が深いおっさんが睨み付ける。
「余所もんに出す酒はねえ。かえんな」

店内の他の客が薄ら笑っていた。
「王都に近いのに湿気てんなぁ」
「帰りましょうか」

席を立つと後ろに居た客まで立ち上がった。
「姉ちゃんになら俺が奢ってやるぜ」
「結構です。お金には困っておりませんので」

酒臭え兄ちゃんが鼻息荒く。
「ああん?この俺様の酒が飲めねえってのか」
「飲みたくないです。そして臭いですね」
「あんだと!」

アローマの隣で金貨を一枚指で弾いて見せた。

目の色を変える客たち。雑魚を尻目に店の外へ出た。
ぞろぞろ付いて来て。
「待てよ。有り金全部置いてけや」
さっきの生意気な兄ちゃんが短剣を抜いた。

あっと言う間に十人に囲まれて。
半数ずつ処理した。五秒も掛けちまった。

全員片膝を砕いて逃げられなくしてから衛兵を呼び、連行して貰った。
「真っ昼間に武器抜いて襲って来やがってよ。事情聴取があるなら付いてくぜ」
「い、いえ。界隈では悪名高い連中です。ご協力感謝します。この状況を見れば明らか。同伴は結構」
丸で探られたくねえみたいな反応だ。
「まあいいや。ここいらで飲み直すから何かあったら声掛けてくれ」
「承知しました…」

店内に入り直してまたカウンターに座った。
「序でにあいつらの代金払ってやるからお勧め出せや」
「一度顔を合せたので余所者ではありませんよね」

「ホントに…払ってくれるのか?」
幾らなのか尋ねると金貨で四枚にもなるらしい。

テーブルに金五枚置いて。
「あんな雑魚に脅されてたのか。他に親玉が居るなら片付けてやる。何か面白そうな話聞かせろよ」

「随分腕に自信が有るんですね」

残りの客たちを振り返り。
「大会に向けて西以外から猛者が集まってんだろ。東にゃ俺たちよりも強い連中は五万と居る。自国に籠ってデカい顔出来んのも今日までだ。
売られた喧嘩は買う主義でな。ここに居る全員分奢ってやるから何か情報寄越せ。見合った報酬は払う」
響めきと歓声が入り交じる。

置いた金貨が引き取られ、ブランデーと摘まみと町の地図が出された。

南西部の倉庫街まで詳細に描かれている。

筆を置いて端に置きブランデーをグラスで煽った。
鼻に抜ける仄かな酸味と甘み。
「おぉいいねぇ。珍しい味がするな」
「普通のブランデーではないですね」

マスターが地図に書き込みながら。
「北部地方のチェリーを漬け込んだ混合酒ですよ。この店で一番に高い品になります」

他にも数人が書き込み、一人ずつ金貨を三枚ずつ手渡した。

書かれた印は駐屯所に一つ。倉庫街に一つ。他二つ。
「何だよあいつら軍部と連んでたのか」
マスターが答えた。
「武闘派で知られる宰相デブルの派閥です。自国民は報復が怖くて手が出せません。さっきの連中も手当されて逃されるでしょうな」

「そりゃ丁度いい。外で拾って拠点に案内して貰おう」
「雑貨屋で縄でも買って行きましょうか」

マスターが北東部の印に丸を付けたのを見て席を立つ。
地図を畳んで金貨を追加で二枚置いた。
「これで足りるかい」
「充分です」新品のボトルを差し出された。

割高な土産を頂いて店を出た。


標的の教団とは違うがデブルを叩くネタには成りそうだ。

駐屯所は中央広場の西側。今の位置からなら裏手に回れる。がついさっきでまだ早い。

広場南の商店街で丈夫な麻縄を買い込み、人気の無い路地裏に隠れて双眼鏡で駐屯所を見物した。

様子を見ていたアローマが。
「店主の言う通り。手当を受け全員馬車に乗せられました」
舌打ちを返し。
「お咎め無しとは良い度胸してるぜ。その馬車の後を付けよう」
北東の拠点なら正解だ。南東の拠点なら今日は流す。


国の馬車が北東に向かって走り出した。

暫く追従して進路を見極めてから北東拠点手前に先回り。馬車が通れる道で待ち伏せた。

顔を晒して待っていると馬車が俺たちの前で停止した。

御者をしていたのは酒場前で連行した衛兵の一人だった。
「な…」
「奇遇だな。この国は罪人を咎めもせずに釈放しちまうのかね」
「それとも収容所がこんな離れた場所に在るのですか?」

「君らには関係は無い」
「俺たち被害者なんだがな」
「喧嘩を売る相手が違いますよ」

御者台から衛兵を蹴落とし、アローマが荷台の屋根を引き剥がした。

「死にたくねえなら俺たちに従え」
漏れなく十人が両手を挙げた。

五人ずつ縄で繋いで拠点と思われる屋敷前まで引き摺って走った。

門番の目の前で気絶した奴らを蹴り起こした。

「おい。お前らの家はここでいいのか」
「し、知らねえ。俺は何も…」

「て言ってるがあんたらはこいつらを知ってるか」
「ぼ…。知らん。因みにその者たちをどうする積もりで?」

「西の酒場で絡まれて剣で脅されてよ。誰に喧嘩売ったのか身体に刻んでやろうかってな。あんたらが知らないなら町の外で全員殺して埋めて来るわ」
「な!止めろ!た、助けてくれよ。ちょっとした酒の上での喧嘩じゃねえか」
「お、お待ち下さい!」

「国外の人間にそれは通用しねえぞ。相手が悪かったと諦めろ」
「人様に剣を向けてお咎め無しは有り得ませんよ。少なくとも当方の国では」

「知らねえんだろ?だったら死のうがどうなろうが構わねえよな」
ギャーギャー泣き叫ぶ主犯の男の腕を縄の隙間から薄く斬った。

大した出血でもないのに更に喚き散らす。
「許してくれ!何でもする。お、俺はこの屋敷の長男坊だぞ」

門番の二人に問い正した。
「だそうだが、どうなんだ?」
「次のご返答には充分にお気を付けを」

「…ウォンド坊ちゃんで相違有りません」
「お前ウォンドって言うのか。さぞ立派な墓建てて貰えそうだな。長男だし」
「そんな!」

「家主が在宅なら取り次げ。お前の息子を名乗る罪人を今直ぐ殺して良いのか悪いのか」
「お早く。私共も暇では有りません故」

「直ちに!!」


中央の建物の客間に通され、程なく家主のノドガ・クリエールが現われた。

礼儀かどうかは知らないが自分でそう名乗った。
「私の名を聞いても驚かぬ所を見ると。やはり貴方方は外国の客人か」
「そうなるな」
「クワンジア内の状勢には疎い物で」

ノドガの隣にウォンドがどっかりと座った。
「骨までは砕いてねえ。湿布でも貼って安静にすりゃ一週間で治る」
「配慮。有り難う、御座います…」

「他の九人は巻き込まれただけだ。もし死んでたらウォンドの首を狩りに来るからその積もりで」
「は…。今直ぐ止めろ!!」
ノドガが後ろの従者に指示を出した。

油断も隙もねえな。

出された紅茶には手を付けず持参の水筒を出した。
「用心深いですな」
「当然だろ。デブルの派閥なら…。あんたがセザルドの後任候補だったりするのか?」

「…良くご存じで」
「まあ俺たちも玉座の現場に居たからな」

「な…んですと」
「こっちの自己紹介はしない。それなりの主の従者だ。交渉事も不得手だから単刀直入に聞く。
誰彼構わず喧嘩売るような血の気の多い連中を抱えてんのに小規模の邪神教なんぞにどうして怯えてんだ?」

ノドガとウォンド。後ろの従者まで絶句した。
「俺たちの主が教団組織に絡み付かれててな。いい加減鬱陶しいから粛正しに来てやったんだ。
この町の倉庫街に一派が潜伏してるのは掴んでる。それを野放しにしてるって事はあんたらは敵側なのか?」
「違う!断じて」

「何か弱みでも握られているのですか?」
答えるまで暫く沈黙したが。
「娘の…ミミルが。人質に取られてしまって。半分言いなりに」
準備がいいねぇ全く。

「半分か。あんたが大臣に登れば権力と発言力は増す。でもそれで娘さんは帰って来るのか?
誰がどう見ても答えは一つだがな」
「成れなければ切り捨てられてしまうでしょうね。大臣に成れたとしても良い様に手駒に使われるだけ」

「娘さんが何処に連れてかれたのかは知ってんのか」
「クエ・イゾルバの町だと教団の使者が。私の今の権力ではあちらまでは手が届かない。上に登ればその道も開けるのではないかと」
政治の話は口出し出来ねえ。

「それにしてはウォンドはお粗末だな。連れの俺が隣に居るってのに昼間の酒場で嫁さんを軟派するとは。何考えてんだお前」
「本当なのか、ウォンド」
「…済みません」

ノドガが立ち上がってウォンドの負傷した膝を蹴り上げていた。

悶絶して床に転がるウォンドを更に踏み付ける。
「この馬鹿者が!この内政でもミミルの安否に取っても大事な時期に!何をしてくれるのだ!!」
武闘派ってのは間違いないようだ。

「も、申し訳御座いません!誰か、身代わりを差し出せば姉上も助かるのではと。早計でした!」
「無関係な私を差し出しても何の意味も無いような…」
「頭大丈夫かお前」
頭は相当に悪い。

「もう良いわ!足が治るまでは部屋に監禁する。どの道その足では動けまい」

「話を戻す。教団の一派は王都の闘技大会本戦開始前後で動き出すと見ている。他にどんな指示を受けてんだ?」
「理由は定かではないが。南方の魔物退治に協力しろと言われている」
ここまで根を張ってたのか。

「娘さんを救い出せれば俺たちの味方に付けるか?」
「それでも困難だと言わざるを得ない。クエが健在なままなら自衛するのが精一杯だ」

「静観出来るならそれでいい。クエの管轄は誰だ」
「セザルド亡き今。配下に居た誰か。私見ではヘイレイニィ・ブタンと言う名の男だと睨んでいる。セザルド直属の部下だった男だ」
確信は無いが最有力。

「他の人質の詳細情報も欲しい。把握してる範囲で。明後日の夕方に来る。ここ専用の通行証を出してくれ。
無理にとは言わないが。死人を増やしたくないなら俺たちに協力するべきだと俺は思うぜ」
「貴殿らの主には」
「勿論伝える。何なら二日後に連れて来てもいい」

悩んではいたが答えは決まってるも同然。
「承知した。通行証の代わりの物を用意する。暫しここで待たれよ」


ノドガがウォンドを連れ一旦退出。
「上手く行くでしょうか」
「敵勢力が削れりゃみっけもん。救出に失敗しても内状の一部は掴めた。失敗なんざしねえがな」

家名入りの証文を受け取り、倉庫街を探るのは情報を得てからにした。




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目の前にするは幅の広い大きな運河。
船の往来も疎ら。昼の往来に紛れるか夜の闇に動くかは定かでない。

河の分岐はチャーチャよりは下流の西側。船なら間違い無くこの場所を通る。

マリスの位置も分岐手前まで移動していた。

あんな小規模で城落とし?余程の自信か秘策が有るのかマリスを操る者の心は僅かに踊っている様に見えた。

船着き場の東。少し上流に程度の良い釣り場を見付けてから宿を取った。

「女性でお一人様とは珍しいですね」
若い受付嬢が驚く。美味そうじゃ…仕事が無ければの。
「そうかしら。王都近隣は治安も良くて今は賑わっているから出歩き易いと思うわよ」
慣れぬ喋り方じゃ。
「王都から来られたのですね。私も店番が無ければ王都に行きたいんですが」

「寂しい事には変わりないわ。お暇なら部屋で晩酌に付き合ってくれない?見て来た王都の話でもしてあげる」
「良いんですか!…でも過剰な接客は禁じられておりますので。滞在中に外の酒場でなら。近所に良い店が在るんですよ」
おっしいのぉ。今は偽装を施しているから魅了も半減。魔力を使って落としても良いがそれはまた今度。
「今日明日は町や周辺散策するから明後日位に行きましょうか。勿論私の傲りって事で」
「有り難う御座います!是非行きましょう。それはそうとお食事はどう為さいますか?」
「数日は外で食べる予定だから素泊まりで良いわよ」
「畏まりました。変更が有れば受付の係までお申し付け下さい」

「貴女のお名前聞いても?」
見えておるがの。
「失礼しました。メリリーと申します。昼間は大抵受付に居りますので気軽にメリーとお呼び下さい」
偽名は名乗らなかった。取り敢えずこの子は外しても良さそうじゃな。


明後日の夜の妄想を浮べながらお弁当を食し。デザートの苺アイスを掬った。美味じゃ♡

弁当の里芋と烏賊の煮っ転がしも美味じゃった。妾も料理上手な侍女が欲しいのぉ。三人位のハーレムで。

それには中々条件が難しい。若くて孤児で器量が良くて男嫌い…。そんな女子は居らん。

人間は老いるのも早い。適齢期に成れば子を設けたいと望み人里に帰りたがる。…誰も居らんな。

西の魔族でも良いが家事全般が原始的で拙い。何より風呂の習慣が無くて獣臭い。その上一度従属化すると解除が面倒。知能が高ければ我が儘を言い出す。
妾の趣味に合わぬ。

人間に化けられる兎たちに料理を覚えさせるか…。


昼間は商店街を練り歩き、夕方に適当なレストランに入った。

矢鱈と塩っ辛いだけの料理の数々に辟易していると一人身のテーブルに男共が群がって来た。
「よお姉ちゃん一人かい?」
「見ての通りですわね」

「だったら俺たちと食わねえか。大勢の方が楽しいだろ」
下心丸出しの眼にウンザリする。
「五人で取り囲むのは少々頂けませんね。私の身体は一つしか有りませんの。何方かお一人に絞ってからなら考えても宜しくてよ」
ロングスカートのスリットから生足をチラつかせてやると五人共が生唾を飲んで一旦引き下がった。

男らが何やらを話している間に食事が終わってしまった。

会計を済ませて店を出て路地裏に入ると先程の五人が追って来た。

買収…は無理そうじゃのぉ。
「よぉよぉ姉ちゃん、そりゃあねえぜ。人をその気にさせといて逃げるとは」
「食事処で用が済んで店を出るのが逃げる?長々と女を待たせて置いて。それで決まりましたの?」

気色悪い笑みを浮べて。
「俺たち全員だよ。今夜は寝かせねえぜ」
ロープやら何やらを手に飛び掛かって来た。

食後の運動にも成らぬのぉ。

秒も掛けずに五人の首を折り、影に押し込んで路地を出ると三人組の衛兵が駆け付け。
「あれ?お嬢さん。今し方こちら方面に五人組が来ませんでしたか?」
「お上手ですわね。直ぐそこのお店で絡まれましたが路地裏に隠れていたら反対方向へ走って行きましたわ」

「そうでしたか。見た所旅人風。慣れない町でお見苦しい物を見せました。夜間は表通りを歩かれた方が良いですな。絡まれたなら大声を出して町内の駐屯所に駆け込んで下さいね」
「ご忠告どうも。次からはそうしますわ。直ぐに来られたのは何方かの通報でしょうか」

「店の従業員からの垂れ込みです。宿までお送りしましょうか」
「いいえ。人通りの多い場所なので結構です」

衛兵たちに暫く見守られながら表を歩いた。

真っ当な兵士を買収するのも手間じゃ。善く善く考えると金貨の使い道が無い。

いったい誰を買収すれば良いのじゃろう。


宿の部屋で口直しのワインを飲みながら先程の遺骸の身包みを影の中で探った。

声を掛けて来た男の懐からザッハーク城地下の見取り図と地下道扉の合鍵が出て来た。

他からはマウデリン配合の短剣。対空特化品が一本出た。

およよ…初日にして大半の目的を達成してしまったのではないかえ?

合鍵なら本鍵も有るのかと五人の記憶の断片を辿るとチャーチャ内の一人の人物に行き着いた。

其奴は水門の鍵を持ち、マリスを待っている。
明日はその男を探ってみるかの。

チャーチャ衛兵長ベントナ。先程巡回中に出会し、気さくに助言をくれた男。

適わぬ恋。姫に恋した一介の兵士。
惚れた者の弱みか。であったなら救ってやらんでもない。

にしても金では落とせそうにないのじゃが…。


グラスを片し、粗末なベッドで横になりながら窓の外の夜空を見上げた。

「妾は何をしとるのかのぉ。ソラリマや」
『何をと言われても…。生きている、のではないかと』
「言い得て妙な話じゃな」
『真に』

遠く離れたソラリマと念話を交わしていると。マリスの船が移動を開始した。

今夜来るのか。予想では明日の夜かと思っておったが。

出窓の一つを薄く開け、厚手のカーテンを締め切った。

夜空は快晴。そして夜は自分の領域だと言わんばかりに蝙蝠の姿に化けて輝ける空へと舞った。

ベントナが敵側であると判明した以上は会わせる訳には行かぬ。

運河の北側まで飛び誰も居ない林の中で元の姿に戻した。

町が在る南側とは正反対に寂れた北側。土手の深い茂みを西方向へ進みながら何の魔法を掛けてやろうかと思案する。

一時的な隷属化では効果が薄い。従属化や不死属性付与だと後処理が至極面倒。フィーネが怒り出すしのぉ。

催眠、魅了、幻惑…。対集団戦で効果的なのは幻惑か。

幻覚を見せるだけなら後遺症も無い。


河を上がって来るのは二艇。中型の商船に見える。
夜間航行する物好きもそれしか居ない。マリスの位置を感じ取ると先頭船の舵を握っていた。

総勢で三十二。その人数で城攻めは難しい。王都内に先行部隊と大会出場者関連も仲間に居ると見る。地下と外から同時に攻め入れば勝機も…有る?

今一な策で幼稚に思えるが。所詮人間の考えなど理解は出来ん。

マリスの身体を捨て石にして玉取り。その罪を妹のマリーナかスターレンに擦り付ける。ふと思い描ける筋書きはその程度。


二艇が真横を通り過ぎる頃。船の周囲の景色を反転させた。東西逆転。加えて河の流れの一部と船内のコンパスも狂わせた。

船の針路も反転させれば終了。夜空を見上げさえしなければ船内の人間は気付かない。

分岐の中州辺りで気付くじゃろか。

じゃがこれで時間は稼げた。ベントナから水門の鍵を奪えば稚拙な策は潰えたも同然。

チャーチャの船着き場を巡回するベントナと衛兵たちの姿を確認した後に宿へと戻った。
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