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第40話 新婚旅行後半戦(突入編)
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忘れては大惨事な、重要な申請書をゼファーさんに手渡しして、シュルツにだけ挨拶してロロシュ邸を出発した。
こちらも忘れてはいけない。
水竜様への感謝と息災祈願をしてから。
パージェントに来て初の!南外門出発。
国外には出る積もりは更々無いが、一応?念の為?
特性通行証はホルダーに入れたまま。
馬車にしようか、また徒歩か。いやいや徒歩でしょ。
川下りをしたら本当に直ぐに着いてしまう、ハイネハイネへのんびりお散歩。
白いクワンを肩に乗せ、ウキウキルンルン。
「そういえばさぁ。アッテンハイムで野営したじゃん」
「そうねぇ。あれはあれで楽しかったねぇ」
「それはそうだね。あの時って。テントの外にさ。強力な魔物除けと動物除けのランタン吊してたんだけど」
「あー確かに。それが?」
「クワンティって動物じゃん。なんで全く効いてなかったのかなって」
「…それは私の能力を一部継いでるからでは?」
「俺もそう思うんだけど…。クワン、干渉攻撃無効化しないと、拙くね?」
「はッ!!」
「クワッ!!」
人目に付かぬ森を探して直行。
安全を確保した上で、ソラリマを出し、
小1時間説得(恐喝)を施した。
「なぁできんだろぉ。出来るって言えよ。出来るって言葉しか聞こえねえなぁ」
「出来るわね!出来るって言え!反論したら、活火山の火口に放り込むわよ!!」
「クワァァァ!!!」
『出来ますぅ。遣りますぅ。て言うか遣りました!!』
「あぁん?反抗的だなぁ。北大陸の氷山の奧底に埋めてやろうか!」
「いけないわね。南大陸に少しだけ寄って、火山探しましょうよ。近いし!!」
「クワァァァァ!!!」
『…済みません。調子に乗りました。勘弁して下さい。
他の限定にもクワンティを入れさせて頂きます…。
そもそも装備出来ないと思うのですが…』
使用承認可能数:3名
(☆フィーネ/スターレン/クワンティ(鳩!))
いやー安心安心。言って(脅して)みるもんだ。
丁度お昼時にハイネハイネ到着。
「「おぉ」」
街並みや様相は王都と大きな差はない。
水竜様が主神だけあって、一面の外壁が水色。
お昼にしようと、商業ギルドでペット同伴OKのお店を紹介して貰い昼食。
まだ内陸なので、野菜と川魚がメイン。
ふんわりパンが美味しく、ここでは燻製物がメニューに並んでいた。
完売中…、入荷未定…。
大人気で良かった!
とデザートを食べさせ合いっこで和やかに過ごしていたら。
伏兵出現。
ロロシュ財団とカメノス財団の幹部や支部長を名乗る人がわんさと現われ、お店を取り囲まれた。
「どうして解ったんだ!!」と唱えたら。
「真っ白い鳩を肩に乗せ!馬鹿みたいにお美しい奥方様を連れて歩くご夫婦なんて!この世に貴方様しか居ませんよ!」
俺の評価はどうした!
なんてこったい。
認識阻害を凌駕してしまうその美貌。罪だね。
仕方なく。仕方なーーーく。
近くの大きな商談室を借り、全員纏めて3社面談を開始した。
俺たちがここに居ないかのような論戦。
何方が俺と話をするかで大揉めになった。
しかし次の俺の不用意な発言が不幸を招く。
「俺たちは今日ここに一泊だけの予定で来ました。まだ宿も探せてませ」
「宿だー!宿を手配しろ!!」
「それは私たちがやる!引っ込んでいろ!」
などと本格的な口喧嘩に発展。
「喧しいわ!!」
フィーネの一喝で静まり返る議場。
「だったら綺麗に折半で最上級を抑えなさい!
先客や他の宿泊客を押し退けたり、迷惑を掛けない事!
僅かでもその兆候が見付かれば、今直ぐ王都に戻って通報してやるから!
お話がしたいなら、明日。両財団の代表者のみ。
いいわね!!」
「「はい!」」
速攻で何処かに消える幹部たち。
ありがとーフィーネたん。
「私たちは、町中を観光してるわ。案が決まったら声を掛けに来て」
町中をフラフラと。
「いつも悪いねぇ、フィーネさんや」
「いーええ。こちらこそスタンさん。あ、あそこの服屋さんなんてどうかな」
「お、普段着のお店かぁ。あんまし数持ってないからいいかも。男女両方置いてるみたいだし」
「いいねぇ。ペットがダメなら、外で待って貰って」
そうです。会議所を出て直ぐ隣のお店。
に入ろうかなと足を踏み出した瞬間。
「「ウォー--待たせしましたーーー!!」」
待ってねえよ。何だこの早さは。
この世界にスマホなんてあんのかよ!
「わ、解ったわ。早かったわね。一応聞こうかしら。
自分で言ってしまった事だし」
「どれどれ」
候補は3つ。
一般的な洋館の最上階。
木の温もりが優しい高級旅館の一等室。
エリュグンテのお手頃姉妹店の最上。
道の端に寄って説明書を読み読み。
「ねぇ何処がいい?」
「今まで洋館ばっかだったし。エリュグンテの系列店はラフドッグで泊まれるし。旅館はどう?」
「よし決定。
ここにするわ。自分たちで歩いて行くから、この紙は貰っていいかしら」
「ええどうぞ。こちらでも控えは作っておりますので」
仕事が早い。
「所で。お二人はこれから何方に」
「直ぐ目の前の服屋さ」
「そこの服屋だ!!全て買い占めてしまえ!!!」
「なにをぉ!それはこちらで買い占める!!」
人様が行き交う往来で、怒鳴り合う大人たち。
「「止めろ!」」
その後も続く、行く先々での買い占めの怒号。
服屋さんに始まり、雑貨屋、アクセサリーショップ。
どんな家があるのか眺めただけの不動産店。
果ては休憩に寄っただけの喫茶店。
体力補正が付いているのに、お宿に着く頃には疲労困憊。
恐ろしき、過剰なお持て成し。
旅館に着いても超VIP待遇。
貸し切りシステムが無かった筈なのに、
貸し切り混浴露天風呂。
食べ切れない美味しいお料理とお酒。
男は入っちゃいけない岩盤浴への強制ご招待。
………
全てを熟して、俺は筆を執った。
「前略。ロロシュ様、カメノス様。
早いもので王都を出発して、一日が過ぎようとしています。
如何お過ごしでしょうか。
ハイネハイネの高級旅館の一等室にて、この書を認めております。
起きた事象を一枚に収めるのは大変に難しく。
短く収めるならば。
両財団の幹部、支部長、秘書官等々が行く先々で絡み付き、うぜーんだよ!!
汚い言葉を吐いて申し訳ありません。
この書を二通書く気力が足りませんので、邸に居る確率の高い、カメノス様よりクワンティに届けさせます。
カメノス様、ロロシュ様のご確認が終わり次第。
クワンティをご返却下さい。
~二人の時間を多大なお持て成しで奪われた、
哀れな夫婦より~」
「クワンティ!夜に飛ばしてごめんね。
カメノスさんの所から回って。そして帰って来て!」
「クワッ!!」
飛び立つクワンの背を見送り、布団に入り、眠る…。
「「お持て成しが、怖い…」」
---------------
同日夜更け。
偶然にもロロシュとカメノスは、メメット隊の今後の展開を軽めに議論を交す為、カメノス邸内に居た。
「行きましたなぁ」
「行ったな」
「楽しめると良いのですがね」
「また何か、人助けでも。巻き込まれているのかもな」
「人助けに、国助け。本当に、器の知れぬ男です」
「財団などにも興味が無い。王国など通過点。果ては世界を救うなどと抜かした。我らでは既に計れぬ。果たしてわしは、彼らに何を残してやれるのか」
「それは…、難しいですな」
「人生が倍長ければと、今程思う事はない」
「そうです…な…」
丁度、カメノスは窓から見える星空を眺めていた。
そこで、信じられない物が視界に入った。
「何だ?」
「あれは、クワンティ…では?」
空の向こうを指差して。
カメノスは慌てて窓を開け放った。
飛び込んで来たのは、やはり見慣れた白い鳩。
「やはりクワンティ!」
見せるその背の鞄。
何事かと、若干震えた手で鞄を開けた。
中に入っていたのは、たった今話していた青年からの短い手紙。
「こ、これは…拙い!卿よ。ご覧を」
「どうしたと言う………。ゼファー--、ゼファーは居るかーーー!!」
「こちらに」
カメノスは即席で、自分たちの確認は済んだと認め、鳩の鞄に入れて送り返した。
---------------
昨日も使った会議所。の、同じ部屋。
悲痛な面持ちを浮べる2人の男性。
対する俺たちは、頗る不機嫌。
口も開けぬ彼らに僅かばかりに同情した。
「両財団の代表の方々。
支部にはこちらからご挨拶に伺う予定ではありました。
王都ではロロシュさんとカメノスさんに、大変良くして頂いていますので。
しかしですね。俺たちは只の平民商人の旅行者です。
過剰な接待を受けましても、何もお返しする事が出来ませんし。
両財団の師に、口添えなどを期待されても困ります」
「「決してその様な事は」」
「一応。善意からの事ですので。大変に有り難く。
お二人が怒られない様に、もう一度書を師に飛ばしはしますが。これ以上の干渉は控えて頂けないでしょうか。
俺たちだけじゃなく。昨日のこの場で、妻も申し上げましたが。
一般の方々。近隣で働いている商人の方々。
宿では他のお客様に多大なご迷惑が掛かっています。
それらが無い様お願いしますと、強く言いましたよね」
「「ずびばぜん」」
「泣かないで下さい。怒っている訳ではないんです。
かなり困惑しているだけです。
それで。俺に話したい事とは何ですか?
俺たちは旅行中で、お仕事の話は勘弁願いたいのです。
大変に良い案件があったとしても、それはそれぞれの上にご相談すれば良いと俺は思います。
では。ロロシュ財団の代表の方からどうぞ」
「私共は、特別何か有った訳では無く。総師と大変に堅い間柄と聞いていまして。こちらに来る噂を聞き、お二人を見付けてしまい。何か出来る事は無いかと。居ても立ってもいられずに。
大変に申し訳ありませんでした」
「他意は無しだと解りました。では、カメノス財団の代表者の方は」
「こちらも同じく。特別に便宜を図って頂こうなどとは考えても居りません。
只管に。喜んで頂けたらと…。申し訳ありません」
面倒臭い!!
「他両財団の方々も同じですね?」
「「はい」」
「では。署名入りで、処分不要と2通起こします。
どうかお願いします。新婚旅行中の時間を、これ以上邪魔しないで下さいね」
「「はい!」」
苛立ちに身を任せ。
処分は要らないよ。後味悪いし。
怒ってないよ。単なる善意だったので!
と書いて2人に渡した。
フィーネの膝上で寝ていたクワンをもう一度飛ばすと、
口走ったのは無かった事にして…。
会議所を出て、背伸びをした。
「よし!やり直しだ」
「やり直しだー」
飛び起きたクワンティーも。
「クワァ」
漸く平和が訪れたハイネで、観光を楽しみ。
散策して買い物して。やっと旅行らしい時間が取れた。
夕刻前の明るい内にハイネを脱出。
最寄りの宿場で一泊。
翌日には一気にラフドッグへ到着した。
全力で走ったさ。クワン抱えて。
人目?
俺たちを普通に認識出来るならやってみて欲しい。
だがしかし!
「ハァ…、ハァ…。つ…着いた…。無事か、フィーネ…」
「だ…、ハァ…。大丈夫…だよ。ハァ…。く、クワンティも無事…だよ」
「もう…駄目だ…。町の景色もよく、見えん。ほ、ホテル行こう」
「そ、そう…ね。か…帰りは…、ゆっくり…行こうね」
「だな…」
這う様に辿り着いたホテル:エリュランテ
受付で身分証を提示し。
「い、今から入れますか。最寄りの宿場から。全力で走って来たんで。もうルームサービスも取らず、兎に角寝たいです」
「はい。問題ありません。
お休みに成る前に、水分補給はされた方が宜しいかと思います。
後から良く冷やした果実水をお持ちしますので。そちらで喉を潤されると良いかと」
受付のお姉さんが天使に見えるぜ。
案内係に連れられ、フィーネと肩を抱き合って階段を上った。
エレベーターが欲しい!
エスカレーターが欲しい!
そう思うのは、我が儘だろうか…。
スウィートに入り、届けられた果実水に強壮剤を入れ、
味も解らず流し込み、服も脱がずに、汗だくのまま。
ベッドにダイブして泥の様に眠った。
ごめんなさい、清掃員の人よ。
遠くに聞こえる潮騒も。
窓から見えた筈の綺麗な景色も。
全てが、眠りの中に消えて行った。
---------------
元気一杯翌朝。
装備と衣服を脱ぎ散らかし、風呂に入り、汚してしまったベッドをクリア。
装備品の紛失は無いかを確認。無し。
普段着に着替え、窓辺に立った。
「綺麗だねぇ。あれが海かぁ」
「綺麗だなぁ」
眼下に広がるは水色の街並み、真っ白な海岸線と入り江に停泊する商船と漁船。
そして。何処までも青い海。
水平線の向こう側には何が在るんだろう。
出窓を開けて、最上階のテラスに出た。
「おーこれが潮風。これが海の匂いなんだね」
振り返り、風に靡く髪を抑えて微笑む姿。
「君の方が、何よりも綺麗だ」
思わず口に出てしまった。
「急に何言ってるのよ。もう」
はにかみ笑う姿が愛おしくて。
背中から抱き締め、潮の香りと共に、彼女の首筋の匂いを胸一杯に吸い込んだ。
「ちょっと。擽ったいよ」
俺に身を任せる彼女を抱く腕に、そっと腕を重ねてくれた。
俺たちは同時に思う。
「「寒い!」」
そう。今はまだ初春。
最上階に吹き上げる潮風は、ガッツリ寒かった。
生身の普段着では、どんなにステが高かろうとも寒いものは寒い。
窓を閉め、リビングの火を入れた暖炉の前で、抱き合って互いの身体を温め合った。
「取り敢えず、何かオーダーして窓辺で食べよう」
「そうしよー」
メニューのモーニングセットを注文。
運んで来てくれた給仕の人に、宿泊日数を確認してくれるよう頼んだ。
「チェックアウトの日取り?」
「そう。王都で予約日数変更して来なかったから。その確認をね。正直、昨日はどうやってホテルまで辿り着いたのかも覚えてないし。受付でどう説明されたかも覚えておりません!」
「自信を持って宣言する事ではないなぁ。私も!」
モーニングを食べながら笑い合う。幸せだ。
途中でやってきたセルジュさんに聞いてみた所。
取っていた2週間に更に2週間が加わっていると答えてくれた。
「「なんで?」」
「はい。スターレン様のご予約に加え、ロロシュ財団、カメノス財団の総師の方から。追加の延長申請が受理されて居ります。勿論全て前金でのお支払いですので。
お客様は、心行くまで。当ホテル、ラフドッグの町を満喫して頂ければと思います。
両お客様は、王都のエリュグンテにもお泊まりになった事があると伺っております」
「確かに」
「はい。ですので当ホテルのシステムも、王都のそれと何ら変わりませんので。室内の物全てがお客様次第となっております。また何か御座いましたら、廊下の係の者までお知らせ下さい」
「「ありがとー」」
セルジュさんは深く一礼して戻って行った。
「気を使って貰ったのかな」
「ハイネでの謝罪でしょ。まぁそこまで長く留まる気はないけどね」
「そうね。終わりを決めずに滞在するのも良いものね」
モーニングを片付け、下げて貰った後も2人でボーッと窓から見える景色を眺めた。
「さぁ。今日はどうしますか、フィーネさん」
「武装無しの旅装備で。少し海岸線を歩いてみたい。
白い砂浜と綺麗な海辺を」
「行ってみるか。俺は前の人生で…」
フィーネに口を塞がれた。
彼女は離れると。
「だーめ。前だとか、次だとか。前世だとか。
そう言うのは無しって約束したでしょ?」
「うん。ごめん、つい」
「そうやって考えてしまうから。自分の今の命を大切に思えなくなるのよ。
ちゃんと言うね。私は、今のスタンが好きなの」
フィーネが膝の上に乗り、顔を近付けて瞳をじっと見てる。
高まる鼓動が止まりません。
「…うん」
「次を考えるなら。立派なお爺ちゃんになって。
子供たちに囲まれて。最後のお休みをする、直前でいいと思うの。
それまで頑張って生きてくれるんじゃなかったの?」
「…その通り、です…」
「それじゃ…。お尻に何かが当たってるけど。
出掛けられなくなっちゃうから。それは後でね。
準備して行こ」
恥ずかしい!
「行こう」格好良く言っても格好悪い。
着替えは完了した。
しかし、どうしても気になる事がある。
「なぁ、フィーネさん。ハイネハイネでは、クワンティが目立ち過ぎて騒がれたんだよな」
「そう…だね。置いて行くの?」
「クワァ?」
「違う違う。ペット用のケージを買おうかなぁって」
「ケージ?鳥籠みたいな?」
「そうそれ。でも、檻に入れてるみたいでさぁ。
クワンティは、箱に入れられて運ばれるの平気?」
鳩さんは大きく頷いた。
「大丈夫みたいだね。でも港町に、売ってるかなぁ」
「どーだろ。ちょっとここの係の人に聞いてみるか」
廊下に出て係を召集。
尋ねてみた所。「ご用意が御座います」
即興でクワンのサイズを計測してくれて。
暫く待つと、係の人が幾つか台車の上に乗せて戻った。
「こられは以前に、当ホテルへお泊まりになった際。
ご同伴のペット様とお出掛けがしたいとの主人様の要望から、種類を揃えてご用意致しました。
万一の粗相に備え、吸水性、脱臭効果、手軽なお掃除等の優れた機能に加え。
もしもの時の追跡機能、中身の視認阻害機能も添付されております。
只、ペット様の視界を確保されたい場合。
お勧めしたいデザインはこちらとなります」
セルジュさんがお勧めしてくれたのは。
見た目は竹の編み細工…バスケット。
側面には目出しの口が広めに取られ、4面にスリットが入っている。確かに中からの視認性が一番高い。
おぉ…ポムさんの所に依頼するべきだった。失念。
「ポムさんの店に行けばよかったね」
「俺も思った…。抜けてたわ」
「さ。クワンティはあのお勧めでいい?
他にも沢山あるよ」
「クワッ」
台車の周囲を飛び回り、吟味中……。
でもやっぱりお勧めの上に乗って鳴いた。
王都での失念が悔やまれる。
「そちらですね。
僭越ながら、お代は勿論頂きません。
財団様からの「過剰な」入金も御座いましたので。
直ぐに中敷き用の柔綿シートをお持ち致します。
もう少々お待ち下さい」
「「ありがとー」」
「クワァ~」
持つべき荷を持ち、入れる物は入れ、準備万端いざ出発。
「トイレの時はちゃんと言うのよ」
「クワッ」
『…羨ましい…』
「誰が喋っていいと言った!!」
まずは町を一旦北側に出て、最初からリスタート。
町の入口付近は普通の様相。
もうこれに馴染み過ぎてて。
中央の噴水広場辺りから、段々と変わって来た。
水竜教の教会と礼拝堂が併設されていたので、礼拝堂にお参り…。
これが結構な人が並んでいて。
「失礼だけど。あと…にしたいかなぁ…」
「そ、そうしよっか」
中央広場から南に向かって緩やかな下り坂。
海は既に視界に入っている。
中央通りを南下、両サイドには鮮魚店が連なる。
ちゃんと競合しないよう、推しは店毎に違う。
小魚、鯵、鯖、蟹、海胆、栄螺、貝類etc
「あ、あの黒いイガイガ。ウニだよね」
「そうだな」
「王都では全部取られちゃって。食べたかったのにぃ」
「あー、だったなぁ。ちょっと買って食べよっか」
「いいですねぇ」
海胆が推しの店で数個購入して、紙皿に入れて貰い、お店の前のベンチで食した。
「う~~。甘くてトロトロ~」
そんなあなたに俺もトロトロです。
「やっぱり鮮度がいいと、何も付けずに美味ですなぁ」
「ですなぁ」
次には貝類のお店。
店頭に網焼きコーナーがあり、栄螺の壺焼きにトライ。
「おー。見た目アレだけど。肝の苦みが大人の味だ。これはお酒のお摘まみだね」
その通り!
クワンが蛤に興味を示し、フィーネがケージの外からアーンして食べさせた。
こちらも満足げだ。
一向に前に進めないので、
一旦店頭売りゾーンから離れた。
更に南下して路地突き当たり。
左手に行けば海岸線。右手に行けば市場と港。
初手は海岸。
近付く程に波の音は大きくなって行く。
防波堤の切れ目が来て、進んだ先には真っ白な砂浜と。
「わー綺麗ー。真っ青だぁ」
見事な迄のマリンブルー。
某南国リゾートのような海だった。
前に見た、行っただとかはもう言わないし考えない。
俺たちは生まれて初めて海を間近で見たんだ。
2人で波打ち際まで。
「潮の匂い~。砂浜もサラサラ。もう少し暖かければブーツ脱いで歩きたかった。夏とかに来たら、海水浴?
お客さん一杯になりそう」
はい。そんなあなたの水着が途轍もなく見たいです。
「夏かぁ。来れたらまた来よう」
「必ず来ましょうね」
はい。今直ぐ水着…。
人気はチラホラ。遠くで親子連れが遊んでいた。
あれが、俺たちの未来の姿かも知れない。
ケージは俺が持ち、手を繋いで波際手前をゆっくりと歩いた。温かい手。
俺はこの優しい手を、何処まで守れるんだろう。
必ず守る、と口にするのは易い。でも…。
つい少し握り手が強張ってしまった。
「どうしたの?」
「はい。フィーネさんの水着姿を想像してました」
口から溢れてしまったぜ。
「しょ、正直か!…王都でも川遊び用を見掛けたけど…
あれは勇気要るなぁ。二人切りなら着てもいいけど」
「マジッすか」
「時期外れだから売ってないとおも…」
俺たちの視界に入った店。
それはバッチリ、夏向けの海水浴用品店。
「「何故、売っている…」」
用品店は一つ切り。そりゃそうだ、夏はまだ先だ。
一応入店。…夏を先取りオープンセール…
先取りし過ぎだ!…し過ぎでもないのか?
男女、子供用、大人用の水着。からの、際どい方面も。
「こ、これは…ちょっと…。面積が…」
フィーネが白いマイクロビキニを手に取った。白!
頭の中も真っ白。
俺たちは一緒にお風呂も入る仲良し夫婦。
ここだ!押すしかない!ご機嫌が良い内に!!
「さっき…。着てくれるって言ったよな」
「え!?…これ!?これは…」
「気になるから手に取った。違うかい?」
「いや…ちょっと、どんな感じかなぁって」
フィーネの手から白い物体を奪い取る。
バストサイズ……OK
アンダー……OK
「買いだ!!」
「えぇーー!!??」
嫁、混乱中に購入完了。
ホテルに帰るのが楽しみだ。
「またのお越しを~」
店員の声援を背に受けて。
赤ら顔で頬を膨らませる嫁さんを引いて店を脱出。
「どうせなら。もう少し凝った物を…」
「言いましたね。明日も来ます。決定です!」
「どーして言ってしまうんだ!私ぃ!」
やや仏頂面のお嫁を引いたまま、砂浜から港方面へと移動した。
市場は朝市が過ぎているのか落着いて見えた。
市は明日にでも来ようと、海へと目を戻す。
「大きい?船だね」
「大きい…か?」
とても大きい港。だが、多くが漁船の小型から中型。
大型は少なく、商船は奥の方の一角に固まっているだけ。
「ほぼ漁船だな。商船が少ない。思ってたより、小さい」
「私も、もっと大きなのを想像してた」
出払っていると思わなくも…。いやそもそも停泊スペースが足りていない。
「ロロシュ財団の旗印も見当たらないなぁ」
「言われて見れば」
2人で首を捻っていると、後ろから釣り竿を持った人が声を掛けて来た。
「君たちは観光かい?」
「はい、そうです。新婚旅を」
「そうなんです」
「そうかいそうかい。偉いべっぴんさん連れて、羨ましいねぇ。家の上さんなんて…。まぁいいさ。
君らは漁船なんて見て楽しいのかい?」
「いえ。ロロシュ財団の商船が見当たらないなぁって。
どっちかと言うと、そっちが見たかったんですが」
「ほーそうかい。そりゃこっちの岸じゃねえなぁ。
あそこに見える岬を越えた先だな。
こっちはただの漁港で、そこの中商船があっちとの連絡船だわな」
「おぉ、そうでしたか。有り難う御座います。
行ってみます」
「ご親切にどうもです」
「あっち見るならそこの連絡船か、陸路なら西の小山を越えたとこだ。気ぃ付けてな」
「おじさんも。いいのが釣れるといいですね」
「ここの辺りは何が釣れるんですか?」
「最近は坊主ばっかだよ。大体は小アジだ。運が良けりゃ石鯛とか平目なんて引く時もあるかね。
それよか、あっちはビビるぜ。この漁港の五倍はある。
楽しんできなよ。いい旅をな」
人のいい親切なおじさんが篭を振り振り、岸壁方面へ歩いて行った。
その人に軽く手を振り返しながら思う。
「これだよなぁ。人との触れ合いって」
「そうだよねー。ハイネが可笑しいのよ」
「さてと。フィーネさんフィーネさん」
「なんだいなんだい、スタンさん」
「選択肢が一杯あるんですが、どうしますかね」
「どれどれ、挙げてご覧なさい」
町を散策して昼食
お参りして昼食
財団方面へ歩いてあちらで昼食
連絡船であちらへ渡ってから昼食
町から出て北西方面をお散歩
町から出て北東から東へと足を伸ばす
「おー。悩みますねぇ」
相談の結果。
お参りして昼食しながら、午後を考える。に決まった。
礼拝堂に戻り、順番待ちの列に並んだ。
行列の割に回転は意外に早く、30分程でお参り終了。
魚町の人々は勢いがいいんだろうなぁ。
水竜様に無事?の到着報告を済ませ、スッキリした所でご飯屋さんを探した。
ホテルで貰ったガイドMAPに従い、一般的な定食屋さんに向かった。
今は丁度お昼時。店の外に3組待ちがあった。
「他行く?並ぶ?」
「並んでみよー。これだけ人気なら美味しい筈さ」
待ちは大体40分。
店内に入ると、揚げ物特有の油の香ばしい匂いが空間を満たしていた。
案内されたテーブル席へ。
「お!俺は大海老フライ定食だな」
「じゃあ。私はこの蟹クリームコロッケの定食を」
懐かしの甲殻類さん。
どうかこの身体を苛めないでおくれ。
届くまで、ガイドを2人で眺めてああでもないこうでもないと話し合う。
クワンはお腹が減ってないのか、フィーネの足元のケージの中でお休み中。
満席で結構騒がしいのに。流石はフィーネの分身。
運ばれて来た定食。
若干の緊張が走り、フォークを持つ手が震えた。
「どしたの?嫌いだったのに頼んじゃったとか?」
「ちょっとした、昔の思い出がぶり返しただけ」
お味は勿論美味しく。鮮度抜群で身はプリプリ。
衣はサクサク。塩胡椒もいい塩梅。
都会のエセ大海老ではない!大正海老くらい大きな海老だった。
ソースしかなかったが充分でした。
マヨがここまで届くのは何時になるんだろうか。
2尾付きだったので、1尾をコロッケと交換してシェア。
以前の自分では考えられない行動。
シェア拒絶派だったからなぁ。人間変わるもんだ。
「美味しいね。海老プリプリ~」
「このコロッケもいいね。蟹身の風味が丁度良くて。
クリームのバターも控え目で」
「また王都で仕入れられたら、作ってみよっか」
「いいですねぇ」
お喋りしたかったが、窓の外ではまた列が出来ていたので完食で即時撤収。
中央広場のベンチで休憩がてら、ガイドを眺めた。
クワンに水筒から水を与えつつ。
「色々有りすぎて悩むなぁ」
「ねぇスタン。ここの町にも闇市とかってあるの?」
「あると思うけど行かないよ」
「理由を聞いても?」
言い辛い…けど言ってしまおう。
「港ってね。本当にいろんな物が集まるんだ。
確かにいい物もあるだろうけどね。フィーネの…。
詰りは女性が嫌がる物も多いんだ」
「ん?それって詰り」
「ハッキリ言って。エッチな道具が山程ある!」
フィーネさんの顔が真っ赤。
「そ、そう。良く解ったわ。ホントにスタンが真面目な人で良かった」
「だろ。そんな汚らしい物には触れたくもない」
ケージを抱えて肩を寄せて来た。少し震えてる?
そんなフィーネの肩に腕を回して強く抱いた。
「落着いた?」
「うん。かなり安心」
「よし。フィーネが良ければ。連絡船の発着時間を確認して、また海岸歩いて、雑貨屋を巡ろうと思います。
どうですか、フィーネさん」
「うん。行こう」
中型商船の発着所。
陸地側に管理建屋を発見。
取り敢えず何も名乗らずに聞いてみた。
「連絡船は三隻有りまして。
それぞれ朝昼夕方前となっております。一隻毎に一刻程のずれを設けておりますので、乗り遅れても待ちが最少となる設定です」
受付のお姉さんが教えてくれた。
これなら歩いても船に乗っても激しくは変わらない。
「夜間は運行しないんですか?」
「…旅行者の方に大変言い難いのですが。
敢えて申し上げるなら、夜の海には東からの海賊が出る事が在ります。
最近は、こちらの陸地近郊でも姿が確認され、非常に危険ですので。近距離でも夜間の運行は控えているのです」
マジかぁ。ウィンザートの海賊がこちらの海域まで。
「大変良く解りました」
「ならやっぱりご挨拶は昼間だね」
「そだね」
「ん?今…ご挨拶と?」
「「何でもないです!」」
耳を塞いで逃げました。
「ごめんね。女性だったから油断しちゃった」
「よくあるよくある。気にしない」
心を癒す為、のんびりと海岸を歩いた。
ホテルに戻る前に、幾つか雑貨屋が並んだ区画に寄り、内1軒に入った。
全部回ると後の楽しみが減る為。
「貝殻の製品が多いね」
「海辺だしね。お土産としても。身に付けるってよりも、記念品だな。ラフドッグに行って来ましたーって」
「フフッ。でもそれだと自慢になっちゃうね。
王都を離れられない人には嫌みだよ。
後は…星砂時計?」
女性店員がご説明。
「そちらの商品は、当店の一番人気。
造りは単純なのですが、お部屋の照明を暗くして淡いキャンドルなどに翳すと、落ちる砂が一層キラキラと輝いて見えるんですよ」
「それいいですね。時計の類は持ってないからな。
部屋に飾ってもいいし。自分たち用に買ってしまおう」
「買っちゃおー」
「ご一緒に、それにピッタリのキャンドルもどうですか」
商売上手!
「「買います!」」
「お買い上げどうもでーす」
店員が軽い!?
接客に驚きつつも、ホテルへ帰還。
小綺麗な方の私服に着替えて、1Fのレストランへ。
クワンティには好物の燻製を与えて、最上でお留守番して貰った。
小窓が一つだけ開けられる仕様なので、長い夜でも安心。
今夜はホテルを出る時に注文しておいたコース料理。
メインは舌平目のムニエルとフィレステーキ。
対面長机なのでアーンは出来ない。やらんけども。
「美味しいね。幸せ」
「それはそれは。料理長もさぞ喜ぶ事でしょう」
レストラン全体の照明が抑えられ、各テーブルの中央には低い燭台キャンドル。
灯火が映えて、微笑むお姫様が一段と素敵です。
我らはスウィートのブルジョアカップルな為、他のテーブルとは離れ、衝立で目隠しもされている。
最上級はやっぱり最高です。
デザートはチョコレートケーキ。
蜂蜜とブランデーの効いた上品な甘さだ。
「お上品。蕩けますぅ~」
「気に入ったなら。上でも取れるみたいだよ」
「とても魅力的な話ね。でも、太っちゃうと水着着れなくなっちゃうぞ」
「それは困ります。自粛願います」
---------------
その頃ホテル最上階。
とある者たちのお喋り。
『我も、外へ出たい…』
「喧しいわ。ご主人様たちにお手紙書くわよ」
『クワンティだけ狡いのである!』
「本当に五月蠅いわね」
『数十年振りに外へ出された!と思えば…あんな大きな金槌でボコボコ。聖剣にされた挙句に袋詰め』
「あたしに愚痴を言う為に存在しているの?」
『違うわ!クワンティは我の上位なのか』
「当たり前よ。あたしの方が先輩だから」
『我は数百年前に生まれ』
「只の虫歯じゃない。虫歯に年齢は無い」
『そ、そんな…』
「あたしの言う事を聞いてくれるなら出す方法はあるわ」
『ほ、本当か!』
「内緒よ。あんた直ぐに調子に乗るから」
『お、教えて下さい』
「今はご主人様たちを守るのよ。それがあんたの仕事。
信用出来ると思えば、出してあげるわ」
『頑張ります!』
「ホントあんた単純ね。…そろそろ戻って来るみたい。
お喋りしてたら海に捨てられるわよ。目の前だし!」
『黙して仕事頑張る!』
「アホらし…」
---------------
敢えて!敢えて、状況説明を省こう。
「ね、ねぇスタン。似合ってるかな」
「最高で最上です。これなら美の女神が居たとしても、フィーネの姿を見て速攻で辞表を書くでしょう」
「ちょっと…言ってる意味が…」
「目に焼き付けました!油絵に起こしても宜しいでしょ」
「宜しくない!も、もう…着替える」
「その布を脱がさせて下さい!」
「アホ!へ、変態!」
「いいじゃんちょっとだけ。面積少ないから一瞬で終わるって。少し紐を引っ張るだけだし」
「止めて!自分でやるから。スタン、目が怖い」
「では。脱ぐ所を間近で見ても?」
「いい訳ないでしょ!!」
こちらも忘れてはいけない。
水竜様への感謝と息災祈願をしてから。
パージェントに来て初の!南外門出発。
国外には出る積もりは更々無いが、一応?念の為?
特性通行証はホルダーに入れたまま。
馬車にしようか、また徒歩か。いやいや徒歩でしょ。
川下りをしたら本当に直ぐに着いてしまう、ハイネハイネへのんびりお散歩。
白いクワンを肩に乗せ、ウキウキルンルン。
「そういえばさぁ。アッテンハイムで野営したじゃん」
「そうねぇ。あれはあれで楽しかったねぇ」
「それはそうだね。あの時って。テントの外にさ。強力な魔物除けと動物除けのランタン吊してたんだけど」
「あー確かに。それが?」
「クワンティって動物じゃん。なんで全く効いてなかったのかなって」
「…それは私の能力を一部継いでるからでは?」
「俺もそう思うんだけど…。クワン、干渉攻撃無効化しないと、拙くね?」
「はッ!!」
「クワッ!!」
人目に付かぬ森を探して直行。
安全を確保した上で、ソラリマを出し、
小1時間説得(恐喝)を施した。
「なぁできんだろぉ。出来るって言えよ。出来るって言葉しか聞こえねえなぁ」
「出来るわね!出来るって言え!反論したら、活火山の火口に放り込むわよ!!」
「クワァァァ!!!」
『出来ますぅ。遣りますぅ。て言うか遣りました!!』
「あぁん?反抗的だなぁ。北大陸の氷山の奧底に埋めてやろうか!」
「いけないわね。南大陸に少しだけ寄って、火山探しましょうよ。近いし!!」
「クワァァァァ!!!」
『…済みません。調子に乗りました。勘弁して下さい。
他の限定にもクワンティを入れさせて頂きます…。
そもそも装備出来ないと思うのですが…』
使用承認可能数:3名
(☆フィーネ/スターレン/クワンティ(鳩!))
いやー安心安心。言って(脅して)みるもんだ。
丁度お昼時にハイネハイネ到着。
「「おぉ」」
街並みや様相は王都と大きな差はない。
水竜様が主神だけあって、一面の外壁が水色。
お昼にしようと、商業ギルドでペット同伴OKのお店を紹介して貰い昼食。
まだ内陸なので、野菜と川魚がメイン。
ふんわりパンが美味しく、ここでは燻製物がメニューに並んでいた。
完売中…、入荷未定…。
大人気で良かった!
とデザートを食べさせ合いっこで和やかに過ごしていたら。
伏兵出現。
ロロシュ財団とカメノス財団の幹部や支部長を名乗る人がわんさと現われ、お店を取り囲まれた。
「どうして解ったんだ!!」と唱えたら。
「真っ白い鳩を肩に乗せ!馬鹿みたいにお美しい奥方様を連れて歩くご夫婦なんて!この世に貴方様しか居ませんよ!」
俺の評価はどうした!
なんてこったい。
認識阻害を凌駕してしまうその美貌。罪だね。
仕方なく。仕方なーーーく。
近くの大きな商談室を借り、全員纏めて3社面談を開始した。
俺たちがここに居ないかのような論戦。
何方が俺と話をするかで大揉めになった。
しかし次の俺の不用意な発言が不幸を招く。
「俺たちは今日ここに一泊だけの予定で来ました。まだ宿も探せてませ」
「宿だー!宿を手配しろ!!」
「それは私たちがやる!引っ込んでいろ!」
などと本格的な口喧嘩に発展。
「喧しいわ!!」
フィーネの一喝で静まり返る議場。
「だったら綺麗に折半で最上級を抑えなさい!
先客や他の宿泊客を押し退けたり、迷惑を掛けない事!
僅かでもその兆候が見付かれば、今直ぐ王都に戻って通報してやるから!
お話がしたいなら、明日。両財団の代表者のみ。
いいわね!!」
「「はい!」」
速攻で何処かに消える幹部たち。
ありがとーフィーネたん。
「私たちは、町中を観光してるわ。案が決まったら声を掛けに来て」
町中をフラフラと。
「いつも悪いねぇ、フィーネさんや」
「いーええ。こちらこそスタンさん。あ、あそこの服屋さんなんてどうかな」
「お、普段着のお店かぁ。あんまし数持ってないからいいかも。男女両方置いてるみたいだし」
「いいねぇ。ペットがダメなら、外で待って貰って」
そうです。会議所を出て直ぐ隣のお店。
に入ろうかなと足を踏み出した瞬間。
「「ウォー--待たせしましたーーー!!」」
待ってねえよ。何だこの早さは。
この世界にスマホなんてあんのかよ!
「わ、解ったわ。早かったわね。一応聞こうかしら。
自分で言ってしまった事だし」
「どれどれ」
候補は3つ。
一般的な洋館の最上階。
木の温もりが優しい高級旅館の一等室。
エリュグンテのお手頃姉妹店の最上。
道の端に寄って説明書を読み読み。
「ねぇ何処がいい?」
「今まで洋館ばっかだったし。エリュグンテの系列店はラフドッグで泊まれるし。旅館はどう?」
「よし決定。
ここにするわ。自分たちで歩いて行くから、この紙は貰っていいかしら」
「ええどうぞ。こちらでも控えは作っておりますので」
仕事が早い。
「所で。お二人はこれから何方に」
「直ぐ目の前の服屋さ」
「そこの服屋だ!!全て買い占めてしまえ!!!」
「なにをぉ!それはこちらで買い占める!!」
人様が行き交う往来で、怒鳴り合う大人たち。
「「止めろ!」」
その後も続く、行く先々での買い占めの怒号。
服屋さんに始まり、雑貨屋、アクセサリーショップ。
どんな家があるのか眺めただけの不動産店。
果ては休憩に寄っただけの喫茶店。
体力補正が付いているのに、お宿に着く頃には疲労困憊。
恐ろしき、過剰なお持て成し。
旅館に着いても超VIP待遇。
貸し切りシステムが無かった筈なのに、
貸し切り混浴露天風呂。
食べ切れない美味しいお料理とお酒。
男は入っちゃいけない岩盤浴への強制ご招待。
………
全てを熟して、俺は筆を執った。
「前略。ロロシュ様、カメノス様。
早いもので王都を出発して、一日が過ぎようとしています。
如何お過ごしでしょうか。
ハイネハイネの高級旅館の一等室にて、この書を認めております。
起きた事象を一枚に収めるのは大変に難しく。
短く収めるならば。
両財団の幹部、支部長、秘書官等々が行く先々で絡み付き、うぜーんだよ!!
汚い言葉を吐いて申し訳ありません。
この書を二通書く気力が足りませんので、邸に居る確率の高い、カメノス様よりクワンティに届けさせます。
カメノス様、ロロシュ様のご確認が終わり次第。
クワンティをご返却下さい。
~二人の時間を多大なお持て成しで奪われた、
哀れな夫婦より~」
「クワンティ!夜に飛ばしてごめんね。
カメノスさんの所から回って。そして帰って来て!」
「クワッ!!」
飛び立つクワンの背を見送り、布団に入り、眠る…。
「「お持て成しが、怖い…」」
---------------
同日夜更け。
偶然にもロロシュとカメノスは、メメット隊の今後の展開を軽めに議論を交す為、カメノス邸内に居た。
「行きましたなぁ」
「行ったな」
「楽しめると良いのですがね」
「また何か、人助けでも。巻き込まれているのかもな」
「人助けに、国助け。本当に、器の知れぬ男です」
「財団などにも興味が無い。王国など通過点。果ては世界を救うなどと抜かした。我らでは既に計れぬ。果たしてわしは、彼らに何を残してやれるのか」
「それは…、難しいですな」
「人生が倍長ければと、今程思う事はない」
「そうです…な…」
丁度、カメノスは窓から見える星空を眺めていた。
そこで、信じられない物が視界に入った。
「何だ?」
「あれは、クワンティ…では?」
空の向こうを指差して。
カメノスは慌てて窓を開け放った。
飛び込んで来たのは、やはり見慣れた白い鳩。
「やはりクワンティ!」
見せるその背の鞄。
何事かと、若干震えた手で鞄を開けた。
中に入っていたのは、たった今話していた青年からの短い手紙。
「こ、これは…拙い!卿よ。ご覧を」
「どうしたと言う………。ゼファー--、ゼファーは居るかーーー!!」
「こちらに」
カメノスは即席で、自分たちの確認は済んだと認め、鳩の鞄に入れて送り返した。
---------------
昨日も使った会議所。の、同じ部屋。
悲痛な面持ちを浮べる2人の男性。
対する俺たちは、頗る不機嫌。
口も開けぬ彼らに僅かばかりに同情した。
「両財団の代表の方々。
支部にはこちらからご挨拶に伺う予定ではありました。
王都ではロロシュさんとカメノスさんに、大変良くして頂いていますので。
しかしですね。俺たちは只の平民商人の旅行者です。
過剰な接待を受けましても、何もお返しする事が出来ませんし。
両財団の師に、口添えなどを期待されても困ります」
「「決してその様な事は」」
「一応。善意からの事ですので。大変に有り難く。
お二人が怒られない様に、もう一度書を師に飛ばしはしますが。これ以上の干渉は控えて頂けないでしょうか。
俺たちだけじゃなく。昨日のこの場で、妻も申し上げましたが。
一般の方々。近隣で働いている商人の方々。
宿では他のお客様に多大なご迷惑が掛かっています。
それらが無い様お願いしますと、強く言いましたよね」
「「ずびばぜん」」
「泣かないで下さい。怒っている訳ではないんです。
かなり困惑しているだけです。
それで。俺に話したい事とは何ですか?
俺たちは旅行中で、お仕事の話は勘弁願いたいのです。
大変に良い案件があったとしても、それはそれぞれの上にご相談すれば良いと俺は思います。
では。ロロシュ財団の代表の方からどうぞ」
「私共は、特別何か有った訳では無く。総師と大変に堅い間柄と聞いていまして。こちらに来る噂を聞き、お二人を見付けてしまい。何か出来る事は無いかと。居ても立ってもいられずに。
大変に申し訳ありませんでした」
「他意は無しだと解りました。では、カメノス財団の代表者の方は」
「こちらも同じく。特別に便宜を図って頂こうなどとは考えても居りません。
只管に。喜んで頂けたらと…。申し訳ありません」
面倒臭い!!
「他両財団の方々も同じですね?」
「「はい」」
「では。署名入りで、処分不要と2通起こします。
どうかお願いします。新婚旅行中の時間を、これ以上邪魔しないで下さいね」
「「はい!」」
苛立ちに身を任せ。
処分は要らないよ。後味悪いし。
怒ってないよ。単なる善意だったので!
と書いて2人に渡した。
フィーネの膝上で寝ていたクワンをもう一度飛ばすと、
口走ったのは無かった事にして…。
会議所を出て、背伸びをした。
「よし!やり直しだ」
「やり直しだー」
飛び起きたクワンティーも。
「クワァ」
漸く平和が訪れたハイネで、観光を楽しみ。
散策して買い物して。やっと旅行らしい時間が取れた。
夕刻前の明るい内にハイネを脱出。
最寄りの宿場で一泊。
翌日には一気にラフドッグへ到着した。
全力で走ったさ。クワン抱えて。
人目?
俺たちを普通に認識出来るならやってみて欲しい。
だがしかし!
「ハァ…、ハァ…。つ…着いた…。無事か、フィーネ…」
「だ…、ハァ…。大丈夫…だよ。ハァ…。く、クワンティも無事…だよ」
「もう…駄目だ…。町の景色もよく、見えん。ほ、ホテル行こう」
「そ、そう…ね。か…帰りは…、ゆっくり…行こうね」
「だな…」
這う様に辿り着いたホテル:エリュランテ
受付で身分証を提示し。
「い、今から入れますか。最寄りの宿場から。全力で走って来たんで。もうルームサービスも取らず、兎に角寝たいです」
「はい。問題ありません。
お休みに成る前に、水分補給はされた方が宜しいかと思います。
後から良く冷やした果実水をお持ちしますので。そちらで喉を潤されると良いかと」
受付のお姉さんが天使に見えるぜ。
案内係に連れられ、フィーネと肩を抱き合って階段を上った。
エレベーターが欲しい!
エスカレーターが欲しい!
そう思うのは、我が儘だろうか…。
スウィートに入り、届けられた果実水に強壮剤を入れ、
味も解らず流し込み、服も脱がずに、汗だくのまま。
ベッドにダイブして泥の様に眠った。
ごめんなさい、清掃員の人よ。
遠くに聞こえる潮騒も。
窓から見えた筈の綺麗な景色も。
全てが、眠りの中に消えて行った。
---------------
元気一杯翌朝。
装備と衣服を脱ぎ散らかし、風呂に入り、汚してしまったベッドをクリア。
装備品の紛失は無いかを確認。無し。
普段着に着替え、窓辺に立った。
「綺麗だねぇ。あれが海かぁ」
「綺麗だなぁ」
眼下に広がるは水色の街並み、真っ白な海岸線と入り江に停泊する商船と漁船。
そして。何処までも青い海。
水平線の向こう側には何が在るんだろう。
出窓を開けて、最上階のテラスに出た。
「おーこれが潮風。これが海の匂いなんだね」
振り返り、風に靡く髪を抑えて微笑む姿。
「君の方が、何よりも綺麗だ」
思わず口に出てしまった。
「急に何言ってるのよ。もう」
はにかみ笑う姿が愛おしくて。
背中から抱き締め、潮の香りと共に、彼女の首筋の匂いを胸一杯に吸い込んだ。
「ちょっと。擽ったいよ」
俺に身を任せる彼女を抱く腕に、そっと腕を重ねてくれた。
俺たちは同時に思う。
「「寒い!」」
そう。今はまだ初春。
最上階に吹き上げる潮風は、ガッツリ寒かった。
生身の普段着では、どんなにステが高かろうとも寒いものは寒い。
窓を閉め、リビングの火を入れた暖炉の前で、抱き合って互いの身体を温め合った。
「取り敢えず、何かオーダーして窓辺で食べよう」
「そうしよー」
メニューのモーニングセットを注文。
運んで来てくれた給仕の人に、宿泊日数を確認してくれるよう頼んだ。
「チェックアウトの日取り?」
「そう。王都で予約日数変更して来なかったから。その確認をね。正直、昨日はどうやってホテルまで辿り着いたのかも覚えてないし。受付でどう説明されたかも覚えておりません!」
「自信を持って宣言する事ではないなぁ。私も!」
モーニングを食べながら笑い合う。幸せだ。
途中でやってきたセルジュさんに聞いてみた所。
取っていた2週間に更に2週間が加わっていると答えてくれた。
「「なんで?」」
「はい。スターレン様のご予約に加え、ロロシュ財団、カメノス財団の総師の方から。追加の延長申請が受理されて居ります。勿論全て前金でのお支払いですので。
お客様は、心行くまで。当ホテル、ラフドッグの町を満喫して頂ければと思います。
両お客様は、王都のエリュグンテにもお泊まりになった事があると伺っております」
「確かに」
「はい。ですので当ホテルのシステムも、王都のそれと何ら変わりませんので。室内の物全てがお客様次第となっております。また何か御座いましたら、廊下の係の者までお知らせ下さい」
「「ありがとー」」
セルジュさんは深く一礼して戻って行った。
「気を使って貰ったのかな」
「ハイネでの謝罪でしょ。まぁそこまで長く留まる気はないけどね」
「そうね。終わりを決めずに滞在するのも良いものね」
モーニングを片付け、下げて貰った後も2人でボーッと窓から見える景色を眺めた。
「さぁ。今日はどうしますか、フィーネさん」
「武装無しの旅装備で。少し海岸線を歩いてみたい。
白い砂浜と綺麗な海辺を」
「行ってみるか。俺は前の人生で…」
フィーネに口を塞がれた。
彼女は離れると。
「だーめ。前だとか、次だとか。前世だとか。
そう言うのは無しって約束したでしょ?」
「うん。ごめん、つい」
「そうやって考えてしまうから。自分の今の命を大切に思えなくなるのよ。
ちゃんと言うね。私は、今のスタンが好きなの」
フィーネが膝の上に乗り、顔を近付けて瞳をじっと見てる。
高まる鼓動が止まりません。
「…うん」
「次を考えるなら。立派なお爺ちゃんになって。
子供たちに囲まれて。最後のお休みをする、直前でいいと思うの。
それまで頑張って生きてくれるんじゃなかったの?」
「…その通り、です…」
「それじゃ…。お尻に何かが当たってるけど。
出掛けられなくなっちゃうから。それは後でね。
準備して行こ」
恥ずかしい!
「行こう」格好良く言っても格好悪い。
着替えは完了した。
しかし、どうしても気になる事がある。
「なぁ、フィーネさん。ハイネハイネでは、クワンティが目立ち過ぎて騒がれたんだよな」
「そう…だね。置いて行くの?」
「クワァ?」
「違う違う。ペット用のケージを買おうかなぁって」
「ケージ?鳥籠みたいな?」
「そうそれ。でも、檻に入れてるみたいでさぁ。
クワンティは、箱に入れられて運ばれるの平気?」
鳩さんは大きく頷いた。
「大丈夫みたいだね。でも港町に、売ってるかなぁ」
「どーだろ。ちょっとここの係の人に聞いてみるか」
廊下に出て係を召集。
尋ねてみた所。「ご用意が御座います」
即興でクワンのサイズを計測してくれて。
暫く待つと、係の人が幾つか台車の上に乗せて戻った。
「こられは以前に、当ホテルへお泊まりになった際。
ご同伴のペット様とお出掛けがしたいとの主人様の要望から、種類を揃えてご用意致しました。
万一の粗相に備え、吸水性、脱臭効果、手軽なお掃除等の優れた機能に加え。
もしもの時の追跡機能、中身の視認阻害機能も添付されております。
只、ペット様の視界を確保されたい場合。
お勧めしたいデザインはこちらとなります」
セルジュさんがお勧めしてくれたのは。
見た目は竹の編み細工…バスケット。
側面には目出しの口が広めに取られ、4面にスリットが入っている。確かに中からの視認性が一番高い。
おぉ…ポムさんの所に依頼するべきだった。失念。
「ポムさんの店に行けばよかったね」
「俺も思った…。抜けてたわ」
「さ。クワンティはあのお勧めでいい?
他にも沢山あるよ」
「クワッ」
台車の周囲を飛び回り、吟味中……。
でもやっぱりお勧めの上に乗って鳴いた。
王都での失念が悔やまれる。
「そちらですね。
僭越ながら、お代は勿論頂きません。
財団様からの「過剰な」入金も御座いましたので。
直ぐに中敷き用の柔綿シートをお持ち致します。
もう少々お待ち下さい」
「「ありがとー」」
「クワァ~」
持つべき荷を持ち、入れる物は入れ、準備万端いざ出発。
「トイレの時はちゃんと言うのよ」
「クワッ」
『…羨ましい…』
「誰が喋っていいと言った!!」
まずは町を一旦北側に出て、最初からリスタート。
町の入口付近は普通の様相。
もうこれに馴染み過ぎてて。
中央の噴水広場辺りから、段々と変わって来た。
水竜教の教会と礼拝堂が併設されていたので、礼拝堂にお参り…。
これが結構な人が並んでいて。
「失礼だけど。あと…にしたいかなぁ…」
「そ、そうしよっか」
中央広場から南に向かって緩やかな下り坂。
海は既に視界に入っている。
中央通りを南下、両サイドには鮮魚店が連なる。
ちゃんと競合しないよう、推しは店毎に違う。
小魚、鯵、鯖、蟹、海胆、栄螺、貝類etc
「あ、あの黒いイガイガ。ウニだよね」
「そうだな」
「王都では全部取られちゃって。食べたかったのにぃ」
「あー、だったなぁ。ちょっと買って食べよっか」
「いいですねぇ」
海胆が推しの店で数個購入して、紙皿に入れて貰い、お店の前のベンチで食した。
「う~~。甘くてトロトロ~」
そんなあなたに俺もトロトロです。
「やっぱり鮮度がいいと、何も付けずに美味ですなぁ」
「ですなぁ」
次には貝類のお店。
店頭に網焼きコーナーがあり、栄螺の壺焼きにトライ。
「おー。見た目アレだけど。肝の苦みが大人の味だ。これはお酒のお摘まみだね」
その通り!
クワンが蛤に興味を示し、フィーネがケージの外からアーンして食べさせた。
こちらも満足げだ。
一向に前に進めないので、
一旦店頭売りゾーンから離れた。
更に南下して路地突き当たり。
左手に行けば海岸線。右手に行けば市場と港。
初手は海岸。
近付く程に波の音は大きくなって行く。
防波堤の切れ目が来て、進んだ先には真っ白な砂浜と。
「わー綺麗ー。真っ青だぁ」
見事な迄のマリンブルー。
某南国リゾートのような海だった。
前に見た、行っただとかはもう言わないし考えない。
俺たちは生まれて初めて海を間近で見たんだ。
2人で波打ち際まで。
「潮の匂い~。砂浜もサラサラ。もう少し暖かければブーツ脱いで歩きたかった。夏とかに来たら、海水浴?
お客さん一杯になりそう」
はい。そんなあなたの水着が途轍もなく見たいです。
「夏かぁ。来れたらまた来よう」
「必ず来ましょうね」
はい。今直ぐ水着…。
人気はチラホラ。遠くで親子連れが遊んでいた。
あれが、俺たちの未来の姿かも知れない。
ケージは俺が持ち、手を繋いで波際手前をゆっくりと歩いた。温かい手。
俺はこの優しい手を、何処まで守れるんだろう。
必ず守る、と口にするのは易い。でも…。
つい少し握り手が強張ってしまった。
「どうしたの?」
「はい。フィーネさんの水着姿を想像してました」
口から溢れてしまったぜ。
「しょ、正直か!…王都でも川遊び用を見掛けたけど…
あれは勇気要るなぁ。二人切りなら着てもいいけど」
「マジッすか」
「時期外れだから売ってないとおも…」
俺たちの視界に入った店。
それはバッチリ、夏向けの海水浴用品店。
「「何故、売っている…」」
用品店は一つ切り。そりゃそうだ、夏はまだ先だ。
一応入店。…夏を先取りオープンセール…
先取りし過ぎだ!…し過ぎでもないのか?
男女、子供用、大人用の水着。からの、際どい方面も。
「こ、これは…ちょっと…。面積が…」
フィーネが白いマイクロビキニを手に取った。白!
頭の中も真っ白。
俺たちは一緒にお風呂も入る仲良し夫婦。
ここだ!押すしかない!ご機嫌が良い内に!!
「さっき…。着てくれるって言ったよな」
「え!?…これ!?これは…」
「気になるから手に取った。違うかい?」
「いや…ちょっと、どんな感じかなぁって」
フィーネの手から白い物体を奪い取る。
バストサイズ……OK
アンダー……OK
「買いだ!!」
「えぇーー!!??」
嫁、混乱中に購入完了。
ホテルに帰るのが楽しみだ。
「またのお越しを~」
店員の声援を背に受けて。
赤ら顔で頬を膨らませる嫁さんを引いて店を脱出。
「どうせなら。もう少し凝った物を…」
「言いましたね。明日も来ます。決定です!」
「どーして言ってしまうんだ!私ぃ!」
やや仏頂面のお嫁を引いたまま、砂浜から港方面へと移動した。
市場は朝市が過ぎているのか落着いて見えた。
市は明日にでも来ようと、海へと目を戻す。
「大きい?船だね」
「大きい…か?」
とても大きい港。だが、多くが漁船の小型から中型。
大型は少なく、商船は奥の方の一角に固まっているだけ。
「ほぼ漁船だな。商船が少ない。思ってたより、小さい」
「私も、もっと大きなのを想像してた」
出払っていると思わなくも…。いやそもそも停泊スペースが足りていない。
「ロロシュ財団の旗印も見当たらないなぁ」
「言われて見れば」
2人で首を捻っていると、後ろから釣り竿を持った人が声を掛けて来た。
「君たちは観光かい?」
「はい、そうです。新婚旅を」
「そうなんです」
「そうかいそうかい。偉いべっぴんさん連れて、羨ましいねぇ。家の上さんなんて…。まぁいいさ。
君らは漁船なんて見て楽しいのかい?」
「いえ。ロロシュ財団の商船が見当たらないなぁって。
どっちかと言うと、そっちが見たかったんですが」
「ほーそうかい。そりゃこっちの岸じゃねえなぁ。
あそこに見える岬を越えた先だな。
こっちはただの漁港で、そこの中商船があっちとの連絡船だわな」
「おぉ、そうでしたか。有り難う御座います。
行ってみます」
「ご親切にどうもです」
「あっち見るならそこの連絡船か、陸路なら西の小山を越えたとこだ。気ぃ付けてな」
「おじさんも。いいのが釣れるといいですね」
「ここの辺りは何が釣れるんですか?」
「最近は坊主ばっかだよ。大体は小アジだ。運が良けりゃ石鯛とか平目なんて引く時もあるかね。
それよか、あっちはビビるぜ。この漁港の五倍はある。
楽しんできなよ。いい旅をな」
人のいい親切なおじさんが篭を振り振り、岸壁方面へ歩いて行った。
その人に軽く手を振り返しながら思う。
「これだよなぁ。人との触れ合いって」
「そうだよねー。ハイネが可笑しいのよ」
「さてと。フィーネさんフィーネさん」
「なんだいなんだい、スタンさん」
「選択肢が一杯あるんですが、どうしますかね」
「どれどれ、挙げてご覧なさい」
町を散策して昼食
お参りして昼食
財団方面へ歩いてあちらで昼食
連絡船であちらへ渡ってから昼食
町から出て北西方面をお散歩
町から出て北東から東へと足を伸ばす
「おー。悩みますねぇ」
相談の結果。
お参りして昼食しながら、午後を考える。に決まった。
礼拝堂に戻り、順番待ちの列に並んだ。
行列の割に回転は意外に早く、30分程でお参り終了。
魚町の人々は勢いがいいんだろうなぁ。
水竜様に無事?の到着報告を済ませ、スッキリした所でご飯屋さんを探した。
ホテルで貰ったガイドMAPに従い、一般的な定食屋さんに向かった。
今は丁度お昼時。店の外に3組待ちがあった。
「他行く?並ぶ?」
「並んでみよー。これだけ人気なら美味しい筈さ」
待ちは大体40分。
店内に入ると、揚げ物特有の油の香ばしい匂いが空間を満たしていた。
案内されたテーブル席へ。
「お!俺は大海老フライ定食だな」
「じゃあ。私はこの蟹クリームコロッケの定食を」
懐かしの甲殻類さん。
どうかこの身体を苛めないでおくれ。
届くまで、ガイドを2人で眺めてああでもないこうでもないと話し合う。
クワンはお腹が減ってないのか、フィーネの足元のケージの中でお休み中。
満席で結構騒がしいのに。流石はフィーネの分身。
運ばれて来た定食。
若干の緊張が走り、フォークを持つ手が震えた。
「どしたの?嫌いだったのに頼んじゃったとか?」
「ちょっとした、昔の思い出がぶり返しただけ」
お味は勿論美味しく。鮮度抜群で身はプリプリ。
衣はサクサク。塩胡椒もいい塩梅。
都会のエセ大海老ではない!大正海老くらい大きな海老だった。
ソースしかなかったが充分でした。
マヨがここまで届くのは何時になるんだろうか。
2尾付きだったので、1尾をコロッケと交換してシェア。
以前の自分では考えられない行動。
シェア拒絶派だったからなぁ。人間変わるもんだ。
「美味しいね。海老プリプリ~」
「このコロッケもいいね。蟹身の風味が丁度良くて。
クリームのバターも控え目で」
「また王都で仕入れられたら、作ってみよっか」
「いいですねぇ」
お喋りしたかったが、窓の外ではまた列が出来ていたので完食で即時撤収。
中央広場のベンチで休憩がてら、ガイドを眺めた。
クワンに水筒から水を与えつつ。
「色々有りすぎて悩むなぁ」
「ねぇスタン。ここの町にも闇市とかってあるの?」
「あると思うけど行かないよ」
「理由を聞いても?」
言い辛い…けど言ってしまおう。
「港ってね。本当にいろんな物が集まるんだ。
確かにいい物もあるだろうけどね。フィーネの…。
詰りは女性が嫌がる物も多いんだ」
「ん?それって詰り」
「ハッキリ言って。エッチな道具が山程ある!」
フィーネさんの顔が真っ赤。
「そ、そう。良く解ったわ。ホントにスタンが真面目な人で良かった」
「だろ。そんな汚らしい物には触れたくもない」
ケージを抱えて肩を寄せて来た。少し震えてる?
そんなフィーネの肩に腕を回して強く抱いた。
「落着いた?」
「うん。かなり安心」
「よし。フィーネが良ければ。連絡船の発着時間を確認して、また海岸歩いて、雑貨屋を巡ろうと思います。
どうですか、フィーネさん」
「うん。行こう」
中型商船の発着所。
陸地側に管理建屋を発見。
取り敢えず何も名乗らずに聞いてみた。
「連絡船は三隻有りまして。
それぞれ朝昼夕方前となっております。一隻毎に一刻程のずれを設けておりますので、乗り遅れても待ちが最少となる設定です」
受付のお姉さんが教えてくれた。
これなら歩いても船に乗っても激しくは変わらない。
「夜間は運行しないんですか?」
「…旅行者の方に大変言い難いのですが。
敢えて申し上げるなら、夜の海には東からの海賊が出る事が在ります。
最近は、こちらの陸地近郊でも姿が確認され、非常に危険ですので。近距離でも夜間の運行は控えているのです」
マジかぁ。ウィンザートの海賊がこちらの海域まで。
「大変良く解りました」
「ならやっぱりご挨拶は昼間だね」
「そだね」
「ん?今…ご挨拶と?」
「「何でもないです!」」
耳を塞いで逃げました。
「ごめんね。女性だったから油断しちゃった」
「よくあるよくある。気にしない」
心を癒す為、のんびりと海岸を歩いた。
ホテルに戻る前に、幾つか雑貨屋が並んだ区画に寄り、内1軒に入った。
全部回ると後の楽しみが減る為。
「貝殻の製品が多いね」
「海辺だしね。お土産としても。身に付けるってよりも、記念品だな。ラフドッグに行って来ましたーって」
「フフッ。でもそれだと自慢になっちゃうね。
王都を離れられない人には嫌みだよ。
後は…星砂時計?」
女性店員がご説明。
「そちらの商品は、当店の一番人気。
造りは単純なのですが、お部屋の照明を暗くして淡いキャンドルなどに翳すと、落ちる砂が一層キラキラと輝いて見えるんですよ」
「それいいですね。時計の類は持ってないからな。
部屋に飾ってもいいし。自分たち用に買ってしまおう」
「買っちゃおー」
「ご一緒に、それにピッタリのキャンドルもどうですか」
商売上手!
「「買います!」」
「お買い上げどうもでーす」
店員が軽い!?
接客に驚きつつも、ホテルへ帰還。
小綺麗な方の私服に着替えて、1Fのレストランへ。
クワンティには好物の燻製を与えて、最上でお留守番して貰った。
小窓が一つだけ開けられる仕様なので、長い夜でも安心。
今夜はホテルを出る時に注文しておいたコース料理。
メインは舌平目のムニエルとフィレステーキ。
対面長机なのでアーンは出来ない。やらんけども。
「美味しいね。幸せ」
「それはそれは。料理長もさぞ喜ぶ事でしょう」
レストラン全体の照明が抑えられ、各テーブルの中央には低い燭台キャンドル。
灯火が映えて、微笑むお姫様が一段と素敵です。
我らはスウィートのブルジョアカップルな為、他のテーブルとは離れ、衝立で目隠しもされている。
最上級はやっぱり最高です。
デザートはチョコレートケーキ。
蜂蜜とブランデーの効いた上品な甘さだ。
「お上品。蕩けますぅ~」
「気に入ったなら。上でも取れるみたいだよ」
「とても魅力的な話ね。でも、太っちゃうと水着着れなくなっちゃうぞ」
「それは困ります。自粛願います」
---------------
その頃ホテル最上階。
とある者たちのお喋り。
『我も、外へ出たい…』
「喧しいわ。ご主人様たちにお手紙書くわよ」
『クワンティだけ狡いのである!』
「本当に五月蠅いわね」
『数十年振りに外へ出された!と思えば…あんな大きな金槌でボコボコ。聖剣にされた挙句に袋詰め』
「あたしに愚痴を言う為に存在しているの?」
『違うわ!クワンティは我の上位なのか』
「当たり前よ。あたしの方が先輩だから」
『我は数百年前に生まれ』
「只の虫歯じゃない。虫歯に年齢は無い」
『そ、そんな…』
「あたしの言う事を聞いてくれるなら出す方法はあるわ」
『ほ、本当か!』
「内緒よ。あんた直ぐに調子に乗るから」
『お、教えて下さい』
「今はご主人様たちを守るのよ。それがあんたの仕事。
信用出来ると思えば、出してあげるわ」
『頑張ります!』
「ホントあんた単純ね。…そろそろ戻って来るみたい。
お喋りしてたら海に捨てられるわよ。目の前だし!」
『黙して仕事頑張る!』
「アホらし…」
---------------
敢えて!敢えて、状況説明を省こう。
「ね、ねぇスタン。似合ってるかな」
「最高で最上です。これなら美の女神が居たとしても、フィーネの姿を見て速攻で辞表を書くでしょう」
「ちょっと…言ってる意味が…」
「目に焼き付けました!油絵に起こしても宜しいでしょ」
「宜しくない!も、もう…着替える」
「その布を脱がさせて下さい!」
「アホ!へ、変態!」
「いいじゃんちょっとだけ。面積少ないから一瞬で終わるって。少し紐を引っ張るだけだし」
「止めて!自分でやるから。スタン、目が怖い」
「では。脱ぐ所を間近で見ても?」
「いい訳ないでしょ!!」
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