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第123話 邪神教討伐戦

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前日夕方に念願の白米(8割精米済み)を炊いて沢山の梅干し御握りを拵えてマッサラから両者が睨み会う戦地へと赴いた。

ライザー陣営のテントに潜入し、ライザーとアーネセル以下数名に御握りを差し入れて打ち合わせ。

「戦況は」
「どうもこうもない。要求物を持って来ないとニーダは渡さないと言い張り、姿すら確認出来ていないのだ」
かなり苛ついてテーブルをガンガン叩いていた。

食事も喉を通らないらしく御握りに見向きもしない。
一旦御握りは下げて。
「落着いて。食欲無いなら責めて水分補給はするように。
明日。早い段階で物を持ってる俺が交渉を始めます」

霊廟の全身装備と鈴を見せながらヘルメンと打ち合わせた手順を説明した。

「今現在俺はここに居ない事になってます。この奇抜な姿であればスターレンの子飼の隠者で通ります。何とかニーダを引っ張り出しても。まだ鈴は振らず俺の合図を待つ。
出来ますか。感情が抑えられないならアーネセル殿にお願いします」
「…いやそれは私の役目だ。誰にも譲れん」

「その調子。殿下の想いが強ければ強い程成功確率が上がり必ず保護出来ます。
全ては奪い返した瞬間に掛かっています。その時敵は必ず何かの道具を発動します。ニーダを受けたと同時に敵の首領をその眼帯で睨み付ける事。それが出来なければ敵に反撃の機会を与えてしまう。
手負いの鼠程怖い物は無い。最悪俺が皆殺しにするしか無くなる。事の真相を探る上でも首領を生きて捕えなければ本物の勝利とは呼べません。
解りますか」
「解るとも。何も掴めずに敵を逃せばまた同じ事が起きてしまう。堂々巡りだ」

「そこまで理解しているなら大丈夫です。今日はもう寝て下さい。眠れずとも横になるだけでも違いますから」
「そう…させてもら…」

安心したのか膝から崩れアーネセルに抱き止められた。
「先週から殆ど眠れず。昨日からは一睡もしていない。
スターレン殿を見て安心為さったのでしょうな」
「普通に限界だっただけでしょ。なら明日。殿下が自然に飛び起きた時を決起としましょうか」
「承知」

ライザーをテント奥に運び入れたアーネセルに朝飲ませる用の生血入りの強壮剤を渡した。

敵陣を見たい所だが1000km望遠鏡はケッペラに渡してしまい。双眼鏡はフィーネが持ったまま。
下手に覗くと相手にも気付かれる。ここは我慢の時。




---------------

夜を無事に乗り切り、いよいよニーダ奪還戦が始まった。

起き抜けのライザーも強壮剤でかなり回復。
「行けるなら。宣唱を」
「否も無し!ニーダはこの私が取り戻す。皆も不甲斐ない指揮者を助けて欲しい。行くぞ!!」

勢いの良い声がテント内に満ちた。士気は充分。

最初に歩を進めるのは勿論俺。

「敵陣の将は誰か!逃げたのでなければ出て来い!俺はスターレン専属隠者。薄汚い貴様らなぞに名乗る名は微塵も無い。さぁ、貴様らが欲している品を持って来てやったぞ。俺は忙しい。早くしろ!!」

敵陣から数名俺を見ようと何かの鑑定具を使用したが見事に砕け、破片が自分の目に刺さり藻掻いていた。
無駄な事を…。

「な、何者だ!その様な者の存在など聞いてはいない」
知らない…あいつ本当に谷で死んだのか?確か仮死毒だった筈だが。他の仲間も戻らなかった様子だ。

「一々公開してどうする。お前は馬鹿か。あぁ済まない、馬鹿に馬鹿だと言っても意味が無かった。お前が将か」

「そうだ!我らも名乗らんぞ。先に証拠を見せよ」
兵数でも劣る此奴らの自信の根源が知りたい。後で椅子に座らせた時が見物だ。
「良いだろう。道具だけ見れば目は潰れぬだろう。得と拝め」
樹液の瓶を頭上高く掲げて見せた。

「…少ないが本物の様だ。締結の鎖はどうした」
「貴様らの長だった外道が消耗したのだ。文句を言われる筋合いは断じて無い。鎖?喜べ、外道が砕いたベルエイガ様の魂を締結するのに使ってしまったぞ」

「なっ…」驚きつつも口元が笑っている。逆か。鎖は欲していたんじゃなく、抹消されたかの確認か。

出さんで良かったわぁ。でこいつは真性の馬鹿だ。

「確認が取れたなら早く人質を出せ。瓶を叩き割るぞ!」
「それは困る。あの女を連れて来い」

何やら張り付け台が引き摺り出され。その後に首輪を嵌められたニーダが現われた。

瞳が虚ろで焦点が定まっていない。道具の呪いだけでなく悪い薬が盛られているようだ。

「人質の扱いがなってないな」
「余計な真似はするな。何時でも女の首は飛ばせる」
代用は幾らでも居ると言いたげだ。やはり本命はニーダではないと。

「今からゆっくりと持って行く。その汚らしい首輪を外せ」
「外してどうする。これは付けたまま交換だ」
さっきの逆を取られた。まあ遣りようは幾らでも有る。

「交渉も出来ぬとは愚かな。その傲慢な態度を改めないなら俺は歩を止める」

瓶を更に右手で持ち上げ振り降ろす仕草を見せた。
「待て!外す」どうしても樹液は欲しいと見える。
「初めからそう言え」

ニーダの首輪が外されたその刹那。
俺は左腕を大きく振り降ろした。

彼女の姿が目の前から消えると同時。瓶の蓋を開け地面に撒き瓶を踵で踏み抜いた。
「何をした!」ご覧の通りですが何か。

踵を返しライザーの下からニーダを拾う。
状態確認をして呪いと状態異常を即座に解除。
「馬鹿め!こんな事も有ろうかと道具は潤沢に持っておるわ!!」
男は何かの石を取出し発動した。

しかし次の瞬間。張り付け台に張り付いていたのは自分自身だった。状況も読めない間抜けめ。

「どうだ見た…ぎゃぁぁぁーーー」
男の両手足を台から迫り出た太い杭が突き破っている。
熟々間抜けだ。平時なら笑い転げてるぜ。


慌てて下ろされた男が次に取った行動は。

「何をしたかは、知らんが…。これならどうだ!」
痛々しい血塗れの手で更に違う色の道具を取り掲げた。
「これは自軍兵士の戦闘能力を十倍に引き上げる道具。泣いて平伏せ愚か者めが!!」
あぁ錯乱してるぽい。可哀想に。部下が止めに入る前に発動してしまった。

十倍の逆は、十分の一です。小学生以前の問題だ。幼児教育からやり直せ。

見る見る内に倒れて行く敵兵たち。どうやら自重と装備の重さに堪えられなかった模様。

先程樹液を撒いた地面を炎の煉獄で焼き切り。
「さあ出番だライザー。お嬢さんは安全な場所まで俺が運ぶ。念の為先程の首輪と張り付け台の道具は粉に変えてしまえ」

「承知!全軍私に続け!敵将と周囲の人間以外は一人残らず殲滅せよ。騎士団以外、両翼に別れて外周から踏み潰せ!!」
テンション上がりきって2つの指示を出してしまっていたが兵士は後半の指示に従い、後に続いたのは騎士団員のみだった。下が優秀で良かったね。

道具が壊れるまで気絶中のニーダの傍で待機。

近距離望遠鏡で周囲を確認。

何分開けた場所で索敵も不要。遠方の監視の目を把握すればいいだけ。でもやっぱりフィーネから双眼鏡借りときゃ良かった。視野角が全然違うから。

北西方面に人影が見えたが直ぐに消えた。

あいつが転移の道具持ちで本当の司令塔か。王都に潜り込まれたら厄介だがニーダを置いては飛べない。

血色は良い。寝息も正常。ステに異常無し。
ライザーが道具類を遺跡産のツヴァイハンダーで器用に両断した…。性能が上がってる?いやその検証は後。

もう一度呪いの解除を施した。これでニーダは安心。

彼女の奪取に失敗したら次に狙われるのはシュルツ。
自宅に連れて行くのは却下。

無関係な実家に一時的に預ける。それも駄目だ。
向こうを巻き込んでしまうし、地下で眠る外道に近付けるのは危険。ニーダが目覚めた時にパニックにもなる。

名前が似ているニーナに預ける。ふざけた理由だが隣のペカトーレが実に怪しいのでこれも却下。

ペリーニャの所は論外。邪神教の存在が漏れてしまったら詰みである。

おや?これは意外に…俺が詰んでる?
そもそもが今のこの姿を受け入れてくれる所が無い!

王城も陛下以外にはまだ真面に見せてない。

あいやーこれは困った。

遠くでライザーの声が聞こえる。
「転移の道具を持っているかも知れない。怪しげな物には触れずに手足を斬り落とせ!」
あの様子なら離脱しても問題無さそう。

取り敢えず自軍のテントにニーダを運び入れた。

相手は殆ど無抵抗な雑魚。虐殺に近いが先に戦争を仕掛けたのはあっちだ。これは当然の報い。

ライザーが片付けるまでテント内で待つ事にした。

ニーダを目の端に入れながら。天幕から顔を出して西の空の様子を伺った。

と同時に3本の稲光が見えた…。続く大きな揺れ。
王都の西側で起きている事が東のマッサラまで届いてしまった。

予期せぬ3種ゴッズ同時発現。
確率を上げるんじゃない。確実に引き出せる道具を持っていた。

意表を突かれたが西側はフィーネに任せると言った。
本気を出したフィーネとクワンなら例え3匹だろうと敵ではない。しかし色々とお披露目しなくてはいけないのが難点と言えば難点。

ソラリマがバッグから消えた。隠して置くのももう限界が来たようだ。




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3種ゴッズ同時発現。それは王都西の森と南西部の森林地帯との間に居たフィーネには容易に知れた。

「クワンティ!王都から西のオークゴッズをお願い。その付近に道具を発動した奴が居る筈だからそいつも駆除」
「クワッ!!」

クワンティが飛び立つのと同時。軍部とギーク隊に指示を出した。
「私が単独で走ります。皆さんはここに到達する魔物だけ処理して下さい。1匹でも抜かれたらお終いよ!」
「ハッ!」
「了解した」

偽装の外嚢から紅マントに着け替え。
「今から少し奇抜な姿になるけど直ぐに忘れて!」

大勢の前での竜人化に周囲が響めいた。
それには構わず黒鞭を取出し大きな2つの気配に向かった走り出した。

擦れ違いに黒尽くめの集団が行き過ぎ、鞭を伸ばして複数の背を打った。

眼光の色を即座に変えた黒尽くめに。
「敵はそいつらよ。野盗なら野盗らしく。命と道具を奪い合いなさい」
瞬前まで仲間であった者たちの突然の裏切りに集団は脆くも崩れた。

「生き残り、ゴッズをださせた道具を持って来た者には褒美を与える」有り難い尋問と言う名の。

拷問は趣味じゃない。スタンが持っている金の椅子に座らせるだけでペラペラ何でも喋るんだから。

「褒美は私の物だぁぁぁ」
「な、何をやっているんだお前たちは!」
どうぞ仲良くご勝手に。

集団を放置し、そこに向かって来る数百…数千の大群を引き連れ移動する巨大な影が2つ。

大きさは確かに大きい。それでも海底で対峙した霊亀に比べれば小物感が漂う。

最大魔力値が下なら従属は出来る。例えゴッズだろうと。
問題は何方を打つか。

ベースの知能指数で言えば圧倒的に蛙より狼。話し合いをする暇も無い為、即断で側面からグエインゴッズの前足を鞭打った。

「蛙を残らず食い破れ!」
『新たな主様に忠誠を。粉砕してご覧に入れましょう』
あんな大型犬は飼いたくない。食費も馬鹿に成らない。
じゃなくて温厚な小型犬に生まれ変わってくれたら…
でもなくて、私は何方かと言えば猫派。

猫や虎や獅子はこの世界では稀少種らしい。見付けてもクワンティが居るから飼えない。違うってば!

離れた場所から戦況を伺う。鞭…デザインが好みじゃなかったけど使えるわ。文句言って御免なさい。

私は誰に謝っているのかしら…。




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王都内ロロシュ邸側。

震動を感知したカーネギたちは。敢えて建物の中には籠らずに戦い易い正門前にシュルツを背にして陣を構えた。

しかし、何時まで経っても敵は姿を現わさなかった。

そんな時。シュルツの足元の小石が動いた。

「地面だ!敵は、下から来るぞ!」
カーネギはシュルツの腹を片腕で抱き上げ飛び退き、地面に盾の先端を叩き入れた。

ソプランが叫ぶ。
「標的はシュルツだ!二人を軸に散開!アローマ。先にカメノス邸に行け。トームの弓に当たるなよ」
「弓に気を付け全速で参ります!」
あちらで狙われるとしたら新薬が詰まった研究棟。

そこからの射角に入らなければ問題無い。

「接近するなら蛇行せずに真っ直ぐ走れ」
「はい」

シュルツは抱えられながらも反射盾をロープで振り回して襲い来る影の頭を暴打していた。
「シュルツ。盾を。身体から離したら、駄目」
「はい!」
忠実に反射盾を戻した時。丁度敵が放った真っ黒なミストが飛んで来た。

そっくり綺麗に倍化で返り、敵影は苦しみ藻掻いて息絶える。

更に数十の敵が一気に迫り上がった。
「お前ら蛆虫か。人間辞めたんなら遠慮は要らねえな!」

大半をソプランが刈り取り。約三割を警備隊と侍女隊が屠り倒した。

それでも動揺しない残党が、一斉にシュルツとカーネギを取り囲んだ。

シュルツはロープをキューブ状に成形し、自分とカーネギを囲み籠城で凌いだ。
「見えない、けど?」
「シッ。外からの音は聞こえます」
おぉ成程とカーネギは耳を澄ませて盾を構え直した。

腰に据えた上等な短剣も今回は出番が無さそうだ。
防御を履き違えた武器を、腕に抱えているのだから。




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主人様の下を飛び立って直ぐに。北に位置する標的物の姿を捉えた。

王都壁外には衛兵長のメドベドの姿が見える。
何とか鼓舞して士気を取り戻そうと声を張り上げているが初めて見るゴッズを前に効果の程は芳しくない。

「ソラリマ!時間が無いわ。ゴッズが移動を始める前にあの大きな脳天を突き破る」
『構わぬが…。構わぬのだが。我も偶には風呂に入れてくれい』

「後でお願いしてあげるから黙ってなさい!」
『この扱いは変わらぬのだな…』

「文句も後で」

昼間でも明るく白銀に輝けるクワンティは兵団の真上を旋回した後に天高く舞い上がり、睨みを利かせるゴッズの頭上でスピンを開始した。

宛らそれは硬い岩盤を貫き通す小さなアンカードリル。

オークゴッズも跳ね返そうと暴風を起こして巻き上げた。

大渦と小渦の打つかり合い。端から見守る兵士たちと邪神教の集団には優劣は明らかに見えた。

誰もがゴッズが打ち勝つ。そう見えた。

違ったのは、対峙する当事者たち。生まれたばかりで知能が高められたゴッズは自らの敗北を本能で悟った。

我らの血筋を根絶やしにしてきた人間でも勇者でもない。唯の鳥に恐怖した。

人間以外に葬られるのなら。
有る意味これは僥倖であると。

大渦は小渦に飲まれて消えた。

自分の脳天に大きな風穴が開けられる直前。オークゴッズは静かに笑っていたと言う。




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カメノス邸内研究棟の屋根。

所定の配置に付き、地面を這って回る敵の波を一波乗り切り短い休憩で集中を解いていた時。

西の上空の光景が目に入ってしまった。

邸内の警備隊は本館と別館に布陣している。研究棟からは館前方は影になって見えない。

目を奪われた一瞬が命取り。敵の第二波にかなり食い込まれ反撃の投げナイフに横髪が切られた。

損傷は無いが掠って毒でも塗られていたら落ちて死ぬ。
軽く身震いして霞の弓を構え直した時。

敵の背後から中央を貫く風煙が上がった。

新手…ではない。敵は悉く首から血を垂れ次々に倒れていたからだ。

「トームさん。お足元にご注意を。お二人に笑われますよ」

「悪いアローマ。あっちはいいのか」
「序盤で抜けて来ました。こちらが手薄かと」
助けられて足りてるとは言えない。

「助かった。玄関を背にして応戦してくれ。全方位に雨降らせる」
「畏まりました」

手持ちの通常矢は殆ど消えた。

後はお嬢から貰った剣魚角の矢筒のみ。こいつも馬鹿みたいな性能をしている。これを神弓で放てば表に居る者で立ってられる奴は略居ないのではと思える程。

長さに統一性は無いものの。直線性と風切りには微塵も狂いは無い。どれを射っても同じ場所に届く。

本数は潤沢。尽きても敷地内で拾い集めれば元に戻る。

的は結構な速さの移動式。いい訓練になりそうだ。

屋根を周回しながら放たれた矢は正確無比に襲撃犯の頭と首を貫いた。

時に軌道から消え去る矢を、正しく追える者は誰一人として居なかった。




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ムルシュはガードナーデ家の正門前で凝り気味の首を鳴らした。

門は固く閉ざされている。

今回も外れか。と暇を持て余していた。

付近に転がっているのは六体の野盗の亡骸。
たったの一撃で終わってしまった。

敷地内には手練れの警備兵も当然居る。それを六人で。
これで終わりではないだろうと張っていたのに。後続は途絶え、時ばかりが経過した。

門の内側から警備の一人に。
「ムルシュ様。昼食や休憩は如何為さいますか」
と声を掛けられたが。
「もう暫く様子を見る」
この遣り取りが本日二回目。

先程とは違い。腹に包帯を巻いた犬が外に向かって唸り声を上げ始めた。鋭い牙を剥き出し涎を垂らしている。

犬が何かを捉えた。自分も五感を研ぎ澄まし、感じ取れた気配に向かって振り向き様に五月雨を引き抜いた。

手応えは軽いが確かに有った。しかし敵の姿は見えない。

透明化の何かか。付近に新たな血痕も見当たらなかった。

剣を納めて腰を落とした。目だけに頼らんと閉じかけた時に邸内の犬が門を乗り越え、着地と同時に左手に走り出した。

人間には見えずとも犬の鼻は誤魔化せない。見えないままに犬は成人の腰の高さに飛び掛かり、何かを引き千切る鈍い音だけが響いた。

その後に男の叫び声も。地べたを這い回る音が聞こえ、犬は容赦無く首であろう箇所に噛付いた。

噛まれた勢いで首飾りのような物が外れた時。男の姿が露わになった。

男は蹲りながらも抵抗を示し、懐から銀色の小物を取り出していたがこれも犬が手首を噛み千切って落とさせた。

犬はそこで満足したのか銀の小物を咥えて寄越した。

恐る恐る頭を撫でながら。
「この勇敢な犬の名は」
「ニーダ様がチョロと名付けられました。一番のお気に入りでその子との散歩中に拉致されてしまい…。もしかするとそこで転がる男が誘拐犯なのかも知れません」

「では殺す訳には行かんな。チョロや。もう直ぐニーダはスターレンかライザー殿下が連れ帰る。その様な汚い口端では主人に嫌われてしまうぞ。ここは任せて洗うと良い」

理解したのか疑問だが。チョロは「ワフッ」と鳴いて開けられた門から中に戻って行った。

血塗れの道具を回収し、泣き喚く男を縛りながら思う。
これで…終わりなのではと。

男の股間の損傷が特に酷い。何かの恨みか将又。




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メルシャンは後宮の自室で溜息を吐いていた。

最近フィーネとお喋りに興じる機会がめっきり無くなってしまいストレスが溜まり気味。

今は非常時。城下へ買い物にも出られない。

外務で忙しいのは重々承知している。
でももう少し時間を作ってくれても良いのにと。

こんな事を口に出せば困るのは彼女の方。

平時ならロロシュ邸やカメノス邸にも行けるのに。
その二つも今回の標的にされている。

邪神教団?ミネストローネ?訳が解らない集団に狙われているとか。

これまでに聞いた事も無い。姉の報告に勿論無い。

ミラン様とも庭園を歩けず。心底暇だった。
この城が標的の一つだとしても。

自室待機が命じられている以上は我慢するしかない。

勉強会をしたフィーネは自分は出来辛い身体だから夫に責任は無いと言うが。果てして真実はどうだろう。
一方でペルシェとライラは懐妊した。次は自分の番だと頑張っているが中々実りが無い。正直メイザーは夜の方は少ない気がする。

スターレンは実際どうなのです?と恥ずかしいやらデリケート過ぎて聞けない。

子作りは今回の件が落着くまではきっと無いだろう。

それ程に潔癖で生真面目。女性の自分よりもである。

城下で皆で買った高級下着を見せても、逆に赤面して何も無かったりする。

もう少し攻めてくれても大丈夫なのに。

待っているだけではいけないのか。自分から行かないといけないのか。いやいや私の反応や対応が悪いのか。

技が…足りないのか。男を喜ばせる技。何処で習得出来るのでしょうか。

人に聞けない事ばかり。

唯一対等に話せるお友達のフィーネと、もっともっとお喋りがしたい!

妄想が頭を巡り回る。


陛下が指摘したゴッズの兆候が現われてから数時間。
まだ外出規制は解除されない。

今夜こそフィーネに会いたい。早く解決してニーダが帰って来れば未来の妹として育ててみたい。何でも話せる関係性を植え付けたい。

妄想は留まる所を知らない。

そしてメルシャンはまた溜息を吐いた。

項垂れている最中に。
ノックをしてメイザーが入室して来た。

非常時、扉は常に開放状態。夜に寝る時迄は近衛の女性兵士が廊下に立っている。

それは揺るぎない約束事。それをメイザーは。
「今日は下がって良いぞ」
と言い扉を閉めてしまった。

「どうされたのですか?」
「先日の続きを、しないか」
予期せぬ言動に思わず。
「は?この様な非常時に、でしょうか」
「非常時だからこそだ」
普段のメイザーなら有り得ない言動。
そして強引なキス。

王女であり妻である。次世代の世継ぎを求めているのだから拒否する理由は無いに等しい。

だがしかし。これまで一切自室で事に及んだ試しは無く。
至るのはメイザーの寝室に誘われた時のみ。

強引なキスに僅かに興奮を覚える自分が居たが。同時に恐怖も感じた。

舌の絡め方も違う。尚且つ妙に苦い味がした。
離れようと抵抗しても抱き竦められて離してくれない。

漸く離れたかと思えば。
「さあベッドに行こう」
何と言う品の無いお誘いだろう。
「メイザーの寝所ではなく。ここで?」
「もう堪えられないんだ」

誘われるまま、手を引かれるまま。
彼は徐ろに衣服を脱ぎ始めた。顔や首筋の黒子は同じ、しかし何時もと違う。別人にも見える。

メイザーは上半身を脱ぎ終えると私のドレスを脱がしに掛かった。これも違う。何時もならば自分で脱ぐまで待っていてくれる。

確証が持てない。何か決定的な違いを。

私は彼の手を留め。彼のズボンに手を掛けた。
「な、何を」
「何をと言われましても。何時もこうしているではありませんか。私の着衣もベッドの上でお脱がしに」

「そ、そうだったな。済まない、興奮してしまって」
やはり可笑しい。私が脱がすのは初めてだ。

ズボンの釦を外し、一気に下着まで引き下げた。
…その股に下がる物を見て漸く確信した。別人であると。

「さあ参りましょう」
今度は自分から手を引いてベッドに誘い入れた。

ゆっくりとサマードレスが剥かれ、下着姿で横になった。

別人の手が乳房に掛かる。少しだけ甘い声を出し。
私は枕の下に忍ばせた物を片手で握り締めた。

男の意識は下着に集中しているのか私の手元には興味が無いらしい。

男の半身を軽く押して上げさせ。
「待ちきれませんわ」
キスをせがむ様に顔を近付け。

溝内の下側から短剣を通した。木綿豆腐にナイフを入れる程度の力が必要だった。

呆気ない。何より面白くもない。
メイザー以外に口を吸われ胸まで触られた。

一歩譲ってスターレン様なら兎も角。赤の他人下郎に。
違います。

男は目を見開き、胸に突き刺さった物を見ていた。
「邪魔ですわ。退いて下さいまし」
両脚を揃え、汚い朱粒を垂れ流す男の胸を踵で蹴り上げた。
「ど、どうして…」
「不埒な。夜なら兎も角。昼間にこの私を抱こうなど。
メイザーはその様な粗末な物ではありません!
穢らわしい!!」
根底から否定され。男は床に転がり息絶えた。

洗面所で歯を磨き、薄汚れた太腿を拭き上げ下着を取り替え着替え直した。

乱れた髪を整えてから部屋の扉を開けた。
「近衛!今のは偽物です。本物が裸に剥かれて城内に隠されています。今直ぐ探しなさい!」
「は、はい!直ちに」

もう一人が。
「その曲者は今」
「私の寝所で転がっています。ベッドと床を汚されました。早急に部屋を取り替えなさい」
「大変申し訳ありません!我らがお側に居ながら」

「私も騙されました。これは私の落ち度でもあります。
片付けをしてから陛下にお伝えなさい。私はミラン様の下へ参ります。それから胸に刺した短剣はフィーネから頂いた大切な品です。洗浄してから持って来るように」
「仰せのままに!」

下臣が散々メイザーを探し回った結果。眠り薬を盛られて自室の寝所で呑気に寝ていたと後に判明した。

何時から入れ替わったのかと言う話に成り、詳しく探ると今日の昼前だと解り、王族一同は安堵した。

しかしながら厳重な警戒態勢の中。後宮にまで入り込まれたとあって。抜本的な警備強化に乗り出す事となった。

「何事も無くて良かった」
「何事もではありません。メイザーも私も危うい所だったのですよ。今後は同じ寝所で寝る事とします」

「だが。それでは私の我慢が」
「前々からお聞きしたかったのですが。それは誰に対する我慢なのですか」

「余り…節操が無いと。嫌われたり、しないかと心配に。
それに女性は労る物だと常々教育を受け」
「はぁ…。結構です。大変良く解りました。今夜から子作りに励みましょう。私も早く欲しいので。月の物でない限りはお断り致しませんよ」

これが世に言う雨降って何とやらでしょうか。




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ギークやタツリケ隊の面々。タイラント国軍兵士たちは生き残った野盗たちを縛り上げ、僅かに流れ出た魔物を同時に倒しながら。

遠方で繰り広げられる奇妙な光景を眺めていた。

ギークが唱える。
「俺の常識が、間違っているのか。教えてくれタツリケ。
魔物討伐から離れていた所為か。この目で見ている光景が信じられん」

問われたタツリケは。
「私も見た事はないな。ゴッズが稀に湧くのは見ても。
三体同時も初めてなら。片方を従属化して殺し合わせるなんぞも初めて見る。これは夢か」
試しに近場の捕虜の傷口を踏んでみた。当然手応えが有り捕虜は痛いと泣いた。
「夢、では無さそうだ」

同等互角。配下も同数程度。
数千の魔物同士が己の生存を賭け、熾烈な戦争。否、凄惨な殺し合いを繰り広げていた。

配下ではなくゴッズ本体を従えられる人間が嘗て居ただろうか。いや居まい。

時に長い鞭をグエインの尻に入れ直し。
「気合いが足りない!時間を掛け過ぎ。久々に出られて弛んでるんじゃないの!」
『違います!実力が同じであるが故に』
「口答えをするな!喋る暇があったらもっと火を吹きなさい。火事を蛙が抑えている間に!」

強鞭を振い、独自の解釈を打ち込む彼女は今、猛獣ならぬゴッズ遣いのにんげ…。人間であって欲しい。
突然実は魔族ですと言われたら人類が終わってしまう。

少し前。前皇帝に操られていた時に彼女と旦那を罠に嵌めようとしていた時期もあった。
遣らなくて良かった。遣っていたら命は無かった。

タツリケたちは心から安堵した。

蛙は水陣を張り、狼は火を吹いた。その場の一角だけが焦土と化し、直ぐに鎮火させられ燻り返した。

銀白に輝く鳩が天高く舞い鳴いた。

その音に蛙の注意が逡巡の間だけ逸らされ。出来上がった一瞬の隙を突いてグエインがトードの首を噛んだ。

蛙の頬袋が破裂して無数の火の粉が飛び出る。
狼は抵抗に負けじと口を離さず牙から火を注入。内部からの破裂を狙って。

配下の魔物も互角。双方が下で入り乱れ交差していた。

数分後。隙を突いた攻撃が最後まで尾を引き、グエイン側の勝利に終わった。

『どうでしょうか。我が主』
「ご苦労。来世では子犬に成れるように祈りなさい」
勝利に酔うグエインには絶望的な言葉が発せられた。
フィーネはゴッズの背に乗ると鞭から槍に持ち替え、首をザクザクと刈り込んだ。

鬼だ。目撃者は誰もがそう息を呑んだ。

「暴れないで!綺麗に狩れないじゃない」
『まっ…。お待ちを』

「貴方みたいな大型犬を飼える訳ないでしょ!大人しく天に召されて生まれ変わりなさい。そして素材に」
『殺生な!どうか、どうか切に願います。食費は掛かりません。糞もしません。偶に水浴びが出来れば臭くもないですから!!』

「声も図体も大き過ぎるって言ってるでしょ!余計なお喋りをするのも嫌。大きな狼はフェンリル様だけ居ればいいの。赤茶色で汚く見えるし」
『それは初耳で御座います。黙れと言うなら黙ります。毛並みの色も朱になら。大きさも自在で』

「移動の馬車代わりに背に乗る時以外は巨大化禁止」
『承知しました』

「でも私は犬より猫が好き」

『……』絶望の眼差しを浮べるグエイン。
気持ちは解る。周囲の人間も同情した。

『種族越え…は神獣様だけに許された業。しかしやってみます!死に物狂いでやればきっと』
「その前に頭が悪そうな配下を消し去り。金輪際蛙と一緒に縄張から出ないと誓わせなさい!」

無茶苦茶である。そんな横暴が通る筈が。
『今直ぐ!誓わせ帰らせます。ゴッズと呼ばれる存在も私が居れば二度と湧きませんから!』
通った!!人類史上。違う、この世界で初めての光景に立ち会っている。その確信があった。

「それは朗報ね。因みに貴方の性別は?繁殖されても困るし。2匹以上は飼えないし要らないわ」
『ゴッズに性別は有りません。寿命も主様と共に』

「便利ね。興味が湧いて来たわ。序列は一番下。私たち夫婦とクワンティの下よ。それから許可無く他の人に危害を加えない事」
「クワッ!!」
『契約時に主様の血を一滴頂ければ、全てが思うがままに成ります』

初耳である。魔物と。ゴッズと契約が結べるなんて。

「仕方ないわね。全部叶ったら一滴あげる。さあやってみなさい!1つでも違ったら、天国に送り届けるわ」

多くの人間と捕虜たちが見守る中。
グエインの願いは成就し、今日シュトルフ家に新たなペットが加わった。

光沢有る朱色の毛並み。体躯は小型の猫の様相。
世にも奇妙な新型の猫。その名も。
「今日から貴方はグーニャよ」
『グーニャ。良い名です』

「違うでしょ。ニャオ、ニャン、ファン、フン、アン等々。猫語を学びなさい」
『にゃ、ニャン…。時を下さい』

「まあいいわ。ゆっくり練習しましょう」
グーニャを片腕で抱え。
「温かい。冬場は重宝しそう。でも若干獣臭い。帰ったらお風呂に入れてあげる」
『お…。水風呂では?』

「火耐性持ってるくせに我が儘言わない。それも訓練よ」
『はい…。ニャオ』

それからフィーネはグーニャを抱えながら、先刻までの同胞たちの亡骸を素材に替えて皆で山分けをした。

トードゴッズからは食用肉と2つの頬袋と、毒袋が採取出来た。
「図体の割りに少ないのね。蛙肉は鶏肉に近いって聞いた事があるわ。良かったねクワンティ」
「クワァ」
『ちょっとだけ食べたい…ニャ』

「お黙りなさい。さっきは要らないて言ってたでしょ?」
『この扱いの差が序列。…蛙肉を食せば跳躍力が上がりそうな気がします、ニャ』
「それなら少しだけあげる。…グエインからは火の魔石と毛皮と牙だけかぁ。タツリケさん。ハイランクでないとこんな物ですか?」

「い、いや。ゴッズの配下なら良品だ。防寒着を作るのに重用される事が多い」
「成程。それなりの品質なんですね」

竜人化を解いたフィーネがクワンティを飛ばし。
「クワンティ。オークゴッズを出して」
「クワッ」

2つのゴッズが暴れ回り、更地になった場所にこれまた巨大なオークゴッズの遺体が出現した。

直後に解体され出た素材は。
猪肉各種ブロック、毛皮、耳、尻尾、地の魔石が出た。
「お味噌でぼたん鍋も良いわね。他の使い道が見えないから後でスタンと相談しよっと。ありがとクワンティ」
「クワッ!」

さてとと言ってフィーネは振り返り。
「事情聴取は私の仕事じゃないけど。ゴッズを呼び出せた危険な道具を持ってるのよね?今直ぐ正直に白状するなら火炙りの刑は免除してあげるわ」
腕の中のグーニャを持ち上げて見せ付けた。

グーニャも悪乗りで軽く火を吹いて野盗の髪をチリチリヘアに変えた。

脅しが利いたのか出るわ出るわ。

どうやら都外の集団は出所の怪しい組織の幹部に法外な報酬で雇われただけの傭兵部隊。

タイラント含め近隣諸国から満遍なく集めた、傭兵や元冒険者や根っからの盗賊たちの寄せ集め。手が込んでる。

尻尾を掴ませる気が更々無いのが窺える。

手順は簡単。弓や投擲武具で根絶やしにして王都方面に逃げる。道具は確率が上がるだけと聞いていた。何が出ても王都西外壁付近で他と合流し、転移道具を持った仲介者に転移で逃がして貰う手筈だったと。

「バッカじゃない。そんなの全部嘘に決まってるじゃん。
貴方たちは捨て駒にされただけ。騙し易くする道具も使ってたのかも知れないけど。それにしても疎か。
お金が欲しいなら真っ当に働きなさい!」

「済みません…」

名前:深淵の金輪Lot.2/7(古代兵器)
性能:所有者の集団が地上で魔物を討伐すると
   神話級の魔物の発生が確約される
特徴:長らく討伐されていない等の条件を満たす必要有

7つも有るの?面倒くさ。
こっちの2つとクワンティが拾って来てくれたので3つ。
後4つも残ってる…。

見た目普通の金の指輪。だからこそ騙され易いのか。

これも後でスタンと要相談ね。

「面倒だから全員連れてメドベド隊と合流します。
その後捕虜は軍部に引き渡し。厳しい取り調べが有ると思いますがめげずに正直に誠心誠意罪を償う事。
良いわね!」
「はい!」返事は元気だ。

「再犯は許しません。その時は、私やこの子たちが相手になるから。胸に刻みなさい!」
「はいぃ!!」

メドベド方面で討伐されたオークの処理や壊れた檻の再構築などの事後処理に付き合い。フィーネたちがロロシュ邸に戻れたのは深夜に及んだ。




---------------

マッサラ北部の邪神教の集団は壊滅。遺体の処理に困って不本意ながらその場で火葬。後に戒めとして記念碑を建てるとライザーが口約して終結した。

幹部連中と見られる集団と生き残りをテント外の露天で集め敵陣のテント群を漁ったが特に何も出なかった。

ライザーはスヤスヤ眠るニーダの傍を離れない。とは言え放置も出来ず。
「婚約前の御令嬢の寝顔を凝視するのは失礼ですよ」
「それは…解っているのだが。ニーダは起きるだろうか。
このまま目を覚まさないとか」

「俺の鑑定と浄化道具を信じて。今夜は一旦俺たちの自宅で預かります。フィーネの方もロロシュ邸やカメノス邸方面も無事に乗り切ったらしいんで」
「頼む」

「こちらも含めて捕虜が結構な数に成ります。全ての事後処理を終えるのに数日掛かるでしょう。首領の身柄引き渡しの前に」
「今から取り調べるか」
「殿下の権限なら問題無いんで。是非」
「やろう。アーネセル、ここは任せる。女性兵で周囲を固めてくれ」
「直ちに」

少し離れたテントを空けて金椅子を設置し、5対満足な敵首領を座らせた。

座らされた椅子が何なのか理解していない内に全部吐かせよう。

初手は俺から。
「指揮者が別に居るのは解ってる。疑問なんだがお前らはどうやって遣り取りしてるんだ。結構な広範囲で」

男の顔が青くなった。
「割れた…皿の念話器を使ってます…」
必至で口を閉じようとしていたが無駄な足掻き。

これはヤバい。全域の動きが筒抜けだ。

慌てて身体検査をし、割れた陶磁器の破片を見付けた。
「これか?」
「そうです…」

無抵抗布で厳重に破片を包んでライザーをテントの外へ連れ出した。

「非常に拙いです。こっちの行動が筒抜けになってる」
「それは解る。しかしどうする」

「分散した位置情報を得てから締結鎖を使って奪い取ります。殿下は念の為口を閉じてて下さい」
「了解した」

テント内に戻り首領に目隠しと轡を嵌めて。

布を解いて反響棒を使った。

近場にパージェント王城内に1つ。誰だよ。
ラザーリア王城の真ん中に1つ。あの外道か。
凄まじい執念だ。頭部の何処かに埋め込んでいたなら仲間を呼び寄せられたのも納得が行く。

今これを掴めばあいつと話が出来るのか。要らね。

ロルーゼ王都内に1つ。位置的に城ではなさそう。

ペカトーレ東部砦の位置に1つ。あの砦長で確定。
ペカトーレ首都キッタントゥーレ方面に1つ。大統領本人の可能性大。何時か潰しに行くか…。

南東大陸には無し。西大陸の南部に1つ。
東大陸北西部に1つ。

他は海上を示した。沈んだか船で移動中か。

東西どっちかに邪神教の本体が居ると見た。にしても既に西大陸にまで人間が進出していたとは。魔王様の逆鱗に触れて潰れてくれないかなぁ。
「そこまで上手く行くとは…」行かないよねぇ。

世界地図に印を付けてライザーに親指を立てて見せた。
頷き返す素直な殿下。

締結を1回消費。残りは3回。無駄打ちしてる場合じゃなかった。ちゃんと使い道あったんだ。

皿を奪われる可能性があったから鎖を持ってるかの確認が必要だったのだろう。

今頃取り乱しているだろうな。ちょっとだけ見てみたい。

破片のまま別の布に包んで空き箱に詰め収納完了。

これで一安心。大半聞くまでもなかったが。
その他の答え合わせと参りましょう。

フィーネが傍に居ない内に処理したい案件だから。

「鑑定してもいいが。お前は誰だ」
「私はクインケ・シャシャ。ロルーゼ南部の下流貴族で闇商人の幹部です」
まさかの御本人登場。こっちの手間が省けたが。頭が出て来なきゃいけないタイミングだったの?馬鹿なの?

「転移の道具持ちは今頃何処だ」
「人質が奪い返された時点で王都内へ移動して。敢えなく捕まり投獄中だったかと」
良かった。

「邪神教の本体は東か西のどっちだ」
「…西、です。東は足りない道具を集める班で」成程。

「ペカトーレはどう関わってるんだ」
「あの国に。生贄を捧げる祭壇が設置されています」

「設置、と言うのは移設も出来るんだな」
「はい…」逃げられたら終わりか。場所は変えるだろうから追っても無駄。

「樹液の他の道具類と生贄を捧げられる時期を教えろ」
「時期は道具が集まれば何時でも。足りなかったのは凍土の石英、緋色の結晶石、吸血姫の生血、黒竜の鱗です」
緋色の結晶石だけは初耳だな。所在も含めて。

「樹液も含めて。必要品の所在と入手方法は」
「樹液に付いては。南東大陸の何処かの迷宮にあるとだけ聞いてます」
これは読み通り。
「凍土の石英は北大陸の極点付近に埋まっています。何とか大狼の目を躱して潜り込めれば」
鎧の材料がそんな場所に。だとするとフェンリル様はそれの守護者ぽいな。

クインケの頭を軽く叩いた。
「ちゃんと様を付けろ。失礼だ」
「済みません。何時もの癖で。緋色の結晶石に関しては担当外で知りません。東大陸の捜索隊が知っている筈です」
全部は知らないか。

「吸血姫様と黒竜様とは直接戦える戦力は無い為。正しい貢ぎ物で何とか交換出来ないものかと情報収集中だと聞いています」
黒竜様の方は知っているが吸血姫様の方は微妙だ。先を越される前に1度会わないといけないかも知れない。

結局会う事になるのか…。

「大体解った。この大陸内に教団員の仲間は居るのか」
「ロルーゼ内は今回全員連れて来てしまった為にもう居りません。後はクワンジアに連絡要員が少しだけ」
また出やがったなクワンジア。流れ的に無関係とは思ってなかったが。

「それはピエール王か」
「いいえ。元老院の下院議員セザルド・メリアハリの一派です」
下院議員。そこまで上には食い込んでなかった。動き易さ優先か。ピエールも調子に乗り易い人物像で油断は出来ない。

「では最後に。お前らが崇拝する邪神の名を答えろ」
「…口に出せば。私は即死し。貴方が邪神様に覗かれてしまいますが、宜しいのですか?」
そう言う事だったのか。だから口止めを。
感謝感謝。生意気言って済みませんでした水竜様。
「成程…それで。頷かれて居られますので出さなければ問題無いのでしょう」
ギリギリセーフ…。


テントを出てライザーと打ち合わせ。
邪神の名は謎のまま。ミネストローネで押し通す。代わりにクワンジアからの来国者と渡航者に最大限の注意を払う事で合意。

「連絡は受けていたが…。邪神なる存在が本当に居るのだな」
「知っていたのはふざけた名前の神だったんで何かあるとは思ってましたが。いやいや恐ろしい。怖すぎて知りたくない。知らなくても組織を壊滅してしまえば良いだけです」

「それは心強いやらだが。スターレン殿がクワンジアと関わるのは来年だったか」
「中頃に呼ばれる予定です。動きが無ければその時に調べます。それまではこちらから手は出さない様に」

「解っているさ。しかしこれで漸く、ニーダを安心して寝かせてやれる。今はそれでいい。後はロルーゼ内でクインケと関連していた者への処遇だが」
「それも今は静観で良いでしょう。クインケの敗北を知って脅されていたのなら味方に成るかも知れませんし。
案外、東に居る残党を水際で食い止めてくれたりするかもと期待します。再び敵に回るならその時に考えればと」

「深いな。やはり私は外交には向いていない。
父上と兄上。スターレン殿に任せよう」
「国内の平安を守り抜くのも簡単では有りません。今暫く脳天気で直ぐに熱くなる王子様を演じていれば。国民は逆に安心するのかも知れませんね。保証は無理ですが」

ライザーは大声で笑った。
「無責任な事を言うな。演じる身にも成れ。道化王子か。
兄とは反対の役柄も、今に始まった事ではない。そう考えれば存外悪い物ではないのかもな」
「さてどうでしょう。マッハリアで弟に全部押し付けて来た身ではその正解は解りません。ではそろそろ、ニーダが起きる前に運びたいんで」

「おぉそうだった。宜しく頼む。それとさっきの椅子だが暫く借りられないだろうか」
「あんまり深く聞いちゃ駄目ですよ。明日報告を兼ねて城内に設置しておきます。こちらで必要になった時は引き取りに」

「助かる」


全身鎧を解いてニーダをお姫様抱っこで自宅リビングに戻ると。戦いを終えた面々も居た。

真っ先にフィーネと目が合い。俺の腕の中のニーダを見て彼女の腕に抱かれていた真っ赤な物体が床に落ちた。

「何でお姫様抱っこで帰って来るの!」と激怒された。
「何でって言われても。気絶中で力抜けてるから仕方なくだよ」

「私最近されてない!」
そんな怒らんでも。
「解ったって」
大至急ソファーに寝かせて。
「さあおいで」
代わりにフィーネをお姫様抱っこ。

満足そうなフィーネを見ながら。
「それより何、あの真っ赤な…猫?」
「グエインゴッズを鞭で調教したらああなったの」
意味不明であります。
「は!?またまたご冗談を」
ギークとタツリケさんが首を振って肯定していた。
どうやら本当らしい。

「狼ゴッズが?自己転生で?猫に?駄目だ流石に付いて行けないよ。もう寝ようかな…」
「それだけじゃないの。巨大化も出来るし、背中にも乗れるし、火竜みたいに火も吹けるし。基本ステータスもゴッズの時のまま。人語で会話も可能。今は猫語を覚えさせてる最中。我が家の新たなペット2号のグーニャよ」
見なくても解る。主人はフィーネだ。

「情報量多いって。んじゃまあ…宜しくなグーニャ。フィーネの旦那のスターレンだ」
『宜しくニャ。主人の旦那様』ややこしや。


無事な様子のソプランたちもお手上げ状態。

内情を詳しく話せない人員も多数居るので。ギークとタツリケさんに東大陸の地図を見せ。
「北西のここで張ってる連中。何かご存じ無いですか?」

ギークは渋い表情。一方でタツリケさんは。
「ここか…。今回の件と繋がりが有るとすれば、心当りは有る。しかしこの話はデニスを交えた方が早いな」
「ああ。どっちかと言うとデニスの馴染みが含まれる。それ以上は俺たちの口からは何とも言えん」
「解りました。明日には都内の外出規制も解除されますから。午後にでもお店に行きましょう」

ギークが更に。
「少し込み入った話に成りそうだ。アローマさん。話の最中はパメラと一緒に外に出てくれるか。序でに自分の冒険者登録をして来て欲しい。これからも二人に付いて回るなら尚更だ」
度々出て来るな冒険者ギルドへの登録の話が。登録したかしないかで話せる内容が変わるようだ。

「畏まりました。その様に」
「嫌なら無理にしなくてもいいんだぜ」
「いいえ。自分自身でも、そろそろ登録せねばと考えていた所です。問題有りません」

その話を終えた頃にニーダが意識を取り戻した。
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