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第127話 東大陸渡航準備

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渡航準備とは言え用意する物は酔い止めになる解毒剤を多目に持って行く事位で特別には無い。

ロルーゼのチルツンザから連絡船を使うか、ラフドッグの自家用船を使って北上するか。しかしそれでは時間が掛かり過ぎる為。初手は連絡船に乗る。

波は荒く工程は2週間強。
俺たちも流石に酔うかも知れない。そこでシュルツのロープで荒波を作って貰い三半規管を鍛える訓練を導入した。

俺たちでも吐くような訓練は過酷を極めた。

船旅に慣れたタツリケさん監修の元、何とか合格点を頂いて修了。

その他毎日のように宴会三昧。

中打ち上げ。打ち上げ。お食事会。ダリア改名祝い。
婚約披露式典。

式典にはお忍びでペリーニャ+他多数と。
短時間だけスタルフ+父上+他多数も招待した。

スタルフと父上たちは帰宅前に自宅を見せ。良いなぁ凄いなぁと各種設備を絶賛。
お土産を沢山与えてお帰り頂いた。

ペリーニャたちは自宅と本棟に別れて1泊。
翌日に王都内を少しだけご案内。

トワイライトの熟成ステーキなどでお持て成し。

カメノス邸で商団製の医薬品と医療用品の購入ルートを打ち合わせして大満足で帰宅。

などなど怒濤に流れた1週半。全く休み無しで働いた。

暦を振り返れば12月まで後4日。師走前に走り切った。

ペリーニャのお土産で貰ったガラナの実を煮立たせ、メープルシロップ少々、蜂蜜、檸檬汁でコーラの原液を作り、ララードの実を底に沈めて水で薄めて完成。
そして乾杯。

「甘い!美味い!仄かに苦い!」
「強炭酸!懐かしい!元気出た!」
夫婦揃って語彙力低下中。

蛇の生血を数滴垂らしてドーピング疲労回復。

しかしそれでもリビングテーブルに突っ伏した。
「もうダメ。何もしたくない」
「今日はこのまま寝よっか」

お客が居なくなったリビング。
他に居るのはソプランとアローマ。シュルツとカーネギとミランダとプリタ。

皆同じコーラを飲んで唸っていた。

ソプランが薬みたいな味だなと文句を垂れつつ。
「詰め込み過ぎだろ幾ら何でも」
「そうですよ。私もお仕事のし過ぎで後半何をしていたかの記憶が曖昧です」

「詰め込みは。良く無い」
「そんな事言ったってさ。遣り出したら止められないし。
ペリーニャとスタルフ呼んじゃったら取り巻きだって来るでしょ」
「自分でもヤバいなぁ。て思いつつも来月から私たち長期出張でしょ。お世話に成った人たちにお礼するのは今しか無いじゃない。

ペルシェさんの予定日は3月で。ライラさんは6月。多分来年ずっと外出てるし。言える内に言わないと」
そんなフィーネが回りを見渡し。
「クワンティは居るけど。グーニャはどうしたっけ。透明化してるんだっけ?お返事」

それにシュルツが答えた。
「やはり忘れてますね。グーニャならペリーニャ様が抱えられてあちらに置いて行かれてます。お姉様もいいよいいよと快く貸し出ししていたではありませんか。
早くしないとペリーニャ様の物に成っちゃいますよ」

「あらますっかり忘れてた。そんな件あったんだ」
「お土産に新作コーラドリンク持って交換して来なよ」

フィーネが伸びをしながら。
「うーん!そうするかぁ」

ガラナの実と一緒に貰った苗木を取り出して。
「プリタ。このガラナの苗木も裏庭で育ててみて。ララードよりは小さくて。原産は寒くて乾いた土地で育つ植物だから今頃から植えれば丁度良いと思う」
「はい。植物担当頑張ります!乾いた土地であったならお水はそれ程与えなくて良さそうですね」
「多分ね。手間の要らないトマトの木みたいな感じで」

ミランダが。
「御夕食は如何為さいますか。本棟に依頼するかこちらで何かお作りしましょうか」

「あー食材出すからシーフードカレーをお願い。白米の炊き方も序でに教えるから」
「カレーライスね。麦飯じゃない方の」
「畏まりました」

「じゃあ俺は隣行って薬類の調達して来るわ。アローマはここで仮眠でもさせて貰え」
「そうさせて頂きます。限界間近で…」

「俺は、外の巡回に戻る」

「御爺様もお招きしても良いでしょうか」
「勿論。散々邸内使わせて貰ったし。お礼しないとな」

シュルツはカーネギに連れられ、クワンはお散歩に出掛けた。フィーネはペリーニャの所に飛び、アローマは2階の寝室へ。

キッチンに残ったのは俺とミランダ。
「この組み合わせも珍しいな」
「お止め下さい。意識してしまいます」
ホッペを紅くして…。
「またまたご冗談を。フィーネに怒られるから止めて」
「はい。準備に掛かりましょう。でもスターレン様はもう少し御自分の影響力と言う物をお考えに成った方が宜しいかと思いますよ」

「はいはい。皆して一般人捕まえて煽てる奴ね」
「いっぱ…。私が言っても聞き入れられませんね」

流し台で並び立ち、烏賊と帆立と海老を沢山洗いながらいったい何を言われているのか解りません。

新しい白い手袋を着け。帆立を剥き出し。海老の頭を折って背わたを抜き出した。随分と手慣れた物だ。

烏賊の腸を抜くのも躊躇が無くなり瞬間で終わった。

「海老の頭はスープの出汁にも使えるから取って置いて他の下処理が終わったらお米に移ろう」
「はい」

お米の磨ぎに入った頃にフィーネがペリーニャを連れて戻って来た。
「あれ?ペリーニャも来たのか」
「グーニャを返してって言っても全然言う事を聞いてくれなくて。面倒になったから許可取って連れて来た」
「御免なさい。一度抱いたら離れがたくて。冷え性の私にはもうグーニャは一心同体」
『私のご主人様はフィーネ様ニャ。どうして解ってくれないのかニャ~』
ペリーニャは冷え性だったのか。猫と言う概念を逸脱していても猫だと言い張り離さない。

説得に時間が要りそうだ。

「まあいいや。今日はカレーにするからそれ食べたらちゃんと帰るんだぞ」
「はい…」
泊まる気満々やなこれ。

「ちょっとお米足りないな。鍋2つ分炊くか」
今から飯盒は面倒だし。

フィーネと交代してお米を任せ。ペリーニャはグーニャを抱えたまま見学。

フィーネに付いたミランダに代わり野菜類の切り分けに入った。

馬鈴薯、人参、玉葱、占地。水洗いして皮を剥き、馬鈴薯と人参は一口大に。玉葱は微塵切りにした。
占地は最後の方で軽く炙るだけでいい。

「熟練の料理人のようです」
「ペリーニャは料理した経験は」
「殆ど無いですね。料理用のナイフを使わないお料理。今ならプリンなどの蒸し料理や簡単に煮込むだけの料理などの経験しか。下処理などの準備も真面に触らせて貰えません」
にゃるほどにゃるほど。色々と過保護やねぇ。
「過保護過ぎです。冷たくはない檻に閉じ込められているようで外に出たいと言う気持ちが益々強く」
「言わんとする事は解るけど。勝手に出歩くのだけは止めような」

「はい。今日の様に強引に説得して行きます」
「今日のは私も頭下げたんだからね。勘弁してよ。フンフン」フィーネが隣から文句を言った。
「御免為さい。次からは自分で何とかします」
翼を手に入れてしまった聖女様だ。


烏賊の海鼠腸と海老味噌少々を摺りざく切りにした下足と塩を加えて塩辛を自作してお酒の当てにした。

出来上がったカレーライスを食べに来たロロシュ氏とシュルツがペリーニャを見てキョトン顔で首を捻った。
「また来ておるのか。とは言えここはスターレンの家だから文句ではないが」
「早かったですね。再訪問が」
「我慢出来なくて。グーニャと離れたくなくて」
『食べられないから離すニャー』ちょっとだけ抵抗。

抱き直されて私が食べさせると押し問答が暫く続いた。

塩っぱい物や米を犬や猫に与えて良いのか?
グーニャは魔物のカテゴリーでクワンは雑食…そう言えばクワンは普通の鳥であるのを忘れていた。
大丈夫だろうかと心配しても手遅れ。今更考えるのは止めよう。平均寿命が人間より長いから大丈夫でしょう!

グーニャはやっと放されて自分用の深皿に有り付きガツガツ食べ始めた。猫に待てを求めても無駄だな。

基本自由な生き物それが猫。

人間+クワンは祈りを捧げて食べ始めた。

「やっぱカレーには米だよなぁ」
「これよねぇ。パンや麦飯も美味しいけど」
「これが南東で採れる米と言う物か」
「握り飯も良いですが。これはまた格別ですね」
他の人も喜ばしい反応。
「米は麦粒と違って皮が硬くて。専用の精米機でないと上手く磨けないんです。米所もその精米機も南東にしか無くてこないだ航路を開けと説得を試みたんですが嫌だ嫌だと断られました」

買いに飛んで行くしか今は無いと説明して米酒を出した。

「この白く濁った方が濁酒。透明な白ワインみたいなのが吟醸酒。両方炊いた米に麹菌と呼ばれる発酵菌を塗して熟成発酵させた搾り酒です。添え物の塩辛とも相性抜群です。飲んでみます?」
「貰おう」

ロロシュ氏の前の2つのグラスに注いだ。

「…葡萄酒とは違う。柔らかい香りと甘さと酸味。濁りは円やかさ。吟醸酒は磨がれた鋭さを感じるな」
「私も飲んでみたいです」
「シュルツには早いよ。今度時間があったら酒精を飛ばした酒粕で甘酒を作るから待ってな」
「はい!」
「私もお待ちしております!」
ペリーニャまで手を挙げた。

「作ったら持ってくよ。大分先の話だけど」

大人たちは嗜む程度に米酒を煽る。
「米酒は原料が米なんで糖質がワインに比べて多いです。白米を食べる時は何方かを控えないと直ぐに太ります。両方共食べてお酒の方を飲み続けると糖尿病と言う怖い病気に成るんでご注意を」
「糖尿病?」
「血液を浄化して循環させる腎臓と言う臓器が壊れて機能しなくなる病気です。それに掛かってしまうと元に戻らず敗血症で簡単に死にます」

「それは怖いな」
「糖質。解り易い所で砂糖を過剰摂取したり。それを毎日続けたりすると太るのではなく痩せ始めて疲れ易くなるのが初期症状。疲れを取ろうと更に糖分を摂取すれば天国行きですね」

「スタン。食欲無くなっちゃうよ。皆スプーン止まっちゃったじゃない」
「ごめんごめん。今のは極端な例で。暴飲暴食を続けたら病気に成るよって話だよ」
『人間の身体は不便だニャ~』
自分の皿を平らげ毛繕いを始めたグーニャの一言に空笑いを浮べるしかなかった。




---------------

ペリーニャは昨晩フィーネに怒られて半泣きで帰った。
「ペリーニャ!約束を守れない子は嫌い!誰も言わないからって調子に乗らないで。お泊まりは無しって約束で連れて来たのに。そんな我が儘は許しません!」
寝間着を取り出したペリーニャを見て叱り付けた。
でもでもだってと半泣き。
「次の出張の準備もあるし。夜は夜で夫婦の時間よ。お泊まりは両家の了解と許可を取ってからにしなさい!聖女だとかは関係無い。大事なお子さんを外出させる親御さんの気持ちもそうだし。預かる私たちの責任もあるし」
「御免なさい…」

最後はペリーニャの頭を撫で。
「解ってくれればいいわ。次からは気を付けて」
片付けをさせて連れて行った。

戻って来たフィーネが項垂れる。
「あー嫌な役目。スタンも言うべき事は言ってよ」
「ごめん。どうしても甘やかしたくなって」

「これは将来子供を叱れないダメパパ確定ね」
「すんません。その自信あるわ」


翌朝は夫婦水入らずの朝食。クワンとグーニャは勿論居るが当然の風景。

白いご飯に茸たっぷりの味噌汁。鯖の塩焼き。目玉焼きと小松菜のお浸し。完全和食コース。

「落着く~」
「完全お米党になりそ~」
「クワァ~」クワンは行儀良く専用テーブルで。
『美味しいニャン♡』
グーニャは床でごちゃ混ぜ猫まんま。鯖の骨までバリバリ食べ尽くしてお皿は綺麗。魚の骨など刺さりはしない強靱な喉。

これが普通の猫だと勘違いしないように気を付けよう。

「明日はちょっと早起きして鯖味噌にしよっか」
「良いわね。和食は自宅でしか真面にやれないし。たっぷり堪能して行きましょう」
「ポムさんに依頼してた臼と杵が完成したらしいから。餅つきを」
「杵も臼も叩き割りそうだからちゃんと強化しなきゃ」

「そして夜はいよいよお楽しみのお寿司」
「お寿司!…握れるの?」
「その技術は無いから酢飯に好きなお刺身を乗せるちらし寿司スタイルで」
「なるほろ。錦糸卵と煎胡麻と刻み海苔が必要ね」

「ペカトーレ産の店売り鮪は外せないけど。俺が臼と杵買いに行ってる間にラフドッグで好きな鮮魚買って来て。
今なら牡蠣とか解禁されてるかも」

「おー牡蠣かぁ。生は怖いからあれば明日の夜に牡蠣鍋とかいいかも」
辛子味噌大蒜で〆は平打ちうどんとか。
「一気に幅が広がりますなぁ」
「ですねぇ。筍とか栗とかもあったら買って来るね」
「宜しく~」

手分けしてお買い物。

明日迄は完全オフを言い渡してある。コマネ氏からの連絡はまだ。最終月末日にデニスさんに情報を貰う予定。

タツリケ隊と打ち合わせしていよいよ東へと出発する。

必然的にロルーゼを経由するが今回の旅は冒険者としてのプライベートな遠征。外交官の冠は外して行くので止められても知らんわで押し通す。

ニーダと言う存在はもう居ないのだから止められようが無い訳で。


ポムさんのお店で大きな樫の木で出来た臼と杵を購入。
概略と図面は書いて発注してあり理想通りの寸法。

「ポムさんバッチリだよ」
「これを何に使われるのですか?」

「餅米を…て言っても通じないから。炊いた麦粒とかを熱い内にこれで叩いてお団子状の塊みたいにするのさ。少し砂糖を加えたりしてモチモチの食感になるよ」
「ほぉ~。それはまた珍しい物を。売りに出しても誰もやりそうにないんで。スターレン様に専売ですね」
そうなるよねぇと笑い合いながら退店。

自宅に戻りフィーネが帰って来る前に餅米と小豆を大量に炊き始めた。

たっぷりの湯で炊き黒砂糖と塩少々でじっくりと灰汁を取りながら。

餅米もグツグツ言い出した頃に侍女3人衆がご出勤。

「あれ?今日明日はお休みで良かったのに」
「そうは参りません。担当長として内仕事が本分です。何かしていないと落ち着かない性分です故」
「私もご担当として左に同じく」
「甘くて良い匂いですね。私は菜園担当として毎日のお世話が日課で趣味ですから」
プリタが指摘しなくとも自宅1階は甘い匂いに満たされていた。

「これは何を作られているのですか?」
「小豆を炊いて餡子作りと餅米を炊いてお餅作りを。後でフィーネと餅つきするから暇だったら見てって」

小豆が炊けた頃にフィーネが帰宅。
「おー小豆の良い匂い♡」
「フィーネは漉し餡派?粒餡派?」
「漉し餡かなぁ。でも一杯あるから半々で」
「了解。もう直ぐ餅米も炊けるから。裏庭に臼と杵設置よろ~」
「はーい」

裏庭から戻ったフィーネに。
「蜂蜜入れた?」
「一応配る用のも考えて入れてない。黒砂糖と塩オンリーにしといた」
「流石ぁ~」

小豆の鍋をコンロから下ろしてフライパンで生大豆を炒り始める。

「グーニャ。小豆摘まんだら絶対怒るからな。これで完成じゃないから我慢だぞ」
『ハイニャ。見学に集中するニャン』

鍋の粗熱獲れる頃に大豆の炒りも終わりそちらも冷まし。
そして餅米も炊き上がった。

濡らした大判布巾に炊き立ての餅米を広げ。量を見て3つに分割。

「よーし。こっからはスピード勝負だ。行くぜフィーネ」
「どんとこーい」と腕捲り。

1つを庭へ運び、水を差した臼へ投入。餅米表面にも水を差しつつフィーネさんの慣らし潰しからのぺったん開始。

夫婦間の呼吸が試される。
「よ!」「はっ!」その繰り返し。

「は、早過ぎてよく…」
「見えませんね」
「兎に角土台を壊さないように打ち込めば良いのかな」

米粒が見事に砕かれた丸餅が完成。
「良し!次だ」「あいよー」

計3つの大玉が出来上がり。手袋を装着した5人で手分けして2口大に千切って丸め作業。白い手袋は耐熱性にも優れる為餅の熱さも何のその。

並べた大皿はカウンターに留まらずダイニングテーブルにまで及んだ。

保存取り置き用は箱詰めにして即座に収納袋へ入れ、俺が小豆を裏漉ししている間に隣でフィーネと3人がきな粉を擂り鉢で量産。

クワンとグーニャ用には小玉にして餡子を乗せたりきな粉を塗したりビローンと。

「お久し振りですお餅様!」
「美味しい♡お帰りさないお餅様~」
「こ、これは!」
「美味です!この世にこんな食べ物が在ったなんて」
「モチモチ甘々ですぅ♡」
「クワァ~」
『唾液が止まりませんニャ~』

「夕食は取って置きを出すから程々にな」
「うん!」

各所の配分を考えながら温かい内に箱詰め。
「邸内の分配は3人に任せる。俺たちは外回りして来るから」
「私はガードナーデ家とトーム家とセルダ家回るね。最後はカメノス邸」

「俺はタツリケ隊のとことコマネ氏と陛下のとこか。ポムさんとこは明日かな」

テーブルの上は綺麗に捌けて配分も丁度良し。
クワンはフィーネの肩に乗り、グーニャは俺の頭に乗ってお出掛け開始。

透明な猫帽子に向かって。
「俺は何時からグーニャの主人になったんだ?」
『主人様の旦那様ならそれはもうご主人様と一緒ニャ』
契約を結んだのはフィーネの筈だがよく解らん。

まあいいやと外回りを開始した。
ペリーニャのとこは東から帰って来てからにでも。

酒粕も買いに行かなきゃならんし。

タツリケ隊の皆さんとはご挨拶と出発準備のお願いをするだけに留め。コマネ氏宅を訪問。

会って早々コマネ氏の目線は俺の頭上に注がれた。
「な…何だその…。透明化している猫?ウルフなのに猫とはいったい…」
コマネ氏のグラサンはかなり上級品だな。
そりゃブローカーがショボい物使う訳もないか。
「こないだの襲撃時に西で出現したグエインウルフゴッズです。フィーネが即興で調教して眷属化。子猫に種別まで変更させました。グーニャ、出てもいいぞ。そんでもってご挨拶」
姿を現わし俺の膝の上へ。
『グーニャである。お見知り置きをニャン』
「人語を喋ります」

コマネ氏もジェシカも口ポカーン。
「…思考が追い付かん。出来るのか、いや出来たのか。
出来てしまったのか…。規格外の所業だな」
「可愛い♡私にも抱かせて下さいな」
「どうぞ。普通の猫みたいに撫でると喜びます」
『我輩は人形じゃないニャー』
言ってる傍からジェシカに奪われて撫で回された。

箱詰めのお餅を進呈し様子を伺った。
「餅か!懐かしいな。良い思い出など一つも無いが郷愁の景色を思い出す」
「でしょ。ペイルロンドで買って来た餅米を今朝搗いたばかりの出来たてです」

「敢えて何故知っていたかは聞かないが。そうか南部の餅米か。…普通の米は」
「ちょっとだけですよ」
麻袋に8分米を小分けして進呈した。
「有り難い。ジェシカ、今日は豪勢に米を炊いてやるぞ」
「楽しみですわ。お餅?も有り難う御座います」

2人がお餅で喜んでいる内に。
「コマネさん。例の件は。まだなら3日後には王都を出るので連絡はシュルツにでも」

「…先程まで思案をしていたが。グーニャの透明化を見て思い付いた物が有る。明日取りに行って夕方には持って行こう。温泉郷の話をする体でな」
「良かった。助かります」
「しかし東に送るとなると君らの到着の方が遙かに早い。対処出来るのは陸続きのクワンジア方面だけだ。それでも構わないかね」
「それで充分です。あっちの方が重要になりそうなんで寧ろ都合がいい」

帰り際に吟醸酒の瓶をオマケして次へ。


陛下その他の皆さんにも進呈し大変喜ばれた。
早く南東の航路が開けば良いですねと世間話をして帰宅した。

帰宅して直ぐに夕食準備。

お米を炊いている間に本鮪の解体…をロープで捌いた。
『凄いニャ!そんな使い方する人間初めて見たニャ!』
「褒めても夕食まではお預けだぞ」
と中トロ部を一切れパクり。
『バレたニャ~。そして狡いニャ~』
しゃーないなぁと一切れ与えた。

そこへフィーネが突然現われ。
「あ、やっぱり甘やかしてる。駄目だってスタン。きっちり時間決めて与えないと」
「ごめーん。つい」
お詫びに大トロをフィーネのお口にIN。
「ふむふむ…。この鮮度でもフェンリル様は嫌うのかぁ」
「獲って直ぐに持って行く方がいいのかもな」
開けているクワンの口にもIN。

『大狼様に会いに行くのかニャ?』
「グーニャは知ってるの」
『それはもう。我らの最高峰。頂点の存在ですからニャ。
緊張するニャ~』
元狼だもんなぁ。


下準備作業は続く。

食酢、薄口の鰹出汁、濁り酒少々、砂糖で寿司酢を作成。

俺が魚類を捌いている間にフィーネが筍と人参を湯がいて甘口醤油で煮付け。胡麻を炒って適度に擦り込み。

海苔を千切ってもみ海苔風に。

具材としては帆立の貝柱、鮪、鯛、鰤、鰹、鮭、剣先烏賊の豪華刺身各種。
鰹と鮭だけ裏庭で藁焼きにして敲き風味にした。

牡蠣の剥き身も有ったが生食はパス。多分大丈夫ではお客様には出せない。

炊き上がった銀シャリを広い桶に広げて寿司酢を塗しながら杓文字で切るように馴染ませる。

秋も深まりかなり涼しくなって来たが額から汗が滲んだ。

フィーネが隣から竹団扇でシャリと俺を扇いでくれた。
汗や髪の毛が混入しないよう頭にタオルを巻いておいて正解だった。

「グーニャ。この米の熱奪えるか」
『出来るとは思うニャ…。でもキンキンに冷え切ってしまうニャよ?』
自然が一番である。

発案は却下して2人で団扇でパタパタ。
「キンキンと言えば。ラフドッグでエール酒の酒樽も買って来ましたよスタンさん」
「ナイスですねフィーネさん」

冷蔵庫隣の空きスペースに台と樽を設置し、その上にグーニャを座らせた。

別皿に分けたシャリと塩辛の残りを摘まみにビールで乾杯した。

布巾を被せてシャリの準備は完了。煮付けた筍と人参刻んで直前で和えるだけ。

錦糸卵の準備に取り掛かったフィーネに。
「そういや海老類は無かった?」
「あんまし良いのが無くって。…その代わり」
バッグから木箱を取り出し見せてくれたのは。
「伊勢海老だ。こっちの世界では何て言うか知らんけど」

「大黒海老って名前だった。3尾しか買えなかったから出さずに私たちだけで食べよ」
「名案です」
「クワッ」
『楽しみですニャ~』
「それは聞き捨て成りませんね」
何時の間にかシュルツがカウンター越に立っていた。

「見られちった。シュルツノックした?」
「しましたよ二回も。お料理に集中されて居たのですね」

「全然気付かなかった。エールビールと大黒海老に気を取られて」
「侍女長とは玄関先で別れましたので私一人です。私も加えて頂けないなら言い触らします」

「解ったわよ。今日はここに泊まって。明日の朝食に出すから」
「朝食なら邪魔されないからな」
「はい!角のお陰か運が良かったです。因みに今日はダリアさんとメルシャン様もお越しになるそうです!」

「マジかぁ…。まあ食材は食べきれない位有るし」
「遊びに来てって言ったのは私だけど…。皆勘が良いわねぇ」

「お二人が揃って自宅に居る時は。何か美味しい物を作っている、と言うのは有名な話ですから」
ぶっちゃけその話は迷惑である。


しかし来たのはダリアだけではなかった。
ガードナーデ家ご一同+ゴンザ。お腹の大きくなったライラと妹のクラリアも。

護衛付きでメルシャン様は単独。そこだけが救い。

配膳を終えて。
「えー想定外に大人数ですが。今日も今日とて女性比率が高い!ので俺含め男性陣はダイニングテーブル行きで」

フィーネが手を挙げて。
「お食事を始める前に。私たちからダリアへ。御婚約のお祝いを。ちょっと遅くなったけど御免ね」
ダリアの花を象った銀無垢のオーナメントが渡された。
「これは…。私の名前の花」
照明に翳すと淡白く輝いて見えた。それは彼女の透き通るような白い肌と銀髪に良く似合う。

「シュルツから贈られたポーチに付けても良し。胸元のブローチとしても使えるわ」
「大事に仕舞って眺めます。誰にも見せたくないです」

メルシャン様がムッとしている。
「フィー。私には何か無いのかしら」
「はぁ…。メルがそう言うと思ってちゃんと用意してありますとも」
続いて取り出したのは黒い薔薇のオーナメント。
「黒真珠のブローチにも通ずる淡い黒色。この色を引き出すのには相当苦労したと職人の方が言ってました」
「有り難う!フィー。大好き」
王女様の殻は全力で外に脱ぎ捨てて来たらしい。
「後もう一つ。同じ薔薇の型で青色も。そちらはミラン様に贈り届けて。両方自分の物にしちゃ駄目よ」
「解ってますわ。そこまで意地汚く有りません!」

「じゃあお魚が温くならない内に頂きましょう」


豪華食材のちらし寿司は絶品。それだけで完結する。
白ワインでも米酒でもビールでもコーラでもお茶でも何でも合う合う。

薄口の蛇肉若芽スープも添えて。

外で待つ近衛隊の皆さんには餡子餅と濃い目のお茶で我慢して頂き。

男性組のテーブルではソプランがエール酒をガンガン飲んでは注ぎに行き。
「いやぁ何でグーニャが樽の上に座ってるのか不思議だったがこの為かぁ。べん…賢い猫で良かったなぁ」
「聞こえるぞ。何とも思ってないだろうけど」

対面でもゴンザがエール酒を飲みながら。
「何度聞いてもあれが元ウルフのゴッズとは思えんな。流暢に喋るし。撫でても怒らないし」
「多分怒らせたらその手が消えるよ」
「おぉ怖。しかしそれも当然か」

その隣のノイちゃんが悔しがる。
「あの時城の外周警備を選んだ自分が憎い。ゴッズを眷属化してしまうと言う世紀の瞬間に立ち会えなかったとは」
「俺も現場には居なかったし。殆どの人が見てないよ」

「俺は、邸内で戦ってた」
「俺たちもロルーゼに居たしな」
「まあスターレンたちがタイラントに居続ければ。面白可笑しい事は何度も起こるさ」
「頻繁に起きて貰って困るがな。わしの寿命が縮む」
「もうこれ以上起こりようがないですって。保証は出来ませんが」


一方女性テーブルでは。
「ちょっとメル。吟醸酒のペース早過ぎ。酒精度数はワインと同じ位なんだから。ちゃんと水も飲んで」
「お寿司と米酒の相性が良すぎるのが悪いのです。止められませんわ」
「外で待ってる人の事も考えてよ。運ぶの私なんだから」
「運搬はお姫様抱っこと命じます。何故なら私は本物のお姫様なのだから」
「もう歩く気無いじゃない…」
末席のライラは羨ましそうに顔を覆った。
「私も飲みたい…。ああ飲みたい。目の前で飲まれるのが辛い」
「姉さんも。舐める程度なら大丈夫よ」
「それで止められる自信が無いのよ!」
そんなライラには炭酸弱めのコーラで我慢して貰った。
「あーこのシュワシュワ落着く。スターレン様は優しいですねぇ。家のゴンザとは大違い。出張からやっと帰って来たかと思えば毎晩毎晩飲み歩いて」

「事後処理と打ち合わせが重なったんだ。仕方ないだろ」
「痴話喧嘩は帰ってからやって」
速攻で鎮火したった。

マリカもノイちゃんの隣に座り直してイチャ付き始めた。


宴も酣。お皿の上も綺麗に片付いて桶には一粒も残らなかった。

洗いをアローマたちに任せてお見送り。俺は馬車方面。
フィーネは酔い潰れたメルシャン様をお姫様抱っこで地下道から運んだ。

人数分のプレーンプリンを持たせて。

ダリアが馬車に乗り込む間際に振り返り。
「これでお礼を言うのは何度目か。何度でも。改めてお礼を申し上げます。有り難う御座いました」

「偶々偶然。全ては僅かな幸運と巡り合わせさ。気負う必要も卑屈に考える必要も無い。俺もダリアも独りでは何も為せなかった。そして今からが始まり。これからの人生の方が長いんだから。疲れたら休んで。悩みが有るなら誰かに打ち明けて。もっと気楽に生きれば良いんだよ」
「はい…。泣かせないで下さいよ」

「ちょっと格好付けすぎたかな。まああれだ。良く食べ良く働き良く遊び良く眠れって事さ」
「ライザー様と…。同じ様な事を仰るのですね」
ライザーと被ったか。
「私もそうだと思える様に成りました。お休み為さい、スターレン様」

「お休み~。腹出して寝冷えすんなよ」
「もう。そこまで子供では有りませんよーだ」
子供のように無邪気で可憐な心からの笑顔で笑い、馬車へと乗り込んだ。

馬車が走り出し、自宅の方へ足を返すとシュルツがニヤニヤして立っていた。
「またそうやって女性を口説いてしまうのですね。スターレン様は無自覚を装っていませんか?」
「そう言う風に言うから拗れるんだろ。特別な事は何も言ってないって。そんな意地悪言う子にはプリンあげないぞ」

「う、嘘です!冗談ですよ。スターレン様の方が意地悪ですぅ」




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大黒海老の頭で出汁を取り豪華な味噌汁とお刺身を食した朝。

夕方までは特別急ぎの用事は無い俺たちは自宅リビングで茶をしながらシュルツと駄弁り。

「男性用下着以外は予備のお着替えはお作りしましたがこれからの季節に合せたお姉様の着衣の方が…。お背中を出すと言うのが難しくて」

「困ったわ。今は赤マントが有るけどクワンティと兼用してるし転移の縛りがあるから固定にも出来ないし」
「竜人化を暫く封印するかって言ってもこれからもっと強敵が犇めく場所に行くしなぁ」

「毎回普段着を使い捨てるのは勿体ないしね。ちょっとご相談してみる…」
そう言ってフィーネは目を閉じた。

「直接お話が出来るのは…羨ましいです。スターレン様には天使様がいらっしゃいますし」
「これも巡り合わせかなぁ」

羨むシュルツも大地母神様の末裔らしいが。そんな文献も名もこれまで見た事も聞いた事も無い。

ロイドちゃん。女神様に聞いてみてくれる?
「以前にお伺いしましたがお答えは拒否されました」
まだ教えられないのかな。知らない筈は無いし…。
あれかな。神格化を放棄して聖剣作った方じゃない?
「…お口をパックリ開いて居られますね」
正解っぽいな。じゃあ大地母神様ってカタリデ様でしょ。
聖剣の中にまで入って人間を救おうとしてくれる何て慈悲深い女神様なんですね。
「もう止めて?口には出さないで?だそうです」
じゃあカタリデ様がご先祖様ならシュルツは勇者の証無しで聖剣握れるんじゃない?それで狙われたのかぁ。
「悲鳴が聞こえます。正解ですね。…今はお止めなさい。シュルツ様の身体が崩壊して聖剣の意志に関係無く取り込まれるのだそうです」
あっぶねぇ。シュルツには触らせてあげられないのか。

「シュルツも必ず誰かが見守ってるよ。お婆ちゃんとかアンネさんとかご先祖様がね」
「…はい。お声を聞きたいと言うのは贅沢ですね」

数分黙していたフィーネが目を開き。
「形状変更も出来るみたい。かなり魔力を使うから勧められなかったって」

寝室に移動して。背鰭を無くしたり、鱗の先端を滑らかにしてみたりお試しした結果。

「うわぁ。変更するのも戻すのも毎回1000飛んじゃう。使い処決め打ちして内容を良く考えないと」
「頻繁には使えないな。1日1セット程度に留めないと」
「だねぇ」
「残念ではありますが。衣服や防寒着を着られるのは大きいです。四六時中竜装では歩けませんし。明日までにお姉様の上着と肩掛けを追加作成しますね」
「御免ねシュルツ。仕事増やしちゃって」
柔らかそうな力瘤を見せ。
「いいえ。お役に立てるのは工作師の本懐です。善は急げ早速工房に籠ります!」

本棟で侍女長さんに声を掛けてシュルツを工房に贈り届けた。

その後にラフドッグに向かい、冬眠前の鰻を計17匹釣上げバスタブ桶に入れた。少々残酷だが来年帝国に向かう直前にお命頂戴する予定。

コマネンティ財団の店で大型のバスタブを3つ購入して王都へ戻った。

自宅でおやつのプリンを食べながら。
「これで来年本鮪獲りに行くだけか」
「冬本番で素潜りかぁ。多分大丈夫だけど。ちょっと抵抗あるわね」
『我輩もお手伝いしますニャン』

「そうだな。今ならグーニャが居るし。でもそれはフェンリル様への献上品だから食べちゃ駄目だぞ」
『ニャるほど。それ用でしたかニャ。傷物にしないように気を付けますニャー』
「宜しくねグーニャ」

本鮪の血抜きをどうすべーかを話し合いながら夕食用の牡蠣をクリア水に漬けていた時に本棟から来客の連絡が来た。

今日はコマネ氏とジェシカの2人で来場。

「待っていろと言ったのだがね。どうしてもと」
「今は商団の第二秘書ですから。何ら不自然では有りませんよ。グーニャちゃんお膝においでー」
そっちが目的らしい。
『嫌だニャ。ジェシカはお腹ばかり触るニャン』
「意地悪ぅ」
代わりにクワンが捕えられた。

「放って置いて話を進めよう。用意したのはこれだ」
大きな箱から取り出された物。

複数の首飾り。配色や宝石やデザインに統一性は一切無くバラバラ。数えると10セットと…水色の宝石が1つ。

「何れも透明化が可能な飾りだ。しかしそちらの水色の宝石を持つ者と所有者の知り合いには丸見えに成ってしまうと言うフェイク道具。行方や位置情報も石の持ち主の頭に浮かぶ。所望の面白グッズに合致するだろう?」
「真にこれっす。コマネさんも悪ですねぇ」

コマネ氏は笑いながら。
「偶には闇の知識も役に立つ物だな。これなら複数の鳩で運べて敵の動きも早い。これだけ数が有れば本命付近に辿り着くに違いない。後は君次第だ」
「あざっす。この石はタダで貰っても?」

「これまでの礼と昨日の米と酒で代金は貰った。一商人としてそこまでケチは言わんよ」
「じゃ遠慮無く」

名前:追い縋る水宝
名前は微妙だが内容はコマネ氏の説明通り。
しかし判定個数は10個だけではなかった。

合計20。10個は既に世界各地に広がって。それにはグーニャに着けた物と船で押収した残り3つ。王城に納められた故障品も含まれた。

石を持った瞬間にグーニャも俺たちの前では透明化が解除されてしまった。

「この首飾りも同じ系列品だったのか」
「多少の弊害は有る。しかし君らにはあの天才少女が付いているのだから相談してみると良い。
少し弄れば外せるさ」
そこまで見越してのこの道具か。やるじゃないコマネ氏。

お別れにガッチリと握手を交して。
「随分と遠回りをしてしまったな」
「まだまだこれからっすよ。今度は表で堂々と」

大陸が綺麗になったらウィンザート辺りで珍しい魚を集めた水族館や養殖場を作ってみたらどうかと提案してお帰り頂いた。

「またロロシュさん怒るよ」
「全然先の話だからバレないバレない」
「配慮はするさ。ウィンザートなら既に土地も何割か占有している。ロロシュ卿に譲渡するかを考えていた所。
大変に良い提案を貰ってしまっては手放せない。シュベイン氏と共同運営するのも悪くない選択だ」




---------------

楽しい牡蠣鍋の後にシュルツの工房にお邪魔して首飾りの加工をお願いした。が作業は数分で終わった。

宝石部や装飾の配置をちょいと変更したのみ。

「はっや」
「変更を加えただけですので。スターレン様が買って来られたジクソーパズルに比べれば遙かに簡単ですよ」
ほえ~。天才っていいなぁ。

グーニャに試させて成功。仕上がり上々。
世も遅いとあってその日はそれで就寝。


東部出発前日の朝。

朝食後に大鍋でせっせと小豆をコトコト煮出し。
「それは何用?」
「自分たちの残りの餅用のと。贈答用に小豆外郎作ろうと思ってさ」

「外郎かぁ。だったら水饅頭とか羊羹でもいいわね」
「そこまでは小豆が足りないなぁ。外郎なら中に薄く伸ばすだけで済むからさ」

「成程成程。ここでやっと南東で同時購入した石臼の出番って訳だ」
「そうそう。それにうっかりしてたけどお餅って子供やお年寄りには喉詰まりで危険じゃん。俺たち以外の食べ慣れてない人とかさ」
「あー言われてみれば忘れてた。配った分は目の前で全部食べて貰ったからいいけど」

「餅粉と小麦粉を11にすれば伸びは少ないし、ナイフで簡単に好きな大きさに切れる」
「外郎って意外に便利なデザートかも。普通のお饅頭にも転用出来るし。スタンは小豆作ってて。私餅粉擂るから」

蒸して良しオーブンでふっくら焼いても良し。

2人で手分けして昼まで掛かって冷やし初めた所でシュルツが服を持って現われた。

外で買い物を依頼していたソプランとアローマが合流して試着会&昼食⇒デザートに程良く冷えた外郎を皆で試食会をした。

諄くない黒砂糖の上品な甘さに絶賛の嵐。

シュルツも満面の笑みで。
「黒砂糖も小豆も香ばしくて。これなら冷たい牛乳とも良く合いますね」
「牛乳ねぇ。それなら一度牛乳を湯煎して脂肪分を取った低脂肪乳にするのがお勧めかな。後味さっぱりするよ」

メモを取るミランダに外郎の作り方を伝授して石臼と残りの餅米を渡した。

「料理長と相談して色々試してみて。石臼は小麦粉の引き直しとか全粒粉作るとかも出来るから。帰って来た時に新作期待してるよ」
「はい。精進致します」

序でにポムさんの所に外郎の配達を頼み。
「じゃあタツリケさんたち誘ってギルドに手続き行きますかー」

そこでソプランが。
「それならもう遣っといた。俺とアローマ含めて全員分。
陸路の通行証とチルツンザからの渡航申請もな。フラジミゼールからどうするかだが…どうせ飛ぶんだろ?」
「あらま終わってたのか。外郎モヘッドとムルシュに渡そうと思ってたのに」

「そっちは俺が行くから。お前は陛下に挨拶しに行けよ。
今回は国とは関係無いって言っても何かしらあるだろ」
「そうねえ。まあ一応行っとくかな」
「外郎…お城の分が無いね」
「代わりにコーヒー豆の焙煎機でも納めますかね」
「それいいわね」

珍しくカーネギが手を挙げた。
「焙煎機。俺も、欲しい」
「あれ?コーヒー好きだった?」
「うん」

「あぁ確かに。カーネギの数少ない趣味だったな」
「そう言う大切な事はもっと早く教えて下さいよ」
ミランダがちょっと怒っていた。
「ごめん。言い出し、辛くて」

リビングスペースに大中小並べて。カーネギは小型機をニッコニコで選び取り。シュルツは代表で大型を選んだ。
「個人的にはコーヒーは全くですが。御爺様を含めて嗜まれる方は邸内にも多いので大きな物を」
残ったのは中型1つ。

「俺も外に焙煎機持ち運ぶ程の熱意は無いから。献上品ならこれでいいか」

何かを思い出したフィーネが。
「スタンの誕生月1月だよね。何か欲しい物とか無いの?」
「そうなのですか。私も何かお作りしないと」
「別にいいよ。無理にお祝いする風習も無いんだし」

「それは駄目よ。私たち…女性ばかりに配っておいて。自分には何も無いなんて。何でもいいから言ってみて」
「じゃあフィーネには裸エプロン」
気持ちの良いビンタをプレゼントされた。
「他の人が訪ねて来たらどうするのよ!」
「は無いとして…。欲しい物かぁ。改めて考えても特に無いんだよなぁ」

他の女性陣も顔を真っ赤に。
「は…。裸でエプロンは無理ですが。お帰りになった時に新作のケーキかスイーツをお作りしましょう。餅米粉は貴重品ですので普通の小麦粉で」
「私も何か新しいの考えて置くね」



出発のご挨拶に伺った陛下に。
「どうした?夫婦喧嘩でもしたのか?」
「ちょっとした意見の食い違いです」
「大した内容では有りません。お気に為さらず」

「まあ良い。今度は東か」
「はい予定通りに。少し西部を歩いて帰還します。
ロルーゼ内での行動に何か制限は有りますでしょうか」

「ふむ。大っぴらに転移は控えるのと…。中央、王都に招かれても一切応じるな。囲んで来たら少し揉んでやれ。
襲撃から時間も経ったのに未だ謝罪の一つも寄越さぬ無礼者に取り合う必要は微塵も無いわ」
ヘルメンち痛くご立腹。
「今回は私用で通り過ぎるのみ。王都に用事は一切有りません。個人的にフラジミゼールの辺境伯にご挨拶に伺う程度に留めます」

「前から気にはなっていたがどう言う繋がりなのだ」
「亡き母リリーナの遠い知り合いで。過去にベルエイガで開かれた工芸品評会で顔を合せ、大変にお世話に成ったと生前に聞きかじった記憶が有り。私も一度お会いしてみたいなと」

「ほぉ。お前が興味を示す人物か。それは楽しみだ。
有用な人物であったなら後に教えよ」
「賜りました。がご期待に沿えるかどうかは」

「解っておる。無害か有害かが解ればそれで良い」
「「ハッ」」


焙煎機を置いて帰宅。


ソプランがデニスさんの所にも寄り情報は貰って来てくれたのでいよいよやる事が無くなってしまった。

トワイライトでも行こうかとフィーネと話していると裏庭に出ていたプリタが見慣れた小包を持って入って来た。

「スターレン様。裏庭で作業中にこの箱がお空から降って来たのですが…」
来てしまったのかい。

「ああそれね。偶に天から降って来る奴だよ。中身は見てないよね?」
「見てはいません。どうぞ」

プリタが首を捻りながら出て行ったのを見計らい開封。

「急に何だろ。催促かな」
「待ち切れないって言われても困るんですけど…」

今回は手紙と何かの毛皮が入っていた。

「~本文~

大狼だ。自分で自分を狼だと名乗るのは微妙な気分だ。

さて置き。鮪の血抜きをするかしないかで悩んでいる様子が見えたから連絡した。

血抜きはしなくて良い。腑もそのまま持て。
あの生臭いのと腑の苦みが良いのだ。

調理は鰻だけで良いぞ。味は濃い目でも構わん。
娘たちも食いたいと騒ぎ出したので余剰分で作れ。

しかしまたやってくれたな。我らが劣等種を猫に転換させるなぞ、我も開いた口が暫し塞がらなかったぞ!

度肝を抜いてくれた事を評し、今回は我の皮の一部を剥いててみた。自分でやるとめっちゃ痛いがな!!

まあ良い。何かに使え。帝国の奴らに見せたら欲しがるだろうが渡すなよ。

我の前に立つ度胸も無い臆病者に渡す物なぞ何も無い。

来年が待ち遠しいな」

「フェンリル様って律儀だな」
「毎回何かくれなくてもいいのにね…。痛い事までして」

折角頂いた物は有意義に使います。

名前:大狼の表皮
性能:装備品に使えば大狼の加護極大が付与
   防御力:6800
   全属性完全耐性(自然現象含む)
   呪詛、腐敗無効
   装備品完結後、自己再生機能搭載
   完全防虫効果有
   昆虫特効:外周敵全能力値半減
特徴:動物系魔獣が身に纏うと丈に合わせ伸縮する

手に取り引き出すと結構な大きさ。
今回の包みは収納箱にも成っているようだ。

「おーめっちゃ悩む。今度北に行く準備期間で考えるか」
「そうね。慌てて変なのに使ったら勿体ないわ。箱の収納力も素晴らしい」
「クワッ!」
『凄いニャ~。大狼様が人間に身切り物を与えるニャんて聞いた事ないニャ~』

グーニャの存在も含めて色々未聞らしい。


そんな事は気にせず着替えてトワイライトへGO。

焼きレバーシチューとサーロイン、タン、ハーツのステーキを貪り食った。

良質な脂にバターなんざ要らねえぜ。

秋の夜長に眺める星空は春や夏と違って何処か切ない。
何より空気が澄み渡り空の果ては眩しく見えない。
俺たちだけの空間から見上げる景色は、心の穢れを洗い流してくれるかの様に感じられた。
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