上 下
74 / 77

74

しおりを挟む


 正規街道を進軍する将軍率いる本隊が旧街道から巻き上がる竜巻を見たのは王都を出てから数日後だった。

 「報告します!」

 休憩所で呑気にお茶を呑んでいた将軍の元へ兵士が一人駆け込み、旧街道付近から巨大な竜巻が幾つも巻き上がっていると報告を受けた。

 かなり遠い場所で起こっている自然災害と思っていた将軍は、重い鎧を着込んでいる兵士達は大丈夫だろうと思っているので報告だけを聞いて下がらせた。

 「こんな時期に竜巻とは妙ですな」

 軍事顧問のグランドル侯爵は眉根を寄せて顎に手を付け何かを案じ考えるフリをする。

 そんな侯爵に一瞥もしないまま、用意されたお茶菓子を摘むとマーケン将軍はいう。

 「ふん、気にする事も無い。ただの竜巻だろう? 我軍に吹き飛ばされる程弱い兵士などおらんわ、そんな事より今後の事を考えよ。 じゃじゃ馬の姫を手に入れたとして、如何やって乗りこなすかをな」

 そう言うと厭らしく嗤う。

 生まれた時から知ってるアナスターシアが、すっかり大人になり微笑ましいとも思っていたが、あと数日で自分の伴侶となるのだ。
 そう思う度に自分の中から熱く滾る何かを感じていた。

 「ふっふ!ワシもまだまだ若いのぅ」

 将軍はそう呟くと、ぬるいお茶を飲み干した。

 グランドル侯爵はそんな将軍を見て口元を隠す様に手を当てるとコッソリとため息を吐く。

 (アナスターシア姫などまだまだ子供だろうに……)

 グランドル侯爵は成人したての若い娘にはまるで興味が無かったので、ニヤニヤとしてる将軍を変態野郎と思っている。
 ーーこれさえ無ければ良い将軍なのに……。

 まぁ、この世界ロリかショタか男色しか居ないのだから仕方ないと諦めたが、胸糞悪い話を聞いた事で少々苛つき、胸のポケットから母の姿絵をウットリと見つめて浄化する事にした。

 休憩を終え、準備を整えると旧街道付近を遠目で眺める。

 既に竜巻は収まったのか、うっすら紅い空を眺める。

 ーー火事でもあったか?

 あの辺には民家はなかった筈と思ったが、特に気にするものでも無いとして、号令を掛けさせる。

 その声を聞きながら馬車に乗ると、まだまだ先は遠いからと、フカフカな椅子に寝転がると直ぐに鼾をかいて寝始めた。





 ガヤガヤと煩い音で目が覚めた将軍は、最近買った自動巻き式腕時計を見る。

 休憩地から出てから既に六時間程過ぎていた。

 ーー寝すぎたか。

 と、思い体を起こす。
 フカフカな椅子とはいえ、馬車の中だ。
 体の節々からパキパキという骨の音を鳴らして体をほぐす。

 外から聞こえる喧騒にいい加減苛ついて来たので、乱暴に扉を開ける。

 「おい!何事だ‼」

 と、叫んだ先では死屍累々と転がる兵士達や腕や足が無くなって動かなくなってる兵士達がそこら中で呻き声を上げている所だった。

 「な……何事だ⁉」

 と、恐れ慄きながら状況を確認させる為に大声で誰かいないかと叫ぶが、誰も来なかった。

 「おい!グランドル‼ グランドルは居ないのかっ⁉」

 叫べどグランドル侯爵の姿も見当たらない。

 居ても立っても居られなくなった将軍は転がり扉を押し付けている兵士だった物体を蹴り倒すと、馬車の外へと這い出た。

 そして気付く、自分が何故か抉られた場所の中に居て、所々から立ち上がる煙が風で靡いてる事に。

 転がって車軸が折れたのか、馬車は動けない状態だし、三百人程居た兵士達は自分の周りには居なかった。
 居るのは倒れて息のしていない者達だけ。

 「いったい寝てる間に何がっ⁉」

 訳もわからず途方に暮れる将軍はその場で跪いて天を仰ぐ。





 ……時は数刻前に戻る。

 「いま将軍の部隊はどのへんかなぁ?」

 完成した爆竹を鈴なりにして魔石パウダーの導火線で繋ぎ終わった頃、国枝が篭から顔を出す。

 「多分もうすぐだと思うけど……アリサに確認してもらうか」

 そう言うと電力鳥のアリサの名前を確認して、ポチッとボタンを押す。

 設定した名前のボタンを押す事で、相手に繋がるシステムの為、番号を入力すれば誰にでも繋がる現代の電話と比べるとかなり劣化するが、この世界では最新式だった。

 魔力で作る鳥で手紙を送る魔法しか無かったこの世界では重宝されている通信手段だ。
 電力で鳥のように言葉を飛ばす事から付いたのが電力鳥という名前の由来である。

【閑話休題】

 「もしもーし?アリサ?今どこら辺飛んでる?」

 「あ……海人……様? あー……えと、きゅ……旧街道上空……だ、です」

 ーー……様?

 何となくアリサの歯切れが悪い。
 無理矢理丁寧に話そうとしている気がする。
 何かあったのだろうか?

 「どした? 何かあった?」

 「あ……いえ!あの、 だ、大丈夫だ……です」

 頭にクエスチョンマークが浮かぶが、もしかして初めて見たネズミ花火に驚いて混乱しているのかも?と、思いそれ以上聞くのをやめる。

 俺も子供の頃、初めて見たネズミ花火に驚いて小便をちびった事があるからだ。

 ネズミ花火の感想も聞こうと思ってたが、止めておいた。

 「ちょっと悪いんだけどさ? こっちの街道でそろそろ本隊と合うはずなんだけど、どの辺りに居るか空から見てくれる?」

 「は、はい! お、お受け致します! し、しょ、少々お待ちください!」

 ーー何だろう?
 初めて就職した新人ちゃんが、電話対応した時の様になっている。

 そんなに驚いたのだろうか? 最早人格が変わってしまったかの様なアリサを少し心配しながら、確認の為に此方側へ飛んで来てるアリサを空を見て確認する。

 「あ、海人! 見えたぞ! アリサちゃんと炎帝」

 そう叫ぶと空を指差しアリサ達に手を振る国枝。

 俺も目視して怪我でもしてないか確認するが流石に高い所を飛行してる為、確認は出来なかったが元気そうに飛んでる炎帝グレンを確認出来たので安堵した。

 「目視で確認は出来ませんでしたから、五キロ圏内には来てません。 ですがその先の休憩所近辺で休んでいる団体を発見しました 多分それが本隊かと思われます!」

 そう電力鳥からアリサの畏まった声が聴こえる。

 「わかった ありがとうアリサ グレンも助かったよ」

 「あ、あの……少し気分が優れないのでもうか、帰っても……」

 「あ、うんそうだね! ごめん気が付かなくて! ご苦労様でした! ゆっくり休んでて!」

 「は、はい、あ、有難うございます……プツ……」

 始終敬語のアリサに疑問を抱きつつ、疲れてるだろうから休ませた海人は、世界樹方面に脱兎のごとく飛び去るグレンの姿を見送った。

 「この先の先にある休憩所で休んでるようだ」

 「じゃあこのまま進めば俺達とかち合うな? どうする? 殺るか?」

 国枝は殺気を滲ませながらそう聞いてきた。なので、通る予定の街道に仕掛け花火を施してから通り過ぎようと提案する。

 「速さが今は重要だから、すれ違う前に追い抜こう」

 「なんだ、殺らねーのか まぁ、いーけどな!」

 納得したのか出していた顔を引っ込めると、何処に仕掛けるか相談した。

 仕掛けるのは十本毎に纏まった爆竹だ。
 それを五束用意して、列の一番前の奴が其処を通過したら爆発する様に仕掛けていく。

 一番前の奴が通ると最後尾まで一斉にパンパンと爆発し、撹乱させる寸法だ。

 これで単純に追えなくなる筈なので、通り過ぎる姿も見られたとしても、追ってくるのに時間が稼げる筈だ。

 「よし、全部土を被せて隠せたぞ!」
 「OK! そんじゃサッサと行こうぜ!」

 俺はトマトに連絡を入れると先導する様にお願いした。
 トマトは少し先の街道でハチワレと共に休憩していたのだ。
 彼女は戦闘要員ではないので、今回の作戦には道案内だけが仕事なのだ。

 トマトがハチワレに何か呟くと、トテトテと小走りにハチワレが俺達の乗る篭を咥えると、トマトが乗る三毛猫の跡を付いて走る。

 音も無く走る猫達の脚は速く、あっという間に休憩所を通り過ぎ、本隊の居る休憩所に近づいて行く、すると其処から騎竜に乗ったグランドルが出て来た。

 すれ違い様に目が合うと、グランドルは目を見開いて何事か叫ぶ。

 騎竜に乗っているのはグランドルだけの様で、何事か指揮をしたのか他の者を置いてグランドルだけが俺達の跡から付いてきた。

 騎竜の脚は速い。たとえフル装備していても、もとのベースが地竜なのでかなりの速さだった。
 三毛猫達と比べても遜色無い程どころか、むこうのが少し速いようでジワジワと追い付かれている。

 「国枝! 単発でいい! 爆竹を投下して!」

 走りながらそう支持を出すと、国枝は一本の爆竹を点火してから放り投げる。

 グランドルの騎竜はそれを避けて追い越すが、すぐ後ろで『ドンッ』という、爆発音と爆風で煽られたのか、前のめりになってコケた。

 コケた拍子にグランドルはくらから投げ落とされ、騎竜の前方方向へと転がる。

 そして、そのまま気を失ったのか動かなくなった。



 それを俺達は目を見開き口を開けて眺め、遥か遠くになって土煙を上げる場所から遠ざかっていく。

 「……なぁ 海人?」

 俺は返事が出来なかった。

 「……ヤバくね?」

 その一言で想像するのは、本隊がこれから直ぐに味わうだろう爆竹地獄。

 いったい如何なってしまうのか、想像も出来なかったし、俺達にはもうなす術は無かった。

 

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【グラニクルオンライン】〜女神に召喚されたプレイヤーがガチクズばかりなので高レベの私が無双します〜

てんてんどんどん
ファンタジー
国王「勇者よ!よくこの国を救ってくれた!お礼にこれを!!」 国王は綺麗な腕輪【所有者を奴隷にできる腕輪】を差し出した! 主人公(あかん、これダメな方の異世界転移だわ) 私、橘楓(たちばな かえで)はいつも通りVRMMOゲーム【グラニクルオンライン】にログインしたはずだった……のだが。 何故か、私は間違って召喚されゲーム【グラニクルオンライン】の300年後の世界へ、プレイしていた男キャラ「猫まっしぐら」として異世界転移してしまった。 ゲームの世界は「自称女神」が召喚したガチクズプレイヤー達が高レベルでTUeeeしながら元NPC相手にやりたい放題。 ハーレム・奴隷・拷問・赤ちゃんプレイって……何故こうも基地外プレイヤーばかりが揃うのか。 おかげでこの世界のプレイヤーの評価が単なるド変態なんですけど!? ドラゴン幼女と変態エルフを引き連れて、はじまる世直し旅。 高レベルで無双します。 ※※アルファポリス内で漫画も投稿しています。   宜しければそちらもご覧いただけると嬉しいです※※ ※恋愛に発展するのは後半です。 ※中身は女性で、ヒーローも女性と認識していますが男性キャラでプレイしています。アイテムで女に戻ることもできます。それでも中身が女でも外見が男だとBLに感じる方はご注意してください。 ※ダーク要素もあり、サブキャラに犠牲者もでます。 ※小説家になろう カクヨム でも連載しています

クラス転移で神様に?

空見 大
ファンタジー
集団転移に巻き込まれ、クラスごと異世界へと転移することになった主人公晴人はこれといって特徴のない平均的な学生であった。 異世界の神から能力獲得について詳しく教えられる中で、晴人は自らの能力欄獲得可能欄に他人とは違う機能があることに気が付く。 そこに隠されていた能力は龍神から始まり魔神、邪神、妖精神、鍛冶神、盗神の六つの神の称号といくつかの特殊な能力。 異世界での安泰を確かなものとして受け入れ転移を待つ晴人であったが、神の能力を手に入れたことが原因なのか転移魔法の不発によりあろうことか異世界へと転生してしまうこととなる。 龍人の母親と英雄の父、これ以上ない程に恵まれた環境で新たな生を得た晴人は新たな名前をエルピスとしてこの世界を生きていくのだった。 現在設定調整中につき最新話更新遅れます2022/09/11~2022/09/17まで予定

異世界無知な私が転生~目指すはスローライフ~

丹葉 菟ニ
ファンタジー
倉山美穂 39歳10ヶ月 働けるうちにあったか猫をタップリ着込んで、働いて稼いで老後は ゆっくりスローライフだと夢見るおばさん。 いつもと変わらない日常、隣のブリっ子後輩を適当にあしらいながらも仕事しろと注意してたら突然地震! 悲鳴と逃げ惑う人達の中で咄嗟に 机の下で丸くなる。 対処としては間違って無かった筈なのにぜか飛ばされる感覚に襲われたら静かになってた。 ・・・顔は綺麗だけど。なんかやだ、面倒臭い奴 出てきた。 もう少しマシな奴いませんかね? あっ、出てきた。 男前ですね・・・落ち着いてください。 あっ、やっぱり神様なのね。 転生に当たって便利能力くれるならそれでお願いします。 ノベラを知らないおばさんが 異世界に行くお話です。 不定期更新 誤字脱字 理解不能 読みにくい 等あるかと思いますが、お付き合いして下さる方大歓迎です。

クラス転移で無能判定されて追放されたけど、努力してSSランクのチートスキルに進化しました~【生命付与】スキルで異世界を自由に楽しみます~

いちまる
ファンタジー
ある日、クラスごと異世界に召喚されてしまった少年、天羽イオリ。 他のクラスメートが強力なスキルを発現させてゆく中、イオリだけが最低ランクのEランクスキル【生命付与】の持ち主だと鑑定される。 「無能は不要だ」と判断した他の生徒や、召喚した張本人である神官によって、イオリは追放され、川に突き落とされた。 しかしそこで、川底に沈んでいた謎の男の力でスキルを強化するチャンスを得た――。 1千年の努力とともに、イオリのスキルはSSランクへと進化! 自分を拾ってくれた田舎町のアイテムショップで、チートスキルをフル稼働! 「転移者が世界を良くする?」 「知らねえよ、俺は異世界を自由気ままに楽しむんだ!」 追放された少年の第2の人生が、始まる――! ※本作品は他サイト様でも掲載中です。

勇者召喚に巻き込まれたけれど、勇者じゃなかったアラサーおじさん。暗殺者(アサシン)が見ただけでドン引きするような回復魔法の使い手になっていた

はらくろ
ファンタジー
早乙女 辰馬、31歳独身、土日祭日しっかり休めるホワイトなサラリーマン。 バスで最寄り駅まで十五分、途中、美形な少年と可愛らしい双子の少女の幼馴染みみたいなリア充三人組の学生と毎日エンカウント。 その度に『リア充爆発しろ』と優しく呪う。 事故みたいな衝撃を受けた後、それが『勇者召喚』だと知ったけど、俺はただ『巻き込まれた』だけで勇者でもなんでもなかった。 持っていた魔法が、空間魔法(アイテムボックスみたいなやつ)と、回復魔法、これはワンチャン逆転あるかと尋ねたところ、別に珍しくないと苦笑された。 空間魔法があるなら仕事があるからと、冒険者ギルドに行くように言われ、俺だけ口止め料のようなお金を少々もらって城下町へ。 異世界デビューでせめて、幸せな家庭を作れたらとリア充目指して、安定した生活を手に入れようと、思ってたんだけどね……。

最難関ダンジョンで裏切られ切り捨てられたが、スキル【神眼】によってすべてを視ることが出来るようになった冒険者はざまぁする

シオヤマ琴@『最強最速』発売中
ファンタジー
【第15回ファンタジー小説大賞奨励賞受賞作】 僕のスキル【神眼】は隠しアイテムや隠し通路、隠しトラップを見破る力がある。 そんな元奴隷の僕をレオナルドたちは冒険者仲間に迎え入れてくれた。 でもダンジョン内でピンチになった時、彼らは僕を追放した。 死に追いやられた僕は世界樹の精に出会い、【神眼】のスキルを極限まで高めてもらう。 そして三年の修行を経て、僕は世界最強へと至るのだった。

『希望の実』拾い食いから始まる逆転ダンジョン生活!

IXA
ファンタジー
30年ほど前、地球に突如として現れたダンジョン。  無限に湧く資源、そしてレベルアップの圧倒的な恩恵に目をつけた人類は、日々ダンジョンの研究へ傾倒していた。  一方特にそれは関係なく、生きる金に困った私、結城フォリアはバイトをするため、最低限の体力を手に入れようとダンジョンへ乗り込んだ。  甘い考えで潜ったダンジョン、しかし笑顔で寄ってきた者達による裏切り、体のいい使い捨てが私を待っていた。  しかし深い絶望の果てに、私は最強のユニークスキルである《スキル累乗》を獲得する--  これは金も境遇も、何もかもが最底辺だった少女が泥臭く苦しみながらダンジョンを探索し、知恵とスキルを駆使し、地べたを這いずり回って頂点へと登り、世界の真実を紐解く話  複数箇所での保存のため、カクヨム様とハーメルン様でも投稿しています

幸福の魔法使い〜ただの転生者が史上最高の魔法使いになるまで〜

霊鬼
ファンタジー
生まれつき魔力が見えるという特異体質を持つ現代日本の会社員、草薙真はある日死んでしまう。しかし何故か目を覚ませば自分が幼い子供に戻っていて……? 生まれ直した彼の目的は、ずっと憧れていた魔法を極めること。様々な地へ訪れ、様々な人と会い、平凡な彼はやがて英雄へと成り上がっていく。 これは、ただの転生者が、やがて史上最高の魔法使いになるまでの物語である。 (小説家になろう様、カクヨム様にも掲載をしています。)

処理中です...