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第68話 祝勝会
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夕食を軽く済ませ、ちょっとだけいい普段着に着替え。
エドワンドへと向かった。
通されたVIPルームでは、前に感じた芳香剤臭さが和らいでいた。
嫁同伴だからか…。
早々に登場した前回と同じ女性陣の出で立ちも大人しいナイトドレス姿。
香水臭くもない自然な香り。
嫁が…、同伴だからだな。
やはり死線を彷徨ってでも冒険するなら前回だった。
「初めましてフィーネ様。ジェシカと申します」
「こちらこそ初めまして」
と嫁が唱えた瞬間。
残りの5人がクワンのケージ毎、フィーネを引き剥がして離れた場所へと移動した。
「初めましてパメラです。
間近で拝見すると更にお美しいです」
「そ、それ程でも…」
「貴女様がそれ程でもなかったら、
私はどうなるんですか!」
「えぇ…。急にキレられましても…」
「まぁ綺麗な鳩。美しいフィーネ様とそっくり~」
皆がキャーキャー騒いでいた。
シャンパングラスも入り、みんなで乾杯。
それぞれ世間話から入って。いよいよこちらは本題へ。
「商人さんに急用が出来たんですけど。
近日中に会えますか?」
「やはりその件でしたか…、少々お待ち下さい」
そう言って手持ちのハンドバッグから、暗号表のようなメモ帳を取り出してサラサラと眺めて出した。
目線を外して、グラスを空ける。
「スターレン様なら見られても構いませんが。一応形上はやらないと後で怒られますので…」
コマネさんとの間柄がとても気になる。
彼女はウンと1つ唸ると、テーブルのメモ紙に何かを書いて見せて来た。
「明日と明後日はハイネに居ます」
良かった近くに居る。
「明日の昼間が希望です」
メモを丁寧に燃やし終えると、次の紙へ。
「以前泊まられた旅館の六等室。私の連れだと受付に」
泊まった事すら把握されてる。恐ろしや。
あの旅館だったか。
まあそこだけじゃないんだろうけど。
「解りました」
更にもう1枚。
「偽装は完璧に。既にケージも周知されています」
マジか…。そらそうか。
返事の代わりに小さく親指を立てた。
その紙も燃やし終えた後は肉声で。
「最近仕入れた情報は特にありません。ご夫妻様が有名に成り過ぎて、文句を言う輩も全く居らず。
強いて挙げても、お二人の仲が羨ましいなぁ程度です」
「3つの国を渡り歩けば…そりゃそうなりますかね」
「ええ。そこはもう諦めた方が宜しいかと」
「はぁ…。地道に生きてみたかった…」
「無理です」
「はぁ…」
お隣の島が楽しそう。
「私も、普通に結婚して子供を産んでみたかった」
過去形…か。
「オーランドから何を聞いたかは知りませんが。
スターレン様が気に病む事は何一つありません。
私たちをあの屑から解放して下さった。
それでどうして恨みましょう」
「…」
「家名も消え、ただのジェシカとなれました。
元家の負債も飛び、押し付けられる借金も無い。
やっと。自分の人生を歩む事が出来る」
「ここを辞めて何か新しい事を始めるんですか?」
「目標はまだ未定です。
唯一残った役目を終えたら、スターレン様が綺麗にして下さったこの国を回ってみたいと思います。
取り敢えず海辺でも歩いて考えようかと」
「きっといい人と巡り会えますよ。適当ですけど」
ウフフと笑って。
「適当ですわね」
新しいグラスで乾杯した。
「ちょ…ちょっとスタン。何いい感じになってるのよぉ。
うわっ、離してぇ」
離脱を試みた嫁がまた飲み込まれた。
クワンはケージから出されて撫回されてる。
「そろそろ帰ります」
「またのご来店、お待ちしておりますわ」
「そうですね。彼が表に戻れた頃にまた」
「え…」
「帝国は潰します。この大陸の塵は残らず。
それ位すれば戻って来れるでしょ?」
ジェシカさんの目から大粒の涙が溢れた。
「…いけませんわ。目に塵が入ってしまって」
「今日のお会計って」
「仰る言葉の意味が解りません。スターレン様とお連れ様から頂くお金はありませんもの」
泣きながら、そこまで言われちゃ黙ろうか。
最後に全員で乾杯して店を出た。
---------------
自宅に戻り。お茶をしながら。
「どうっすか。初めてのご感想は」
「どうもこうもないよぉ。どうして助けてくれないの」
「クワァァ…」
「いやぁ。あれは普通に無理」
「づかれたぁ…。シャンパンは美味しかったけど。
ごめん。お風呂の用意を…」
「入れるけど、その前に。
コマネさんの居所は、ハイネのあの旅館だってさ。
明日なら確定であそこに居る」
「えぇ~。あそこかぁ。嫌でも行くしかないね」
「でさ。偽装は当然するんだけど。
クワンのケージがもう有名になってるらしくって。
ケージを新調するか。明日は抱えて行くかなんだけど」
「クワンティはどうしたい?」
思考中のクワンの前に紙とインクを置いた。
やがて足を動かし始めた。
「明日は抱えて。ケージの新調はして欲しい。
抱えられて走られると時々痛い。
先輩さんが着ているガードが欲しいです」
「「ごめん…」」
武装品が全く無いのクワンだけだった…。
チョーカーは単なる飾りだし。
「ケージとガードルは明後日ゆっくり探そう」
「気付けなくってごめんねクワンティ」
「クワァ」
2人と1羽で仲良くお風呂。
寝間着に着替えて。
「今日はいっぱい反省する日だった」
「俺もっす」
「あ。そう言えば。カメノスさんが言ってたアレって何?」
遂に来てしまったか、そのご質問。
しかし逃げる訳にはいかない。
試作強化剤大量摂取に依る弊害で、デュルガがどうなってしまったかを説明した。
「だ、大丈夫…。スタンはそのままでいいから。
薬は完成を待ちましょう。それと適量でお願いします」
彼女が恥ずかしそうに語ったその意味は。
お察し頂けると助かります。
---------------
翌日。
陛下の元へ行き。黒ケースと引き換えに外嚢をもう1つ貰って河下りの船に乗った。
昼前にはハイネへ到着して、真っ先に旅館へGO。
受付にジェシカの連れである事を告げて6等室へと案内して貰った。
久々に見る彼は、以前と何も変わらずそのままだった。
「こうも早く見付かってしまうとは。
潜伏方法を変えるか…」
「これ以上変えられると全く足が掴めなくなるんで現状維持でお願いします」
室内のお茶を頂きながらのご相談。
「中身を偽装する瓶…。
少しそれを見せて貰えるか。テーブルに置くだけでいい」
「やっぱりそのグラサンは鑑定機能あったんですね」
小瓶を彼の前に差し出した。
「商売柄。どうしても必要でね。
しかし…これは、驚いたな。元々の機能と、これを何に使うのかを教えてくれ」
統一教会絡みで帝国の皇帝が欲していた元の性状を説明して、それを逆に利用して奴に飲ませたいと伝えた。
彼は一頻り笑うと。
「面白い!久々に笑った。標的にされているフィーネ嬢には申し訳ないが。
成程な。
元はそいつが女神様を落とす為に持っていたのか。
そしてそれを今度は皇帝が狙って来たと。
本当に君たちは凄い。表に居ながら、フレゼリカを倒して更に皇帝も粉砕しようとするとは」
「コマネさんに取っても悪い話じゃないと思います。
無理を承知でご協力を」
「そこまでしてくれたなら確かに表に帰れる。
無理なら幾らでもしよう。
そうだな。三日欲しい。
三日経っても君たちの自宅に何も届かなかったら諦めてくれ」
「「お願いします」」
「後もう一つ。諦め序でに意見を頂きたい物が」
白亜の義眼もテーブルの上に置いた。
「さっき言った腐れ外道が所持していた物を奪いました。
使い勝手は良くても、このままでは何時かロストしてしまいそうで。何とか携帯出来る形に追加工出来ないかと」
「戦闘中に手から滑る。確かに有り得るな。
しかし上位の転移道具の加工か…。
それを調べるのは至難の業だ。
もし私が表に帰れたら調べてみよう」
「是非とも。
これさえ飲ませれば。何もせずとも帝国は崩壊します」
「届ける方法も含めて頑張ってくれ」
それもあるな。
手早く用事を済ませて転移で自宅へ。
アローマの昼食を食べ、時刻は15時前付近。
今回の宴会では鮪の仕込みが在る為、大急ぎで着替えながら。
「義眼は囲いを着けるとかじゃ駄目なの?」
「俺の場合は道具の大部分が露出してないと強制発動出来ないっぽいんだ。まあ色々買って試してみるよ」
「明日は色々お買い物だね。明後日は冷蔵庫の納品があるし。三日後は荷物待ち」
「忙しいけど。大半終わらせないと休暇に行けないから頑張るしかないぜ」
「うん。がんばろ」
「クワッ」
---------------
カメノス別館の厨房へと到着。
調理場に用意して貰った巨大まな板の上に本鮪を乗せて解体スタート。
今日はメルシャン様が来るので全ての工程が監視されている。
厳戒態勢の中。
ラフドッグで購入しておいた鮪包丁、出刃包丁、
刺身包丁(に似ていた包丁)を横に並べた。
「本日の鮪解体人のスターレンです」
「助手のフィーネです」
「今日はカメノス邸の厨房に来ております」
「周りに人が一杯ですね。
こちらの料理人と給仕の皆さん。
王宮からの監視員の皆さん。
既に来てしまっているメルシャン様」
「本鮪の解体も何度お願いしても見せて貰えなくて。
王宮は過保護過ぎるのです!」
「いやぁ。未来の王妃様に成られるお人ですから」
「それは諦めましょう」
「今日こそは絶対に見逃しません。王宮料理人の方にも覚えて帰って貰います!」
「責任重大ですね。食材の鮮度が保てる収納袋を使っている時点で。猾と言えば猾ですが、そこは将来の冷蔵技術に期待しつつ。解体を下処理済の生の状態から始めます」
「始めます!」
メルシャン様が拍手。
「鮪とは言え所詮は大きな魚。三枚下ろしの方法は基本的には変わりません。
変わりませんが鮪用の包丁があるのでそれを使います」
「ながーい包丁ですね」
「この長い包丁も最初に頭を落とす為だけに使います。
鰓の部分から刃を入れて斬り落とすだけ」
「躊躇う事無くギロチンです」
ガツンとの音と共に場が響めく。
「外した頭の部位にも貴重な身がありますので大事に取って置きます」
「頰肉とカマの部分は美味しかったですねぇ」
「クワッ!」
「えぇ~~」
王宮料理人たちからのブーイング。
「そんなん言われても捨てちゃう方が悪いんです!」
「取れる量が少なかったので私たちだけで楽しませて頂きました。悪しからず」
「続いては背鰭部から中心の骨まで、こちらの中型の出刃包丁で刃を入れて行きます」
「首の背から背骨に沿う様に切り進めるだけです。小型のナイフでチマチマやってはいけません。どうせやるなら切れ味の良い短剣でザクッと行きましょう」
「……」
「ですから何度も言っていたでしょうに」
「メルシャン様のお怒りは余所に。
尻尾まで切り終えたら、背と腹の真ん中に刃を入れます」
「いい音です。全てスピード命でお願いします」
「尻尾の部分で切り離せば、4分の1ブロックの出来上がりです」
「反対側のまな板に引き取ります」
「あちらの切り分けには長細い出刃包丁を使います。
フィーネさんに処理して頂いている間にも作業は続行です。慣れない内は3人掛かりでやってもいいでしょう。
続け様に。切り分けた下側の部位を同じ要領で腹骨に沿う様に刃を入れて行きます。
これで切り分ければ片面が終了。
綺麗なピンク色ですね。脂の乗ったトロの部分です」
「こちらは三等分に分け、皮を下にして身を外します。
皮は容赦無く捨てましょう」
「半身を反対に返し、同じく背と腹に切り分けます」
次々に更に盛られて冷蔵庫行きの切り身たち。
「後は骨だけになりましたが!
先日のお食事会前にも王宮料理長と激論を交した。
この骨の間の身の部分。私は何度もスプーンで掬えば食べられますと言ったのに。結局捨てましたね」
「はい…」
「何て勿体ない。嘆かわしいッ」
「そんなお二人に実食をお願いします。この責任は私が取りますので存分に掬って頂き、あちらに用意した溜り醤油を少し付けてお召し上がりを」
「!?これは…」
「これですわ!」
「プロに説教を垂れる程の腕はありませんが。
料理人が探究心を忘れてはいけないと思いますよ。
食べずに!捨てるなんて!」
「申し訳ありません…」
「聞き分けの無い貴方が悪いのです!次からはお願いしますよ」
「承知、致しました」
「残りの皆さんも御自分の舌で確認を。
メルシャン様のお後を頂くのは、この場ではフィーネの役目なのでそこは避けて下さいね」
順番に列を為し、次々に掬われて行く中落ち。
フィーネはメルシャン様とご一緒。
俺は新しい所をクワンと共有。
数分で骨だけ残った。
「これが鮮度が良い時にしか食べられない、お刺身と言う食べ方です。お解り頂けましたでしょうか」
一同が頷く。
「カメノス邸の給仕の方も含め、ここで試食会をした事は上には内密にお願いします」
「告げ口したら。何故出してくれないんだ!とカメノス氏やお客様や王族の皆様がお怒りになってしまいます。
全員共犯ですので、くれぐれもご注意を」
頷く一同を見て骨を撤去。
「まな板を綺麗にしてから。最後に残った頭の部位。
まずは目玉の下の部分に隠れる頰肉を外します。
取れる分量が少ないので、本日最上位のメルシャン様とその許容を預かれた方しか食べられません。
先程の味を胸に刻みつつ、何時の日か食べられる事を夢見て下さい」
「悲しいですが致し方なしです」
涙する一同。
「同じく稀少な頭頂部の身と合わせ、冷蔵庫で冷やして後で出して下さい。
その他部位は私が引き取りますが、料理長殿へのご提案として。この鰓の内側、カマの部位を切り分けます」
王宮とカメノス邸の料理長2人が覗き込む。
そこに現われたのは肌理細かい差しが入った身。
「この部位も大きいですし、塩焼きにすれば最高なんです。
それは今後のメルシャン様のお楽しみに取っておいて下さいね。捨てちゃ駄目ですよ」
「はい…」
「解って頂けたなら、もう何も言いません」
「そんなお怒りが静まったメルシャン様に更なる朗報があります」
「何で御座いましょう」
「この頭部丸ごとが焼き上げられるオーブンがあれば、
こちら最後に残る目玉の部分」
「ほうほう」
「目玉の外周には女性に嬉しい、コラーゲンたっぷりのプルプルな身がギッシリ。
ここを食べれば翌日のお肌もプルプル!髪や羽根の色艶も輝く!美容食材が隠されていますので。
そちらも是非お試しを」
「わ、解りました!いいですね料理長」
「捨てる事の無い様。胸に刻みます」
「それでは私共も。カメノス邸の方に引き継ぎ宴会場へ向かいます。かなり冷蔵庫を占拠してますので、鮮度を保つ意味でも、序盤に挟んで頂けると幸いです」
「お願いしまーす」
「はい!」
祝勝会は昨夜の戦闘が嘘のように。
楽しく無事に…
「どうしてそんな大事な決断を。私が居ない時にしてしまうんですか!ゴンザは私が不要なんですか!」
「ち、違うんだ。これは他の者には任せられない案件で
早急に決めなければ」
とちょっとした夫婦喧嘩は勃発したものの。
非常に思い出深い宴会となった。
エドワンドへと向かった。
通されたVIPルームでは、前に感じた芳香剤臭さが和らいでいた。
嫁同伴だからか…。
早々に登場した前回と同じ女性陣の出で立ちも大人しいナイトドレス姿。
香水臭くもない自然な香り。
嫁が…、同伴だからだな。
やはり死線を彷徨ってでも冒険するなら前回だった。
「初めましてフィーネ様。ジェシカと申します」
「こちらこそ初めまして」
と嫁が唱えた瞬間。
残りの5人がクワンのケージ毎、フィーネを引き剥がして離れた場所へと移動した。
「初めましてパメラです。
間近で拝見すると更にお美しいです」
「そ、それ程でも…」
「貴女様がそれ程でもなかったら、
私はどうなるんですか!」
「えぇ…。急にキレられましても…」
「まぁ綺麗な鳩。美しいフィーネ様とそっくり~」
皆がキャーキャー騒いでいた。
シャンパングラスも入り、みんなで乾杯。
それぞれ世間話から入って。いよいよこちらは本題へ。
「商人さんに急用が出来たんですけど。
近日中に会えますか?」
「やはりその件でしたか…、少々お待ち下さい」
そう言って手持ちのハンドバッグから、暗号表のようなメモ帳を取り出してサラサラと眺めて出した。
目線を外して、グラスを空ける。
「スターレン様なら見られても構いませんが。一応形上はやらないと後で怒られますので…」
コマネさんとの間柄がとても気になる。
彼女はウンと1つ唸ると、テーブルのメモ紙に何かを書いて見せて来た。
「明日と明後日はハイネに居ます」
良かった近くに居る。
「明日の昼間が希望です」
メモを丁寧に燃やし終えると、次の紙へ。
「以前泊まられた旅館の六等室。私の連れだと受付に」
泊まった事すら把握されてる。恐ろしや。
あの旅館だったか。
まあそこだけじゃないんだろうけど。
「解りました」
更にもう1枚。
「偽装は完璧に。既にケージも周知されています」
マジか…。そらそうか。
返事の代わりに小さく親指を立てた。
その紙も燃やし終えた後は肉声で。
「最近仕入れた情報は特にありません。ご夫妻様が有名に成り過ぎて、文句を言う輩も全く居らず。
強いて挙げても、お二人の仲が羨ましいなぁ程度です」
「3つの国を渡り歩けば…そりゃそうなりますかね」
「ええ。そこはもう諦めた方が宜しいかと」
「はぁ…。地道に生きてみたかった…」
「無理です」
「はぁ…」
お隣の島が楽しそう。
「私も、普通に結婚して子供を産んでみたかった」
過去形…か。
「オーランドから何を聞いたかは知りませんが。
スターレン様が気に病む事は何一つありません。
私たちをあの屑から解放して下さった。
それでどうして恨みましょう」
「…」
「家名も消え、ただのジェシカとなれました。
元家の負債も飛び、押し付けられる借金も無い。
やっと。自分の人生を歩む事が出来る」
「ここを辞めて何か新しい事を始めるんですか?」
「目標はまだ未定です。
唯一残った役目を終えたら、スターレン様が綺麗にして下さったこの国を回ってみたいと思います。
取り敢えず海辺でも歩いて考えようかと」
「きっといい人と巡り会えますよ。適当ですけど」
ウフフと笑って。
「適当ですわね」
新しいグラスで乾杯した。
「ちょ…ちょっとスタン。何いい感じになってるのよぉ。
うわっ、離してぇ」
離脱を試みた嫁がまた飲み込まれた。
クワンはケージから出されて撫回されてる。
「そろそろ帰ります」
「またのご来店、お待ちしておりますわ」
「そうですね。彼が表に戻れた頃にまた」
「え…」
「帝国は潰します。この大陸の塵は残らず。
それ位すれば戻って来れるでしょ?」
ジェシカさんの目から大粒の涙が溢れた。
「…いけませんわ。目に塵が入ってしまって」
「今日のお会計って」
「仰る言葉の意味が解りません。スターレン様とお連れ様から頂くお金はありませんもの」
泣きながら、そこまで言われちゃ黙ろうか。
最後に全員で乾杯して店を出た。
---------------
自宅に戻り。お茶をしながら。
「どうっすか。初めてのご感想は」
「どうもこうもないよぉ。どうして助けてくれないの」
「クワァァ…」
「いやぁ。あれは普通に無理」
「づかれたぁ…。シャンパンは美味しかったけど。
ごめん。お風呂の用意を…」
「入れるけど、その前に。
コマネさんの居所は、ハイネのあの旅館だってさ。
明日なら確定であそこに居る」
「えぇ~。あそこかぁ。嫌でも行くしかないね」
「でさ。偽装は当然するんだけど。
クワンのケージがもう有名になってるらしくって。
ケージを新調するか。明日は抱えて行くかなんだけど」
「クワンティはどうしたい?」
思考中のクワンの前に紙とインクを置いた。
やがて足を動かし始めた。
「明日は抱えて。ケージの新調はして欲しい。
抱えられて走られると時々痛い。
先輩さんが着ているガードが欲しいです」
「「ごめん…」」
武装品が全く無いのクワンだけだった…。
チョーカーは単なる飾りだし。
「ケージとガードルは明後日ゆっくり探そう」
「気付けなくってごめんねクワンティ」
「クワァ」
2人と1羽で仲良くお風呂。
寝間着に着替えて。
「今日はいっぱい反省する日だった」
「俺もっす」
「あ。そう言えば。カメノスさんが言ってたアレって何?」
遂に来てしまったか、そのご質問。
しかし逃げる訳にはいかない。
試作強化剤大量摂取に依る弊害で、デュルガがどうなってしまったかを説明した。
「だ、大丈夫…。スタンはそのままでいいから。
薬は完成を待ちましょう。それと適量でお願いします」
彼女が恥ずかしそうに語ったその意味は。
お察し頂けると助かります。
---------------
翌日。
陛下の元へ行き。黒ケースと引き換えに外嚢をもう1つ貰って河下りの船に乗った。
昼前にはハイネへ到着して、真っ先に旅館へGO。
受付にジェシカの連れである事を告げて6等室へと案内して貰った。
久々に見る彼は、以前と何も変わらずそのままだった。
「こうも早く見付かってしまうとは。
潜伏方法を変えるか…」
「これ以上変えられると全く足が掴めなくなるんで現状維持でお願いします」
室内のお茶を頂きながらのご相談。
「中身を偽装する瓶…。
少しそれを見せて貰えるか。テーブルに置くだけでいい」
「やっぱりそのグラサンは鑑定機能あったんですね」
小瓶を彼の前に差し出した。
「商売柄。どうしても必要でね。
しかし…これは、驚いたな。元々の機能と、これを何に使うのかを教えてくれ」
統一教会絡みで帝国の皇帝が欲していた元の性状を説明して、それを逆に利用して奴に飲ませたいと伝えた。
彼は一頻り笑うと。
「面白い!久々に笑った。標的にされているフィーネ嬢には申し訳ないが。
成程な。
元はそいつが女神様を落とす為に持っていたのか。
そしてそれを今度は皇帝が狙って来たと。
本当に君たちは凄い。表に居ながら、フレゼリカを倒して更に皇帝も粉砕しようとするとは」
「コマネさんに取っても悪い話じゃないと思います。
無理を承知でご協力を」
「そこまでしてくれたなら確かに表に帰れる。
無理なら幾らでもしよう。
そうだな。三日欲しい。
三日経っても君たちの自宅に何も届かなかったら諦めてくれ」
「「お願いします」」
「後もう一つ。諦め序でに意見を頂きたい物が」
白亜の義眼もテーブルの上に置いた。
「さっき言った腐れ外道が所持していた物を奪いました。
使い勝手は良くても、このままでは何時かロストしてしまいそうで。何とか携帯出来る形に追加工出来ないかと」
「戦闘中に手から滑る。確かに有り得るな。
しかし上位の転移道具の加工か…。
それを調べるのは至難の業だ。
もし私が表に帰れたら調べてみよう」
「是非とも。
これさえ飲ませれば。何もせずとも帝国は崩壊します」
「届ける方法も含めて頑張ってくれ」
それもあるな。
手早く用事を済ませて転移で自宅へ。
アローマの昼食を食べ、時刻は15時前付近。
今回の宴会では鮪の仕込みが在る為、大急ぎで着替えながら。
「義眼は囲いを着けるとかじゃ駄目なの?」
「俺の場合は道具の大部分が露出してないと強制発動出来ないっぽいんだ。まあ色々買って試してみるよ」
「明日は色々お買い物だね。明後日は冷蔵庫の納品があるし。三日後は荷物待ち」
「忙しいけど。大半終わらせないと休暇に行けないから頑張るしかないぜ」
「うん。がんばろ」
「クワッ」
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カメノス別館の厨房へと到着。
調理場に用意して貰った巨大まな板の上に本鮪を乗せて解体スタート。
今日はメルシャン様が来るので全ての工程が監視されている。
厳戒態勢の中。
ラフドッグで購入しておいた鮪包丁、出刃包丁、
刺身包丁(に似ていた包丁)を横に並べた。
「本日の鮪解体人のスターレンです」
「助手のフィーネです」
「今日はカメノス邸の厨房に来ております」
「周りに人が一杯ですね。
こちらの料理人と給仕の皆さん。
王宮からの監視員の皆さん。
既に来てしまっているメルシャン様」
「本鮪の解体も何度お願いしても見せて貰えなくて。
王宮は過保護過ぎるのです!」
「いやぁ。未来の王妃様に成られるお人ですから」
「それは諦めましょう」
「今日こそは絶対に見逃しません。王宮料理人の方にも覚えて帰って貰います!」
「責任重大ですね。食材の鮮度が保てる収納袋を使っている時点で。猾と言えば猾ですが、そこは将来の冷蔵技術に期待しつつ。解体を下処理済の生の状態から始めます」
「始めます!」
メルシャン様が拍手。
「鮪とは言え所詮は大きな魚。三枚下ろしの方法は基本的には変わりません。
変わりませんが鮪用の包丁があるのでそれを使います」
「ながーい包丁ですね」
「この長い包丁も最初に頭を落とす為だけに使います。
鰓の部分から刃を入れて斬り落とすだけ」
「躊躇う事無くギロチンです」
ガツンとの音と共に場が響めく。
「外した頭の部位にも貴重な身がありますので大事に取って置きます」
「頰肉とカマの部分は美味しかったですねぇ」
「クワッ!」
「えぇ~~」
王宮料理人たちからのブーイング。
「そんなん言われても捨てちゃう方が悪いんです!」
「取れる量が少なかったので私たちだけで楽しませて頂きました。悪しからず」
「続いては背鰭部から中心の骨まで、こちらの中型の出刃包丁で刃を入れて行きます」
「首の背から背骨に沿う様に切り進めるだけです。小型のナイフでチマチマやってはいけません。どうせやるなら切れ味の良い短剣でザクッと行きましょう」
「……」
「ですから何度も言っていたでしょうに」
「メルシャン様のお怒りは余所に。
尻尾まで切り終えたら、背と腹の真ん中に刃を入れます」
「いい音です。全てスピード命でお願いします」
「尻尾の部分で切り離せば、4分の1ブロックの出来上がりです」
「反対側のまな板に引き取ります」
「あちらの切り分けには長細い出刃包丁を使います。
フィーネさんに処理して頂いている間にも作業は続行です。慣れない内は3人掛かりでやってもいいでしょう。
続け様に。切り分けた下側の部位を同じ要領で腹骨に沿う様に刃を入れて行きます。
これで切り分ければ片面が終了。
綺麗なピンク色ですね。脂の乗ったトロの部分です」
「こちらは三等分に分け、皮を下にして身を外します。
皮は容赦無く捨てましょう」
「半身を反対に返し、同じく背と腹に切り分けます」
次々に更に盛られて冷蔵庫行きの切り身たち。
「後は骨だけになりましたが!
先日のお食事会前にも王宮料理長と激論を交した。
この骨の間の身の部分。私は何度もスプーンで掬えば食べられますと言ったのに。結局捨てましたね」
「はい…」
「何て勿体ない。嘆かわしいッ」
「そんなお二人に実食をお願いします。この責任は私が取りますので存分に掬って頂き、あちらに用意した溜り醤油を少し付けてお召し上がりを」
「!?これは…」
「これですわ!」
「プロに説教を垂れる程の腕はありませんが。
料理人が探究心を忘れてはいけないと思いますよ。
食べずに!捨てるなんて!」
「申し訳ありません…」
「聞き分けの無い貴方が悪いのです!次からはお願いしますよ」
「承知、致しました」
「残りの皆さんも御自分の舌で確認を。
メルシャン様のお後を頂くのは、この場ではフィーネの役目なのでそこは避けて下さいね」
順番に列を為し、次々に掬われて行く中落ち。
フィーネはメルシャン様とご一緒。
俺は新しい所をクワンと共有。
数分で骨だけ残った。
「これが鮮度が良い時にしか食べられない、お刺身と言う食べ方です。お解り頂けましたでしょうか」
一同が頷く。
「カメノス邸の給仕の方も含め、ここで試食会をした事は上には内密にお願いします」
「告げ口したら。何故出してくれないんだ!とカメノス氏やお客様や王族の皆様がお怒りになってしまいます。
全員共犯ですので、くれぐれもご注意を」
頷く一同を見て骨を撤去。
「まな板を綺麗にしてから。最後に残った頭の部位。
まずは目玉の下の部分に隠れる頰肉を外します。
取れる分量が少ないので、本日最上位のメルシャン様とその許容を預かれた方しか食べられません。
先程の味を胸に刻みつつ、何時の日か食べられる事を夢見て下さい」
「悲しいですが致し方なしです」
涙する一同。
「同じく稀少な頭頂部の身と合わせ、冷蔵庫で冷やして後で出して下さい。
その他部位は私が引き取りますが、料理長殿へのご提案として。この鰓の内側、カマの部位を切り分けます」
王宮とカメノス邸の料理長2人が覗き込む。
そこに現われたのは肌理細かい差しが入った身。
「この部位も大きいですし、塩焼きにすれば最高なんです。
それは今後のメルシャン様のお楽しみに取っておいて下さいね。捨てちゃ駄目ですよ」
「はい…」
「解って頂けたなら、もう何も言いません」
「そんなお怒りが静まったメルシャン様に更なる朗報があります」
「何で御座いましょう」
「この頭部丸ごとが焼き上げられるオーブンがあれば、
こちら最後に残る目玉の部分」
「ほうほう」
「目玉の外周には女性に嬉しい、コラーゲンたっぷりのプルプルな身がギッシリ。
ここを食べれば翌日のお肌もプルプル!髪や羽根の色艶も輝く!美容食材が隠されていますので。
そちらも是非お試しを」
「わ、解りました!いいですね料理長」
「捨てる事の無い様。胸に刻みます」
「それでは私共も。カメノス邸の方に引き継ぎ宴会場へ向かいます。かなり冷蔵庫を占拠してますので、鮮度を保つ意味でも、序盤に挟んで頂けると幸いです」
「お願いしまーす」
「はい!」
祝勝会は昨夜の戦闘が嘘のように。
楽しく無事に…
「どうしてそんな大事な決断を。私が居ない時にしてしまうんですか!ゴンザは私が不要なんですか!」
「ち、違うんだ。これは他の者には任せられない案件で
早急に決めなければ」
とちょっとした夫婦喧嘩は勃発したものの。
非常に思い出深い宴会となった。
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