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第52話 婚礼式典前
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式への参列準備で忙しく成る前に。
シュルツの自室に集まり、一冊の書を読んだ。
俺の隣にフィーネ。フィーネの膝にシュルツ。
フィーネの肩にクワンティ…。
文字まで読めるんだ!?
皆で一緒に顔を寄せ合って書を読んだ。
『とある女神様と悪しき魔王の禁断の恋』
特別奇抜ではない内容だった。
ある日。気紛れで女神様が西大陸に降り立ち。
魔王に問う。
「どうして、貴方はそれ程に短気なのでしょう」
「我が聞きたいわ」
そこから徐々に打ち解け、女神様と魔王は親密に発展。
最後に勇者に邪魔されたと言う記述は、当然無く。
とてもストレートな物語だった。
フィーネが読み終えた感想を漏らす。
「本物の女神様って、とても慈悲深い人なんだね」
「悪いのは勘違いした信者の一部だけさ。
何を信仰するかは個人の自由だし。
勇者の件は論外で」
シュルツも。
「本当に、私も。少し女神教に偏見を抱いていたのが恥ずかしい思いです。
最初の信仰を捻じ曲げてしまう、人間が怖いです」
2人でシュルツの頭を撫でた。
その後。本を書庫に戻して本棟で昼食を済ませた。
シュルツとフィーネが追加のドレス選びをしている間に、今後で遣らなくてはいけない事を整理してみた。
最初に。
カメノス商団に、林檎のお酒を依頼。
シードルである。
これは、黒竜様を訪問する時に必要となる物。
今から完成させて貰って、熟成後の品を何年後かに持って行かなくてはならい。
そして。何よりも狂った勇者の討伐。
フレゼリカと同時とは言っても、城の上方で戦闘が始まれば当然逃げてしまう。
なので。決定事項は、勇者を一番最初に最高戦力で潰しに行く。分散なんて有り得ない。
施設の破壊はその後でいい。
どうせフレゼリカは城から動かないから。
侵入する為の鍵は手に入れた。
しかし、勇者を最初に倒す為に足りない物。
【索敵】これを向上させなければ、話にならない。
自分自身の色を見る。…虹色だった。
ベルエイガさんを確認しておくべきだったと後悔しても手遅れ。
推測では、同胞なら同じ系統の色をしている筈だ。
フィーネは色合の違う虹色。
やはり転生者繋がりだと思われる。
違いは正規かそうでないかと推測した。
シュルツも含め皆別々の色で感じられたが、邸内付近に虹色は俺たちだけだった。
これで位置は解る。後は階層だ。
上下位置が掴めなくては、
辿り着く前に気付かれてしまう。
着替え中の2人でお試しするのは気が引けたが。
色を見るだけなので許して欲しい。
自分は今、本棟の1階の接客室。彼女たちは2階。
…高低差も把握出来た。
侍女さんや従者の人々。ソプラン、カーネギの位置を探り邸内を歩き回った。
把握した色と、本人たちとを照らし合わせる。
別々の棟に分かれて居たが、階層も本人確認も問題無さそうだ。
自宅にアローマさんとソプランが居た…。
てめぇ!人の家で何やってんだ!!と怒りに震えたが
我慢我慢。
ソプランがぞっこんなのは良い事だと割り切った。
それから先日始めて歩いた地下通路の手前まで行き、何処まで計れるのかを試した。
今の力量で大体城壁南門辺りか…。
足りないな。
パージェントの王城は、ラザーリアのそれと比べ約半分。
施設の規模を考えると全然足りない。
ロイドちゃん。勿論スキルは伸ばす積もりだけど、
足りなかったらサポートお願いしていいかな?
「それを断る理由がありません。全力でサポートさせて頂きます」
心強い!
甘えてばかりでは絶対に勝てないので、常時に近い形で多用して行こう。
覗き魔ねぇ…。これも面白い皮肉だ。
お礼まで言える気分でもないけど。一応の感謝を。
後は自宅に戻り、慌てるソプランを捕縛して、一緒にトレーニングをした。
ベースの身体作りも外せない事項だ。
各種ウエイトで筋肉を鍛え、ソプランと木刀で模擬。
と言うかレクチャーを受けた。
剣術や格闘術は、ソラリマを装備しただけでは伸びる訳が無い。
スペックだけで強化された人間を両断する事は難しい。
残酷な話だが、出立前までにはロープを使わずに成体オークを女神様の中剣で両断出来るレベルに持って行こうと考えている。
決して乱獲はしない。必要最低限でだ。
ソラリマを誰が装備するかは不透明な為。
そうでなくとも基本は大切。
自己研鑽はこの方針で問題ない筈だ。
次は装備品と魔道具の補強。
この際、過剰だとの認識は一切捨てる。
現在邸内で保管している武装はメメット隊の物だ。
何れも個性に合わせているので、
勝手に持ち出してここの戦力は落とせない。
新しく欲しくても、闇市はコマネさんの身隠れの邪魔にしか成らないので却下。
トーラスさんの出物に期待するしかない。
何とか掘り出し物が欲しい所。
宝物殿地下の武装も、万が一ロストしたらシャレにならないので却下だ。
何も見付からなければ、1階の物を少しだけ譲って貰おうと考えている。
二神様に期待するのは間違いだ。
ここまで加担して貰ったのに、これ以上甘えられない。
油断すると直ぐに湧いてしまう、甘えた感情もどうにかしないとな。
精神面か…。難しいな。
でも。セルダさんの払った犠牲に比べれば、こんな物は言い訳にはならない。
やろう。皆で勝つんだ。
今一度決意を改め直した。
トレーニングの後、ソプランと汗を流してお風呂。
情けない声で項垂れる隣の人。
「なぁ。また俺執事役すんのかよぉ」
「当たり前じゃないですかぁ。晩餐会に居たのに何で終わりだと思うのか不思議」
「あれで終わりだと完全に思ってた」
「どうしてここに沢山警護兵が居るのに、ソプランとカーネギを置いているかを考えてよ」
「…それでかぁ~。まあ俺は解るがカーネギは何で」
「何か事が起きた時。隣のカメノス邸のメンバーとの連携が必要です。
足の早いソプランが動くなら、ここの守りを固める上で必要な人物だから。
襲撃が起きるなら、俺のこの自宅が在るロロシュ邸が襲われる確率がとても高いんだ。
カーネギさんより適切な人材が他に居る?」
「居ねえな。今ので納得したわ」
「でしょ」
「なぁ。ラザーリアの城潰しは、どれ位掛かるんだ」
「難しい質問だね。
俺とフィーネは地下施設。父上率いる一般の地上部隊。
巨大で堅牢な城を少数精鋭で落とすんですから、全く見当も付かない。
最低でも1週間は掛かるかな。
地下施設の場所は解っていても、中の規模は全く把握してないし、実用可能な魔人の総数も解らない。
馬鹿みたいに施設を壊して回って、いざ出ようとしたら逃げ道塞いじゃってた。なんて笑えないし。
本命を倒したら、慎重に戦わないといけないからね」
「攻城戦かぁ。俺が生きてる間に身近に起きるとは、正直考えたくなかった」
「そう言えば、ゴンザさんから聞いたんだけど。
ゴブリンゴッズとマッハリアの軍隊が戦ってるのを見たんだよね。軍隊の兵力ってどんな感じだった?」
「あれは…。正規兵二千騎でギリギリ競り勝ってたな。
時間的には数時間で終わってたが」
「そっかぁ。2千でギリかぁ。俺も見たかったなぁ」
正規兵の実力を。
風呂から上がり、リビングでアローマさんが淹れてくれた紅茶を、ガウン姿のまま頂いた。
そこには当然ソプランも。
「もう!ソプラン様。ここはスターレン様のお家ですよ。
そんなはしたない格好で」
「スターレンがいいって言ってんだからいいだろ。どうせ洗濯するのは侍女さんなんだし」
「スターレン様の執事としての自覚を持って下さいと言っているのです。主様が良いと仰っても、自重はするものですよ」
「解った解った。後三日もあるんだから」
「たった三日しかないから言っているんです」
痴話喧嘩が始まった。目の前で。
「まあ大丈夫ですよ。前回で大体の流れは解っていると思いますから。頭の回転の速さで、ソプランに執事役をお任せしたんです」
「だろ?こいつもこう言ってんだ」
「こいつ、じゃありません!もう嫌いになりますよ。
そんなソプラン様は見たくありません!」
「解ったって。明日から頑張るから」
「今から頑張って下さい!」
「仲良き事で何よりですね。
俺は本棟の2人の様子を見に行くんで。
ソプランも適当に…、とは言っても。ここでアローマさんに襲い掛かってたのが解ったら。幾らソプランでも俺たち2人でボコボコにするから」
「やるか!!」
アローマさんの赤面を拝見しつつ、クローゼット部屋で身支度して自宅を出た。
本棟に入った頃。丁度侍女長さんに呼ばれた。
2階の試着室。
入ってフィーネの水色のドレス姿が目に入り、一瞬息が止まり掛けた。
2つ目に用意していた物じゃない…と思う。
緩やかなV字ネック、肩フレアの曲線。
結婚式でお借りしたドレスに近い感じがした。
腰から横に広がる滑らかな曲線美。人魚が人の形を執ったらこの姿に成るのではと思えた。
水竜様が彼女の味方なのが、解った気がした。
「どうかな?」
「とても綺麗…です…」これ以上の言葉が出なかった。
少し照れた表情が水色に映える。
「…大丈夫?」
言われてやっと呼吸を再開した。
「あぁ。息するのを忘れちゃってた」
「あのー。私も居るのですが」
シュルツに呼ばれて我に返った。
「ごめん。嫁に見蕩れてたわ」
羨ましい事ですと、はにかむ笑顔は少女から大人へと登り始めた成長を感じる。
明るめのオレンジ。彼女はやはり暖色系が好みの様だ。
丸首から胸元まで流れ落ちる葉枝の様なレースが、
嫌らしくない品格を醸し出していた。
「やっぱり暖色系が似合うな。君の笑顔にぴったりなデザインだと思う。出会った頃からの成長を感じます」
「有り難う御座います!」
そこら辺はまだ子供なのかなと少し安心した。
「ちょっとー私への感想よりも長いんですけどー」
「似合い過ぎてて。どう言っていいのか。海から人魚が上がって来ちゃったのかと勘違いしちゃったよ」
「人魚?人魚さんって居るのかなぁ…」
「色系を統一したの?」
「そうそう。シュルツは黄色系と橙色系。
私は紫系と水色系をそれぞれ2着ずつ」
「スターレン様は色数を揃えた方が良いと仰っていたそうですが。どの道他の人と被ってしまうので、二系統で収めた方が整えるのが楽かなと。こうなりました」
「ふむふむ。結局主役はメルシャン様だしな。
ちょっと嫁自慢したくて余計な事言ったかも。
色よりデザインで変化させた方が見栄えがいいよな。
勉強になります!」
嫁自慢したら、男が列を為してしまうではないか!
「スタン。真珠のブローチ何れがいいかな」
「正直言っていい?」
「ど、どうぞ」
「この流れだと。フィーネがピンクで、シュルツがイエローの一択なんだけど」
「私もそう思った」なんで聞いた!!
「先程のブローチ。頂けるのですか?」
「勿論よ。昨日頑張ってくれたご褒美です。
昨日の結果は…、忘れましょ」
最初から決まっていたようだ。
「贈呈品だし、希少性がたか」
「ちょっと待て」
「おぉ、ごめん」ネタバレしてどうすんだ、俺。
「当日のお楽しみを奪われる所でした」
「でも。スタンの意見が違ってたら変更しようかなって思って聞いたの。中身バレちゃうけど」
そう言う事か。
女の子は難しいです。
「シュルツは当日はそれ使う?先に取っておく?」
「ちょっと悩んでいます。お二人から頂いた大切な物。
人前に披露するかどうかを」
ん?そっちの質問ではなかったんですが。
「それも当日の楽しみにしとくかな」
「はい!」
形は解っていても、着用してこそのアクセサリーだ。
使う人に依って変わる物だし。楽しみにしておこう。
---------------
本棟の料理人に調理して貰った鮪料理を頂き、
帰って来た我が家。
フィーネが効かない酒を飲みながら、クワンティを交えて話がしたいとダイニングで席に着いた。
「お父さんの好物はね。ポテトフライだったの…。
質素な村だったから、今のような贅沢は出来ないんだなって思ってた」
「…」
「スタンの意見を聞かせて」
その事を話していいのか迷ったが、早い方がいいのかもと自分の意見を話した。
「間違いないと思う。俺の中ではもう確信に近い。
瀕死のお父さんを、お母さんの所まで運んだのは、
ベルエイガさんだと。
お父さんを人間の姿にしてくれたのも。
ソラリマを筺に仕舞ったのも、きっと彼だと思う」
ハラハラと流れる彼女の涙。
その嗚咽を抑え。
「…やっぱり、そうだよね」
「ああ」
「…狂った勇者が、本当に作りたかった物って…
作ろうとしている物って…
作っている物って…
魔人では…ないのね…」
言葉に詰まった。それでも、俺は無言で頷き返した。
その言葉は、絶対に。口には出せない。
数分の間が空いた。
「…そいつを、殺すのは…私がやるわ」
「解った」
「クワンティ。これだけは、抜駆けはしないで…」
「クワッ!」
「その時は、私がソラリマを持つ。
私が、そいつの首を刎ねてやる」
それは、一瞬の憎悪。
「俺と、クワンティで。
フィーネをそいつの前まで連れて行く。
必ずだ」
「クワァッ!!」
「…有り難う。二人とも…。
ソラリマ。その時、力を貸して。全力で行くから」
『承知した』
涙を拭い、飲みかけのグラスを飲み干し。
「遅い時間だけど。ポテトフライ、作るわ。
二人も、付き合って」
「何処まででも。ダイエットは明日から、頑張ろう」
「クワッ」
熱々のシンプルなポテトフライを、
みんなでお腹一杯になるまで食べた。
英雄に感謝を捧げ。
効かない酒で、流し込みながら。
ソラリマの装備者は決まった。
彼女をそこまで導くのは、俺たちの仕事だ。
狂った勇者。
お前は、一番やってはいけない間違いを犯した。
彼女を本気で怒らせたのが、お前の敗因だ。
精々、その首を洗って待っていろ。
シュルツの自室に集まり、一冊の書を読んだ。
俺の隣にフィーネ。フィーネの膝にシュルツ。
フィーネの肩にクワンティ…。
文字まで読めるんだ!?
皆で一緒に顔を寄せ合って書を読んだ。
『とある女神様と悪しき魔王の禁断の恋』
特別奇抜ではない内容だった。
ある日。気紛れで女神様が西大陸に降り立ち。
魔王に問う。
「どうして、貴方はそれ程に短気なのでしょう」
「我が聞きたいわ」
そこから徐々に打ち解け、女神様と魔王は親密に発展。
最後に勇者に邪魔されたと言う記述は、当然無く。
とてもストレートな物語だった。
フィーネが読み終えた感想を漏らす。
「本物の女神様って、とても慈悲深い人なんだね」
「悪いのは勘違いした信者の一部だけさ。
何を信仰するかは個人の自由だし。
勇者の件は論外で」
シュルツも。
「本当に、私も。少し女神教に偏見を抱いていたのが恥ずかしい思いです。
最初の信仰を捻じ曲げてしまう、人間が怖いです」
2人でシュルツの頭を撫でた。
その後。本を書庫に戻して本棟で昼食を済ませた。
シュルツとフィーネが追加のドレス選びをしている間に、今後で遣らなくてはいけない事を整理してみた。
最初に。
カメノス商団に、林檎のお酒を依頼。
シードルである。
これは、黒竜様を訪問する時に必要となる物。
今から完成させて貰って、熟成後の品を何年後かに持って行かなくてはならい。
そして。何よりも狂った勇者の討伐。
フレゼリカと同時とは言っても、城の上方で戦闘が始まれば当然逃げてしまう。
なので。決定事項は、勇者を一番最初に最高戦力で潰しに行く。分散なんて有り得ない。
施設の破壊はその後でいい。
どうせフレゼリカは城から動かないから。
侵入する為の鍵は手に入れた。
しかし、勇者を最初に倒す為に足りない物。
【索敵】これを向上させなければ、話にならない。
自分自身の色を見る。…虹色だった。
ベルエイガさんを確認しておくべきだったと後悔しても手遅れ。
推測では、同胞なら同じ系統の色をしている筈だ。
フィーネは色合の違う虹色。
やはり転生者繋がりだと思われる。
違いは正規かそうでないかと推測した。
シュルツも含め皆別々の色で感じられたが、邸内付近に虹色は俺たちだけだった。
これで位置は解る。後は階層だ。
上下位置が掴めなくては、
辿り着く前に気付かれてしまう。
着替え中の2人でお試しするのは気が引けたが。
色を見るだけなので許して欲しい。
自分は今、本棟の1階の接客室。彼女たちは2階。
…高低差も把握出来た。
侍女さんや従者の人々。ソプラン、カーネギの位置を探り邸内を歩き回った。
把握した色と、本人たちとを照らし合わせる。
別々の棟に分かれて居たが、階層も本人確認も問題無さそうだ。
自宅にアローマさんとソプランが居た…。
てめぇ!人の家で何やってんだ!!と怒りに震えたが
我慢我慢。
ソプランがぞっこんなのは良い事だと割り切った。
それから先日始めて歩いた地下通路の手前まで行き、何処まで計れるのかを試した。
今の力量で大体城壁南門辺りか…。
足りないな。
パージェントの王城は、ラザーリアのそれと比べ約半分。
施設の規模を考えると全然足りない。
ロイドちゃん。勿論スキルは伸ばす積もりだけど、
足りなかったらサポートお願いしていいかな?
「それを断る理由がありません。全力でサポートさせて頂きます」
心強い!
甘えてばかりでは絶対に勝てないので、常時に近い形で多用して行こう。
覗き魔ねぇ…。これも面白い皮肉だ。
お礼まで言える気分でもないけど。一応の感謝を。
後は自宅に戻り、慌てるソプランを捕縛して、一緒にトレーニングをした。
ベースの身体作りも外せない事項だ。
各種ウエイトで筋肉を鍛え、ソプランと木刀で模擬。
と言うかレクチャーを受けた。
剣術や格闘術は、ソラリマを装備しただけでは伸びる訳が無い。
スペックだけで強化された人間を両断する事は難しい。
残酷な話だが、出立前までにはロープを使わずに成体オークを女神様の中剣で両断出来るレベルに持って行こうと考えている。
決して乱獲はしない。必要最低限でだ。
ソラリマを誰が装備するかは不透明な為。
そうでなくとも基本は大切。
自己研鑽はこの方針で問題ない筈だ。
次は装備品と魔道具の補強。
この際、過剰だとの認識は一切捨てる。
現在邸内で保管している武装はメメット隊の物だ。
何れも個性に合わせているので、
勝手に持ち出してここの戦力は落とせない。
新しく欲しくても、闇市はコマネさんの身隠れの邪魔にしか成らないので却下。
トーラスさんの出物に期待するしかない。
何とか掘り出し物が欲しい所。
宝物殿地下の武装も、万が一ロストしたらシャレにならないので却下だ。
何も見付からなければ、1階の物を少しだけ譲って貰おうと考えている。
二神様に期待するのは間違いだ。
ここまで加担して貰ったのに、これ以上甘えられない。
油断すると直ぐに湧いてしまう、甘えた感情もどうにかしないとな。
精神面か…。難しいな。
でも。セルダさんの払った犠牲に比べれば、こんな物は言い訳にはならない。
やろう。皆で勝つんだ。
今一度決意を改め直した。
トレーニングの後、ソプランと汗を流してお風呂。
情けない声で項垂れる隣の人。
「なぁ。また俺執事役すんのかよぉ」
「当たり前じゃないですかぁ。晩餐会に居たのに何で終わりだと思うのか不思議」
「あれで終わりだと完全に思ってた」
「どうしてここに沢山警護兵が居るのに、ソプランとカーネギを置いているかを考えてよ」
「…それでかぁ~。まあ俺は解るがカーネギは何で」
「何か事が起きた時。隣のカメノス邸のメンバーとの連携が必要です。
足の早いソプランが動くなら、ここの守りを固める上で必要な人物だから。
襲撃が起きるなら、俺のこの自宅が在るロロシュ邸が襲われる確率がとても高いんだ。
カーネギさんより適切な人材が他に居る?」
「居ねえな。今ので納得したわ」
「でしょ」
「なぁ。ラザーリアの城潰しは、どれ位掛かるんだ」
「難しい質問だね。
俺とフィーネは地下施設。父上率いる一般の地上部隊。
巨大で堅牢な城を少数精鋭で落とすんですから、全く見当も付かない。
最低でも1週間は掛かるかな。
地下施設の場所は解っていても、中の規模は全く把握してないし、実用可能な魔人の総数も解らない。
馬鹿みたいに施設を壊して回って、いざ出ようとしたら逃げ道塞いじゃってた。なんて笑えないし。
本命を倒したら、慎重に戦わないといけないからね」
「攻城戦かぁ。俺が生きてる間に身近に起きるとは、正直考えたくなかった」
「そう言えば、ゴンザさんから聞いたんだけど。
ゴブリンゴッズとマッハリアの軍隊が戦ってるのを見たんだよね。軍隊の兵力ってどんな感じだった?」
「あれは…。正規兵二千騎でギリギリ競り勝ってたな。
時間的には数時間で終わってたが」
「そっかぁ。2千でギリかぁ。俺も見たかったなぁ」
正規兵の実力を。
風呂から上がり、リビングでアローマさんが淹れてくれた紅茶を、ガウン姿のまま頂いた。
そこには当然ソプランも。
「もう!ソプラン様。ここはスターレン様のお家ですよ。
そんなはしたない格好で」
「スターレンがいいって言ってんだからいいだろ。どうせ洗濯するのは侍女さんなんだし」
「スターレン様の執事としての自覚を持って下さいと言っているのです。主様が良いと仰っても、自重はするものですよ」
「解った解った。後三日もあるんだから」
「たった三日しかないから言っているんです」
痴話喧嘩が始まった。目の前で。
「まあ大丈夫ですよ。前回で大体の流れは解っていると思いますから。頭の回転の速さで、ソプランに執事役をお任せしたんです」
「だろ?こいつもこう言ってんだ」
「こいつ、じゃありません!もう嫌いになりますよ。
そんなソプラン様は見たくありません!」
「解ったって。明日から頑張るから」
「今から頑張って下さい!」
「仲良き事で何よりですね。
俺は本棟の2人の様子を見に行くんで。
ソプランも適当に…、とは言っても。ここでアローマさんに襲い掛かってたのが解ったら。幾らソプランでも俺たち2人でボコボコにするから」
「やるか!!」
アローマさんの赤面を拝見しつつ、クローゼット部屋で身支度して自宅を出た。
本棟に入った頃。丁度侍女長さんに呼ばれた。
2階の試着室。
入ってフィーネの水色のドレス姿が目に入り、一瞬息が止まり掛けた。
2つ目に用意していた物じゃない…と思う。
緩やかなV字ネック、肩フレアの曲線。
結婚式でお借りしたドレスに近い感じがした。
腰から横に広がる滑らかな曲線美。人魚が人の形を執ったらこの姿に成るのではと思えた。
水竜様が彼女の味方なのが、解った気がした。
「どうかな?」
「とても綺麗…です…」これ以上の言葉が出なかった。
少し照れた表情が水色に映える。
「…大丈夫?」
言われてやっと呼吸を再開した。
「あぁ。息するのを忘れちゃってた」
「あのー。私も居るのですが」
シュルツに呼ばれて我に返った。
「ごめん。嫁に見蕩れてたわ」
羨ましい事ですと、はにかむ笑顔は少女から大人へと登り始めた成長を感じる。
明るめのオレンジ。彼女はやはり暖色系が好みの様だ。
丸首から胸元まで流れ落ちる葉枝の様なレースが、
嫌らしくない品格を醸し出していた。
「やっぱり暖色系が似合うな。君の笑顔にぴったりなデザインだと思う。出会った頃からの成長を感じます」
「有り難う御座います!」
そこら辺はまだ子供なのかなと少し安心した。
「ちょっとー私への感想よりも長いんですけどー」
「似合い過ぎてて。どう言っていいのか。海から人魚が上がって来ちゃったのかと勘違いしちゃったよ」
「人魚?人魚さんって居るのかなぁ…」
「色系を統一したの?」
「そうそう。シュルツは黄色系と橙色系。
私は紫系と水色系をそれぞれ2着ずつ」
「スターレン様は色数を揃えた方が良いと仰っていたそうですが。どの道他の人と被ってしまうので、二系統で収めた方が整えるのが楽かなと。こうなりました」
「ふむふむ。結局主役はメルシャン様だしな。
ちょっと嫁自慢したくて余計な事言ったかも。
色よりデザインで変化させた方が見栄えがいいよな。
勉強になります!」
嫁自慢したら、男が列を為してしまうではないか!
「スタン。真珠のブローチ何れがいいかな」
「正直言っていい?」
「ど、どうぞ」
「この流れだと。フィーネがピンクで、シュルツがイエローの一択なんだけど」
「私もそう思った」なんで聞いた!!
「先程のブローチ。頂けるのですか?」
「勿論よ。昨日頑張ってくれたご褒美です。
昨日の結果は…、忘れましょ」
最初から決まっていたようだ。
「贈呈品だし、希少性がたか」
「ちょっと待て」
「おぉ、ごめん」ネタバレしてどうすんだ、俺。
「当日のお楽しみを奪われる所でした」
「でも。スタンの意見が違ってたら変更しようかなって思って聞いたの。中身バレちゃうけど」
そう言う事か。
女の子は難しいです。
「シュルツは当日はそれ使う?先に取っておく?」
「ちょっと悩んでいます。お二人から頂いた大切な物。
人前に披露するかどうかを」
ん?そっちの質問ではなかったんですが。
「それも当日の楽しみにしとくかな」
「はい!」
形は解っていても、着用してこそのアクセサリーだ。
使う人に依って変わる物だし。楽しみにしておこう。
---------------
本棟の料理人に調理して貰った鮪料理を頂き、
帰って来た我が家。
フィーネが効かない酒を飲みながら、クワンティを交えて話がしたいとダイニングで席に着いた。
「お父さんの好物はね。ポテトフライだったの…。
質素な村だったから、今のような贅沢は出来ないんだなって思ってた」
「…」
「スタンの意見を聞かせて」
その事を話していいのか迷ったが、早い方がいいのかもと自分の意見を話した。
「間違いないと思う。俺の中ではもう確信に近い。
瀕死のお父さんを、お母さんの所まで運んだのは、
ベルエイガさんだと。
お父さんを人間の姿にしてくれたのも。
ソラリマを筺に仕舞ったのも、きっと彼だと思う」
ハラハラと流れる彼女の涙。
その嗚咽を抑え。
「…やっぱり、そうだよね」
「ああ」
「…狂った勇者が、本当に作りたかった物って…
作ろうとしている物って…
作っている物って…
魔人では…ないのね…」
言葉に詰まった。それでも、俺は無言で頷き返した。
その言葉は、絶対に。口には出せない。
数分の間が空いた。
「…そいつを、殺すのは…私がやるわ」
「解った」
「クワンティ。これだけは、抜駆けはしないで…」
「クワッ!」
「その時は、私がソラリマを持つ。
私が、そいつの首を刎ねてやる」
それは、一瞬の憎悪。
「俺と、クワンティで。
フィーネをそいつの前まで連れて行く。
必ずだ」
「クワァッ!!」
「…有り難う。二人とも…。
ソラリマ。その時、力を貸して。全力で行くから」
『承知した』
涙を拭い、飲みかけのグラスを飲み干し。
「遅い時間だけど。ポテトフライ、作るわ。
二人も、付き合って」
「何処まででも。ダイエットは明日から、頑張ろう」
「クワッ」
熱々のシンプルなポテトフライを、
みんなでお腹一杯になるまで食べた。
英雄に感謝を捧げ。
効かない酒で、流し込みながら。
ソラリマの装備者は決まった。
彼女をそこまで導くのは、俺たちの仕事だ。
狂った勇者。
お前は、一番やってはいけない間違いを犯した。
彼女を本気で怒らせたのが、お前の敗因だ。
精々、その首を洗って待っていろ。
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2023/12/19……番外編完結
2023/12/11……本編完結(番外編、12/12)
2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位
2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」
2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位
2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位
2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位
2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位
2023/08/14……連載開始
魔境に捨てられたけどめげずに生きていきます
ツバキ
ファンタジー
貴族の子供として産まれた主人公、五歳の時の魔力属性検査で魔力属性が無属性だと判明したそれを知った父親は主人公を魔境へ捨ててしまう
どんどん更新していきます。
ちょっと、恨み描写などがあるので、R15にしました。
幼馴染み達が寝取られたが,別にどうでもいい。
みっちゃん
ファンタジー
私達は勇者様と結婚するわ!
そう言われたのが1年後に再会した幼馴染みと義姉と義妹だった。
「.....そうか,じゃあ婚約破棄は俺から両親達にいってくるよ。」
そう言って俺は彼女達と別れた。
しかし彼女達は知らない自分達が魅了にかかっていることを、主人公がそれに気づいていることも,そして,最初っから主人公は自分達をあまり好いていないことも。
〈完結〉妹に婚約者を獲られた私は実家に居ても何なので、帝都でドレスを作ります。
江戸川ばた散歩
ファンタジー
「私」テンダー・ウッドマンズ伯爵令嬢は両親から婚約者を妹に渡せ、と言われる。
了承した彼女は帝都でドレスメーカーの独立工房をやっている叔母のもとに行くことにする。
テンダーがあっさりと了承し、家を離れるのには理由があった。
それは三つ下の妹が生まれて以来の両親の扱いの差だった。
やがてテンダーは叔母のもとで服飾を学び、ついには?
100話まではヒロインのテンダー視点、幕間と101話以降は俯瞰視点となります。
200話で完結しました。
今回はあとがきは無しです。
【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?
みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。
ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる
色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く
【完結】婚約破棄されて修道院へ送られたので、今後は自分のために頑張ります!
猫石
ファンタジー
「ミズリーシャ・ザナスリー。 公爵の家門を盾に他者を蹂躙し、悪逆非道を尽くしたお前の所業! 決して許してはおけない! よって我がの名の元にお前にはここで婚約破棄を言い渡す! 今後は修道女としてその身を神を捧げ、生涯後悔しながら生きていくがいい!」
無実の罪を着せられた私は、その瞬間に前世の記憶を取り戻した。
色々と足りない王太子殿下と婚約破棄でき、その後の自由も確約されると踏んだ私は、意気揚々と王都のはずれにある小さな修道院へ向かったのだった。
注意⚠️このお話には、妊娠出産、新生児育児のお話がバリバリ出てきます。(訳ありもあります)お嫌いな方は自衛をお願いします!
2023/10/12 作者の気持ち的に、断罪部分を最後の番外にしました。
2023/10/31第16回ファンタジー小説大賞奨励賞頂きました。応援・投票ありがとうございました!
☆このお話は完全フィクションです、創作です、妄想の作り話です。現実世界と混同せず、あぁ、ファンタジーだもんな、と、念頭に置いてお読みください。
☆作者の趣味嗜好作品です。イラッとしたり、ムカッとしたりした時には、そっと別の素敵な作家さんの作品を検索してお読みください。(自己防衛大事!)
☆誤字脱字、誤変換が多いのは、作者のせいです。頑張って音読してチェックして!頑張ってますが、ごめんなさい、許してください。
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