灰かぶりの姉

吉野 那生

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入社6年目『ソツスキ〜』の那月目線

自覚した想い

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改めて自分の想いを自覚した今。
離れがたいというのも勿論あったのだけど…何かと不自由を強いられる航平を自宅まで送り届けるのは、なぜか私の役目となっていた。


発案者は門馬さん。
そして、満場一致でそれは認められた。
しかも、帰り際「ごゆっくり」と言われる始末。

それを言うなら「お大事に」じゃないの?と首をひねる私に、航平はなぜか笑いを堪えていた。


ともあれ、松葉杖の航平を送っていき…互いの家の近さに唖然とした。

近いなんてもんじゃない。
まさか同じマンションに引っ越してきているとは、思わなかった。


「那月の住んでいる高層階は購入者用の分譲なんだけど、低層階は賃貸なんだ」


あまりにも驚いた顔をしていたからか。
バツの悪そうな顔で、言い訳がましく言う航平の顔をまじまじと見つめてしまった。



——道理で、電車内で頻繁に遭遇する訳だわ。
近所に越してきたのだとばかり思っていたのに、実は同じマンションだったなんて…全然知らなかったけど。


持っていた彼のカバンから言われるままに鍵を取り出し、ドアを開ける。

「未練がましいかと…それにストーカーみたいだと我ながら呆れたんだけど」

どうせなら近くに居たかったと苦笑する航平に、なんて言えばいいのかわからなかった。


玄関に松葉杖を置く事にした彼を支え、部屋の中に入る。
記憶の中と大して変わらない部屋の中で、ただ1つ変わったもの。
それは東北に行ってから写されたであろう
数枚の写真。

私の知らない航平が、そこにいた。


「野球…好きだった?」

東北を拠点に活躍するプロ野球の球団Tシャツを着て、メガホン片手に写っているものもある。

「仙台に行ってファンになったんだ。
向こうではよく応援に行ってた」


——私の知らない、5年間。
私の知らない航平。

自分のせいなのに、そんな空白の期間がとても悔しくて唇を噛みしめる。



そんな私を航平は後ろから抱きしめた。

「今日、来てくれてありがとな」


彼の体温と、懐かしい感触に心が震えた。

肩を貸して支えている時は意識していなかったのに…抱きしめられた途端、またこうして触れられる事が嬉しくて、胸の奥から様々な感情が込み上げてくる。


「こ、航平に何かあったら、真っ先に駆けつけるのは私でありたい。
今更何言ってんだって、思われるかもしれない。
けれど私はあなたを…」

溢れ出る思いのまま言葉を紡いだけれど、そこで自分が何を言いかけているのか、やっと気がついた。


——私はあなたを、何だというのか。
今更何を言っているのか。
今になってそんな事を言われても、航平が困るのではないか。
ううん、今度こそ呆れられてしまったのではないか。


混乱と、それを上回る怖れから口を噤んだ私に、航平が懇願の口調で囁く。

「那月、言って。
最後までちゃんと伝えて欲しい」


振り向いた先には、航平の真剣な眼差し。
あの時は見えなかった…信じる事の出来なかったものが、彼の瞳の奥に見える。


その事に気づいた瞬間。

先程自覚したばかりの想いが、狂おしいまでの恋心が暴れ出す。
見ないふりをしてきた想いが一気に溢れ、堰き止めていた涙が零れ落ちる。


「だって…私、航平を、幸せに…出来な…」

しゃくりあげ聞きづらいだろうに、航平は私の話に辛抱強く耳を傾けてくれた。


「わた…私が、怯える、たび、航平…傷ついてた。
わかっ、てる、航平…悪くな…。
でも…あの時、信じる、事、出来なかっ…た。
怖かっ、たの。嫌われる…のが。
愛想、つかされ…るの、怖かった」

「ごめんな、お前が不安に思っていた事は知ってたんだけど…。
あの時は、俺も距離が必要だと思ったんだ。
専門的な知識もないし、あの時の俺じゃ支える事は出来ないって思った。

それに、怯えて自分を責める那月の事、見てられなかったって言うのもある。
辛い時こそ側にいてあげてって、綾香ちゃんにも言われたんだけど…ほんとゴメン」


そこで、一旦言葉を切ると航平はまっすぐに私を見つめ、額と額をコツンとぶつけた。

「だけど…別れるつもりは、いや、別れたつもりはなかった」



——わかってる。

航平の為と言いながら、身を引く悲劇のヒロインぶって自分に酔っていたのだと。
先日のゆづの指摘により、その事は自覚している。

だけど…。


「好き…好きなの、今でも」

「バカ、知ってるよ、そんなの」


世界一優しい「バカ」に、またしても涙が溢れる。


泣きやまない私を、航平が両腕でしっかりと抱きしめてくれる。

その温もりが愛おしかった。
忘れられなかった。
今またこうして触れ合える事が本当に嬉しくて…ひび割れた心ごと再び柔らかく包まれた。
そんな気がした。



一度離れたからこそ、どれだけ航平が好きなのか改めて自覚した。

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