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第28話 闇のバザー前日
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闇市のバザーが開かれる前日。
マッハリアからの国賓団一行が、タイラント王都パージェントに到着した。
馬車の性能が高く、宿場町も小さな所は段飛ばし。
道が整えられた本街道を只管に南下。
予定よりも数日早い到着となった。
一層慌ただしくなったのは王城内。
城下はそれに比べれば穏やか。
とは言え、生誕祭に向けた準備に追われる事に代わりは無かった。
商人も。住民も。各ギルドに所属する者も。
中でも第6区封鎖に伴い奴隷ギルドは休業状態。
全てはヘルメン王の指示に依るもの。
そこに異議を唱える者は誰一人居ない。
諸外国の重鎮たちから、奴隷層の全てを守る為だと知らされたからには。
急病人や重病人を受け入れる体制と、ルートを確保したのは代表としてカメノス商団。
城下は万全の体制を整えられた。
数日の内に、北マッハリアだけでなく、東西隣国の大使も集まる。
王都内は何処も彼処も、戦々恐々な風が吹き荒れた。
逆に静かな6区に行きたがる者も、居るとか居ないとか。
そんな慌ただしい中。一人の少年が従者を連れ、一軒の借家を訪ねた。
「ホントに!?ここが?兄様の?」
「何度も確認をして参りました。案内は断られましたが、誰しもここで間違いないと」
「えー。信じられない!こんな小さな家だなんて。生家より酷い粗末な家だよ」
「お会いになる前から失礼な事を言ってはいけません。
来訪が早まった為に宿も取れぬのです。ここは一つスターレン様の御力をお借りせねばならぬのです。
何卒穏便に、丁寧に、低姿勢で!お願いせねば」
「サンは僕の母上か!」
「違います」
「きゅ、急に冷静になるなよ…」
襟を正し、玄関扉を数回ノックした。
ガチャリと開かれる。
中から顔を出したのは、顔に半面を着けた女性。
「どちら様でしょう」
綺麗な声がする人だ。
「スタルフと申します。スターレンの弟です。兄は在宅でしょうか」
「従者のサンと申します」
「まあまあ。マッハリアから遠路お越しの。夫は中に居ります。さ、中へどうぞ」
兄のお嫁さんと覚しき女性に招かれ、中に入ると直ぐにリビングに着いた。
あっと言う間だ。これがあっと言う間だ。
数ヶ月振りに顔を合せる兄は、リビングの暖炉前のソファー席に踏ん反り返っていた。
「全部聞こえてたぞ!粗末な借家で悪かったな!人んちの玄関前で、しかも大声で」
「す、済みません兄様。で、でも凄く意外だったので、思わず口に。だって事業が上手く行って、儲けてるって手紙に書いて…」
「まあまあ。スタンも。スタルフさんたちは長旅でお疲れなのです。久々の邂逅を労ったらどうです」
お嫁さんがお茶を運び入れ、テーブルに並べてくれた。
「フィーネ様ですよ」
小声でサンが耳打ちしてくれた。そうだった。
「お久し振りです、兄上。改めて、弟のスタルフで、こちらがサン。フィーネさん、ここには使用人の方は居ないのですか。奥方様が茶を淹れるなんて」
「まぁ!奥方様だなんて初めて言われましたわ。
お優しい方なのですね。ただ、ここでは夫婦の二人暮らしなんです。
雇えなくはないのですが。ここは、こんな、粗末で、狭い家ですしねぇ」
「まぁ、突っ立ってないで早く座れ。サンも久し振りだな。
皆は元気か」
「お久し振りです、スターレン様。皆様健勝で風邪一つ引くことなくお過ごしですよ」
対面席に座り、サンがソファーの後ろに立った。
「お前は何処の貴族様だよ!サンを立たせて。カップも4つ用意したんだ。ちゃんと、よく周りを見ろ」
兄上もだよ!と反論したかったが、兄の方が正論だ。
「サン。隣に座って」
僕の反応を見て、少しだけ兄は驚いていた。
生家では直ぐに口答えして喧嘩してたからなぁ。
「生家の事や父の事。王妃の事。色々とお話したいのですが、先に兄上にご相談したい事がありまして」
「宿なら抑えてある。後で案内するから安心しろ。
苦労したんだぞ。予定よりも早まって、前倒しして貰って前金増額までして」
そうだ。昔から兄はケチだった。
「あ、後から返すよ!」
「…宿と料金を確認してからものを言え。それでも払うと言うなら止めないが。しかし…、お前も変わったな」
「何がです?」
「物腰が柔らかくなった。と言うか、成長した?」
「自分の置かれた状況が。僅かに見えてきただけです。
兄上の私室を片付ける内。僕も我が儘を言っていられないなと、そう考え直しただけです」
「そうか」
返ってきたのは一言だけ。でもちょっぴり嬉しそうだ。
兄上も充分丸くなりましたよ、と心で答えた。
「あ、そうそう。宿の部屋。ツインで一部屋しかなかったけど、サンはそれでいいの?
どうしても嫌なら今から探すよ。金は俺が払う」
「え!ちょっと」
今夜こそ言おうと思ってたのに…。
「お前に聞いてない。どうする?」
チラリとこちらを見てくれたが、返事は即答だった。
「意気地の無い坊ちゃまですので。罰としてお一人で寝て下さい。出来れば別室でお願い致します。取れない場合は同室でも構いません」
「了解。フィーネ、優秀な侍女さん連れてくって、ロロシュさんに伝えて」
ロロシュさん?
急にフィーネさんを走らせるのかと思ったが。
「クワンティ。来て」
突然奥の部屋から、大きな真っ白い鳩が飛んできて、フィーネさんの肩に乗った。
「クワッ」
あれ?剥き出しの肩…。爪が?
それも気になるが、それよりも。
「ちょ、兄上。鳩が、鳩が」
「黙ってろ。クワンティがお前を認識してる」
え、そうなの?
仕方なく、そして何となく。僕とサンを見詰める白い鳩に会釈を返した。
「クワッ」
その間に、フィーネさんが腰元の小鞄から上質紙と筆を取り出し、何やらをサラリと認め、丸めて鳩の首の筒に入れた。
「つい最近買った。無垢の雌鳩だ」
買った?鳩を?無垢鳩を?こんな所に住んでる兄上が?
「た、高かったんじゃ…」
「あー。確か大型商船が十隻位買える程の価値だっけ?」
「確か、そんな事言ってたね」
夫婦揃って何を言っているんだ。
「冗談でしょ?借り物でしょ?」
「嘘言ってどうすんだよ」
サンが口をあんぐりさせてだらしない顔を…可愛い。
違うな。
「借り物だって。失礼な子だねぇ。クワンティ」
「クワッ」
そう言ってフィーネさんは玄関から鳩を放っていた。
どうして玄関からなのか。それは僕には解りません。
「積もる話もある。ここでは何だから、宿に寄ってロロシュさんの所に移動するぞ。元々今日はそっちに泊まる予定だったんだ。
お前が到着するって聞いてここで待ってたんだぞ。
今から行くのは4区。お前の宿は5区。
行きしなに少し都内を案内するから。町中では世間話以外の余計な話はするな」
ああ懐かしい。何時もの捲し立てるやつだ。
「解ってるよ」
あれ?そう言えば、フィーネさんの口調が途中から変わった気がする…。
後に、サン経由で聞いた所に依ると。
「面倒臭くなった」だったそうだ。お義姉さん…。
お茶を飲み干し、兄上の家を出た。
玄関前で兄が、突然背を向けて腰を落とした。
靴の紐でも整えるのかと思っていたら。
「おんぶしてやるから乗れ」
「はい?」
ラザーリアでは考えられない言葉が飛び出て戸惑った。
「きゃっ」
隣を見れば、サンがお義姉さんに、何とお姫様抱っこをされていた。なぜ…?
「暴れない暴れない」
「ですが、しかし。歩けます!恥ずかしいです。身体も綺麗では…。重くは、ないのですか」
「こっちの方が早いの。軽いわ。小枝みたいな軽さね」
「早く乗れよ」
「どうして馬車を使わないのですか」
「少し走る。今のパージェントでは馬車は事故の元だ。
どっかの王族御一行様が、日程無視して強引に乗り入れてくれた所為で、怪我人が出たんだぞ。前方車列の動向位は見とけ」
「言われて見れば。確かに数も少なく、どの馬車ものんびりと走っていましたね」
いい加減怒り出しそうだったので、兄上の背に乗った。
記憶は定かではないが、人生で初めてじゃないかと思う。
父にも負ぶって貰った記憶はない。
兄の背中は、鎧か何かが当たるけど、温かくて、
大きかった。
隣から小さな悲鳴。
僕も情けない声を抑えるのに必死。
大きな路地も細い小道も、行き交う人々の間を縫うように且つ余裕の距離を保って。スルリと走り抜けた。
余りの速さに景色がよく見えず。
何か、兄が町の説明をしてくれているが、それも全く入って来ない。
「着いたぞ」
「デカい…」
ホテル:エリュグンテ
一帯全て宿泊施設が並ぶ一角。
中でも最も大きな建物が、このエリュグンテだった。
「こ、ここに泊まるの?」
「都内で最上級だ。近辺を散策するのはいいが、一人でホイホイ出歩いて迷子になったら。ホテルの名前と俺の名前を乗り合い馬車に伝えろ」
あんなに走ったのに息が全く乱れていない。
それに、今、最上級って。
色々ありすぎて目眩が。
「驚くのはまだ早い。さっさとチェックインして、まずは風呂に入って汗を落とせ。お前香水付けすぎだ」
思考が追い付かないが、反論するのは後にして。
広々したロビーにカウンター。奥手にラウンジが見える。
「スターレン様。お持ちして居りました。宿泊者様御本人様の署名をこちらに」
「色々無理言って申し訳ない。…さっさとしろ」
ホテルの従業員のお姉さんが、華麗な所作で一枚の用紙をカウンターテーブルに出してくれた。
「き、金二百!?何これ。どんな部屋取ったのさ」
「バカ!恥ずかしい声出すな。お前はマッハリアの侯爵の跡取りなんだぞ。些細な小銭で狼狽えるな。
生誕祭前後の2週間。スウィートをぶち抜きで抑えた。
これでも値切って貰った位だ。で、お前返せるのか?」
「む、無理です!」僕の小遣いじゃとても。
震えながらも、何とかサインを返した。
「スタルフ・フリューゲル様ですね。ご要件はスターレン様より伺ってはおりますが、同行証明か身分証などはお持ちでしょうか」
あ!スーツケース。どうしたっけ…。
「私が預かってる」
お義姉さんが何処からともなく、僕らの荷物を取り出してカウンター前のテーブルに並べた。
移動中には消えていた。何処に持ってたんだ。
深く考えるのは後にして、自分のケースから同行証明を取り出した。
問題無しとの礼を受け取り、案内人に従い最上階の部屋へ移動した。
「兄上…。色々と聞きたい事が山積みされて行くのですが」
「話は後。風呂が先。どうせ使い方も知らないだろうし」
「こ、子供扱いするな!」
「おぉ、懐かしいなこの感じ。まあ見てから言えって」
「…」
最上階には一部屋しか無かった。
詰り、僕一人には広すぎる。
何平米かも解らないリビングルーム、バーカウンター、
透明な保護ガラス越しの暖炉、
ベッドルーム(キングサイズが二つ)、バス?、
個室トイレ…
案内係の説明に頭が追い付かない。
「一通りのご案内は以上です。お手荷物は室内か、一階のクロークにお預け下さい。当ホテルには、運び込まれたお客様の一切のお荷物に触れる者は居りません。
衣装のお洗濯、修繕。シーツの交換、室内の清掃等は廊下に控える従業員にお申し付け下さい。
荷物の紛失等のお申し出が在れば、家具一式を破棄してでも探します。
信用の代わりと言っては何ですが、こちらの室内に在る物全てお持ち帰りされても構いません」
「す、全てって?」
「備え付けの棚、椅子、ソファー、各種酒瓶、便座、蛇口やドアノブ等。持てる物なら全てです。勿論歯ブラシやガウン、魔導ドライヤー等もお土産にされても宜しいでしょう。因みに一番人気は歯ブラシとドライヤーとなっております。
当ホテル内の品揃えは、何れも一級品と自負して居ります故に!」
何だろう。このやる気は。
ホテルに入った時から付いて行けない。何もかも。
「晩餐会へのご出席者様だと伺っております。衣装等の揃えも御座います。ご所望でしたら何なりと」
何と言う直角礼。
「それはこっちで用意する。町中を回れる普段着を何着か頼む。悪目立ちするのではなく、シンプル且つ上質で」
兄上が勝手に進めてしまった。一応持って来たのに。
「畏まりました」
従業員さんが巻き尺を颯爽と取出し、僕の身長、
首周り、肩幅、腹回り、股下、靴のサイズを全て測った上で一礼して去って行った。
助けを求めてサンに目を送ると、目を逸らされた。
「サンには後で。ロロシュさんとこでメイド服を見繕って貰うから。サンはフィーネに任せる。俺はこいつを風呂に入れる」
「さ、一階に行きましょう。私も一緒に入るから」
「は、はい…」
サンが連れて行かれてしまった!
部屋には兄上と二人切り。
「い、今からでも。下流に変更は…」
「無理だ。一応今の王都は安定してるが、お前は命を狙われる危険性がある。ここよりセキュリティが緩い下には下ろせない。ホテル以外に泊まらせるのも無しだ。
あの豚女に勘ぐられるからな。
やるなら徹底的にだ。中途半端が一番危険なんだよ」
く、来るんじゃなかった…。
父なら楽勝だったに違いない。今更後悔しても遅いな。
仕方なく服を脱いで、フカフカのタオルを腰に巻いてバスに向かった。このタオルだけでも持って帰ろうか…。
「何じゃこれ!?」
マッハリアでは見た事もない設備の数々。
服を着たままの兄に、色々と説明され。
「適当に着替えて1階のラウンジに降りてこいよ。嫁さんの着替えは覗くなよ。お前死ぬぞ。俺も殴るし」
「しないよ!!」
兄はさっきまで見掛けなかった、灰色のリュックを背負って部屋を出て行ってしまった。
何もかもさっぱりだ!
蛇口での湯温の調整に失敗し、火傷しそうに成りながらも大急ぎでシャワーを浴びた。
何とか女性陣と鉢合う事も無く、無事に小綺麗な服に着替えて一階へ向かった。
ラウンジの最奥の席に兄の姿を見付けた。
「お、早かったな。どうせ嫁とサンは遅くなるから、ゆっくりしてても良かったぞ」
それは先に言って頂きたい。
「兄上…。何だかとても疲れたよ…。馬車の中よりも」
「直ぐに慣れる。それよりこれから向かう所で粗相はするなよ。ちょっと手首見せろ」
素直に手首の釦を外して差し出した。
「何処に行くの?」
「よし、余計なもんは付けてないな。何処ってロロシュ卿の邸宅だ。まさかお前、上流貴族の名前頭に入れて来なかったのか?」
貴族?ロロシュ…、ロロ…!!!???
「ま、待って兄上!ロロシュさ…、ロロシュ様ってこの国の公爵御三家の!!」
「それ以外の誰が居るってんだ」
周りの目がこちらに向いたが、直ぐに興味無さそうに平静に戻った。
兄上が注文してくれた冷えたコーヒーを飲み、火照った身体と心を落ち着け………られるか!!
「どうしよう。どうすればいいの。社交界のマナー何て碌に覚えずに来てしまったよ…」
「…お前よくそれで立候補したな。何も言わなきゃ父上が選ばれてたのに」
そうだったのか?でも父上は政務が。
「父上は政務で忙しいからと。代役を買って出ました。
まさか僕まで晩餐会に出席するだ何て思ってもなくて」
「対象外だったら、あの糞豚が随伴を不問で許す筈が無いだろ。それを許したんなら、詰りはそう言うこった。
違うなら別動で勝手に行けって言うだろ」
「で、でも父上は何も!」
「お前が外へ出たがってた事位バレバレだ。その上で同行させて外務の経験を積ませたかったのさ。俺に、お前の面倒を押し付けたって形だな。あの狸親父め」
もう考えるのを止めたい…。帰りたい…。
いっそ逃げたい!
「兄上…。何とかなり」
「諦めろ。俺も腹を括った。ダンスはいい。足を痛めたって言い訳で逃げろ。末端席だろうとテーブルマナーだけは気を付けろ。フリューゲル家の看板背負ってるんだぞ。
後は何とかしてやる」
愛だ。愛情を感じる!
僕が知っていた兄上は何処かへ旅立った。
今目の前に居る兄に後光が見える。見えます!
「潤んだ目で見るな。気持ち悪い」
泣けてくる…。コーヒーが苦いよ。
それ以上取り留めて会話も無く、暫く待つと準備を済ませた女性陣がラウンジに降りて来た。
「お待たせ。心の準備は出来た?スタルフ君」
「…全く気が追い付きませんよ。吐きそうです」
これにはサンも項垂れた。
「私はうろ覚えでしたが…。真逆公爵様とは。今日はどうすれば良いのでしょうか」
「まぁ肩張らずに。メイド修行だと思えばいいよ。衣装合わせと、こいつの隣に座ってテーブルマナーその他動きを監督しててくれ。
どうせ俺が言っても反抗するし」
「しませんよ」とも言い切れない。
「それよか。お前、サンをどう言う立ち位置にするんだ」
「どうって?」
「アホなのか。そのまま付き人で出させるのか、婚約者として同席させるのかだよ」
「「なっ!」」
「メイドの正装か、無いならドレスも用意しないと」
「ど、ドレスなど!私には…」
「悪い。言葉が足りなかった。サンには悪いが晩餐会は間違い無く、糞豚との決戦の場になる。
俺もスタルフまでサポート出来なくなる場面も想定される。
こいつを一人にも出来ない。傍に誰か居ないと困るんだ。
すまんが私情は一切捨ててくれ。
従者が経験豊富なペリルだったら良かったんだがな。
兎に角。一つも失敗は許されない」
「わ、解りました…」
どうするべきか。只の付き人だと引き離される可能性もあるのか…。
「こ…、こ…、婚約者でお願いします!!」
「言ったな。俺とフィーネが立会人だ。後で嘘だと言っても取り消せないぞ。覚悟は出来てるんだろうな」
「ま、待って下さい。私は普通の平民出身です。家柄も何もド平民ですよ」
「父上はそれも見越してサンを同行させたんだ。父の許可は降りていると見ていい。家柄なんて気にするな。
こいつが今後、第二第三の側室を設けるなら、正妻としては居られなくなるかもだが」
「設けません!こ、婚約の前に」
僕は戸惑うサンの前に跪いた。
「ぼ、僕の妻に成って下さい。サン。正式に婚姻は二年後になる。それでも良ければ、僕と契りを。好きです!」
「待って…頂けますか。晩餐会までには決めます。今は気持ちの整理が」
「こりゃまだ仮だな」
「そうね」
兄夫婦が人事みたいに笑っている。
人事だもんな。家族の事でもあるけれど。
衣装は一応どちらも用意する事となった。
第四区に在ると言うロロシュ卿の邸宅に向かって、今度はゆっくりと歩いた。
出来るだけ汗を掻かないように。
寒いからそんなには掻かないだろうけど。
ホテルを出てから、サンは目を全く合わせてくれない。
兄上とは楽しそうに話しているのに。
「どっちみち二年間は夜は我慢だぞ」
唐突に兄に言われた。
何の事だ?夜?夜って…。
「え!?」
「え、じゃねえよ。マッハリアの貴族ルールでは、成人までは貞操を保たなきゃいけないだろ。俺だって念の為、我慢して我慢して成人するまで出発を遅らせたんだ。
…お前、まさか…」
「ごめん…。兄上…」
「うわぁ…」
お義姉さんがドン引きしている。
サンも顔を真っ赤に。
「謝る先が違うだろ。酷い事するなぁ、お前。万が一子供授かったらどうする積もりだったんだ」
どうしよう。欲望に負けて何も考えてなかった。
「許してしまった私も悪いのです。どうかその辺で。
私も…、自棄を起こしている最中に。スタルフ様に強引に組み伏せられ。懇願され。私も家督を継がれるスタルフ様ならいいかなって…」
「ストップストップ。大丈夫、大丈夫だよ」
歩きながら泣き腫らすサンを、お義姉さんが慰めていた。
兄上には固い拳骨を振り下ろされた。
確かに傷心しているサンの弱みに付け込んだのは自分。
言い逃れは出来ない。
「…ごめんよ。サン」
「無責任な事をするな!あぁ、不安しかねえ」
サンはそんな兄上に捨てられたと傷付いていた。
でもそれは絶対に口にしてはいけない。もっと傷付けてしまう。それ位は僕にも解る。
出掛かった言葉を、グッと堪えて飲み込んだ。
「我慢出来ないからって、娼館なんて言語道断だぞ。
家を継ぐのはお前一人。性病なんて貰ってみろ。
一族の崩壊、一家断絶。父上は上からは笑われ、下からは指を差されて誹られる。最悪脱爵で追放だ」
「それ位解ってるよ!」
「ホントかよ。俺はお前が家に残ってくれるって言うから安心して出たんだぞ」
「戻っては来られないのですか」
「言っただろ。二度と戻らないと。
半年か一年後には、俺たちはこの大陸を出る。
貴族の端くれが、吐いた言葉を簡単に覆すな。
お前が継ぐのは侯爵だぞ。上流手前なんだぞ。
このタイラントと違って、領地や領民まで責任を取ってやらないといけないんだ。ゲロを吐いても、血を吐いてでも守って行かなきゃいけないんだ。
家も、サンも、将来の子供も。お前の肩に乗っかるんだ」
「…兄上…、泣いてもいいですか…」
「卿に挨拶して、夕食を頂いてからなら幾らでも。
これまで卿とは良好な関係を築いてきた。
お前はフリューゲル家とミラージュ家を繋ぐ橋渡しだ。
それが切れてしまったら、フリューゲル家は近い将来簡単に糞豚に潰されるだろうな。
これは単なるお食事会の話じゃない。政治の話だ。
お前のたった一言に全てが掛かり、全てを無駄にするかも知れない。
俺の顔に泥を塗りたくるのは構わない。父上の、お前に任せた父上の顔にだけは泥を塗るな。いいな」
「…」今は泣けない。泣いてはいけない。
泣いて許されるものでもない。
「スタン。やり過ぎ。弟君、顔真っ青だよ」
「あー。やり過ぎだったかも。久々に会って調子に乗っちゃった」
「わ、私はいったいどうすれば…」
「大丈夫だって。ロロシュさんいい人だから。ちょっと短気だけど。婚約を受けるかは、あいつの事が本心で好きなら考えてみてくれ。別に後から破棄出来ない訳じゃない。
かなり温い考えしてそうだったから、ちょいとお灸を据えただけさ」
「スターレン様!操は散らしてしまいましたが、どうか私を第二に!駄目なら奴隷にでも」
「「それは無理」」
「どうしてですか。正妻のお邪魔は絶対に致しません!」
「落着けって。俺は今、平民風情なの。多妻は無理だししたくないの。水竜教の教えだと、複数婚はほぼ無い。
全くじゃないけど、貴族家でも極僅かだ。この国の王様だってそうなんだぞ。どうしても子供が沢山欲しい人しか滅多にしないんだよ」
「おぉ…。私は女神様に捧げた身。叶わぬ恋だったのですね」
「別に、異教間の結婚は大丈夫だよ」
そんな兄夫婦たちの会話は、既に耳に入ってなかった。
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大丈夫だろうか。超不安だ。
頗る不安だ。我が弟ながら、余計な事を言わないか。
ロロシュ氏が喋ってる途中で割り込まないか。
嫌な所を突かないか。逆鱗に触れてしまわないか。
シュルツの可愛さに色目を使わないか。
「そんなに心配しない。不敬で殺される訳じゃないでしょ」
フィーネはそうは言ってくれるが、肉親としてはそうは行かない訳で。
「あんまりだったら、引っ張って説教だ」
「兄弟居ない私としては何も言えないけど。時には任せる事も大切って。スタンが言ってたんだよ」
よく覚えてるな。フィーネの記憶力が半端ない。
「みんながフィーネみたく、教えた事を一発で覚えてくれりゃなぁ。あいつは所々頑固なんだ。あー心配だ」
フィーネがクスクス笑ってら。
止めておくれよ。こっちは気が気じゃない。
俺よりも緊張し捲る弟を見て、若干和んだ。
控え室に通され、待ち時間中にサンは借りた侍女の正装に着替えた。
「こ、この様な上等なお召し物を…」
正装も国で変わってくるが、マッハリアとタイラントは隣国だけあって系統は同じグレーで統一。
普段使いが、黒のワンピに白いエプロンドレス。
基本的な立ち位置は変わりがないが、グレーワンピに入れ替わってエプロンは無しだ。
生地は上綿。シルクのドレスは場合に依り、他の貴族令嬢の上を行ってしまう為、付き人風情がシルクは着ない。
家長の帰宅を待ち、着席と同時に入室する。
場所は勿論食堂だ。
侍女さんが呼びに来た。
弟の面接試験が遂に幕を開ける。
…初っ端から遣りやがった。
最奥に座るロロシュ氏に、立ったまま礼をしやがった。
多分俺とフィーネが立っていたからだろう。
「初めまして!スターレン・シュトルフの弟。スタルフ・フリューゲルと申します。この度は」
ロロシュ氏も苦笑い。
一礼してスタルフの頭を叩いた。
「初めましてなんだから、入口を入った所で跪け!俺たちは何度も会食を重ねてる間柄だから無視をしろ!
サンは付き人ならスタルフの右後方でお辞儀!」
慌てて跪いても遅ーよ。
「よい。面を上げ」
速攻で上げたよこいつ。
もう一発殴り。
「済みません。礼儀知らずで済みません。ドアホが!
家長のロロシュ卿が喋ってる途中で上げる馬鹿がここに居るよ!
人の話は最後まで聞けって前前から、口を酸っぱく言ってんだろ!それから枕に、本日はこの様な場を設けて頂きこの上無い感謝を。ロロシュ様、で始める所だぞ!」
「ご、御免なさい」
「まあその辺にしておけ、スターレン君。折角の料理が冷めてしまう。席に座れ」
「立て!温情に預かれ。今日はこれが心配なので隣に座ります」
特別にフィーネを上に置き、俺、スタフル、サンの順に着席した。
各グラスに水が注がれる。
合図も無しにグラスを取って飲み出した。
サンも面食らっている。
グラスを丁寧に奪い。
「家長殿が食べ始める前に飲む奴が、ここに居たよ!
喉がカラカラでも待て!只管待て!乾杯のお言葉か、お食事始めまで待て!お前は犬か!!犬でもせんわ。
卿は王陛下の次の次に偉い人なんだぞ。
あれか、王の御前で遠く離れた席だからって勝手にこっそり飲んじゃうのか!」
スタルフ涙目。泣いても許さねーぞ。
対面最右手に座るサルベイン氏が腹を押さえて笑いを堪えてる。その隣のシュルツは既にクスクス笑っている。
もーだめだ。恥ずか死ぬ。
「よいと言っておる。今日は色々と祝いの席だ。大目に見よう」
お、と言う事は。サルベイン氏、やったのか。
目を合わせるとニッコリと微笑んだ。
それは目出度い。目出度いぞ。
「サルベイン。報告を」
「父ロロシュの次息、サルベインだ。
父から頂いた薬と、スターレン殿に紹介された香のお陰かで、漸くに妻のギャラリアに芽吹きの兆しが見えた。
初期で何かと気は抜けんが、お二人の協力に感謝する」
「いえいえ。私は何もしておりませんので。
真に御目出度きこと。順調に育まれることを影ながら援じて居ります。
良かったなシュルツ。これで家族が増えるかも知れないぞ」
「はい。男児か女児か何方でも。今から楽しみです!」
「気が早いぞ。それともう一つ。これもスターレン殿からの発案で始めた冷蔵庫も製造の目処が付きそうだ。
ただ中核の入手が困難な状況は変わっていない。他に代用が出来ぬか模索中だ。
全て解決した段階で、改めて配当配分の協議をしたいと考えている」
やっぱり帝国が邪魔だよな。
配当は無しでも何方でも良かったが、譲歩してくれてんだから素直に受けよう。
「次にシュルツ」
「シュルツです。…やはり恥ずかしいですわ、御爺様。
ですが、初月が無事に過ぎました」
最後は早口で捲った。自分の口から発表とは、相当恥ずかしいに違いない。
でもやっぱりこれも御目出度い事なので。
「次はスターレン君。隣の彼の紹介を」
「長兄が居ない場合は全部自分でやるんだからな。
では。こちら我が生家フリューゲル家の次男、スタルフと申します。何かと…殆ど無作法な愚弟ですが、何卒宜しくお願い致します。
次は自分の口から」
「はい!本日お招き頂き、真に有り難う御座います。
ロロシュ卿、サルベイン様、シュルツ様。
兄スターレンより紹介を預かりました、スタルフ・フリューゲルと申します。
…先程の不手際をお許し下さり、謝罪と共に重ねて感謝を述べさせて頂きます」
まあまあのリカバリー。メチャメチャ引っ掛かるけど。
「サンの紹介はどうしたんだ。お前は自分の事だけか!
彼女はお前がフォローしないと独りぼっちだぞ。
僭越ながら。愚弟に代わり紹介致します。
フリューゲル家当代に仕えております、サンと申します。
彼女は侍女として幼少より長らく我が生家に勤め、年若ながら非常に優秀な人物。
今回は私と同じく会への出席をする、スタルフのお目付役として同伴をさせております。お許し下さい」
「…済みません。少し涙が…。
只今ご紹介に預かりました、サンと申します。
スタルフの従者の身分故に。皆様ともお顔を合わせる機会も極少ないとは思いますが、出来る限り不逞の無いよう精進して参ります」
かなり惜しい。仕える者より出過ぎないのはいいな。
「宜しい。では食事に移ろう」
ロロシュ氏が手を挙げ、給仕が料理を運ぶ。
今度はスタルフも大人しくしていた。
会食が始まり、以降は滞り無く…。
と、どこおり、な、く………っとるやないかー。
緊張からか、ミスるわ、カチャカチャ五月蠅いわ。
「違います…。それも違います。口を拭くのはご自分で。
落着いて下さい。私の胃に穴を空けたいのですか?」
小声で只管間違いを正すサン。不憫だ。
でも覚えて貰わないと本番で大惨事だ。
明後日から特訓だな、こりゃ。
本番まで中日3日しかないよ…。
「と、所で。シュルツ様はお幾つなのですか?」
突然喋り出しやがったーーー。
振られたシュルツは、ギョッとしてロロシュ氏を仰ぐ。
卿の頷きを見てから。
「十二に成ります。再来月には誕生日を迎えます」
「随分と大人びて見えッ」
もう止めてぇ。と思っていたら、サンに後頭部を叩かれていた。止めてくれて有り難う。
「何?急に叩くなよ」
「お喋りのご許可が先です!それと、口に物を入れたまま喋らないで下さい。当家の品位がだだ落ちですよ。
御婦人に対し、行き成り御年を聞くとは何事ですか。
しかも今のシュルツ様の時期に、大人びるとは…。
呆れて物も言えません」
「も、申し訳ありません…。ロロシュ卿、発言のお許しを」
まだ諦めない。頼むから大人しく。
「よい。許す。何かねスタルフ君」
許可されてもた。
「シュルツ様はお若くありますが、大変にお美しいと感じました。何方か想う方などいらっしゃるのかと。差し支えなけゴモモ」
パンを丸ごと口に捻じ込んでやったぜ。
「差し支えだらけだよ!何考えてんだ。軟派か。
招かれた会食の席で、お前は御令嬢に対して軟派行為を始める気か!不敬で首を刎ねられたいのか!」
スタルフが咀嚼中に。
「想い人なら私の目の前に居りましたが、先日盛大に振られてしまいまして。
傷心中に、ライザー王子殿下からの婚約のお申し出が在り、お受けした次第です。それが何か?」
何と言う爆弾を投下するんだい。
「こら、シュルツ。そんな嫌みな事を言うなら、もう一緒に寝てあげないよ」
「それはあんまりです、お姉様!私は事実を述べただけですよ」
シュルツも引かねーな。引いてくれよ。
咀嚼から復帰したスタルフが。
「フィーネお義姉様が、シュルツ様の?これはいったい。
兄上、説明を求めます」
「ええい、ややこしいわ!」
団欒を掻き乱し捲っている。収拾が着かない。
「のお、サルベイン。楽しいな」
「はい、父上。私たちの昔を思い出すようです」
何故か和んでくれて助かった。
でも、俺はもう嫌だ。何してくれてんだクソ親父!
こんな爆弾抱えてどうしろと…。
---------------
台風スタルフを馬車でホテルに帰し、サンを侍女長に預けて、若干拗ねたシュルツは自室に戻った。
やっと一息付けた。
「なんか、ドッと疲れた」
リビングルームには4人。
ロロシュとサルベイン。隣にフィーネ。
「わしは楽しかったぞ。寧ろ礼を言う」
「お疲れの所、掻き乱してしまって申し訳ない気持ちで一杯ですよ」
「まあよい。明日の話をする前に。
晩餐会の配席表は明後日には開示される。手に入れたら連絡しよう。
それと、此奴を爵位筆頭として同席させる。シュルツが婚約を飲んでしまったから、仕方なくだ」
「私も心を入替えました。望みが在るのが解りましたし。
しかし私には政治の才は微塵も無い。
なので位は一時預かり、将来の子を教育してみようと思います。
そちらの望みが薄いとなれば、派閥の侯爵家から人選し推薦します」
急に人が変わったな。ずっと子供が欲しかったんだろうなと思う。
父親になる覚悟か。俺にはまだ解らない。
「こちらはフィーネの代わりに、隊の中から付き人を出します。フィーネは仮病を使いますので、サルベインさんはボロを出さないで下さいよ」
「心得た。今度こそ、何も喋らず石にでも成るさ」
「怪しい~」
「信用されてないな…。まあ初見があれでは仕方ない。
父に蹴り飛ばされて猛省したよ」
「明日も。サルベインを見聞の為に付ける。
予定ではわしと、此奴とゼファーの三人だ。そっちは隊員全員か」
「武装は結構いいのが手に入りましたし。怖いから行かないとメメットさんには断られました。
行くのも俺らと数名だけ。カーネギの大盾が欲しいんですよねぇ。
宝物殿の中にも在りましたけど。そんなに良い物じゃなかったんでパスしました」
「宝物殿の中身が大した事がないと申す、お主も中々に強欲だな」
「そこで頂いた外嚢をロロシュさんに貸出します。シュルツの髪飾り同様に、人相偽装の効果が在ります。
サルベインさんは長髪なんで髪飾りでも借りて下さい。
ゼファーさんは知名度が低いので、眼鏡でも掛ければいいかと」
サルベインが髪を弄って、えーって顔をしている。
身バレして困るのあんただろが。
「それは助かる。君らはどうするのだ」
「俺らはコマネさんに喧嘩を売る体で乗り込みますので、フィーネ以外堂々と素顔晒して突入します。
会場前ではゼファーさんを目印にしますので、出来るだけ固まっていて下さい」
「了解した」
「それと。今年のバザーも偽装としてヘルメン王の影武者が参加するらしいです。誰かは聞いてませんし、敵対はさせないとも陛下は言ってました。
何処まで本気か解りませんが、信用するなら競り中に引いてくれると思います。逆に乗らせてこちらが引いても面白いですね」
ロロシュ氏が軽く笑った後。
「国に大損させるか。それは面白い。
税金で集めた金を私物に横領しているとはな。民に知れれば一大事だぞ」
フィーネがロロシュに質問した。
「それで国が破綻する事はないんですか?迷惑で泣くのは国民ですよね」
「フィーネ嬢の言う通りだが。この国の基盤の商人たちを嘗めて貰っては困る。其処いらの国とは資産を生み出す経済力が桁違いだ。
城が倒れるなら、ハイネハイネに大移動が始まる。そう簡単にこの国の民は倒れぬよ」
「その秘密が守られるのも、またバザーの強みだよ。
気になるのは、マッハリアの師団です。
侯爵以下の貴族は城に入れず町中に居るのが大半で、その内何組かが来場するかも知れません」
「妃は来るか」
「バザー前日に。強引に王都へ押し入ったんです。関係者が来ない訳がない。
まぁ本人は自力で歩くのも困難な人なんで、買取屋を送り込むとかは大いに在ります」
「買取屋って?」
「買取屋はね。競売で品物を競り勝ったはいいが、お金払えないとかになったら、その人に擦り寄って、割引するなら買い取れますって言うの。
競売で落とした物を安く買い、競売の決済の値で転売するってルールスレスレの稼ぎ方をする集団。
それで稼いで本命を落とす。後日にそれを欲しがりそうな人に更に売り込みを掛けるか、自分たちで使うのさ。
ロロシュさんとか王族とか。潤沢な軍資金を持つ人じゃないと対抗も出来ないんだ」
「へぇ。真っ当そうに聞こえるけど。セコいね」
4人で笑い合い。明日に備えて早めの解散。
ロロシュとサルベインはそれぞれの自室へ。
俺はここへ来た際の定番の書庫に籠った。
蔵書の一割も読み込んでいない。しかも来る度に増えてる有様。ロロシュ氏は俺に甘すぎる。嬉しいんだけどさ。
特に連絡は無いが、また時間作ってシルビィの本屋も見に行きたい。
執筆業自体、この世界では費やす労力に対して全く儲からない。
手書きで量産出来ない。紙が高い。重い。
絵本のような小冊子の方が売れ筋。
殆ど趣味とか副業で書く人が多し。そんな感じ。
世の金持ち殿がよくステータスとして集める事も多く、全く流行らない訳でもない。
反面で識字率は意外に低くなく、各国に在籍する教会が定期的に講習会を開いている。
よくそれで全世界共通語を維持していられるのか。
それが「言語体系の謎」だったりする。不思議ですな。
そんな事を考えながらウトウトし始めると、ゼファーさんが肩をトントンしに来たり。
「正直私も眠いので、スターレン様がご就寝なされないと扉が閉められません。お願いです」
「寝ます」
ちゃんと寝室でね。
マッハリアからの国賓団一行が、タイラント王都パージェントに到着した。
馬車の性能が高く、宿場町も小さな所は段飛ばし。
道が整えられた本街道を只管に南下。
予定よりも数日早い到着となった。
一層慌ただしくなったのは王城内。
城下はそれに比べれば穏やか。
とは言え、生誕祭に向けた準備に追われる事に代わりは無かった。
商人も。住民も。各ギルドに所属する者も。
中でも第6区封鎖に伴い奴隷ギルドは休業状態。
全てはヘルメン王の指示に依るもの。
そこに異議を唱える者は誰一人居ない。
諸外国の重鎮たちから、奴隷層の全てを守る為だと知らされたからには。
急病人や重病人を受け入れる体制と、ルートを確保したのは代表としてカメノス商団。
城下は万全の体制を整えられた。
数日の内に、北マッハリアだけでなく、東西隣国の大使も集まる。
王都内は何処も彼処も、戦々恐々な風が吹き荒れた。
逆に静かな6区に行きたがる者も、居るとか居ないとか。
そんな慌ただしい中。一人の少年が従者を連れ、一軒の借家を訪ねた。
「ホントに!?ここが?兄様の?」
「何度も確認をして参りました。案内は断られましたが、誰しもここで間違いないと」
「えー。信じられない!こんな小さな家だなんて。生家より酷い粗末な家だよ」
「お会いになる前から失礼な事を言ってはいけません。
来訪が早まった為に宿も取れぬのです。ここは一つスターレン様の御力をお借りせねばならぬのです。
何卒穏便に、丁寧に、低姿勢で!お願いせねば」
「サンは僕の母上か!」
「違います」
「きゅ、急に冷静になるなよ…」
襟を正し、玄関扉を数回ノックした。
ガチャリと開かれる。
中から顔を出したのは、顔に半面を着けた女性。
「どちら様でしょう」
綺麗な声がする人だ。
「スタルフと申します。スターレンの弟です。兄は在宅でしょうか」
「従者のサンと申します」
「まあまあ。マッハリアから遠路お越しの。夫は中に居ります。さ、中へどうぞ」
兄のお嫁さんと覚しき女性に招かれ、中に入ると直ぐにリビングに着いた。
あっと言う間だ。これがあっと言う間だ。
数ヶ月振りに顔を合せる兄は、リビングの暖炉前のソファー席に踏ん反り返っていた。
「全部聞こえてたぞ!粗末な借家で悪かったな!人んちの玄関前で、しかも大声で」
「す、済みません兄様。で、でも凄く意外だったので、思わず口に。だって事業が上手く行って、儲けてるって手紙に書いて…」
「まあまあ。スタンも。スタルフさんたちは長旅でお疲れなのです。久々の邂逅を労ったらどうです」
お嫁さんがお茶を運び入れ、テーブルに並べてくれた。
「フィーネ様ですよ」
小声でサンが耳打ちしてくれた。そうだった。
「お久し振りです、兄上。改めて、弟のスタルフで、こちらがサン。フィーネさん、ここには使用人の方は居ないのですか。奥方様が茶を淹れるなんて」
「まぁ!奥方様だなんて初めて言われましたわ。
お優しい方なのですね。ただ、ここでは夫婦の二人暮らしなんです。
雇えなくはないのですが。ここは、こんな、粗末で、狭い家ですしねぇ」
「まぁ、突っ立ってないで早く座れ。サンも久し振りだな。
皆は元気か」
「お久し振りです、スターレン様。皆様健勝で風邪一つ引くことなくお過ごしですよ」
対面席に座り、サンがソファーの後ろに立った。
「お前は何処の貴族様だよ!サンを立たせて。カップも4つ用意したんだ。ちゃんと、よく周りを見ろ」
兄上もだよ!と反論したかったが、兄の方が正論だ。
「サン。隣に座って」
僕の反応を見て、少しだけ兄は驚いていた。
生家では直ぐに口答えして喧嘩してたからなぁ。
「生家の事や父の事。王妃の事。色々とお話したいのですが、先に兄上にご相談したい事がありまして」
「宿なら抑えてある。後で案内するから安心しろ。
苦労したんだぞ。予定よりも早まって、前倒しして貰って前金増額までして」
そうだ。昔から兄はケチだった。
「あ、後から返すよ!」
「…宿と料金を確認してからものを言え。それでも払うと言うなら止めないが。しかし…、お前も変わったな」
「何がです?」
「物腰が柔らかくなった。と言うか、成長した?」
「自分の置かれた状況が。僅かに見えてきただけです。
兄上の私室を片付ける内。僕も我が儘を言っていられないなと、そう考え直しただけです」
「そうか」
返ってきたのは一言だけ。でもちょっぴり嬉しそうだ。
兄上も充分丸くなりましたよ、と心で答えた。
「あ、そうそう。宿の部屋。ツインで一部屋しかなかったけど、サンはそれでいいの?
どうしても嫌なら今から探すよ。金は俺が払う」
「え!ちょっと」
今夜こそ言おうと思ってたのに…。
「お前に聞いてない。どうする?」
チラリとこちらを見てくれたが、返事は即答だった。
「意気地の無い坊ちゃまですので。罰としてお一人で寝て下さい。出来れば別室でお願い致します。取れない場合は同室でも構いません」
「了解。フィーネ、優秀な侍女さん連れてくって、ロロシュさんに伝えて」
ロロシュさん?
急にフィーネさんを走らせるのかと思ったが。
「クワンティ。来て」
突然奥の部屋から、大きな真っ白い鳩が飛んできて、フィーネさんの肩に乗った。
「クワッ」
あれ?剥き出しの肩…。爪が?
それも気になるが、それよりも。
「ちょ、兄上。鳩が、鳩が」
「黙ってろ。クワンティがお前を認識してる」
え、そうなの?
仕方なく、そして何となく。僕とサンを見詰める白い鳩に会釈を返した。
「クワッ」
その間に、フィーネさんが腰元の小鞄から上質紙と筆を取り出し、何やらをサラリと認め、丸めて鳩の首の筒に入れた。
「つい最近買った。無垢の雌鳩だ」
買った?鳩を?無垢鳩を?こんな所に住んでる兄上が?
「た、高かったんじゃ…」
「あー。確か大型商船が十隻位買える程の価値だっけ?」
「確か、そんな事言ってたね」
夫婦揃って何を言っているんだ。
「冗談でしょ?借り物でしょ?」
「嘘言ってどうすんだよ」
サンが口をあんぐりさせてだらしない顔を…可愛い。
違うな。
「借り物だって。失礼な子だねぇ。クワンティ」
「クワッ」
そう言ってフィーネさんは玄関から鳩を放っていた。
どうして玄関からなのか。それは僕には解りません。
「積もる話もある。ここでは何だから、宿に寄ってロロシュさんの所に移動するぞ。元々今日はそっちに泊まる予定だったんだ。
お前が到着するって聞いてここで待ってたんだぞ。
今から行くのは4区。お前の宿は5区。
行きしなに少し都内を案内するから。町中では世間話以外の余計な話はするな」
ああ懐かしい。何時もの捲し立てるやつだ。
「解ってるよ」
あれ?そう言えば、フィーネさんの口調が途中から変わった気がする…。
後に、サン経由で聞いた所に依ると。
「面倒臭くなった」だったそうだ。お義姉さん…。
お茶を飲み干し、兄上の家を出た。
玄関前で兄が、突然背を向けて腰を落とした。
靴の紐でも整えるのかと思っていたら。
「おんぶしてやるから乗れ」
「はい?」
ラザーリアでは考えられない言葉が飛び出て戸惑った。
「きゃっ」
隣を見れば、サンがお義姉さんに、何とお姫様抱っこをされていた。なぜ…?
「暴れない暴れない」
「ですが、しかし。歩けます!恥ずかしいです。身体も綺麗では…。重くは、ないのですか」
「こっちの方が早いの。軽いわ。小枝みたいな軽さね」
「早く乗れよ」
「どうして馬車を使わないのですか」
「少し走る。今のパージェントでは馬車は事故の元だ。
どっかの王族御一行様が、日程無視して強引に乗り入れてくれた所為で、怪我人が出たんだぞ。前方車列の動向位は見とけ」
「言われて見れば。確かに数も少なく、どの馬車ものんびりと走っていましたね」
いい加減怒り出しそうだったので、兄上の背に乗った。
記憶は定かではないが、人生で初めてじゃないかと思う。
父にも負ぶって貰った記憶はない。
兄の背中は、鎧か何かが当たるけど、温かくて、
大きかった。
隣から小さな悲鳴。
僕も情けない声を抑えるのに必死。
大きな路地も細い小道も、行き交う人々の間を縫うように且つ余裕の距離を保って。スルリと走り抜けた。
余りの速さに景色がよく見えず。
何か、兄が町の説明をしてくれているが、それも全く入って来ない。
「着いたぞ」
「デカい…」
ホテル:エリュグンテ
一帯全て宿泊施設が並ぶ一角。
中でも最も大きな建物が、このエリュグンテだった。
「こ、ここに泊まるの?」
「都内で最上級だ。近辺を散策するのはいいが、一人でホイホイ出歩いて迷子になったら。ホテルの名前と俺の名前を乗り合い馬車に伝えろ」
あんなに走ったのに息が全く乱れていない。
それに、今、最上級って。
色々ありすぎて目眩が。
「驚くのはまだ早い。さっさとチェックインして、まずは風呂に入って汗を落とせ。お前香水付けすぎだ」
思考が追い付かないが、反論するのは後にして。
広々したロビーにカウンター。奥手にラウンジが見える。
「スターレン様。お持ちして居りました。宿泊者様御本人様の署名をこちらに」
「色々無理言って申し訳ない。…さっさとしろ」
ホテルの従業員のお姉さんが、華麗な所作で一枚の用紙をカウンターテーブルに出してくれた。
「き、金二百!?何これ。どんな部屋取ったのさ」
「バカ!恥ずかしい声出すな。お前はマッハリアの侯爵の跡取りなんだぞ。些細な小銭で狼狽えるな。
生誕祭前後の2週間。スウィートをぶち抜きで抑えた。
これでも値切って貰った位だ。で、お前返せるのか?」
「む、無理です!」僕の小遣いじゃとても。
震えながらも、何とかサインを返した。
「スタルフ・フリューゲル様ですね。ご要件はスターレン様より伺ってはおりますが、同行証明か身分証などはお持ちでしょうか」
あ!スーツケース。どうしたっけ…。
「私が預かってる」
お義姉さんが何処からともなく、僕らの荷物を取り出してカウンター前のテーブルに並べた。
移動中には消えていた。何処に持ってたんだ。
深く考えるのは後にして、自分のケースから同行証明を取り出した。
問題無しとの礼を受け取り、案内人に従い最上階の部屋へ移動した。
「兄上…。色々と聞きたい事が山積みされて行くのですが」
「話は後。風呂が先。どうせ使い方も知らないだろうし」
「こ、子供扱いするな!」
「おぉ、懐かしいなこの感じ。まあ見てから言えって」
「…」
最上階には一部屋しか無かった。
詰り、僕一人には広すぎる。
何平米かも解らないリビングルーム、バーカウンター、
透明な保護ガラス越しの暖炉、
ベッドルーム(キングサイズが二つ)、バス?、
個室トイレ…
案内係の説明に頭が追い付かない。
「一通りのご案内は以上です。お手荷物は室内か、一階のクロークにお預け下さい。当ホテルには、運び込まれたお客様の一切のお荷物に触れる者は居りません。
衣装のお洗濯、修繕。シーツの交換、室内の清掃等は廊下に控える従業員にお申し付け下さい。
荷物の紛失等のお申し出が在れば、家具一式を破棄してでも探します。
信用の代わりと言っては何ですが、こちらの室内に在る物全てお持ち帰りされても構いません」
「す、全てって?」
「備え付けの棚、椅子、ソファー、各種酒瓶、便座、蛇口やドアノブ等。持てる物なら全てです。勿論歯ブラシやガウン、魔導ドライヤー等もお土産にされても宜しいでしょう。因みに一番人気は歯ブラシとドライヤーとなっております。
当ホテル内の品揃えは、何れも一級品と自負して居ります故に!」
何だろう。このやる気は。
ホテルに入った時から付いて行けない。何もかも。
「晩餐会へのご出席者様だと伺っております。衣装等の揃えも御座います。ご所望でしたら何なりと」
何と言う直角礼。
「それはこっちで用意する。町中を回れる普段着を何着か頼む。悪目立ちするのではなく、シンプル且つ上質で」
兄上が勝手に進めてしまった。一応持って来たのに。
「畏まりました」
従業員さんが巻き尺を颯爽と取出し、僕の身長、
首周り、肩幅、腹回り、股下、靴のサイズを全て測った上で一礼して去って行った。
助けを求めてサンに目を送ると、目を逸らされた。
「サンには後で。ロロシュさんとこでメイド服を見繕って貰うから。サンはフィーネに任せる。俺はこいつを風呂に入れる」
「さ、一階に行きましょう。私も一緒に入るから」
「は、はい…」
サンが連れて行かれてしまった!
部屋には兄上と二人切り。
「い、今からでも。下流に変更は…」
「無理だ。一応今の王都は安定してるが、お前は命を狙われる危険性がある。ここよりセキュリティが緩い下には下ろせない。ホテル以外に泊まらせるのも無しだ。
あの豚女に勘ぐられるからな。
やるなら徹底的にだ。中途半端が一番危険なんだよ」
く、来るんじゃなかった…。
父なら楽勝だったに違いない。今更後悔しても遅いな。
仕方なく服を脱いで、フカフカのタオルを腰に巻いてバスに向かった。このタオルだけでも持って帰ろうか…。
「何じゃこれ!?」
マッハリアでは見た事もない設備の数々。
服を着たままの兄に、色々と説明され。
「適当に着替えて1階のラウンジに降りてこいよ。嫁さんの着替えは覗くなよ。お前死ぬぞ。俺も殴るし」
「しないよ!!」
兄はさっきまで見掛けなかった、灰色のリュックを背負って部屋を出て行ってしまった。
何もかもさっぱりだ!
蛇口での湯温の調整に失敗し、火傷しそうに成りながらも大急ぎでシャワーを浴びた。
何とか女性陣と鉢合う事も無く、無事に小綺麗な服に着替えて一階へ向かった。
ラウンジの最奥の席に兄の姿を見付けた。
「お、早かったな。どうせ嫁とサンは遅くなるから、ゆっくりしてても良かったぞ」
それは先に言って頂きたい。
「兄上…。何だかとても疲れたよ…。馬車の中よりも」
「直ぐに慣れる。それよりこれから向かう所で粗相はするなよ。ちょっと手首見せろ」
素直に手首の釦を外して差し出した。
「何処に行くの?」
「よし、余計なもんは付けてないな。何処ってロロシュ卿の邸宅だ。まさかお前、上流貴族の名前頭に入れて来なかったのか?」
貴族?ロロシュ…、ロロ…!!!???
「ま、待って兄上!ロロシュさ…、ロロシュ様ってこの国の公爵御三家の!!」
「それ以外の誰が居るってんだ」
周りの目がこちらに向いたが、直ぐに興味無さそうに平静に戻った。
兄上が注文してくれた冷えたコーヒーを飲み、火照った身体と心を落ち着け………られるか!!
「どうしよう。どうすればいいの。社交界のマナー何て碌に覚えずに来てしまったよ…」
「…お前よくそれで立候補したな。何も言わなきゃ父上が選ばれてたのに」
そうだったのか?でも父上は政務が。
「父上は政務で忙しいからと。代役を買って出ました。
まさか僕まで晩餐会に出席するだ何て思ってもなくて」
「対象外だったら、あの糞豚が随伴を不問で許す筈が無いだろ。それを許したんなら、詰りはそう言うこった。
違うなら別動で勝手に行けって言うだろ」
「で、でも父上は何も!」
「お前が外へ出たがってた事位バレバレだ。その上で同行させて外務の経験を積ませたかったのさ。俺に、お前の面倒を押し付けたって形だな。あの狸親父め」
もう考えるのを止めたい…。帰りたい…。
いっそ逃げたい!
「兄上…。何とかなり」
「諦めろ。俺も腹を括った。ダンスはいい。足を痛めたって言い訳で逃げろ。末端席だろうとテーブルマナーだけは気を付けろ。フリューゲル家の看板背負ってるんだぞ。
後は何とかしてやる」
愛だ。愛情を感じる!
僕が知っていた兄上は何処かへ旅立った。
今目の前に居る兄に後光が見える。見えます!
「潤んだ目で見るな。気持ち悪い」
泣けてくる…。コーヒーが苦いよ。
それ以上取り留めて会話も無く、暫く待つと準備を済ませた女性陣がラウンジに降りて来た。
「お待たせ。心の準備は出来た?スタルフ君」
「…全く気が追い付きませんよ。吐きそうです」
これにはサンも項垂れた。
「私はうろ覚えでしたが…。真逆公爵様とは。今日はどうすれば良いのでしょうか」
「まぁ肩張らずに。メイド修行だと思えばいいよ。衣装合わせと、こいつの隣に座ってテーブルマナーその他動きを監督しててくれ。
どうせ俺が言っても反抗するし」
「しませんよ」とも言い切れない。
「それよか。お前、サンをどう言う立ち位置にするんだ」
「どうって?」
「アホなのか。そのまま付き人で出させるのか、婚約者として同席させるのかだよ」
「「なっ!」」
「メイドの正装か、無いならドレスも用意しないと」
「ど、ドレスなど!私には…」
「悪い。言葉が足りなかった。サンには悪いが晩餐会は間違い無く、糞豚との決戦の場になる。
俺もスタルフまでサポート出来なくなる場面も想定される。
こいつを一人にも出来ない。傍に誰か居ないと困るんだ。
すまんが私情は一切捨ててくれ。
従者が経験豊富なペリルだったら良かったんだがな。
兎に角。一つも失敗は許されない」
「わ、解りました…」
どうするべきか。只の付き人だと引き離される可能性もあるのか…。
「こ…、こ…、婚約者でお願いします!!」
「言ったな。俺とフィーネが立会人だ。後で嘘だと言っても取り消せないぞ。覚悟は出来てるんだろうな」
「ま、待って下さい。私は普通の平民出身です。家柄も何もド平民ですよ」
「父上はそれも見越してサンを同行させたんだ。父の許可は降りていると見ていい。家柄なんて気にするな。
こいつが今後、第二第三の側室を設けるなら、正妻としては居られなくなるかもだが」
「設けません!こ、婚約の前に」
僕は戸惑うサンの前に跪いた。
「ぼ、僕の妻に成って下さい。サン。正式に婚姻は二年後になる。それでも良ければ、僕と契りを。好きです!」
「待って…頂けますか。晩餐会までには決めます。今は気持ちの整理が」
「こりゃまだ仮だな」
「そうね」
兄夫婦が人事みたいに笑っている。
人事だもんな。家族の事でもあるけれど。
衣装は一応どちらも用意する事となった。
第四区に在ると言うロロシュ卿の邸宅に向かって、今度はゆっくりと歩いた。
出来るだけ汗を掻かないように。
寒いからそんなには掻かないだろうけど。
ホテルを出てから、サンは目を全く合わせてくれない。
兄上とは楽しそうに話しているのに。
「どっちみち二年間は夜は我慢だぞ」
唐突に兄に言われた。
何の事だ?夜?夜って…。
「え!?」
「え、じゃねえよ。マッハリアの貴族ルールでは、成人までは貞操を保たなきゃいけないだろ。俺だって念の為、我慢して我慢して成人するまで出発を遅らせたんだ。
…お前、まさか…」
「ごめん…。兄上…」
「うわぁ…」
お義姉さんがドン引きしている。
サンも顔を真っ赤に。
「謝る先が違うだろ。酷い事するなぁ、お前。万が一子供授かったらどうする積もりだったんだ」
どうしよう。欲望に負けて何も考えてなかった。
「許してしまった私も悪いのです。どうかその辺で。
私も…、自棄を起こしている最中に。スタルフ様に強引に組み伏せられ。懇願され。私も家督を継がれるスタルフ様ならいいかなって…」
「ストップストップ。大丈夫、大丈夫だよ」
歩きながら泣き腫らすサンを、お義姉さんが慰めていた。
兄上には固い拳骨を振り下ろされた。
確かに傷心しているサンの弱みに付け込んだのは自分。
言い逃れは出来ない。
「…ごめんよ。サン」
「無責任な事をするな!あぁ、不安しかねえ」
サンはそんな兄上に捨てられたと傷付いていた。
でもそれは絶対に口にしてはいけない。もっと傷付けてしまう。それ位は僕にも解る。
出掛かった言葉を、グッと堪えて飲み込んだ。
「我慢出来ないからって、娼館なんて言語道断だぞ。
家を継ぐのはお前一人。性病なんて貰ってみろ。
一族の崩壊、一家断絶。父上は上からは笑われ、下からは指を差されて誹られる。最悪脱爵で追放だ」
「それ位解ってるよ!」
「ホントかよ。俺はお前が家に残ってくれるって言うから安心して出たんだぞ」
「戻っては来られないのですか」
「言っただろ。二度と戻らないと。
半年か一年後には、俺たちはこの大陸を出る。
貴族の端くれが、吐いた言葉を簡単に覆すな。
お前が継ぐのは侯爵だぞ。上流手前なんだぞ。
このタイラントと違って、領地や領民まで責任を取ってやらないといけないんだ。ゲロを吐いても、血を吐いてでも守って行かなきゃいけないんだ。
家も、サンも、将来の子供も。お前の肩に乗っかるんだ」
「…兄上…、泣いてもいいですか…」
「卿に挨拶して、夕食を頂いてからなら幾らでも。
これまで卿とは良好な関係を築いてきた。
お前はフリューゲル家とミラージュ家を繋ぐ橋渡しだ。
それが切れてしまったら、フリューゲル家は近い将来簡単に糞豚に潰されるだろうな。
これは単なるお食事会の話じゃない。政治の話だ。
お前のたった一言に全てが掛かり、全てを無駄にするかも知れない。
俺の顔に泥を塗りたくるのは構わない。父上の、お前に任せた父上の顔にだけは泥を塗るな。いいな」
「…」今は泣けない。泣いてはいけない。
泣いて許されるものでもない。
「スタン。やり過ぎ。弟君、顔真っ青だよ」
「あー。やり過ぎだったかも。久々に会って調子に乗っちゃった」
「わ、私はいったいどうすれば…」
「大丈夫だって。ロロシュさんいい人だから。ちょっと短気だけど。婚約を受けるかは、あいつの事が本心で好きなら考えてみてくれ。別に後から破棄出来ない訳じゃない。
かなり温い考えしてそうだったから、ちょいとお灸を据えただけさ」
「スターレン様!操は散らしてしまいましたが、どうか私を第二に!駄目なら奴隷にでも」
「「それは無理」」
「どうしてですか。正妻のお邪魔は絶対に致しません!」
「落着けって。俺は今、平民風情なの。多妻は無理だししたくないの。水竜教の教えだと、複数婚はほぼ無い。
全くじゃないけど、貴族家でも極僅かだ。この国の王様だってそうなんだぞ。どうしても子供が沢山欲しい人しか滅多にしないんだよ」
「おぉ…。私は女神様に捧げた身。叶わぬ恋だったのですね」
「別に、異教間の結婚は大丈夫だよ」
そんな兄夫婦たちの会話は、既に耳に入ってなかった。
---------------
大丈夫だろうか。超不安だ。
頗る不安だ。我が弟ながら、余計な事を言わないか。
ロロシュ氏が喋ってる途中で割り込まないか。
嫌な所を突かないか。逆鱗に触れてしまわないか。
シュルツの可愛さに色目を使わないか。
「そんなに心配しない。不敬で殺される訳じゃないでしょ」
フィーネはそうは言ってくれるが、肉親としてはそうは行かない訳で。
「あんまりだったら、引っ張って説教だ」
「兄弟居ない私としては何も言えないけど。時には任せる事も大切って。スタンが言ってたんだよ」
よく覚えてるな。フィーネの記憶力が半端ない。
「みんながフィーネみたく、教えた事を一発で覚えてくれりゃなぁ。あいつは所々頑固なんだ。あー心配だ」
フィーネがクスクス笑ってら。
止めておくれよ。こっちは気が気じゃない。
俺よりも緊張し捲る弟を見て、若干和んだ。
控え室に通され、待ち時間中にサンは借りた侍女の正装に着替えた。
「こ、この様な上等なお召し物を…」
正装も国で変わってくるが、マッハリアとタイラントは隣国だけあって系統は同じグレーで統一。
普段使いが、黒のワンピに白いエプロンドレス。
基本的な立ち位置は変わりがないが、グレーワンピに入れ替わってエプロンは無しだ。
生地は上綿。シルクのドレスは場合に依り、他の貴族令嬢の上を行ってしまう為、付き人風情がシルクは着ない。
家長の帰宅を待ち、着席と同時に入室する。
場所は勿論食堂だ。
侍女さんが呼びに来た。
弟の面接試験が遂に幕を開ける。
…初っ端から遣りやがった。
最奥に座るロロシュ氏に、立ったまま礼をしやがった。
多分俺とフィーネが立っていたからだろう。
「初めまして!スターレン・シュトルフの弟。スタルフ・フリューゲルと申します。この度は」
ロロシュ氏も苦笑い。
一礼してスタルフの頭を叩いた。
「初めましてなんだから、入口を入った所で跪け!俺たちは何度も会食を重ねてる間柄だから無視をしろ!
サンは付き人ならスタルフの右後方でお辞儀!」
慌てて跪いても遅ーよ。
「よい。面を上げ」
速攻で上げたよこいつ。
もう一発殴り。
「済みません。礼儀知らずで済みません。ドアホが!
家長のロロシュ卿が喋ってる途中で上げる馬鹿がここに居るよ!
人の話は最後まで聞けって前前から、口を酸っぱく言ってんだろ!それから枕に、本日はこの様な場を設けて頂きこの上無い感謝を。ロロシュ様、で始める所だぞ!」
「ご、御免なさい」
「まあその辺にしておけ、スターレン君。折角の料理が冷めてしまう。席に座れ」
「立て!温情に預かれ。今日はこれが心配なので隣に座ります」
特別にフィーネを上に置き、俺、スタフル、サンの順に着席した。
各グラスに水が注がれる。
合図も無しにグラスを取って飲み出した。
サンも面食らっている。
グラスを丁寧に奪い。
「家長殿が食べ始める前に飲む奴が、ここに居たよ!
喉がカラカラでも待て!只管待て!乾杯のお言葉か、お食事始めまで待て!お前は犬か!!犬でもせんわ。
卿は王陛下の次の次に偉い人なんだぞ。
あれか、王の御前で遠く離れた席だからって勝手にこっそり飲んじゃうのか!」
スタルフ涙目。泣いても許さねーぞ。
対面最右手に座るサルベイン氏が腹を押さえて笑いを堪えてる。その隣のシュルツは既にクスクス笑っている。
もーだめだ。恥ずか死ぬ。
「よいと言っておる。今日は色々と祝いの席だ。大目に見よう」
お、と言う事は。サルベイン氏、やったのか。
目を合わせるとニッコリと微笑んだ。
それは目出度い。目出度いぞ。
「サルベイン。報告を」
「父ロロシュの次息、サルベインだ。
父から頂いた薬と、スターレン殿に紹介された香のお陰かで、漸くに妻のギャラリアに芽吹きの兆しが見えた。
初期で何かと気は抜けんが、お二人の協力に感謝する」
「いえいえ。私は何もしておりませんので。
真に御目出度きこと。順調に育まれることを影ながら援じて居ります。
良かったなシュルツ。これで家族が増えるかも知れないぞ」
「はい。男児か女児か何方でも。今から楽しみです!」
「気が早いぞ。それともう一つ。これもスターレン殿からの発案で始めた冷蔵庫も製造の目処が付きそうだ。
ただ中核の入手が困難な状況は変わっていない。他に代用が出来ぬか模索中だ。
全て解決した段階で、改めて配当配分の協議をしたいと考えている」
やっぱり帝国が邪魔だよな。
配当は無しでも何方でも良かったが、譲歩してくれてんだから素直に受けよう。
「次にシュルツ」
「シュルツです。…やはり恥ずかしいですわ、御爺様。
ですが、初月が無事に過ぎました」
最後は早口で捲った。自分の口から発表とは、相当恥ずかしいに違いない。
でもやっぱりこれも御目出度い事なので。
「次はスターレン君。隣の彼の紹介を」
「長兄が居ない場合は全部自分でやるんだからな。
では。こちら我が生家フリューゲル家の次男、スタルフと申します。何かと…殆ど無作法な愚弟ですが、何卒宜しくお願い致します。
次は自分の口から」
「はい!本日お招き頂き、真に有り難う御座います。
ロロシュ卿、サルベイン様、シュルツ様。
兄スターレンより紹介を預かりました、スタルフ・フリューゲルと申します。
…先程の不手際をお許し下さり、謝罪と共に重ねて感謝を述べさせて頂きます」
まあまあのリカバリー。メチャメチャ引っ掛かるけど。
「サンの紹介はどうしたんだ。お前は自分の事だけか!
彼女はお前がフォローしないと独りぼっちだぞ。
僭越ながら。愚弟に代わり紹介致します。
フリューゲル家当代に仕えております、サンと申します。
彼女は侍女として幼少より長らく我が生家に勤め、年若ながら非常に優秀な人物。
今回は私と同じく会への出席をする、スタルフのお目付役として同伴をさせております。お許し下さい」
「…済みません。少し涙が…。
只今ご紹介に預かりました、サンと申します。
スタルフの従者の身分故に。皆様ともお顔を合わせる機会も極少ないとは思いますが、出来る限り不逞の無いよう精進して参ります」
かなり惜しい。仕える者より出過ぎないのはいいな。
「宜しい。では食事に移ろう」
ロロシュ氏が手を挙げ、給仕が料理を運ぶ。
今度はスタルフも大人しくしていた。
会食が始まり、以降は滞り無く…。
と、どこおり、な、く………っとるやないかー。
緊張からか、ミスるわ、カチャカチャ五月蠅いわ。
「違います…。それも違います。口を拭くのはご自分で。
落着いて下さい。私の胃に穴を空けたいのですか?」
小声で只管間違いを正すサン。不憫だ。
でも覚えて貰わないと本番で大惨事だ。
明後日から特訓だな、こりゃ。
本番まで中日3日しかないよ…。
「と、所で。シュルツ様はお幾つなのですか?」
突然喋り出しやがったーーー。
振られたシュルツは、ギョッとしてロロシュ氏を仰ぐ。
卿の頷きを見てから。
「十二に成ります。再来月には誕生日を迎えます」
「随分と大人びて見えッ」
もう止めてぇ。と思っていたら、サンに後頭部を叩かれていた。止めてくれて有り難う。
「何?急に叩くなよ」
「お喋りのご許可が先です!それと、口に物を入れたまま喋らないで下さい。当家の品位がだだ落ちですよ。
御婦人に対し、行き成り御年を聞くとは何事ですか。
しかも今のシュルツ様の時期に、大人びるとは…。
呆れて物も言えません」
「も、申し訳ありません…。ロロシュ卿、発言のお許しを」
まだ諦めない。頼むから大人しく。
「よい。許す。何かねスタルフ君」
許可されてもた。
「シュルツ様はお若くありますが、大変にお美しいと感じました。何方か想う方などいらっしゃるのかと。差し支えなけゴモモ」
パンを丸ごと口に捻じ込んでやったぜ。
「差し支えだらけだよ!何考えてんだ。軟派か。
招かれた会食の席で、お前は御令嬢に対して軟派行為を始める気か!不敬で首を刎ねられたいのか!」
スタルフが咀嚼中に。
「想い人なら私の目の前に居りましたが、先日盛大に振られてしまいまして。
傷心中に、ライザー王子殿下からの婚約のお申し出が在り、お受けした次第です。それが何か?」
何と言う爆弾を投下するんだい。
「こら、シュルツ。そんな嫌みな事を言うなら、もう一緒に寝てあげないよ」
「それはあんまりです、お姉様!私は事実を述べただけですよ」
シュルツも引かねーな。引いてくれよ。
咀嚼から復帰したスタルフが。
「フィーネお義姉様が、シュルツ様の?これはいったい。
兄上、説明を求めます」
「ええい、ややこしいわ!」
団欒を掻き乱し捲っている。収拾が着かない。
「のお、サルベイン。楽しいな」
「はい、父上。私たちの昔を思い出すようです」
何故か和んでくれて助かった。
でも、俺はもう嫌だ。何してくれてんだクソ親父!
こんな爆弾抱えてどうしろと…。
---------------
台風スタルフを馬車でホテルに帰し、サンを侍女長に預けて、若干拗ねたシュルツは自室に戻った。
やっと一息付けた。
「なんか、ドッと疲れた」
リビングルームには4人。
ロロシュとサルベイン。隣にフィーネ。
「わしは楽しかったぞ。寧ろ礼を言う」
「お疲れの所、掻き乱してしまって申し訳ない気持ちで一杯ですよ」
「まあよい。明日の話をする前に。
晩餐会の配席表は明後日には開示される。手に入れたら連絡しよう。
それと、此奴を爵位筆頭として同席させる。シュルツが婚約を飲んでしまったから、仕方なくだ」
「私も心を入替えました。望みが在るのが解りましたし。
しかし私には政治の才は微塵も無い。
なので位は一時預かり、将来の子を教育してみようと思います。
そちらの望みが薄いとなれば、派閥の侯爵家から人選し推薦します」
急に人が変わったな。ずっと子供が欲しかったんだろうなと思う。
父親になる覚悟か。俺にはまだ解らない。
「こちらはフィーネの代わりに、隊の中から付き人を出します。フィーネは仮病を使いますので、サルベインさんはボロを出さないで下さいよ」
「心得た。今度こそ、何も喋らず石にでも成るさ」
「怪しい~」
「信用されてないな…。まあ初見があれでは仕方ない。
父に蹴り飛ばされて猛省したよ」
「明日も。サルベインを見聞の為に付ける。
予定ではわしと、此奴とゼファーの三人だ。そっちは隊員全員か」
「武装は結構いいのが手に入りましたし。怖いから行かないとメメットさんには断られました。
行くのも俺らと数名だけ。カーネギの大盾が欲しいんですよねぇ。
宝物殿の中にも在りましたけど。そんなに良い物じゃなかったんでパスしました」
「宝物殿の中身が大した事がないと申す、お主も中々に強欲だな」
「そこで頂いた外嚢をロロシュさんに貸出します。シュルツの髪飾り同様に、人相偽装の効果が在ります。
サルベインさんは長髪なんで髪飾りでも借りて下さい。
ゼファーさんは知名度が低いので、眼鏡でも掛ければいいかと」
サルベインが髪を弄って、えーって顔をしている。
身バレして困るのあんただろが。
「それは助かる。君らはどうするのだ」
「俺らはコマネさんに喧嘩を売る体で乗り込みますので、フィーネ以外堂々と素顔晒して突入します。
会場前ではゼファーさんを目印にしますので、出来るだけ固まっていて下さい」
「了解した」
「それと。今年のバザーも偽装としてヘルメン王の影武者が参加するらしいです。誰かは聞いてませんし、敵対はさせないとも陛下は言ってました。
何処まで本気か解りませんが、信用するなら競り中に引いてくれると思います。逆に乗らせてこちらが引いても面白いですね」
ロロシュ氏が軽く笑った後。
「国に大損させるか。それは面白い。
税金で集めた金を私物に横領しているとはな。民に知れれば一大事だぞ」
フィーネがロロシュに質問した。
「それで国が破綻する事はないんですか?迷惑で泣くのは国民ですよね」
「フィーネ嬢の言う通りだが。この国の基盤の商人たちを嘗めて貰っては困る。其処いらの国とは資産を生み出す経済力が桁違いだ。
城が倒れるなら、ハイネハイネに大移動が始まる。そう簡単にこの国の民は倒れぬよ」
「その秘密が守られるのも、またバザーの強みだよ。
気になるのは、マッハリアの師団です。
侯爵以下の貴族は城に入れず町中に居るのが大半で、その内何組かが来場するかも知れません」
「妃は来るか」
「バザー前日に。強引に王都へ押し入ったんです。関係者が来ない訳がない。
まぁ本人は自力で歩くのも困難な人なんで、買取屋を送り込むとかは大いに在ります」
「買取屋って?」
「買取屋はね。競売で品物を競り勝ったはいいが、お金払えないとかになったら、その人に擦り寄って、割引するなら買い取れますって言うの。
競売で落とした物を安く買い、競売の決済の値で転売するってルールスレスレの稼ぎ方をする集団。
それで稼いで本命を落とす。後日にそれを欲しがりそうな人に更に売り込みを掛けるか、自分たちで使うのさ。
ロロシュさんとか王族とか。潤沢な軍資金を持つ人じゃないと対抗も出来ないんだ」
「へぇ。真っ当そうに聞こえるけど。セコいね」
4人で笑い合い。明日に備えて早めの解散。
ロロシュとサルベインはそれぞれの自室へ。
俺はここへ来た際の定番の書庫に籠った。
蔵書の一割も読み込んでいない。しかも来る度に増えてる有様。ロロシュ氏は俺に甘すぎる。嬉しいんだけどさ。
特に連絡は無いが、また時間作ってシルビィの本屋も見に行きたい。
執筆業自体、この世界では費やす労力に対して全く儲からない。
手書きで量産出来ない。紙が高い。重い。
絵本のような小冊子の方が売れ筋。
殆ど趣味とか副業で書く人が多し。そんな感じ。
世の金持ち殿がよくステータスとして集める事も多く、全く流行らない訳でもない。
反面で識字率は意外に低くなく、各国に在籍する教会が定期的に講習会を開いている。
よくそれで全世界共通語を維持していられるのか。
それが「言語体系の謎」だったりする。不思議ですな。
そんな事を考えながらウトウトし始めると、ゼファーさんが肩をトントンしに来たり。
「正直私も眠いので、スターレン様がご就寝なされないと扉が閉められません。お願いです」
「寝ます」
ちゃんと寝室でね。
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