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しおりを挟む野営場所に着くと馬車から地竜を放し、直ぐにでも交渉したいのか俺に詰め寄るザケヘル。
だが、それを許さなかったのが地竜だった。
俺の背を押して街用の竈を出し、其処に椅子と机と何かの紙のような物とを出し、俺に座る様に促すが、間に地竜が割って入る。
「おい、邪魔だ! 今夜は枝は使わないんだ! お前は一人で丸太だけ拾って来い! コイツには話があるんだよ!」
地竜に言葉を荒げながら言うが、一度自分の身内と認識した者をおいそれと渡したく無いのか、地竜はグイグイと主人であるザケヘルの体を押して、俺を連れて行こうとしている。
ーー言葉を通じ合ってるのか?
そんな風に思うのは仕方ない事だと思う。何度も言い争う様にザケヘルが命令するが、地竜は「キュイ!」と鳴きながら一歩も引かない。やがて地団駄を踏み、地面をドスドスと揺らし始める。そうなると手が付けられないのか、ザケヘルは仰け反るように避ける。
使役とは従属とは違うようで、完全には命令を聞かないようだ。
暫くすったもんだとやっていたが、遂にザケヘルが折れた。
額の汗を拭いながら街用の竈をしまい、野営用の竈と交換しながら言う。
「薪を集めてきてくれないか……」
「分かった、アニキ!行こう!」
俺が地竜にそう言うと、地竜は目に見えて喜び、俺より少し前をはしゃぐ様に歩く。
どうやらアニキ呼びが気に入ったらしい。
俺は生活魔法で風を起こし、流れる汗を乾かしてるザケヘルに振り向きながら言う。
「時計の値段は金貨五千枚前後で考えといてくれ」
「んなっ⁉ごせん⁉……物を見てからだ……」
俺が言う値段に驚き、目と顎をそれ以上開かないくらい開いた。直ぐに口を閉じたが、苦虫を噛み潰す様な顔をしながら呟くと、そのまま椅子にドカリと座り、腕を組んで考え始めた。
ーー意外と素直な性格なのか? まさか言い値で考えてくれるとは……。
暫し唖然としながらも、そんな俺の考えや思いを気取られない様に顔を背け、ニヤリとしながら盗み見ていると、地竜のアニキは早く行こうよ!と言わんばかりに鳴く。
「キュイ!キュイー!」
「ああ、ごめんよアニキ!」
体格の割には可愛い声で鳴くアニキの首を撫でながら、俺と地竜は薪を拾いに木のある場所へと向かった。
☆
俺が小枝を山の様に抱えて戻ると、アニキも程なくして戻って来た。口には猪と両手に丸太を抱えている。
持ち辛そうなのにもかかわらず、走って戻ったのか鼻息は荒い。ザケヘルが俺に無理強いするとでも思ったのか、早目に帰ってきたようだ。
何時もはそのまま獲物をザケヘルに渡して、自分の餌はもう一度狩りに行くのに、この日は俺に丸太を預けると、頭から半分猪を引き千切り、頭と血と内蔵を振り乱しながら丸呑みした。
かなりグロかったが、残りをザケヘルの足元へ放り投げると、少し離れた場所で丸くなり、顔をこちらに向けながら目を閉じた。
「……悪いようにはしねーよ!」
と、ザケヘルは地竜に向かって言うが、全く信用していないのか、鼻息を「フン!」と鳴らしてソッポを向くアニキ。
片目だけ開けてコッチを睨むアニキ。
「言ってる事がわかるのか?」
二人(?)の様子を見ていた俺が聞くとザケヘルは不貞腐れる様にいう。
「使役してる相手とは言葉は分からなくても通じるんだよっ、しかも竜種は賢いからな!大体の言葉は理解している筈だ!忌々しいったらねーわ! ったく!睨むな!主人は俺だぞ⁉」
歳を重ねた竜種になると、使役してなくても話は通じるし、言葉も交わし合えるのだそうだ。
馬だとそうはならず、反抗もしないのだそうだ。
少し不機嫌なアニキに向かって俺がピースサインをすると、「キュッ!」と短く鳴いて尻尾を振る。
まるで、見てるから安心しろ!っと言ってる様に感じた。
そんな俺とのやり取りを見てザケヘルは文句を言ってきた。
「何で主人の俺より懐いてんだよ!クソがっ! サッサと座りやがれ!ガキンチョが! 交渉だ!時計を見せろ!」
そう言って机を叩く。
俺は座りながらザケヘルに質問してみた。
「ガキンチョと言うが俺は何歳くらいに見えてんだ?」
「歳か?五歳十歳には見えてねーよ?十五……は、ちぃと足りなそうだが、十歳以上で十五歳未満って事は現実的にありえねぇからな、幼さの残る十五歳が妥当だろ?」
放り出される年齢から考えるならば十五歳が妥当だという。十歳で放り出されたとしても、生き長らえて十三とかは有り得ないって事だろう。
だが俺は異世界から来ているのだ。
忘れている様なので教えてやる。
「迷い人って奴で考えてもか?」
「あー、そう言えばお前は迷い人だったな……忘れてたわ。それを踏まえて考えれば十ニ、三と言われても納得はするか……」
そう聞いて俺は唖然とした。
地球でも外国人から見たら、日本人は若く見られがちだった。しかも俺は日本人から見ても童顔だったが、34にもなれば20歳後半には思われていた。
たまにもっと若く見られて喜んだもんだが……次元を渡るとそこ迄下がるのか。
「……俺が34歳だと言ったら信じるか?」
そう言うとザケヘルは腹を抱えて笑いだした。
「鯖読むのにも程ってもんがあるのを知らねーのか⁉ 鏡で見てみろよ!自分の顔をよ!」
そう言ってアイテムバッグから手鏡を出すと俺に渡す。
ゲラゲラと五月蝿いザケヘルをムッとしながら睨み、机に置かれた手鏡を受け取り自分の顔を見てみた。
そこには可愛らしかった中一くらいの時の俺の顔が、口と顎とを開けて見つめ返していた。
俺の顔は母によく似て可愛らしい顔だった。髪質も猫っ毛だった為に、祖母には髪を切る事を禁じられ、小学生の頃には腰近くまで伸び、流石に教師に言われて渋々了承して切らせて貰えた。それでも肩までは伸びていた。
中一の頃、ジャージに着替えて野球部の見学に行った時も女子と間違われてマネージャー枠として入れられそうになり、次の日に坊主で現れた俺に先輩部員も顧問も驚かれた事もあった。
あの時は祖母の許可を取らずに床屋へ行ったので、俺が帰宅したと同時に祖母は卒倒して倒れてしまった。暫く口を聞いて貰えずに過ごす事になったが、いつの間にか買ってきたロングのウィッグを俺に被せ、家にいる時は着けるように言われた。
まぁ、その時は義父が止めたが……。
だが祖母は納得しなかった。
仕方なく話し合いが義父との間で行われ、幼少の頃より続いていた礼儀作法を教わる時間だけは着けるという約束をさせられたのを憶えている。
働きに出る頃には、色々なしがらみからの開放感から短髪で過ごす様になっていたが、最近は忙しさから頻繁に床屋にも行けず、長めのマッシュに落ち着いていた。幼い頃が女顔だとイケメンになる筈だが、俺はそうならず……。何方かと言うとそのまま可愛らしさだけが残っていた様で、そんなにモテなかった。ショタ属性とか言って区別してる先輩が居たのを憶えている。
なので、あまり可愛いとか言われても嬉しくはなかったし、大学出てから太り始めていたので、可愛さの面影は無かった。
だが、今の俺は長めのマッシュに幼い容姿……、確かにこれでは34と言われても信じられないだろう。
俺はこの時こそ免許証を持って来なかったのを悔やむ事になった。
まぁ、免許証を持って来ていたとしても信じたかは疑わしいが……。
俺が鏡を見てる間、ザケヘルは俺から受け取った時計を眺めていた。
「満足したか?」
そう言って俺から鏡を奪うとアイテムバッグへとしまい、時計を俺に返すとドサドサと金貨の入った袋を山と積み、その横に小さな宝箱を出した。
「手持ちの金貨は三千枚あるが、全部出すと商売が立ち居かない。だから二千枚な。それとコイツは無契約のアイテムバッグだ、金貨にして三千枚近くの価値はある筈だ! 俺に出せるのはこんぐらいだ!」
それで良ければ契約書に本名を告げろという。
この契約書は、言葉をそのまま書き込む魔法契約書らしく、公式なものだと言う。
国と国との約束事にも使うんだそうだ。
「俺の首輪を外す金額は引いておいてくれ」
そう言ったが、すでに引いてあるらしい。ただ、今外すと街の中に入れないらしい。
名前と生まれの書かれたタグを持っていない者は結界で弾かれるらしく、奴隷の首輪をしていれば、所有者の道具として扱われる為、無検査で入れるそうだ。
「街に入って住民登録したら外す」という言質も取ったし、契約書にも綴られた。
了承して握手をすると、契約書が光だした。
なので本名を告げる。
するとザケヘルの名前の下に俺の名前が漢字で綴られた。
「変わった文字だな……何て書いてあるんだ?」
「伊勢海人だよ」
「イ……セカイト? 変わった名前だな」
「伊勢が苗字で海人が名前だな」
「ミョウジ……ってなんだ?家の名前か?」
「まぁそうだ」
「お前はあちらの世界で貴族だったのか?」
所々貴族みたいな動きだったから知ってたけどな!っと、自慢気だ。
貴族みたいな動きって何かよく分からなかったが、それならそれで良い。
貴族と思われていた方が都合が良かったので訂正はしないでおいた。
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