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第143話 クワンジア遠征準備04
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カメノス邸で忘れずに新薬類を補充して。
最近は専ら地質学を猛勉強中のシュルツを連れ出し、気晴らしにとトーラスさんの店を覗きに行った。
「偶には散歩もいいだろ」
「ですね。本ばかり読んでいても中々頭には入りませんし外を見て回るのも大切だと実感します」
「根を詰めすぎると身体に悪いのよ。お散歩したり運動したりしないと大きく成れないぞ」
「はい。お姉様」
素直なええ子や。反抗期は来ないで欲しい。
俺たちの間で手を繋ぎ、店までブラブラお散歩。
「今日は。ご無沙汰してます」
「「今日は」」
「おぉ良くお出で下さいました。
スターレン様、フィーネ様。今日はシュルツ様まで。
丁度今朝方出物が揃い、ご連絡しようかと考えていた次第です」
「良かった」
「タイミングバッチリ」
他の客も居ない。良い時に来れた。
カウンターにはフローラとキーラが並び、柔やかな笑顔を返してくれた。
フィーネが2人のお揃い指輪を発見して。
「あ、やっぱり2人はそう言う間柄だったのね」
「はい…。前前から想いは有ったのですが」
「声を取り戻しても一向に来てくれなくて。業を煮やして私から告白しました。母にも手紙を送ってみたのですが…これがまた」
話が長く成りそうな所でトーラスさんが。
「フローラ。お三方は世間話をしに入らしたのでは」
「し、失礼しました!どうぞ奥へ。直ぐにお茶と品物のご用意を」
「商談が終わったらゆっくり聞かせて」
「はい」
本日のお勧めは。
魔力ストッカーにも成るサファイアブレスレット3本。
性能は段違い。ストック200から最大値の1割までUP。
且つより繊細なデザイン。大人な感じに進化した。
案内人は継続してフローラ。
「魔力のストック量も然る事ながら。凝ったデザインを両立させ。重厚さを備えつつ男女が身に着けても違和感を抱かせない奥床しさ。
職人の魂を感じさせます」
シュルツが感心。
「真に造形美。私も見習います」
「ならこれはフローラさんが作ったんじゃないんだ」
「私はまだまだ。弛まない努力と研鑽を積んだ熟練の技工士の作品ですよ」
では隣に置かれた4つ目の箱は何?
「こちらはフィーネ様のお待ち兼ね」
蓋が開かれる。
「漸く黒真珠が手に入りました。これは私が手掛け。
フィーネ様のイメージに在る桔梗の花を模しました」
大輪を咲かせる花の中心から滴が伝い落ちる様に大粒の黒真珠が流れる配置。
生命の息吹。躍動感を感じてしまう。
動かすもんじゃないけど。
フィーネの嬉しそうな顔。
「全て買い上げで」
「毎度有り難う御座います」
空かさずシュルツが。
「私が出します!」
「えぇ…。ブローチは誕生月祝いだから俺が出すよ。
ブレスレットはそれぞれが出すって事でダメ?」
「はい…。お洋服を買う位しか使い道が無くて。
御爺様から頂くお小遣いが貯まって行く一方なのです」
「将来の為に取って置きなよ」
「そうよ。財団はどうやっても倒産しないけど。将来独立とかするかも知れないでしょ」
「はい!」する気有るんだ。
3人でそれぞれ証文を書き上げ購入成立で一息。
ミルクティーで和みます。
「メルに自慢しちゃおっかなぁ。でも見せるとお強請りされるしなぁ」
「クワンジアで晩餐会あるかもだからそこで使う…のは勿体ないな」
「嫌よ。壊されたら堪ったもんじゃ無いわ」
フローラがキョトン顔。
「クワンジアで何かあるのですか?」
「詳しくは言えないけど。外交関連でちょっと呼ばれてさ」
「そうですか…」
「何か?」
「いえ。何でもな…い事も無いです。もう暫くお時間を頂戴出来ますでしょうか。トーラスを呼んで参ります」
了解を示すと慌てて席を立った。
「何だろ」
「さあ?」
シュルツはブレスレットを眺め。前作と比較してニッコニコしてる。
着眼点が女の子ぽくないな。
トーラスさんが襟を正して。
「内状をお聞きする権利も気概も有りません。
ですが一つだけ。クワンジアで何かが起きるのですか」
「起きると言うか、起こすと言うか」
「交易路は断たれるのでしょうか」
貴金属の納入ルートの心配かな。
「一時的にそれに似た状態に陥る可能性は有ります」
「成程…。お聞き出来て良かった。
勿論口外は致しません。只、この店の大半の宝石はあちらを使って納入しておりまして。特に真珠はクワンジア北部の港で養殖を。無くなるなら今入っている受注を一旦キャンセルしなくてはと」
「それ、暫く待って貰えますか。今直ぐに表で動かれると非常に目立って困るので」
「問題は御座いません。受注は全て王族方からです故。
資材の確認発注は前に尽き、スターレン様のご迷惑に成らない内に処理出来ます」
「おぉ良かった。キャンセル理由に困ったら俺の名前出して下さいね」
「有り難く使わせて頂きます。貴金属類や宝石は南西大陸やロルーゼなどから取り寄せる手も有ります。数ヶ月間様子を見て動くとしましょう」
「「お願いします」」
仕事ぽい話は終わり。席を外していたフローラがお茶を淹れ直して戻って来た。
「ごめんね。バタバタしちゃって。お話の続き聞かせて」
「いえ。口を挟める立場でもないのにこちらこそ申し訳ありません。
私の話は大した内容ではないのですが…。
手紙でキーラとのお付き合いを始めた。私の事は居ない者としてお忘れ下さいと正直に書いてしまい。
先月にアッテンハイムの両親がこの店に怒鳴り込んで来たと言うだけです」
「なーんだ。て言うと語弊はあるけど。ご家族の事情なら私たちが突っ込む話じゃないわね」
「詰まる所。目的はお金でした」
「わーお」
「とっくに改信して。今更女神教がどうのと喚いていましたが。私の声が治ったのとこの店を見た途端。
育ててやった恩を返せと。殆呆れてしまい。引っ叩いて二度と来るなと追い返しました。
もう両親の宿に宿泊しないで下さい。とお願いしたかっただけで御座います」
盛大な親子喧嘩やわぁ。
「滅多にピラリス行く用事も無いから。近寄らないように気を付けるよ」
「滅多に処か多分二度と通らないと思うから安心して。
私たちも絡まれても困るし」
「宜しくお願いします」
お茶とお菓子を美味しく頂いて帰ろうとした時。
フローラがシュルツに握手を求めた。
「トーラスのような眼力は無いもので。失礼ながらシュルツ様の手指の大きさを見させて頂きました」
「成長して大きく成る、と思うのですが」
「はい。それも見越し予想して」
「今後とも御贔屓にって事だよ」
「あぁ、そう言う事でしたか。こちらこそ、宜しくお願いします!」
再度シュルツが握手を交して退店した。
お昼を本棟で頂き。お参りしてから自宅で心太を作って冷やした。
明日は遠征前の最終日。
新作デザートは何にしましょうかと話し合い。
「葛餅にトライしたくても葛粉が無い。杏仁豆腐も肝心の杏仁の粉が無い」
「葛粉なら何処にでも在りそうなのに無かったね」
「わらび粉も今から自分たちで作るには時間が全く足りません」
「わらび餅も何時か作りたいね」
「ごめん。手持ちで作れるの。外郎位しかないっす。
水羊羹だと簡単過ぎて何だかなぁ」
「外郎の中に餡子巻き込んで内郎と言うのはどうです?」
「2種混合か。手間が2倍だけど作り甲斐はある」
---------------
10時の中休みに一晩冷やした心太をツルリと食べ。
朝から挽いた米粉、餅粉、小麦粉の配分を変えて一方には炊いた餡子を織り交ぜ食感の違いを出す。
思った以上に大変だったが今日は誰も訪ねて来ない。
誰にも邪魔されずに夫婦2人で内郎作りを楽しんだ。
完成して軽く冷やした内郎を15時のおやつに緑茶で美味しく頂いた。
「一手間増えるだけでも意外に大変だったな」
「和菓子も本格的にやると奥が深くて時間が掛かる物なのねぇ。良い思い出に成りました」
「1人で作業してたら挫折してたかも」
「一緒にやって良かったでしょ。…今日は珍しく誰も来ないし」
「気を遣ってくれたのかもね」
自宅ってこうだよなぁと笑い合い。
「またしても調子に乗って作り過ぎちゃったけど、配る?」
「ちょっと時間無いかな。邸内にお裾分けするだけに留めて遠征のおやつに持って行こうよ」
それは名案だとして。
「夕食まで時間あるけど何かやりたい事ある?」
「挨拶回りは終わったし…。ママさんや赤ちゃんに会うと長ーくなるし。あ、スタン。お買い物序でに前の借家見に行ってみない?」
「遠目からチラッと?」
「中まで覗いちゃダメだけど。あの区域がどんな風になってるか、気にならない?」
「気になります」
お出掛け話を聞いてグーニャが俺の頭に。クワンがフィーネの肩に乗って毛繕いを始めた。
慣れって怖い。
「グーニャとクワンはクワンジアに入ったら基本透明化だからな。忘れてたら教えてくれよ」
「クワァ」
『ニャン♡』
クワンは自分でやるがグーニャは首輪を付けないと透明化出来ないからな。
『首輪はもう要らないニャ。大狼様とローブの御力を借りて自発で透明化出来るように成ったニャン』
「そうなの?」
「出来るなら率先してやってくれ。俺の髪の毛は常にぺったんこになるけど首輪付けたりケージに入れたりしなくて済む」
『ニャーン』
グーニャは自発的に消え去った。
「ホントに消えた」
「俺からは見えないよ…」
フィーネにそう見えるなら出来ているのでしょう。
市場で食材を買ったり。本屋やお香のお店に寄ったり。
最後に回った旧我が家。
軍関係者が優先で入っている区画。
国内が平定され人も兵士も増え、前とは通りからして活気が違った。
近くにお食事処や八百屋も建てられ。
「おぉ」
「建物が立派になってる…」
約1年で随分と様変わり各棟は修繕進化していた。
更地から建て直したんじゃないかと思えるレベル。
離れた場所から眺め、感傷に浸る間も無く退散した。
思い出の場所は消えてしまったも同然だが。人の世の循環とはこう言う物かなと気分は明るかった。
夜はトワイライトで仲良くお食事。
帰りにエドワンド前でヒエリンドと数名の部下を見掛けたが面倒なのでスルーした。
あれは接待か何かだろうか。本気でお相手探しをしてるならあの人は一生結婚無理だろうなと思う。
僅か1mm可哀想。
---------------
遠征前最終日。
朝からソプランたちを呼んで装備品、携行品の最終チェックと割り振りを見直した。
主に闘技大会用防具の調整。
「俺は鱗状鎧かな。腕とかは露出してるし」
「私はこないだキッチョムさんの防具店で手に入れた白革の鎧。壊すのは勿体ないからゴロゴロ転がって場外に飛び出ようと思います」
「あーいいな。俺も対戦相手がゼノンじゃなかったら攻撃喰らって出ようかな」
「楽しそうに負ける話をするってのは。冒険者としてどうなんだろうな」
「別にギルドの評価が下がる訳じゃないでしょ」
「下げられたら。また何処かの迷宮踏破すればいいの」
初級冒険者に敗北して評価が下がる?そこまでしっかりしたシステムなのかが疑問。
「お前らは平気なのか?
その…負けて馬鹿にされるのとかよ」
「全然全く」「平気」
「そ、そうか。従者の俺らは役人様のお付きだから何ともねえがな」
「本筋は外交官で商人ですからね。お二人は」
「そうそれ。冒険者は聖剣に辿り着くまでの繋ぎ。最宮に入る為の通行証代わり位にしか思ってないから」
「うんうん」
「それあんま他の冒険者に言うなよ。真面目に命張ってる奴が聞いたら泣くぞ」
「言えないし話せないよ。最終的に西の大陸には誰も連れて行く気無いし。ギルドに介入されると逆に邪魔。
戦力は秘密兵器のロイドちゃんが居る」
「それでも足りなかったらレイルに救援を求める積もり」
「レイルは解るが…。天使様は、強いのか?」
「…ん~。明確に試してはいないけど俺とフィーネの間位だと思う。装備で補強して翼で空飛んでって感じ。
生身で魔王と同等の魔物に立ち向かう度胸はあるよ」
「概ね正解です。が、私を狂人のように表わされても困ります」
「大体合ってるってさ」
「す、凄え度胸だな」
「常人には無理ですね」
続いて従者2人の装備品。
「アローマは遺跡産の鎖帷子に白シャツ。フェンリル様の毛皮で改良したエプロンドレス。スカートの中は短パンとフレアレギンスかぁ…。鎖帷子が邪魔だし全体的なコーディネートが見事にぐっちゃぐちゃだな」
「見てくれよりも性能を求めるとこうなります」
フィーネの提案。
「シュルツに修理して貰った前のビスチェあげる。鎖帷子の代わりに着てみて。私よりお胸が大きくても!体型にフィットするから」
「そこを強調しないで下さい。ですが有り難く。
鎖帷子だとどうしても動き辛くて悩みの種でした」
「上から私服か侍女服着れば中身は見えないからバランスは取れるな。
首周りが露出してるから、外で動く時は開眼のスカーフ首に巻いて」
「有り難う御座います」
「問題はソプランの遺跡産の軽装鎧か。目立つよなぁ」
中央大陸で使うには少々厳ついデザイン。
「だけどよ。白シャツだけだと心許ないぜ」
仰る通り。アローマとの性能差が開き過ぎだ。
「お悩みのお二人さん。間に合いましたよ」
フィーネが取り出したのは固定具が付けられたマウデリンの胸当て。しかも。
「銀鍍金してある」
「黒金色だとそれはそれで目立つから。キッチョムさんに銀鍍金施して貰ったの。こうすると光沢の無い一般的な鉄製品に見えるでしょ」
「「「おぉ」」」
普段着の上から羽織り、各所のバンドで身体に調整。
背中の調整だけはアローマが施した。
「調整幅が広くていいな。脇腹で留めるタイプだから一度調整すれば脱着は一人で出来る。装備してみると遺跡産のよりも軽いな。しかも全身守られてる気がする」
「気の所為じゃなくてその通りだよ」
「全身頭の天辺から指の先まで。胸当てだけで守れるように上乗せ強化したしたから」
「これ着たまま逃亡しても恨むなよ」
「まあ退職金代わりに持って行けばいんじゃない?」
「ひっどーい。また頑張って作ればいいか」
「…離婚手続きをしてからでお願いします」
「冗談だよ!!」
続いて武器の話。
「武器はどうしよっか。近接武器と投げナイフだけじゃ辛いでしょ」
「俺は遺跡産の小型弓が有る。剣魚の矢筒、百本入りが欲しい。
アローマにはお前のスリング貸してやってくれ。弾は超硬弾は重いし消費するのが勿体ねえ。残りの鉄鋼弾を全部でどうだ」
「おけ。この新作スリングは必ず標的の急所を撃ち貫くから態々確認しなくてもいいよ」
「承知しました。見ずに済むなら罪悪感も…」
「どうしても逃したくない時だけでいい。俺が足を外した時や集団相手だった場合。退路を確保したい時とかだ」
「はい」
各自の荷物整理も終わり、お茶をしながら転昇の御石をアローマに渡した。
「何が起きるか解らないから。残り3回の転移具をアローマに渡す。まずはこの転移手袋で使用感を試して。念の為ソプランも」
アローマはリビングと訓練所の往復を1発成功。ソプランは発動失敗。
「くっそ腹立つ」
「個性だから仕方ないよ。素養とかセンスとか。ソプランの場合は大きな魔力消費を本能的に抑える傾向なんじゃないかな」
良く言えば堅実。
「あーあーどうせ俺はビビりだよ」
「拗ねちゃった。アローマさんは現地に着くまでに赤マントの使い方も練習しましょう」
「畏まりました」
内郎を少しだけ食べながら、ふと考えた。
「出発は明日の午前中。フィーネさん。ふと思ったんですが」
「何かしら?」
「剣魚の角束ねて合成し捲れば。耐熱性の高い鍛冶道具の部品出来るんじゃね?」
「あー…でも。数千度の中に突っ込むのは流石に」
「炉に直接入れるんじゃなくて。熱した石を掴む大トングとか桶を支える持ち手や柄の部分だよ」
「なるほろ!それは良いアイディアかも」
早速数本取り出して合成開始。
慣れた手付きで開閉式大トングと、長い柄のピザ窯用ヘラを作成した。
トングは指が入る隙間が設けられている。
「焼き芋想像してた?」
「ご名答。急に食べたくなりまして。夜は納豆ピザで」
「納豆は持って行けないから残り消化するか」
「俺は納豆パスで」
「何気にソプラン好き嫌い多いな」
「代わりのもん食べれば死にはしねえよ」
強がるソプランを放置して焼き芋作成でトングを試した。
傍らでヘラに炎の魔石を乗せて発動。
鍛冶場で炉を作った温度よりも下でヘラには穴が空いてしまった。
地面に落ちた魔石を直ぐに停止させて検証終了。
「もう少し肉厚にすれば使えそうだね」
「やった♡また挑戦する時に量産してみる」
「お願いします!」
「これで作業が楽に成るならお安い御用よ」
「後は叩き上げるハンマーだけか」
「宛は有るの?」
「あの混合鎧を打ったなら。クワンジアの鍛冶場に必ずあるよ。ハンマーも打金台も」
「そか。…問題は譲ってくれるかどうかね」
「金に物を言わせりゃ大抵買える。工房を閉める引退予定の職人とか。そこらの調査も俺らの仕事だな」
「はい。王城以外なら幾らでも」
「城内のお抱え職人かぁ。有り得る」
色々な想定をしながら話し合い。夜は豪勢にお昼は焼き芋だけにした。
---------------
遠征出発の朝。
シュルツにお別れの挨拶をして皆でお祈りを捧げた。
「暫く帰れないけど」
「元気で居てね」
涙を堪えながら。
「はい。お兄様もお姉様もお元気で」
何だかんだお風呂は入りに来るかもと告げると転けてしまった。
挨拶はこれ位が丁度良い。
城で陛下に挨拶してから馬舎へ向かいお馬との再会。
綺麗にブラッシングしてご機嫌と旧交を温め、直接教皇邸へ馬舎を出た所から転移した。
昨晩にアポ取りはして置いたので受け入れもスムーズ。
外は雨期の只中でたっぷり雨模様。
アッテンハイムの遠征組と最終打ち合わせと昼食会を経て一路西へ出発。
クワンジアまでは一晩毎に町を経由する為、野営の心配は無い。持参した食料の消費も無かった。
休憩時のおトイレ事情も問題無かった。
アッテンハイム聖騎士軍第三師団分隊の馬車に前後を挟まれる形で行軍した。
詰り…、何が起きたかと申しますと!
我らのタイラント製馬車が女性専用車両と化しました。
乗り心地がこっち(タイラント製)の方が大変良いとペリーニャが口走ったばかりに!
ペリーニャとお付きの女性兵4名に乗っ取られ。御者台のソプランまで引き摺り降ろされ男2人揃って後ろのゼノン隊長車に押し込まれた。
「ふざけんな!あれはタイラントの馬車だぞ!なんで俺が乗ってないんだ!!いいのか?あれでいいのか?
タイラントの国旗付けてんだぞ」
ゼノンの胸倉を掴んで揺すってみた。
「無理な物は無理です。国内だけは辛抱して下さい。クワンジア領に入れば元に戻しますから」
「ホントだな。嘘吐くなよ!然もないと…フィーネに頼んでペリーニャのお尻叩いて貰うからな!!」
「そ、それは困る」
「我が儘っ子にはそれ位必要だ!俺とフィーネと侍女のラブラブイチャイチャの邪魔をした罪は重い」
ソプランに頭殴られた。
「何どさくさにアローマ入れてんだ。ガキじゃ有るまいし落ち着けや!」
「チッ、バレたか」
「バレるわ!!」
座席に座り直して。
「冗談抜きでどうにかしてよ。クワンジア内では今位の乱暴者を演じるんだからさ。出る前の打ち合わせでも言ったでしょ。ペリーニャとは適度な距離感を保たないと話がややこしく成るって」
「重々承知して居ります。それはペリーニャ様も。聖女様も不安なのです。もう暫くだけお付き合い下さい」
そんなん言われたら同意するしかないじゃん。
首都からハイカル、ナイカル、カルーゼン、
ララッセドルク、ドルクギグ、国境関と言う道程。
距離的に1日で行くのが厳しい町では中休みを設け。
カルーゼンの宿からは宿の部屋まで男女別にされた。
禁欲生活は旅の基本。我慢は出来るが納得し難い。
隊長ゼノン、副長リーゼルと同じ4人部屋。
「変な質問だけどゼノンって結婚してるの?」
「自分も含め同行隊員は全員付帯者ですが。それが何か」
勝手に独身だと思ってました。御免なさい。
「親衛隊の条件とか何かなのかと思ってさ」
「要らぬ邪心を抱かぬ為の予防、とでも申しましょうか。
女性兵の夫は隊員内に居ます。嫁子と引き離されているのはスターレン様だけでは有りませんよ」
「それはごめん。まああれか。単独の行商や単身赴任だと思えばいいのか。そう考えれば気は楽…」
いや待てよ。俺たちは当初から単独で行こうとしてたのにゼノンたちが邪魔して来たんだ。
宿の部屋割りまで制限される筋合いは無い。
「いや騙されんぞ。俺たちは大体夫婦別で部屋を取ってたんだ!何で部屋まで勝手に決められてるんだよ!」
ソプランが呆れて。
「うっせえな!数日我慢するだけだろ。お前は多重人格者か」
居るんだこの世界にもそう言う人。
「うえーん。嫁が、フィーネが恋しいよぉー」
「頭可笑しいのか。真向かいの部屋に居るだろ。泣く程の事かよ。前にもこんなの何度もあっただろ」
「愉快な男子トークはここまでにして」
切替えた俺に対してリーゼルが飛び起きて。
「驚いた。ど、同一人物ですか?」
「同じだよ。でゼノン。未だにクワンジア内の詳細地図が貰えないのは何故?ヘルメン陛下からの要求は完全に無視されたけど。流石に隣国のアッテンハイムなら持ってる筈だよな」
「…我々も王都から西部地方の地図しか渡されず」
「嘘を吐くな。俺たちを暴れさせたくないお優しいグリエル様の差し金だろ。国盗りに行くんじゃないんだから俺を信じて見せてみろって」
「それは…私の一存では」
「やっぱ持ってんじゃん。クワンジアが用意する地図なんて宛にならない。入国前に正しい情報見て置かないと拙いんだ。無関係な人を間違って殺されたくないだろ。
俺だって嫌だ。さっさと出して」
「…」
粘るなぁ。
「解ったよ。今から首都行ってグリエル様の尻が2倍になるまでペンペンしてくるわ」
「お待ちを!解りました。出します…。リーゼル、これは任務違反ではない。教皇様とペリーニャ様のお尻の健常を保つ為に必要なのだ」
「意味は解るようで解りませんが。私は就寝中で何も知りません」
掛け毛布を頭から被って逃げた。
渋々出された大判の地図。そこには西海岸の島までが詳細に記されていた。
テーブルの上に広げ、自分の世界地図に書き写した。
地図を返して羅針盤を置いて指輪の位置と透明化の道具の分布を同時に探った。
反対側から覗く3人に。
「ゴッズの指輪は王都から南部、2つ目の町テライスールに在る。そこに透明化の道具を持った奴が3匹。
東部、2つ目の町ガプラーに5匹。残り3匹は南西の港町クエ・イゾルバから…島に渡ってるな。恐らくそこにペカトーレで見失った祭壇が在る」
ソプランが舌打ちをして。
「見事に分散したな。船まで調達しなきゃならねえのか」
「北西部の港セイムオートが無傷なら漁船でも買うか。
まあそれは追々考えよう。
ゼノン、リーゼル。ガプラーの5匹は行きでは多分襲って来ない。接近されるまでは様子見で。
敵は自分たちを透明化出来る道具を持ってる。それは俺の知り合いには丸見えになる玩具だ。そいつらと目が合っても剣を抜かずに我慢してくれ」
「はい」
「承知しました。接近されたら問答無用で斬り捨てます」
ゼノンの肩を軽く叩いて。
「正しい情報を持つ者だけが勝ち残るのさ」
「申し訳ない…」
「さあて寝ますか。のんびり出来るのも国内までだし」
「あー眠ぃ。御者の仕事も取られて座ってるだけなのによ。アッテンハイムの馬車、もうちょい改良した方がいいぜ」
「あれでも大分マシに成ったのです。前回スターレン様が馬車で来られた時に隈無く拝見して参考に」
ちゃっかりしてるわぁ。でも
「「あれで?」」
「言わんで下さい」
男だらけの健全な旅は続く。
最近は専ら地質学を猛勉強中のシュルツを連れ出し、気晴らしにとトーラスさんの店を覗きに行った。
「偶には散歩もいいだろ」
「ですね。本ばかり読んでいても中々頭には入りませんし外を見て回るのも大切だと実感します」
「根を詰めすぎると身体に悪いのよ。お散歩したり運動したりしないと大きく成れないぞ」
「はい。お姉様」
素直なええ子や。反抗期は来ないで欲しい。
俺たちの間で手を繋ぎ、店までブラブラお散歩。
「今日は。ご無沙汰してます」
「「今日は」」
「おぉ良くお出で下さいました。
スターレン様、フィーネ様。今日はシュルツ様まで。
丁度今朝方出物が揃い、ご連絡しようかと考えていた次第です」
「良かった」
「タイミングバッチリ」
他の客も居ない。良い時に来れた。
カウンターにはフローラとキーラが並び、柔やかな笑顔を返してくれた。
フィーネが2人のお揃い指輪を発見して。
「あ、やっぱり2人はそう言う間柄だったのね」
「はい…。前前から想いは有ったのですが」
「声を取り戻しても一向に来てくれなくて。業を煮やして私から告白しました。母にも手紙を送ってみたのですが…これがまた」
話が長く成りそうな所でトーラスさんが。
「フローラ。お三方は世間話をしに入らしたのでは」
「し、失礼しました!どうぞ奥へ。直ぐにお茶と品物のご用意を」
「商談が終わったらゆっくり聞かせて」
「はい」
本日のお勧めは。
魔力ストッカーにも成るサファイアブレスレット3本。
性能は段違い。ストック200から最大値の1割までUP。
且つより繊細なデザイン。大人な感じに進化した。
案内人は継続してフローラ。
「魔力のストック量も然る事ながら。凝ったデザインを両立させ。重厚さを備えつつ男女が身に着けても違和感を抱かせない奥床しさ。
職人の魂を感じさせます」
シュルツが感心。
「真に造形美。私も見習います」
「ならこれはフローラさんが作ったんじゃないんだ」
「私はまだまだ。弛まない努力と研鑽を積んだ熟練の技工士の作品ですよ」
では隣に置かれた4つ目の箱は何?
「こちらはフィーネ様のお待ち兼ね」
蓋が開かれる。
「漸く黒真珠が手に入りました。これは私が手掛け。
フィーネ様のイメージに在る桔梗の花を模しました」
大輪を咲かせる花の中心から滴が伝い落ちる様に大粒の黒真珠が流れる配置。
生命の息吹。躍動感を感じてしまう。
動かすもんじゃないけど。
フィーネの嬉しそうな顔。
「全て買い上げで」
「毎度有り難う御座います」
空かさずシュルツが。
「私が出します!」
「えぇ…。ブローチは誕生月祝いだから俺が出すよ。
ブレスレットはそれぞれが出すって事でダメ?」
「はい…。お洋服を買う位しか使い道が無くて。
御爺様から頂くお小遣いが貯まって行く一方なのです」
「将来の為に取って置きなよ」
「そうよ。財団はどうやっても倒産しないけど。将来独立とかするかも知れないでしょ」
「はい!」する気有るんだ。
3人でそれぞれ証文を書き上げ購入成立で一息。
ミルクティーで和みます。
「メルに自慢しちゃおっかなぁ。でも見せるとお強請りされるしなぁ」
「クワンジアで晩餐会あるかもだからそこで使う…のは勿体ないな」
「嫌よ。壊されたら堪ったもんじゃ無いわ」
フローラがキョトン顔。
「クワンジアで何かあるのですか?」
「詳しくは言えないけど。外交関連でちょっと呼ばれてさ」
「そうですか…」
「何か?」
「いえ。何でもな…い事も無いです。もう暫くお時間を頂戴出来ますでしょうか。トーラスを呼んで参ります」
了解を示すと慌てて席を立った。
「何だろ」
「さあ?」
シュルツはブレスレットを眺め。前作と比較してニッコニコしてる。
着眼点が女の子ぽくないな。
トーラスさんが襟を正して。
「内状をお聞きする権利も気概も有りません。
ですが一つだけ。クワンジアで何かが起きるのですか」
「起きると言うか、起こすと言うか」
「交易路は断たれるのでしょうか」
貴金属の納入ルートの心配かな。
「一時的にそれに似た状態に陥る可能性は有ります」
「成程…。お聞き出来て良かった。
勿論口外は致しません。只、この店の大半の宝石はあちらを使って納入しておりまして。特に真珠はクワンジア北部の港で養殖を。無くなるなら今入っている受注を一旦キャンセルしなくてはと」
「それ、暫く待って貰えますか。今直ぐに表で動かれると非常に目立って困るので」
「問題は御座いません。受注は全て王族方からです故。
資材の確認発注は前に尽き、スターレン様のご迷惑に成らない内に処理出来ます」
「おぉ良かった。キャンセル理由に困ったら俺の名前出して下さいね」
「有り難く使わせて頂きます。貴金属類や宝石は南西大陸やロルーゼなどから取り寄せる手も有ります。数ヶ月間様子を見て動くとしましょう」
「「お願いします」」
仕事ぽい話は終わり。席を外していたフローラがお茶を淹れ直して戻って来た。
「ごめんね。バタバタしちゃって。お話の続き聞かせて」
「いえ。口を挟める立場でもないのにこちらこそ申し訳ありません。
私の話は大した内容ではないのですが…。
手紙でキーラとのお付き合いを始めた。私の事は居ない者としてお忘れ下さいと正直に書いてしまい。
先月にアッテンハイムの両親がこの店に怒鳴り込んで来たと言うだけです」
「なーんだ。て言うと語弊はあるけど。ご家族の事情なら私たちが突っ込む話じゃないわね」
「詰まる所。目的はお金でした」
「わーお」
「とっくに改信して。今更女神教がどうのと喚いていましたが。私の声が治ったのとこの店を見た途端。
育ててやった恩を返せと。殆呆れてしまい。引っ叩いて二度と来るなと追い返しました。
もう両親の宿に宿泊しないで下さい。とお願いしたかっただけで御座います」
盛大な親子喧嘩やわぁ。
「滅多にピラリス行く用事も無いから。近寄らないように気を付けるよ」
「滅多に処か多分二度と通らないと思うから安心して。
私たちも絡まれても困るし」
「宜しくお願いします」
お茶とお菓子を美味しく頂いて帰ろうとした時。
フローラがシュルツに握手を求めた。
「トーラスのような眼力は無いもので。失礼ながらシュルツ様の手指の大きさを見させて頂きました」
「成長して大きく成る、と思うのですが」
「はい。それも見越し予想して」
「今後とも御贔屓にって事だよ」
「あぁ、そう言う事でしたか。こちらこそ、宜しくお願いします!」
再度シュルツが握手を交して退店した。
お昼を本棟で頂き。お参りしてから自宅で心太を作って冷やした。
明日は遠征前の最終日。
新作デザートは何にしましょうかと話し合い。
「葛餅にトライしたくても葛粉が無い。杏仁豆腐も肝心の杏仁の粉が無い」
「葛粉なら何処にでも在りそうなのに無かったね」
「わらび粉も今から自分たちで作るには時間が全く足りません」
「わらび餅も何時か作りたいね」
「ごめん。手持ちで作れるの。外郎位しかないっす。
水羊羹だと簡単過ぎて何だかなぁ」
「外郎の中に餡子巻き込んで内郎と言うのはどうです?」
「2種混合か。手間が2倍だけど作り甲斐はある」
---------------
10時の中休みに一晩冷やした心太をツルリと食べ。
朝から挽いた米粉、餅粉、小麦粉の配分を変えて一方には炊いた餡子を織り交ぜ食感の違いを出す。
思った以上に大変だったが今日は誰も訪ねて来ない。
誰にも邪魔されずに夫婦2人で内郎作りを楽しんだ。
完成して軽く冷やした内郎を15時のおやつに緑茶で美味しく頂いた。
「一手間増えるだけでも意外に大変だったな」
「和菓子も本格的にやると奥が深くて時間が掛かる物なのねぇ。良い思い出に成りました」
「1人で作業してたら挫折してたかも」
「一緒にやって良かったでしょ。…今日は珍しく誰も来ないし」
「気を遣ってくれたのかもね」
自宅ってこうだよなぁと笑い合い。
「またしても調子に乗って作り過ぎちゃったけど、配る?」
「ちょっと時間無いかな。邸内にお裾分けするだけに留めて遠征のおやつに持って行こうよ」
それは名案だとして。
「夕食まで時間あるけど何かやりたい事ある?」
「挨拶回りは終わったし…。ママさんや赤ちゃんに会うと長ーくなるし。あ、スタン。お買い物序でに前の借家見に行ってみない?」
「遠目からチラッと?」
「中まで覗いちゃダメだけど。あの区域がどんな風になってるか、気にならない?」
「気になります」
お出掛け話を聞いてグーニャが俺の頭に。クワンがフィーネの肩に乗って毛繕いを始めた。
慣れって怖い。
「グーニャとクワンはクワンジアに入ったら基本透明化だからな。忘れてたら教えてくれよ」
「クワァ」
『ニャン♡』
クワンは自分でやるがグーニャは首輪を付けないと透明化出来ないからな。
『首輪はもう要らないニャ。大狼様とローブの御力を借りて自発で透明化出来るように成ったニャン』
「そうなの?」
「出来るなら率先してやってくれ。俺の髪の毛は常にぺったんこになるけど首輪付けたりケージに入れたりしなくて済む」
『ニャーン』
グーニャは自発的に消え去った。
「ホントに消えた」
「俺からは見えないよ…」
フィーネにそう見えるなら出来ているのでしょう。
市場で食材を買ったり。本屋やお香のお店に寄ったり。
最後に回った旧我が家。
軍関係者が優先で入っている区画。
国内が平定され人も兵士も増え、前とは通りからして活気が違った。
近くにお食事処や八百屋も建てられ。
「おぉ」
「建物が立派になってる…」
約1年で随分と様変わり各棟は修繕進化していた。
更地から建て直したんじゃないかと思えるレベル。
離れた場所から眺め、感傷に浸る間も無く退散した。
思い出の場所は消えてしまったも同然だが。人の世の循環とはこう言う物かなと気分は明るかった。
夜はトワイライトで仲良くお食事。
帰りにエドワンド前でヒエリンドと数名の部下を見掛けたが面倒なのでスルーした。
あれは接待か何かだろうか。本気でお相手探しをしてるならあの人は一生結婚無理だろうなと思う。
僅か1mm可哀想。
---------------
遠征前最終日。
朝からソプランたちを呼んで装備品、携行品の最終チェックと割り振りを見直した。
主に闘技大会用防具の調整。
「俺は鱗状鎧かな。腕とかは露出してるし」
「私はこないだキッチョムさんの防具店で手に入れた白革の鎧。壊すのは勿体ないからゴロゴロ転がって場外に飛び出ようと思います」
「あーいいな。俺も対戦相手がゼノンじゃなかったら攻撃喰らって出ようかな」
「楽しそうに負ける話をするってのは。冒険者としてどうなんだろうな」
「別にギルドの評価が下がる訳じゃないでしょ」
「下げられたら。また何処かの迷宮踏破すればいいの」
初級冒険者に敗北して評価が下がる?そこまでしっかりしたシステムなのかが疑問。
「お前らは平気なのか?
その…負けて馬鹿にされるのとかよ」
「全然全く」「平気」
「そ、そうか。従者の俺らは役人様のお付きだから何ともねえがな」
「本筋は外交官で商人ですからね。お二人は」
「そうそれ。冒険者は聖剣に辿り着くまでの繋ぎ。最宮に入る為の通行証代わり位にしか思ってないから」
「うんうん」
「それあんま他の冒険者に言うなよ。真面目に命張ってる奴が聞いたら泣くぞ」
「言えないし話せないよ。最終的に西の大陸には誰も連れて行く気無いし。ギルドに介入されると逆に邪魔。
戦力は秘密兵器のロイドちゃんが居る」
「それでも足りなかったらレイルに救援を求める積もり」
「レイルは解るが…。天使様は、強いのか?」
「…ん~。明確に試してはいないけど俺とフィーネの間位だと思う。装備で補強して翼で空飛んでって感じ。
生身で魔王と同等の魔物に立ち向かう度胸はあるよ」
「概ね正解です。が、私を狂人のように表わされても困ります」
「大体合ってるってさ」
「す、凄え度胸だな」
「常人には無理ですね」
続いて従者2人の装備品。
「アローマは遺跡産の鎖帷子に白シャツ。フェンリル様の毛皮で改良したエプロンドレス。スカートの中は短パンとフレアレギンスかぁ…。鎖帷子が邪魔だし全体的なコーディネートが見事にぐっちゃぐちゃだな」
「見てくれよりも性能を求めるとこうなります」
フィーネの提案。
「シュルツに修理して貰った前のビスチェあげる。鎖帷子の代わりに着てみて。私よりお胸が大きくても!体型にフィットするから」
「そこを強調しないで下さい。ですが有り難く。
鎖帷子だとどうしても動き辛くて悩みの種でした」
「上から私服か侍女服着れば中身は見えないからバランスは取れるな。
首周りが露出してるから、外で動く時は開眼のスカーフ首に巻いて」
「有り難う御座います」
「問題はソプランの遺跡産の軽装鎧か。目立つよなぁ」
中央大陸で使うには少々厳ついデザイン。
「だけどよ。白シャツだけだと心許ないぜ」
仰る通り。アローマとの性能差が開き過ぎだ。
「お悩みのお二人さん。間に合いましたよ」
フィーネが取り出したのは固定具が付けられたマウデリンの胸当て。しかも。
「銀鍍金してある」
「黒金色だとそれはそれで目立つから。キッチョムさんに銀鍍金施して貰ったの。こうすると光沢の無い一般的な鉄製品に見えるでしょ」
「「「おぉ」」」
普段着の上から羽織り、各所のバンドで身体に調整。
背中の調整だけはアローマが施した。
「調整幅が広くていいな。脇腹で留めるタイプだから一度調整すれば脱着は一人で出来る。装備してみると遺跡産のよりも軽いな。しかも全身守られてる気がする」
「気の所為じゃなくてその通りだよ」
「全身頭の天辺から指の先まで。胸当てだけで守れるように上乗せ強化したしたから」
「これ着たまま逃亡しても恨むなよ」
「まあ退職金代わりに持って行けばいんじゃない?」
「ひっどーい。また頑張って作ればいいか」
「…離婚手続きをしてからでお願いします」
「冗談だよ!!」
続いて武器の話。
「武器はどうしよっか。近接武器と投げナイフだけじゃ辛いでしょ」
「俺は遺跡産の小型弓が有る。剣魚の矢筒、百本入りが欲しい。
アローマにはお前のスリング貸してやってくれ。弾は超硬弾は重いし消費するのが勿体ねえ。残りの鉄鋼弾を全部でどうだ」
「おけ。この新作スリングは必ず標的の急所を撃ち貫くから態々確認しなくてもいいよ」
「承知しました。見ずに済むなら罪悪感も…」
「どうしても逃したくない時だけでいい。俺が足を外した時や集団相手だった場合。退路を確保したい時とかだ」
「はい」
各自の荷物整理も終わり、お茶をしながら転昇の御石をアローマに渡した。
「何が起きるか解らないから。残り3回の転移具をアローマに渡す。まずはこの転移手袋で使用感を試して。念の為ソプランも」
アローマはリビングと訓練所の往復を1発成功。ソプランは発動失敗。
「くっそ腹立つ」
「個性だから仕方ないよ。素養とかセンスとか。ソプランの場合は大きな魔力消費を本能的に抑える傾向なんじゃないかな」
良く言えば堅実。
「あーあーどうせ俺はビビりだよ」
「拗ねちゃった。アローマさんは現地に着くまでに赤マントの使い方も練習しましょう」
「畏まりました」
内郎を少しだけ食べながら、ふと考えた。
「出発は明日の午前中。フィーネさん。ふと思ったんですが」
「何かしら?」
「剣魚の角束ねて合成し捲れば。耐熱性の高い鍛冶道具の部品出来るんじゃね?」
「あー…でも。数千度の中に突っ込むのは流石に」
「炉に直接入れるんじゃなくて。熱した石を掴む大トングとか桶を支える持ち手や柄の部分だよ」
「なるほろ!それは良いアイディアかも」
早速数本取り出して合成開始。
慣れた手付きで開閉式大トングと、長い柄のピザ窯用ヘラを作成した。
トングは指が入る隙間が設けられている。
「焼き芋想像してた?」
「ご名答。急に食べたくなりまして。夜は納豆ピザで」
「納豆は持って行けないから残り消化するか」
「俺は納豆パスで」
「何気にソプラン好き嫌い多いな」
「代わりのもん食べれば死にはしねえよ」
強がるソプランを放置して焼き芋作成でトングを試した。
傍らでヘラに炎の魔石を乗せて発動。
鍛冶場で炉を作った温度よりも下でヘラには穴が空いてしまった。
地面に落ちた魔石を直ぐに停止させて検証終了。
「もう少し肉厚にすれば使えそうだね」
「やった♡また挑戦する時に量産してみる」
「お願いします!」
「これで作業が楽に成るならお安い御用よ」
「後は叩き上げるハンマーだけか」
「宛は有るの?」
「あの混合鎧を打ったなら。クワンジアの鍛冶場に必ずあるよ。ハンマーも打金台も」
「そか。…問題は譲ってくれるかどうかね」
「金に物を言わせりゃ大抵買える。工房を閉める引退予定の職人とか。そこらの調査も俺らの仕事だな」
「はい。王城以外なら幾らでも」
「城内のお抱え職人かぁ。有り得る」
色々な想定をしながら話し合い。夜は豪勢にお昼は焼き芋だけにした。
---------------
遠征出発の朝。
シュルツにお別れの挨拶をして皆でお祈りを捧げた。
「暫く帰れないけど」
「元気で居てね」
涙を堪えながら。
「はい。お兄様もお姉様もお元気で」
何だかんだお風呂は入りに来るかもと告げると転けてしまった。
挨拶はこれ位が丁度良い。
城で陛下に挨拶してから馬舎へ向かいお馬との再会。
綺麗にブラッシングしてご機嫌と旧交を温め、直接教皇邸へ馬舎を出た所から転移した。
昨晩にアポ取りはして置いたので受け入れもスムーズ。
外は雨期の只中でたっぷり雨模様。
アッテンハイムの遠征組と最終打ち合わせと昼食会を経て一路西へ出発。
クワンジアまでは一晩毎に町を経由する為、野営の心配は無い。持参した食料の消費も無かった。
休憩時のおトイレ事情も問題無かった。
アッテンハイム聖騎士軍第三師団分隊の馬車に前後を挟まれる形で行軍した。
詰り…、何が起きたかと申しますと!
我らのタイラント製馬車が女性専用車両と化しました。
乗り心地がこっち(タイラント製)の方が大変良いとペリーニャが口走ったばかりに!
ペリーニャとお付きの女性兵4名に乗っ取られ。御者台のソプランまで引き摺り降ろされ男2人揃って後ろのゼノン隊長車に押し込まれた。
「ふざけんな!あれはタイラントの馬車だぞ!なんで俺が乗ってないんだ!!いいのか?あれでいいのか?
タイラントの国旗付けてんだぞ」
ゼノンの胸倉を掴んで揺すってみた。
「無理な物は無理です。国内だけは辛抱して下さい。クワンジア領に入れば元に戻しますから」
「ホントだな。嘘吐くなよ!然もないと…フィーネに頼んでペリーニャのお尻叩いて貰うからな!!」
「そ、それは困る」
「我が儘っ子にはそれ位必要だ!俺とフィーネと侍女のラブラブイチャイチャの邪魔をした罪は重い」
ソプランに頭殴られた。
「何どさくさにアローマ入れてんだ。ガキじゃ有るまいし落ち着けや!」
「チッ、バレたか」
「バレるわ!!」
座席に座り直して。
「冗談抜きでどうにかしてよ。クワンジア内では今位の乱暴者を演じるんだからさ。出る前の打ち合わせでも言ったでしょ。ペリーニャとは適度な距離感を保たないと話がややこしく成るって」
「重々承知して居ります。それはペリーニャ様も。聖女様も不安なのです。もう暫くだけお付き合い下さい」
そんなん言われたら同意するしかないじゃん。
首都からハイカル、ナイカル、カルーゼン、
ララッセドルク、ドルクギグ、国境関と言う道程。
距離的に1日で行くのが厳しい町では中休みを設け。
カルーゼンの宿からは宿の部屋まで男女別にされた。
禁欲生活は旅の基本。我慢は出来るが納得し難い。
隊長ゼノン、副長リーゼルと同じ4人部屋。
「変な質問だけどゼノンって結婚してるの?」
「自分も含め同行隊員は全員付帯者ですが。それが何か」
勝手に独身だと思ってました。御免なさい。
「親衛隊の条件とか何かなのかと思ってさ」
「要らぬ邪心を抱かぬ為の予防、とでも申しましょうか。
女性兵の夫は隊員内に居ます。嫁子と引き離されているのはスターレン様だけでは有りませんよ」
「それはごめん。まああれか。単独の行商や単身赴任だと思えばいいのか。そう考えれば気は楽…」
いや待てよ。俺たちは当初から単独で行こうとしてたのにゼノンたちが邪魔して来たんだ。
宿の部屋割りまで制限される筋合いは無い。
「いや騙されんぞ。俺たちは大体夫婦別で部屋を取ってたんだ!何で部屋まで勝手に決められてるんだよ!」
ソプランが呆れて。
「うっせえな!数日我慢するだけだろ。お前は多重人格者か」
居るんだこの世界にもそう言う人。
「うえーん。嫁が、フィーネが恋しいよぉー」
「頭可笑しいのか。真向かいの部屋に居るだろ。泣く程の事かよ。前にもこんなの何度もあっただろ」
「愉快な男子トークはここまでにして」
切替えた俺に対してリーゼルが飛び起きて。
「驚いた。ど、同一人物ですか?」
「同じだよ。でゼノン。未だにクワンジア内の詳細地図が貰えないのは何故?ヘルメン陛下からの要求は完全に無視されたけど。流石に隣国のアッテンハイムなら持ってる筈だよな」
「…我々も王都から西部地方の地図しか渡されず」
「嘘を吐くな。俺たちを暴れさせたくないお優しいグリエル様の差し金だろ。国盗りに行くんじゃないんだから俺を信じて見せてみろって」
「それは…私の一存では」
「やっぱ持ってんじゃん。クワンジアが用意する地図なんて宛にならない。入国前に正しい情報見て置かないと拙いんだ。無関係な人を間違って殺されたくないだろ。
俺だって嫌だ。さっさと出して」
「…」
粘るなぁ。
「解ったよ。今から首都行ってグリエル様の尻が2倍になるまでペンペンしてくるわ」
「お待ちを!解りました。出します…。リーゼル、これは任務違反ではない。教皇様とペリーニャ様のお尻の健常を保つ為に必要なのだ」
「意味は解るようで解りませんが。私は就寝中で何も知りません」
掛け毛布を頭から被って逃げた。
渋々出された大判の地図。そこには西海岸の島までが詳細に記されていた。
テーブルの上に広げ、自分の世界地図に書き写した。
地図を返して羅針盤を置いて指輪の位置と透明化の道具の分布を同時に探った。
反対側から覗く3人に。
「ゴッズの指輪は王都から南部、2つ目の町テライスールに在る。そこに透明化の道具を持った奴が3匹。
東部、2つ目の町ガプラーに5匹。残り3匹は南西の港町クエ・イゾルバから…島に渡ってるな。恐らくそこにペカトーレで見失った祭壇が在る」
ソプランが舌打ちをして。
「見事に分散したな。船まで調達しなきゃならねえのか」
「北西部の港セイムオートが無傷なら漁船でも買うか。
まあそれは追々考えよう。
ゼノン、リーゼル。ガプラーの5匹は行きでは多分襲って来ない。接近されるまでは様子見で。
敵は自分たちを透明化出来る道具を持ってる。それは俺の知り合いには丸見えになる玩具だ。そいつらと目が合っても剣を抜かずに我慢してくれ」
「はい」
「承知しました。接近されたら問答無用で斬り捨てます」
ゼノンの肩を軽く叩いて。
「正しい情報を持つ者だけが勝ち残るのさ」
「申し訳ない…」
「さあて寝ますか。のんびり出来るのも国内までだし」
「あー眠ぃ。御者の仕事も取られて座ってるだけなのによ。アッテンハイムの馬車、もうちょい改良した方がいいぜ」
「あれでも大分マシに成ったのです。前回スターレン様が馬車で来られた時に隈無く拝見して参考に」
ちゃっかりしてるわぁ。でも
「「あれで?」」
「言わんで下さい」
男だらけの健全な旅は続く。
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