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 「……見なれない天井だ」

 そんな台詞を吐きながら、俺は何度となく気を失う度に、違う天井を見上げながら言う。
 口に出したのは今回が初めてだが……。

 それに今回は周りがよく見えた。
 毎回暗がりだったり、そらと雲だったりしたから言う機会も無かった。

 その呟きに気が付いたのか部屋のドアが開いて、華奢な少女が現れた。
 気を失う前に見たと似たような体躯をしていたので、少し警戒した。

 「気が付きましたか? うちの師匠が申し訳ありませんでした」

 そう言って深々と頭を下げる。
 どうやらこの人は無害のようだ。ホッと胸を撫で下ろすと、俺も大丈夫ですと応える。

 「おう、気が付いたか? 悪かったな。だがまぁお前も気を付けろよ? 幾ら他人の趣味嗜好に口は出せないとはいえ、ロリコンは駄目だ。 分かるだろ? 地竜の愛玩具やってんならよ?」

 そう言いながら現れたのは先程のドワーフだ。

 「ヒッ……」と、咄嗟に俺は股間を抑えて身を縮こませた。

 「ちょっとっ! 師匠! 脅さないで下さいよ! 意識が戻ったばかりなんですから!」

 そう言うと弟子さんが恐怖の対象を追い出してくれた。

 ビクビクして震える俺を可哀想な子を見る目で、背中を撫でると再び謝られた。

 すると先程の師匠の怒鳴り声が下の部屋から響く。

 「誰だっ! 砕いて粉にした魔石の上に銅鉱石を置いた奴はっ! イカヅチを出して火事にでもしたいのかっ⁉ 何度も言ってるだろうがっ‼ を宿したままの魔石もあるんだぞ⁉ 扱いには気を付けろっ‼」

 その声にビクッとなる俺に弟子さんは言う。

 「騒がしくてゴメンナサイね、普段はもう少し大人しい人なんですけど、仕事の事となると人が変わってしまうんです」

 そう言うと、温かい物でも持ってきますね~と、言って部屋から出ていった。

 優しそうな弟子さんに愛想笑いで返すと俺は、顎に手をやり考え込む。
 先程の師匠だという女が言っていた言葉を思い返し頭の中で復唱する。




 ーー何故、俺が地竜の愛玩具になってんだ?




 その疑問と間違いを正すに如何すれば良いのかと、頭を悩ませる事になった。

 

 その後持ってきてくれたお茶は、とても美味しい紅茶だった。

 師匠がコッソリ呑む時用と言っていたので、多分少々高いんだろう。
 流石にブランデーの様な酒類は入っていなかったが、砂糖も入れてくれたのかほんのり甘かった。

 帰り際に焼き菓子も持たされた。
 見た目的に未成年な俺に気を使わせてしまった様だ。「魔石を持ってたら割増で買いますよ」とも言ってくれたが、生憎売る気はない。 なので、丁寧に断ってその工房を跡にした。

 お弟子さん達はとても感じの良い人達だったので、これからも会う機会があるなら仲良くしたい。
 師匠はいいや……。なるべく近づかないで欲しい。

 その後フライパンやら菜箸さいばしやらを買い込む。食器は割れたら勿体無いので、木工ギルドへ行ったら買おうと思っているが、忘れない内に小麦粉を買いたかったので、高台に成っている街の北東部へと、足を運ぶ。

 鍛冶屋通りは街の南東部の端っこにあるので、端から端へと歩く感じだ。
 2ヶ月前までは、少し歩けば息が上がる程体力が無かったのだが、地竜アニキのスパルタ訓練のお陰で全く疲れなかった。
 既に市場の中をあっちこっちとウロウロ練り歩いているにも関わらず、散歩でもするかの様に楽な感じで歩けた。
 瓦礫も岩も炎のブレスも飛んで来ない平和で平坦な道など、幾ら歩いても疲れる事は無かった。その辺は感謝したいところだ。

 高台へと登る通りに出ると、風景が変わる。そこを歩く人々の服装までも変わるので、まるで違う街に一瞬で来たかのような感覚に陥った。

 街の中にハイジみたいな風景があるといえば、分かりやすいだろうか。
 そんなに坂道は急ではないのだが、何というか田舎の風景になるというか、長閑な農村みたいな風景になるのだ。

 そして、所々にオランダ村にある様な風車が転々と建っている。
 此処では刈り取った麦や、他方から脱穀だけした物を買い取り、唐箕とうみする為の施設と、唐箕された麦を粉にする為の施設があり、貴族向けのふすまを取った真っ白い粉と一般向けの全粒粉にする施設とで、分けられている。

 俺が欲しい小麦粉は、貴族用だったらしく値段は高かった。そして、売る量も多かった。
 丁度ストックが無いと言う事もあり、千キロ分を粉にしなくてはならないそうで、少しだけ買われると言うのは困ると売り渋られた。仕方なく粉にした分の七割、つまり七百キロもの小麦粉を買う羽目になった。
 ……一生分の小麦粉を買った気がする。

 粉にしてくるので、しばらく待っててくれと言われたので、手持ちぶたさだった俺は、風車の中を見学したいと言ってみた。
 最初は受付の人も困った顔をして断ってきたが、受付の奥から恰幅の良いオジさんが二つ返事で引き受けてくれた。

 貴族の屋敷から買いに来るのは従者なのだが、中には見学したいと言ってくる人も居るらしく、見学用の風車を作ったのだそうだ。
 その他には、魔力持ちの子供で学校へ通ってる生徒達の社会見学にも使ったりするそうだ。

 普段から自分たちが食している小麦が、どの様な流れで粉となって食卓へと並ぶかを教えているのだと、風車まで歩く道のりで教えてくれた。

 俺は感心して頷きながら聞いていた。
 それを見て気を良くしたのか、普通なら風車の中だけで終わるのだが、最新式の唐箕の機械があると言う施設も見さてくれると言ってきた。

 取り敢えず、風車からということで扉を開けて中へと入る。
 そこを見て俺は驚いた。
 魔力のある世界なのだから、魔法か魔術でやっていると思っていたからだ。
 まぁ、風車なのだから風力を使っているとは思っていたが、すべての工程をやっているとは思っていなかったのだ。

 「歯車使ってんのか!……まさかここまで機械ちっくな物を使っていたとは驚いたっ!」

 そう叫んで驚いていると、オジさんまで驚いたのか俺の肩を掴んで揺さぶってきた。

 「あんたコレが歯車だとよく分かったな! それにと言ったか⁉ その言葉を何処で知ったのか教えてくれ!」

 温厚なオジさんと思っていたが、突然豹変したのに驚く俺をよそに、ガッシリと腕を掴んで引っ張ると、とある本棚の前へと連れて行かれた。
 その本棚の前には見開きで置いてある一冊の古い本が飾ってあった。

 その本の端には、これを書いた人のサインが記されていた。

 その文字を見て俺は更に驚いた。
 何故ならその文字は英語だったのだ。

 そして、見開きのページには設計図と思わしき図が書いてあり、要所要所に走り書きで書かれた英文が記されていた。

 オジサンが言うには、これは数百年前に現れた迷い人で、自分の先祖だという。
 そして、この本はこの施設にある全ての建築物の建て方や構造が書かれていて、魔力とは別の力で動く唐箕の設計図が書かれているというのだ。
 だが、残念な事にこの文字を解読出来る人は居ないばかりか、伝わってすらいないという。

 その祖先が他界した数十年後に、一度団体で迷い人が現れた事もあったが、街の中には入れず弾かれたそうで、合う機会がなかったのだという。

 その団体さんは軍人だったという話なので、もしもその人達がこの本を見ていてくらたら、きっともっとが発展していたかも知れなかった。

 そして、もし解読出来るならして欲しいと言ってきた。
 流石に先祖が残した貴重な本を一冊丸ごと渡す事は出来ないから、自分が写本した物があるのでそれを譲り渡すから、如何かお願いしますと頭を下げられてしまった。

 俺もそんなに英文を訳せるわけではないと一度は断ったのだが、訳せる分だけでも良いからと言われた。
 まぁ、それならって事で写本された本を受け取る事になった。

 その後、風車を跡にした俺達は最新式の唐箕が置いてある施設へと向かう。

 そこで俺は更なる驚きで身を震わせる事になるのだった。
 
 
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