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第28話 宝物殿
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来いや!と言われて行かない人は居ない。
不本意な事でなければね。
お城に行く前の午前。
今日も仲良く手を繋ぎながら、カメノス邸へ。
ロロシュ邸ともかなり離れたご近所さんだが、先日の騒乱時にはこちらにも波及していた。
その謝罪を含めた打ち合わせを御本人と交す。
俺の所為じゃねえ!
ヘルメンが悪いんだとチクってやろうか。まぁいいや。
質問されたらバラす。
案内人の可愛いお尻に付き従い…抓らないで我が妻よ。
通されたのは、以前にも使った離れ地下会議室。
無駄に広いんですけど…。
カメノスが護衛を付けずに単独でやって来た。
「お久し振りです、カメノスさん。今日はお一人ですか」
「ご無沙汰してます」
「我が家で君らに会うのに何が要るのだ?
今、国一番の有名人になりつつある夫婦に。
てっきり忘れられているのかと涙したぞ。
卿の家ばかりに入り浸りおって」
「すんません。重要な連絡はモーラス経由で済ませてしまって。シュルツの件ではロロシュさんも、とても感謝してましたよ。直接伝えられなくて済まぬと言ってました」
「御仁も王の次位に忙しい身。それは受け取る。
愚痴を言っても始まらん。先に報告を済ませよう」
呼び鈴を鳴らすカメノス。
暫くすると書類の束を持った秘書官が入室し、彼に手渡すと一礼して直ぐに出て行った。
その終始無言の対応が、書類の中身の重要性を物語っていた。
運ばれた紅茶を一口啜った彼は。
「少々フィーネ嬢には厳しい話も含む。いいな?」
「構いません」
即答で返していた。
カメノスは頷くと、書類を読み上げながら調査内容を語り始めた。
概ねスターレンの予測通り、マッハリア王都ラザーリアでは人身売買が横行していた。
その主は奴隷層から買い取られた人々と、極刑間近の重犯罪者。
多くは何かしらの物、恐らく魔物の肉体の一部を植え付けられた人々を成り果てる。
野良犬猫等の小動物も、実験の対象だと推測。
命令に従わない失敗作は、容赦無く処分され、その他の病死者に紛れさせ焼却処分。
送り込んだ密偵も半数以上が殺されるか、実験動物にされ情報が表に拡散する事はない。
ラザーリアには恐ろしく頭が切れる者が居ると目され、そいつがフレゼリカ直系の裏役として動いている。
俺が会ってない誰か…。
晩餐会に向け同行して来るかは不明。
ラザーリアの地下で何が行われているかは掴めていない。
但し、カメノス商団から輸送された出荷物の多くは、最後には城へ行き着いた。
臨床実験が何処まで進んでいるのかは侵入出来ず、情報も得られなかった。
「詰まる所、私の商品がどう使われているのかは解らなかった、と言う結果だ。もう少し時間があれば、とも思うが余計な死人を増やすだけだ」
「手を退いて大丈夫です。恐らくそいつは遠征には同行してません。フレゼリカ亡き後の大切な代員ですから。
それより、出荷量の調整はどうなりました?」
「そちらは面白い位に食い付いたな。多少品質が落ちてもいいから量を何とかしろと言って来た。
我が商団の名に傷が付くからと突き返したら、困る困ると書が何十と届いた。見てみるか」
「後で是非。文章には個性が出ます。記憶している文体が該当するか確かめたい」
小さく唸り、カメノスは続けた。
歯科医院の開業。
歯磨き剤からの派生事業。全くの新規である為、本格稼働はもう暫く先になる。
身内の虫歯患者で試している。
先日、コマネの影武者が治せと飛び込んで来て大騒ぎになった。
「何かすんません。あいつに行けって言ったの俺です」
「そんな事だろうと思った。これを知っているのは、外部では君とモーラスだけだからな」
麻酔の開発。
魔人への対抗手段としての役割が強い。
大元は麻痺の猛毒。調合と臨床実験を重ねれば、将来の医療への応用が可能。
「奴隷の人たちは使ってませんよね?」
フィーネはカメノスを睨む。
「タイラントを他国と一緒にするな。実験に使っているのは襲撃時に捕えた者と、極刑を与えられた重犯罪者だけだ。胸を張っては言えんがな…」
結局、人体実験には変わりないからな。
「いいです。正義感だけで通せる話じゃないこと位は承知してますから」
「理解が早くて助かる。救いとしては、麻酔での死者はまだ居ない」
麻酔の派生、自白剤の開発。
毒性危険度が高く、成功したのは先日に拾ってきた刺客に投与した一例のみ。
「我が娘とモーラスが開発を進めているが、普通の人間で実用に耐えうるかは甚だ疑問だ。薬殺してしまった死体の前で薄ら笑う二人を見て寒気を覚えた」
「たまたま毒耐性を持っていたんだと思います。恐らく魔人の一種。その死体はどうしました?」
「復活されても困るのでな。燃やして骨まで砕いた」
「賢明です。開発を進めるかはお任せですが、多分死体が増えるだけだと思います」
「ある程度知見が取れたら中止させる。調合済の試薬は廃棄しない。娘が怒るのでな。
軍事転用されそうになったら考える」
麻酔の派生、強化剤の開発。
「全く絶望的だ。何を使えばいいのか見当も付かん。
今は只の猛毒だ。飲用して元気になる薬は多く出回っているが、直接注射で体内に入れようとすると難しい。
即死する。自白剤よりも難解な代物だ」
臨床に使える被検体が少ないのと、暴走させる危険性が在るから、か。
小動物を使うにしろ、倫理の範疇を逸脱している。
この世界の人類にはまだ早過ぎるのかも知れない。
「二つは事実上の凍結だが、娘とモーラスは諦めてはおらん様子。あれに関しては二人が主導。娘とも機会を設けて会ってみろ。我が子ながら、相当な変わり者だ」
「それは楽しみですね。今度是非」
「報告は以上だ。どうだ、昼食でも食って行け。
君が求める味かどうかは解らんが、とても珍しい味になった。真逆大豆からあんな物を作れるとはな。
流石は昨日、品評会で最優を取っただけはある。君は何時も私の知らない事を話す。
体良く言えば、嫉妬だな」
全然良くねーよ。
でも遂にあれに再会出来るのかぁ。
「フィーネ、昼食に預かろう。楽しみぃ~」
「何なの?それは」
「俺の想像通りなら、凄く美味しい物だよ」
大豆、小麦、塩、水、麹の代わりになる何か。
そうです、醤油です。
透明な瓶に入れられたそれは。
色は白出汁の如く薄い茶褐色。
味は若干溜り寄り。
鼻に抜ける風味は良し。
麹に該当する物を見付け、この短期間でここまで持って来たカメノス氏の執念に脱帽。
「いいですね!とても近いです!
これを3ヶ月、半年と一定温度内で熟成させ続ければ、より完璧です!!」
「そうか。この路線でいいのだな」
「これの原型となる物から水を差し引いて、1年位熟成させれば、味噌が出来ます!」
「ミソ?ミソかね!良いな、その言葉の響き」
「そうでしょう、そうでしょう!」
瓶を前に手を取り合って燥ぐ、俺とカメノス氏をかなり冷めた目でじっとり見守るフィーネ。
「早く頂きましょうよぉ。お腹空いたー」
冷静に冷静に。嫁を怒らせてはいけないぞ。
頂いたのは素うどんと、挽肉野菜餡を練った小麦で包んで醤油で焼いたお焼き。
「素晴らしい!カメノスさんの食材選択センスがいい!
この味に見合う食材を、何も言われずに選んでしまうそのセンスがとてもいい!!」
「そ、そうか。そんなにか。作らせたのは私だが、選んだのは娘だ」
「研究工房に居る娘さんですか!
さっきは今度、なんて言いましたが、今直ぐ会いたい。
彼女が欲しい!!立ち塞がるモーラスを蹴散らしてッ」
後頭部に加わる衝撃。我が意識を一瞬飛ばすだけの結構な塩梅。お見事。
「堂々と浮気宣言すんな!」
「あぁすまない、愛しき妻よ。だが言い訳も聞かずに後頭部を殴るのは良くないよ。欲しい、と言ったのはね。
その娘さんの案だよ。ホントだよ。ただ意見交換したかっただけなんだよ」
「解ったから!早く食べましょ。折角のおうどん?が伸びちゃう。その人とはまた今度。一人で行ったら、今度は後遺症残る位に殴るから」
バイオレンスだ。1人で女性に会うだけで、俺は毎回死に目を見るのだろうか。
ちょっぴり危険な美味しいお昼を終え、ルンルンとお城へ向かう。
南門前。
「ヘルメン王陛下にお呼ばれしました。元気一杯スターレンです!宜しくお願いします」
「その妻のフィーネです」
何処かで見掛けた門番さんがポリポリと頬を掻く。
「城勤めの兵に、お二人を知らぬ者は居りません。
ですが…その。毎回のように御夫人と手を繋ぎ合い、ピクニック感覚で来られては…。ハァ…。
案内を呼びますので、暫くお待ちを。
あ、検問は無しでと布令が出ていますので、そのまま待機をお願いします」
ヘルメンも随分と態度を軟化させたもんだ。
城へ入り易くなっても、そうそう用事も無いのだが。
信用させておいて、突然後ろからとか…。
まぁ信じてやりますかな。
ライラではない案内役の兵士2人に連れられ、正面から王城へ。
今度こそ謁見の間だ!
今回も後宮でした…。なんか、俺に見せたくない物でも置いてあんのかよ。
通されたのは先日の会議室の隣、ご家族団欒で過ごすプライベートルーム。
ヘルメンとミラン様しか居ない。
しかし、丁度お食事中で控え室へ逆戻り。
暫くフィーネとイチャついて待つ事10数分。
食後のティータイム中に再入室。
「意外に早かったな。そこに座れ」
二人に一礼をして下席に座った。
「午前の打ち合わせが早く終わりまして。時期が悪ければ庭園でも眺めさせて頂こうかと。少々早めに来させて頂きました」
「まぁ。庭にご興味が在りまして?
あそこは私自ら監修しておりますの。宜しければ後程案内しましょう」
「勿体なきお言葉。痛み要ります。ミラン様のご都合が宜しければ是非とも」
ヘルメンが軽く咳払い。
「宝物庫はここの裏手から行ける場所に在る。行くのは余とそちとフィーネ姫だけだ。良いなら早速」
「あ、ノイツェ殿が同伴を強く希望していましたが」
「…今は無理だ。後に訳は話す。
だがあやつも道具に精通する男。欲に駆られて貰っては困る。どの道連れては行けぬな」
「そうでしたか。駄目だったとだけ伝えます」
「そうしてくれ」
ヘルメンの後ろにトレイン。
「護衛の方は」
「それも先の話に通ずる。君なら一目見れば解るだろうがな」
色々含みがあるな。
後宮裏口から少し離れた地下道を潜り、再び地上に上がった所に宝物殿の入口が在った。
壁に囲まれた遮蔽空間。
縦2.5、横2程度の大扉。その脇に掌サイズの半透明の水晶石が、突き出し棚に囲われていた。
その水晶にヘルメンが手を置いた。
水晶が一瞬光ったと思えば、扉の側からガチリと解錠音が聞こえた。
「ほぉ、生体認証ですか?」
「鋭いな。やはり見抜かれたか」
「生体認証?」
「触れた人の個体を自動で識別する優れ物さ。これなら王陛下以外の人間では入室も出来ない。
その水晶で人体それぞれの血管を認識して。後は魔力も個性を持っているから」
「もうよい!解っていても口にしてくれるな。それは王族のみで口伝される仕組み。鍵はこれだけではない」
ダブルロックか。何処だろ。
「あー。それで私を玉座の間に入れないんですね。凄く納得しました。鍵は…」
「頼む、止めろ!!それ以上は喋るな!」
「閉口します」
重たい金属扉を押し開き、扉を越えた先。
「おぉ…」
「うわぁ。目がチカチカする」
広い。床面凡そ100畳。天井高約3m。
部屋の全面が黄金。よく目を凝らすと、金の中に毛細血管のように無数の筋が走っていた。
金閣銀閣の天守ノ間を重ねたような色合。
銀の筋はプラチナだろうか。
入室と同時に輝いた魔石ランプの光が反射して、結構眩しく感じる。
「出入り口の扉で中に入れる人数に制限を掛けている。
変更するのに手間が掛かるのでな。今は三人だけに設定してある」
セキュリティー条件はヘルメンしか触れない。
ダブルロックといい、厳重だなぁ。
フルメタル鎧、長剣、長槍、戦斧、短剣、バックラー
サークレット、ピアス、フルフェイスマスク、大盾
リュック型鞄、黒革のライダースーツ、茶革のジャケット
白革のグローブ、折畳みテント、携行トイレ…
外嚢、フード付きマント、魔石ランタン、水筒
魔石コンロ、手鏡
ゴーグル、リング、ブレスレット、ネックレス
ペンダント、ブローチ、ガントレット、アームレット
フットプレート
その他色々。
一部、闘技場でアーネセルが着用していた武具もあった。
「あ、あれ。こないだの装備品だ。あれ危なかったんですよ陛下。もう少しで騎士団長を殺す所でした」
「そ、それに普段着とそのマスクだけで対応してしまえた其方も、充分に異常だと思うのだがな」
「夫が怪我でもしていれば。遠慮無く、貴方様の首が飛ばせたのですがね」
王様に正面から喧嘩売らないで。
「この目で其方の力を見てしまった以上。最早余では何も出来ぬ。これ以上の邪魔立てはしない。だからこそここへ招いたのだ。これで謝罪として受け取って欲しい。
そこのゴーグルで各詳細が見える。君の鑑定眼を合わせれば、余では見えない物も見えよう。
ノイツェに渡した玩具とは比べ物にならん。
視界右上に魔力量が示される。枯渇に注意しろ」
「もしもの場合は私が背負って帰りますのでご心配なく」
「注意するよ。では、拝見させて頂きます」
ゴーグルを手に取る。
名前:看破の双眼(古代兵器)
特徴:意識した対象物の素性が丸裸
透視をしようとすると一定時間暗黒状態に陥る
覗き防止機能が添付されてる。作成者は女性だな…。
ヘルメンの言う通り、装着すると右上に残魔力が数値化されVR状態になっている。注視しながら使おう。
真っ先に手にしたのは、一番気になったリュックサック。
シッパー式ではない。開口部は紐で結ぶタイプ。
外掛けは銀釦で止められる。これなら普段使いでも魔道具であることはバレない。
上位の鑑定眼の前ではどうしようもない。
名前:氷山嶺の背負い鞄(古代兵器)
特徴:収納量✕装着者最大魔力値/十✕二倍
収納側の使用権限:鞄主導
自動承認機能搭載
高耐火、高耐冷、防水機能標準添付
物理耐性にも優れるが、破壊時に全排出
「やはりそれか。その鞄が使用者を決める。余の一族では承認されなかった。使えるなら持って行け。中身に何が入っているのかは不明だ。掘り出し物が入っているやも知れぬな」
両腕を通して、背負ってみた。
そして脳裏に浮かぶ、内容物の数々。
「おー。使えますね。収納量もポーチの上位互換。内容物は…。金銀、白金の延べ棒。宝石の原石が幾つか。何やらの魔石。………それ位ですね」
「スタン。嘘はダメ。後で返せって言われちゃうよ」
なぜ言ってしまうんだ妻よ。
「嘘を吐くな!」
「済みません。後は、武具が数点。詳細は出してみないと見えませんね。お出ししますか?」
「いや…いい。見ると欲しくなるだけだ。それは無かった物とする」
太っ腹。それでは続けて。
「そこの黒革の繋ぎと茶革の上着。ガントレット。
テントと携行トイレ、水筒、魔石コンロ、ランタン、
外嚢、マントが欲しいです。駄目な物は在りますか?」
スーツとジェケットとガントレット以外はそれぞれ複数点在る。1つ位貰ってもいいだろうと判断した。
「グ---。ム---。う---」
物凄い顔で悩んでいる。
ヘルメンが決意するまで数分掛かった。
その間はゴーグルを外して一休み。
「よ、よし!それら全て持っていけい!
武具類と装飾具は要らんのだな」
「鞄の中身だけで結構です。バザーでも出物があるかも知れませんし。何より、今後国防で必要になる事もありますでしょう。その時何もないと、恨まれそうで」
「一応は気を遣ったのだな!なんだ、礼が欲しいか!
一国の王が平伏する様が見たいのか!」
王様が壊れちゃった。
「嫌ならお返ししますよ」
呼吸も荒く、情緒不安定。
上下する背中を摩ってやると徐々に回復した。
「す、すまんな…。もうよい。少し取り乱した。
身を切る思いとはこのことか…」
そこまでかよ。
「持って行くがよい」
この一言が出るまで更に数分を要した。
ゴーグルは正直欲しかったが、鑑定出来る物が無いと後々困るだろうと部屋に残した。
今後のバザーや闇市に期待する。
透視の眼鏡があったりして…。
「お止めなさい!!」
そ、そんな怒るなよ、ロイドちゃん。
ほんの男の子の興味本位だってば。
「…」
ロイドさんは外出してしまったようだ。
真面目にやろう。
後宮のヘルメンの私室まで戻り、出された紅茶で一服。
席に居るのは3人だけ。
「一つ。どうしても腑に落ちぬ点が在る。
答えてくれぬか、スターレン殿」
「その内容にも依りますが」
「先日に破壊した魔導鏡の事だ。
あれには九十九の魂が内包され、アンネの魂が防壁となっていたとそちは言った。
確かに、闘技場で起きた事実を見ればそうなのだろう。
しかし、どうしても時期が合わぬ」
先に入っていたアンネさんが、どうして防壁に成り得たのかの質問だ。
「妄想のレベルでのお話でも、構いませんか?」
「それでいい」
「今から約5年前。アンネ様が野盗の襲撃に遭い、害された後、鏡に吸収されました。
今から約1年前には、妻の故郷である、西方アッテンハイム内に在る辺境の村が、女神教の暗部と思われる集団に襲われ、そこでも鏡の吸収が行われました。
アンネ様含め、その他の方も鏡の中では休眠状態に在ったと思われます。
まだ使えると、陛下から貸し出された鏡で暗部が行使したと言う構図です。
妻の故郷は失われた召喚士が多く集まる村でした。
暗部が欲したのは、治癒魔法の力とその魂。
襲撃の果て村人の多くが吸魂されてしまった。それが丁度99人。真に奇跡の数字です。
暗部は最後の一人を探します。けれど最後のフィーネは村を逃げ去った。
ここで、鏡内で暗部が予想もしなかった事が起きます。
吸収された村人たちで、この世に深い未練を残し、尚且つ一番強い輝きを放つアンネ様を覚醒させたのです。
真実は最早誰にも解りませんが、それが私の想像し得る物語です」
「辻褄は合う…な。しかし、暗部の奴らめは、最後に何を願おうとしたのか」
「それは至極簡単です」
「…」
「なんだと」
「簡単な極論です。女神ペリニャート様は時を司る神だったとの逸話は有名。その御力自体は時と世代の経過と共に消えたようですが。
もう一つの力。治癒魔法の力は直系子孫にだけ受け継がれました。それを秘匿する女神教が、真に願う事と言えばたった1つ」
「女神様の…復活…」
「それ以外に無いと断言出来ます。しかし実に愚か。
在りもしない願望器に踊らされ、叶いもしない願いを願うのですから」
「叶わぬと、どうして言い切れる」
「考えてもみて下さい。女神様御本人は千年以上前に亡くなられています。その器足る肉体が、この世界の何処に残っていると言うのでしょうか。
他人の肉体にでも降ろすのでしょうか。そんな事では良くてアンデッド。死霊の類に成り果てるだけです。
この世界を見守る女神様が、そんな事を望む筈はありませんよ。私なら、激怒しますね。
女神様の怒りに触れるのでさえ望む狂信者なら、或は一理は在ります。
その代わり、世界は破滅するでしょう。
巻き込まれる私たちはいい迷惑です。
アンネ様は知らずと、世界を救ったとも言えますね」
「…よく、解った。今日はこれからどうする」
「これ以上、陛下のお時間を奪う訳には参りません。
ミラン様のお庭も拝見したかったのですが、料理番の方と晩餐会に向けた打ち合わせをせねばいけません故。
退席とさせて頂きたく思います」
「そうか。晩餐会の品目はこちらでも増やす。何事もなくば会で会おう。招待状は、そちだけにした方が良いのだろうな」
「その様に。妻の素性がフレゼリカの耳に入れば、新たな騒乱が生まれます。マッハリアとの戦争に勝てる、とお思いなら止めはしませんが。
そこに私たちは居ないものとお考え下さい」
「うむ。充分な配慮をしよう」
「それでは」
席を立ち、一礼を預けて俺たちは部屋を出た。
---------------
一人切りの私室。
スターレンとの会話を思い出す。
全てに於いて符号する。
何一つ間違いはない。
父、先代国王を謀略に掛け、マッハリアの領土内で抹殺したのはこの私だ。
スターレンはその事実を知らない。
知らない事は話せない。至極真っ当な道理。
ヘルメンは思う。
どうして、スターレンは我が子に産まれてくれなかったのかと。
奇しくも彼は父ラフタルと同じ言葉を口にした。
「民を守れ」と。
彼は暗に示す。未だ、間に合うのだと。
王は奮い立つ。嘗て無い程の興奮を覚え。
全てを妻に伝えよう。己が重ねた過ちを。
そしてヘルメンは妻の名を大声で呼んだ。
不本意な事でなければね。
お城に行く前の午前。
今日も仲良く手を繋ぎながら、カメノス邸へ。
ロロシュ邸ともかなり離れたご近所さんだが、先日の騒乱時にはこちらにも波及していた。
その謝罪を含めた打ち合わせを御本人と交す。
俺の所為じゃねえ!
ヘルメンが悪いんだとチクってやろうか。まぁいいや。
質問されたらバラす。
案内人の可愛いお尻に付き従い…抓らないで我が妻よ。
通されたのは、以前にも使った離れ地下会議室。
無駄に広いんですけど…。
カメノスが護衛を付けずに単独でやって来た。
「お久し振りです、カメノスさん。今日はお一人ですか」
「ご無沙汰してます」
「我が家で君らに会うのに何が要るのだ?
今、国一番の有名人になりつつある夫婦に。
てっきり忘れられているのかと涙したぞ。
卿の家ばかりに入り浸りおって」
「すんません。重要な連絡はモーラス経由で済ませてしまって。シュルツの件ではロロシュさんも、とても感謝してましたよ。直接伝えられなくて済まぬと言ってました」
「御仁も王の次位に忙しい身。それは受け取る。
愚痴を言っても始まらん。先に報告を済ませよう」
呼び鈴を鳴らすカメノス。
暫くすると書類の束を持った秘書官が入室し、彼に手渡すと一礼して直ぐに出て行った。
その終始無言の対応が、書類の中身の重要性を物語っていた。
運ばれた紅茶を一口啜った彼は。
「少々フィーネ嬢には厳しい話も含む。いいな?」
「構いません」
即答で返していた。
カメノスは頷くと、書類を読み上げながら調査内容を語り始めた。
概ねスターレンの予測通り、マッハリア王都ラザーリアでは人身売買が横行していた。
その主は奴隷層から買い取られた人々と、極刑間近の重犯罪者。
多くは何かしらの物、恐らく魔物の肉体の一部を植え付けられた人々を成り果てる。
野良犬猫等の小動物も、実験の対象だと推測。
命令に従わない失敗作は、容赦無く処分され、その他の病死者に紛れさせ焼却処分。
送り込んだ密偵も半数以上が殺されるか、実験動物にされ情報が表に拡散する事はない。
ラザーリアには恐ろしく頭が切れる者が居ると目され、そいつがフレゼリカ直系の裏役として動いている。
俺が会ってない誰か…。
晩餐会に向け同行して来るかは不明。
ラザーリアの地下で何が行われているかは掴めていない。
但し、カメノス商団から輸送された出荷物の多くは、最後には城へ行き着いた。
臨床実験が何処まで進んでいるのかは侵入出来ず、情報も得られなかった。
「詰まる所、私の商品がどう使われているのかは解らなかった、と言う結果だ。もう少し時間があれば、とも思うが余計な死人を増やすだけだ」
「手を退いて大丈夫です。恐らくそいつは遠征には同行してません。フレゼリカ亡き後の大切な代員ですから。
それより、出荷量の調整はどうなりました?」
「そちらは面白い位に食い付いたな。多少品質が落ちてもいいから量を何とかしろと言って来た。
我が商団の名に傷が付くからと突き返したら、困る困ると書が何十と届いた。見てみるか」
「後で是非。文章には個性が出ます。記憶している文体が該当するか確かめたい」
小さく唸り、カメノスは続けた。
歯科医院の開業。
歯磨き剤からの派生事業。全くの新規である為、本格稼働はもう暫く先になる。
身内の虫歯患者で試している。
先日、コマネの影武者が治せと飛び込んで来て大騒ぎになった。
「何かすんません。あいつに行けって言ったの俺です」
「そんな事だろうと思った。これを知っているのは、外部では君とモーラスだけだからな」
麻酔の開発。
魔人への対抗手段としての役割が強い。
大元は麻痺の猛毒。調合と臨床実験を重ねれば、将来の医療への応用が可能。
「奴隷の人たちは使ってませんよね?」
フィーネはカメノスを睨む。
「タイラントを他国と一緒にするな。実験に使っているのは襲撃時に捕えた者と、極刑を与えられた重犯罪者だけだ。胸を張っては言えんがな…」
結局、人体実験には変わりないからな。
「いいです。正義感だけで通せる話じゃないこと位は承知してますから」
「理解が早くて助かる。救いとしては、麻酔での死者はまだ居ない」
麻酔の派生、自白剤の開発。
毒性危険度が高く、成功したのは先日に拾ってきた刺客に投与した一例のみ。
「我が娘とモーラスが開発を進めているが、普通の人間で実用に耐えうるかは甚だ疑問だ。薬殺してしまった死体の前で薄ら笑う二人を見て寒気を覚えた」
「たまたま毒耐性を持っていたんだと思います。恐らく魔人の一種。その死体はどうしました?」
「復活されても困るのでな。燃やして骨まで砕いた」
「賢明です。開発を進めるかはお任せですが、多分死体が増えるだけだと思います」
「ある程度知見が取れたら中止させる。調合済の試薬は廃棄しない。娘が怒るのでな。
軍事転用されそうになったら考える」
麻酔の派生、強化剤の開発。
「全く絶望的だ。何を使えばいいのか見当も付かん。
今は只の猛毒だ。飲用して元気になる薬は多く出回っているが、直接注射で体内に入れようとすると難しい。
即死する。自白剤よりも難解な代物だ」
臨床に使える被検体が少ないのと、暴走させる危険性が在るから、か。
小動物を使うにしろ、倫理の範疇を逸脱している。
この世界の人類にはまだ早過ぎるのかも知れない。
「二つは事実上の凍結だが、娘とモーラスは諦めてはおらん様子。あれに関しては二人が主導。娘とも機会を設けて会ってみろ。我が子ながら、相当な変わり者だ」
「それは楽しみですね。今度是非」
「報告は以上だ。どうだ、昼食でも食って行け。
君が求める味かどうかは解らんが、とても珍しい味になった。真逆大豆からあんな物を作れるとはな。
流石は昨日、品評会で最優を取っただけはある。君は何時も私の知らない事を話す。
体良く言えば、嫉妬だな」
全然良くねーよ。
でも遂にあれに再会出来るのかぁ。
「フィーネ、昼食に預かろう。楽しみぃ~」
「何なの?それは」
「俺の想像通りなら、凄く美味しい物だよ」
大豆、小麦、塩、水、麹の代わりになる何か。
そうです、醤油です。
透明な瓶に入れられたそれは。
色は白出汁の如く薄い茶褐色。
味は若干溜り寄り。
鼻に抜ける風味は良し。
麹に該当する物を見付け、この短期間でここまで持って来たカメノス氏の執念に脱帽。
「いいですね!とても近いです!
これを3ヶ月、半年と一定温度内で熟成させ続ければ、より完璧です!!」
「そうか。この路線でいいのだな」
「これの原型となる物から水を差し引いて、1年位熟成させれば、味噌が出来ます!」
「ミソ?ミソかね!良いな、その言葉の響き」
「そうでしょう、そうでしょう!」
瓶を前に手を取り合って燥ぐ、俺とカメノス氏をかなり冷めた目でじっとり見守るフィーネ。
「早く頂きましょうよぉ。お腹空いたー」
冷静に冷静に。嫁を怒らせてはいけないぞ。
頂いたのは素うどんと、挽肉野菜餡を練った小麦で包んで醤油で焼いたお焼き。
「素晴らしい!カメノスさんの食材選択センスがいい!
この味に見合う食材を、何も言われずに選んでしまうそのセンスがとてもいい!!」
「そ、そうか。そんなにか。作らせたのは私だが、選んだのは娘だ」
「研究工房に居る娘さんですか!
さっきは今度、なんて言いましたが、今直ぐ会いたい。
彼女が欲しい!!立ち塞がるモーラスを蹴散らしてッ」
後頭部に加わる衝撃。我が意識を一瞬飛ばすだけの結構な塩梅。お見事。
「堂々と浮気宣言すんな!」
「あぁすまない、愛しき妻よ。だが言い訳も聞かずに後頭部を殴るのは良くないよ。欲しい、と言ったのはね。
その娘さんの案だよ。ホントだよ。ただ意見交換したかっただけなんだよ」
「解ったから!早く食べましょ。折角のおうどん?が伸びちゃう。その人とはまた今度。一人で行ったら、今度は後遺症残る位に殴るから」
バイオレンスだ。1人で女性に会うだけで、俺は毎回死に目を見るのだろうか。
ちょっぴり危険な美味しいお昼を終え、ルンルンとお城へ向かう。
南門前。
「ヘルメン王陛下にお呼ばれしました。元気一杯スターレンです!宜しくお願いします」
「その妻のフィーネです」
何処かで見掛けた門番さんがポリポリと頬を掻く。
「城勤めの兵に、お二人を知らぬ者は居りません。
ですが…その。毎回のように御夫人と手を繋ぎ合い、ピクニック感覚で来られては…。ハァ…。
案内を呼びますので、暫くお待ちを。
あ、検問は無しでと布令が出ていますので、そのまま待機をお願いします」
ヘルメンも随分と態度を軟化させたもんだ。
城へ入り易くなっても、そうそう用事も無いのだが。
信用させておいて、突然後ろからとか…。
まぁ信じてやりますかな。
ライラではない案内役の兵士2人に連れられ、正面から王城へ。
今度こそ謁見の間だ!
今回も後宮でした…。なんか、俺に見せたくない物でも置いてあんのかよ。
通されたのは先日の会議室の隣、ご家族団欒で過ごすプライベートルーム。
ヘルメンとミラン様しか居ない。
しかし、丁度お食事中で控え室へ逆戻り。
暫くフィーネとイチャついて待つ事10数分。
食後のティータイム中に再入室。
「意外に早かったな。そこに座れ」
二人に一礼をして下席に座った。
「午前の打ち合わせが早く終わりまして。時期が悪ければ庭園でも眺めさせて頂こうかと。少々早めに来させて頂きました」
「まぁ。庭にご興味が在りまして?
あそこは私自ら監修しておりますの。宜しければ後程案内しましょう」
「勿体なきお言葉。痛み要ります。ミラン様のご都合が宜しければ是非とも」
ヘルメンが軽く咳払い。
「宝物庫はここの裏手から行ける場所に在る。行くのは余とそちとフィーネ姫だけだ。良いなら早速」
「あ、ノイツェ殿が同伴を強く希望していましたが」
「…今は無理だ。後に訳は話す。
だがあやつも道具に精通する男。欲に駆られて貰っては困る。どの道連れては行けぬな」
「そうでしたか。駄目だったとだけ伝えます」
「そうしてくれ」
ヘルメンの後ろにトレイン。
「護衛の方は」
「それも先の話に通ずる。君なら一目見れば解るだろうがな」
色々含みがあるな。
後宮裏口から少し離れた地下道を潜り、再び地上に上がった所に宝物殿の入口が在った。
壁に囲まれた遮蔽空間。
縦2.5、横2程度の大扉。その脇に掌サイズの半透明の水晶石が、突き出し棚に囲われていた。
その水晶にヘルメンが手を置いた。
水晶が一瞬光ったと思えば、扉の側からガチリと解錠音が聞こえた。
「ほぉ、生体認証ですか?」
「鋭いな。やはり見抜かれたか」
「生体認証?」
「触れた人の個体を自動で識別する優れ物さ。これなら王陛下以外の人間では入室も出来ない。
その水晶で人体それぞれの血管を認識して。後は魔力も個性を持っているから」
「もうよい!解っていても口にしてくれるな。それは王族のみで口伝される仕組み。鍵はこれだけではない」
ダブルロックか。何処だろ。
「あー。それで私を玉座の間に入れないんですね。凄く納得しました。鍵は…」
「頼む、止めろ!!それ以上は喋るな!」
「閉口します」
重たい金属扉を押し開き、扉を越えた先。
「おぉ…」
「うわぁ。目がチカチカする」
広い。床面凡そ100畳。天井高約3m。
部屋の全面が黄金。よく目を凝らすと、金の中に毛細血管のように無数の筋が走っていた。
金閣銀閣の天守ノ間を重ねたような色合。
銀の筋はプラチナだろうか。
入室と同時に輝いた魔石ランプの光が反射して、結構眩しく感じる。
「出入り口の扉で中に入れる人数に制限を掛けている。
変更するのに手間が掛かるのでな。今は三人だけに設定してある」
セキュリティー条件はヘルメンしか触れない。
ダブルロックといい、厳重だなぁ。
フルメタル鎧、長剣、長槍、戦斧、短剣、バックラー
サークレット、ピアス、フルフェイスマスク、大盾
リュック型鞄、黒革のライダースーツ、茶革のジャケット
白革のグローブ、折畳みテント、携行トイレ…
外嚢、フード付きマント、魔石ランタン、水筒
魔石コンロ、手鏡
ゴーグル、リング、ブレスレット、ネックレス
ペンダント、ブローチ、ガントレット、アームレット
フットプレート
その他色々。
一部、闘技場でアーネセルが着用していた武具もあった。
「あ、あれ。こないだの装備品だ。あれ危なかったんですよ陛下。もう少しで騎士団長を殺す所でした」
「そ、それに普段着とそのマスクだけで対応してしまえた其方も、充分に異常だと思うのだがな」
「夫が怪我でもしていれば。遠慮無く、貴方様の首が飛ばせたのですがね」
王様に正面から喧嘩売らないで。
「この目で其方の力を見てしまった以上。最早余では何も出来ぬ。これ以上の邪魔立てはしない。だからこそここへ招いたのだ。これで謝罪として受け取って欲しい。
そこのゴーグルで各詳細が見える。君の鑑定眼を合わせれば、余では見えない物も見えよう。
ノイツェに渡した玩具とは比べ物にならん。
視界右上に魔力量が示される。枯渇に注意しろ」
「もしもの場合は私が背負って帰りますのでご心配なく」
「注意するよ。では、拝見させて頂きます」
ゴーグルを手に取る。
名前:看破の双眼(古代兵器)
特徴:意識した対象物の素性が丸裸
透視をしようとすると一定時間暗黒状態に陥る
覗き防止機能が添付されてる。作成者は女性だな…。
ヘルメンの言う通り、装着すると右上に残魔力が数値化されVR状態になっている。注視しながら使おう。
真っ先に手にしたのは、一番気になったリュックサック。
シッパー式ではない。開口部は紐で結ぶタイプ。
外掛けは銀釦で止められる。これなら普段使いでも魔道具であることはバレない。
上位の鑑定眼の前ではどうしようもない。
名前:氷山嶺の背負い鞄(古代兵器)
特徴:収納量✕装着者最大魔力値/十✕二倍
収納側の使用権限:鞄主導
自動承認機能搭載
高耐火、高耐冷、防水機能標準添付
物理耐性にも優れるが、破壊時に全排出
「やはりそれか。その鞄が使用者を決める。余の一族では承認されなかった。使えるなら持って行け。中身に何が入っているのかは不明だ。掘り出し物が入っているやも知れぬな」
両腕を通して、背負ってみた。
そして脳裏に浮かぶ、内容物の数々。
「おー。使えますね。収納量もポーチの上位互換。内容物は…。金銀、白金の延べ棒。宝石の原石が幾つか。何やらの魔石。………それ位ですね」
「スタン。嘘はダメ。後で返せって言われちゃうよ」
なぜ言ってしまうんだ妻よ。
「嘘を吐くな!」
「済みません。後は、武具が数点。詳細は出してみないと見えませんね。お出ししますか?」
「いや…いい。見ると欲しくなるだけだ。それは無かった物とする」
太っ腹。それでは続けて。
「そこの黒革の繋ぎと茶革の上着。ガントレット。
テントと携行トイレ、水筒、魔石コンロ、ランタン、
外嚢、マントが欲しいです。駄目な物は在りますか?」
スーツとジェケットとガントレット以外はそれぞれ複数点在る。1つ位貰ってもいいだろうと判断した。
「グ---。ム---。う---」
物凄い顔で悩んでいる。
ヘルメンが決意するまで数分掛かった。
その間はゴーグルを外して一休み。
「よ、よし!それら全て持っていけい!
武具類と装飾具は要らんのだな」
「鞄の中身だけで結構です。バザーでも出物があるかも知れませんし。何より、今後国防で必要になる事もありますでしょう。その時何もないと、恨まれそうで」
「一応は気を遣ったのだな!なんだ、礼が欲しいか!
一国の王が平伏する様が見たいのか!」
王様が壊れちゃった。
「嫌ならお返ししますよ」
呼吸も荒く、情緒不安定。
上下する背中を摩ってやると徐々に回復した。
「す、すまんな…。もうよい。少し取り乱した。
身を切る思いとはこのことか…」
そこまでかよ。
「持って行くがよい」
この一言が出るまで更に数分を要した。
ゴーグルは正直欲しかったが、鑑定出来る物が無いと後々困るだろうと部屋に残した。
今後のバザーや闇市に期待する。
透視の眼鏡があったりして…。
「お止めなさい!!」
そ、そんな怒るなよ、ロイドちゃん。
ほんの男の子の興味本位だってば。
「…」
ロイドさんは外出してしまったようだ。
真面目にやろう。
後宮のヘルメンの私室まで戻り、出された紅茶で一服。
席に居るのは3人だけ。
「一つ。どうしても腑に落ちぬ点が在る。
答えてくれぬか、スターレン殿」
「その内容にも依りますが」
「先日に破壊した魔導鏡の事だ。
あれには九十九の魂が内包され、アンネの魂が防壁となっていたとそちは言った。
確かに、闘技場で起きた事実を見ればそうなのだろう。
しかし、どうしても時期が合わぬ」
先に入っていたアンネさんが、どうして防壁に成り得たのかの質問だ。
「妄想のレベルでのお話でも、構いませんか?」
「それでいい」
「今から約5年前。アンネ様が野盗の襲撃に遭い、害された後、鏡に吸収されました。
今から約1年前には、妻の故郷である、西方アッテンハイム内に在る辺境の村が、女神教の暗部と思われる集団に襲われ、そこでも鏡の吸収が行われました。
アンネ様含め、その他の方も鏡の中では休眠状態に在ったと思われます。
まだ使えると、陛下から貸し出された鏡で暗部が行使したと言う構図です。
妻の故郷は失われた召喚士が多く集まる村でした。
暗部が欲したのは、治癒魔法の力とその魂。
襲撃の果て村人の多くが吸魂されてしまった。それが丁度99人。真に奇跡の数字です。
暗部は最後の一人を探します。けれど最後のフィーネは村を逃げ去った。
ここで、鏡内で暗部が予想もしなかった事が起きます。
吸収された村人たちで、この世に深い未練を残し、尚且つ一番強い輝きを放つアンネ様を覚醒させたのです。
真実は最早誰にも解りませんが、それが私の想像し得る物語です」
「辻褄は合う…な。しかし、暗部の奴らめは、最後に何を願おうとしたのか」
「それは至極簡単です」
「…」
「なんだと」
「簡単な極論です。女神ペリニャート様は時を司る神だったとの逸話は有名。その御力自体は時と世代の経過と共に消えたようですが。
もう一つの力。治癒魔法の力は直系子孫にだけ受け継がれました。それを秘匿する女神教が、真に願う事と言えばたった1つ」
「女神様の…復活…」
「それ以外に無いと断言出来ます。しかし実に愚か。
在りもしない願望器に踊らされ、叶いもしない願いを願うのですから」
「叶わぬと、どうして言い切れる」
「考えてもみて下さい。女神様御本人は千年以上前に亡くなられています。その器足る肉体が、この世界の何処に残っていると言うのでしょうか。
他人の肉体にでも降ろすのでしょうか。そんな事では良くてアンデッド。死霊の類に成り果てるだけです。
この世界を見守る女神様が、そんな事を望む筈はありませんよ。私なら、激怒しますね。
女神様の怒りに触れるのでさえ望む狂信者なら、或は一理は在ります。
その代わり、世界は破滅するでしょう。
巻き込まれる私たちはいい迷惑です。
アンネ様は知らずと、世界を救ったとも言えますね」
「…よく、解った。今日はこれからどうする」
「これ以上、陛下のお時間を奪う訳には参りません。
ミラン様のお庭も拝見したかったのですが、料理番の方と晩餐会に向けた打ち合わせをせねばいけません故。
退席とさせて頂きたく思います」
「そうか。晩餐会の品目はこちらでも増やす。何事もなくば会で会おう。招待状は、そちだけにした方が良いのだろうな」
「その様に。妻の素性がフレゼリカの耳に入れば、新たな騒乱が生まれます。マッハリアとの戦争に勝てる、とお思いなら止めはしませんが。
そこに私たちは居ないものとお考え下さい」
「うむ。充分な配慮をしよう」
「それでは」
席を立ち、一礼を預けて俺たちは部屋を出た。
---------------
一人切りの私室。
スターレンとの会話を思い出す。
全てに於いて符号する。
何一つ間違いはない。
父、先代国王を謀略に掛け、マッハリアの領土内で抹殺したのはこの私だ。
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知らない事は話せない。至極真っ当な道理。
ヘルメンは思う。
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奇しくも彼は父ラフタルと同じ言葉を口にした。
「民を守れ」と。
彼は暗に示す。未だ、間に合うのだと。
王は奮い立つ。嘗て無い程の興奮を覚え。
全てを妻に伝えよう。己が重ねた過ちを。
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