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第5話 金策するなら商人です

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キャラバン内で関わりの薄かった人たちにも、夢見がちな変な奴で受け入れられ、その後の旅路は順調そのものだった。不本意ながら。
「今はそれで良いのです」慰めないで。

ラザーリア出発から5日目。マッハリア王国最後の町、ツンゲナに到着した。

規模は小さいながらも、複数のキャラバンや単独の行商隊で大いに賑わう町。流石は流通の重要拠点。
タイラントとマッハリア両国だけではない地方都市の情報もギルドや上級冒険者たちを通じて集まる場所。

本当はこう言う場所に来たかった。全ての起点と成る様な所へ。さぁ、やりますか。
「頑張って下さい」
愛してるぜロイドちゃん。お酒に潰されそうに成ったらちょっと助けてね。
「…知りません!」何で怒るのよ。


予約済の宿屋に荷物を置いて、いざ酒場へと出発。
お前未成年だろとの突っ込みは無しでヨロシク。
石像は盗める度胸が在るならどうぞご自由に。
盗賊に取られましたと大袈裟に流布すれば、生存率も上がるってもんだ。

魚に肉に野菜。何れも酒に良く合う塩気の濃い味付け。生温いエールが進む進む。お隣のムルシュが驚いていた。
「初めてじゃないのか?俺は下戸だからよく解らないが」
知ってます。

スターレン君の身体はアルコールに激強い。父の秘蔵のワイン樽をうっかり空にしても微酔い止まり。
16歳の弟君が便乗しようとして見付かったっけな。
懐かしいつい3ヶ月前の記憶。
こっちでは18で成人だし、試したくなるじゃない。
目の前に絶対美味しいって解ってるワインが在ればさ。

弟を殴り付ける父さん、涙目だったなぁ。

「どうせ俺の奢りだ。遠慮はすんなとは言った。言ったがそこまで飲めとは言ってないぞ」
「世界に名を轟かす、予定の大商人様がケチ臭い」
「そりゃお前だろ。と言いつつ悪い気はしねえな」

「ストアレンは大丈夫として、メメットさんは程々にしといて下さいよ。後で運ぶこっちの身にも…、聞いちゃいない」
ゴンザとムルシュがウンザリしていた。乗せられ易い性格なのも何時もの事なんだな。

同じ程度に強そうなトームを捕まえて、夜のツンゲナを散策して回った。
「俺は静かに飲むのが好きなんだがな。初めてのお外で舞い上がっちまったなら仕方ねえ。付き合ってやるよ」
「トームさんが一番騒ぐの好きそうだと思ってたのに、意外ですね」
トームは無言で既に潰れ気味のメメットを指した。成程。

追加で3件の居酒屋を回ってみたものの、トームの顔見知りからは有益な情報は得られなかった。
今夜一晩じゃ無理が在るか。お楽しみは王都に着いてから時間を掛けてと。
折角お近付きに成れたので、高級蒸留酒を奢り倒した。持てる金は使うべき時に使う。

登録証を見せ、領収書に拇印を押せば現金を持ち歩く必要は無い。会計は王都等指定したギルド支部で纏めて払い直すシステム。デビットと似ている。
紙面は明日には鷹鳩急便が運んでくれる。貯蓄と登録証が在れば誰でも使える嬉しい機能。
長期滞納、無銭飲食は登録剥奪と奴隷落ちや重罰金の刑罰が待つ。至れり尽くせり。

顔売りも今後を左右する重要な仕事。名刺代わりだ。
重要な情報は直ぐにはほいほい取れません。優秀な商人程口は堅いもの。

人気の疎らな路地裏に入ると。
「明日も昼前には出発ですよね。そろそろお開きにしますか?トームさん、足元フラついてますよ」
「おめえは化けもんかよ!あんなバカ高い酒を水みてえに空けて回りやがって。俺も肖った口だが。そんなお前に一ついいこと教えてやる。あれ見ろよ」
繁華街路とは離れた一角。目深にフードを下げたグラマラスな女性たちが路地に立ち並ぶ場所が在った。

詰りはそう言う大人のお店をやっている。

「俺は勿論商人じゃないが、どんなに口が堅い奴でも床の上では色々と緩くなるもんさ。悲しい男の性だねぇ。
但しご婦人たちも商売だ。取った客の情報は絶対に漏らさない。使えるのも現金だけだ。少しは持ってるだろ」
「金貨数枚と銀貨20ってとこですかね」
見せようとしたら止められた。
「馬鹿野郎。死にてえのかお前は。金貨は駄目だ。相手の婦人の死体が明日には出来上がるぞ」肝に銘じます。

今夜最後の情報収集の場所が決まった。

元世界とのシステムの大きな違いは、女性からは声が掛からず、男の側から話掛け、フィーリングチェックが在る事。合意が取れなければ拒否される。

「若いもんらしく、気楽に行ってこい。俺は持ち合わせが無いからな…」
帰ろうとしたトームに銀貨を数枚握らせ引き留めた。
「折角ですから。トームさんもご一緒に」
「そ、そうかぁ。悪いな。俺も嫁さん妊娠してからご無沙汰でなぁ」
ヤベぇよ、色んな意味で。人選間違えた。
「か、返さなくていいですから。それはあげたんです」
「…んじゃ遠慮無く。頭の固いゴンザには内緒だぜ」
ノリノリじゃないですか。

「余り羽目を外し過ぎませぬ様に」
「解ってるって」思わず口に出してしまった。俺も程良く酔ってるな。

「ん?何が解ったんだ。良さげな女でも見付かったか?」
「まだです。男って残念な生き物だなぁって」
言葉は悪いけど現在品定めで周回中。

「まぁな。どんな英雄でも聖職者でも、嫁さん貰って子作りするだろ。物事は捉え方一つで変わるもんだ。仕事として奉仕する。その代価として金を払う。何も悪いこっちゃない。ご婦人はその金で飯食ってんだからよ」
そうなんだろうけどね。情報の収集ツールとして使うのは違う気がする。何となく後ろめたい気持ち。
前は興味本位が優ってたから、何も考えてなかった。
「今日はパッとしねぇな。どうにも嫁さんの顔が浮かんじまう。お前が難しい話ばっかするからだぞ」
俺の所為にされた。それでも帰らないの…。
「あれ?」
さっき通った時には見掛けなかった子だな。

誰も居なかった街路灯の下に、真新しいブーツを履いた小柄な女性がフード付きで立っていた。他のお姉様方は革靴で違和感しか無い。
「ありゃ新人臭えな。目的とは外れるが、気になったんなら声掛けて来い。いい加減俺も他当たる。ちゃんと宿まで帰れよ」
そう言ってトームは別の道に入って行った。

聞くだけ聞くか。

その子の前に立つと、隣の客待ち姉さんが舌打ちして睨んで来た。真っ赤なルージュの唇お化けさん。
「その子は今日入ったばっかの新人さ。どうだい?私の方が断然上手いわよぉ」何がだよ。
「だ、大丈夫です」

慌ててその子の手を掴んで情宿まで突入してしまった。
諦めているのか全く抵抗が無い。
「こ、こちらのお部屋です」まぁ可愛らしい声だこと。
言ってる場合か!

少女風の子に弱々しく手を引かれるまま、2階の角部屋まで連れられて入った。入っちゃったよ。
最初の面接カッティングしてしまった。
彼女の方はそれでも良かったのかと不安になる。
ここまで来て間違えましたとも言えず、彼女がフードを外してくれる迄の間。近くの椅子に着席して待った。

緊張してる。めっちゃ緊張してる。衣擦れの音を聞くだけで心臓がバクバクしてます。
おっかしーな。スタプの時には何も感じなかったのに。
個人の感性は個体に引き摺られるんだろうか。

などと考えていると。
「準備が出来ました」
薄いネグリジェを着用した彼女がそこに居た。行き成り全裸じゃなかった。良かった良かった。じゃなくて。

暗がりから歩み寄る、蝋燭の光に照らし出された顔。
「…ビューティフォー…」
「ビューティ?何ですか?」
形容し難い美しさ。人間離れした造形美。薄ら寒さすら感じる容姿だった。俺好みのスレンダー体型。背は俺より若干低い程度。茶髪のロングストレート。
ドストライクなのに何だろう。この違和感は。
「い、いやぁ。凄く可愛いなって。てか美人さんで素直に嬉しいと言うか」
「嬉しいです。そんな事言われたのは初めてで」
嘘だな。
飛び抜けた美人度でパニックも逆に吹き飛んだ。やっと冷静さが戻って来た。
「俺はストアレンと言う駆け出しの商人。行商の仲間に拾われてここまで来た。君も新人さんだっけ?」
「私はフィーネと申します。偽名ですが気に入っています。私もこの町は初めてです。あの…前金で頂いても?」
あらやだ。妙にソワソワしてると感じたのは前金制だったのね。
「お幾らですかね?こう言う店も始めてなんで」
今世では。

「相場では銀貨で5枚、だと聞いています」
「だったら倍出すんで今夜一晩大丈夫?」
銀貨を11枚手渡すと、彼女は革の小袋に入れる段階で首を捻った。
「一枚多いみたいですが」
「オーナーさんに渡す時にチップとして渡してよ」
「あ、直ぐに聞いて来ます」
紺色のロングカーデとフードを被って出て行く彼女を見送った。

テーブルに置かれた水をグラスに注ぎ入れ、掴む。
名前:グラスと飲料水
特徴:普通の綺麗な飲料水が入ったグラス

ツンゲナに来るまでに色々と試していたら、特殊スキル能力の精度が若干上がった。
触れた人や物のスペックが解る。
水を飲みながら追加項目を再確認。初めて見た時は絶句で二度見しちゃったよ。

特技:覗き魔 ちょっと書き方!
「ご覧の通りです」
俺は変質者かいな。似た様なもんかね。

ロイドちゃん。彼女の事どう思う?
放たれた刺客とかじゃない?
「刺客ではありませんね。全くの別物です。どうもこうも見てみれば解ります。きっと面白い物が見られますよ」
意味深な言い回しだな。

緊張もすっかり解れ、待つ事数分。
「大丈夫でした。許可が降りました。オーナーも大層喜んでましたが、過剰な接収はトラブルの元と。これは返金となります」銀貨が3枚返って来た。
また来て下さいねって事かな。
「要らないから、君が貰っておきなよ」
「え…。でもさっき駆け出しって」
戸惑ってる。どの人も真面目か。素直に受け取ったトームを見習え。

「一度手放した物は戻さない。これは自分で自分に掲げた命題。同じ人生が二度は無い様に。やり直しは利かないんだ。だから今度は死ぬまで生き抜くって決めた。
お金も同じだと思ってる。商人があげた物はもう他人の物だよ。貸した金なら別だけど」
「死ぬまで…、生き抜く。面白い、考えですね。ではこのお金は頂戴します」そう素直が一番。

「話は変わるけど。少し手を握らせてくれない?」
「手、ですか。はい、どうぞ」
彼女も俺も大分緊張状態から解放された。
かなり話易くなったな。笑顔も出て来たし。
彼女の細く整った手を取った。宿の玄関で引かれていた時とは違う感覚だ。

ちょっと覗かせて貰います。
名前:フィルアネーゼ・グラリーズ 少し長いな。
種族:半魔族(正規転生者) !!!???何だ?
性別:女性
年齢:17歳(人間種換算値)
体力:385
腕力:421
防御力:224(生身)
俊敏性:476
魔力:560
対魔力:560
知能:140
魅力:817
特技:雲隠れ、誘惑、初級魔法
特徴:見る者に依って容姿が変わる(任意操作可能)

何じゃこりゃ。情報が多過ぎる。
ハイスペック。戦ったら俺が死ぬ。
推定上級冒険者相当。全力パンチが素で弾かれる。
鬼ごっこも勝てない。並びに逃走は困難。
魔法が使えるハーフの魔族で、正規の転生者。

魔王や魔物が居るんだから、魔族も居るんじゃないかとは考えていたが、その人とこんな場所で出会すとは。

「ふ、ふーん。えーっと…」
何から聞けばいい。最悪殺され兼ねないぞ。
初期で装着してたブーツは恐らく逃走用だ。引っ掛かった客から金だけ奪って逃亡する悪い子だ。
最初に感じていた高揚感は誘惑だと推測する。
魔法も系統が解らなければ対処のし様が無い。
そもそも出来るのかも不明。

「どうしました?」うん、何度見ても可愛い。違う!
「前以て聞くけど、有り金全部渡すからスリープだけにして見逃してくれないかな?」
「スッ!?」
笑顔が消えた彼女の片手が首に食い込んだ。
大失敗じゃん。
「折れちゃう折れちゃう。待って、俺は敵じゃない」
「どう信用しろと?教会の回し者じゃないの?」
「断じて違う。教会は隠れ蓑に使ってるけど、本心からの信者じゃない。俺も君と同じじゃないけど一応転生者だ」
瞳が見開かれ、ゆっくりと解放された。

「落着いてくれ」
深呼吸とお水を少々頂いた。
「君のステータスを勝手に覗かせて貰った事に対してまず謝罪します。
今の俺がこの町に来たのは本当に偶然。
行商してる仲間を見付けて、南のタイラントに向かう途中に立ち寄っただけだ。
正規に商業ギルドへも登録してる」
ギルドの登録証をテーブルの上に置いた。

「偽名を名乗ったのはお互い様だからいいだろ。俺のスペックは弱い。君なら簡単に殺せる。だけど俺はここでは死ねない。このマッハリアからどうしても出たい。
また同じ過ちを冒す訳には行かないんだ。前の俺は教会信者の女王フレゼリカに殺された。母も殺され、半分は復讐も兼ねて教会自体に恨みも持ってる」
「もう半分は?」

「勇者を殺した犯人と、聖剣の行方を探る。何方にも教会が絡んでる事は間違いない。勇者の仲間だった初代ベルエイガは老衰で死んだらしい。でもそうじゃない。
俺たちみたいな存在が居るんだ。敵が同じ手を使えないとは到底思えない。そられが為し得る存在が居るとすれば教会以外は居ないのさ」
「実に面白い口上ね。さっきは同じ人生は繰り返せないって言ってなかったかしら」
「人生は一度切り。当たり前だろ。最初の一匹を加えると今回で3人目の人生だ。転移回数に制限は無いが時間には上限が在る」
「上限?参考までに聞かせて」
「今から約150年後。次の魔王が復活する時までさ」
そこまで話すとフィーネは黙ってしまった。

「あなたは私の能力値を見たのよね。何か変わった事は書いてなかった?」
「うーん。君の本名と魔族とのハーフって事と、基本スペックが俺の3倍以上って事と、魅力がずば抜けてるのと誘惑と少し魔法が使えるって位かな。後は正規転生者か」
「次代の魔王とか何かは?」
「無かったよ。そもそも次の魔王全然違うし」
「へ?」何その意外そうな顔。

「次の魔王は俺だもん」
「え?誰が?私じゃなくて?」
お互いに自分を指差して首を振り合う。シュールだ。
「あなた人間よね?普通の」
「今は普通の取り柄の無い一般人。魔王に成るのは決定事項だから譲れないよ」
「ちょっと意味が解らない」
混乱すると人は皆、頭を抱えてしまうらしい。

「大丈夫。俺も意味が解ってない」
「ふざけないで。じゃあ、なんでお父さんとお母さんは殺されなくちゃいけなかったのよ!」
遂には怒らせてしまった。

「急激に情報を詰め込み過ぎる癖。そろそろ止めた方が宜しいかと思いますよ、私は」
事実を纏めて話してるだけで他意は無いよ。

「教会の連中に、殺されたんだね」
「そう…、私の目の前で」

そりゃ恨むよな。俺も同じだ。
フィーネの話はこうだった。

魔王が倒され、力の大半を失い命辛々辺境の村に逃げ込んだ父。最後に残った力を使い果たして人間の姿へと擬態した。その時に匿ってくれたのが彼女の母。
心優しき人間の母と魔を捨てた父。心を閉ざしていた父もその母の優しさに触れ、次第に心惹かれて行った。
仲睦まじく平穏に暮らし所帯を持った。そして生まれたのがフィーネ。
ある日、村に女神教団の幹部が、聖騎士を何十人も連れ現われた。
幹部は妙な姿見を持って回り、父を見付けた。
「村に巣くう魔物め。村人全員、極刑に処する」
どうして父親だけでなく、村人全員になったのかは謎。
たまたま村の外に収穫に出ていたフィーネだけが、少し遅れて村へと帰って来て…。後はご想像の通りだ。
力を失った父一人では抵抗虚しく。
彼女は着の身着のまま逃げ切り、各地を巡り今に至る。

「今の何の力を持たない俺では、君に協力は出来ない」
「期待なんかしてないわ。何も」

同じベッドに入り、背中合わせで毛布を被った。
温かいな。久々に感じる人の温もりだ。この状況に至るまでに交渉多数。だって寒いもん。

「一つ提案が在る。君を雇えないかな?
専属の護衛と助手として。商人として成功するまででいいよ。ひょっとしたら教会の幹部連中と接見出来るチャンスが巡って来るかも知れないしさ」
知能は高目設定だ。こんな人材を逃す手は無いぜ。
「あなたを利用しろと?」
「持ちつ持たれつ。悪い条件ではないと思う。
君がどんなに人並み外れた力を持っていたとしても、今のままでは教会の中枢には辿り着けない」

「考えてみるわ。信用出来ないと解ったら直ぐに逃げるから」
「それでいいよ」今の話だけで信用は難しい。
後は彼女の判断に行動で応えるしかない。

「最後に質問させて」
「どうぞ」
「私の本名。教えて」自分では見れないんだな。
「フィルアネーゼ・グラリーズ。少なくとも俺にはそう見えたよ」
「グラリーズ…。そんな名前だったんだ。ありがと」
「どう致しまして。お休み、フィーネ」
「…お休み、ストアレン。…ねえ、本当に何もしないの?」
「馬車の長旅で疲れて腰も痛い。酒飲んで眠いし」
大嘘です。俺の息子はバッキバキです。
でも本当に眠くて仕方が無かった。
彼女の甘い香水の香りと、スリープのお陰で。


翌朝。小窓から差し込む日の光で目が覚めた。
馬車よりは数段上等な寝床で迎える気持ちの良い朝。
美女と2人、同じベッドの上で健全に起床。

あれ?どうして裸なの?と言う事も無く。
あぁ、ここはまた狭間の分岐点か…。と言う事も無く。
探さないで。との書き置きも無く。当たり前の様にフィーネは隣でスヤスヤと寝ていた。

軽く肩を揺すって彼女を起こした。
「お早うフィーネ。朝だよ」
「う、うーん。お早う、意気地無し…」今なんつった。
「どうせ襲い掛かっても秒殺できんだろ」
「解ってるじゃない」
クスリと悪戯ぽく笑う笑顔に胸熱。今日も元気です。

トイレと洗顔を済ませ、寝室に戻る。
「俺のキャラバンは昼前には出発…」
「準備出来たわ」
革鎧にブーツ。腰には短剣。フードを浅く被って準備万端なフィーネが居た。安心のパンツルックです。
「はっや」
「即断即決は商人の基本じゃなかった?」
「その通りだけど」
「それに今の盗賊稼業にも限界見えてたし。あなたに同行した方が面白そうだから」
理由は何でもいいか。彼女が復讐の鬼と化すまでは。
「それじゃ。改めて宜しく」俺は右手を差し出した。
「こちらこそ。宜しくね」
握り返す彼女の手は柔らかくて温かかった。

寝ていたオーナーを叩き起し、彼女を金貨2枚で買い取る証書を作らせた。痛い出費だったけど今後を考えると安い買い物。物と言ってしまうと語弊は在るが、金で物事が動く世界だからこれが当たり前なのだ。

半魔族故の長寿命。きっと彼女には何世代先までお世話になると思う。その終わりは解らない。

残念ながら同じ転生者の彼女には前世の記憶が殆ど無いらしい。
覚えてるのは聞き慣れない「アーガイア」と言うフレーズとどうやら和製英語的ニュアンスが何となく理解出来ると言う事。地球とは別次元の世界の可能性も在る。
「普通は誰でもそうですよ。通常なら幼少期の成長と共に記憶は上書きされ自然に消え去ります」
なら何で俺だけ?
「私が記憶の橋渡しをしているからです。人間の本来持つ記憶容量を超えて引き継ぐのも大変な作業なのですよ」
そりゃ面目ない。
だから全く違和感が無いのか。優秀な秘書官様様だ。やっぱり愛してるぜロイドちゃん。
「…いい加減怒りますよ」怒ってんじゃん。

「どうしたの?早く行こうよ」
「はいはい只今」
娼館を出る時に、宿で朝食を食べる約束をした。
長旅直前では余り沢山は食べられなくなるので。
車酔い的な意味も含めて。


宿まで戻ると玄関前にトームが待ち構えていた。
「おう心配したぞ…何だその子。お前、まさか」
「お早う、トームさん。遅くなりました。彼女はフィーネと言います。俺の専属会計士として雇い入れました」
兼任護衛の方がメイン。
「お前の金だから別に文句はねえが。その…高かったろ。飛び切りの上玉じゃねえかよ」
「お早う御座います、トームさん。お気遣いなく。昨日上がったばかりの新人でしたのでお安い方でしたよ。
ストアレン様には大変気に入られまして。運良く身綺麗なままで卒業する事が出来ました。その感謝も含め、同行したいと思います」

「まぁ何だ。だったらメメットの旦那にも紹介しないとな。今みんなで飯食ってるとこだ」
「トームさんは玄関先で何を」
「そりゃおめえの件で立たされてたに決まってんだろ」
すんません。


早朝でも賑わう食堂。バターの焦げるいい匂いが充満していて腹の虫が鳴いた。

メメット隊は奥手の端のテーブルに集まっていた。
席に近付くなり。
「お早うストアレン。無事に戻って何よりだ。もしも戻って来なかったら、トームをどう絞め殺そうかと考えていた所だぞ。…その子の事は後で聞くとして、まぁ座れ」
すんません。丁度角に2席空いていたので、フィーネをエスコートして俺も着席した。
「そこ、俺の…」あ!
「お前は罰として飯抜きだ。と言いたい所だが、空腹で働けなくなるのも困る。さっさと椅子を持って来い」
「へーい」

「皆さんお早う御座います。フィーネと申します。今日からストアレン様のお抱えとしてお世話になりますので、宜しくお願いしますね」滅殺のウィンク。
やるじゃないフィーネ。おじさんたちは既にメロメロだ。
初期で誘惑掛けてどうすると!

「彼女はご自分の特技を熟知しています。任せて置けば問題無いでしょう」あっそ。

仲間も隣席の皆さんも、食べながらフィーネをガン見する中でメメットだけは米神を抑えて小さく唸っていた。
「あー、頭ガンガンするぜ…」二日酔いかよ。
と思っていたら勢い良く席を立ち、トイレに駆け込んで行った。
「飲んだ翌日は毎度あんな感じだ。あれだけは何度やっても直らない」
「昨日はストアレンが居て、何時も以上に気分が乗ったんだろうさ。俺は飲まないから知らんが」
フォローの様でフォローに成ってない。

暫くしてメメットも正常復帰。
「いやースッキリした。フィーネちゃんだったか。こりゃ酔いがぶり返しそうな位の美女だな」ダメじゃん。
メメットは4本指を立てて机上で差し出した。俺はそれに2本指で答えた。フィーネがキョトン顔で見ている。
「そんな訳あるか。証文見せろ」
証明書を差し出すと、奪う様に確認していた。

「お前、寝起きを狙ったのか?」
「ご名答。代理を置かない奴が悪いんです」

「いい手ではあるが、特に王都では控えろよ。思わぬ火種に成る事も在るからな」
「ちゃんと弁えてますって」

「まぁいいさ。失敗もまた勉強だ」
「何度やっても学習しない商人も居るがな」
トームが言っていた通り、ゴンザは堅物で融通が利かなさそう。今後は注意しよう。

護衛隊の9人は漏れなく正規雇用される事で決まった。
王都に到着後、正式に採用される。
「むさ苦しい男ばかりの馬車でも困るだろ。追加の馬車を借りてくる。諸々の諸経費は将来的に返せよ、いいな」
証書の類はまだ作れない。マッハリア領内では必ず足が着くからだ。
「お気遣い感謝します。メメットさんには必ず何倍にもして返しますから」
「期待してるぜ、ストアレン。従業員に支払う給料も増えたしな。それと出発までにここの道具屋と雑貨屋を見て回っとけ。何が売れ筋か。何が品薄かを探るだけでも目利きの目を養う上で大切だ」
商機は何処に転がってるか解らない。先日のメメットの言葉だ。勉強に成ります。

「俺たちも程々に準備だ。護衛業が本分でも、これからは只の筋肉馬鹿では居られないからな」
他のみんなもやる気充分みたいだ。


教えて貰った通りに道具屋と雑貨屋を巡る。
見た感じ日用品、傷薬、解毒剤が売れ筋なのは勿論。
食料品店が目に留った。
「どうして?」フィーネが訪ねて来た。
「だって食料品も見とかなきゃ」
「じゃなくて。どうして手を繋いで歩かなきゃいけないの?って聞いてるんだけど」
今現在フィーネとお手々繋いで散策中。
「なんで離れて歩かなきゃいけないのさ。フィーネは俺の護衛でしょ。だったら傍に居てくれないと」
無理を通して道理を捻じ伏せろ。
「半歩後ろが気に入らないなら隣歩いてあげるから」
「隣歩いて欲しいから手を繋いでるの」
「ちょっと恥ずかしいんですけど?って何で指まで絡めて来る訳?」
「しっかりガードするのは基本中の基本。いぜって時に動き易い様にさ」
「…逆でしょ」
引っ掛からねえ。「掛かる方がどうかしています」

「この世界はさ。どうにも真面目な人が多すぎる。
もっとみんな柔軟に、ユーモアと愛情を込めた行動をした方がいいと思うんだ」
「話をすり替えないで貰える?今、この状況の事を言ってるのよ」
「そんなに俺と手を繋ぐのが嫌なの」
「嫌って程じゃないけど…」
「昨日は誠意見せたのになぁ。頑張って我慢したのになぁ。大金払って助けたのになぁ」
「あーもー五月蠅い。解ったわよ。こんなんだったらさっさと逃げれば良かった」

「俺不安なんだ。俺は世界に受け入れられてない。頑張ろうと努力しようとすると必ず邪魔が入る。
最終目標に失敗するとさ。俺、亜空間に放り出されるらしいんだ。未来永劫何処にも行けず、彷徨い続けるんだ」
「…あなた昨日。倒されて消えたいって」

「そうだよ。今の人生はその為の試練。魂を消し去るのは死者蘇生と同様に難しい。例え神様でも。
何処かの世界。この世界に定着出来れば、俺の望みは叶えられる。今は特例で世界に居座ってる状態。曖昧な存在なんだよ」
「…普通は全部逆よね」普通は生きたいと願う物。

「俺は普通じゃない。自覚してる。だったらどうして人はご飯を食べ働き、金を稼いで、人を傷付けてまで生きようとするのかな。
誰もがそれを当然だと言う。誰も俺の疑問には答えてくれない。
愛する者の為に生きる。大切な何かの為に働く。彼氏彼女の願いを叶える為に誰かを殺す。己の欲望のままに生きる。そこに違いって在るのかな」
「難しい話ね」

「どうして人や動物は、進化を止めないんだろう。どうして誰も立ち止まろうとしないんだろう」
「変わってるわ。あなたって」
そう言って解き掛けた手を繋ぎ直してくれた。
「自覚してるって」

「変態ですものね」そっちは断じて認めません。


お店の前方でイチャイチャするのもここまで。
お仕事お仕事。
「ありがと。無駄話に付き合ってくれて」
手を解いて店先へ向かう。
「あ…。別にいいわよ。暇だし」

露店、店内を見て回る。
衣食住の内最も重要な項目、食。こればかりは何でもいいでは通らない。

携行食品なら当然売れる。
魚や肉の乾物。堅焼きパン。ドライフルーツ。
何れも長期保存を目的として味は二の次。
塩、砂糖、胡椒、在って蜂蜜。

背後で誰かが見ていてくれる安心感。それがとっても強い超絶美女と来れば…。違う違う。

昨日回っていた酒場を思い出す。
揚げ物や焼き物。何れも濃い塩胡椒の味付け。
何かが足りない。そう我らがマヨネーズ!とはならない。
マヨは確かに一発逆転要素を秘めている。
だが冷静に考えると現実は厳しい。
必要なのは鶏卵、油、酢。何れも安定供給が困難な物ばかりだ。
生産出来る養鶏場、大量に油を取り出せる機材と実と成る材料の確保、酢の醸造所の構築。
最初から手を出すのは危険だ。
やるならたっぷりと資金を集め、人材を確保してから。

「この姿を見て、とても死にたがってる人間だとは誰も思わないわ…」

背中から何かが聞こえたが、完全既聴スルーだ。

原点に立ち戻ると俺は勇者を育てたいのであって、決して肥えさせて太らせたい訳じゃない。

マヨは却下だ。俺はグルメ無双は目指さない。
塩と胡椒は豊富に、砂糖は少ないが流通済。
交渉権と独占権は上位ランカー商団が抑えている。
相場変動の少ない胡椒。生産方法を新たに確立すればバックの大きな砂糖。塩は海岸沿いの町や岩塩を豊富に持つ地方でなら比較的容易に手に入る。
人権費と運搬手数料の上乗せ分しか稼げない。
長期で手堅く商売をするなら塩が最も安定している。

他には…。
食肉コーナーに吊り下げて在った豚の腸詰めが目に入ったので、店のスカートを履いたロン毛女主人に尋ねた。
「女将さん。この豚の腸詰めの調理方法は」
「俺は男だ馬鹿野郎」見た感じどう見ても…。
「疲れてるのかな…。見間違えで」
「しっかり見ろよ。腸詰めの調理方法?んなもんは蒸すか茹でるか焼くか揚げるしかねえだろが」

一つ足りない。王都でも無ければ候補に入れる。

次に日用品。スタプの時に歯ブラシ擬きを作ったが、どうやらまだ何処にも流通していない。粗悪感と使用用途が上手く伝わらなかったとも取れる。
一般的には銀製の爪楊枝で口内を擦るのが主流で、あれがどうしても馴染めなかった。父の家では豪華純金仕様だった為、有り難く拝借した。これも候補に加える。

女性用生理用品も流通しているが、男子足る者何をどうすればいいのか綺麗サッパリ意味不明な要素が多々在り、手を出しようが無い。
「一度女性に生まれ変わりますか?その苦労がお解りに成ると思いますよ」
遠慮したいと思います。きっと精神的に堪えられないんで。
完全男子脳で生まれる女の俺。意味が解らない。

次いで服飾系。奇抜なファッションをしてる人は誰も居ないが、絹糸のドレスは上流階級で独占。低層は綿地や羊毛が一般的だ。隙間が在ったら覗いて見たい。
「やはり変態ですね」違います。
ビジネス的隙間が見付かれば入り込める余地は在る。
素材、デザイン面等で。

以上の3点でトップランカーに殴り込みだ。若しくは企画の持ち込みだ。…平和的に交渉を。

「そろそろ行こうか」
「もういいの?じゃあ、はい」
手を差し出してくれた。わーい。
「何か、安心するんだよなぁ」
「私は何だか、年上の弟が出来たみたいよ。姉弟とかは居ないけど」
「年上の弟かぁ。面白いね、それ」

キャラバン隊の停留所に向かう前に、雑貨屋で見掛けたアクセサリーを購入。値段は庶民的。

「はい、これ。出会い記念のプレゼント」
「くれるの?一々大袈裟にされても困るわ」
三日月を象ったイヤリング。
「大袈裟位が丁度いい。値段は安物。無くしても捨てられても構わない。今から1年後の今日、君にそれ以上の物をプレゼントする。君が見極めるその価値で。俺を切り捨てるかどうかを決めて欲しい」
「重い。やっぱり大袈裟よ」

「困らせてゴメン。困らせ序でに」
「何よ」
「俺に限界が見えたら、俺を殺して欲しい。君の手で」

フィーネとストアレンの間に一陣の風が吹き抜けた。
彼女は受け取ったイヤリングを耳朶に掛けながら、聞き届け、悲しそうな眼差しでストアレンを見詰め返した。
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