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第149話 王都ザッハークのバザー

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悪い噂は耳に入ったが顔までは認知されていない。
スターレンの名は有らぬ疑い(信仰無き外道)で広まり別の意味で注目度が増した。

遠征はマンティニ手前でモーランゼアとメレディスの合同遠征団とニアミスしてしまった為。急遽滞在予定を早く切り上げ王都に引き返した。

お察しの通り今回の招待国賓が全て北部に固まってしまったんです。危なかった…。

何とか四半日早く戻れて一安心してたら、マリーナから巷の噂を聞かされ余りのショックにパイを更に落として暫く立ち上がれずに居た。

「元気出してスタン」
「わ、私たちは存じて居りますから」
優しい嫁とマリーナのお言葉を受け、ラズベリーパイを口に放り込んだ。
「はぁ…。俺、何もしてないのに」
ラズベリーの酸味が切ない。

「もう直ぐ大会で無様を晒すんだろ。気にすんなって」
「そうですよ」
「恥の上塗りじゃん…」

「人の噂なぞ。新たな話題が上がれば直ぐに消える。自分の都合の良い様に忘れてしまう生き物じゃろ」
甘んじて受けてあげよう。その噂の切っ掛けを作った張本人たちが目の前に居るんだし!

ペリーニャと仲良くは無い設定はどっか行ったな。

方針転換と自己完結をしているとホースキが案内状を持って現われた。

一瞬マリーナに目配せし、入れ替わる。
「客人がお一人増えたようですが。五名程度なら問題は有りません。しかしながらペットの持ち込みは禁じられております故。聖女様方にお預けされるのが宜しいかと。
立場上私は元老院の犬ですので通例バザーの案内役も務めています。
開催は二日後。平民は立ち入れない貴族領の裏手を抜けるルートが有り。会場までのご案内も私が担当します。
基本ルールはタイラントと変わらないと仰せです」
案内状は持参するだけか。
「状面の中身は後で読むよ。因みに他の国賓は?」

モーランゼアとメレディスの歓待宿舎は中央広間を挟んで反対側に在る。大きく分けて西側に俺たちが居る。

「時間帯を流変して妹とその他で案内します。途次で出会す心配は御座いません」
「解り易くて良かった。これからギルドの口座確認に行くんだけど同行して貰える?」

「喜んでお供します。とは言え私は手前までですが」

ソプランたちはレイルを引き連れ城下町の散策へ。

口座を個別の商談室で確認すると…頭の可笑しな数字が並んでいた。

その数5000万枚。桁の読み間違いかと何度見直しても変わらなかった。

5兆円て何ですか?

「確かにこれだけ有れば充分だけども」
「過剰ね」
これを好きなだけ使えって頭イカれてるの?

確認用紙を暖炉で灰にして夜に抗議をしようと現実逃避に出掛けた。




---------------

商店街を歩く三人。各店を回る最中もレイルダールはアローマの腕を片時も離さなかった。

「どうされたのですか?何か不穏な気配でも」
「いんや。妾を見る男共の目が気持ち悪いだけじゃ」
恐怖しているのでは無く、怒りの衝動を抑える為。

「ご気分が優れないのでしたら早々に宿舎へ戻りましょうか。お二人も直ぐに戻ると思いますし」
「そうじゃのぉ」

「俺らにはもう解らねえが色目じゃなくて、あの女強そうとか見てんじゃねえの。大会本戦が近くて男女問わず町中が殺気立ってる気がするし」
深紅のマントが目立っているだけにも見える。
「予選も終わった頃ですしね。顔はともあれ装備品は上等な物を召されているのでその線も有り得ますね」
「主らは呑気でええのぉ」

「本気出されたら気付けばあの世行きだからな。細かい事は考えねえ。てか面倒臭え」
「ソプランの言い方はあれですが。私も似たような物です」
「そうかえそうかえ。長らく俗世から離れ、急に戻った弊害なのかもの…。城を出てからずっと付けられている気がするのは気の所為じゃろか。特にアローマが」

ソプランとアローマには思い当たる人物が一人。
「恐らく私の生き別れの姉ですね。あちらから来るまでは放置すると決めましたから」
「ほぉ姉妹かえ。にしては矢鱈と好戦的な奴じゃの。さっきから妾に嫉妬に近い眼差しを…」

三人の前に当人のフラーメが躍り出た。

「ア、アローマじゃないか。こんな所で奇遇だな」
「奇遇ですね。どうされました?フラーメさん」

「何故だ!その隣の年増から…とんでもねえ魔力をか」
「とし…」
アローマが誰よりも早く動き、フラーメの口を塞いだ。
「突然失礼ですよ。先日も闘技場で私の仲間を侮辱したそうですね。随分と無作法。教養の欠片も有りません。学習能力を疑います」

手と口を離されたフラーメは即座に謝罪した。
「す、済まない。これは昔からの癖で」
「謝れば済むとでも思うのかえ?」

ソプランが嘆いた。
「お前死んだわ。可哀想にな」
「短い邂逅でしたね」
「ちょっとま!?」

逃げる間も無くフラーメは首を掴まれ路地裏に連れ込まれた。
「何か言い残したい事でもあるのか。妾を侮辱した罪は重いぞよ」
「つ、強い…。許しては貰えないかい。ちょっとアローマと仲良く、してるのが憎たらしくて」
「嫉妬?其方は同性愛の趣味でも有るのかえ。なら妾とも仲良くな」
「無い!断じて。済みません、無いです。昔から調子に乗り易くて」

「正直気持ちが悪いですね。どうしてこの私に付き纏うのですか?大切なお客様と友人を愚弄してまで」
「そ、それは…」

「何処か静かに話せる場所はねえのか。何かアローマに話が有るから尾行してたんだろ。旦那である俺にも言えないってなら外してやってもいいが」
「…付いて来て欲しい。馴染みの酒場で誰も来ない店があるから」

「眠り毒でも飲ませてアローマを手籠めにしようと?」
「何て事を。反吐が出ます」
「違います!そっから離れて!」

開放されて地面に尻から下りたフラーメが砂を払いながら路地を奥へと歩き出した。

平民街と貧民街の境目に在る寂れた酒場に行き着いた。

カウンターに銀貨数枚を置いて店奥に案内され席に着く。
「誰も居なかったがこの店大丈夫なのか」
「今日は休業だよ。店の酒なら後払いだけど」

「お酒なら結構です。長居する気は無いので」
「そうかい」

グラスを四つ出して水を注いだ。
「私にお話とは何でしょうか」
「いいバッグ持ってるね。流石はあいつの従者か。単刀直入にこれを」
テーブルの上に一枚のチケットを置いた。
「これは大会本戦の入場券だ。運良く予選突破出来て招待状を一組貰えた」
「大会中は他に用事が有ります。売れば高額で売れると思いますので他の方にお譲りされては如何ですか?」
「大会には興味が無いって訳だね。本戦にあんたらの主が出るってのに」

「ご承知でしたらお答えしなくとも良いですね。これは先日のお詫びか何かでしょうか」
「仲間内で他に本戦誰か出るのか」
「両方違う。アローマ、あんた孤児だろ」

「一従者風情の事情など貴女に関係無いのでは」
「姉妹が居るって言ったら、アローマはどうする」

少し驚く振りをして。
「私の家族は主であり。仕事仲間であり。夫です。例え孤児だろうと何だろうと。今更ですね」
「会いたいとは思わないのかい」
「微塵も思いません」
即答だった。

「主がアローマの姉なのかえ」
レイルの直球に戸惑っていたがやがて。
「…そうです」

怒り気味の演技を返すアローマ。
「出鱈目なお話で私の邪魔をしようと」
「違うって!十八年前。マッハリアのツンゲナでアローマは誘拐されたんだ」
「到底信じられません。その頃と言えばラザーリアで生体実験が始まった頃。野盗に誘拐されたのならどうして私が無傷でタイラントに居たのですか」
「…」

「黙りですか。両親は今何を」
「もうとっくに死んだよ。二人共ね」

「典型的な口減らしです。きっと両親は男の子が欲しかったのでしょう。記憶が曖昧な内に私を行商仲間に売り、旅の資金を得た。違いますか?」
驚きで言葉を失ったフラーメに対し。
「私にはその頃の記憶が全く有りません。気が付けば王都南の町ハイネハイネの寺院に預けられていました」
「そんな…ことが」

「両親は私が居なくなって捜していたのでしょうか」
「いや…。捜してはいたが…本気には見えなかった。すると何かい。私も騙されてたってことに」
「成りますね」

フラーメは一頻り大声で笑うとグラスの水を飲み干し。
「何だったんだ私の十八年間は」
「ずっと捜していたのですか?私を」

「だね。クソ親父の言い草を振り切って…。そっからもう間違えて。この国を中心にアッテンハイム、マッハリア、ロルーゼを回って。道理で見付からない訳だよ」
「それに関してはお礼を申し上げます。ですがこれからは自由に生きて、どうぞご自愛を。お手紙なら主宛に商業ギルド経由で送れば届きますよ」

「ちょっと冷たくないかい」
「まだ信用は出来ません故」
「それもそうか…。大会のチケットで釣ろうとした私が馬鹿だったよ」
「先程も申しましたが野蛮な競技に興味は有りません。責めて両親が生きていたら確認も取れますが鬼籍に伏してはどうしようも」

「この店さ」
「ここ?」
「両親が最後に開いたのがこの酒場。商人の才能も欠片も無いのに色んな物に手を出した挙句。人の借金まで背負って病気で仲良く死んで。と同時に形見のこの店を人手に売り渡した。
その名残でここの鍵を持ってるってだけさ」

「鍵をお持ちなら借金も返済済み。ならどうして大会に出ようとされたのですか」
「馬鹿げた額の賞金に釣られてね。その金さえ有ればタイラントであんたの情報買えるんじゃないかって浅はかな考えさ。最初に向かうべき国だったのに流しちまってた。
親子揃って馬鹿ばっか。あんたは誰にも似なくて良かったよ」

「鑑定眼をお持ちの様ですので何か始められては如何ですか」
「持ってるって言っても名前と年齢が解る位さ。見えない奴の方が多い。隣にピッタリ張り付いてる姐さんもさっぱり見えないもんだから失礼なことを口走って」

「ケリヤー様と面識が有るのではと主が言って居りましたがどうなのですか」
「…あんな一瞬でそこまで見抜かれてたのかい」

「王妃様に向かって指差して挑発したんだろ。それで生きてる方が可笑しい。繋がりが有るって誰でも気付く」
「私も何であんなことしちまったんだか…」

「調子に乗り易い性格なのは本物のようですね」
「キッツいねぇ」

「何でだか腕を買われちまってね。大会を掻き乱せって勅命依頼を受けたのさ。流石に王妃様直々じゃ断れない。
違反でギルドを除名されても金さえ貰えれば何とでもなるってね」
「お金は有るに越した事は有りませんが。私と出会えたなら役目も終えたのでは」

「引き受けた以上はやれるとこまではやるさ。フィーネとか言うあんたの主とも当たるかも知れないし…。何て言っても姐さんに手も足も出なかった時点で終わったようなもんだけどさ」
「妾に勝とうなぞ。千年早いのじゃ」
「人間じゃ無理ってか」

「あの二人が本気を出せば妾とも対等に張り合える。代償に王都一帯が焦土に変わるがのぉ」
「冗談に聞こえねえ」
「お止め下さい」

「そんなにかい。逆にどんなもんか見てみたいねぇ」
「お二人に取って大会本戦は余興に過ぎません。仮に当たっても本気は出さないでしょう」
「へぇ。そりゃまた何で」

「本戦上位者には西大陸への半強制送還の特典が付与されるそうです」
「は?」
「誰も好き好んで行く訳ねえだろ。用事も無いのに」
「フラーメさんもお気を付けて。特別賞や敢闘賞にも充分にご注意を」

「て、適当に流そ…」

口約束の酒の飲みも大会を無事に乗り切れたらとして姉妹の短い邂逅は終わった。




---------------

1日お休みを挟んでのバザー当日。

想定外の掘り出し物に出会えるチャンス。買えない物は無い位に金を預かってしまった。

代償は温泉事業の権利移譲で何とか行ける…と思う。

「レイルも行くの?」
「待っておっても暇じゃしの。城下へ出ても絡まれるだけじゃ。口出しはせぬが気になった物が有れば合図してやろうかの」
そりゃ助かる。
「ソプランたちには外嚢貸すよ。俺とフィーネは堂々と。
競売がメインだけど。何か欲しい物があればその都度言ってね」
「解った」

「了解」
「畏まりました」

「クワンは南部の偵察。南西に隠れてる魔物は下手に刺激しないようにな」
「クワッ!」
「帰りはペリーニャのとこで待機しといて」

打ち合わせを終えた頃にホースキが登場。
「こちらの五名で宜しいですね」
「構わないよ。どうせアッテンハイム組は呼べないし」
「予めお断りして置きますが。名札の番号は順不同になっております。番号での判別は難しいかと」
さいですか。まあそこに期待はしてなかった。

城下中層の貴族領を北東方面の裏手に回り込んだ。

暫く歩いて解ったが。
「ここの通りって外壁から丸見えじゃない?」
「覗き見る輩は配置していません。飽くまで外側の監視が彼らの仕事です。逆に何かが飛んで来たら容赦無く打ち砕いて頂いて結構ですよ」
言質は取れた。

小1時間程度歩いて会場に到着した。

他者とのブッキングは無し。名札の番号24番。
良くも悪くも今日も今日とて運試し。

会場は入口から迷路状態で高い壁が乱立していた。案内係が居なかったら迷うこと受合い。

受付で毎度の蝶仮面を着けての入場。
自分たちの他にも複数右往左往する集団が居た。順番的には中盤辺りかと思う。

全30室の別館フロアの3階部屋。1フロア10室の計算。
24番部屋に入って一息。

「販売エリアは一階の奥。係が三人立っている扉の先となります。午後からの競売エリアは更に奥の回廊から下りられます。諸事情に尽き私はご案内致しかねますので白服を着た係にお申し付け下さい。必ず三人が居る所にお声掛けを。それ以外は偽物か案内中となっています。
当然ながら武器の携帯は禁止です」

諸注意を告げてホースキは退場。

販売エリアのガイドブックを見ながら。
「武器屋、防具屋、薬屋、道具屋、雑貨屋。それぞれ2店舗ずつかぁ」
「全部は周り切れないね。何処を重点的に行くの?」
惜しいな。在庫処分一掃セール…。
「武器と防具はこの際捨てで。薬屋と道具屋はマスト。
余力が有れば雑貨屋の何方か。多分それで時間切れ」
運が良ければ経典の最後の一つが手に入るかも。

淡い期待を胸に出陣。

まだ誰も並んでなかった一軒目の薬屋。
最初なら交渉も要らないぜ。
「毒薬や精力剤なら間に合ってるから。洗浄剤とか除菌作用の強い薬置いてない?有るなら全部買い占めるよ」
「…売れ筋じゃない方かい。そりゃ有り難いね。買い手が付かない代もんで。纏め買いなら金五百になるよ」

「現金でもう百枚上乗せするから何かオマケして」
「この買い上手め。その大元の植物の種もあるからそいつを付けてやる。でも気を付けな。とんでもなく繁殖力が強くてね。うっかり花壇なんかに植えた日にゃ速効で隣まで根が侵食しちまうさ」
生態系が崩されるのは嫌だな。
「忠告どうも。個別の土に植えるよ」

買付は数分。金貨の確認時間の方が長かった。

後ろを振り返っても反応は無し。

ホクホクで隣の薬屋へ。待ちは1組。
入室と同時に店内を見渡す。

すると何処かで見た無色透明の薬瓶を発見した。
「そこの透明な瓶を全部頂戴」
「中身は聞かないのか?」
「時間が無くてさ。纏め買いするから何か付けて」

店主は悩ましげに天井を仰ぎ。
「取って置きが有るがそれも付けると金二千になる。それでもいいかい」
「安い安い。何かは楽しみしとくよ。現金でいい?」

「若いのに凄えな。現金なら文句は無いぜ」

昨日と一昨日でこの現金の引き出しに時間が掛かった。
合計で1万枚。以前から持っていた分を含めると1万三千になる。

競売以外は現金で済ませた方が断然早いんで。

領収書に添付された明細書にはマードリアンドの文字と、硝子繊維の記載が有った。

植物由来の繊維質。コマネ氏が言ってた物だといいな。
呼吸器系に入ると一瞬で肺が潰れるらしいので取扱注意だと有り難い忠告まで貰えた。

道具屋2つで中級の鑑定眼鏡を2つ。使い易そうな耐熱グローブを2セットをゲット。

時間に余裕が出て雑貨屋も回れた。

2つの店では何と。青砂と金剛石の砕き砂を別々に入手出来た。

大きな麻袋で3つずつ。どうやらこれが何かを知る人が紛れていなかった模様。

大量ゲットで内陸に行く手間が省けた。
やっぱ俺たちは運が良い。

控え室で持参したお昼を食べながら。
「砂がここで手に入ったのは大きいな」
「あれだけ有れば色々試作出来るね。商団経由で工房にも回せるし」
「あいつに頼んだ分はどうすんだ」
「それはそれで継続でいいよ。手に入れた事は伏せて」
手に入れたのを偽装も出来る。知るのは極一部だけなら都合が良い。

山間内陸部の交易路が必要になるのはクワンジアと国交を断絶した場合に限る。

今後の振る舞いと邪神教団を何処まで追い込めるかに掛かっている。

レイルの言う様に。これまでは運の良さとごり押しで切り抜けられた。しかしそれが何時までも続く訳は無い。

「面白い買付方法じゃのぉ。買い叩く、と言った方が良いかの」
「交渉してる暇が無かったからさ。細かく見ればかなり損もしてるけど。時間には代えられない。節約した分で先々で欲しい物まで手に入ったんだし。形は違うけど損切りって奴かな」
「成程のぉ。金で時間を買ったか」

アローマだけが青い顔。
「平民が生涯遊んで暮らして行けるお金が飛ぶように…」
「安心しろ。午後の競売はもっと酷いぞ」
「…何も考えず、無心で臨みます」



演技力が試される午後のオークション。

危うく2人組に別のお口に放り込まれそうになったがホースキのアドバイスを信じてシカトして難を逃れた。

向こうから声を掛けて来る事はタイラントでも無かったんだからお馬鹿な俺にも解ります。

北の2国からの刺客かどうかは定かでない。

販売エリア奥の3人組に声を掛けて無事に入場。

中央のステージを囲む形の円形部屋。自分の番号の席に並んで座った。

入りが早かったのか人は疎ら。席数の半分も座っていなかった。

席順は右からフィーネ、俺、レイル、アローマ、ソプランの順の並び。

緊張と興奮が入り交じる独自の雰囲気。
人が続々と集まり始めてボルテージも最高潮。

ショボい罠に引っ掛かるのは新顔だけらしい。はい誰一人解らん。

具体的プランは特に無く何時も通りの適当。休憩時間までの品数で点数は判断可能。

スタッフらしき人物が舞台袖を出たり入ったり入場者の数を確認していた。いよいよ始まるのかと思えばまだ。
この国の人ってホント時間にルーズ…。


どうやら司会進行も同じスタッフ。その若い男性が脇の壇上に立ち開会宣言。
「若干ご招待の数より少ないですが時間と成りましたので競売を始めます。
おトイレは部屋を出て向かい左が男性用。右手が女性用となっております。本会の特性上、不用意な入退室はお控え下さい。目に余る頻度での退場は再入場をお断りさせて頂く場合も御座います。
今回に限り護衛者や立ち見の排除をしており。室外、廊下での交渉行為も禁じます。
全ての商品の精算を終え、当館を出られた後の個別交渉でお願い致します」
諸注意事項からオークションが始まった。


栄えある一品目。
「こちらは普遍の筆。書いても書いても中身のインクが尽き果てない優れ物。特殊なインク故に書き損じても修正を受け付けない代物です。本日最初の商品は金百枚から」

中々減らない万年筆なら複数本有るから要らないです。

筆は3番と競って9番が550枚で落札した。


「二品目から五品目までは同じ特殊軽量素材のアーマー、アームレスト、ヘッドレスト、レガースと続きます。
個別の設定は各金千枚からと成っておりますが。後の混乱を避ける為と時間短縮の為に。バラしでの競りよりもセットでのご提供で三千二百枚から始めます」
一掃セールらしい売り文句だ。

特殊素材と聞けば興味が湧いてコレクターの血が騒ぐ。

これには14番が入札を開始した。

「三千五百!」
「十四番様。三千五百、入りました。他には」
「4500!」
小手調べと参りましょう。

……

「二十四番様。一万八千、入りました」
複数の入札を経て最後まで追い縋ったのは14番。
「二万二千!」

「3万5千!」
来るか来ないか。

突如動き出した17番。
「五万!」
「5万1千」

「五万五千」
一拍置いてからの。
「5万6千」

「七万」
食い下がるね。そんなに欲しいのか?
「7万1千」

「ええい十万」
「10万1千」

そこまでの価値は無いと諦めたのか17番が引いた。
最終は10万1千で俺が落札。


3品目は灰色のリボンとカチューシャのセット物。
「こちらは着用者の髪色と同化色となる装飾品。対腐食性の高い防具としても有用。金二百枚より始めます」
装飾品で200枚の価値が有るの。

これも素材が気になるな。

しかし誰も入札せず。
「何方様も入札無し。特例として即決価格で金三百を設定させて頂きます」
「300!」
俺も即決で落とした。

どんな物でも無駄には終わらせない。


4、5、6品目と便利グッズが続き14、9、5番がそれぞれ落札して休憩に入った。

「何だか微妙だね」
「目玉は後半戦かな」
左隣のレイルも首を捻っていた。


後半には初期設定1万と5万が来る。
男女交代で用を足して臨んだ後半戦。

7品目は5千からスタート。

まさかの鍛冶道具一式。鎚が2本と打金台。
当然欲しかった物なのでジャスト1万枚で落札。

説明に依ると並の職人なら補正まで付くらしい。良い買い物をした。


8品目は上等な鑑定眼鏡。
店売り品を強化すればいいやとスルーした。


9品目に来たのが1万枚の品。
「こちらは伝説の怪鳥ガルーダの羽根飾り。衣服のアクセントに加工しても良し。真偽は定かでは有りませんが所持するだけで弓矢や投擲の命中精度が上昇する代物です」
スリングや欠月弓と併用すれば誰でも上級者の仲間入りが出来る。

コツコツと練習は重ねているがトーム処かソプランのお墨付きさえ貰えない始末。俺って才能無いのかも…。

またしても14、17番と競り合い550万で落とせた。


14か17番がどうやら教団員らしい。

10品目は8千枚設定の品。
目的の探し人を簡単に見付けられる道具。羅針盤に形状が似たコンパスだった。

スルーするか悩んだがレイルが俺の膝頭をトントン叩いたので一気に落としに行った。

落札は180万枚で17番に競り勝った。


「次で本日最後の商品と成ります。
こちらは下克上の御鏡。単なる鏡と侮る事なかれ。所持しながら道具として使えば自己の周囲一帯全ての生物や魔物から生命力と魔力を同時に枯渇寸前まで吸い尽くす凶悪な代物。
代償として発動者は命を落としますが。状況や戦況を覆す切り札としては非常に有用です。開始は金五万枚!」

最後の最後で恐ろしい兵器が飛び出した。

敵陣に一人取り残された時に自滅テロが起こせる宝具。

そんなもん敵に渡せる訳が無い!

出だしから殆どの組が入札を始め300万を越えた辺りで14、17、俺だけとなり…。

終局3200万枚で俺が落とした。

有り難うロロシュ氏。貴方の入金が無かったら負けてましたよと!

もう温泉事業は丸投げしてしまおう。それで釣り合うかは微妙な話だが。


全ての精算を終え、ホースキの案内で城内の自室に戻るまで全員無言を貫いた。




---------------

自室のリビングテーブルに突っ伏して。
「いやぁ危なかったわ。ロロシュ氏の融資が無かったら」
「ちゃんとお礼言わないとね」

「言った通りだろ。酷い事になるって」
「競売後半からの記憶が曖昧です…。起きながら気絶していたような気分ですよ」

レイルが手鏡を手に前髪を整えて。
「これを妾が使えば無敵じゃな」

「怖い事言うなよ。世界征服したいなら俺たちの末代が死んでからにしてくれ」
「何百年先の話かの」

「後でちゃんとスタンに返してよ。研究するか壊すか決めないといけないから」
「闇の最上位魔石が練り込まれておる。確かに効果は説明の通りじゃが。発動者より上位の者には通用せぬ。
例えれば魔王や魔王の因子を持つ者たちにはのぉ」

「魔王様以外にレイルよりも上の存在が居るのか」
「妾は持っておらん。その違いじゃ。お主が倒したがっている蠅とかな」
「あぁ…なるほ」
そこまで美味い話は無いよな。


当面の間は俺が預かり、何時か破壊するに決定。

他の購入品の鑑定を進める前にレイルに尋ねた。
「人を捜索する道具が何で気になったの?」
「知人や血縁者を捜せる道具じゃが。まだ強化し得る余地が見えたのじゃ。強化して対象の名だけで居場所が捜せる代物に化けたらどうじゃろう」
「おぉ、それは…」

全員総意で嫌だと結論。


手鏡は布に包んで収納。コンパスから鑑定開始。

名前:尋ね人の指針(古代兵器)
性能:知人や血縁者の位置情報を脳裏に示す
特徴:人生の最期にあの人に会いたい!

切ないわぁ。何か前にも似たようなのあったな。


全身防具セット。

名前:平壌の防具
性能:防御力3000(各パーツ)
   セットで装備時:精神安定、体力維持上昇効果
   (呪詛系攻撃を無効化)
特徴:ある古代兵器を真似た近代の模造品
   主要材質ジュラルミン(+アルマイトコート)
   模造でありながら独自の軽さを追求した力作

「アルミ材だけじゃないな、この性能は」
「シュルツの眼鏡なら見えるかな」
「角度で灰色に見える部分もあるから十中八九あれが混じってんだろ」
「かも知れませんね」


硝子粉はメレディス産のアクリルグラス。溶かして焼き上げればアクリル板の完成。

コマネ氏へのお土産に決定。一部は手放し道具に使う。


気になる洗浄液の薬瓶。

名前:浄化剤
特徴:投げ掛ければ不死者や昆虫系に特効
   聖水に似た効果を示す
   原材料:ブートストライト
   原産地:アロワルド・メンダ
   人体には無害で洗剤としても使用可能
   服用すると強力な下剤効果
   長年の便秘に悩む方に最適

「これが経典の最後の1つだ」
「何が出来るのか楽しみね」
「妾には大敵じゃのぉ」


中級の眼鏡2個はタイラントに帰ってから強化してみる。
ノイちゃんの蝶眼鏡と合成しても面白そうだ。


ガルーダの羽根飾り。

名前:妃鳥の羽根飾り
性能:所持者の遠距離武具や魔法の命中精度上昇
特徴:単なる思い込みや迷信だと思いたければご勝手に

「俺は欠月弓があるから暫くはソプランが持ってて」
「あいよ。何が起きるか解らねえから丁度良かったぜ」


本日最後にリボンとカチューシャ。性能は同一品。

名前:同化の髪当て
性能:防御力1200
   雲脂の除去、皮脂の過剰分泌を抑える
   髪や体毛と色彩が同化する
   不浄不屈の精神、対腐食耐性効果有
特徴:数日頭が洗えない時などに数分着用すれば
   洗髪され、頭皮環境を整えられる

「着けるだけで頭洗えるのか」
「何気に良い買い物だったかも」
「髪がサラサラになるだけでも気分が違いますからね」
「そうじゃのぉ」
「迷宮内に居座るなら持って来いだな」

男女関係無しに人気。
暫定でレイルがリボン。アローマがカチューシャで分配。


「さあて。最初に誰が声掛けて来るか」
「17番で間違い無いから来ないんじゃない?」
そうかもー。

アローマが物憂げな表情で。
「スターレン様。先程のコンパスなのですが。私に使わせて頂けないでしょうか」
「いいけど。何か気になる事でも」

「いえ。フラーメさんで試してみたいと。何分綺麗に記憶が無いもので。確証を得たいのです」
ほうほう。

自分で使ってスタルフでも捜そうかと考えていたが、先にアローマがお試し。

小さなコンパスを掌の上に乗せ、深く目を閉じた。

数分後にクスッと笑って。
「素晴らしい魔道具です。近しいからなのか、相手の状況まで僅かに見えました」
「悪さまで見えちゃうのか」
「あの酒場でヤンさんに向かって。やっと私と会えたのに手さえ握らせてくれないなんて、と自棄酒を飲んだくれている様子です」
「今度は抱き締めてあげれば?帰る前に」

「どうでしょう。まだ心が追い付きません。それは後日考えるとして。
賭けに成りますがマリーナ様にこれを使って貰うのは如何でしょうか」
俺もそれは考えていた所。
「うーん。身体だけは本物って可能性が有るからなぁ。
もし仮に遺体を乗っ取ってる場合。か本当に生きてたけど精神支配を受けているとか。憖期待させても混乱するだけじゃないかな、て思う」

「成程…。充分に有り得る話ですね」

動き出してからでもいいかなと考え直した。

それにレイルが反応した。
「マリーナの誰なのじゃ?」
「死んだ筈のお姉さんが実は生きてたって話。レイルが来る前に北西の港町で会ったんだ」

「ほぉ、面白そうじゃの。貸してみよ」
「赤の他人でも解るのか?」
「試しじゃよ」

レイルがコンパスを手に乗せて。
「名は何と言う」
「確かマリス・ドメル・ザッハーク」
マリアと同じ王位名の筈だ。本物なら。

「…中々愉快じゃのぉ。北西の港に居るな。スターレンの言い分が半々で正解じゃ」
「半々って?」
「半分死体で半分生きておる。道具で支配を受け。その道具を解除すると残りの半分も死に絶える。程度の悪い不死者じゃな。
僅かに残った本人の記憶を使って成り済ましておる。本人の方は…、そこまでは微妙じゃの」
言っては何だが面倒臭え…。だからあいつは表に出ようとしないのか。

「尚更今はマリーナに伝えるべきじゃないな」
「けど余計にややこしくなった」

ソプランが頭の後ろで手を組んで。
「っどくせえこの上ねえが。対処しようにも王都の内通者が解らねえ。城内に限っても知らねえ奴が大半だ。どうしようもねえな」
「やっぱ打ち明けるのはマリスが動いてから。彼女を救えるかの判断はレイルに頼むとして…。際どいなぁ」

「最悪、マリーナさんの目の前で。二度もお姉さんを殺さなくちゃいけないもの」
「辛すぎますね」

アローマの言葉が全てを物語っていた。
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