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前日譚

求めていたのは愛ではなかったのかもしれない

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「...へ?」

ぽかーん、とアホ顔で聞き返す彩花に構わず言葉を紡ぐ。


「最低なことを言っている自覚はある。
でも、両親に恵まれてる俺が何を、って思うかもしれないけれど、俺は彩花の気持ちが本当にわかるんだ。俺がここで離れたら、彩花が壊れていく気がしてしまう。そんなのは嫌なんだ」

「...私だって、優君ともっと一緒にいたいよ。でも彼女さんがいるのに、そんな...」

「彼女がいるのに彩花に手を出した俺が悪い」

「ううん。私も薄々気づいてたのに拒めなかったから...でも...」

「言い方を変えよう。俺は彩花を手放したくない」

「ふふっ。なぁにそれ。キープってこと?」

「違う。彩花も彼女と同じくらい好きなんだ」

「なにそれ...ずるいよ。私期待しちゃうよ?彼女さんに嫉妬しちゃうよ?浮気相手なのに」

「かまわない。彼女とは別れようと思ってる」

「えっ...?」


美愛と別れる。
自然とそんな言葉が出てきた。


別に彩花とも付き合うつもりはない。
でも今回、彩花と身体を重ねて気付いたことがある。

彩花を満たすためにした行為のはずが、
俺が前々から感じていた小さな乾きが潤ったことを自覚したんだ。


俺はセックスに快楽を求めているのではなかった。

俺はセックスに愛情を求めているのではなかった。

セックスをして、心が満たされていた。
心が満たされるから、セックスが好きなんだと思っていた。

違う。

俺は、自分の醜さを吐き出したかっただけなんだ。
何もかも持っているのに、何にも持ってない、空っぽの人間。歪で、醜い、この精神を。

全部ぶちまけてスッキリできるのがセックスだったのかもしれない。


俺にとってセックスは呪いなのかもしれない。
一生離れられない呪い、そんな言葉が過ぎる。


こんな、意味のわからない人間が彼女なんか作るべきじゃない、そう思ってしまった。



でも、こんな俺でも彩花の心は救えるかもしれない。
彩花は俺みたいな歪んだ人間じゃない。
愛を求めて、情を求めている、普通の人間だ。


いや、言い訳だな。

俺が彩花を気に入ったから、手に入れたい。それだけだ。



◇◇◇



彩花とセフレになってから数日後、俺は美愛の部屋にいた。


「なに、優君、話って?仕事辞める気になった?」

「単刀直入に言う。
俺は美愛が大好きだ。愛している。世界で一番好きだ。
だから俺と....別れてくれ」


「は!?何で?何でなの?ずっと喧嘩してたから?私面倒臭い女だったかな?ごめんね!直す、直すから!それとも....彩花さんとやっぱりなにかあったの?やだ、やだよ!なんでよ。無理だよ.....」


「あぁ。彩花さんと関係を持った。
勿論、付き合うのは断った。俺は美愛が好きだから。美愛には内緒にすることもできた。何も言わずに、美愛とずっと一緒にいることもできた。でも、美愛を裏切ったことを俺はずっと忘れられない。美愛が好きだからこそ、俺には美愛と一緒にいる資格はない」


「やっぱり...あの女.....!!
ねぇ、優君。浮気したことは許せないよ?
でも私はやっぱり優君が好きなの。ずっと一緒にいたいの。優君以外の人なんて考えられないの。ねえ、もうあの女とは会わないでしょ?今回だけは特別に許してあげるから、ずっと、ずっと一緒にいてよ....!」

「彩花さんは悪くないよ。俺が全部悪い。俺が何もしなければ何も起こらなかったんだ。
俺がクズだったんだよ。
それに、今は仕事も増えてきて、高校に上がるこれからが大切な時期だ。
事務所を変えるなんて無理だし、彩花さんは事務所の看板。これからも仕事で顔を合わせることになる。そんなの美愛が耐えられないだろう?」

「なんでそんなこと言うの...?
まだ私達学生なんだよ...?仕事なんか、してない方が普通なんだよ?なんで辞めれないの?私より大切なの....?」

美愛の顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってしまっていた。
そんな愛しているはずの彼女を見ても俺の心は動かない。
そんな自分に内心で苦笑する。


「仕事は辞めれない。基本バイトも出来ない中学生から出来る仕事なんて限られているし、今の仕事より給料がいいバイトなんて学生にはない。俺は美愛が大好きだけど、それと同じくらい両親が大好きなんだ。両親に楽をさせてあげたい。両親にお金を出してもらうことが嫌なんだ」


まぁ俺が仕事を辞められない原因は、それだけじゃないんだけどな。

「なんで...なんでよ...優君...嫌だよぉ」


「ごめん。また話そう。でも俺達は幼馴染だから、彼氏彼女じゃなくてもずっと一緒にはいれる」


◇◇◇


私には幼馴染がいる。
赤ん坊の頃から会ったことはあるらしいけど、仲良くなったのは幼稚園の時。

その頃は別に周囲と比べて大人っぽいとか、そんなことはなかった。
他の男の子と一緒にバカやってけらけら笑っている、普通の男の子だった。
でも不思議と彼の笑顔は人目を引いていて、
彼の周りは男女問わず人が集まっていた。

小学生になってから、その理由が明確に分かった。
安っぽい言葉だけど、彼は他の誰よりも顔が良かった。かっこよくて、可愛くて、遊んでても、眠そうにしてても、その全てが不思議と絵になっていた。

そして頭がいい。私はずっと彼と一緒にいるが、勉強も人並み程度にしかしてないはずなのに90点より下回っているのを見たことがなかった。間違えている問題も単純なケアレスミスくらいで、集中してやればずっと100点を取り続けられると思う。

終いには運動までできてしまう。
運動会ではいつも一位で、リレーのアンカーで前の2人をごぼう抜きにしている姿を見た時が私の恋の始まりだったと思う。


そんな彼のことを好きな女子は私以外にも沢山いた。
違うクラスだけど、学校の女子のリーダーみたいな立ち位置の女の子も優君をかっこいいって言ってて、焦りを覚えた。
でも私には幼馴染と言う唯一絶対のアドバンテージがあった。
そして自分で言うのもあれだが、私はとても可愛い。
お父さん譲りの優しそうな顔。
外国人のお母さん譲りの青い眼と高い鼻、大きな目に、金色の地毛。
お母さんは日本で育っているので英語なんか話せず、見た目以外日本人でしかないのだけど。

幼少期にハーフなんていじめられてもおかしくないけれど、優君の幼馴染と言う立ち位置に私は守られていたので楽しい幼少期を過ごせた。

話がずれてしまった。


とにかく私には優君以外考えられず、小学4年生のある日、誰かに取られてなるものかと告白をした。
我ながらマセガキだったと思う。
あの時の優君の愕然とした顔は忘れられない。

ただ思えば、優君はあの時、同情で付き合ってくれたのかな。
断られそうな雰囲気を察して思わず泣きかけてしまったら、慌ててOKを出してもらえたっけ。

勿論祝福も、嫉妬もされたけど、小学4年生だったのが救いだったかもしれない。
まだあの時期はみんな何となく足が早いからとか、みんなが好きだからとか、そんな漠然とした好きだったから、私みたいに好きのその先を考えるような、マセた考えを持ってる子が少なく、そしてそんな時期から付き合っていることを周知させることで思春期に入る頃には優君は美愛と付き合っているから、と最初から諦めさせることに成功した。

マセガキと言えば優君も中々だったなぁ。
まさかファーストキスが小学4年生だとは思ってなかった。


そこからは毎日が楽しかった。
元々私達の両親は仲が良かったけど、私と優君が恋人になったことで親友の間柄になっていて、お互いの家族と過ごすことが更に増えた。

中学生に上がる頃にはもう結婚するのが当たり前みたいな雰囲気になっていて、何の不安も感じていなかった。



そして一生忘れられない日。
中学2年生の夏、私達はついに一つになった。

初めては痛いし、気持ちいいとか感じる余裕もない、なんてネットに書いてあったりして、不安がなかったと言えば嘘になるけど、優君がエッチなサイトを見ているのをしっかり確認していた私からすれば早く私として、なんて思っていた。


結果から言うと、なんか凄かった。
最初はくすぐったかったけど、優君に触られてるうちに、誇張抜きに溶けそうになっちゃって、優君のが入ってくる時はめちゃくちゃ痛かったんだけど、ちょっとしたらもう幸せ一杯!みたいな。

初めてなのにイっちゃったりもして、
私ってえっちなのかな..ってちょっと不安に思ったりもしたけど、冷静に考えると優君が上手すぎるのが悪いと思う。
童貞は痛くされるとか、緊張しちゃって上手くできないとかネットに書いてあったのに、全然そんなことなくて詐欺サイトだ!なんて思ったっけ。
まぁ優君以外の人がどんなえっちするのかなんて知らないし、私は優君以外の人とえっちなんか絶対しないからどうでもいいんだけどね。


幸せだった。

そんな幸せに亀裂が入りかけたのはその年の冬がきっかけだった。

優君が私ともっとデートするために始めたモデルの仕事。
他にも理由はあるかもしれないけど、私にはそう言われていた。

そんなこと言われて喜ばない彼女なんているわけがない。
優君は身長も高いし、顔もかっこいいしモデルと聞いて天職じゃん、って素直に思った。

そして雑誌に載る優君がかっこよすぎて、誇らしくて、こんな人が彼氏なんて私ってなんて幸せなんだろうって思ったなぁ。
まぁ優君のファンの女の子はちょっと不安だったけれど、その頃には毎日のように優君に抱いてもらっていたから大丈夫だった。


そう言えばこれは優君には言ってないけど、
実は私もこの時期にモデルのスカウトを受けていた。
ただ事務所も、雑誌も優君と違うところだったから断ったけど。ただでさえ優君が仕事を始めて昼間に会える日が減ったのに、私まで始めちゃったら全然会えなくなりそうで嫌だったから。


そして中学3年生の夏。

私は発狂した。

ただの仕事。
何の感情もない。
わかってる。わかってるけど。

優君が私以外の女の子と、手を繋いで、笑い合って、デートして、キスして....

そんな今まで想像したこともなかった場面をありありと連想させるその企画が本当に嫌だった。
しかも相手は私でも知ってる人気モデル。
年も近いし、可愛いし、優君はそんなことないって言うし仕事だから、と言われればそれまでだけれど、私にはその写真にうつる女の子の笑顔が恋する乙女にしか見えなかったのだ。


そして初めて優君と喧嘩をした。

しっかり謝ってくれた優君に、私も重すぎるな...って、ちゃんと許して、すぐに仲直りできたけどその時から彩花さんの存在には最大級の警戒をしていた。


そしてまた別日に、優君が何の警戒もなく私の前で彩花さんと連絡のやり取りをしていた場面で。

私は爆発した。


絶対好きじゃん!彩花さん絶対優君狙ってるじゃん!なんで気付かないの!?鈍感なの!?ないない!仮にも人気モデルが何とも思ってない男の子を2人で遊びに誘うなんてないでしょ!

でもいくら言っても優君はあくまで仕事だから、と相手にしてくれなかった。
だから私は初めて優君にわがままを言ってしまった。

彩花さんに会わないで。仕事もやめて。

そんな、自分のエゴ丸出しの独占欲を出して優君を縛ろうとした。

そんな私を優君は軽くかわして、
その全てが正論で、納得もできちゃって、
でもそれが堪らなく嫌でどうしても許せなくて、初めて、喧嘩したまま優君と別れてしまった。

その時の優君が一瞬見せた面倒臭そうな顔をあの時気づいていれば結果は変わったのかな。

意地張らずにすぐに仲直りしていればあんなことは起きなかったのかな....

今となってはもう遅いけれど。


そして、その日を迎えてしまった。
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