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第113話 交易都市サンタギーナ
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船旅は順風満帆。
波は終始穏やか。
船の重心も船底に積荷があり安定感抜群。
安定してはいたが、長期間の船旅に慣れていないソプランとアローマが夫婦仲良くゲロッた。
俺たちは何故か平気。
着港するシャインジーネまで約2週間の工程の内、半分の1週間は毎日貴重な解毒剤を飲み。2人はずっと客室で横になっていた。勿体ない。
フィーネは日焼け止めを入念に塗り、長竿でカジキマグロにアタックし続け。
俺は反対側の縁にロープを掛けてターザンしてみたり、メインマストに無断で登り船長に怒叱られたり。
クワンはそのマストの頂上で景色を楽しんだり、偶に漁をしてみたり。
結構充実していた。
あてくしも反対側で竿を振ってみたが見事な坊主。
今日も大物を釣上げたフィーネたんが巨大カジキを肩に担いで俺の所に来た。
もう見慣れたもので船員たちも何も言わなくなった。
「これどうしよう。船の人ももう要らないって言うし。血抜きして北の献上品に加える?」
「うーん。持って行くなら血抜きせずにそのままで。どっちが好みか解らないから向こうで処理するよ。
鮪と言えば鮪の一種だけどどうかなぁ…」
どうして航行中の船の上から垂らす糸に掛かるんだ…。
水の巫女にその身を捧げたのだろうか。
相談の結果。本鮪とは別に一応持って行く事にした。
要らんわ言われたら引き取ればいいし。処理し直せばツナとして美味しく頂けるしな。
途中で2カ所。停泊・宿泊設備を備えた有人島にそれぞれ1泊した。
タイラントとサンタギーナの共同管理でボーダレス。
お酒も食料も豊富で長い船旅で疲弊した身体も癒された。
特にソプランとアローマが。
「おー大地だ!俺は海の男に向いてねえ」
「ソプランに同意します…」
「東の海域はこことは比べ物にならない位荒れてるよ。慣れてくれないと困るんだけど」
「メンバー交代を要求する。何ならあっちに着いてから飛ばしに来てくれ」
「私もそれで…」頑張り屋のアローマでさえこれだ。
「えぇ~。仕方ないなぁ」
「クワァ~」
「クワンティにも情けないって言われてるよー。さあ気分が落着いたらディナーよディナー」
「食欲が…」
「でも食べないと明日がもっと辛くなるますし…」
辛くもお楽しみのディナーメニューはココナッツシーフードカレーと硬パン。
「ココナッツってサンタギーナにあったんだ」
「こっそり買いに行けばカレーのバリエーションも増える」
「随分と甘口なんだな」
「弱った胃にはこの円やかなお味が丁度良いですね」
「クワッ」
2人の体調も割と戻った様子。
お夜食に蛇肉焼きを2人に渡し。それぞれの水上コテージへと別れた。
一頻り眼下に広がる漆黒の海を眺め。
ベッドに入ってウトウト眠りに落ち掛けた頃。
数人が桟橋を荒く走って来る足音が聞こえる。
「…こっち来てる?」
「来てますねぇ」
夜襲にしては様子が可笑しい。
コテージから外に出ると隣からソプランたちも出て来た。
「スターレン様ーーー」
同じ船の船長さんと副官2名が夜を静寂を破る大声で。
「どうしたの?宴会のお誘いなら明日に」
「ち、違います!夜分遅くに申し訳ありません。
今し方島管理の警備兵から。南東の海域から猛スピードでこちらに真っ直ぐ向かい走る船団が見えると!」
「え!?ここら辺って海賊居るの?」
「極めて稀ですが。食料品を奪いに来る輩は居ます。ですが通常はそれも精々が二隻か三隻。しかし今回は大型船が十を超えていると。スターレン様。夜間ですが出港しますのでご準備を」
「逃げるの?」
「ええ。この島の警備の船は中型がたった二隻。その数ではとても対処出来ません。あぁ…肉眼でももう見えます」
船長さんが東の海を指差した。
海の男は目が良いなぁ。俺には小さな点にしか見えない。
確かに段々と大きくなってるような。
「逃げなくていいですって管理の人に伝えて下さい。俺が遠方から排除します。フィーネさん双眼鏡貸して」
「はいはーい」
「え…まさか、ここから?」
「そのまさか、です!」
双眼鏡を覗きながらロープを最大級に延長。左腕だけにに霊廟を装備して、合計11隻の汚そうな大型船を纏めて掬い上げ、その上空3km付近で晒し者にした。
ロープの固定化も完了っと。
「「「……」」」
「えげつねえな」ソプランが囁くように呟いた。
「㪨マークの海賊旗みたいなのもちゃんと掲げてるし。事情は明日の朝に聞きに行きます。身投げしてなければ」
返した双眼鏡を覗き。
「周辺200km内には何も無い。よし!寝ましょう」
海の男たちの常識を覆す出来事。
不自然に上空に浮かぶ海賊船を見上げながら…言葉を失うしか無かった。
島の住人、管理者、警備兵、船の乗組員、只便乗していただけの商人たち。成り行きを知る者全てが胸に深く刻み込んだ。
あの方々に、逆らってはいけないのだと。
---------------
お約束展開なんざ要らねえぜ。
意気込み新たに上空まで上がった。
拡声ブローチを駆使して。
「タイラント外交官のスターレンだ。
この声は島にも届けられている。就寝間近の夜勤者に申し訳ないから手短に選択肢を与える。
1.この俺に戦いを挑んで華々しく地獄行き
下に落として漏れなく海の藻屑に替えてやる。
2.サンタギーナ政府に引き渡し
1週間はこのまま運ぶ。飢えて干涸らびても俺は知らん。
3.何か有用な魔道具や金品と島の食料を物物交換
拠点に帰り、心を入替え、畑を耕し、真っ当に生きると誓え。
さあ選べ。この小汚い海賊船団の代表者は船首に出て大きな声で宣言せよ」
1人の汚らし…くはなかった男が顔を出した。
「さ、三番で!お願いします!!どうか命だけは」
「命乞いは不要だ。貴様らはこれまでに近海の住民の生活を脅かし。時にはその命まで奪った海賊。船団がこの海域から離れるまで見守ってやろう。
嘘吐き共を信用などしない。誰か一人でも不審な動きを見せたなら。タイラント、サンタギーナ両政府の判断を仰ぐ前にこの俺の権限で総員、女子供分け隔てなく死刑に処する。
俺はその方が楽だ。お前の生首とそこの海賊旗を手土産に持っていけば良いだけだからな。
皆で無事に家に帰りたければ賢明な判断をする事だ」
「は、はい!!!」
代表者が居た船だけを海上に降ろし、首領以下数名を岸に上げ、積荷と食料の交換を終えるのに昼過ぎまで掛かった。
反乱が起きるのかと期待したが何も起きず。海賊たちは素直に従ってくれた。意外にも統制が取れている。
首領を名乗る男が俺の前で膝を着いた。
…ホントに海賊か?
「スターレン様。サンディックス海賊団、
首領のサドハド・テリンケスと申します。
この度の恩赦。生涯忘れず」
「勘違いするな。許された訳ではない。近海の警戒は引き上げられ、サンタギーナから討伐隊か査察団が差し向けられるだろう。
戦うも善し。貴様の首を差し出して許しを請うも善し。お前たちの行動次第だ。
交換された荷の中には塩害に強い品種の芋や人参の苗も含まれている。畑を作り、果樹と家畜を育て、海で漁をすれば飢えは必ず凌げる。
道程は長く険しい。知恵が足りないなら近隣諸島の人民たちに頭を下げろ。武力で何でも奪えるとは思うな。
統治が出来たなら。サンタギーナ政府に自治区の申請をして交易を開き、生活を安定させろ。
二度と選択を間違えるな。解ったな」
「…はい!」首領と後ろの海賊たちが泣いていた。
汚いから寄って来るのだけは勘弁して。
「所でこの島が昨日手薄になるって情報は、何処の誰が流したんだ?」
サドハド君は元気に答えた。
「ロメーランと言うシャインジーネから東の町。そこを統べるローメイン・ガッツリンケと言う名の貴族です」
貴族が海域情報を垂れ流し…。
「貴様らとその貴族との繋がりを示す証拠の品はあるか」
まだまだ元気なサド君は、数通の書簡を差し出して来た。
この人、口も手も軽い!若干不安を感じる。
中身を検めると確かに主要な交易ルートやパターンが詳細に書かれていた。
そして最後に。
「スターレン様御一行がここを通過する事も含め。捕えられたら、法外な報酬まで与えてやるとも」
にゃんですと?
「…面白い。そのローメイン?が保有する戦力は」
「白兵が千人規模。大型の軍船を二十隻程、保有していました」
「どうしてそこまでの情報を知っている」
遂にサドっちは躊躇いを忘れて。
「この俺が。ローメインが愛人に無理矢理産ませた、落とし子だからです」
胸中複雑…ではなさそう。寧ろ伝えられて喜んでいる節が在り在りと見て取れる。
「邪魔するなら討伐しても良い。と言っているようにも聞こえるが」
「お手数でなければ。如何様にでも」
お手数だよ!
「俺たちはもうあの汚い旗を降ろします。もしも南方から来る似た様な旗を掲げた船団が見えたら」
「進路上を塞いで来たら仕方ない、か。本当にそれでいいんだな?」
「ローメインは王族とも繋がりを持つ上流階級。俺たちはあいつに弾き出され、捨て駒にされた身です。恨みはあっても情など一欠片も湧きません。我が母も当の昔に殺されまして」
フィーネをチラりと垣間見たが。彼女は溜息を一つ吐き小さく頷いた。
「お前たちは拠点へ帰って防備を固め、本国との連絡網を断ち切れ。他に仲間が居るならそいつらともな」
「仰せのままに」
振り返って島の管理長と警備兵長に依頼。
「今の話を本国に伝えるのを数日遅らせて下さい。サンディックス海賊団はこのスターレンが全滅させたとだけお伝え願えますか」
「…虚偽の報告をしろと?」
「いいえ。誤報を先に送り、俺たちがシャインジーネ入りする手前を狙って訂正文を送り直して欲しいです。
こいつらが掌返して海賊に戻るかも知れませんし。暫く様子を見守る体で」
「了解しました!」
「タイラントへはどの道時間が掛かるんで。報告内容はお任せします。ヘルメン陛下と直ぐに連絡が取れる道具も持ってますんで拗れる心配は有りません」
「おぉ、それは助かります」
サドハド君は大きく首を振る。
「これ程の力を見せ付けられて。スターレン様に刃向かう者など居ませんよ」
同港船の船長の肩を軽く叩いて。
「俺たちも準備して普通に出発しましょう。航路上の安全は俺たちが保証します」
「心強いお言葉です!直ちに準備を」
ソプランが気怠そうに。
「海ってのは何かと面倒臭えなぁ」
「ローメインの狙いがさっぱり解らんけど。俺たちの目の前にしゃしゃり出てくれれば楽勝さ」
フィーネが加えて。
「くれればね」
---------------
もう1つの停泊島に着くまでに1回天候が崩れ、多少海は荒れたが航行に支障無く順調に進んだ。
ソプランたちも船酔いに慣れ、日中は起きて居られるようになった。
雨の日は食堂でトランプやチェスやボードゲームなどで遣り過ごし、敵襲も特に無いまま。
それは停泊島でも同様。敵らしい者からの接触は皆無。
トランプのカードを切るソプランが。
「静か過ぎるな」
「陸地の襲撃に失敗したから今度は海上で、とかじゃないかな」
「先の島に来たサドハドに踊らされている、と言う線は考えられませんか?」
「嘘を言っている雰囲気は感じなかったよ」
「アローマの線も無くは無い。相当恨んでて復讐したかったけど。
丁度良く俺が現われたから利用しちゃえみたいな」
「う~ん。何れにしろ何事も無く到着しちゃったら。ローメインの調査もしないといけないのかぁ」
「単なる観光じゃ終わりそうにねえな」
「はぁ…。お二人の巻き込まれ体質も相当な物ですね」
「クワッ」
普通に歩いてるだけでも敵が襲って来るんだもん。もう知らんぜよ。
シャインジーネまで後4日。
待っていました敵襲は。船旅も残り2日となった時。
白昼堂々と南の海上から現われた。
双眼鏡を構えたフィーネが肩を落とす。
「スタン…。来ちゃったよ。20隻」
「あらまぁ」
肉眼ではまだ見えず。双眼鏡を借りて確認。
海賊旗を掲げているのは中央の1隻。他の船の大きさは先日の海賊と同型。しかし中央だけ装備品が異質。
「真ん中だけ軍船を改造してるな。他は囮で防御壁に使ってる。フィーネ今度は中央船だけ。中に人質が居ないか全開で透視してくれ」
「見たくもない物まで見えちゃうけど。仕方ない!」
キモいキモいを大声で連呼した後。
「居ない!スタン、今夜は一杯慰めて。私吐きそう」
「よし。たっぷりと愛情込めて慰める!じゃない。
クワン。真っ直ぐ南の海上に輪になって航行して来る船団が居る。中央の海賊旗を掲げた厳つい船を粉々にぶっ壊してくれ。特に気持ちの悪い魔道具っぽい物があればそいつを重点的に!」
「クワッ!!」
赤マントを靡かせて。南の大空へと羽ばたいたクワンを見送り、船内配管で管制室へ連絡した。
「船長さん。スターレンです。南海上に海賊船団20。
距離にして約180km。まんま進路上だが気にせず突き進んで欲しい。対処は俺が責任を持つ」
「了解です!スターレン様に命預けます!」
と熱いトークを交わしたが。
30分後にはクワンの破壊工作が実り、決着が着いた。
「中央船の破壊完了しました。他に見捨てられて助けてくれと泣き叫ぶツルッ禿げの人間が居るのですが、どうしましょうか」
俺…将来禿げたら馬鹿にされるのかな…。
「後で通った時に拾うから放置して帰って来て」
と返信した。
「他の船もその他の船員拾って帰って行くみたい」
一安心と言った表情。
海上に漂う残骸。それにしがみ付き叫ぶ禿げが1人。
他に生存者は見当たらない。
ロープで拾い上げ、縄と猿轡で拘束した。
空き部屋に放り込み、轡を外して尋問開始。
厚手のグローブを着けたソプランが殴り付ける。
「お前は何者だ」
「わ、私は捕虜だ」
なんて喚いているが回収した時に触れてバッチリ名前は知ってます。
フィーネの双眼鏡でも確認済み。
何と。彼こそがローメイン・ガッツリンケその人。
大将がノコノコと出て来ちゃ駄目でしょ。
その他の情報は出てないから何の繋がりかは見えてない。
「そうだな。今、お前は捕虜だ」
追加の1発。俺たちがやると死んでしまうから…。
こんな所で装備全外ししたくないし。
ソプランも猫パンチ程度に加減して。
口から血を垂れ流し。
「捕虜だったんだ!私は悪い海賊に連れて来られただけなんだ!」善い海賊が居るの?
「正直に言えよ。誰の差し金だ」
腹に2発。
「グォ…。わ、私は、被害者…だぞ。丁重に」
「この船に誰が乗ってるのか知ってんだろ?」
「し、知らん!」
「あー面倒臭えぇ。ちょっとこいつ拷問するか」
「ちょっと待って。私が催眠術キツめに掛けるわ」
「勿体ないよ。壊れたらサダハ様に突き出せない」
「私が手指でも折りましょうか?」
「クワッ!」クワンに睨まれてローメが悲鳴を上げた。
「そ、その鳥を私に近付けるな!」
「クワンティ。ばっちいけど片方の目玉刳り貫いちゃおう。2つも有るんだし。1つ位無くなってもいいよね?」
「…喋ります」
「最初からそう言えよ」
最後に1発。
ローメインが語るには。
女神教新興派の幹部を名乗る遣いの男が先月がフラリと現われ。前々から欲しかった魔道具を成功報酬で渡すから俺の入国を阻止しろと指示を受けた。だそうだ。
「私が海賊業まで斡旋している事も知られていて。海上で襲えば勝機はあると…。全然無かったではないかあの嘘吐きめ!」
幼稚だ…。そして想像以上に小者だった。
「自分で確かめろと。幾つか道具を渡されましたが…
そこの鳥に全てを微塵に砕かれ。…この有様です」
「お前の欲しかった道具って何だ」
答えを渋るローメインを追加で数発。
「止め、止めてくれ。話すから」
「さっさと吐けや!」
「…衣服が透けて見える。透視の眼鏡を…」
「「「「は?」」」」
「クワ?」
「こいつ縛ったまんま海に捨てるか」
「安心しろ。その道具は代わりに俺が貰ってやる」
フィーネとアローマに頭叩かれた。遂にアローマまで手を出すように…。
「違った。お前が救い様の無い阿呆なのは解った。
海に捨てない代わりにサダハ様の前でも証言しろ。覆したら…鳩に遠くの海まで運ばせるからな」
ペットの悪戯なら仕方ない。
「…はい。しかし、今度は私が消されてしまう」
「大丈夫だろ、お前みたいな小者。サダハ様とも随分仲良しらしいじゃん。人的被害は1人も出てないし。減刑してくれるさ」
「そちらではなく。女神教の幹部に」
そっちの心配か。
「それは自業自得だろ。あいつら俺にビビって直接は来ないから。適当にお城まで運んでやるよ。
途中で死んじゃったらごめんな」
「貴方を助ける義理は何処を探しても無いわ」
「そこまでで結構です。助かります…」
「後2日間の辛抱だ。ちゃんと食事も出してやる。この部屋で大人しくしてればな」
「はい…」
トイレ付きの上級部屋だ。これ以上の待遇はない。
縄を解き、扉に外鍵を付けて船員に監視を頼んだ。
船内に隠者が居ても知ったこっちゃない。
部下にあっさり捨てられるような人徳皆無の男だし。
俺たちの真っ当な初船旅はこうして終わりを迎えた。
---------------
ローメインを拾ってからは平穏無事にシャインジーネに到着してしまった。
敵が襲撃してきてくれればお荷物を喜んで差し出せたのになぁとちょっぴり残念な気分。
船上料理にいちゃもんを付けた糞荷物を海に投げ込んだ事が1度あった以外は特に無し。
船を降りた直後に出迎えの衛兵たちに取り囲まれ、王都サンジナンテ側まで直行で連れて行かれた…。
俺たちの自由行動が端から奪われた。
シャインジーネにはエリュダンテホテルも在ったのに(怒)
クソッタレローメイン。全部お前の所為だ。
マジで拾うんじゃなかった。
高級ホテルは最初から満室だったんだ!と諦め王宮にご案内されるがままに流された。
漂着したのは王宮内の歓待室の2部屋。
装飾や設備も一級品で埋め尽くされた大変立派な部屋ですよ。文句なんてありゃしないさ。
目がチカチカする。ウォーターベッドやジャグジー風呂。
「ここはラブホか!」
「スタン大声で文句言っちゃダメ。…行った事あるの?」
「無いよ。知識として」
「そう。まあいいわ。これからどうする?」
「この行動制限を何とか切り離さないと。何処にも行けず飛べもしない。サダハ様が物分りの良い方であるのを祈るよ」
「喧嘩する訳には行かないからねぇ」
これも女神様の導きか…。
まだ本拠地へ叩くべきではないと。
若しくはローレライを救って欲しいってか。
そいつが魔道具ばら撒いた所為でどれだけの犠牲者が出たと思ってるんですかね。
「気持ちは同じですが…。余り女神様を泣かさないであげましょう。お側に居る私の心が痛みます」
解ってますよ。怒ってはないですから。
慎重に行けって意味で受け取ります。
こうなると…。ロルーゼの邪神教もローレライ率いる新興派も西大陸の魔王様も。全て繋がってるんだろうなぁ。
「もうややこし過ぎる。ここでは流れに身を任せて。割り切って美味しい物を食べまくろう」
「うん。そうしよ。あれもこれもは出来ないよ」
気持ちを切替え臨んだ夕食会は特別王族との接点は無く自分たちだけのお食事で。だだっ広い宴室でポツンと円卓を囲んだ。
メインディッシュのロブスターの網焼きを頂きながらソプランが呟く。
「何だこの状況。罰ゲームか」
「これがサンタギーナ流のお持て成しじゃない」
「接見は明日だしねぇ」
「明日から変更される事を祈ります」
「クワァ~」
居心地悪いわぁ~。
静かなのはいいんだけど。
添え物のマリネや湯引きカルパッチョも白の貴腐ワインも大変美味しく気持ちも回復。
「貴腐ワインはタイラントで中々手に入らないから帰りに買って行こう」
「大人向けのお土産にも良いわね」
寂しくも和やかな雰囲気で初日を終えた。
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翌日早くに案内された謁見の間。
贅を尽くした煌びやかさ加減は何処かパージェントの王城に通ずる物がある。入った事ねえけどな!
「面を上げよ」サダハの声が意表を突いて高かくて思わず笑いそうになった。
極太眉毛に長い顎髭。顔付きは年相応。
年代は確かヘルメンっちと同じ位だった筈だ。
顔を上げてビックリ。何と王の左隣に4人のお妃様が並んでいた。
何方の方も多様なお顔立ち。
自分と同年代ぽい人も端に座っていた。内から外が序列だろうな。お盛んですねぇ。
「お初に御目に掛かります。サダハ様。
タイラントより参りました、特務外交官のスターレン・シュトルフと申します」
「妻で官付き次官のフィーネと申します。後ろに控えるは従者の2名。以後お見知り置きを」
クワンは後ろの2人の間でラフドッグのエリュグンテで新調したバスケットケージに収まっている。
エリュダンテで別バージョンも狙ってたんだけど。今回はお流れ。
身体も成長で半年前より一回り大きくなったのもあり何種類持っていても困らない。服みたいなもんだし。
何処かで見掛けたら忘れず購入しよう。
「良い。ローメインの件では恥ずかしい物を見せた。
海賊まで操っていたとは情けない。余の不行き届きだ。
厳罰を科したい所ではあるが、ロメーランも任せていた為に直ぐには代役が見付からぬ。処分保留で半年間の謹慎処分を言い渡した。許せ」
ゆるーーーい。
「当方に実害は御座いません故。特に進言すべき事由は有りません。只、今回御進呈しようとしていた品物が海賊との交戦中。不幸にも海の奧底へと消え入りました。
今回の無手をお許し下さい」
シュルツの靴はこいつには勿体ない。
「何卒お許しを」
ローメインに温情を掛けた時点でお前は終わりだ。
「致し方なしか。楽しみではあったがそれは許そう。
話は変わるが其方は二本目の聖剣を持つ、などと吹聴しているそうだが。それをここで出し」
「サダハ様。大変申し訳有りません。あれは私の勘違いでした。他に比べ強力ではありますが剣は然れど剣。
御目を汚す程の物では御座いません」
何が狙いだこいつ。
「…そうか。ならばその強力な武具とやらで我が国の騎士団長と手合わせをして見せよ」
どうしても見たいってか。
こいつの魂胆が見えて来た。
「お断りします。貴国のお庭で遊ばせていた海賊と遣り合い我々は疲れているのです。安息や温情こそ受けてもサダハ様の余興にまで付き合えとご無体を申し付けられても困ります」
「我らが御目障りであれば即刻貴国を退去し。今回の外交視察の主眼であるペカトーレ共和国諸島連合へと向かいますが」
慌て出すサダハん。
「待て。我が国よりも隣国に用事が有ると申すか…。
どうやら話が性急過ぎた様だ」
「サダハ様の胸の内を僅かでも出して頂かないと。こちらとしては無理難題を押し付けられたとヘルメン陛下に報告を上げねば為りません」
「外交特権もここまで来れば不要の長物。
ヘルメン陛下へ返上し。並の商人一座として諸国を自由に回らせて頂きます」
「待てと言うに」
「貴国の騎士団長と戦わせ。怪我を負った、などと難癖を付け。南方に出現したカラードキャメオ?でしたかの迷宮に我らを向かわせようとの思惑が透けて見えます」
「稚拙で矮小で愚劣な策ですね。四方や迷宮踏破の財宝まで掠め取ろうとお考えでは?」
「…そ」
「何故でしょうねぇ。クワンジアのピエール然り。新政エストラージのアストラ様然り。どうして少々強い武具を持っているからと直ぐに我らを利用しようと為されるのか。
非常に理解に苦しみます」
「自らを安全な場所に置き。策も労せず、血すら流さず、
協力を仰ぎもせず利用だけ為される。それも友好国の一役人に対して。
国の王とはいったい何なのでしょうか」
「……」目が飛び出さんばかりに開き切っている。
もう一押しってとこか。
「私も妻も勇者などではありません。世界を救うと大それた理念を掲げた覚えも御座いません」
「不敬罪で罰せられても構いませんが。私共の後ろにはロロシュ、カメノスの両財団が付いて居ります。我らがここで有らぬ被害を被った、と一言伝えるだけで貴国との全面取引を停止する事も可能です」
「ご心配には及びません。貴国は自活するのに充分な国力を備えられて居られる。我々はペカトーレとの新たな航路を開くだけで済みます」
「賢明な御判断をお待ちしています。近日中にご返答頂けないのであれば。ペカトーレ共和国の視察が終わってから再度お伺いするのでも構いません」
外周を囲む衛兵や騎士団員や上級役人、王妃様たちが盛大にザワ付いていた。
心を砕かれたサダハんが苦し紛れに叫ぶ。
「静まれい!…済まなかった。午後からの特別会議に同席して欲しい。そこで事情を話す」
「全てを、お聞き出来るのですね?」
「ああ…。全てだ」
「居ない間に捕えられても困ります故、従者も同席でならその席に着きます。お聞きするだけで、まだ協力をすると言った訳ではありませんよ?」
「解っておる!それで、良い」逆ギレかよ。
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昨夕と朝食と同じくポツンとお食事会。とても招かれているとは思えない。
「こんな失礼な扱いでよくも招待だなんて言うよなぁ」
「面倒な話になって来たしな。どうすんだ?俺たちも行った方がいいのか」
「あちらの出方次第かな。もし入る事になったら地上と迷宮の班分けしてもいいし。一時的にソプランたちをロルーゼ遠征隊に合流して貰ってもいいかなって考えてる」
「私たちではまた足手纏いだと」
「違うよ。ロルーゼの件も裏で新興派が絡んでるならこちらとも無関係では無くなる。アローマのスマホで連絡を取り合わなきゃいけなくなる状況も有り得ると思っただけ」
「ペリーニャ。ニーダ。ロルーゼの裏組織。南東の新興派の動向とこの南西への進出。私たちを封じようとする動きも含めて。全部繋がっているとスタンは考えているのね」
「その通り」
ソプランが舌平目のソテーを口に放り込みながら溜息を吐いた。
「ロルーゼはゴンザに任せとけって。新興派が裏に居るんなら動き出す前に本拠地潰しゃ済むだろ」
「俺もそう考えてた。今言ったのは長期化して最悪な展開になった時の話さ」
「最悪ってどんな」
「例えば。俺たちが迷宮に潜ってる間にペリーニャかニーダが敵に攫われる、とか」
「かぁー。そりゃマジでクソ展開だな」
「でしょ」
「だとしてどうやってロルーゼまで飛ぶのですか?」
「王都ベルエイガ。南部のノルム。更に南のサザビラ。その3つなら問題無く飛べたから大丈夫」
「いつの間に…」
「ごめんごめん。フィーネがグッスリお休み中にこっそりと実験してみた。前世のスタプ時代の記憶を頼りに」
ご立腹のフィーネさんに肩を強めに叩かれた。
「勝手な事ばっかりして」
「ごめんって。前の生家が在った村がどうなってるのかなぁって気になってさぁ。許しておくれよぉ」
「あの御伽話は本当の事だったのか」
「何のお話ですか?」アローマには話してないもんな。
「アローマは夜にでも俺から話す。聞いた範囲でな」
「はい…」
「宜しく。いやぁ生まれた時は寂れたサザビラの分村だったんだけど。見に行ってみたら、大彫刻家スタプの家って観光地化されててびっくりだったよ」
「私がびっくりよ。…今度私も連れて行きなさいよ。じゃないと許さない」
「了解っす」
上手く切り抜けられたぜ。フィーネにどうやって説明しようか悩んでた点だった。
「その時は他に何も見なかったのか?」
「深夜だったし特に何も。人に会うのも控えてた」
「そりゃそうか。で、この盗聴器の犯人はどうすんだ」
円卓中央に置いた沈黙の箱。中身は当然円卓の裏に仕込まれてた盗聴器が入ってる。
どうやらこの世界に盗聴器ブームが来てしまったらしい。
色目も茶羽根G色してるから1匹居たら百匹居ると思えってあの理論だな。
「犯人は給仕係の兄ちゃんで間違いないから。会議の内容次第だね。俺たちは極力発言しない。話を聞き流すだけに徹する。途中でフェイク入れられたら入れてみる」
「泳がさないと進展しないもんねぇ」
念の為部屋でも探そうとソプランたちにも無抵抗布の切れ端を渡した。
盗聴器を元に戻して寂しい昼食会は終了。
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午後の特別会議はサダハの謝罪から始まった。
「午前は大変失礼した。殆ど言い当てられてしまって驚きを隠せない。成程あの策士ヘルメンとロロシュ卿が惚れ込むだけはあると感心したものだ」
「お褒めに預かり光栄です」
「フィーネ嬢の即応性も素晴らしい。稚拙、愚劣と罵られて久々に胸に穴を空けられた気分だった。だが誤解しないで貰いたい。我々も多大な血は既に流した。
ある日唐突に出現した未開の迷宮カラードキャメオ。命名したのは発見者のモメットと言う名の商人だ」
モメットさん来ちゃった…。
「彼にはこの国の案内役と他との折衝を受け持って貰っている。
迷宮の場所はここより南西の僻地。元々は野盗が徘徊して野営地化されていた様な場所だった。
一応は我が国の領土内に在る。と言うのにも関わらず西の大国ペカトーレまで出張って来おってな。
何方が先に踏破するかで争い、更には冒険者ギルドの連隊まで加わり一時期は混乱状態に陥った。
その仲裁を取り仕切ったのも発見者のモメット。今では彼の指示も下で一週置きの交代制で周回を繰り返している。
我が国の担当は来週だ。国を代表する兵を既に五百人近く送り込んでいるが。帰還したのは約六割。
生還者は総じて精神を病み。支離滅裂な言動で内部の情報が全く得られていない状況が続いている。
それは他の部隊も同様だ。専門家である筈の冒険者も含めてな」
「その様な危険度の高い迷宮に私たちを放り込もうとされたのですか」
「勿論調査団は編成し直す。そこに加わって貰えないかと話を持って行こうと考えていたが、先程は豪快に先手を打たれてしまった」
「サダハ様の持って行き方が拙過ぎます。
私たちを襲って来たローメインをあんな緩い罰で収めようなどと。私の神経を逆撫でして越権行為でも導き出そうとしたのですか?」
「そこの期待はしていなかった。それだけは信じて欲しい。
減刑の理由は幾つか有る。
一つは隣の末席に座る第四妃のイザベラの父だから。
もう一つはローメインに南東大陸で我が物顔をしている女神教の隠者が食い付いたから。
再接触があるかと期待して謹慎処分に留めた。隠さず言えば撒餌だ。イザベラには涙を吞ませ」
「私はアレを父だと思った事は生涯一度も有りません。煮るなり焼くなりお好きな様に為さいませ」
親子間で何があったかは聞かない方が良いでしょう。
「人柱だ。
女神教に付いてはこちらから調査をしても何も出ず。
あちらからは好き放題。好い加減に頭に来ていてな。
何か尻尾が掴めればと期待している次第だ」
「大変良く理解しました」
これは伝えた方が良さそうだな。
俺は徐ろに席を立ち。廊下の脇で首を傾ける給仕の兄ちゃんを捕縛して室内のテーブルの上に置いた。
「この人が城内の盗聴犯です」
盗聴器の片割れを転がして。
「これと同じ物が各所に仕掛けられていますので探してみて下さい。他の会議室とか寝所が怪しいですね」
「何て事だ…。衛兵!直ちに盗聴器の捜索とこの者の尋問をせよ!」
「「ハッ!」」
「あ、最近の流行なのか奥歯に致死毒を仕込んでるのが多いんで歯は噛ませないで下さいねー」
簀巻きにされて運ばれて行く犯人を尻目に、彼が運んでくれた紅茶を飲んだ。
何処で見付けたのかと聞かれたので食堂の円卓裏に仕込まれていましたよと伝えた。
盗聴器の受信器を探すのに最適な道具を見せて。
キャルベさんに感謝だわぁ。タダで貸し与えてくれた陛下にも。…返しそびれてるだけとも言う。
「これで敵対組織解明に繋がれば御の字だが」
「そうそう上手くは行かんでしょうね。末端は何も知らないのが世の常です」
「改めて礼を言う。いやはや君は恐ろしい男だ。勿論良い意味でな」
「それ程でも」
「益々ペカトーレに行かせたくはないがそれは私の我が儘と流して欲しい。行動制限を敷くなどの不当な行為はしないと約束する。
その上で頼みたい。迷宮調査団への協力をしては貰えないだろうか」
「ご協力と言う形であれば吝かではありません。ですが初回の迷宮踏破報酬は私が頂きます。それと調査団を私の指揮下に置きます。突然盾にされても困るので」
「了解した。漏れなく持って行くと良い。
報酬や財宝はペカトーレだけには渡したくない。最悪冒険者ギルドなら仕方ないと諦める。そんな気持ちだ」
「そのご依頼賜りました。交渉成立した所で。
手始めに生還者全員の呪いを解除しましょう。その人たちの情報収集から始めます」
「おぉ…その様な事が。それは有り難い。正直生還者の保障問題も沸き上がっていてな。悩みの種だった。
大至急城内の広間に集めさせる」
集められるまでに1時間。作業は数秒。
女神様有り難う。信者ではないのですが?
「些細な事象は気にしない。だそうで」
些細で片付けないで下さい!
呪いが解除され正常な精神を取り戻した者から順番に。
許して下さい。二度と行かせないで下さい。と涙ながらに国王に直訴のパレードが始まった。
纏わり付かれ揉みくちゃにされる国王様。ある意味愛されてる?人望は厚いようだ。
落着くまでに数時間。得られた情報は極僅か。
マップに起こしてもマップに成らず。
「これ…ランダム転移ダンジョンだ」
「だな…」ソプランが腰を引く。
その逃げる腰を掴み。
「初週は一緒に行こうよぉ。旅は道連れって良く言うじゃないのさぁ」
「い、嫌だ。俺とアローマは外で大人しく待機してる」
その淡い夢は却下した。
ランダム転移。その名の通り、進んだ先々で別の場所に飛ばされる。正解ルートは1つだけ。転移先はモンスターハウスが当たり前。襲い来るのは死霊系モンスター。
並の精神では追い付けない。孤立無援状態になるのも当たり前。そりゃ二度と行きたくないわ。
「あのー。スタンさんスタンさん。ちょっとだけお願いがあるのですが…」
「スターレン様。私もお願いが…」
「…入りたくないって?」
「私、お化け屋敷とか肝試しとか昔から苦手なのよ」
初耳です。
「解除して頂けると解っていても。死者に呪われるのは嫌です。お許し下さい」
アローマは仕方ないな。呪い対策品持ってないし。
溜息混じりにマップを見直した。
「途中までの道は割り出せる。初日だけ全員で頑張って突入しよう。受けないと知ってても俺も嫌だよ。
死霊系は触れられる前に倒し切れば問題無い」
「理論上はな…」ソプランが項垂れた。
再編成やリトライに志願してくれた兵士は20名。
国で保有していた対策装備品と見比べ、それが限界数。
短期で終わるかは入ってみないと解りません。
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今夕からは王族専用の食堂での食事に切り替わった。
ソプランたちは少し離れた卓に。俺とフィーネだけ対岸に王妃様4人が座る王族卓へ座らされた。
最上のサダハが口を開いた。
「堅苦しいだろうが楽にしてくれ」壁を崩してくれたのは有り難いけども。
「不躾な質問ですが。ご子息様方は何処に」
王妃様たちがソワソワ。
「子息か…。子息だったら良かったんだが。
頑張って産んで貰った十人は、全員女児でな」
「…何とも」
「男児は諦めた。次代は王家初の女王の誕生だ。
同席させていないのは…」
サダハがフィーネをチラ見。
「誰も私もスターレン殿に会わせろと五月蠅くてな。
…フィーネ嬢はスターレン殿に異性が手を触れるだけでも嫉妬に狂って撲殺してしまうとか」
「は?」
「と言う噂を耳にしてしまって。眉唾だとは思ったが念の為全員後宮に軟禁している」
「失礼な。怒った事は多々有りますが手を出した事は一度も有りませんよ。過度な接触と誘惑行為さえしなければ怒ったりもしません。最近は大分我慢出来るように成りましたし」
「そ、そうか。万が一が起きてしまってはこちらも困る。
特に会う必要も無いならこのまま脱出してくれ。娘たちには後で叱られるだろうが」
「ご挨拶程度なら。最後に王都を退去する時にでも」
「それ位なら仕方ない」
何とか納得してくれた模様。
場を取り成し。
「遠征地までは大体三日程度掛かる。意外かも知れないが近場だ。
ある日唐突に出現したと説明したのは嘘ではない。
魔素溜りも魔物の目撃情報も無かった場所に突然大穴が空いた具合で我々も度肝を抜かれた。
迷宮誕生の瞬間に立ち会えなかったのは残念だが。モメットはかなりの強運の持ち主なのだろうな。
ともあれ国としても放置は出来ない。謎多き迷宮からの氾濫が最も恐れる所だ」
「でしょうね」
モメットさんがスフィンスラーの石版の端切れを持っていたからではないかと推測します。
「迷宮からの氾濫?」
「そう。地上の魔素溜り付近で起きる氾濫とは違って。安定感の足りない迷宮は、長年放置してると勝手に中から魔物が溢れ出す事も稀にあるだってさ。東大陸でも幾つか在るらしいよ」
「ふーん」
「スターレン殿の指摘通りだ。初期調査で直ぐに中身は判明した。最も安定が欠落すると有名な死霊系迷宮だとな。
先陣の迷宮に背陣の女神教。側面からはペカトーレの台頭。踏んだり蹴ったりだ!」
「お気持ちはお察しします」
「それを理由に海賊への対処が遅れたのは言い訳にもならんが。通り縋りに君らが海賊の中核とローメインを潰してくれたのだ。迷宮の件も含め感謝しかない」
「迷宮はまだこれからですよ」
「うむ。給仕の件だが。やはりスターレン殿の見立てが正しく有益な情報は得られなかった。
金に目が眩んだだけで相手の間者も特定の酒場に居ると向こうから来ると言う話だ。張り込み等はこちらでやるが期待は薄いだろう」
「そうでしたか。残念です」
「遠征出発予定は三日後。間の二日間は王都やシャインジーネをゆっくり見物でもしていてくれ。その他の雑事はこちらで進める」
「はい。視察が我らの本分ですから」
「明日明後日の昼食が不要なら部屋付けの侍女に伝えてくれれば良い。明日の夕食会前にモメットとの顔合わせをしたい。
聞く所に依ればモメットと知り合いなのだそうだな」
「ええ。タイラントでお世話になった恩人の息子さんですね。まだ直接会ってはいませんが」
「本人が頻りに君の名を口にして会いたがっていたのもあって今回は強引に招いてみた訳だ」
俺は余り積極的には会いたくなかったんですが。
「それは楽しみです」
「一風変わった?面白い男?だから楽しみにして置くと良いだろう」
何故そこで疑問符?
その疑問形の意味は彼?と出会って数秒で理解した。
はさて置き。明日は半日、明後日は全日オフ(視察)である。地物特産品の調査から交易流通ルートの確認と品物の検閲と色々と忙しい。
サダハんが自信満々に何でも見て良しと言うからには潔白であるのは半分信じよう。しかし悪い事をする奴は何処にでも居る。商業ギルド支部で俺たちここに居ますアピールをしながら堂々と練り歩く積もりだ。
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遣ることは普段と変わらず食べ歩きが基本です。
商店街や露店商を巡り、ダイナミックに串刺しにされた烏賊の丸焼きや鯖の塩焼きを皮切りにマンゴー、パパイヤ、バナナのフライドチップス等々。おやつと保存食にも注目したい。
中でも成果店で目に留まった物。
「アボカドかぁ」
「ここを出る時に忘れず買いましょう」
「それ美味いのか」
「ソプラン。食べるばかりではいけませんよ」
「アローマは俺の母ちゃんか!」
「まあまあ。アボカドは火を通すと柔らかくてトロトロな果肉になってサラダでもパスタの和え物とかと相性が良い。
曲が無くて茄子と似てるかな。偶に青臭いのが嫌って人が居るけど、それも調理次第さ。
水分量が多くて煮込み料理には向かない。単品で栄養価が高いからやっぱ普段使いならサラダがベターかも」
「ふんふん。もぎたての青臭さが苦手なら3日位暗所で常温保存して熟してから使ってもいいし。蒸し器で蒸し上げるだけで一品料理として添えられるし。色々使える…」
店の主人がこっそりと聞き耳を立ててメモを取っていた。
「あ、今メモ取ってた?」
「すいやせん。国賓様のお話が生で聞けるなんて貴重なもんで。卸先を拡大出来るかもなんて考えたら手が勝手に動いちまって。お許しくだせえ」
「タダで盗み聞きはよくないなぁ。情報料の代わりにおじさんのお勧めの定食屋さん教えてよ」
「…小汚え大衆食堂でいいんですかい?」
「そう言うのがいいんですよ。お上品ばかりだと肩凝るだけだし」
「そうなんですかい。お優しい国賓様で良かったでさあ」
商魂逞しいおじさんに教えて貰った2軒の内1軒で昼食を頂いた。
脂の乗った鰆の塩焼き定食。麦飯と生野菜サラダとスクランブルエッグと粗汁。庶民的な勢いを多分に感じます。
豪快さの中でも粗汁はお上品で優しいお味。
骨の大きさと味からすると鰤ぽい。手間暇掛けて煮出された魚介出汁で岩塩風味だけでも立派なスープに大変身。
「美味い」
「優しい味わいだねぇ」
「落ち着きますね」
「魚臭くもねえな」
「クワァ~」
備え付けの魚醤を垂らすと更に風味が増して美味!
女将さんに美味しかったですと伝えると。
「お口に合って良かったですよぉ。一時はどうなる事かと思いました」
外交官の勲章も伊達ではないって話です。
これなら明日のもう1軒も期待出来る。
町中の散策はそこそこに。町の西端にあった崖上の展望台からシャインジーネの町や西へ続く街道を見下ろして眺めた。
空は満天の蒼。海も濁り無く透き通って輝き。離れた空にはカモメが自由に飛び回っていた。
クワンが居ると何故か他の鳥たちは逃げて行く。どうやら鳩はヒエラルキーの上方に君臨していると思われる。
頂点はガルーダさんだろうね。
「色取り取り。雑然とした町並みが素敵ね」
「南大陸は多宗派だから。建物の色使いも自由奔放。交易都市であり自由都市でもある。信じる物も自由。
女神教、水竜教、自然を愛する山神教。異なる文化を持ち寄り混じり合い重ね合う。そして生まれたのがこの町であり南国さ」
「遠い目しやがって。やってる事なんも変わってねえだろ」
「ハハッ。確かに。でも俺がタイラントで何も手に出来てなかったら。次に目指してたのはこの国。
新しい何かを始めて。泥に塗れて。頭地面に擦って。中央の事なんか欠片も忘れて。何もかも忘れて。自由を謳歌したかった」
「スターレン様の中ではここが理想郷でしたか」
「どうだろうねぇ。理想であり通過点、かな。ここに飽きたら多分フラフラと何処かへ行っちゃう気がする」
俺の腕を掴むフィーネの手が強張る。
「一人でなんて行かせないから。絶対に」
「飽くまで仮定の話だよ。今じゃ考えられない」
「ねえスタン。中央の人たちには内緒で。この大陸に別荘買っちゃおうか」
「それもいいな。…でもこの国は止めとこか。今口に出すとロメーランの町丸ごと押し付けられそうだし」
「そんなの有り得…るわね…」
「怖え怖え。俺ら巻き込むなよ」
「今のは聞かなかった事にします」
軽く空想の話を咲かせてサンジナンテの王宮に戻った。
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案内されたのは国賓用の接客室。
夕食前にモメットさんと初面談をする為に。
遅れて現われた屈強な男。長身で190はあるのではなかろうか。
滲み出る青顎を薄化粧で隠し…切れてはいない。
メメットさんに似通う顔の輪郭。短髪黒髪のオールバック。
頑丈そうな革鎧を身に着けて商人と言うよりも完全に冒険者の風体。
「初めまして。スターレンと申します。こちらが妻のフィーネ。後ろがメメット隊に所属していたソプランとその妻のアローマです。モメットさんですよね?」
俺が代表で自己紹介して軽く握手を交した…。
あれ?離れない。離してくれない?何この馬鹿力は。
「スターレン様ぁ♡」
突然引き寄せられて抱き締められた。
「「「「へ?」」」」
「お会いしたかったですぅ。パパからお手紙貰ってから今か今かと待侘びて。やーーーっと出会えましたわ。
これって運命ですよね?ね?真に想像していた通り。華奢でウブな感じが堪りませんわぁ」
慌てたフィーネが引き離そうとするが。
「あれ?力強ッ。ちょっと離れなさいよ。…可笑しいな。嫉妬心が湧かない。同性だから?」
と困惑気味。
矢鱈と香水臭い胸に顔を埋められながらも。
「ちょ…。あんた男だろ。俺には嫁が居るし。男の趣味は無いの。離れろって」
「嫌ですわ。もう一生離れません。私を付き人兼愛人に」
何を言ってるんだ。
エプロンドレスを脱いだアローマがビンタ数発。
でやっと引き剥がれて大人しくなった。
ベルさんが言ってたのってこれかぁ。これは想定外だ。
「奥様の目の前で、主人様に不貞行為を働くとは何事ですか!!淑女の心を持つのなら己の歩を弁えなさい!」
「ごめんなさーい。これ以上私の顔を大きくしないで」
「アローマ。助かった。もうその辺にして」
グズりながらも対面のソファーに女座りで座り直した。お前スカート履いてねえだろ!
「自由に生きなさいって言ってくれたママが亡くなって。急にパパが男らしくしろって無茶を言い出して。当時は年収も低かったパパを見返してやるんだって飛び出して。
こっちで頑張っていたら急にパパからお手紙が届いて。今の年収と一緒にスターレン様のお陰だって自慢気に」
「成程。で?」
「私も恩返ししなきゃって方々走り回っていたら。こわーい野盗のお兄さんたちに捕まって。何人でも相手になってやるわって叫んだら洞窟に押し込まれて。お花を摘もうと穴掘りしてたら突然大穴が現われて。もうビックリ。
野盗のお兄さんたちは全員私を置いて中に入ってしまって幸運だとばかりに逃げ出しました」
「それがカラードキャメオの迷宮」
「そうなんですよぉ。お城と冒険者ギルドに報告したら第一発見者として優遇されちゃったんですぅ」
満面の笑みでお目々キラキラ。…ごめんちょっとキモいからこっち見んな!
「でも御免なさいスターレン様ぁ」
「何が?」
「何時かお会い出来たらお渡ししようと思って。大切に大切にしていた古びた石版の欠片が。先月辺りに突然跡形も無く消えてしまったんですぅ」
「「「…」」」俺、フィーネ、クワンが言葉を消失。
それに関しては全面的に俺が悪い。済まん。
「まあいいじゃん。そんな石版よりも迷宮の方が数倍価値がありそうだし嬉しいよ」
「そうなんですかぁ?あれは行き倒れの行商さんから。マッハリアを平和に導いた英雄様にお渡ししてくれって預かった物だったんですが…」
胸が痛い!誰だか知らないがその人にも謝罪申し上げる。
心の中で。
「無くしてしまった物は仕方ないよ」
「そう言って貰えると救われますぅ。ご褒美のキスを」
「調子に乗るな!」
アローマさんの平手が飛んだ。お手が早い!
「先程淑女の嗜みをと申し上げたばかりですよ」
「怖いよぉ。本気で打つ事ないじゃない」
頬をスリスリしょんぼりモメット。
何故か俺も心が痛い。
速攻切替えためげないモメット。
「では明後日。私が迷宮の入口までご案内しますわ。本当は中まで同行したいのですが…。足手纏いになるので外でお待ちしていますわ」
装備整えれば足手纏いにはならない気が…。
「よ、宜しくな」
軽く握手を交すとウキウキしながら退出して行った。
「凄い人だったね」
「見た目とのギャップが酷い」
「差別する気はねえがオカマは苦手だ。俺は関わりたくねえ。メメットさんの息子でも…娘だとしてもな」
「叩いた手が痛みます。なんて頑丈な…」
「後で治してあげるね。フォークが持てないなら隣に座ってアーンしましょうか」
「いやそれは俺がやる。お嬢は上席に座ってろ」
「…ここでは恥ずかしいので。今直ぐでお願いします」
ならばとフィーネはアローマの手を引いて歓待室へ引き上げて行った。
波は終始穏やか。
船の重心も船底に積荷があり安定感抜群。
安定してはいたが、長期間の船旅に慣れていないソプランとアローマが夫婦仲良くゲロッた。
俺たちは何故か平気。
着港するシャインジーネまで約2週間の工程の内、半分の1週間は毎日貴重な解毒剤を飲み。2人はずっと客室で横になっていた。勿体ない。
フィーネは日焼け止めを入念に塗り、長竿でカジキマグロにアタックし続け。
俺は反対側の縁にロープを掛けてターザンしてみたり、メインマストに無断で登り船長に怒叱られたり。
クワンはそのマストの頂上で景色を楽しんだり、偶に漁をしてみたり。
結構充実していた。
あてくしも反対側で竿を振ってみたが見事な坊主。
今日も大物を釣上げたフィーネたんが巨大カジキを肩に担いで俺の所に来た。
もう見慣れたもので船員たちも何も言わなくなった。
「これどうしよう。船の人ももう要らないって言うし。血抜きして北の献上品に加える?」
「うーん。持って行くなら血抜きせずにそのままで。どっちが好みか解らないから向こうで処理するよ。
鮪と言えば鮪の一種だけどどうかなぁ…」
どうして航行中の船の上から垂らす糸に掛かるんだ…。
水の巫女にその身を捧げたのだろうか。
相談の結果。本鮪とは別に一応持って行く事にした。
要らんわ言われたら引き取ればいいし。処理し直せばツナとして美味しく頂けるしな。
途中で2カ所。停泊・宿泊設備を備えた有人島にそれぞれ1泊した。
タイラントとサンタギーナの共同管理でボーダレス。
お酒も食料も豊富で長い船旅で疲弊した身体も癒された。
特にソプランとアローマが。
「おー大地だ!俺は海の男に向いてねえ」
「ソプランに同意します…」
「東の海域はこことは比べ物にならない位荒れてるよ。慣れてくれないと困るんだけど」
「メンバー交代を要求する。何ならあっちに着いてから飛ばしに来てくれ」
「私もそれで…」頑張り屋のアローマでさえこれだ。
「えぇ~。仕方ないなぁ」
「クワァ~」
「クワンティにも情けないって言われてるよー。さあ気分が落着いたらディナーよディナー」
「食欲が…」
「でも食べないと明日がもっと辛くなるますし…」
辛くもお楽しみのディナーメニューはココナッツシーフードカレーと硬パン。
「ココナッツってサンタギーナにあったんだ」
「こっそり買いに行けばカレーのバリエーションも増える」
「随分と甘口なんだな」
「弱った胃にはこの円やかなお味が丁度良いですね」
「クワッ」
2人の体調も割と戻った様子。
お夜食に蛇肉焼きを2人に渡し。それぞれの水上コテージへと別れた。
一頻り眼下に広がる漆黒の海を眺め。
ベッドに入ってウトウト眠りに落ち掛けた頃。
数人が桟橋を荒く走って来る足音が聞こえる。
「…こっち来てる?」
「来てますねぇ」
夜襲にしては様子が可笑しい。
コテージから外に出ると隣からソプランたちも出て来た。
「スターレン様ーーー」
同じ船の船長さんと副官2名が夜を静寂を破る大声で。
「どうしたの?宴会のお誘いなら明日に」
「ち、違います!夜分遅くに申し訳ありません。
今し方島管理の警備兵から。南東の海域から猛スピードでこちらに真っ直ぐ向かい走る船団が見えると!」
「え!?ここら辺って海賊居るの?」
「極めて稀ですが。食料品を奪いに来る輩は居ます。ですが通常はそれも精々が二隻か三隻。しかし今回は大型船が十を超えていると。スターレン様。夜間ですが出港しますのでご準備を」
「逃げるの?」
「ええ。この島の警備の船は中型がたった二隻。その数ではとても対処出来ません。あぁ…肉眼でももう見えます」
船長さんが東の海を指差した。
海の男は目が良いなぁ。俺には小さな点にしか見えない。
確かに段々と大きくなってるような。
「逃げなくていいですって管理の人に伝えて下さい。俺が遠方から排除します。フィーネさん双眼鏡貸して」
「はいはーい」
「え…まさか、ここから?」
「そのまさか、です!」
双眼鏡を覗きながらロープを最大級に延長。左腕だけにに霊廟を装備して、合計11隻の汚そうな大型船を纏めて掬い上げ、その上空3km付近で晒し者にした。
ロープの固定化も完了っと。
「「「……」」」
「えげつねえな」ソプランが囁くように呟いた。
「㪨マークの海賊旗みたいなのもちゃんと掲げてるし。事情は明日の朝に聞きに行きます。身投げしてなければ」
返した双眼鏡を覗き。
「周辺200km内には何も無い。よし!寝ましょう」
海の男たちの常識を覆す出来事。
不自然に上空に浮かぶ海賊船を見上げながら…言葉を失うしか無かった。
島の住人、管理者、警備兵、船の乗組員、只便乗していただけの商人たち。成り行きを知る者全てが胸に深く刻み込んだ。
あの方々に、逆らってはいけないのだと。
---------------
お約束展開なんざ要らねえぜ。
意気込み新たに上空まで上がった。
拡声ブローチを駆使して。
「タイラント外交官のスターレンだ。
この声は島にも届けられている。就寝間近の夜勤者に申し訳ないから手短に選択肢を与える。
1.この俺に戦いを挑んで華々しく地獄行き
下に落として漏れなく海の藻屑に替えてやる。
2.サンタギーナ政府に引き渡し
1週間はこのまま運ぶ。飢えて干涸らびても俺は知らん。
3.何か有用な魔道具や金品と島の食料を物物交換
拠点に帰り、心を入替え、畑を耕し、真っ当に生きると誓え。
さあ選べ。この小汚い海賊船団の代表者は船首に出て大きな声で宣言せよ」
1人の汚らし…くはなかった男が顔を出した。
「さ、三番で!お願いします!!どうか命だけは」
「命乞いは不要だ。貴様らはこれまでに近海の住民の生活を脅かし。時にはその命まで奪った海賊。船団がこの海域から離れるまで見守ってやろう。
嘘吐き共を信用などしない。誰か一人でも不審な動きを見せたなら。タイラント、サンタギーナ両政府の判断を仰ぐ前にこの俺の権限で総員、女子供分け隔てなく死刑に処する。
俺はその方が楽だ。お前の生首とそこの海賊旗を手土産に持っていけば良いだけだからな。
皆で無事に家に帰りたければ賢明な判断をする事だ」
「は、はい!!!」
代表者が居た船だけを海上に降ろし、首領以下数名を岸に上げ、積荷と食料の交換を終えるのに昼過ぎまで掛かった。
反乱が起きるのかと期待したが何も起きず。海賊たちは素直に従ってくれた。意外にも統制が取れている。
首領を名乗る男が俺の前で膝を着いた。
…ホントに海賊か?
「スターレン様。サンディックス海賊団、
首領のサドハド・テリンケスと申します。
この度の恩赦。生涯忘れず」
「勘違いするな。許された訳ではない。近海の警戒は引き上げられ、サンタギーナから討伐隊か査察団が差し向けられるだろう。
戦うも善し。貴様の首を差し出して許しを請うも善し。お前たちの行動次第だ。
交換された荷の中には塩害に強い品種の芋や人参の苗も含まれている。畑を作り、果樹と家畜を育て、海で漁をすれば飢えは必ず凌げる。
道程は長く険しい。知恵が足りないなら近隣諸島の人民たちに頭を下げろ。武力で何でも奪えるとは思うな。
統治が出来たなら。サンタギーナ政府に自治区の申請をして交易を開き、生活を安定させろ。
二度と選択を間違えるな。解ったな」
「…はい!」首領と後ろの海賊たちが泣いていた。
汚いから寄って来るのだけは勘弁して。
「所でこの島が昨日手薄になるって情報は、何処の誰が流したんだ?」
サドハド君は元気に答えた。
「ロメーランと言うシャインジーネから東の町。そこを統べるローメイン・ガッツリンケと言う名の貴族です」
貴族が海域情報を垂れ流し…。
「貴様らとその貴族との繋がりを示す証拠の品はあるか」
まだまだ元気なサド君は、数通の書簡を差し出して来た。
この人、口も手も軽い!若干不安を感じる。
中身を検めると確かに主要な交易ルートやパターンが詳細に書かれていた。
そして最後に。
「スターレン様御一行がここを通過する事も含め。捕えられたら、法外な報酬まで与えてやるとも」
にゃんですと?
「…面白い。そのローメイン?が保有する戦力は」
「白兵が千人規模。大型の軍船を二十隻程、保有していました」
「どうしてそこまでの情報を知っている」
遂にサドっちは躊躇いを忘れて。
「この俺が。ローメインが愛人に無理矢理産ませた、落とし子だからです」
胸中複雑…ではなさそう。寧ろ伝えられて喜んでいる節が在り在りと見て取れる。
「邪魔するなら討伐しても良い。と言っているようにも聞こえるが」
「お手数でなければ。如何様にでも」
お手数だよ!
「俺たちはもうあの汚い旗を降ろします。もしも南方から来る似た様な旗を掲げた船団が見えたら」
「進路上を塞いで来たら仕方ない、か。本当にそれでいいんだな?」
「ローメインは王族とも繋がりを持つ上流階級。俺たちはあいつに弾き出され、捨て駒にされた身です。恨みはあっても情など一欠片も湧きません。我が母も当の昔に殺されまして」
フィーネをチラりと垣間見たが。彼女は溜息を一つ吐き小さく頷いた。
「お前たちは拠点へ帰って防備を固め、本国との連絡網を断ち切れ。他に仲間が居るならそいつらともな」
「仰せのままに」
振り返って島の管理長と警備兵長に依頼。
「今の話を本国に伝えるのを数日遅らせて下さい。サンディックス海賊団はこのスターレンが全滅させたとだけお伝え願えますか」
「…虚偽の報告をしろと?」
「いいえ。誤報を先に送り、俺たちがシャインジーネ入りする手前を狙って訂正文を送り直して欲しいです。
こいつらが掌返して海賊に戻るかも知れませんし。暫く様子を見守る体で」
「了解しました!」
「タイラントへはどの道時間が掛かるんで。報告内容はお任せします。ヘルメン陛下と直ぐに連絡が取れる道具も持ってますんで拗れる心配は有りません」
「おぉ、それは助かります」
サドハド君は大きく首を振る。
「これ程の力を見せ付けられて。スターレン様に刃向かう者など居ませんよ」
同港船の船長の肩を軽く叩いて。
「俺たちも準備して普通に出発しましょう。航路上の安全は俺たちが保証します」
「心強いお言葉です!直ちに準備を」
ソプランが気怠そうに。
「海ってのは何かと面倒臭えなぁ」
「ローメインの狙いがさっぱり解らんけど。俺たちの目の前にしゃしゃり出てくれれば楽勝さ」
フィーネが加えて。
「くれればね」
---------------
もう1つの停泊島に着くまでに1回天候が崩れ、多少海は荒れたが航行に支障無く順調に進んだ。
ソプランたちも船酔いに慣れ、日中は起きて居られるようになった。
雨の日は食堂でトランプやチェスやボードゲームなどで遣り過ごし、敵襲も特に無いまま。
それは停泊島でも同様。敵らしい者からの接触は皆無。
トランプのカードを切るソプランが。
「静か過ぎるな」
「陸地の襲撃に失敗したから今度は海上で、とかじゃないかな」
「先の島に来たサドハドに踊らされている、と言う線は考えられませんか?」
「嘘を言っている雰囲気は感じなかったよ」
「アローマの線も無くは無い。相当恨んでて復讐したかったけど。
丁度良く俺が現われたから利用しちゃえみたいな」
「う~ん。何れにしろ何事も無く到着しちゃったら。ローメインの調査もしないといけないのかぁ」
「単なる観光じゃ終わりそうにねえな」
「はぁ…。お二人の巻き込まれ体質も相当な物ですね」
「クワッ」
普通に歩いてるだけでも敵が襲って来るんだもん。もう知らんぜよ。
シャインジーネまで後4日。
待っていました敵襲は。船旅も残り2日となった時。
白昼堂々と南の海上から現われた。
双眼鏡を構えたフィーネが肩を落とす。
「スタン…。来ちゃったよ。20隻」
「あらまぁ」
肉眼ではまだ見えず。双眼鏡を借りて確認。
海賊旗を掲げているのは中央の1隻。他の船の大きさは先日の海賊と同型。しかし中央だけ装備品が異質。
「真ん中だけ軍船を改造してるな。他は囮で防御壁に使ってる。フィーネ今度は中央船だけ。中に人質が居ないか全開で透視してくれ」
「見たくもない物まで見えちゃうけど。仕方ない!」
キモいキモいを大声で連呼した後。
「居ない!スタン、今夜は一杯慰めて。私吐きそう」
「よし。たっぷりと愛情込めて慰める!じゃない。
クワン。真っ直ぐ南の海上に輪になって航行して来る船団が居る。中央の海賊旗を掲げた厳つい船を粉々にぶっ壊してくれ。特に気持ちの悪い魔道具っぽい物があればそいつを重点的に!」
「クワッ!!」
赤マントを靡かせて。南の大空へと羽ばたいたクワンを見送り、船内配管で管制室へ連絡した。
「船長さん。スターレンです。南海上に海賊船団20。
距離にして約180km。まんま進路上だが気にせず突き進んで欲しい。対処は俺が責任を持つ」
「了解です!スターレン様に命預けます!」
と熱いトークを交わしたが。
30分後にはクワンの破壊工作が実り、決着が着いた。
「中央船の破壊完了しました。他に見捨てられて助けてくれと泣き叫ぶツルッ禿げの人間が居るのですが、どうしましょうか」
俺…将来禿げたら馬鹿にされるのかな…。
「後で通った時に拾うから放置して帰って来て」
と返信した。
「他の船もその他の船員拾って帰って行くみたい」
一安心と言った表情。
海上に漂う残骸。それにしがみ付き叫ぶ禿げが1人。
他に生存者は見当たらない。
ロープで拾い上げ、縄と猿轡で拘束した。
空き部屋に放り込み、轡を外して尋問開始。
厚手のグローブを着けたソプランが殴り付ける。
「お前は何者だ」
「わ、私は捕虜だ」
なんて喚いているが回収した時に触れてバッチリ名前は知ってます。
フィーネの双眼鏡でも確認済み。
何と。彼こそがローメイン・ガッツリンケその人。
大将がノコノコと出て来ちゃ駄目でしょ。
その他の情報は出てないから何の繋がりかは見えてない。
「そうだな。今、お前は捕虜だ」
追加の1発。俺たちがやると死んでしまうから…。
こんな所で装備全外ししたくないし。
ソプランも猫パンチ程度に加減して。
口から血を垂れ流し。
「捕虜だったんだ!私は悪い海賊に連れて来られただけなんだ!」善い海賊が居るの?
「正直に言えよ。誰の差し金だ」
腹に2発。
「グォ…。わ、私は、被害者…だぞ。丁重に」
「この船に誰が乗ってるのか知ってんだろ?」
「し、知らん!」
「あー面倒臭えぇ。ちょっとこいつ拷問するか」
「ちょっと待って。私が催眠術キツめに掛けるわ」
「勿体ないよ。壊れたらサダハ様に突き出せない」
「私が手指でも折りましょうか?」
「クワッ!」クワンに睨まれてローメが悲鳴を上げた。
「そ、その鳥を私に近付けるな!」
「クワンティ。ばっちいけど片方の目玉刳り貫いちゃおう。2つも有るんだし。1つ位無くなってもいいよね?」
「…喋ります」
「最初からそう言えよ」
最後に1発。
ローメインが語るには。
女神教新興派の幹部を名乗る遣いの男が先月がフラリと現われ。前々から欲しかった魔道具を成功報酬で渡すから俺の入国を阻止しろと指示を受けた。だそうだ。
「私が海賊業まで斡旋している事も知られていて。海上で襲えば勝機はあると…。全然無かったではないかあの嘘吐きめ!」
幼稚だ…。そして想像以上に小者だった。
「自分で確かめろと。幾つか道具を渡されましたが…
そこの鳥に全てを微塵に砕かれ。…この有様です」
「お前の欲しかった道具って何だ」
答えを渋るローメインを追加で数発。
「止め、止めてくれ。話すから」
「さっさと吐けや!」
「…衣服が透けて見える。透視の眼鏡を…」
「「「「は?」」」」
「クワ?」
「こいつ縛ったまんま海に捨てるか」
「安心しろ。その道具は代わりに俺が貰ってやる」
フィーネとアローマに頭叩かれた。遂にアローマまで手を出すように…。
「違った。お前が救い様の無い阿呆なのは解った。
海に捨てない代わりにサダハ様の前でも証言しろ。覆したら…鳩に遠くの海まで運ばせるからな」
ペットの悪戯なら仕方ない。
「…はい。しかし、今度は私が消されてしまう」
「大丈夫だろ、お前みたいな小者。サダハ様とも随分仲良しらしいじゃん。人的被害は1人も出てないし。減刑してくれるさ」
「そちらではなく。女神教の幹部に」
そっちの心配か。
「それは自業自得だろ。あいつら俺にビビって直接は来ないから。適当にお城まで運んでやるよ。
途中で死んじゃったらごめんな」
「貴方を助ける義理は何処を探しても無いわ」
「そこまでで結構です。助かります…」
「後2日間の辛抱だ。ちゃんと食事も出してやる。この部屋で大人しくしてればな」
「はい…」
トイレ付きの上級部屋だ。これ以上の待遇はない。
縄を解き、扉に外鍵を付けて船員に監視を頼んだ。
船内に隠者が居ても知ったこっちゃない。
部下にあっさり捨てられるような人徳皆無の男だし。
俺たちの真っ当な初船旅はこうして終わりを迎えた。
---------------
ローメインを拾ってからは平穏無事にシャインジーネに到着してしまった。
敵が襲撃してきてくれればお荷物を喜んで差し出せたのになぁとちょっぴり残念な気分。
船上料理にいちゃもんを付けた糞荷物を海に投げ込んだ事が1度あった以外は特に無し。
船を降りた直後に出迎えの衛兵たちに取り囲まれ、王都サンジナンテ側まで直行で連れて行かれた…。
俺たちの自由行動が端から奪われた。
シャインジーネにはエリュダンテホテルも在ったのに(怒)
クソッタレローメイン。全部お前の所為だ。
マジで拾うんじゃなかった。
高級ホテルは最初から満室だったんだ!と諦め王宮にご案内されるがままに流された。
漂着したのは王宮内の歓待室の2部屋。
装飾や設備も一級品で埋め尽くされた大変立派な部屋ですよ。文句なんてありゃしないさ。
目がチカチカする。ウォーターベッドやジャグジー風呂。
「ここはラブホか!」
「スタン大声で文句言っちゃダメ。…行った事あるの?」
「無いよ。知識として」
「そう。まあいいわ。これからどうする?」
「この行動制限を何とか切り離さないと。何処にも行けず飛べもしない。サダハ様が物分りの良い方であるのを祈るよ」
「喧嘩する訳には行かないからねぇ」
これも女神様の導きか…。
まだ本拠地へ叩くべきではないと。
若しくはローレライを救って欲しいってか。
そいつが魔道具ばら撒いた所為でどれだけの犠牲者が出たと思ってるんですかね。
「気持ちは同じですが…。余り女神様を泣かさないであげましょう。お側に居る私の心が痛みます」
解ってますよ。怒ってはないですから。
慎重に行けって意味で受け取ります。
こうなると…。ロルーゼの邪神教もローレライ率いる新興派も西大陸の魔王様も。全て繋がってるんだろうなぁ。
「もうややこし過ぎる。ここでは流れに身を任せて。割り切って美味しい物を食べまくろう」
「うん。そうしよ。あれもこれもは出来ないよ」
気持ちを切替え臨んだ夕食会は特別王族との接点は無く自分たちだけのお食事で。だだっ広い宴室でポツンと円卓を囲んだ。
メインディッシュのロブスターの網焼きを頂きながらソプランが呟く。
「何だこの状況。罰ゲームか」
「これがサンタギーナ流のお持て成しじゃない」
「接見は明日だしねぇ」
「明日から変更される事を祈ります」
「クワァ~」
居心地悪いわぁ~。
静かなのはいいんだけど。
添え物のマリネや湯引きカルパッチョも白の貴腐ワインも大変美味しく気持ちも回復。
「貴腐ワインはタイラントで中々手に入らないから帰りに買って行こう」
「大人向けのお土産にも良いわね」
寂しくも和やかな雰囲気で初日を終えた。
---------------
翌日早くに案内された謁見の間。
贅を尽くした煌びやかさ加減は何処かパージェントの王城に通ずる物がある。入った事ねえけどな!
「面を上げよ」サダハの声が意表を突いて高かくて思わず笑いそうになった。
極太眉毛に長い顎髭。顔付きは年相応。
年代は確かヘルメンっちと同じ位だった筈だ。
顔を上げてビックリ。何と王の左隣に4人のお妃様が並んでいた。
何方の方も多様なお顔立ち。
自分と同年代ぽい人も端に座っていた。内から外が序列だろうな。お盛んですねぇ。
「お初に御目に掛かります。サダハ様。
タイラントより参りました、特務外交官のスターレン・シュトルフと申します」
「妻で官付き次官のフィーネと申します。後ろに控えるは従者の2名。以後お見知り置きを」
クワンは後ろの2人の間でラフドッグのエリュグンテで新調したバスケットケージに収まっている。
エリュダンテで別バージョンも狙ってたんだけど。今回はお流れ。
身体も成長で半年前より一回り大きくなったのもあり何種類持っていても困らない。服みたいなもんだし。
何処かで見掛けたら忘れず購入しよう。
「良い。ローメインの件では恥ずかしい物を見せた。
海賊まで操っていたとは情けない。余の不行き届きだ。
厳罰を科したい所ではあるが、ロメーランも任せていた為に直ぐには代役が見付からぬ。処分保留で半年間の謹慎処分を言い渡した。許せ」
ゆるーーーい。
「当方に実害は御座いません故。特に進言すべき事由は有りません。只、今回御進呈しようとしていた品物が海賊との交戦中。不幸にも海の奧底へと消え入りました。
今回の無手をお許し下さい」
シュルツの靴はこいつには勿体ない。
「何卒お許しを」
ローメインに温情を掛けた時点でお前は終わりだ。
「致し方なしか。楽しみではあったがそれは許そう。
話は変わるが其方は二本目の聖剣を持つ、などと吹聴しているそうだが。それをここで出し」
「サダハ様。大変申し訳有りません。あれは私の勘違いでした。他に比べ強力ではありますが剣は然れど剣。
御目を汚す程の物では御座いません」
何が狙いだこいつ。
「…そうか。ならばその強力な武具とやらで我が国の騎士団長と手合わせをして見せよ」
どうしても見たいってか。
こいつの魂胆が見えて来た。
「お断りします。貴国のお庭で遊ばせていた海賊と遣り合い我々は疲れているのです。安息や温情こそ受けてもサダハ様の余興にまで付き合えとご無体を申し付けられても困ります」
「我らが御目障りであれば即刻貴国を退去し。今回の外交視察の主眼であるペカトーレ共和国諸島連合へと向かいますが」
慌て出すサダハん。
「待て。我が国よりも隣国に用事が有ると申すか…。
どうやら話が性急過ぎた様だ」
「サダハ様の胸の内を僅かでも出して頂かないと。こちらとしては無理難題を押し付けられたとヘルメン陛下に報告を上げねば為りません」
「外交特権もここまで来れば不要の長物。
ヘルメン陛下へ返上し。並の商人一座として諸国を自由に回らせて頂きます」
「待てと言うに」
「貴国の騎士団長と戦わせ。怪我を負った、などと難癖を付け。南方に出現したカラードキャメオ?でしたかの迷宮に我らを向かわせようとの思惑が透けて見えます」
「稚拙で矮小で愚劣な策ですね。四方や迷宮踏破の財宝まで掠め取ろうとお考えでは?」
「…そ」
「何故でしょうねぇ。クワンジアのピエール然り。新政エストラージのアストラ様然り。どうして少々強い武具を持っているからと直ぐに我らを利用しようと為されるのか。
非常に理解に苦しみます」
「自らを安全な場所に置き。策も労せず、血すら流さず、
協力を仰ぎもせず利用だけ為される。それも友好国の一役人に対して。
国の王とはいったい何なのでしょうか」
「……」目が飛び出さんばかりに開き切っている。
もう一押しってとこか。
「私も妻も勇者などではありません。世界を救うと大それた理念を掲げた覚えも御座いません」
「不敬罪で罰せられても構いませんが。私共の後ろにはロロシュ、カメノスの両財団が付いて居ります。我らがここで有らぬ被害を被った、と一言伝えるだけで貴国との全面取引を停止する事も可能です」
「ご心配には及びません。貴国は自活するのに充分な国力を備えられて居られる。我々はペカトーレとの新たな航路を開くだけで済みます」
「賢明な御判断をお待ちしています。近日中にご返答頂けないのであれば。ペカトーレ共和国の視察が終わってから再度お伺いするのでも構いません」
外周を囲む衛兵や騎士団員や上級役人、王妃様たちが盛大にザワ付いていた。
心を砕かれたサダハんが苦し紛れに叫ぶ。
「静まれい!…済まなかった。午後からの特別会議に同席して欲しい。そこで事情を話す」
「全てを、お聞き出来るのですね?」
「ああ…。全てだ」
「居ない間に捕えられても困ります故、従者も同席でならその席に着きます。お聞きするだけで、まだ協力をすると言った訳ではありませんよ?」
「解っておる!それで、良い」逆ギレかよ。
---------------
昨夕と朝食と同じくポツンとお食事会。とても招かれているとは思えない。
「こんな失礼な扱いでよくも招待だなんて言うよなぁ」
「面倒な話になって来たしな。どうすんだ?俺たちも行った方がいいのか」
「あちらの出方次第かな。もし入る事になったら地上と迷宮の班分けしてもいいし。一時的にソプランたちをロルーゼ遠征隊に合流して貰ってもいいかなって考えてる」
「私たちではまた足手纏いだと」
「違うよ。ロルーゼの件も裏で新興派が絡んでるならこちらとも無関係では無くなる。アローマのスマホで連絡を取り合わなきゃいけなくなる状況も有り得ると思っただけ」
「ペリーニャ。ニーダ。ロルーゼの裏組織。南東の新興派の動向とこの南西への進出。私たちを封じようとする動きも含めて。全部繋がっているとスタンは考えているのね」
「その通り」
ソプランが舌平目のソテーを口に放り込みながら溜息を吐いた。
「ロルーゼはゴンザに任せとけって。新興派が裏に居るんなら動き出す前に本拠地潰しゃ済むだろ」
「俺もそう考えてた。今言ったのは長期化して最悪な展開になった時の話さ」
「最悪ってどんな」
「例えば。俺たちが迷宮に潜ってる間にペリーニャかニーダが敵に攫われる、とか」
「かぁー。そりゃマジでクソ展開だな」
「でしょ」
「だとしてどうやってロルーゼまで飛ぶのですか?」
「王都ベルエイガ。南部のノルム。更に南のサザビラ。その3つなら問題無く飛べたから大丈夫」
「いつの間に…」
「ごめんごめん。フィーネがグッスリお休み中にこっそりと実験してみた。前世のスタプ時代の記憶を頼りに」
ご立腹のフィーネさんに肩を強めに叩かれた。
「勝手な事ばっかりして」
「ごめんって。前の生家が在った村がどうなってるのかなぁって気になってさぁ。許しておくれよぉ」
「あの御伽話は本当の事だったのか」
「何のお話ですか?」アローマには話してないもんな。
「アローマは夜にでも俺から話す。聞いた範囲でな」
「はい…」
「宜しく。いやぁ生まれた時は寂れたサザビラの分村だったんだけど。見に行ってみたら、大彫刻家スタプの家って観光地化されててびっくりだったよ」
「私がびっくりよ。…今度私も連れて行きなさいよ。じゃないと許さない」
「了解っす」
上手く切り抜けられたぜ。フィーネにどうやって説明しようか悩んでた点だった。
「その時は他に何も見なかったのか?」
「深夜だったし特に何も。人に会うのも控えてた」
「そりゃそうか。で、この盗聴器の犯人はどうすんだ」
円卓中央に置いた沈黙の箱。中身は当然円卓の裏に仕込まれてた盗聴器が入ってる。
どうやらこの世界に盗聴器ブームが来てしまったらしい。
色目も茶羽根G色してるから1匹居たら百匹居ると思えってあの理論だな。
「犯人は給仕係の兄ちゃんで間違いないから。会議の内容次第だね。俺たちは極力発言しない。話を聞き流すだけに徹する。途中でフェイク入れられたら入れてみる」
「泳がさないと進展しないもんねぇ」
念の為部屋でも探そうとソプランたちにも無抵抗布の切れ端を渡した。
盗聴器を元に戻して寂しい昼食会は終了。
---------------
午後の特別会議はサダハの謝罪から始まった。
「午前は大変失礼した。殆ど言い当てられてしまって驚きを隠せない。成程あの策士ヘルメンとロロシュ卿が惚れ込むだけはあると感心したものだ」
「お褒めに預かり光栄です」
「フィーネ嬢の即応性も素晴らしい。稚拙、愚劣と罵られて久々に胸に穴を空けられた気分だった。だが誤解しないで貰いたい。我々も多大な血は既に流した。
ある日唐突に出現した未開の迷宮カラードキャメオ。命名したのは発見者のモメットと言う名の商人だ」
モメットさん来ちゃった…。
「彼にはこの国の案内役と他との折衝を受け持って貰っている。
迷宮の場所はここより南西の僻地。元々は野盗が徘徊して野営地化されていた様な場所だった。
一応は我が国の領土内に在る。と言うのにも関わらず西の大国ペカトーレまで出張って来おってな。
何方が先に踏破するかで争い、更には冒険者ギルドの連隊まで加わり一時期は混乱状態に陥った。
その仲裁を取り仕切ったのも発見者のモメット。今では彼の指示も下で一週置きの交代制で周回を繰り返している。
我が国の担当は来週だ。国を代表する兵を既に五百人近く送り込んでいるが。帰還したのは約六割。
生還者は総じて精神を病み。支離滅裂な言動で内部の情報が全く得られていない状況が続いている。
それは他の部隊も同様だ。専門家である筈の冒険者も含めてな」
「その様な危険度の高い迷宮に私たちを放り込もうとされたのですか」
「勿論調査団は編成し直す。そこに加わって貰えないかと話を持って行こうと考えていたが、先程は豪快に先手を打たれてしまった」
「サダハ様の持って行き方が拙過ぎます。
私たちを襲って来たローメインをあんな緩い罰で収めようなどと。私の神経を逆撫でして越権行為でも導き出そうとしたのですか?」
「そこの期待はしていなかった。それだけは信じて欲しい。
減刑の理由は幾つか有る。
一つは隣の末席に座る第四妃のイザベラの父だから。
もう一つはローメインに南東大陸で我が物顔をしている女神教の隠者が食い付いたから。
再接触があるかと期待して謹慎処分に留めた。隠さず言えば撒餌だ。イザベラには涙を吞ませ」
「私はアレを父だと思った事は生涯一度も有りません。煮るなり焼くなりお好きな様に為さいませ」
親子間で何があったかは聞かない方が良いでしょう。
「人柱だ。
女神教に付いてはこちらから調査をしても何も出ず。
あちらからは好き放題。好い加減に頭に来ていてな。
何か尻尾が掴めればと期待している次第だ」
「大変良く理解しました」
これは伝えた方が良さそうだな。
俺は徐ろに席を立ち。廊下の脇で首を傾ける給仕の兄ちゃんを捕縛して室内のテーブルの上に置いた。
「この人が城内の盗聴犯です」
盗聴器の片割れを転がして。
「これと同じ物が各所に仕掛けられていますので探してみて下さい。他の会議室とか寝所が怪しいですね」
「何て事だ…。衛兵!直ちに盗聴器の捜索とこの者の尋問をせよ!」
「「ハッ!」」
「あ、最近の流行なのか奥歯に致死毒を仕込んでるのが多いんで歯は噛ませないで下さいねー」
簀巻きにされて運ばれて行く犯人を尻目に、彼が運んでくれた紅茶を飲んだ。
何処で見付けたのかと聞かれたので食堂の円卓裏に仕込まれていましたよと伝えた。
盗聴器の受信器を探すのに最適な道具を見せて。
キャルベさんに感謝だわぁ。タダで貸し与えてくれた陛下にも。…返しそびれてるだけとも言う。
「これで敵対組織解明に繋がれば御の字だが」
「そうそう上手くは行かんでしょうね。末端は何も知らないのが世の常です」
「改めて礼を言う。いやはや君は恐ろしい男だ。勿論良い意味でな」
「それ程でも」
「益々ペカトーレに行かせたくはないがそれは私の我が儘と流して欲しい。行動制限を敷くなどの不当な行為はしないと約束する。
その上で頼みたい。迷宮調査団への協力をしては貰えないだろうか」
「ご協力と言う形であれば吝かではありません。ですが初回の迷宮踏破報酬は私が頂きます。それと調査団を私の指揮下に置きます。突然盾にされても困るので」
「了解した。漏れなく持って行くと良い。
報酬や財宝はペカトーレだけには渡したくない。最悪冒険者ギルドなら仕方ないと諦める。そんな気持ちだ」
「そのご依頼賜りました。交渉成立した所で。
手始めに生還者全員の呪いを解除しましょう。その人たちの情報収集から始めます」
「おぉ…その様な事が。それは有り難い。正直生還者の保障問題も沸き上がっていてな。悩みの種だった。
大至急城内の広間に集めさせる」
集められるまでに1時間。作業は数秒。
女神様有り難う。信者ではないのですが?
「些細な事象は気にしない。だそうで」
些細で片付けないで下さい!
呪いが解除され正常な精神を取り戻した者から順番に。
許して下さい。二度と行かせないで下さい。と涙ながらに国王に直訴のパレードが始まった。
纏わり付かれ揉みくちゃにされる国王様。ある意味愛されてる?人望は厚いようだ。
落着くまでに数時間。得られた情報は極僅か。
マップに起こしてもマップに成らず。
「これ…ランダム転移ダンジョンだ」
「だな…」ソプランが腰を引く。
その逃げる腰を掴み。
「初週は一緒に行こうよぉ。旅は道連れって良く言うじゃないのさぁ」
「い、嫌だ。俺とアローマは外で大人しく待機してる」
その淡い夢は却下した。
ランダム転移。その名の通り、進んだ先々で別の場所に飛ばされる。正解ルートは1つだけ。転移先はモンスターハウスが当たり前。襲い来るのは死霊系モンスター。
並の精神では追い付けない。孤立無援状態になるのも当たり前。そりゃ二度と行きたくないわ。
「あのー。スタンさんスタンさん。ちょっとだけお願いがあるのですが…」
「スターレン様。私もお願いが…」
「…入りたくないって?」
「私、お化け屋敷とか肝試しとか昔から苦手なのよ」
初耳です。
「解除して頂けると解っていても。死者に呪われるのは嫌です。お許し下さい」
アローマは仕方ないな。呪い対策品持ってないし。
溜息混じりにマップを見直した。
「途中までの道は割り出せる。初日だけ全員で頑張って突入しよう。受けないと知ってても俺も嫌だよ。
死霊系は触れられる前に倒し切れば問題無い」
「理論上はな…」ソプランが項垂れた。
再編成やリトライに志願してくれた兵士は20名。
国で保有していた対策装備品と見比べ、それが限界数。
短期で終わるかは入ってみないと解りません。
---------------
今夕からは王族専用の食堂での食事に切り替わった。
ソプランたちは少し離れた卓に。俺とフィーネだけ対岸に王妃様4人が座る王族卓へ座らされた。
最上のサダハが口を開いた。
「堅苦しいだろうが楽にしてくれ」壁を崩してくれたのは有り難いけども。
「不躾な質問ですが。ご子息様方は何処に」
王妃様たちがソワソワ。
「子息か…。子息だったら良かったんだが。
頑張って産んで貰った十人は、全員女児でな」
「…何とも」
「男児は諦めた。次代は王家初の女王の誕生だ。
同席させていないのは…」
サダハがフィーネをチラ見。
「誰も私もスターレン殿に会わせろと五月蠅くてな。
…フィーネ嬢はスターレン殿に異性が手を触れるだけでも嫉妬に狂って撲殺してしまうとか」
「は?」
「と言う噂を耳にしてしまって。眉唾だとは思ったが念の為全員後宮に軟禁している」
「失礼な。怒った事は多々有りますが手を出した事は一度も有りませんよ。過度な接触と誘惑行為さえしなければ怒ったりもしません。最近は大分我慢出来るように成りましたし」
「そ、そうか。万が一が起きてしまってはこちらも困る。
特に会う必要も無いならこのまま脱出してくれ。娘たちには後で叱られるだろうが」
「ご挨拶程度なら。最後に王都を退去する時にでも」
「それ位なら仕方ない」
何とか納得してくれた模様。
場を取り成し。
「遠征地までは大体三日程度掛かる。意外かも知れないが近場だ。
ある日唐突に出現したと説明したのは嘘ではない。
魔素溜りも魔物の目撃情報も無かった場所に突然大穴が空いた具合で我々も度肝を抜かれた。
迷宮誕生の瞬間に立ち会えなかったのは残念だが。モメットはかなりの強運の持ち主なのだろうな。
ともあれ国としても放置は出来ない。謎多き迷宮からの氾濫が最も恐れる所だ」
「でしょうね」
モメットさんがスフィンスラーの石版の端切れを持っていたからではないかと推測します。
「迷宮からの氾濫?」
「そう。地上の魔素溜り付近で起きる氾濫とは違って。安定感の足りない迷宮は、長年放置してると勝手に中から魔物が溢れ出す事も稀にあるだってさ。東大陸でも幾つか在るらしいよ」
「ふーん」
「スターレン殿の指摘通りだ。初期調査で直ぐに中身は判明した。最も安定が欠落すると有名な死霊系迷宮だとな。
先陣の迷宮に背陣の女神教。側面からはペカトーレの台頭。踏んだり蹴ったりだ!」
「お気持ちはお察しします」
「それを理由に海賊への対処が遅れたのは言い訳にもならんが。通り縋りに君らが海賊の中核とローメインを潰してくれたのだ。迷宮の件も含め感謝しかない」
「迷宮はまだこれからですよ」
「うむ。給仕の件だが。やはりスターレン殿の見立てが正しく有益な情報は得られなかった。
金に目が眩んだだけで相手の間者も特定の酒場に居ると向こうから来ると言う話だ。張り込み等はこちらでやるが期待は薄いだろう」
「そうでしたか。残念です」
「遠征出発予定は三日後。間の二日間は王都やシャインジーネをゆっくり見物でもしていてくれ。その他の雑事はこちらで進める」
「はい。視察が我らの本分ですから」
「明日明後日の昼食が不要なら部屋付けの侍女に伝えてくれれば良い。明日の夕食会前にモメットとの顔合わせをしたい。
聞く所に依ればモメットと知り合いなのだそうだな」
「ええ。タイラントでお世話になった恩人の息子さんですね。まだ直接会ってはいませんが」
「本人が頻りに君の名を口にして会いたがっていたのもあって今回は強引に招いてみた訳だ」
俺は余り積極的には会いたくなかったんですが。
「それは楽しみです」
「一風変わった?面白い男?だから楽しみにして置くと良いだろう」
何故そこで疑問符?
その疑問形の意味は彼?と出会って数秒で理解した。
はさて置き。明日は半日、明後日は全日オフ(視察)である。地物特産品の調査から交易流通ルートの確認と品物の検閲と色々と忙しい。
サダハんが自信満々に何でも見て良しと言うからには潔白であるのは半分信じよう。しかし悪い事をする奴は何処にでも居る。商業ギルド支部で俺たちここに居ますアピールをしながら堂々と練り歩く積もりだ。
---------------
遣ることは普段と変わらず食べ歩きが基本です。
商店街や露店商を巡り、ダイナミックに串刺しにされた烏賊の丸焼きや鯖の塩焼きを皮切りにマンゴー、パパイヤ、バナナのフライドチップス等々。おやつと保存食にも注目したい。
中でも成果店で目に留まった物。
「アボカドかぁ」
「ここを出る時に忘れず買いましょう」
「それ美味いのか」
「ソプラン。食べるばかりではいけませんよ」
「アローマは俺の母ちゃんか!」
「まあまあ。アボカドは火を通すと柔らかくてトロトロな果肉になってサラダでもパスタの和え物とかと相性が良い。
曲が無くて茄子と似てるかな。偶に青臭いのが嫌って人が居るけど、それも調理次第さ。
水分量が多くて煮込み料理には向かない。単品で栄養価が高いからやっぱ普段使いならサラダがベターかも」
「ふんふん。もぎたての青臭さが苦手なら3日位暗所で常温保存して熟してから使ってもいいし。蒸し器で蒸し上げるだけで一品料理として添えられるし。色々使える…」
店の主人がこっそりと聞き耳を立ててメモを取っていた。
「あ、今メモ取ってた?」
「すいやせん。国賓様のお話が生で聞けるなんて貴重なもんで。卸先を拡大出来るかもなんて考えたら手が勝手に動いちまって。お許しくだせえ」
「タダで盗み聞きはよくないなぁ。情報料の代わりにおじさんのお勧めの定食屋さん教えてよ」
「…小汚え大衆食堂でいいんですかい?」
「そう言うのがいいんですよ。お上品ばかりだと肩凝るだけだし」
「そうなんですかい。お優しい国賓様で良かったでさあ」
商魂逞しいおじさんに教えて貰った2軒の内1軒で昼食を頂いた。
脂の乗った鰆の塩焼き定食。麦飯と生野菜サラダとスクランブルエッグと粗汁。庶民的な勢いを多分に感じます。
豪快さの中でも粗汁はお上品で優しいお味。
骨の大きさと味からすると鰤ぽい。手間暇掛けて煮出された魚介出汁で岩塩風味だけでも立派なスープに大変身。
「美味い」
「優しい味わいだねぇ」
「落ち着きますね」
「魚臭くもねえな」
「クワァ~」
備え付けの魚醤を垂らすと更に風味が増して美味!
女将さんに美味しかったですと伝えると。
「お口に合って良かったですよぉ。一時はどうなる事かと思いました」
外交官の勲章も伊達ではないって話です。
これなら明日のもう1軒も期待出来る。
町中の散策はそこそこに。町の西端にあった崖上の展望台からシャインジーネの町や西へ続く街道を見下ろして眺めた。
空は満天の蒼。海も濁り無く透き通って輝き。離れた空にはカモメが自由に飛び回っていた。
クワンが居ると何故か他の鳥たちは逃げて行く。どうやら鳩はヒエラルキーの上方に君臨していると思われる。
頂点はガルーダさんだろうね。
「色取り取り。雑然とした町並みが素敵ね」
「南大陸は多宗派だから。建物の色使いも自由奔放。交易都市であり自由都市でもある。信じる物も自由。
女神教、水竜教、自然を愛する山神教。異なる文化を持ち寄り混じり合い重ね合う。そして生まれたのがこの町であり南国さ」
「遠い目しやがって。やってる事なんも変わってねえだろ」
「ハハッ。確かに。でも俺がタイラントで何も手に出来てなかったら。次に目指してたのはこの国。
新しい何かを始めて。泥に塗れて。頭地面に擦って。中央の事なんか欠片も忘れて。何もかも忘れて。自由を謳歌したかった」
「スターレン様の中ではここが理想郷でしたか」
「どうだろうねぇ。理想であり通過点、かな。ここに飽きたら多分フラフラと何処かへ行っちゃう気がする」
俺の腕を掴むフィーネの手が強張る。
「一人でなんて行かせないから。絶対に」
「飽くまで仮定の話だよ。今じゃ考えられない」
「ねえスタン。中央の人たちには内緒で。この大陸に別荘買っちゃおうか」
「それもいいな。…でもこの国は止めとこか。今口に出すとロメーランの町丸ごと押し付けられそうだし」
「そんなの有り得…るわね…」
「怖え怖え。俺ら巻き込むなよ」
「今のは聞かなかった事にします」
軽く空想の話を咲かせてサンジナンテの王宮に戻った。
---------------
案内されたのは国賓用の接客室。
夕食前にモメットさんと初面談をする為に。
遅れて現われた屈強な男。長身で190はあるのではなかろうか。
滲み出る青顎を薄化粧で隠し…切れてはいない。
メメットさんに似通う顔の輪郭。短髪黒髪のオールバック。
頑丈そうな革鎧を身に着けて商人と言うよりも完全に冒険者の風体。
「初めまして。スターレンと申します。こちらが妻のフィーネ。後ろがメメット隊に所属していたソプランとその妻のアローマです。モメットさんですよね?」
俺が代表で自己紹介して軽く握手を交した…。
あれ?離れない。離してくれない?何この馬鹿力は。
「スターレン様ぁ♡」
突然引き寄せられて抱き締められた。
「「「「へ?」」」」
「お会いしたかったですぅ。パパからお手紙貰ってから今か今かと待侘びて。やーーーっと出会えましたわ。
これって運命ですよね?ね?真に想像していた通り。華奢でウブな感じが堪りませんわぁ」
慌てたフィーネが引き離そうとするが。
「あれ?力強ッ。ちょっと離れなさいよ。…可笑しいな。嫉妬心が湧かない。同性だから?」
と困惑気味。
矢鱈と香水臭い胸に顔を埋められながらも。
「ちょ…。あんた男だろ。俺には嫁が居るし。男の趣味は無いの。離れろって」
「嫌ですわ。もう一生離れません。私を付き人兼愛人に」
何を言ってるんだ。
エプロンドレスを脱いだアローマがビンタ数発。
でやっと引き剥がれて大人しくなった。
ベルさんが言ってたのってこれかぁ。これは想定外だ。
「奥様の目の前で、主人様に不貞行為を働くとは何事ですか!!淑女の心を持つのなら己の歩を弁えなさい!」
「ごめんなさーい。これ以上私の顔を大きくしないで」
「アローマ。助かった。もうその辺にして」
グズりながらも対面のソファーに女座りで座り直した。お前スカート履いてねえだろ!
「自由に生きなさいって言ってくれたママが亡くなって。急にパパが男らしくしろって無茶を言い出して。当時は年収も低かったパパを見返してやるんだって飛び出して。
こっちで頑張っていたら急にパパからお手紙が届いて。今の年収と一緒にスターレン様のお陰だって自慢気に」
「成程。で?」
「私も恩返ししなきゃって方々走り回っていたら。こわーい野盗のお兄さんたちに捕まって。何人でも相手になってやるわって叫んだら洞窟に押し込まれて。お花を摘もうと穴掘りしてたら突然大穴が現われて。もうビックリ。
野盗のお兄さんたちは全員私を置いて中に入ってしまって幸運だとばかりに逃げ出しました」
「それがカラードキャメオの迷宮」
「そうなんですよぉ。お城と冒険者ギルドに報告したら第一発見者として優遇されちゃったんですぅ」
満面の笑みでお目々キラキラ。…ごめんちょっとキモいからこっち見んな!
「でも御免なさいスターレン様ぁ」
「何が?」
「何時かお会い出来たらお渡ししようと思って。大切に大切にしていた古びた石版の欠片が。先月辺りに突然跡形も無く消えてしまったんですぅ」
「「「…」」」俺、フィーネ、クワンが言葉を消失。
それに関しては全面的に俺が悪い。済まん。
「まあいいじゃん。そんな石版よりも迷宮の方が数倍価値がありそうだし嬉しいよ」
「そうなんですかぁ?あれは行き倒れの行商さんから。マッハリアを平和に導いた英雄様にお渡ししてくれって預かった物だったんですが…」
胸が痛い!誰だか知らないがその人にも謝罪申し上げる。
心の中で。
「無くしてしまった物は仕方ないよ」
「そう言って貰えると救われますぅ。ご褒美のキスを」
「調子に乗るな!」
アローマさんの平手が飛んだ。お手が早い!
「先程淑女の嗜みをと申し上げたばかりですよ」
「怖いよぉ。本気で打つ事ないじゃない」
頬をスリスリしょんぼりモメット。
何故か俺も心が痛い。
速攻切替えためげないモメット。
「では明後日。私が迷宮の入口までご案内しますわ。本当は中まで同行したいのですが…。足手纏いになるので外でお待ちしていますわ」
装備整えれば足手纏いにはならない気が…。
「よ、宜しくな」
軽く握手を交すとウキウキしながら退出して行った。
「凄い人だったね」
「見た目とのギャップが酷い」
「差別する気はねえがオカマは苦手だ。俺は関わりたくねえ。メメットさんの息子でも…娘だとしてもな」
「叩いた手が痛みます。なんて頑丈な…」
「後で治してあげるね。フォークが持てないなら隣に座ってアーンしましょうか」
「いやそれは俺がやる。お嬢は上席に座ってろ」
「…ここでは恥ずかしいので。今直ぐでお願いします」
ならばとフィーネはアローマの手を引いて歓待室へ引き上げて行った。
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