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第144話 可哀想な国クワンジア

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誰が可哀想だ。何上から目線で物を言ってんだ。
お叱りはご尤も。

しかし色々と残念なのは事実。
国王が馬鹿で阿呆で低脳だから振り回される国民の皆様が可哀想。そう言う事です。

会った事は一度も無いけれど。

同情はするが悪しき教団の好きにはさせて置けない。

行きは良い良い帰りは何だっけ。
計画は敵が仕掛けて来る前提で構想している。もし来なかった場合にクワンジア内に居座る理由も考えて置かなければならない。

どんなお馬鹿な国王だろうと最初から喧嘩は出来ません。

そこは外交官。国外視察の一環で西海岸の大国とは何ぞやを見て回る。理由としては充分だ。


ここで本当に今更な話を記述する。
中央大陸の地形に付いて。

大陸には3つの特徴的な大山脈が在る。

マッハリア西部とアッテンハイム北の小国群を隔てる
エボニアル大山脈。略モハン・アメリダ領でマッハリア側からは人が登れない事で有名。

マッハリア東部とロルーゼを隔てる
ローリターナー大山脈。南端はタイラント領。北端はエストラージ帝国領で西に向かってエストリア大渓谷が走っている。

山脈中央を横断する谷間が在り、マッハリアとロルーゼを繋ぐ主要街道が設けられている。スタプ君が大量の護衛を雇って駆け抜けた街道である。

最後がデリアガンザス大山脈。大陸南西部を占める巨大な山脈でアッテンハイムの南部から西海岸まで険しき尾根が続いている。この山脈は一切人間の介入を許さない未開の山で有名。

アッテンハイムからは深い無名の谷が在り、クワンジア側からは末端の麓から登るルートが何処にも無い。

情報は古く。もしかしたらクワンジア南端の町キャメオロギンから挑戦者がアタックを続けているかも知れない。

地図にも詳しく記されない空白地帯。アッテンハイムの南の町からは時折飛翔体が目撃されると言う。

ビッグベアが棲まう森を越え、遠距離の双眼鏡で覗けば頂上付近が見えるのではと噂される。

タイラント側から海伝いに登ろうとしても不可。500m以上の断崖絶壁が海岸線を覆い隠している。

俺の装備なら行ける!などと大自然を侮ってはいけない。
未開踏破の夢に誘われて命を落とす者が毎年後を絶たないらしい。

これらの話はエルヴィス登山隊の皆さんからお聞きした。


何が言いたいかと言うと。クワンジアの南は無視出来るって話です。王都ザッハークから遠く離れたキャメオロギンよりも南でゴッズを呼び出されても。ハァ?である。

わしゃ知らんがな。

ゴッズの指輪を持つ者が転移道具を持っていて凝りもせずビッグベアを狙うなら話は別だが。他国で自爆テロが起きても介入する術が無い。

王都近くなら皆で倒しましょうと成るだろう。

いったい邪心教団の幹部は何を狙っているのやら。


何はともあれクワンジアに入国を果たし。ペリーニャは説得に応じて馬車も取り戻せた。

検問前から車列の最後尾を追従している。
「どうして一緒に居てはいけないのですか」
我が儘っ子がスマホから叫んでいる。悲痛な叫びだ。
「そちらの馬車に乗りたいです。お尻が痛いです!」
「何度言えば解るんだ。タイラントの国旗ぶら下げた馬車にペリーニャが乗ってたら変だろ。実はお友達ですってバレバレじゃん」
「宿が同じだったら私がこっそり撫でてあげるから…
わたしゃ変態か!」
今そのノリツッコミは要りません。

「皆それで苦労してんだって。毛布敷き詰めたりマット置いたり横になったりクッション抱えたり。ペリーニャもラザーリアから帰る時に味わっただろ」
「あの時は帰れる喜びと疲れで大半爆睡していましたので覚えておりません!」
自慢にならない豪語。

「あーもう解ったよ。町から町の間はこっち乗っていいから。けど俺は絶対に降りないからな。周りの頭の固いお付きの人たち説得しろよ」
途中で帰られても困るので仕方なく折れた。
「許可が降りました!良いですね。ね!拒否も否定も許しません。私があっ…舌噛みました。私が決めたのです。
決定事項です!」
必死だなぁ。

美少女の切なる訴えにデレてしまった俺だが。
「そんなんでいいの?この浮気者」
軽いお叱りを受けて持ち直した。

クワンジア最初の東部町クライプールに到着。

以降王都に向かってジエルコニア、サーミット、
テレンスロイカ、ガプラー、シーズリングと続く。
それぞれ馬車移動で3~4日掛かる見込み。

全体的に雨で悪路も多いと予想。王都に着く頃にはクワンジア地方の雨期も晴れる。

ペリーニャ率いるアッテンハイム組は合計20名。これは彼女の転移が安全に行える許容値で決められた。

転移不可の障壁が張られている可能性を考慮し、ペリーニャには獄炎竜から出た古竜の泪を持たせている。
終わったら返して欲しい。返して…くれるかな。
「ちゃんと返します!人を盗人と呼ぶのはお止め下さい」
「呼んではいないよ。思っただけで」
「む~」
まあ可愛い。そして嫁に肩肉を抉られる。

クワンジアも女神教が主流。町中では聖女様が来たとの噂で持ち切り。俺たちはその影に隠れて暗躍…は無理でした。

あれがタイラントの英雄夫婦だってよ。え?あんなガキがマジかよ信じらんねえとかが方々から声が聞こえた。

信じなくていいです。もう直ぐ地に落ちますから。

町並みの様式は木造が主流。一部石造りの大きな建物は貴族や高官の所有物件。

格差が激しいかと言うと印象的には大きくないように思える。

物乞いやホームレスは隠れているのか見当たらない。
又は隠されているか。

王国って大概見栄っ張りの集まりだから。

宿はペリーニャがブーブー言うので同じにした。
女神教系の教会や寺院を回るアッテンハイム組とは別行動。索敵には真っ赤は無い。挑戦的な薄い赤はチラチラ見えた。

帝国と同等レベルで武闘派な国民性。
今はまだ序の口程度だろう。闘技場が廃れた時代に闘技大会やるような人たちだから。

市場や商店街を見て回ったがこれと言って目を引く物は無く、冒険者ギルドでも強力な魔物情報も乏しく国内及びアッテンハイム間の護衛任務が主流。

片隅に闘技大会開催のお知らせが貼られていた。

ギルドの受付さん曰く。魔物なら王都から南部だよと。
強い奴は居るのか、と問うのもそちらに行ってから。

邪心教団の狙いはやはり国内か。と決め付けるにはまだ早い。


一足先に宿へ戻り、コインを使って盗聴器探し。最少グーニャに捜索依頼して回収。合計10個。

反響棒で粉々。やっとゆっくりお茶に出来た。

「懲りない連中だねぇ。馬鹿の一つ覚えだ」
「全く以て。それより部屋割りどうするの?」

現在4人とペットの大部屋。

「どうするもこうするも。ペリーニャ来たら俺とソプランが男子部屋に行くしかないっしょ」
「お嬢の説得は通じねえのか」
「全然聞いてくれなくて。嫌だ嫌だ一人にしないで。
え?護衛が4人も居るのに?嫌です私かスタンの傍がいいの繰り返し。どうしてあんなに我が儘になってしまったのやら」

「推測ですが。ラザーリアで長期間監禁されていた弊害で抑え付けていた感情が不安となって現われているのではないかと。クワンジアに近付き、似たような空気を感じていらっしゃるのではと思います」
アローマは自分と照らし合わせている気がする。
「大切な成長期の2年間を変態と過ごした毎日。確かに想像を絶する拷問だわ。心も相当傷付いてる。
表面上普通に見えても無理してたのか…」

「そうなると多少の我が儘なら聞かんでもない。まあ好きにさせてみるか。王都でもペリーニャが大暴れしてくれた方が角が立たない気もするし」
「後ろから守る形なら。意外に自由に動けるように成るかもね。ペリーニャを無事に帰しさえすれば後はもう遣りたい放題」

「放題にすんな。外の調査が終わるまで大人しくしてろ」
「自重願います。当代様とヘルメン王陛下に私たちが罰せられます故」
ストッパーは味方にも居たな。

「へーい」「はーい」2人共生返事を返した。

クワンが一鳴き。
「地図は頭に入れました。明日から一日置きに西部、
北部、東部と港方面の偵察に行き。南部は王都到着後ソプランとアローマに合わせて回ります」

「その方針で宜しく。グーニャには不安で一杯のペリーニャを直接守る任務を与える。特に俺たちが離れてる間。
転移で置いてけぼり喰らったら、透明化したままフィーネの所に戻る事」
『ハイニャ!』

暫定行動予定が決まった所でペリーニャから夕食のお誘いが来た。

「こうなったらペリーニャの付き人風に切替えますか」
「そうしよー」
「結局王都までは男子部屋かぁ」
「私たちは元々従者ですから」




---------------

為すがままに我が儘に彼女の気が済むように。

ガプラーの5匹に大きな動きは無かったが町中で分散して罠を張っている様子。

それは2つ目の町ジエルコニアを越えた辺りから活発化し始めた。

予想に反して仕掛けて来るかも知れない。
前後の馬車にも警告した。そうっすタイラントの馬車は隊列中央部に収められました。

俺たちも遂にペリーニャの護衛に組み込まれてしまったんです!もう面倒なんでアッテンハイムの国旗に着け替えました。絶対後で陛下に怒られる奴だ。知らね。

王都まではペリーニャのガードは鉄壁。以降どの程度分散させられるのかが全ての鍵を握る。

大会を理由に夫婦も分けられる可能性大。

「その様な事はさせません」
読まれちゃった。
「どうやって分散を防ぐ?」
「私がピエールに訴えます。謝罪に呼び出しておいて待遇が悪い?そんな馬鹿な話は有り得ません。
本来ならピエールがアッテンハイムに謝罪に来るべき所を態々出向くのです。お任せ下さい。
それこそ謝罪と大会をごっちゃにするなと怒ります」

「ピエールは馬鹿でも側近にまあまあ頭が切れる奴が居る。そいつに揚げ足取られないようにな」
「はい」

俺も文句言うか。分けられるなら大会には出ないとか。
いいな。使い勝手に良い文句だ。

考えてみれば結構穴は有る。
色々なパターンを想定してみよう。

荒ぶるペリーニャに同調追従。
俺たちは夫婦だ。分けられる意味が解りません。
余興として大会に参加するけど本職は外交官ですが?
クワンジアには視察に来たんです。
アッテンハイムとは友好国関係ですよ。
個人的な付き合い?聖女と親交深めるのが何が悪いの。
仰る言葉が理解出来ません。

サヨウナラ。はしちゃダメ。

視察を前面に押し出せば何とか行ける。気がします。

車内はやや蒸し暑い。密です。
フィーネ、アローマ、ペリーニャ、お付きの女性兵4名。
+自分。御者台にはソプランとリーゼル。逃げ場無し。

最前列を陣取り。前扉と窓を開けて換気はしている。
が居辛いのは変わらない。タイラントの馬車なのに?
諦めました!


サーミットを越えてテレンスロイカまでは順調。

クワンジア西部地方の雨期も終わり愚図ついた天候。

女神教の神父さんにペリーニャが捕まり1日余計に宿泊した以外は、市場手前で女神教信者の少年に小石を打つけられた位。

服を払って無視をするともう1発背中に当てられた。

泥が付いて嫌だなぁと思っていると。
「このガキどうする?」
ソプランが捕獲した。

勇ましい少年の頭をわしゃわしゃ。
「服汚れちゃうから止めてくれない?」
手に噛付く素振りで首を回す。
「何が英雄だ!父ちゃんの方が絶対強いんだ!お前なんて僕がやっつけて。離せぇ!」
「俺に腕取られてる時点で無理だろ」
「勇気は有るね。無謀だけど」

「父ちゃんは闘技大会に出るの?」
「出るぞ。お前なんて一捻りだ!」

「そうかそうか。じゃあ一生懸命応援しなきゃな。
お兄ちゃんな。実は物凄く弱いんだ。だから1回戦突破も難しい。今回はクワンジアを視察に来た外交官として来てるから多分負けちゃう。許してくれない?」
「…そうなの?でもデッカい魔物を討伐したって聞いた」

「そんなの嘘嘘。人って噂話をデッカくするの好きだろ。
運良く小さな魔物狩っただけで話大きくされてさ。いい迷惑だよなぁ。今もほら護衛に守られてなきゃ怖くてお外も歩けない臆病者なんだよ。嫌になっちゃうぜ」
「…何かごめん」

「でも人様に石打つけちゃ駄目だぞ。頭とかに当たると血が出て大怪我させるからさ。父ちゃんに凄く怒られるぞ」
「もうしない。御免なさい」

「父ちゃん勝てるといいな」
「絶対優勝するもん」

「父ちゃんと君の名前聞いていい?弱くてごめんちゃい言わなきゃいけないかも知れないから。運悪く対戦相手になったりさ」

「僕はアレハ。父ちゃんはハイマン・ラウドンだ。ここいらじゃ有名な傭兵さ」
知らん人で良かった。

「アレハ君にハイマンさんな。覚えとく。俺が弱っちい事は内緒だぞ。偉い人たちが勘違いしてる内に騙してお金稼ぎたいからさ」
「う?うん!約束する」

クシャクシャにした髪を整えて開放した。純朴なアレハに邪な知識を植え付けて。

「優しぃ。…最後を除いて」
「お金は幾ら有っても困りません!弱いなら商人として揺さ振らなきゃ。平和的に」

「そっちの方が血は流れねえな。誰かの涙以外は」
「スターレン様にはそちらの方法が有りましたね」
「ふむふむ。その方が面白そう。良く考えればあんな法外な賞金出せるんだから。中央はお金持ちよね」

「4つの町を見た限り。それ程重税を掛けられてる様子も無くて治安も良い。食糧品は特産と呼べる物とは出会えてないけど品数は多い。物価はやや高めだけど町中に浮浪者や飢えた人は見掛けない。
じゃあ何で稼いでいるかと言うと?」

「宝石と真珠と貴金属の買付、転売?」
「正解。良い鉱脈を持ってるのと。迷宮産の道具とかを裏に流したりして荒稼ぎしてるのさ。頭はお馬鹿でも政治はしっかり機能してて優秀な下臣が豊富に居る証拠」

「お馬鹿だと扱い易いのかな」
「だと思うよ。タイラントからすれば絶好の鴨だね」

などと話ながら市場を練り歩いた。

中盤辺りの露店で粉物の袋山を発見。
「あれ?葛粉じゃん。おじさん、これ安くない?」
「葛粉…欲しい!」

「行商さん…にしては身形がいいな。貴族様の買付なら色付けてくれよ。ここに並べたのは倉庫の在庫処分品さ。
黴が生える前に捌いて倉庫空にしてから雨期空けの収穫を始めるのさ」
「おぉ処分価格か。買い占めても問題ないなら色付けちゃうよ」
「そりゃありがてえや。飲食店用には配布済みで一般家庭じゃ殆ど使われないから全部持ってってくれ」

ストアレン商会で証文を書いて購入成立。色は現金で金貨1枚オマケした。

「太っ腹だねぇ。しっかしストアレン…どっかで」
「おじさん。また買いに来るからあんまり広めないで」
「広まると私たちの分が無くなっちゃう」
「お、おぉ。また来てくれよ。二月くらい様子見てくれりゃまた貯まってるからな」

テレンスロイカでは葛粉が買える。覚えとこ。

良い買い物をして気分良く宿に戻った。

盗聴器を探してもクライプール以降の町では発見出来て無い。枯渇したか温存か。無駄だと漸く悟ったか。

こっちとしては貴重なペラニウム手に入るからどっちでもいいんですが。

昨日クワンジア内の南部以外の偵察を終えたクワンの報告を聞いた。

西部、北部、東部の町で怪しい集団は上空からでは確認出来なかったそう。

ガプラーは入念に調べたがかなり上手く隠れている。

北西の港も外には見ていない。一部倉庫街は怪しい雰囲気は僅かに感じた。

「そして何度かザッハークの城の上空を通り過ぎたのですが外周壁に面白い物が付いていました」
「どんなの?」
「対空用の巨大ハンガーです。低空で掠めると無人で矛先がこちらに向きを変えたので間違いないかと。
大きさや太さは鳩用では有りません。恐らく飛翔する魔物対策ではないと思われます。鈍すぎてあんなのには誰も当たらない気がします」

「飛んだの?無人で」
「はい。降りて後ろや下を覗き込んでも誰も居ませんでした。後から人が来て誤射だ誤射だと騒いでいました。
先輩鳩数羽に聞いた所。どうやら国別のマーカーで有害無害を判定している模様です」
クワンは何も着けてないからか。

「危ない事しちゃ駄目よ」
「クワッ」
現在ペリーニャの肩に乗ってるグーニャが居たら軽く嫉妬してる場面だな。

「港は怪しいか…。寄るかどうかは時間の余力次第。
ガプラーは嫌でも通過するからその時解るだろう。一部は襲って来るかも知れない」

フィーネが悩ましげに。
「完全擬態道具が2つ有ればペリーニャと私で入れ替われるんだけどなぁ」
「それやられると俺が混乱するから止めて。気持ちが追い付かない」
「そかぁ。一時的な成り済ましにでも使うよ」

「自由に出入り出来る人間に成り済ませば外に出られるんじゃねえのか」
「状況に依るかな。侍女さんとかに常時監視されてたらずっと中に居ないと拙いから」

「内部に絶対的な協力者を構築しなければ容易には使えませんね」
「使い処が難しいね。良い道具持ってても」

気になったソプランが。
「試しにアローマに化けてみろよ。俺らどんな感じか見てねえし」
「私もまだ真面に試してなかった。やってみるね」

発動直後にアローマがもう一人出現した。
「どう?」
「おー完璧だ。声も服も同じ。おっぱい揉んでもいい?」
2人のアローマに殴られ、ソプランには首を絞められた。
「ほ、ほんの冗談ですがね。ギブギブ、落ぢちゃう”」

死ぬかと思った。
「経典持ってるから魔力消費も微量だな。その場凌ぎの混乱させたい時に使って行こう。クワンジアには信用出来る女性が居ないから」
「うむうむ」

アッテンハイム組とは今夜も別行動。同行隊と化しても女神教の教会には招かれざる客。
夕食のお誘いは遠慮した。

クワンジアでの食事はコロッケが多い。定番の馬鈴薯と挽肉。甘芋と挽肉。ちょっと良いとこで挽肉多目の玉葱メンチカツ。今日は南瓜と挽肉のコロッケだった。

手を変え品を変えてはいる物の揚げ物ばかりで早くも飽きて来た。

食堂の女将さんにリサーチ。
「大きいお肉とかは王都に取られてるんですか?」
急に小声で。
「声が大きいよぉ。質素な物しか出せなくて御免なさいね。お客様の言う通り。近々闘技大会が始まるだろ。
王都で冷蔵庫持ってる宿やホテルやお城が全部持って行ってしまうのさ。
冷蔵庫なんて高嶺の花。ウチらは細切れ肉を市場で買ってやっとこさそれ。焼くと小さくなるわスープとかにすると配分が均等に出来ないわ。散々だよ」
大きな溜息。

「コロッケも美味しいですよ。クワンジアに入ってずっとなんで飽きてしまって。揚げ物をメインにするなら湯通しした葉物野菜とかキャベツをタップリ添えるとサッパリ食べられますよ」

「そうだねぇ。キャベツも雨期空けの今頃から各地で育て始めるから仕入れられたら添えてみるよ」

「提案した身としては心苦しいね」
「だな。まあ美味しいから有り難く頂きますか」
「ソース掛ければまだまだ行けるぜ」
「掛け過ぎですよソプラン」

クワンは黙々とフィーネが切り分けたコロッケを啄んで飲み下していた。

後で檸檬水でも飲もうかな。


明けの朝市で少しだけ果物と南瓜を購入してガプラーへ向けて出発した。…西瓜はまだ無い。




---------------

人も馬も元気で健康。聖女に毒を盛る不届き者も居らず町中の滞在も無事に乗り越え。ガプラー手前の宿場で時間調整して昼過ぎに突入。

ペリーニャはグーニャを抱っこするようになってかなり落着いた。不安感で去年欲しがったのか。冷え性なんて嘘まで吐いて。

町に入ってから索敵をすると真っ赤な集団が3つ。
付随して透明化の道具も2-1-2に分散している。

白昼堂々とは襲っては来ないらしい。当然。
来るなら夜だろう。

町で2番目に大きい宿を取り、盗聴器が無いのを確認後に大部屋に全員を集めた。

アッテンハイム組はペリーニャを含めて18名。敵の混乱を誘う為、最初の2名は首都に返した。特に意味は無かったようだ。

総勢22名で大部屋でも狭苦しい。
全員で1つのテーブルを囲んで打ち合わせ。

双眼鏡で白紙に町全体の地図を描きながら。

「敵は3隊に分裂してる。透明化の道具の位置も同じ。
今見て…相手は透視まで出来る道具は構えてない。
偵察したクワンが見付けられなかったのは、1人以外全員地下に潜ってる。そいつは西門の手前に居る女だ。
ペリーニャに物乞いする気か、俺たちが出て行くのを監視する役目か。
他4つの道具を持ってるのは全員男。偽装で女に入れ替える可能性大。
西門前の建物に12。北西の地下に9。南西に15。
今夜襲撃に来なかったら。明日俺たちが町を出た後で後ろから襲って来る。次の宿場で潜伏してる30と示し合わせて挟撃する気だ」

ソプランが俺たちの代表で。
「宿場手前で挟撃ぽいな。夜襲も北西南西から道具持った奴が数人来るだけだと思うぜ」

「俺もそう思う。道具持ってても大人数で攻めたら意味が無い。町の外に出たらここまでと同じ布陣で行く。
中央に俺たちの馬車。前後2台ずつ。王都で大会に参加する俺とフィーネとゼノンは表に出られない。クワンも出来れば温存したい。
後ろはソプランたちと後続者。前はリーゼルと前列者で対応して欲しいんだけど。問題は」

リーゼルが答えた。
「問題は有りません。ですが敵陣が接近せずに遠距離で仕掛けて来た場合は」
「その時は俺が全体に傘張るから馬車のまま密集隊形。
多分奴らは一般人巻き添えにして俺たちを悪者に仕立てる気だから。ゆっくり優雅に前進するだけ」

ゼノンが総括。
「これまでの傾向から男女別で部屋割りをする事は知られていると見る。敵戦力を削る為にも廊下に見張りは敢えて立てない。
ペリーニャ様の身の安全はお前たちに掛かっていると発破を掛けたいが。フィーネ様とアローマ嬢も居るので然程心配はしていない。足だけは引っ張るな」
「「「「ハッ」」」」

「ペリーニャはもしもの逃げ場確保で男子部屋も歩いて置いてな」
「はい。皆さん、お怪我の無いように」

「フィーネ。夜襲が来たら絶対に逃すな。
透明化の道具の他にも壁抜けなんて奇っ怪な道具も持ってるかも知れない」
「うわぁ一番嫌な奴じゃんそれ」

「かもだよ。宿の夕食はキャンセルして皆で早めにここで食べよう。外では飲食物を受け取らないように。後は部屋毎の交代制で寝る。そんなとこかな」

全員の同意を得て一旦解散。
ペリーニャたちは教会。俺たちは市場と雑貨屋。
夕方までは普段通りを装う。




---------------

夕食後に男女で3部屋に別れて休息。

懐中時計の針が午前零時を過ぎた時。敵は動き出した。

スマホからスタンの指示が飛ばされた。
「来た。敵は3人。男1女2に入れ替え。近距離の監視具持ってる臭い。あっちが構えるギリギリまで粘る。
普段夜更かしする感じで」
「了解」

リビングテーブルの上にスマホを置き、緊張気味のペリーニャと対面でトランプで適当に時間を潰した。

アローマさんが無糖のお茶を淹れてくれ私の隣に座る。
護衛の4人はベッドで横に成ったり洗面台で歯を磨いたりしていた。

「ペリーニャ様にはトランプは簡単過ぎますか」
アローマが冗談ぽく問い掛けた。
「いえ。心や相手札を読まない鍛錬だと思えば…。これが中々大変で」

スタンの声がする。
「今300m。1人男が何か構えた。索敵に切替える」
「嫌らしい」
「気分が悪いですね」
「最低です」
他の4人も小さく唸った。

更に待つ事数分。敵も慎重。

「宿の裏口から侵入…。時間が掛かってない。合鍵か盗賊スキル持ち。そのまま従業員階段で3…いや下の2階で立ち止まった」

「慎重ねぇ。焦れったいわ」

「2階の客室側に侵入…。現在中廊下。女性部屋の真下に入った。マジで壁抜け持ってるかも。もう直ぐペリーニャの真下辺り」
信じらんない。信じたくないそんな道具。

「ペリーニャ。お姫様抱っこしてあげよっか」
「お願いします」

彼女を抱っこして軽く回転した。

「ベッドの2人でペリーニャ受け止めて。男は私が仕留める。女2人はアローマさんと残りで。武器を抜いてたら拘束せずに問答無用で首をへし折って。グーニャとクワンティはテーブルの上で待機。万一味方だったらシャレに成らない。手出しは止めて」

7者の応答を見て足を止めた。

「部屋の中央に場所を変えた。来るぞ」

僅かに震えるペリーニャの脇腹を擦り、身構えた。

下の間取りも大体同じ。リビングスペースとベッドの間には広めな空間が在る。

そこの床から幽霊みたく迫り上がって来た3匹。

3匹共に同じ短剣を抜いていた。ご丁寧にどうも。

即座に散開した3匹に対し、作戦変更でペリーニャを下ろして後ろに回した。

大柄な男が私の方向。女2人がベッドに向かって跳び上がった。

男の首を背面から掴み、握撃でくの字に折り曲げた。
「がっ…」それがその男の最後の言葉。

女1人をアローマさんが短剣を握る腕と首を逆に畳み。
残りは4人で馬乗り。肢体と首を砕いた。そちらは言葉も無かった。

「スタン、終わったわ。来て」
「おけ」




---------------

女性部屋へ行き。
男の身体検査を自分が。他は女性陣に任せた。

当然ながら知らん顔。

衣服だけは整え。ペリーニャの見聞と死者への祈りを捧げた後。死体をクワンに頼んで東の森に捨てた。

クワンが赤マントを使い熟し転移まで出来る事を知らない人は大層驚いていたが無視して進めた。

単独単発使い捨ての転移道具が1個。これはゼノンに。
簡易ピッキングツール一式。これはソプランに。
共通の透明化道具と短剣は呪いの解除後。周囲に覚えて貰って俺預かり。
ミニサイズの透視望遠鏡が1個。誰が持つかで大揉め。
アローマに持たせて沈静化。射程が300m前後で最悪ロストしても良い。

ペラニウム配合の通信具は特に無し。使い果たした?

ちょい良い性能の鎖帷子と軽装鎧は頂いた。
ブーツとグローブは酸っぱ臭かったが何かに使えるかもと取り置き。

そして壁抜け道具。スキルかと思ったが肩当てだった。

名前:境界不足の肩当て(古代兵器)
性能:建造物や岩壁を擦り抜けられる
   (移動先が単純構造で空間が存在する場合のみ)
   移動距離:最大10m(装備者起点)
   消費魔力:200/1回
   同時移動可能数:最大5名+装備品
   手を繋ぎ合うこと
   (移動失敗時、同行者が壁内に埋まる)
特徴:行き先確認は慎重に

「これさえ有れば防御の薄い宝物庫や玉座の間や…女子風呂に突撃し放題だ!」
「最後のは何よ。玉座もダメ。没収します!」
フィーネに取られちゃった…。
女性陣は安堵の表情を浮べた。

「後半は冗談だけど。王都でピエールに化けて宝物庫でお宝ごっそり奪えるかもよ?」
「う…。それ言われると辛いけど。お宝奪ったのが切っ掛けで善良な国民の皆様に重税掛けられたら。スタンは責任取れるの?」

「確かに。面白半分じゃやれないな。重要そうな物限定にする。まあ国が管理するような場所には入れないさ」
「王都に着いてから使い方は考えましょう」

殆ど物音を立てずに乗り切れた。無事に朝を迎え、各員の体調も平常だと出発に踏み切った。


町の西門手前に憎しみの目で車列を睨み付ける女が居たが前に飛び出るような真似はせずスルーされた。

次の宿場までは約180km。半距離辺りの休憩所でトイレ休憩を挟み、敵影の動向を探るとガプラーからぞろぞろと付いて来る集団が居た。

その間には無関係な行商隊も見えた。宿場からも一隊。
「調整がムズい!両方から一般人に挟まれてる」
「ちょっと貸してみろ」
ソプランに双眼鏡を渡して東西を見渡す。
「後ろの集団の方が早い。引き付けてから撤収。西に街道脇を抜けてすれ違えばいいんじゃねえか?一般の行商隊の中にも敵が紛れてないとは言い切れねえし。
宿場を越えた所に砦が見える。襲って来た連中だけ武装添えて放り込めば終わりだろ」

「しかないかぁ」出来れば巻き込みたくない。
不自然じゃないレベルで街道脇を進むしか無さそうだ。

道中の往来で絡まれるのが嫌だったとか言い訳は様々。

ソプランの意見を採用。隊に伝えて後ろが2kmを切った所で休憩所を離れた。


前から来る行商隊は遣り過ごせた。が後ろの教団の動きが鈍く間に行商を挟む形を崩さない。

宿場の集団もまだ出て来ない。

ふと俺は思う。俺たちは国賓なんだよなと。

「前後両方動きが鈍い。全速で宿場を通過して砦に逃げ込もう。俺たちは国賓だ。待遇が悪ければ帰国すると脅せば行ける」
「名案です」ペリーニャもフィーネも同意してくれた。

「悪くねえな。ロルーゼでメメット隊が使った手だ」
それを早く言って欲しかった。外交官の役職を得てからは私用の全体会議には参加出来なくなってその情報は抜けていた。か聞き流してた?

隊全体に伝えて一気にスピードUP。

無許可で砦に押し入り砦長を呼び出した。
「行商隊ではない妙な連中に後を付けられている。一晩砦内に泊まらせて貰う」
拒否はさせんぞ。

「そ、それは…」
こいつもグルか?
「我らはアッテンハイムとタイラントから来た特使だ。
ピエール王陛下がお招きされた国賓を匿えぬ道理が何処に有るのだ!至急部屋の準備と風呂を焚け!!」

得意な勢い任せでゴリゴリ。
「ハッ!直ぐにご用意致します。お、お食事の方は」
「食事は持参品で済ます。一晩だけで良い。しっかり警護をしろ。巡回の衛兵と夜勤者が交代する時に会わせろ。
内通者が居ないかどうかを検める」

全体の顔合わせ含め。道具の無効化をする上でも直接会うのが手っ取り早い。


昼を抜き水分補給を済ませ。女性陣の風呂が終わるまでの待機中。勝手に砦内の見張り台に上り双眼鏡を覗いた。

おーおー教団の奴らが焦ってる。宿場に入り切れずに離れた場所で相談している姿が見えた。

罪無き一般人を巻き込んじゃいけないぜ。ご愁傷様。

国の傘に入ってしまえばこっちの物。
どんな冤罪も被らない。ザマァ

天気と同じく気分も晴れて来た。今夜は晩酌しちゃおう。

お風呂空いたよ連絡を受けて男衆も3分割して汗と疲れを落とした。ガプラーでは入れなかったからなぁ。


風呂後に作り置きのサンドイッチを隊の皆でモグモグしていると砦副長さんが大部屋に訪ねて来た。

その人は昨年アッテンハイムでお世話をした人だった。
「食事中に失礼致します。おぉやはりお二人とゼノン隊の方々でしたか。ご機嫌麗しく聖女様」
「貴方は確か、イリ…何とかの副官を為されていた。
ホマン・ムーランド様。息災なご様子で何よりです。今はこちらにお勤めに?」
「あぁ約1年振りか。元気だった?」

「覚えていらしたとは光栄です。元気と言えば元気。
お二人の誘致失敗の責を取らされ降格処分です。
イリ…は退役させられ北部の僻地に押し込まれました。今現在どうしているのやら」
「他の人との交流は?」

「一部の人間と手紙の遣り取り程度は有ります。後で会う夜勤組の中にも数名。
あの時の帰還者全員漏れなく降格で。嫌気が差して大半が農民や港で漁師、婚姻や採掘現場に行ったりと様々ですね」
「真面目に働いてるんだ」

「それは勿論。あれ程手子摺ったベアを軽々と屠られた光景を目の当たりにして。帰国の途でも兵役とは何だ。国を守る為に兵士に成ったのに異国で死ぬとは何ぞや。
それぞれが想う理想と現実を前に。私は心が洗われる想いでした」

顔合わせまで余裕があったのでホマンを席に座らせお茶を出して色々聞いてみた。

「ご挨拶に伺っただけなのに。長居をしてしまって…」
「まあまあ。どうせ挨拶まで暇だし」

ホマンの家族は?から始め。
「私の家族はシーズリングです故。今の状況は寧ろ運が良い方。それもこれも皆様とペリーニャ様のお導きのお陰と感謝して居ります」

「答え辛い質問だけど。クワンジアの状勢とかって」
「…非常に辛いですね。概ねスターレン様のご想像通りかと思われます」
自分の側頭を指先でトントン叩き。
「お調子者の大馬鹿。煽てられると天まで昇ってしまわれる御人で。
主に今年に入って内務大臣に鞍替えしたセザルド・メリアハリ。宰相閣下のデブル・ボーダシャ。
元老院総長のソーヤン・グータの三人に骨の髄までしゃぶられて居ります。
しかしそれでも王族は倒れない。自国民ながらそこが不思議で堪りません」
セザルドが鞍替え昇格していたのは驚いたな。自分の守りも固めたか。

「その三つ巴で上手い具合に牽制し合ってるのか。裏で調整してるのかもね」
「政には疎いものでこれ以上は私では難しく。王とも実は一度接見時に挨拶を交した程度。他の三人も昔の仲間の酒話の寄せ集め。実際の人となりは存じません」
ひょっとして…これはワンチャン、ピエールが実は優秀とか有るかも!

目が合ったペリーニャが小さく横に首を振っていた。
無いんかーーーい。残念。

「貴重な情報ありがと。最後にこの短剣に見覚え無い?
俺たちを追って来た連中の端割れが仲良くこれ持ってたんだけどさ」
夜襲が持っていた物を取り出して見せた。

ホマンが短剣を手に取り席を離れて半抜して見たり。
「家紋も無い国内で一般的な造形。唯一目を引くのは刀身がやや黒み掛かっている位。済みません私では…
そうだ。昨年助けて頂いた私の部下でヤン・コーウェルと言う男が王都で武器商を始めました。生粋の武器マニアでスターレン様の剣を見て涎を垂れて居りましたね。
大会で使われる武具の仕入れで他者に競り負け悔しがっています。一度訪ねてみては如何でしょう」
涎を垂らす武器マニア…。何だろ、率先して会いたいとは思えないが。
「行ってみるよ。直は無理だけど」

「俺らで行く。武器屋の情報網も侮れないからな」
「行くべき所が段々と見えて来ましたね」

「あぁ闘技大会なんて何十年振りか。観戦券は生涯の財が消える程の高額。私には手が出ません。
お二人のご活躍。外野から楽しみにして居りますよ」

詳しく話せないのが辛い。曖昧に笑って返すに留めた。
茶番展開に成るだなんて言えない…。


挨拶は手短に済ませて助けを求めた。
何人か見覚えが有る。その人たちに手を振りながら。
「私たちは襲われても構わない。野盗如きに怪我さえ負わないだろう。しかし街道の真ん中で戦闘行為を行えば無関係者に被害が及ぶと危惧してこちらへ駆け込んだ。我らを守る必要は無い。東西街道及び裏手の森林地帯を普段より一層の注視を望む。

そもそもだ。ここは中東部の砦だと断ずるが。東部砦からも一切迎えが来なかった。
国賓特使として経験は浅いが、ここまでの冷遇は他国では無かった。北の帝国ですら出迎え専用の部隊を設けてくれた。なのにクワンジアはどうか。
砦長。この理由に心当りは無いか」

「ハッ。理由は定かでは有りませんが。国賓様、聖女様御一行に対し、手出しは無用と布令が回されており。私見では闘技大会の準備や警護に人員を割き過ぎたのかと」
何処の馬鹿だそいつは。
「布令に反する事象となるが弊害は無いのか」

「反するとしても。聖女様御本人が来られ。助けまで求められてはお応えするのが信者の務めであり誉れ。それで処分を受けるなら、私めが全て被ります」
「迷惑を掛ける。その意に甘えよう」
「処分されるなら是非当国へ。ご家族纏めて受け入れ。然るべき職席を与えるとお約束します」

「有り難きお言葉です。それを胸に刻み、警備強化に邁進致す所存です」

この遣り取りに後ろが少しザワ付いた。特にアッテンハイムに行った事が有る者たちが自分もそっちの方がいいなぁと言う顔を浮べ、俺を見ていた。

なんで俺やねん…。経験者なら山程仕事はタイラントにも有るけども。水竜教がメインだよ?

まあいいや。
「ザッハークに行ったら悪いようにはしない。安心して職務を全うして欲しい。以上だ」
締め括った。


愚かなる集団は宿場から動かなくなった。
一般の方が動き出すよりも早く出発。砦から街道まで小隊に盛大な見送りを頼み、既成事実を作り上げて全開速度での移動を開始。

お馬と人の休憩を数回挟んで宿場を1つ余分に先越えて宿泊。

砦を出て2日後の夜にはシーズリングに到着した。


宿は取れたが問題発生。最高速の無理が祟りアッテンハイムの馬車2台の車軸に亀裂が生じた。

修理で時間を喰ったら意味が無いと。俺の金とペリーニャの笑顔に物を言わせ、兵役駐屯所の最上級荷台を無理矢理買取り入替え。

改めてタイラントの技術力の高さを実感した出来事。
誇らしい。

パクりパクられ馬車造りを勉強して置くべきだったと少し後悔した。


シーズリングは王都に近いだけあって町並みや環境も整えられ活気が一段と明るかった。

軽くリサーチしても懸念していた西大陸からの襲撃、干渉は昨年からピタリと止んだらしい。

原因は多分私で御座います!

時間を掛けずに買い物だけして王都ザッハークへと出発。

後ろが迫って来なければゆっくり散策したかったのに。
ホマンのご家族に挨拶したりさ。


後方集団は失速。数は激減。何時の間にか半分以下。
食糧が尽きたと思われ。半数は南に向かった模様。

飢えを凌ぐので一般人襲うなよ。

出来レースは打っ千切りで勝利。シーズリングからきっちり3日で王都ザッハーク到着。

平野部の続きで全貌は見えていないが囲う外壁は充分な高さと堅牢さが窺い知れた。

東外門の検問はスルーパス。両国に送られた招待状と通行証が有るんだから止められ様も無い。

出迎えの小隊が現われ、王城まで引率パレード。

聖女様は大歓迎ムード。先行くアッテンハイム組の車列からペリーニャが手を振り沿道者は熱狂。後ろを追従する俺たちには敵意を向ける者がチラホラ見えた。

挑戦的な目。大会参加者とその応援者だと思う。
人集りに赤が紛れて判別は不可能になった。

王城内まで流れるように入城。

王宮前に建設された歓待用宿舎でペリーニャたちと分けられた。建物的には直ぐお隣。ここまでは想定内。

宿舎に入った所で俺たち専属の衛兵女性が。
「闘技大会へ参加されるお二方は部屋を分ける様言われております。従者の」
「いーやーだー。俺たち夫婦なんだよ?男女別の大会なのに分けられる筋合い無い。一緒に寝るのー」
「ねー。嫌ねー」
馬鹿を演じるのがつらたん。

「き、上が決めた決まりですので…」
「じゃあ俺大会出るの止める!それならいいでしょ?」
「私たち外交官だもんねー。私も止める!」
あぁ辛え。

後ろのソプランたちは我関せず。

「しょっ!少々お待ち下さい。直ぐに!今直ぐ確認して参ります」
脱兎の如く跳んで行った。彼女も災難だな。
上から言われただけなのに。

別の衛兵に案内を頼み。勝手に内覧。
建物は3階建て。木造の骨組みに土壁に防錆処理されてない鉄製の補強材。

天井以外はタイル張り。各所に急造の跡。

地震来たら簡単に倒壊しそうな雰囲気。
骨だけはしっかりしてると信じたい。

1階の2部屋にはお風呂。1方には簡易キッチン。
こっちしか選択肢が無いっす。

案内を務めてくれた衛兵にここにすると告げて追い出し。
勝手に浄水器を取り付け、アローマが湯を沸かしてお茶を淹れてくれた。

「しょっぼいなぁ」
「急いで造った感丸出し」
「隣と比較して見てえな」
「残念に思うだけで得は無い気がします」

ペリーニャに盗聴器の捜索終わったらグーニャを少し返してメールを送り、暫く黙って紅茶を啜った。

2棟内外から5個の盗聴器が発見され、大コインでも確認して一安心。
「今日から毎日1回捜索な」
「暫く離れ離れだけど。後日一杯美味しい物あげるから頑張って」
『ニャ~ン♡』
一頻りフィーネが撫で回してペリーニャの所に戻した。

「盗聴器は箱に貯めて様子を見ながら一気に壊す。ソプランたちは王宮での挨拶が済んで城内外の通用証貰えるまで隣部屋で待機。外に出す理由は何とか誤魔化すから」
「あいよ」
「畏まりました」

「にしてもおっせえなぁ」
「かなり時間経ってるのに…」
「敷地面積はラザーリアの城と同じ位か。まあこんなもんじゃねえか」
「上に伝わるまでに時間を要しているのかと」
伝令走らせればいいのに自分で行っちゃったからな。
あの人もグルだと考えた方が無難か。

待てど暮らせど待ち焦がれて早2時間。

やっと強めのノックが聞こえた。
映画1本。風呂まで余裕で入れたじゃん。

「タイラント御一行様。マリーナです」
専属担当官の女性兵士の名前だ。

「入ってー」

4人共ソファー席でだらけ切っていた。
イライラアピール。貧乏揺すりしながら。
「待遇悪過ぎ!評価マイナス。こんな解り切った答えも直ぐに用意出来ないなんてクワンジアも終わりだぞ。
帰国後にケイルガード様とモンターニュ様に抗議を入れるからな!」
北2国の王様2人にな!

「大変申し訳ありません。我が国の悪しき慣例で」
「で、答えは?急ぎって言いながら息も切らせてないマリーナ」

目付きが一瞬強張ったが直ぐに柔やかに。
「玄関前で整えて参りました。ご自由にと仰せです」
アローマが立ち上がりマリーナの胸元の鎧を掴み、片手で浮かせた。
「我が主様の貴重なお時間を奪った挙句に整えた?随分と時間に寛容なお国柄なのですね。私なら息も忘れて飛んで来る所ですよ」

「まあ離してやれ」
苦しむマリーナは尻を着いて咳き込んだ。
「誰なんだ指示したそいつは。まさかピエール様ではないだろう」
「も、申せません」

「減点追加~。国との取引全面停止申請しちゃおうかしら」
「そうすっか。石ころ以外に魅力感じないし。タイラントは全く痛くない」

「し、しつ…。重ね重ね大変失礼致しました!どうかそれだけはご勘弁を。私如きの失態で国政にまで影響が及ぶなどと。一族揃って打ち首です」
大袈裟!土下座までして。
「ですが指示者の名を告げる事は出来ません。国防の長と言う言葉でお許しを。王との接見は明日午前。
そこに同席されると思われます」
今度は国防長官か。まだまだ出そうだな。王族に群がる寄生虫。

「悪い悪い。下っ端甚振っても無理だったわ。俺は女子供に甘いけど。周りはそうでもないから注意な。
明日の案内もマリーナでいいの?」
「は、はい!私がお務め致します」監獄にでも行くの?
「下がって良し。ご自由に、て言ったな」
「…へ?」
「大丈夫だって。全責任はその長に取らせるからさ」
「スタンは甘いもんねー」

戸惑うマリーナを無視して宿舎内を魔改造。もとい改築工事を開始した。

「ちょ…」
「いいって自分たちでやるから」
向かいのお部屋もご一緒に。
窓全面を内張観音扉に替え、分厚い遮光カーテン取付。
出入り口ドアの鍵を付替。魔力が一定量無いと開かないペット穴をドア下部に設置。

キッチンと風呂場の換気扇及び換気口に頑丈な鉄格子。
簡易キッチンをごっそり入替え配管から張り替え立派なキッチンに変更。

3階天井裏にも魔力扉を設置してクワンとグーニャ用の通路を確保。

お隣の棟にも堂々と遊びに行き同じリフォームを断行。

帰りにキッチンを戻す為に簡易は温存収納。
変更した隣の内鍵の管理はペリーニャにお任せ。自分たちの棟では共通鍵を複製して5本作成。保険でクワンが1本預かり。

各所の壁、床、天井、柱はフィーネがリバイブをこっそり施して部屋毎で鉄壁要塞化した。

ボーッと作業を後ろで見ていたマリーナが。
「あ、あの…鍵のスペアは」
「なんでマリーナに渡さなきゃいけないの?ご自由にしただけだよ?」
「吐いた言葉の責任は取ってね」

人生を悲観するマリーナは小さく。
「今回の仕事が終わったら…。退職届を書いて田舎に帰ります…」
「そうしなよ。国は潰れないけど城の未来は明るくない」
何れ吸い尽くされてボロに成る。

大仕事の後の一服を挟み。お楽しみの夕食。
部屋食は拒否して食堂に移動。
メニューはスープカレーにポークステーキとロールパン。
デザートは明日かららしい。

料理の説明を終えて何故かがっくりと肩を落として退出するマリーナを見送り部屋で到着祝い。

時差で深夜のシュルツに王都到着を報告した。

「安心しました。これでグッスリ眠れます」
「寝る前にごめん。こっちは曲が強い連中がウヨウヨ居て嫌になるよ。明日は王様にご挨拶」
「朝食時に御爺様にお伝えします」

「ペリーニャたちとは別々になるかは解らないけど。最初から喧嘩腰で行くなよ」
「スタンじゃないんだから大丈夫よね」
「はい」朗らかに笑いながら。

だがその笑いの意味を理解出来たのは翌日の接見時となった…。
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