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再会・下

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逃げ出さないように、という事なのだろう。

私の手首を掴んだままチェックインを済ませ、カードキーを受け取る。
明らかに様子のおかしい私達を、フロントの男性は訝しげに見つめはしたものの、しかし余計な詮索は一切せず淡々と作業をこなした。

系列ホテルでもないフロントの男性が、まさか神崎さんの今日の予定を知っているとは思えない。

けれど…それでも、どこの誰かはわかっている筈。
上限額が一体いくらなのか、見当もつかないゴールドカードで彼は支払をし、署名を済ませたのだから。
その彼が何故こんな訳有りそうな行動を?と思っているだろう。

そう考えると、とてもじゃないが顔を上げる事もスキャンダルになりそうな事を口走る事もできなかった。
彼も1言も口をきこうとはしなかった。

引きずられるようにエレベーターに乗り込み、彼が最上階のボタンを押すのを呆然と見詰める。
けれど視線を合わそうとはしないまま、彼は俯き加減に足元を睨み続け…エレベーターが停止した。

そして1番奥の大きい扉を開けて中に入るや否や。

息も出来ないほど強く抱きしめられた。


「逢いたかった、美月…」

切なくなるような囁き声に、胸が締め付けられる。
思わずきゅっと彼の服を握りしめると、腰と肩に回された腕に力が籠った。
頭を彼の胸に預け、求め渇えていた心が満たされるまで私達は身動ぎ1つせず互いの存在を確かめあった。


どれくらいの時が過ぎたのだろう。
ようやく私の腰を抱いたまま神崎さんは顔だけ離して、私の頬に触れた。

その間に段々仕出かした事の重大さが身に沁みてきて、私は居た堪れない思いで彼の視線を受け止めた。
私の不安げな表情に気付いたのか、神崎さんは微かな笑みを浮かべながら

「今、この場所で、ホントは言うつもりはなかったんだが。
状況が状況なだけにかっこつけてる場合じゃないっていうか…」

と切り出した。

「…?」

彼の真意が掴めず黙って続きを促す。

「だから…」

唇を舐め、神崎さんは深く息を吸うとじっと私の瞳を見つめた。

「俺と、結婚してくれ、美月」

1語1語区切るようにはっきり言うと、何やら手にしていた箱を私に差し出した。

「…え?」


——これ…って、まさか。


「ホントはさ、かっこよくバラの花束でも抱えて君を迎えに行きたかったんだが…。
くそっ、かっこつかねぇよな、こんなんじゃ」

目の前でぼやく神崎さんは、髪型も乱れタイも曲がっていた。
確かになんだかイマイチしまらない。
けれど、そうじゃなくて。

…今、彼はなんて言った?


「美月?お返事は?」

彼が…無理をしている気がした。

神崎さんの言葉は、哀しくなるほど真剣で必死で…求める気持ちが強すぎて、何か形のある物に縋りつこうとしている。
そんな風に感じられた。

「頼むから、美月…」

大好きな空色の瞳に吸い込まれそうになり、頭の中が真っ白になる。

「美月、俺には君が必要なんだ。
世界中の誰よりも君が必要だ。
君がいなければ俺の人生に何の意味もない。
他の誰かなんかどうだっていい、君じゃなければダメなんだ。
愛している、美月」

滔々と溢れ出る愛の告白を、私はくらくらする頭で何とか受け止めようと深呼吸したけれど…。
残念ながら、あまり効き目があったとは思えない。

「ちょっ…待って」
「待てない」

身じろぎしただけで触れそうな所にあった彼の顔が、ますます近づいてきて思わず目を伏せた。
そのまま唇が重なる。
初めは啄ばむようなキスだったのに、吐息まで奪いつくされるような激しい物に変わり、必死で両腕を伸ばして彼の逞しい首にしがみ付く。

すると彼は、フッと息を漏らし

「少しは抵抗しろよ。
でないと歯止めがきかなくなっちまう」

言いながら、私の身体を押しやるように距離をとった。


「…抵抗、した方がいいの?」

待ってって言ったのに。
勝手な事を言う神崎さんにそう聞き返すと、彼は何故か空を仰いだ。

「神崎、さん…?」

「まだ、俺の全てを受け入れるだけの準備は出来てないだろ?」


彼の瞳の奥に焔のような揺らぎを感じ、思わず後ずさると神崎さんは自分の頭をガシガシと掻いた。

「君が嫌がる事はしたくない。
キスも嫌だったら…無理やりにはしないよう心がける」


——無理やり…だったのだろうか?
今のキスは……。

嫌では、なかった。
逢いたかったと言ってくれた事も。
キスしてくれた事も。

どちらも涙が出るほど嬉しかった。


「嫌じゃあ…ないです」

そう素直に告げると彼の目は驚きでまんまるになった。
そんな彼の表情に、今更ながら恥ずかしさが込み上げ、慌てて俯いた。

「そういう可愛い事を言うなって。
これでも結構、切羽詰ってんだから」

唸るような声に
「すみません」
と頭を下げると、彼は苦笑しながら

「話したい事は山ほどあるんだが、まずはシャワーを浴びておいで。
そのカッコじゃ寒いだろ?」

強引に話題を変えるように、問答無用で私をバスルームに押し込めた。

「あ、あの…?」
「説明は後。ホラ、早くシャワー浴びて」


1人になった途端、今まで彼の腕に抱かれ感じていた温もりが一遍に吹き飛んだ。
あまりの寒さに私は自分の肩をしっかりと抱きしめる。


鏡の中には、黒いシンプルなドレスを纏いごくあっさりと化粧を施した、けれど途方に暮れた子供のように今にも泣き出しそうな私がいた。





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