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第78話 ラフドッグでの休暇01
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前回はスルーしていた魚以外の市場を回る。
朝取れ野菜や南国フルーツが豊富。
開催時間は朝から夕方まで。
魚市と比べ標準的な時間帯。
なので急ぎはしない。
ゆっくりと朝食を食べながら、新しいガイドマップで昼のご飯屋さんを吟味。
「増えてますねぇ」
「前の倍とまでは言わないけど…多いな」
夏目前からの稼ぎ時。
洋食店がメインだが、丼物のお店も結構増えていた。
鍋屋さんも増加。
どんなに暑くても汗汗しながらと言うのも悪くない。
生食文化は基本的に無いから、年間通しで火を通すメニューが消え去る事はない。
初日は定番の定食屋で決めて出発。
魚市の裏手側の市場。
メロン、パイナップル、ドラゴンフルーツ、バナナ。
「あ、ドリアンがある」
「あの臭いのキツい奴でしょ。私はいいわ」
「俺も。栄養価は高くても。食感がバナナに似てるならバナナでいいやって感じ」
「うんうん。食べたらきっとキスしたくなくなる」
それは困るとスルーして。
地物野菜コーナー。
高麗人参っぽい物や赤い玉葱。
葉物はやや少なめ。黒大蒜や麦粒。
トマト、パプリカ、胡瓜、小振りの西瓜。
高麗人参と黒大蒜と杏のリキュール漬けの試飲が出来たので2人でトライ。
「おぉ、久々に喉が焼ける感じだ」
「突き抜ける刺激だね。普通に精力付いちゃう」
店主さんが。
「そのまんまストレートで飲む人は滅多に居ないが…」
「俺たち夫婦揃って酒が滅法強いんで」
「大丈夫ですよ」
そうかいと苦笑い。
序でにドス黒い3年物を数本購入。
「まいど。英雄様は肝も尋常じゃないと…」
ぶつぶつ言ってた。
目的のお芋さんコーナーを発見。
馬鈴薯、里芋、長芋、自然薯、甘芋。
「やっぱりあれは無いかぁ」
「とろろ麦飯って良くない?」
「いいねぇ。段々と俺と思考が似てきたな」
「嫁としても。スタンと料理してると、あなた色に染まって行く自分が居ます」
何だろドキドキする。
「なんだい人の店の前で…
ってスターレン様じゃないかい!?」
恰幅の良いおばさん店主さんが俺たちを見て大層驚いていた。
「何処かでお会いしましたっけ?」
「初めまして…だと思う」
「こりゃ挨拶が遅れたねぇ。ゴーギャンの家内のメドーニャだよ。亭主が大変世話になってるんだって自慢するもんだからさぁ。チラチラ二人を見てたんだよ」
ゴーギャンさんの奥さん!?
「それはどうもです。お世話と言うか、一方的に迷惑掛けてるのはこっちなんで」
「初めましてメドーニャさん。お互い様…になるようなならないような」
メドーニャさんは大笑いして。
「ホントに仲がいいんだねぇ。こっちに回るのは確か初めてだろ。目当てはなんだい?
私は一応ここの市場の取締やってんだよ。
何でも聞いとくれ」
それは好都合。
「丁度良かったです。ちょっと特殊な芋を探してまして」
「赤茶色で小振りのメロン位の大きさで。中身を素手で触ると手がとっても痒くなるお芋なんですけど」
「あぁ…、あれかね。割ると直ぐに傷んじまって畑の肥やしにしかならない奴の事かい」
「お、多分それです」
「町の近くで収穫出来たりしますか?」
「だったら、町を出て北東の森に自然薯が取れる場所があってね。その手前辺りに自生してるよ。
その近くに芋畑を拡大中でね。今なら取り放題さ」
「メドーニャさんって今日の午後とか明日とかって空き時間ないですか?護衛なら俺たちがやるんで案内をお願いしたいんですが」
「収穫の許可も同じく」
「最近は二人のお陰でめっきり治安が良くなったから、
護衛なんて要らない位さ。
今日も明日も昼からなら空いてるよ。
早速今日行くかい?」
「是非。昼飯食べたら…どの辺に居ます?」
「昼で店番交代して休憩したら、この市場内を見回りしてるから好きな時に声を掛けとくれ」
「「有り難う御座います!」」
「因みに。メドーニャさんの家のキッチンって借りられたりします?」
「ご迷惑でなければ」
「その芋で何か作るのかい。そりゃ見てみたいねぇ。
こっちからお願いするよ」
「後…。里芋下さい」
「好きなだけ持ってきな。家の旦那も稼ぎだけはいっちょ前だからねぇ。金なんて要らないよ」
封じられた。
「じゃあ中粒を20個下さい」
「あいよ」
そうと決まれば後は後は凝固剤を手に入れるだけ。
「凝固剤って何処かに売ってた?」
「日干し昆布のお店で見た気がする」
海産物雑貨店へ。
「あった。焼いた貝殻を砕いた粉」
「一般的には肥料とか壁材の塗料に混ぜ込む粉ね。これでいいのか」
「後は日用品店で料理用手袋と、
鮮魚店で真烏賊を買おう」
「そっちは…。里芋の煮っ転がしだ」
「正解」
「なら烏賊の方買って来る。お昼のお店前集合で」
買い物を終えて合流した時には丁度昼。
目的の定食屋も変わらず人気は高かったが、他の店にも分散してそれ程並ばずに入店。
2人とも悩まずミックスフライ定食を発注。
「これの方が色々楽しめるね」
「こっちの方がお得で豪華だったな。覚えとこ」
遂にマヨが到達。魚介も然る事乍ら、それを際立たせるタルタルソースが美味!
「タルタルうまっ」
「ベースが出来ればピクルス到達も早いものですなぁ」
ちょっとした感動。
お代わりは死ぬ気で抑えて、市場に戻った。
ルンルンで歩いていたメドーニャさんを拾い、町の外へお散歩。
そのしっかりとした足取りを見て。
「メドーニャさんって昔海女さんだったりします?」
「昔と言わず、今でも現役さね。ちょくちょく潜っては海胆とか獲ってるよぉ」
「「へぇ」」
芋畑に到着。
言う通りに自然薯近くを掘ると直ぐに出てきた。
軍手で持ち上げたそれは。
「あったー。生芋」
「良かった良かった」
「それを見て喜ぶのはあんたらだけだね」
大玉を1つだけ採取した。
「これが後で信じられない物に変わりますから」
「お楽しみに」
ご主人が仕事中に、ゴーギャン宅へ突入。
「ゴーギャンさんが居ないのに!奥様のご許可を得て上がり込んでしまいました。料理人のスターレンです」
「ごめんなさい。助手のフィーネです」
「構やしないさ。遠慮なくお遣り」
「心強い言葉を頂き、調理を始めます。
用意する物はこちら」
「先程裏庭の流水所で蔕と根っこを除去して水洗いした生芋と、丁寧に振いに掛けた焼き貝の粉の水溶液」
「これからの作業は必ず料理用手袋をして下さい」
「どんなに手の皮が厚くても痒くなってしまいますのでご注意を」
「水洗いした生芋の皮を僅かに残る程度で剥き、ざっくりとぶった切って鍋で茹でます」
「目安は40分程度ですが、一番大きな物にこちらの竹串が楽に通れば大丈夫です」
………
「生芋が茹で上がったら、芋を大きなボールに移して摺り棒で崩しながら真水を加えて行きます。
目安は生芋500gに対し、水が1700cc」
「少しずつ水を入れ、冷めてきたら手ごねに切替えます」
「全体に粘りと弾力が出て、手に張り付いて伸びる程度が目安です」
「スタンさんいい感じです」
「ここで粉を溶かした水溶液の登場です。こっからは超スピード勝負。何と!1分以内に混ぜきらないといけません」
「水溶液が凝固剤代わりですので、偏る事のないようにお願いします」
「混ぜ切った段階で、拳大程度に玉を作り、まな板などの上に並べ様子を見ます」
「玉の表面がテカテカと反射するまで少々お待ちを」
……
「照りが出て来ました。後は大鍋で茹でるだけなのですが温度は沸騰手前で留めて下さい」
「型崩れの原因ですから、火加減調整が重要です」
「茹で時間の目安はしっかりと1時間程度。灰汁が沢山出ますが恐れる事無く茹で続けて下さい」
「頑張ります!」
「フィーネさんに頑張って頂いている間に、空いたコンロでもう1品。無性に作りたくなった里芋の煮っ転がしを作ります」
「応援しながら茹でてます」
「皮を剥いて水置きしておいた里芋を大粒のまま、中に火が通るまで茹でます」
…
「里芋を茹でている間に真烏賊の準備です。
内臓と腸と骨を抜き、傘と下足だけを使います。
他の部位は畑の肥料にでもどうぞ。
傘の薄皮は残したまま。下足と共にぶつ切りにして茹でている最中の鍋で軽く湯通しします」
……
「隣はやっぱり凄い灰汁ですね。そちらはもう一度水を入替えて40分程度再度茹で上げて下さい」
「料理人も大変ですね」
「里芋の茹で汁も一旦捨て、中身をお玉で別皿に移動するなどで鍋を洗い綺麗にします。
材料を鍋に戻し。
水を800ccと白ワインを多めに加えて煮立たせます」
……
「酒精が飛んだら、蜂蜜、魚醤、砂糖を適量。
魚醤は塩気が強いので茹で汁の濃さで薄狐色を狙って下さい」
「隣から甘い匂いが…そしてお腹が…」
「もう少しなので頑張って」
………
「蒟蒻の方も2度目の湯がきが終わり、こちらの煮っ転がしもいい感じに炊き上がりました。
里芋と烏賊の煮付けはそのまま自然冷却。
蒟蒻は真水に浸して冷ましましょう」
煮物を半分だけ容器で持ち帰り決定。
メドーニャさんの前に配膳を終えた頃には17時手前。
蒟蒻のお刺身を摺下ろしショウガと刺身醤油で頂いた。
「「「ん~~」」」
「クワッ!」
「どうですか。蒟蒻のお味は」
「これは驚いたねぇ。曲が無いのに仄かに香る磯感が食欲を刺激して幾らでも食べられそうだよぉ」
「水置きした分はそのまま一日寝かせて置けば、最後の灰汁も抜けきって味もより濃くなるので。明日の午後に半分頂きに上がります」
「途中で食べてもいいですよ。気になる脂肪分や糖分も全くない食材なので、晩酌の充てにでもどうぞ」
「今晩のおかずが浮いたわ」
「是非これを商品化してゴーギャンさんの事業に加えて下さい。ロロシュさんとの約束なんで」
「総師との約束!?
そりゃ有り難いねぇ。亭主と相談してみるよ」
「話は変わりますけど。
ゴーギャンさんの所に最近秘書官さんが入ったのはご存じですか?」
「ご存じも何も。先月家の養子に迎え入れたのさ。
運悪く子供が出来なかったものでねぇ。
子育ては出来なかったけど、今では可愛い息子さね」
そうだったんだ。
「そうですか…。立ち入った事を聞いてしまって済みませんでした」
「ごめんなさい」
「気にしなさんな。ピレリも天涯孤独の身になって丁度良かったって喜んでくれたし」
「「え…」」
間に合わなかった…のか。
「あ!二人とは関係無いよ。
確か二人に出会う少し前に…亡くしたって。
これ以上は本人から聞いとくれ」
「はい。それは本人にそれとなくお聞きします。
長々とお邪魔しました」
「お邪魔しました。お台所の片付けは…」
「こんな料理をして貰ったんだい。
勿論片付けは私がやるさ。
明日、市場で待ってるからね」
---------------
ホテルに戻り、ディナーの後で。
煮っ転がしを肴に晩酌を。
「最初に出会った時に。ピレリさんから感じた深い悲しみのリズムは…そう言う事だったんだ」
「彼も前向きに生きてるみたいだし。
過去を詮索するのは止めよう。
今とこれからをどうしたいのかを聞いてみて、世話を焼くかどうかを考えればいいさ」
「そうね。それがいいわ。
にしても…煮っ転がしはちょっと塩っぱいね」
「やっぱ醤油だよなぁ。
王都でも全然回ってないから、こっちまで届くにも時間掛かると思って。こっちで用意出来る形にしたんだけど」
「これはこれで充分美味しいよ。
お酒のお摘まみには持って来い」
「クワッ」
クワンも満足そうに食べていた。
そして再び乾杯した。
人にはそれぞれ過去がある。
掘り起こしても誰も喜ばないし辛いだけだ。
出会いがもう少し早ければと思いつつも。
何をどうしても取り戻せないし、
他にも救えない人たちは大勢居る。
この2本の腕だけではそれが限界。
「まーた背負い込もうとしてる」
「ハハッ。フィーネには適わないな」
---------------
ゴーギャンの自宅。
家の主人はこれまで嗅いだ事の無い、磯の匂いと別の甘い香りに鼻を鳴らした。
「メドーニャや。この珍しい香りは?」
隣のピレリも鼻を鳴らした。
「美味しそうな香りですね」
しかしダイニングに座るメドーニャは神妙な面持ち。
「どうしたんじゃ」
「何処か具合でも?」
「いいから。早く手を洗って食べなさい」
首を捻りつつ順番に手を洗って席に着いた。
それは見た事もない二品。
「頂きましょう。何方も美味しいわよ」
ゴーギャンは薄灰色の柔らかい物体にフォークを突き刺して備え付けの溜り醤油に付けて食した。
「!?」
ピレリは隣の茶褐色の煮付け芋を食べた。
「!?」
これは何だと聞く前に。
「何か飲む?」
「じゃあ白で」
「私も同じで」
メドーニャはニッコリ笑うと、白ワインを空けて二人のグラスに注いだ。
「これらは何だ。お前が作ったのではないだろう」
「今日。あのお二人が私の店に来たわ」
「なっ…」
「スターレン様ご夫妻が、ですか?」
「ええそうよ。捨てて肥やしにするだけだった痒い芋からそのプリプリした物を作り、序でに烏賊と里芋でそっちの煮付けを作ってくれたの」
「「…」」
「とっても二人で楽しそうに料理をしてる姿は…
ピレリが来る前に夢に見ていた子供たちが私たちの為に作ってくれてるみたいに錯覚しちゃってさ。
正直涙を堪えるのに苦労したわ」
「「…」」
「作り方から教わったから、あんたの事業に加えてって。
総師との約束だからだそうよ」
「そんな…」
「前のお詫びの積もりかも知れないわね。
こんなガサツな女でも、総師の名を出されちゃ断れないじゃない」
「…」
「それと。ピレリの事をとても気にしてたわ。
もう直ぐ話し掛けられるんじゃないかしら」
「俺の…事を…」
「だから言っただろ。それをお前は」
「済みません…」
「さぁ。昔話は止めにして。食べましょうよ。
珍しく待ってたんだから」
三人で。恩人の作ってくれた料理で杯を空けた。
---------------
晩酌も終わり。いい感じになりかけた頃。
4番からフィーネに着信。
「おっと危ない危ない。
はい…うん…大丈夫よ」
何だか急に元世界に舞い戻ったような不思議な感覚。
「…ありがと。お休み」
通話を終えたフィーネが。
「ギルドに本部からの返事が届いたって。
支部の人事には本部は関与しない。それで問題になって他の近隣支部から苦情が来るようなら対処する。
本部の位置情報については公開出来ない。
何かしらの事情があるみたい。
こっち側に居る本部到達者に聞くのはいいそうよ。
辿れるルートも昔から変更してない。
上陸して近場の職員に聞けば直ぐに解る。
可能なら私たちとソラリマが早めに見たい。
強制ではない。だってさ」
「催促されてもこっちも忙しいし、それはいいや。
場所はデニスさんか、話が聞ける状態ならギークにでも聞いてみよう」
「それしかないわね」
朝取れ野菜や南国フルーツが豊富。
開催時間は朝から夕方まで。
魚市と比べ標準的な時間帯。
なので急ぎはしない。
ゆっくりと朝食を食べながら、新しいガイドマップで昼のご飯屋さんを吟味。
「増えてますねぇ」
「前の倍とまでは言わないけど…多いな」
夏目前からの稼ぎ時。
洋食店がメインだが、丼物のお店も結構増えていた。
鍋屋さんも増加。
どんなに暑くても汗汗しながらと言うのも悪くない。
生食文化は基本的に無いから、年間通しで火を通すメニューが消え去る事はない。
初日は定番の定食屋で決めて出発。
魚市の裏手側の市場。
メロン、パイナップル、ドラゴンフルーツ、バナナ。
「あ、ドリアンがある」
「あの臭いのキツい奴でしょ。私はいいわ」
「俺も。栄養価は高くても。食感がバナナに似てるならバナナでいいやって感じ」
「うんうん。食べたらきっとキスしたくなくなる」
それは困るとスルーして。
地物野菜コーナー。
高麗人参っぽい物や赤い玉葱。
葉物はやや少なめ。黒大蒜や麦粒。
トマト、パプリカ、胡瓜、小振りの西瓜。
高麗人参と黒大蒜と杏のリキュール漬けの試飲が出来たので2人でトライ。
「おぉ、久々に喉が焼ける感じだ」
「突き抜ける刺激だね。普通に精力付いちゃう」
店主さんが。
「そのまんまストレートで飲む人は滅多に居ないが…」
「俺たち夫婦揃って酒が滅法強いんで」
「大丈夫ですよ」
そうかいと苦笑い。
序でにドス黒い3年物を数本購入。
「まいど。英雄様は肝も尋常じゃないと…」
ぶつぶつ言ってた。
目的のお芋さんコーナーを発見。
馬鈴薯、里芋、長芋、自然薯、甘芋。
「やっぱりあれは無いかぁ」
「とろろ麦飯って良くない?」
「いいねぇ。段々と俺と思考が似てきたな」
「嫁としても。スタンと料理してると、あなた色に染まって行く自分が居ます」
何だろドキドキする。
「なんだい人の店の前で…
ってスターレン様じゃないかい!?」
恰幅の良いおばさん店主さんが俺たちを見て大層驚いていた。
「何処かでお会いしましたっけ?」
「初めまして…だと思う」
「こりゃ挨拶が遅れたねぇ。ゴーギャンの家内のメドーニャだよ。亭主が大変世話になってるんだって自慢するもんだからさぁ。チラチラ二人を見てたんだよ」
ゴーギャンさんの奥さん!?
「それはどうもです。お世話と言うか、一方的に迷惑掛けてるのはこっちなんで」
「初めましてメドーニャさん。お互い様…になるようなならないような」
メドーニャさんは大笑いして。
「ホントに仲がいいんだねぇ。こっちに回るのは確か初めてだろ。目当てはなんだい?
私は一応ここの市場の取締やってんだよ。
何でも聞いとくれ」
それは好都合。
「丁度良かったです。ちょっと特殊な芋を探してまして」
「赤茶色で小振りのメロン位の大きさで。中身を素手で触ると手がとっても痒くなるお芋なんですけど」
「あぁ…、あれかね。割ると直ぐに傷んじまって畑の肥やしにしかならない奴の事かい」
「お、多分それです」
「町の近くで収穫出来たりしますか?」
「だったら、町を出て北東の森に自然薯が取れる場所があってね。その手前辺りに自生してるよ。
その近くに芋畑を拡大中でね。今なら取り放題さ」
「メドーニャさんって今日の午後とか明日とかって空き時間ないですか?護衛なら俺たちがやるんで案内をお願いしたいんですが」
「収穫の許可も同じく」
「最近は二人のお陰でめっきり治安が良くなったから、
護衛なんて要らない位さ。
今日も明日も昼からなら空いてるよ。
早速今日行くかい?」
「是非。昼飯食べたら…どの辺に居ます?」
「昼で店番交代して休憩したら、この市場内を見回りしてるから好きな時に声を掛けとくれ」
「「有り難う御座います!」」
「因みに。メドーニャさんの家のキッチンって借りられたりします?」
「ご迷惑でなければ」
「その芋で何か作るのかい。そりゃ見てみたいねぇ。
こっちからお願いするよ」
「後…。里芋下さい」
「好きなだけ持ってきな。家の旦那も稼ぎだけはいっちょ前だからねぇ。金なんて要らないよ」
封じられた。
「じゃあ中粒を20個下さい」
「あいよ」
そうと決まれば後は後は凝固剤を手に入れるだけ。
「凝固剤って何処かに売ってた?」
「日干し昆布のお店で見た気がする」
海産物雑貨店へ。
「あった。焼いた貝殻を砕いた粉」
「一般的には肥料とか壁材の塗料に混ぜ込む粉ね。これでいいのか」
「後は日用品店で料理用手袋と、
鮮魚店で真烏賊を買おう」
「そっちは…。里芋の煮っ転がしだ」
「正解」
「なら烏賊の方買って来る。お昼のお店前集合で」
買い物を終えて合流した時には丁度昼。
目的の定食屋も変わらず人気は高かったが、他の店にも分散してそれ程並ばずに入店。
2人とも悩まずミックスフライ定食を発注。
「これの方が色々楽しめるね」
「こっちの方がお得で豪華だったな。覚えとこ」
遂にマヨが到達。魚介も然る事乍ら、それを際立たせるタルタルソースが美味!
「タルタルうまっ」
「ベースが出来ればピクルス到達も早いものですなぁ」
ちょっとした感動。
お代わりは死ぬ気で抑えて、市場に戻った。
ルンルンで歩いていたメドーニャさんを拾い、町の外へお散歩。
そのしっかりとした足取りを見て。
「メドーニャさんって昔海女さんだったりします?」
「昔と言わず、今でも現役さね。ちょくちょく潜っては海胆とか獲ってるよぉ」
「「へぇ」」
芋畑に到着。
言う通りに自然薯近くを掘ると直ぐに出てきた。
軍手で持ち上げたそれは。
「あったー。生芋」
「良かった良かった」
「それを見て喜ぶのはあんたらだけだね」
大玉を1つだけ採取した。
「これが後で信じられない物に変わりますから」
「お楽しみに」
ご主人が仕事中に、ゴーギャン宅へ突入。
「ゴーギャンさんが居ないのに!奥様のご許可を得て上がり込んでしまいました。料理人のスターレンです」
「ごめんなさい。助手のフィーネです」
「構やしないさ。遠慮なくお遣り」
「心強い言葉を頂き、調理を始めます。
用意する物はこちら」
「先程裏庭の流水所で蔕と根っこを除去して水洗いした生芋と、丁寧に振いに掛けた焼き貝の粉の水溶液」
「これからの作業は必ず料理用手袋をして下さい」
「どんなに手の皮が厚くても痒くなってしまいますのでご注意を」
「水洗いした生芋の皮を僅かに残る程度で剥き、ざっくりとぶった切って鍋で茹でます」
「目安は40分程度ですが、一番大きな物にこちらの竹串が楽に通れば大丈夫です」
………
「生芋が茹で上がったら、芋を大きなボールに移して摺り棒で崩しながら真水を加えて行きます。
目安は生芋500gに対し、水が1700cc」
「少しずつ水を入れ、冷めてきたら手ごねに切替えます」
「全体に粘りと弾力が出て、手に張り付いて伸びる程度が目安です」
「スタンさんいい感じです」
「ここで粉を溶かした水溶液の登場です。こっからは超スピード勝負。何と!1分以内に混ぜきらないといけません」
「水溶液が凝固剤代わりですので、偏る事のないようにお願いします」
「混ぜ切った段階で、拳大程度に玉を作り、まな板などの上に並べ様子を見ます」
「玉の表面がテカテカと反射するまで少々お待ちを」
……
「照りが出て来ました。後は大鍋で茹でるだけなのですが温度は沸騰手前で留めて下さい」
「型崩れの原因ですから、火加減調整が重要です」
「茹で時間の目安はしっかりと1時間程度。灰汁が沢山出ますが恐れる事無く茹で続けて下さい」
「頑張ります!」
「フィーネさんに頑張って頂いている間に、空いたコンロでもう1品。無性に作りたくなった里芋の煮っ転がしを作ります」
「応援しながら茹でてます」
「皮を剥いて水置きしておいた里芋を大粒のまま、中に火が通るまで茹でます」
…
「里芋を茹でている間に真烏賊の準備です。
内臓と腸と骨を抜き、傘と下足だけを使います。
他の部位は畑の肥料にでもどうぞ。
傘の薄皮は残したまま。下足と共にぶつ切りにして茹でている最中の鍋で軽く湯通しします」
……
「隣はやっぱり凄い灰汁ですね。そちらはもう一度水を入替えて40分程度再度茹で上げて下さい」
「料理人も大変ですね」
「里芋の茹で汁も一旦捨て、中身をお玉で別皿に移動するなどで鍋を洗い綺麗にします。
材料を鍋に戻し。
水を800ccと白ワインを多めに加えて煮立たせます」
……
「酒精が飛んだら、蜂蜜、魚醤、砂糖を適量。
魚醤は塩気が強いので茹で汁の濃さで薄狐色を狙って下さい」
「隣から甘い匂いが…そしてお腹が…」
「もう少しなので頑張って」
………
「蒟蒻の方も2度目の湯がきが終わり、こちらの煮っ転がしもいい感じに炊き上がりました。
里芋と烏賊の煮付けはそのまま自然冷却。
蒟蒻は真水に浸して冷ましましょう」
煮物を半分だけ容器で持ち帰り決定。
メドーニャさんの前に配膳を終えた頃には17時手前。
蒟蒻のお刺身を摺下ろしショウガと刺身醤油で頂いた。
「「「ん~~」」」
「クワッ!」
「どうですか。蒟蒻のお味は」
「これは驚いたねぇ。曲が無いのに仄かに香る磯感が食欲を刺激して幾らでも食べられそうだよぉ」
「水置きした分はそのまま一日寝かせて置けば、最後の灰汁も抜けきって味もより濃くなるので。明日の午後に半分頂きに上がります」
「途中で食べてもいいですよ。気になる脂肪分や糖分も全くない食材なので、晩酌の充てにでもどうぞ」
「今晩のおかずが浮いたわ」
「是非これを商品化してゴーギャンさんの事業に加えて下さい。ロロシュさんとの約束なんで」
「総師との約束!?
そりゃ有り難いねぇ。亭主と相談してみるよ」
「話は変わりますけど。
ゴーギャンさんの所に最近秘書官さんが入ったのはご存じですか?」
「ご存じも何も。先月家の養子に迎え入れたのさ。
運悪く子供が出来なかったものでねぇ。
子育ては出来なかったけど、今では可愛い息子さね」
そうだったんだ。
「そうですか…。立ち入った事を聞いてしまって済みませんでした」
「ごめんなさい」
「気にしなさんな。ピレリも天涯孤独の身になって丁度良かったって喜んでくれたし」
「「え…」」
間に合わなかった…のか。
「あ!二人とは関係無いよ。
確か二人に出会う少し前に…亡くしたって。
これ以上は本人から聞いとくれ」
「はい。それは本人にそれとなくお聞きします。
長々とお邪魔しました」
「お邪魔しました。お台所の片付けは…」
「こんな料理をして貰ったんだい。
勿論片付けは私がやるさ。
明日、市場で待ってるからね」
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ホテルに戻り、ディナーの後で。
煮っ転がしを肴に晩酌を。
「最初に出会った時に。ピレリさんから感じた深い悲しみのリズムは…そう言う事だったんだ」
「彼も前向きに生きてるみたいだし。
過去を詮索するのは止めよう。
今とこれからをどうしたいのかを聞いてみて、世話を焼くかどうかを考えればいいさ」
「そうね。それがいいわ。
にしても…煮っ転がしはちょっと塩っぱいね」
「やっぱ醤油だよなぁ。
王都でも全然回ってないから、こっちまで届くにも時間掛かると思って。こっちで用意出来る形にしたんだけど」
「これはこれで充分美味しいよ。
お酒のお摘まみには持って来い」
「クワッ」
クワンも満足そうに食べていた。
そして再び乾杯した。
人にはそれぞれ過去がある。
掘り起こしても誰も喜ばないし辛いだけだ。
出会いがもう少し早ければと思いつつも。
何をどうしても取り戻せないし、
他にも救えない人たちは大勢居る。
この2本の腕だけではそれが限界。
「まーた背負い込もうとしてる」
「ハハッ。フィーネには適わないな」
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ゴーギャンの自宅。
家の主人はこれまで嗅いだ事の無い、磯の匂いと別の甘い香りに鼻を鳴らした。
「メドーニャや。この珍しい香りは?」
隣のピレリも鼻を鳴らした。
「美味しそうな香りですね」
しかしダイニングに座るメドーニャは神妙な面持ち。
「どうしたんじゃ」
「何処か具合でも?」
「いいから。早く手を洗って食べなさい」
首を捻りつつ順番に手を洗って席に着いた。
それは見た事もない二品。
「頂きましょう。何方も美味しいわよ」
ゴーギャンは薄灰色の柔らかい物体にフォークを突き刺して備え付けの溜り醤油に付けて食した。
「!?」
ピレリは隣の茶褐色の煮付け芋を食べた。
「!?」
これは何だと聞く前に。
「何か飲む?」
「じゃあ白で」
「私も同じで」
メドーニャはニッコリ笑うと、白ワインを空けて二人のグラスに注いだ。
「これらは何だ。お前が作ったのではないだろう」
「今日。あのお二人が私の店に来たわ」
「なっ…」
「スターレン様ご夫妻が、ですか?」
「ええそうよ。捨てて肥やしにするだけだった痒い芋からそのプリプリした物を作り、序でに烏賊と里芋でそっちの煮付けを作ってくれたの」
「「…」」
「とっても二人で楽しそうに料理をしてる姿は…
ピレリが来る前に夢に見ていた子供たちが私たちの為に作ってくれてるみたいに錯覚しちゃってさ。
正直涙を堪えるのに苦労したわ」
「「…」」
「作り方から教わったから、あんたの事業に加えてって。
総師との約束だからだそうよ」
「そんな…」
「前のお詫びの積もりかも知れないわね。
こんなガサツな女でも、総師の名を出されちゃ断れないじゃない」
「…」
「それと。ピレリの事をとても気にしてたわ。
もう直ぐ話し掛けられるんじゃないかしら」
「俺の…事を…」
「だから言っただろ。それをお前は」
「済みません…」
「さぁ。昔話は止めにして。食べましょうよ。
珍しく待ってたんだから」
三人で。恩人の作ってくれた料理で杯を空けた。
---------------
晩酌も終わり。いい感じになりかけた頃。
4番からフィーネに着信。
「おっと危ない危ない。
はい…うん…大丈夫よ」
何だか急に元世界に舞い戻ったような不思議な感覚。
「…ありがと。お休み」
通話を終えたフィーネが。
「ギルドに本部からの返事が届いたって。
支部の人事には本部は関与しない。それで問題になって他の近隣支部から苦情が来るようなら対処する。
本部の位置情報については公開出来ない。
何かしらの事情があるみたい。
こっち側に居る本部到達者に聞くのはいいそうよ。
辿れるルートも昔から変更してない。
上陸して近場の職員に聞けば直ぐに解る。
可能なら私たちとソラリマが早めに見たい。
強制ではない。だってさ」
「催促されてもこっちも忙しいし、それはいいや。
場所はデニスさんか、話が聞ける状態ならギークにでも聞いてみよう」
「それしかないわね」
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