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第3章 大狼討伐戦

第66話 壊れた心

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打上げられた衛星は、一番星の如く輝いていた。
アビの聖歌が周辺一帯に木霊して響き渡った。
「自分の声を聞くのって微妙だよね…」

呟きは流された。
一室に集まった皆は、沈痛な表情を浮べている。

「上空で何が見えたの?」

「全員インカムを切ってくれ。峰岸君たちには僕から後で説明する」

中央のテーブルの上に世界地図を拡げ、その場で北の景色を書き加える。

「道理で何も見えなかった訳だよ。フェンリルを避けて何度か山脈の向こう側を覗こうとした事があったんだ。北の大陸は小さなブラックホールに侵食されていた。あんなのが人類の希望?冗談じゃない」

城島は見たままの光景と推論を話した。

ブラックホールを星食みと呼称して。
全ての異物を排除する惑星の掃除機構だと思われる。

見る限り、何かが浸食を止めている様だったと。

門藤の狙いはどちらか。
星食みを止める為か、助長する為かの。

元世界から何を呼び出そうとしていたのかは未だ不明。
そのどちらかに関連する何かだろうと仮定した。

次に口にしたのは、同じ仮定でも絶望の話。

あれは勝てる勝てないの次元ではないと説明した。
それこそ神の領域だと。

だからこそ自分たちが呼び出された、理由と答えも在るに違いないとも。

「僕に発現した虚無も、似た様な系統なのかも」
打ち合わせの最後にタッチーがそう締め括った。

推論に推論を重ねても意味が無く、結局行ってみないと何も解らない事で打ち切られた。

何れにしろフェンリルは倒さなければならない。
北からの侵食が進めば、追い遣られて南に下りて来る。

そうなれば全面戦争。
今現在、人間側が先手を打った形となった。

これも誰かの導き。全員ではないにしろ、そう感じた者は少なくなった。



虚無は衝動と似ている。
全てを無くしてしまいたいと思う気持ち。
何も無い世界に焦がれる気持ち。

こうしなければならないと迄は思わない。
こうで在りたいとも思わない。
突き動かされる迄ではない。

にも関わらず。気が付けば意識は北へと向かっていた。
向かわされていたと言っても過言じゃない。

不思議と南国には興味が持てなかった。

この世界で一番平和そうな場所なのに。


門藤先生の真の目的は何か。
城島とジョルディが見たブラックホール。
繋がりが在るのだけは確定。

全てを無に帰す黒穴。
何万光年離れた場所から眺め、学者は挙って持論を展開する。

時間、空間、次元。全て一点に帰結し、在るべき姿に戻される。ある意味で【訂正】

残念ながら厨二病満載の持論たちは全部妄想。
肯定も否定も出来ない。

遠目から眺めただけで、真実が解るなら誰も苦労はしないだろうな。

真実は一つだけ?
一体誰が決めたんだ。

黒穴の役割も、たったの一つだけだと誰が決めた?
起きる事も、後の事も。人類は誰も確認した訳でもないのにだ。一つだけだと豪語する。

それが人間の限界。


虚無に乱される心。
鍛冶に没頭している間だけは平常心で居られた。
無意識で打てる達人の領域には至っていなくても、単に他事を考えなくていいので気楽。作業的に。

唄を自動拡散させる方式に切替えてから、フェンリルの攻撃頻度が激減。
たまに壁への激突音が響く。

分厚くした壁や、弓矢での牽制が機能してる。
まだ一体も倒し切れていないのが残念。

負けはしないが、このままでは永遠に勝てない。

武具製造は問題無い。耐性付与も上手く行った。
材料は元々の在庫と地下で拾い集めた物で潤沢。

でも、勝てる気が全くしない。

武器は今の自分たちの腕では限界。
人員は最高戦力が集結。これ以上を一カ所に集め過ぎるのもどうかと思う。

ルドラとは友好関係を築けてるが、魔王様のご機嫌次第では状況は変わる。

海洋には青竜が居ると言う。海上海中を縦横無尽に暴れ回る倒し辛い相手。
今現在は対峙する理由は特に無い。その存在理由もよく解っていない。

何処かで生きているかも知れない門藤。穴の件も含め簡単に引き下がるとは到底思えない。

大きな不安要素はまだまだ残っていた。


答えの見つからない思考を巡らし、僕はまた工房に引き籠もった。

インカムをBOXに仕舞い込む。
腰掛け椅子に座り、大鎚を握る。これとも長い付き合いになった。

灼熱の炉は煌々と燃え盛っていた。真っ赤に燃える炎。
熱を帯び、淡白く輝く金属。

見詰めているだけで落着く。不思議な感覚だった。

相棒のヒオシは戦えない僕の代わりに前線に出た。
工房で独り作業は危険だが、部屋の外から嫁とルドラがしっかり監視してくれているので安心。

手を休め、切りがいいとこで休憩。
隣室で差し入れの食事を4人で食べる。

賑やかなルドラが帰ると寂しいだろうなぁ。

将来、自分たちの子供が出来たら。こんな賑やかな食卓を囲もう。

ルドラの好物はスイーツ全般。
グラテクスに渡ってからは、各地でスイーツ以外も食べさせて調整。今では普通のご飯も食べる食べる。

成長期の子供の食欲は底知れない。

こないだは地下で初めて魔石を嫌嫌食べるのを見た。
魔族特性なので、何でも食べちゃいけませんコールが出来なかった。

食後のスイーツ代りに、僕だけは塩クッキーを食べた。
失った塩分を効率的に摂取。塩飴も試したけど、あれは微妙ですな。食べれない事はないレベル。

「…塩…?」

「どうしたのじゃ?」
「塩気が足りませんか?」
「一度に急に食べても病気になっちゃうよ」

「塩…。大量摂取。病気…」
わ、す、れ、て、た!!!

慌てて炉を片付け、食堂建屋の一角を陣取った。

正直武具はこれ以上打っても何も浮かばない。

それよりも塩。
何の為にミノ産肉を用意した。
何の為の岩塩一山だ。

虚無に捕われ、記憶まで持ってかれた気分。
度し難い。

ミノさんはアルハイマに群生していたのを、勝手に無断で根刮ぎ頂いた。
岩塩はエランゲスト手前の岩山で発見した。


「クッソ寒いんだけど!何に使うの?」
壁の補修に駆け回っているフウ氏を捕まえ、屋根付きテラスを建てて貰った。

「撒き餌作りだよ。生肉を焦した物に食い付かない野生動物は居ない!」

「あー、前に言ってた奴か。ホントにやるんだ」

炉を構え、金網を設置。ルドラに火を入れて貰うとBBQ台の出来上がり。

焦した煙が砦内に広がった。
獣よりも先に人間の方が食い付いた。

「今日は焼肉なの?」
一番にすっ飛んで来たのはアビ。

「フェンリル用の撒餌だってさ」フウが生唾を飲む。

「全部犬にくれてやるのではないのじゃろ?のぉ、のぉ」
ルドラに催促されたら断り辛いな。涎拭き拭き。

頭部の舌や頰肉、腿肉は外す予定だったので人にも回せない事もない。

血抜き済で極低温長期熟成肉。
考えてしまうと自分も涎が。

「ルドラちゃんのお願いばっかり聞いて。娘に激甘のパパさんに成りそうだね」
「少しだけ嫉妬してしまいますね」
まあまあ、そう言わずに。みんなで仲良く。

「サリス!さっさと南片付けて早く帰って来て。自分で捌けば焼肉食い放題よ」

「肉!?ヒオシさん。あんな犬畜生、さっさと片付けましょう」

勝手に決めないで。
フェンリルが野良犬扱い。この勢いなら普通に倒してしまいそうだ。

「簡単に言うなよ。タッチー、アレ作ってるんだろ?」

「絶賛作成中。ごめ、さっきまで忘れてたわ」
「んな事だろうと思ってたぜ。こっちは南の2匹。漸く倒せそうな目処が付いた。一気に畳んで帰る」

「山程ミノ肉用意しとくよ」




-----

畳むと豪語したが、勝利までの道筋は険しい。

獣の咆哮。威嚇を封じられても、フェンリルは揺るぎない風格を示していた。

目が合うだけで死ぬってのは、全然大袈裟じゃない。
今のタッチーを連れて来なくて正解だった。

気を許すと、恐怖で心が折られる。

弓や魔術はそもそも弾かれる。俺やサリスの空刃も同様に。
分厚い体毛と身に纏う風を潜り抜ける手段が欲しい。

それに加えて…。

-遊ぼう。ねぇ、もっともっと遊ぼうよ-

無邪気な子供がそこに居た。

こいつ一匹だけに、どれだけの兵士が死んだと思ってやがるんだ。こいつらに取っては人間は玩具でしかない。

又は本気で遊んでいるだけ。

キャノンで特大の火球を撃ち込んでも、本体は火傷すらしなかった。早々に飛空挺での攻撃を諦めた。

皇帝機と数機を戦闘用に改造中。
残りの機体は全て物資運搬用へと回した。

中継砦とマルゼ。マルゼとフラム、センゼリカを空で繋ぐプラン。何もかも砦南側を解放しないと始まらない。


少し南でナイゾウペアと国軍大隊が交戦中。
夫婦揃って鮹殴りにしているらしい。

こっちのフェンリルはほぼ無傷。
有効手段が打撃なら俺の出番だと思われるかも知れないが、実はそう上手くは行かなかった。

メイリダの開眼補助が無ければ、素早さが下回る。
常軌を逸した速さ。

メイリダを背にしている時点で察知される。
距離を取れば効果が薄くなる。

しかも打撃範囲が極端に狭く、ピンホールを狙うしかないと来た。

体格差が20倍近い。動きの鈍いエンパイアなら楽勝だったが、自由度の高い狼では比較にならない。

急所の特定に時間を割いた。…結果は察してくれ。


俺とサリスで左右に距離を取り、空刃陽動で注意を引くのが精一杯。

カルバン、アビ、アルバは衛星の制御に専念。
強力な魔術師を序盤で削られ、アビが居ないとサリスも本領を発揮出来ず。

頼みのヴェルガはどうしたのか?
とてもいい質問。それこそが標準フェンリルの倒し方。

ミチザネは今、目の前のファンリルの体内に居る。
あいつが喰われたのが数時間前の事。

早くしろ。何やってんだよ!!




-----

えー、こちら大狼の体内。
強烈な酸と異臭に対応する為。
ずっとじっと我慢の連続。

もしも不滅が無かったら、とっくにあの世。

耐性が身に付くまで、溶かされ捲り。
詰り全裸で禿げた。イケメン台無し。
尋常じゃない痛みが伴う全身脱毛さ。

金を積んでも二度とやりたくない。
鷲尾さんにいいとこ見せようと、見栄張って大失敗。

真っ暗で何も見えません。以上。

お目目も溶けてるんだろうなぁ。


第一に有効な武器がナッシング。
インカムも含め全部溶けました。
外と連絡も取れずに四苦八苦。

取り敢えず胃酸ゾーンから出されるまで待ちに待った。

昔話によくあるじゃん。身体の内側は弱いって。
狙いは悪くなかったと思うよ。狙いはね。

耐酸性の武器を造って貰って持って来ないと…。
意味ねーーー。俺、何の為に入ったん?

消去スキルを奪われたのが痛すぎ。

女々しい言葉を垂れるな!
男なら、身体一つで下剋上。
あのクソ梶田だって、何故だか魔族の大陸で美人の嫁さん貰ってんだぞコラ。

信じられねぇ。信じたくねぇ。

どうやって生き延びて、どうやって飛んでったんだ。

考えろ。考えるんだ。今の俺はクールイケメン。
天下の皇帝様だ。

名乗りを上げたって状況は変わりませんわ。

-スキル【不滅】
 並列スキル【疑似進化】発動が確認されました。-

身体再生中に、あらゆるイメージを浮べた。

1.構築中の腕の骨を使い、手刀で切り進む。
2.液体金属化で全身刃物。映画の見過ぎ。
3.排泄されるまでのんびり待機。意味解んねぇ。

1は絶対に痛い。3はウ○コ塗れ。
2が良いです。断然2がいいっす。

適用されないなら死にたい…。あ、死なないんだ。

意を決して脱出した胃酸地獄に逆戻りした。

金属は溶けるが簡単には消化はされない。
見えないが必ず何処かに溜まっているに違いない。

感覚で掴み取れ。手の感覚も曖昧だけどね!

既に叫ぶ口も無いから悲鳴も上がらない。
かなり焼ける痛みに慣れてきた。耐性が上がっている証拠だ。そのまま酸の海を泳ぐ。

呼吸もしてないのに脳が動いてるってどんな原理だ?
そんな自問を続け、数分後。

これまでの酸とは違う感覚。チャプチャプする。
ガス溜りではないな。

-スキル【不滅】
 並列スキル【偽工】発動が確認されました。-

魔力の損失を避けBOXは使えない。
その場に在る物を使う。ピンチをチャンスに変える。

酸と分離している液体。
両腕と両脚をその液体に浸す。
巻き付けるイメージを持つ。4つの先端は鋭利な形を。

固定化したイメージ。成功したかは実践で確かめる。

近くの壁に埋没した手足。

刺さる。沈む。腰を軸に身体を回転させた。

-痛い!痛いよ!-

子供の声。初めての痛みに動揺していた。

暴れているのか、重力方向が激しく転換。
そうだ、もっと暴れろ。最早自分で動かずとも、手足を伸ばしているだけで周囲が斬り刻まれた。

まだ外に出られない。致命傷を与えるまでは。
重力荷重を受ける反対側へ身体を捻る。

胃酸ゾーンの境目。逆止弁を叩き斬った。
流れに逆らい、弁や内壁を手当たり次第。

異臭がキツくなる。押し流そうったってそうは行くか。

上方向の壁を突き破った。

転げ回る大狼。
大動脈か大静脈の何方かに入り込めれば、俺の勝ちだ。

-痛いよ。死んじゃうよ-

人間を虫けら扱いした罰だ。受け入れろ。

-嫌だよ。死にたくないよ-

イジメられていた頃の自分の思考とダブった。
どうして止めてくれないのか。
どうして誰も助けてくれないのか。

同情よりも先に怒りが湧いた。

欲しい物も手に入らない。元の身体は消えた。
もし帰っても親に合わせる顔も無くなった。

ならさ。俺はこの世界で生きるよ。
もう直ぐ闇に飲まれる世界だとしても。

ヴェルガはヴェルガ。本当の俺じゃない。

本当の俺は、とっくに消えた!!

反発。反骨心。だったら死ぬまで生きてやる。
誰も居なくなった世界に独りで生きる。

-死にたくないよ…-

あぁ、俺もだったよ。

別の液体が流れる場所に出た。
血管だとしたら壁は臓器よりは薄い。

もっと上で。源流に近い場所で。広くて太い場所を。

軽快なリズム音。心拍数が上がっている。
異物を排除しようと圧力が増した。

心臓部は近い。

最後の弁を通過。

「ジ・エンド」

-単独シークレットスキル
 【ブロークンハート】発動されました。-

-嫌だ…。いや…だ…。もっと、あそ-

フェンリルの心臓は鼓動を止めた。


壁を何枚か破り、外へと飛び出た。
そこは横たわった大狼の脇腹の上。

全身血糊でスブ濡れだった。

不思議な事に手足も髪も元通りの形になっていた。
全裸は変わらない。
視界も良好。喋れる口も歯も有った。

「やったな、ミチザネ」

馴れ馴れしいこいつは、ヒオシだったか。

「やったのは、ヴェルガさ。俺じゃない」

ヒオシが俺の顔を見るなり驚いていた。

「下りてくれ。止めに魔石を取り出す。…お前、昔の目に戻ってるぞ。梶田を殺そうとしてた時によ」

そう言えば、あの時も。
俺を止めたのも、こいつだったな。

「昔の事だ。あいつも、もうこの世に居ない…」

不死。実際そう成ってしまうと、本当に寂しい物だったんだな…。

だったら。救ってやるよ。
このイカれた異世界を。

無くした物を、二度と無くさない様に。

俺はヒオシが差し出した手を、強く握り返した。
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