上 下
29 / 303

第28話 宝物殿

しおりを挟む
来いや!と言われて行かない人は居ない。
不本意な事でなければね。

お城に行く前の午前。

今日も仲良く手を繋ぎながら、カメノス邸へ。

ロロシュ邸ともかなり離れたご近所さんだが、先日の騒乱時にはこちらにも波及していた。

その謝罪を含めた打ち合わせを御本人と交す。

俺の所為じゃねえ!
ヘルメンが悪いんだとチクってやろうか。まぁいいや。

質問されたらバラす。


案内人の可愛いお尻に付き従い…抓らないで我が妻よ。

通されたのは、以前にも使った離れ地下会議室。

無駄に広いんですけど…。


カメノスが護衛を付けずに単独でやって来た。

「お久し振りです、カメノスさん。今日はお一人ですか」
「ご無沙汰してます」

「我が家で君らに会うのに何が要るのだ?
今、国一番の有名人になりつつある夫婦に。

てっきり忘れられているのかと涙したぞ。
卿の家ばかりに入り浸りおって」

「すんません。重要な連絡はモーラス経由で済ませてしまって。シュルツの件ではロロシュさんも、とても感謝してましたよ。直接伝えられなくて済まぬと言ってました」

「御仁も王の次位に忙しい身。それは受け取る。
愚痴を言っても始まらん。先に報告を済ませよう」

呼び鈴を鳴らすカメノス。

暫くすると書類の束を持った秘書官が入室し、彼に手渡すと一礼して直ぐに出て行った。

その終始無言の対応が、書類の中身の重要性を物語っていた。

運ばれた紅茶を一口啜った彼は。
「少々フィーネ嬢には厳しい話も含む。いいな?」

「構いません」
即答で返していた。


カメノスは頷くと、書類を読み上げながら調査内容を語り始めた。


概ねスターレンの予測通り、マッハリア王都ラザーリアでは人身売買が横行していた。

その主は奴隷層から買い取られた人々と、極刑間近の重犯罪者。

多くは何かしらの物、恐らく魔物の肉体の一部を植え付けられた人々を成り果てる。

野良犬猫等の小動物も、実験の対象だと推測。

命令に従わない失敗作は、容赦無く処分され、その他の病死者に紛れさせ焼却処分。

送り込んだ密偵も半数以上が殺されるか、実験動物にされ情報が表に拡散する事はない。

ラザーリアには恐ろしく頭が切れる者が居ると目され、そいつがフレゼリカ直系の裏役として動いている。

俺が会ってない誰か…。

晩餐会に向け同行して来るかは不明。


ラザーリアの地下で何が行われているかは掴めていない。
但し、カメノス商団から輸送された出荷物の多くは、最後には城へ行き着いた。

臨床実験が何処まで進んでいるのかは侵入出来ず、情報も得られなかった。

「詰まる所、私の商品がどう使われているのかは解らなかった、と言う結果だ。もう少し時間があれば、とも思うが余計な死人を増やすだけだ」

「手を退いて大丈夫です。恐らくそいつは遠征には同行してません。フレゼリカ亡き後の大切な代員ですから。
それより、出荷量の調整はどうなりました?」

「そちらは面白い位に食い付いたな。多少品質が落ちてもいいから量を何とかしろと言って来た。
我が商団の名に傷が付くからと突き返したら、困る困ると書が何十と届いた。見てみるか」

「後で是非。文章には個性が出ます。記憶している文体が該当するか確かめたい」


小さく唸り、カメノスは続けた。

歯科医院の開業。

歯磨き剤からの派生事業。全くの新規である為、本格稼働はもう暫く先になる。

身内の虫歯患者で試している。

先日、コマネの影武者が治せと飛び込んで来て大騒ぎになった。

「何かすんません。あいつに行けって言ったの俺です」

「そんな事だろうと思った。これを知っているのは、外部では君とモーラスだけだからな」


麻酔の開発。

魔人への対抗手段としての役割が強い。

大元は麻痺の猛毒。調合と臨床実験を重ねれば、将来の医療への応用が可能。

「奴隷の人たちは使ってませんよね?」
フィーネはカメノスを睨む。

「タイラントを他国と一緒にするな。実験に使っているのは襲撃時に捕えた者と、極刑を与えられた重犯罪者だけだ。胸を張っては言えんがな…」

結局、人体実験には変わりないからな。

「いいです。正義感だけで通せる話じゃないこと位は承知してますから」

「理解が早くて助かる。救いとしては、麻酔での死者はまだ居ない」


麻酔の派生、自白剤の開発。

毒性危険度が高く、成功したのは先日に拾ってきた刺客に投与した一例のみ。

「我が娘とモーラスが開発を進めているが、普通の人間で実用に耐えうるかは甚だ疑問だ。薬殺してしまった死体の前で薄ら笑う二人を見て寒気を覚えた」

「たまたま毒耐性を持っていたんだと思います。恐らく魔人の一種。その死体はどうしました?」

「復活されても困るのでな。燃やして骨まで砕いた」

「賢明です。開発を進めるかはお任せですが、多分死体が増えるだけだと思います」

「ある程度知見が取れたら中止させる。調合済の試薬は廃棄しない。娘が怒るのでな。
軍事転用されそうになったら考える」


麻酔の派生、強化剤の開発。

「全く絶望的だ。何を使えばいいのか見当も付かん。
今は只の猛毒だ。飲用して元気になる薬は多く出回っているが、直接注射で体内に入れようとすると難しい。
即死する。自白剤よりも難解な代物だ」

臨床に使える被検体が少ないのと、暴走させる危険性が在るから、か。

小動物を使うにしろ、倫理の範疇を逸脱している。
この世界の人類にはまだ早過ぎるのかも知れない。


「二つは事実上の凍結だが、娘とモーラスは諦めてはおらん様子。あれに関しては二人が主導。娘とも機会を設けて会ってみろ。我が子ながら、相当な変わり者だ」

「それは楽しみですね。今度是非」


「報告は以上だ。どうだ、昼食でも食って行け。
君が求める味かどうかは解らんが、とても珍しい味になった。真逆大豆からあんな物を作れるとはな。

流石は昨日、品評会で最優を取っただけはある。君は何時も私の知らない事を話す。
体良く言えば、嫉妬だな」

全然良くねーよ。
でも遂にあれに再会出来るのかぁ。

「フィーネ、昼食に預かろう。楽しみぃ~」
「何なの?それは」

「俺の想像通りなら、凄く美味しい物だよ」


大豆、小麦、塩、水、麹の代わりになる何か。

そうです、醤油です。

透明な瓶に入れられたそれは。

色は白出汁の如く薄い茶褐色。
味は若干溜り寄り。
鼻に抜ける風味は良し。

麹に該当する物を見付け、この短期間でここまで持って来たカメノス氏の執念に脱帽。

「いいですね!とても近いです!
これを3ヶ月、半年と一定温度内で熟成させ続ければ、より完璧です!!」

「そうか。この路線でいいのだな」

「これの原型となる物から水を差し引いて、1年位熟成させれば、味噌が出来ます!」

「ミソ?ミソかね!良いな、その言葉の響き」

「そうでしょう、そうでしょう!」

瓶を前に手を取り合って燥ぐ、俺とカメノス氏をかなり冷めた目でじっとり見守るフィーネ。

「早く頂きましょうよぉ。お腹空いたー」


冷静に冷静に。嫁を怒らせてはいけないぞ。


頂いたのは素うどんと、挽肉野菜餡を練った小麦で包んで醤油で焼いたお焼き。

「素晴らしい!カメノスさんの食材選択センスがいい!
この味に見合う食材を、何も言われずに選んでしまうそのセンスがとてもいい!!」

「そ、そうか。そんなにか。作らせたのは私だが、選んだのは娘だ」

「研究工房に居る娘さんですか!
さっきは今度、なんて言いましたが、今直ぐ会いたい。
彼女が欲しい!!立ち塞がるモーラスを蹴散らしてッ」

後頭部に加わる衝撃。我が意識を一瞬飛ばすだけの結構な塩梅。お見事。

「堂々と浮気宣言すんな!」


「あぁすまない、愛しき妻よ。だが言い訳も聞かずに後頭部を殴るのは良くないよ。欲しい、と言ったのはね。
その娘さんの案だよ。ホントだよ。ただ意見交換したかっただけなんだよ」

「解ったから!早く食べましょ。折角のおうどん?が伸びちゃう。その人とはまた今度。一人で行ったら、今度は後遺症残る位に殴るから」

バイオレンスだ。1人で女性に会うだけで、俺は毎回死に目を見るのだろうか。



ちょっぴり危険な美味しいお昼を終え、ルンルンとお城へ向かう。

南門前。

「ヘルメン王陛下にお呼ばれしました。元気一杯スターレンです!宜しくお願いします」
「その妻のフィーネです」

何処かで見掛けた門番さんがポリポリと頬を掻く。

「城勤めの兵に、お二人を知らぬ者は居りません。
ですが…その。毎回のように御夫人と手を繋ぎ合い、ピクニック感覚で来られては…。ハァ…。
案内を呼びますので、暫くお待ちを。
あ、検問は無しでと布令が出ていますので、そのまま待機をお願いします」

ヘルメンも随分と態度を軟化させたもんだ。
城へ入り易くなっても、そうそう用事も無いのだが。

信用させておいて、突然後ろからとか…。
まぁ信じてやりますかな。



ライラではない案内役の兵士2人に連れられ、正面から王城へ。

今度こそ謁見の間だ!

今回も後宮でした…。なんか、俺に見せたくない物でも置いてあんのかよ。

通されたのは先日の会議室の隣、ご家族団欒で過ごすプライベートルーム。


ヘルメンとミラン様しか居ない。
しかし、丁度お食事中で控え室へ逆戻り。

暫くフィーネとイチャついて待つ事10数分。

食後のティータイム中に再入室。

「意外に早かったな。そこに座れ」

二人に一礼をして下席に座った。


「午前の打ち合わせが早く終わりまして。時期が悪ければ庭園でも眺めさせて頂こうかと。少々早めに来させて頂きました」

「まぁ。庭にご興味が在りまして?
あそこは私自ら監修しておりますの。宜しければ後程案内しましょう」

「勿体なきお言葉。痛み要ります。ミラン様のご都合が宜しければ是非とも」


ヘルメンが軽く咳払い。
「宝物庫はここの裏手から行ける場所に在る。行くのは余とそちとフィーネ姫だけだ。良いなら早速」

「あ、ノイツェ殿が同伴を強く希望していましたが」

「…今は無理だ。後に訳は話す。
だがあやつも道具に精通する男。欲に駆られて貰っては困る。どの道連れては行けぬな」

「そうでしたか。駄目だったとだけ伝えます」

「そうしてくれ」


ヘルメンの後ろにトレイン。
「護衛の方は」

「それも先の話に通ずる。君なら一目見れば解るだろうがな」

色々含みがあるな。

後宮裏口から少し離れた地下道を潜り、再び地上に上がった所に宝物殿の入口が在った。

壁に囲まれた遮蔽空間。

縦2.5、横2程度の大扉。その脇に掌サイズの半透明の水晶石が、突き出し棚に囲われていた。

その水晶にヘルメンが手を置いた。

水晶が一瞬光ったと思えば、扉の側からガチリと解錠音が聞こえた。

「ほぉ、生体認証ですか?」
「鋭いな。やはり見抜かれたか」

「生体認証?」
「触れた人の個体を自動で識別する優れ物さ。これなら王陛下以外の人間では入室も出来ない。
その水晶で人体それぞれの血管を認識して。後は魔力も個性を持っているから」

「もうよい!解っていても口にしてくれるな。それは王族のみで口伝される仕組み。鍵はこれだけではない」

ダブルロックか。何処だろ。

「あー。それで私を玉座の間に入れないんですね。凄く納得しました。鍵は…」

「頼む、止めろ!!それ以上は喋るな!」

「閉口します」


重たい金属扉を押し開き、扉を越えた先。

「おぉ…」
「うわぁ。目がチカチカする」

広い。床面凡そ100畳。天井高約3m。

部屋の全面が黄金。よく目を凝らすと、金の中に毛細血管のように無数の筋が走っていた。

金閣銀閣の天守ノ間を重ねたような色合。

銀の筋はプラチナだろうか。

入室と同時に輝いた魔石ランプの光が反射して、結構眩しく感じる。

「出入り口の扉で中に入れる人数に制限を掛けている。
変更するのに手間が掛かるのでな。今は三人だけに設定してある」

セキュリティー条件はヘルメンしか触れない。
ダブルロックといい、厳重だなぁ。


フルメタル鎧、長剣、長槍、戦斧、短剣、バックラー
サークレット、ピアス、フルフェイスマスク、大盾

リュック型鞄、黒革のライダースーツ、茶革のジャケット
白革のグローブ、折畳みテント、携行トイレ…
外嚢、フード付きマント、魔石ランタン、水筒
魔石コンロ、手鏡

ゴーグル、リング、ブレスレット、ネックレス
ペンダント、ブローチ、ガントレット、アームレット
フットプレート

その他色々。

一部、闘技場でアーネセルが着用していた武具もあった。
「あ、あれ。こないだの装備品だ。あれ危なかったんですよ陛下。もう少しで騎士団長を殺す所でした」

「そ、それに普段着とそのマスクだけで対応してしまえた其方も、充分に異常だと思うのだがな」

「夫が怪我でもしていれば。遠慮無く、貴方様の首が飛ばせたのですがね」

王様に正面から喧嘩売らないで。

「この目で其方の力を見てしまった以上。最早余では何も出来ぬ。これ以上の邪魔立てはしない。だからこそここへ招いたのだ。これで謝罪として受け取って欲しい。

そこのゴーグルで各詳細が見える。君の鑑定眼を合わせれば、余では見えない物も見えよう。
ノイツェに渡した玩具とは比べ物にならん。
視界右上に魔力量が示される。枯渇に注意しろ」

「もしもの場合は私が背負って帰りますのでご心配なく」

「注意するよ。では、拝見させて頂きます」

ゴーグルを手に取る。

名前:看破の双眼(古代兵器)
特徴:意識した対象物の素性が丸裸
   透視をしようとすると一定時間暗黒状態に陥る

覗き防止機能が添付されてる。作成者は女性だな…。

ヘルメンの言う通り、装着すると右上に残魔力が数値化されVR状態になっている。注視しながら使おう。


真っ先に手にしたのは、一番気になったリュックサック。

シッパー式ではない。開口部は紐で結ぶタイプ。
外掛けは銀釦で止められる。これなら普段使いでも魔道具であることはバレない。

上位の鑑定眼の前ではどうしようもない。

名前:氷山嶺の背負い鞄(古代兵器)
特徴:収納量✕装着者最大魔力値/十✕二倍
      収納側の使用権限:鞄主導
      自動承認機能搭載
      高耐火、高耐冷、防水機能標準添付
      物理耐性にも優れるが、破壊時に全排出

「やはりそれか。その鞄が使用者を決める。余の一族では承認されなかった。使えるなら持って行け。中身に何が入っているのかは不明だ。掘り出し物が入っているやも知れぬな」

両腕を通して、背負ってみた。
そして脳裏に浮かぶ、内容物の数々。

「おー。使えますね。収納量もポーチの上位互換。内容物は…。金銀、白金の延べ棒。宝石の原石が幾つか。何やらの魔石。………それ位ですね」

「スタン。嘘はダメ。後で返せって言われちゃうよ」
なぜ言ってしまうんだ妻よ。

「嘘を吐くな!」
「済みません。後は、武具が数点。詳細は出してみないと見えませんね。お出ししますか?」

「いや…いい。見ると欲しくなるだけだ。それは無かった物とする」

太っ腹。それでは続けて。

「そこの黒革の繋ぎと茶革の上着。ガントレット。
テントと携行トイレ、水筒、魔石コンロ、ランタン、
外嚢、マントが欲しいです。駄目な物は在りますか?」

スーツとジェケットとガントレット以外はそれぞれ複数点在る。1つ位貰ってもいいだろうと判断した。


「グ---。ム---。う---」
物凄い顔で悩んでいる。

ヘルメンが決意するまで数分掛かった。
その間はゴーグルを外して一休み。

「よ、よし!それら全て持っていけい!
武具類と装飾具は要らんのだな」

「鞄の中身だけで結構です。バザーでも出物があるかも知れませんし。何より、今後国防で必要になる事もありますでしょう。その時何もないと、恨まれそうで」

「一応は気を遣ったのだな!なんだ、礼が欲しいか!
一国の王が平伏する様が見たいのか!」

王様が壊れちゃった。

「嫌ならお返ししますよ」

呼吸も荒く、情緒不安定。
上下する背中を摩ってやると徐々に回復した。

「す、すまんな…。もうよい。少し取り乱した。
身を切る思いとはこのことか…」
そこまでかよ。

「持って行くがよい」
この一言が出るまで更に数分を要した。


ゴーグルは正直欲しかったが、鑑定出来る物が無いと後々困るだろうと部屋に残した。

今後のバザーや闇市に期待する。

透視の眼鏡があったりして…。
「お止めなさい!!」
そ、そんな怒るなよ、ロイドちゃん。
ほんの男の子の興味本位だってば。
「…」

ロイドさんは外出してしまったようだ。
真面目にやろう。



後宮のヘルメンの私室まで戻り、出された紅茶で一服。

席に居るのは3人だけ。

「一つ。どうしても腑に落ちぬ点が在る。
答えてくれぬか、スターレン殿」

「その内容にも依りますが」

「先日に破壊した魔導鏡の事だ。
あれには九十九の魂が内包され、アンネの魂が防壁となっていたとそちは言った。
確かに、闘技場で起きた事実を見ればそうなのだろう。
しかし、どうしても時期が合わぬ」

先に入っていたアンネさんが、どうして防壁に成り得たのかの質問だ。

「妄想のレベルでのお話でも、構いませんか?」

「それでいい」


「今から約5年前。アンネ様が野盗の襲撃に遭い、害された後、鏡に吸収されました。

今から約1年前には、妻の故郷である、西方アッテンハイム内に在る辺境の村が、女神教の暗部と思われる集団に襲われ、そこでも鏡の吸収が行われました。

アンネ様含め、その他の方も鏡の中では休眠状態に在ったと思われます。

まだ使えると、陛下から貸し出された鏡で暗部が行使したと言う構図です。

妻の故郷は失われた召喚士が多く集まる村でした。
暗部が欲したのは、治癒魔法の力とその魂。

襲撃の果て村人の多くが吸魂されてしまった。それが丁度99人。真に奇跡の数字です。

暗部は最後の一人を探します。けれど最後のフィーネは村を逃げ去った。

ここで、鏡内で暗部が予想もしなかった事が起きます。

吸収された村人たちで、この世に深い未練を残し、尚且つ一番強い輝きを放つアンネ様を覚醒させたのです。

真実は最早誰にも解りませんが、それが私の想像し得る物語です」

「辻褄は合う…な。しかし、暗部の奴らめは、最後に何を願おうとしたのか」


「それは至極簡単です」
「…」

「なんだと」
「簡単な極論です。女神ペリニャート様は時を司る神だったとの逸話は有名。その御力自体は時と世代の経過と共に消えたようですが。
もう一つの力。治癒魔法の力は直系子孫にだけ受け継がれました。それを秘匿する女神教が、真に願う事と言えばたった1つ」

「女神様の…復活…」
「それ以外に無いと断言出来ます。しかし実に愚か。
在りもしない願望器に踊らされ、叶いもしない願いを願うのですから」

「叶わぬと、どうして言い切れる」

「考えてもみて下さい。女神様御本人は千年以上前に亡くなられています。その器足る肉体が、この世界の何処に残っていると言うのでしょうか。

他人の肉体にでも降ろすのでしょうか。そんな事では良くてアンデッド。死霊の類に成り果てるだけです。
この世界を見守る女神様が、そんな事を望む筈はありませんよ。私なら、激怒しますね。

女神様の怒りに触れるのでさえ望む狂信者なら、或は一理は在ります。

その代わり、世界は破滅するでしょう。
巻き込まれる私たちはいい迷惑です。

アンネ様は知らずと、世界を救ったとも言えますね」


「…よく、解った。今日はこれからどうする」

「これ以上、陛下のお時間を奪う訳には参りません。
ミラン様のお庭も拝見したかったのですが、料理番の方と晩餐会に向けた打ち合わせをせねばいけません故。
退席とさせて頂きたく思います」

「そうか。晩餐会の品目はこちらでも増やす。何事もなくば会で会おう。招待状は、そちだけにした方が良いのだろうな」

「その様に。妻の素性がフレゼリカの耳に入れば、新たな騒乱が生まれます。マッハリアとの戦争に勝てる、とお思いなら止めはしませんが。
そこに私たちは居ないものとお考え下さい」

「うむ。充分な配慮をしよう」

「それでは」

席を立ち、一礼を預けて俺たちは部屋を出た。




---------------

一人切りの私室。
スターレンとの会話を思い出す。

全てに於いて符号する。
何一つ間違いはない。

父、先代国王を謀略に掛け、マッハリアの領土内で抹殺したのはこの私だ。

スターレンはその事実を知らない。
知らない事は話せない。至極真っ当な道理。


ヘルメンは思う。
どうして、スターレンは我が子に産まれてくれなかったのかと。

奇しくも彼は父ラフタルと同じ言葉を口にした。

「民を守れ」と。

彼は暗に示す。未だ、間に合うのだと。

王は奮い立つ。嘗て無い程の興奮を覚え。

全てを妻に伝えよう。己が重ねた過ちを。


そしてヘルメンは妻の名を大声で呼んだ。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】

ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。 転生はデフォです。 でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。 リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。 しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。 この話は第一部ということでそこまでは完結しています。 第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。 そして… リウ君のかっこいい活躍を見てください。

暇つぶし転生~お使いしながらぶらり旅~

暇人太一
ファンタジー
 仲良し3人組の高校生とともに勇者召喚に巻き込まれた、30歳の病人。  ラノベの召喚もののテンプレのごとく、おっさんで病人はお呼びでない。  結局雑魚スキルを渡され、3人組のパシリとして扱われ、最後は儀式の生贄として3人組に殺されることに……。  そんなおっさんの前に厳ついおっさんが登場。果たして病人のおっさんはどうなる!?  この作品は「小説家になろう」にも掲載しています。

THE WORLD

ビタミンZ
ファンタジー
繁栄と発展を続け、秩序と均衡が管理された平和な世界。 そこに生きるカイト・フロイントという少年は、育ての親であるリンクス・フロイントと暮らしていた。 何も変わらない、退屈であるが平穏な日々を送る中、カイトは一人の少女と出会う。 少女の名はヴィア・ラクテアといい、その少女はリンクスが持つ力を探し求めていた。 それと同時に、暗躍する一つの影の存在があった。 彼らもまた、リンクスの力を追い求めており、そして彼らこそが世界を脅かす存在でもあった。 亡霊と呼ばれる彼らは「ファントムペイン」と名乗り、ヴィアは彼らを止める為にリンクスの力を求めていたのだった。 ヴィアの目的を知ったカイトは、やがて混乱と戦火の渦に呑み込まれることとなる。 その中で、自身に託された願いと課せられた使命を知ったカイトは、果たして何を思い、何を求めるのか。 少年と少女の出会いが、全ての始まりだった。

転生したらチートでした

ユナネコ
ファンタジー
通り魔に刺されそうになっていた親友を助けたら死んじゃってまさかの転生!?物語だけの話だと思ってたけど、まさかほんとにあるなんて!よし、第二の人生楽しむぞー!!

死んでないのに異世界に転生させられた

三日月コウヤ
ファンタジー
今村大河(いまむらたいが)は中学3年生になった日に神から丁寧な説明とチート能力を貰う…事はなく勝手な神の個人的な事情に巻き込まれて異世界へと行く羽目になった。しかし転生されて早々に死にかけて、与えられたスキルによっても苦労させられるのであった。 なんでも出来るスキル(確定で出来るとは言ってない) *冒険者になるまでと本格的に冒険者活動を始めるまで、メインヒロインの登場などが結構後の方になります。それら含めて全体的にストーリーの進行速度がかなり遅いですがご了承ください。 *カクヨム、アルファポリスでも投降しております

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

転生したら貴族の息子の友人A(庶民)になりました。

ファンタジー
〈あらすじ〉 信号無視で突っ込んできたトラックに轢かれそうになった子どもを助けて代わりに轢かれた俺。 目が覚めると、そこは異世界!? あぁ、よくあるやつか。 食堂兼居酒屋を営む両親の元に転生した俺は、庶民なのに、領主の息子、つまりは貴族の坊ちゃんと関わることに…… 面倒ごとは御免なんだが。 魔力量“だけ”チートな主人公が、店を手伝いながら、学校で学びながら、冒険もしながら、領主の息子をからかいつつ(オイ)、のんびり(できたらいいな)ライフを満喫するお話。 誤字脱字の訂正、感想、などなど、お待ちしております。 やんわり決まってるけど、大体行き当たりばったりです。

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

処理中です...