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第1章 紅峠

第10話 強き魔獣

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翌朝も同じ依頼を請け負った。
「巣穴を見つけるだけ。中に入ろうとか思わないこと」
念を押されて。今日は偵察任務。

場所を特定して、別パーティーを募り再挑戦の流れ。

昨日よりは深い場所。巡回が4匹。1匹増えただけでも脅威度が増す。
紙の地図に穴を空ける。

「巣穴が近いのかも」
「だねぇ」

今回は最初から銀鉄鋼のほうを抜刀している。こんなにも早く、こちらに頼る事になるとは。
生き残る為と、討ち漏らさない為。言い訳を心で並べて。

ヒオシと目を合わせて、頷き合った。覚悟を決めて、深い草むらから飛び出した。


-----

ギルドの受付が私の仕事。
朝の受付を終えてから、今日はマスターに頼んで早退させて貰った。

個人の用具入れから、使い慣れたブーツとレザーアーマー、レイピアを取り出す。
身に纏うと、懐かしい記憶が甦る。思い出したくもない、記憶たち。

メイリダは足首を捻り、ブーツの馴染みを確かめる。体型や筋力は維持するように努めて来た。
問題なし。

ロビーに出ると、掲示板の前で唸る大男が一人居た。
また寝坊?全く、あの人は何度言っても・・・。溜息を吐きながら、声を掛ける。

「ザイリス兄さん。また飲み過ぎたの?」
男が振り返り、メイリダの装備を見て顔を顰めた。
「・・・何処へ行く気だ。メイ」
「怠け者には関係ないわ。こんな田舎町で、B級のまま燻ってるような人にはね」

ザイリスの前を行き過ぎようとした時に腕を掴まれた。

「何よ。私の勝手でしょ。少し急いでるの。離して」
「昨日の新人か?何処に行ったんだ」
「ゴブリンの討伐よ。南の森に巣穴を探しに」
「ゴブリン程度なら、お前が出るまでもないだろ」
「なぜか・・・。とても嫌な感じがするの」

ザイリスの手をそっと外し、交代の受付に向かって手を振った。

「お気を付けて」
「そっちもしっかりね」
「はい」

ギルドを出てから振り返る。

「頼んでないんだけど?」
「どうせ俺も暇でな。暇潰しに、付き合ってやるよ」
「報酬なんて出ないわよ」
「ケチくせぇ。今度一杯奢れ」
「仕方ないわね。一杯だけよ」

こうして連れ立って歩くのも何年振りだろう。また別の思い出を浮かべて歩く。
道具屋で薬を数本購入してから出発した。
「腕、鈍ってねぇだろうな」
「そっちこそ。低レベル狩りばかりで鈍ってるんじゃない?」
ザイリスは軽く笑いながら、肩を回した。


-----

不意打ちだったのに。

一撃目で2匹の首を刎ねたまでは良かった。
得物の短剣故にリーチが短く、敵との距離を稼げなかった。

後ろの2匹の反撃が来た。前のめりに突っ込んだ体勢の真上から。

ヒオシは残る1匹の対処に追われ、こちらに構う余裕はない。

腕の1本くらいなら。半身を捻って左腕を真上に掲げる。

鈍い衝撃と軋む骨。その痛みに奥歯を食い縛り、反動で覆い被さって来たゴブリンの顔面を顎下から貫いた。

滴り落ちた返り血が口に入って気持ちが悪い。事切れた死体を退けながら、ヒオシの動きを目で追った。

深手を負わせて逃げて言ったのを確認した上で、僕の傍に駆け寄って来た。

「大丈夫!?吐血?」
ゴブリンの血を吐き出していたのを勘違いしたらしい。
「僕のじゃないから。それより残りがどっち行ったか解る?」
左腕の状態を確認したが、折れてはいないようで一安心。皹くらいなら入ってるかも。
「うん。上手く行ったよ。血痕辿れば問題ない」

ここまでは想定内。出来過ぎな位に。

痺れる左腕を庇い、掌を開いて閉じてを繰り返す。
痛みは有る。けど、ちょっと休めば動かせる様に成るだろう。

予定通りに血痕を辿る。

程なく巣穴が見つかった。自然洞窟の小型の穴に、傷付いたゴブリンが入って行く。

「あれが巣穴で間違いないな」
「どうする?帰る?まさか入るなんて言わないよね?」
「うーん。入るなって約束だしなぁ・・・」

暫し様子を伺ってみても、巣穴に動きはない。それよりもこの臭い。

「メタンガスっぽい・・・。入らなきゃ、いんだよね」
「え・・・」

我ながら残虐な考え。ヒオシも僕の考えに気付いたのか、青ざめている。

他の冒険者が来ていないのを祈りつつ、急ぎ火種を起こした。
巣穴の周囲には木々は無い。火を起こしても燃え広がる事はないので心配は要らない。

僕らは知らなかった。目前のゴブリンの巣穴に意識を奪われ、森の奥地から強き魔獣が近付いて来ているのを。

ここは森の中流域。魔獣の鼻はとても良い。耳も良い。
そんな簡単な事にも気付かずに。枯れ草を撒いて、着火してしまった。


-----

地を揺らす程の轟音。逃げ惑う鳥たちと多くの小動物。

「兄さん!あそこ!」
「あのバカ共。こんな場所で。クソッ、急ぐぞメイ!」

黒煙が立ち上る根元の場所を特定し、全開で走る。


-----

「おぉ、み、耳が・・・」
「え?なに?」

すぐ隣に居るのに声が全く聞こえない。爆音の所為で耳鳴りが酷い。

大きめの岩を積み上げて、巣穴の入口を狭くした上で火種を穴に投下した。
その3つ目辺り。

爆音、轟音。脇の岩場に身を潜めていたので実害は然程無い。耳が聞こえないだけ。
巣穴が火を吹いた、と見えた直後の事だった。

周囲に立ち籠める黒煙で視界が奪われ、利かない耳で方向感覚を失った。

離脱しようにも帰路が解らない。下手に動くのは危険。
岩場から更に離れた場所から、穴の様子を眺めた。苦しみながら、這い出して来る生き残りのゴブリンが数匹。何匹かは身体に火を纏い、砂場で暴れていた。

自分でやった事だけど、これはかなりのトラウマに成りそう。
「え?なに?」
「ト、ラ、ウ、マ!!」日本語で叫んでも、聞こえない物は聞こえない。

突然後ろから肩を掴まれた。
振り返る間も無く、後方へと投げ飛ばされる。見れば昨日ギルドロビーで出会った強面の人だった。ベースが強面なのに、更に何やら激怒して後ろを指差している。怖ぇよ。

昼寝のお邪魔でもしました?

転がりながら、指された方向を見ると革鎧を着込んだメイリダさんが、大きく手招きしてる。
2人とも何だかとても焦っている雰囲気。

目的のゴブリン退治は終わったも同然なのに。

強面さんが身の丈7分の大剣を抜刀して、巣穴の方向を見据えていた。

黒い煙の向こう側。そいつは突然現れた。僕らからすれば突然に。

黒い煙を鎧が如く身に纏い、両前足を振り上げると4m近くの体躯。灰色の魔獣。
ビッグベアー。この南の森、最奥の主。

離れているのに全身の血の気が引いた。勝てない。殺される。脚が震えて動かない。

口から涎を撒き散らし咆哮している。耳が聞こえないのが救いだった。

熊の魔獣が強面に向かって突進。衝突寸前で躱し、見事なバックステップを踏んで大剣を軽々と振り抜いた。どうして、そんな簡単に?

簡単じゃない。あれは長年積み上げた戦いの経験の賜。僕らド素人が、踏み込める、辿り着ける域じゃない。経験、勘、鍛錬、実戦。これは、命の奪い合い。

魔獣の頭上に稲光。痺れたのか動きが遅くなる。メイリダさんが僕らの前に立ち、何やら筒状の物を握りながら、空いた右手を熊に向けていた。

初めて見る魔法?魔術?そんなのどうだっていい。

この2人は僕らなんかを助けに来てくれた。事実。

怖い、怖い、怖い。気付くと下半身が冷たい。確実に漏らしてる。
帰りたい。平和な町へ。平和な日本へ。僕は。違う、僕らは改めて自覚した。

元の世界へと。帰りたいんだと。

震える手で砂利を掴み、短剣の柄を握り絞める。こんな上等な武器を貰っても。ゴブリンを数体倒しただけで調子に乗って。

覚束ない脚を踏ん張り、力の入らない横腹を叩く。膝を立てて力を込める。
焼き付ける。この目に。この戦いの行く末を。

魔獣の太い左前足が、斬り落とされて地面を転がっていた。
2度目の雷光の後、強面さんが右前足を切り飛ばした。

後転で離れ、地面を蹴り、魔獣の抵抗をも物ともせずに、大剣を首元目掛けて振り上げた。
最初に斬った左腕を抱えて、強面さんが走り出した。

メイリダさんに背中を優しく叩かれ、僕らも後に続いた。

まるで僕の苗字そのものだ。無能。何もかもが足りなかった。
ファンタジー?チート?人より少し成長が早いだけ?そんな物だけでは生き抜けない。

少なくとも僕は。この世界を嘗めていた。きっと誰かが助けに来てくれるだろうと。
心の何処かで。
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